最新更新日:2024/05/20 | |
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5時間目の授業
5時間目の授業の様子です。
各教室では、エアコンで暖房をしながら、窓を開けて換気をしています。 美術の授業では、彫刻刀の安全な使い方を学習していました。3年生の保健体育の授業では、長距離走や現代的なリズムのダンスに取り組んでいました。 今日のお話 −12月17日(木)−
斎藤一人の名言
いい親は「心配」しません。 「信頼」するのです。 ちょっといい話
星型のにんじん
俺の母親は、俺が2歳の時にがんで死んだそうだ。当時はあまり寂しいなんていう感情もあまりわかなかった。この手の話でよくあるような、「母親がいない事を理由にいじめられる」なんて事も全然なくて、よい友達に恵まれて、それなりに充実した少年時代だったと思う。片親なのに人並み以上に楽しく毎日を送れていたのは、やはり他ならぬ父の頑張りがあったからだと今も思う。 あれは俺が小学校に入学してすぐにあった、父母同伴の遠足から帰ってきたときのこと。父は仕事で忙しいことがわかっていたので、一緒に来られないことを憎んだりはしなかった。1人弁当を食べる俺を、友達のY君とそのお母さんが一緒に食べようって誘ってくれて、寂しくもなかった。でもなんとなく、Y君のお弁当に入っていた星形のにんじんが、とっても羨ましくなって、父に「僕のお弁当のにんじんも星の形がいい」ってお願いしたんだ。当時の俺はガキなりにも母親がいないという家庭環境に気を使ったりしてて、「何で家にはお母さんがいないの」なんてことも父には1度だって聞いたことがなかった。星の形のにんじんだって、かっこいいからって、羨ましかっただけだったんだ。でも父にはそれが、母親がいない俺が一生懸命文句を言っているみたいに見えて、とても悲しかったらしい。突然俺をかき抱いて「ごめんな、ごめんな」って言ってわんわん泣いたんだ。いつも厳しい父の泣き顔を見たのはそれがはじめて。 同時に何で親父が泣いてるかわかっちゃって、俺も悲しくなって台所で男2人抱き合ってわんわん泣いたっけ。 それから俺の弁当に入ってるにんじんは、ずっと星の形をしてた。高校になっても続いて、いい加減恥ずかしくなってきて「もういいよ」なんて俺が言っても、「お前だってそれを見るたび恥ずかしい過去を思い出せるだろ」って冗談めかして笑ったっけ。 そんな父も、今年結婚をした。相手は俺が羨ましくなるくらい気立てのいい女性だ。結婚式のスピーチの時、俺が「星の形のにんじん」の話をしたとき、親父は人前だってのに、またわんわん泣いた。でもそんな親父よりも、再婚相手の女の人のほうがもらい泣きしてもっとわんわん泣いてたっけ。よい相手を見つけられて、ほんとうによかったね。 心からおめでとう。そしてありがとう、お父さん。 今日のお話 −12月16日(水)−
斎藤一人の名言
ひとつ、ひとつ 上にあがっていくのは 面倒だから どこか抜け道はないか と思っている人がいます。 そういう人が 道に迷っちゃうんですね。 ちょっといい話
どうしても欲しい本
まだ小学校低学年の頃だけど、どうしても欲しい本があって、一生懸命親にねだって家の手伝いとかもやり、ようやく資金もでき、近所の本屋へ駆け足。やっと買えると思った本の最後の一冊が、目の前で大人(たぶん大学生くらいだったと思う)に持っていかれてしまった。どうしても諦めきれずに、その大人の周りをうろついていたら、そいつ、数冊ほど本を盗って自分の鞄へ。そして、そのまま本屋を出ようとする。当時まだ「万引き」という言葉も行為もよくわからなかったが、何か腹が立ったので大声で、「その本買わないんだったら持っていかないでよーっ」て叫んだ。その大人は店員に捕まり、俺は念願の本を買う時に、頭撫でられ、ついでに飴も貰えた。 当時の俺、知らないとはいえ勇気あったな。 今日のお話 −12月15日(火)−
斎藤一人の名言
成功する人は 感謝の多い人です。 良いことがあったときは もちろん感謝するし 何もないときは 何もなくて良かったと感謝する ちょっといい話
馬鹿にされてたチビデブ教師
馬鹿にされてたチビデブ教師の話になります。 俺の高校に、生徒に馬鹿にされてたチビデブの物理の教師がいたんです。その教師は、本当に馬鹿のひとつ覚えで毎朝校門に1人立って「おはよう」と声を掛けていました。他の教師も「よくやるよ、点数稼ぎだな」と、あからさまにその教師を批判していた。雨の日も風の日も、ずっと。1年くらいしたら、普通にみんな挨拶するようになった。 卒業式の日、校長挨拶のあと、その教師が壇上に突然上がってきて「みんな、卒業おめでとう。僕は本当にダメな教師で今までみんなから どう見られていたか知っています。でも、こんな僕にもみんなに伝えることができた言葉があります。【おはよう】この言葉は、社会に出ても胸を張って言える様にして下さい。毎日を一生懸命に生きている人の【おはよう】は、さわやかで他人の心を和やかにします!いろいろな苦難や障害にぶち当たっても、顔をあげて、笑顔で【おはよう】と言ってください!僕が教えた物理の授業は忘れてもいいですから【おはよう】だけは忘れない大人になって下さい!」と!その先生は泣いていた。愚直な、ちょっと馬鹿入ったような涙で……。俺はちょっと泣いた。感動した。 俺は今、先生の物理の授業は忘れたが毎日の挨拶は忘れていない。本当に先生に大切なことを教えてもらえたなと感謝です! 今日のお話 −12月12日(土)−
斎藤一人の名言
何をやっても トントンうまくいく人と 反対に何をやっても ガタガタして うまくいかない人の違いは たった一点 「感謝」なんです。 ちょっといい話
ここにいても…
無職になり、大不況の中次の仕事にもありつけない。お金も住む場所もなくなった。 日ごろから母親に、「生活を楽にしてあげる」、「老後は仕事をしなくても大丈夫だよ」と大口をたたいていた私。とうとう母親のいる実家にまで後退してしまった。戻ってきても、何も言わない母親。そりゃそうだよね。こんな不景気に住みつかれたらいい迷惑だよね。 その日の夕飯は、(私の新しい)箸が用意してありました。見た瞬間、涙をこらえるので精一杯で……。「いただきます」も「ご馳走様」も言えなかったけど、母親のありがたみを1つ1つかみしめて食べました。「ここにいていいよ」と言われたみたいで……。 その日初めて泣いた……。 ちょっといい話
今度は俺が……
幼稚園の頃、両親が離婚した。女手ひとつで、俺と弟を育ててくれた母。USJができた年の夏休み、母が俺たちをUSJに連れてってくれた。内心 俺は、交通費+入場料×3を出してくれた母に遠慮してた。アトラクションは2時間待ちでつらかった。けど、3人でわーわーきゃーきゃー言って、すんげぇ楽しかった。お昼ご飯は、園内のレストラン。1番安いもので1200円もした。やっぱりこういうとこは高いな。母は『好きなん食べよ』と言ってくれたけど、結局みんな1200円のカレーを食べた。園内の地図を見てワクワクしてる母に感謝した。ほとんどのアトラクションを制覇した俺たちは、帰りの電車で爆睡。土産を抱えて寝てる母に感謝した。母子家庭で家計だってつらいのに、俺たちを連れていってくれたことがほんとに嬉しかった。大げさかと思うからしれんが、涙が出るほど嬉しかった。『連れていってくれて、ありがとう』と言うと『また今度も行こな』と言った。 今度は俺が連れて行ってあげるからな。 今日のお話 −12月10日(木)−
斎藤一人の名言
人間の頭って 2つのことをいっぺんに 考えられないんです。 アラを探しているときは 必ず、良いところを 見てないですよ。 人のアラを探すより 良いところ探して 「この人のこんな良いところを 見習おう」って いった人間しか伸びない。 ちょっといい話
心を開いてくれた女の子
私が保育の専門学生時代で、保育実習で経験した嬉しい話です。 この園には、1人の場面かん黙の女の子がいました。その女の子のいるクラスを私が、担当することになりました。女の子は、話しかけても、一緒に遊んでも、表情を変えてくれない女の子でしたが、しばらくすると、ずっとそばにくっついてくるようになりました。本当にうれしくて涙腺が崩壊しそうでした。そんなある日、女の子のお母さんが話しかけてきてくれました。『家に帰ってくると、毎日先生と何をして遊んだのか、どんなことを話してくれたのかをすごく嬉しそうに教えてくれるんですよ』、『今までで一番嬉しかったみたいです』と、教えてくれました。そのことを聞いて、女の子はとても喜んでくれているんだとわかり、本当に涙が出ました。しばらくしたある日、みんなが外に遊びに行っていて私が教室に1人の時に、いつものように女の子がそばに来ました。とてもとても小さな声で『せんせー』と、私に話しかけてきてくれたんです!本当にびっくりしましたが、その一言がすごく感動したのを今でも忘れません。その日から、2人きりになると『せんせー』の一言ですが私のことを呼んでくれるようになり、ほんの少し笑顔も見せてくれるようになったんです。 ある休日にお母さんと女の子が、私をマーチングバンドの練習に呼んでくれたんです。その練習を見て私は驚きました。幼稚園とは全く違い、一生懸命に動き大きな声を出している女の子がいたのです。幼稚園では見せない姿を見せてくれたことにすごく感動しました。 これから教育していく立場なので、子どもの成長を楽しみに職に努めていこうと決意しました。 今日のお話 −12月9日(水)−
斎藤一人の名言
人生、うまく いかない人の特徴はね。 「無理」という言葉が多いの。 なにかにつけて 「無理だ」「無理だ」 って言うんだよ。 できないから 「やらない」じゃない。 できないからこそ 「やってみる」なんだよ。 だって、できないから 「やらない」でいたら 永久にできない ちょっといい話
素晴らしい上司
この話は感動する話の実話になります。本当に素晴らしい上司に巡り合えたと感動しています。 私は入社4年目で初めての結婚記念日の日の事、社内でトラブルが発生してしまった。 このままだと全員会社に泊まりになるかも知れないという修羅場なのに、私だけ結婚記念日なので帰らしてくださいとは絶対に言えない状況に……。17時を回った頃、T課長が俺を呼びつけ、封筒を渡して、「これをK物産に届けろ」と言うんです。K物産は、隣の県にある得意先で、今から車で出ても20時までに着けるかどうかすら分からない。「届けたら直帰していいから」と言うが、直帰も何も、K物産に届けて家まで帰ったら、きっと23時は過ぎるだろうという時間。文句を言いたかったが、「わかりました」と言って封筒を預かった。中身を見ようとすると 「中身は車の中で見ろ。さっさと行け!」とつれないK課長。不満たらたらの声で「行ってきます」というと、課内の同情の目に送られて駐車場へ向かいました。車に乗り込み、封筒を開けると、1枚の紙切れが入っていました。 「結婚記念日おめでとう。今日はこのまま帰りなさい」と書かれていた。会社に入って初めて泣いた瞬間です。その翌年、K課長は実家の家業を継ぐために退社した。送別会の席でお礼を言ったら「そんなことあったか?」ととぼけていた。K課長あの時はありがとうございます。今もお元気でいらっしゃいますか? 今日のお話 −12月8日(火)−
斎藤一人の名言
笑顔で仕事をしていると どこに勉強に行くより 頭が良くなる。 不満な顔で仕事をしていると 何も得られません。 それどころか 「イヤなこと」ばかり 次々と起こるものです。 笑顔で仕事をしていると 「自分のためになること」が 次から次へとやってきます。 そのうえ、仕事以外のことでも 良いことが 次から次へと起きるんです。 笑顔というのは 幸せの国に行くための パスポートなんです! ちょっといい話
おれは普通の家庭だと感じてるからな
俺が小学生の頃親父が、原付に乗っていて交通事故にあった。なんとか一命はとりとめた。でも、大好きだった原付にも車にも乗れなくなったみたいで、大分ストレスが溜まってたみたい。それで、夫婦喧嘩は日常茶飯事。すぐに手が出る親父だったから、堪えかねたお袋が1人で実家に帰っちゃった。で、何だかんだあって離婚してお袋は、子ども3人連れて引っ越ししたんだ。 時は経って、俺はちゃんと高校まで通わせて貰った。俺は、母子家庭で収入もないって事は薄々承知してたから、高校出た後は迷う事なく就職の道を選んだ。で、俺が18だったか20だったかの時に、お袋から「重要な話がある」と言われた。それは、親権関係の書類で保護者の欄?はお袋の名前にするか親父の名前にするかというものだった。俺はお袋に書類を書いて貰う事にした。その時、正座していたお袋がポロリと「ごめんね」と呟いた。俺は馬鹿で想像力もないから「何が?」と返したんだ。そしたらお袋が、「あんたは普通の家の子みたいに育てられなかったから」と言ってボロボロ泣き始めた。どれだけ親父に暴力を振るわれようとも、子どもの前では泣かなかったお袋が泣いた。違うよ、確かに俺の家は母子家庭だった。だけど自分の家が、他と違うとは全然思わなかったんだ。俺が遠足行く時に、風邪引いてたのに大好きな唐揚げをいっぱい入れてくれた事。俺がプレステが欲しいと言ったら、中学の卒業祝いに買ってくれた事。俺が自分の実力以上の高校を受けた時には、心配してくれた事。高校の合格発表の日に、仕事の合間を縫って俺に電話してくれた事。俺の合格を聞いた日の夜に、祝いのケーキを買ってみんなで一緒に食べた事。就職祝いにネクタイとスーツを買ってくれた事。どれも他の家でもやってるよ。普通の家じゃないか。そんな事一気に思い出して、言葉に出来ずに俺も号泣してしまった。来週お袋の誕生日がある。あの時の味には絶対に敵わないけど、今度は俺が唐揚げ作るよ。上手く作れるように頑張るから待っててな。 お袋ありがとう。これからいっぱい親孝行するよ! 今日のお話 −12月7日(月)−
斎藤一人の名言
今日一日だけ 一生懸命いきよう。 明日のことは考えないで。 「今日だけ幸せに生きること」 を考えてください。 もっと言うと 「今だけ幸せに生きること」 を考えてください。 人生って、長いように見えても 結局、今の連続ですから。 今、幸せな人は 明日も、あさっても 幸せですよ。 ちょっといい話
センター試験当日にあった感動する話
ちょうど数十年前のセンター試験の日の話です。当時の私は、田んぼに雪が降り積もっているとある田舎町に住んでいた。あたりは見渡す限りの山に囲まれていて、高層ビルなんかも見当たるわけがない。私はいつも始発の電車で仕事場に向かっていました。 その日もいつものように始発に乗っていたところ、急に電車が停車した。なんでも、吹雪の影響で電車がこれ以上進むには危険だそうだ。そのアナウンスを聞いて、乗っていた1人の女子高生が騒いでいる。携帯電話でどこかにかけていたが、切るとすぐに青ざめた表情になった。30代くらいの会社員らしき男性が「どうしたの?」と声をかけると、「センター試験まで間に合わなくなっちゃったんです」と、 涙ながらにこぼした。電車は動く気配もないし、こんな朝っぱらから通っている車もない。会場のある隣町までは、この電車でぎりぎり着くかどうか、というところであった。私は手の打ちどころがないと思っていたら、その会社員が無言で携帯電話を取り出して、どこかに電話をかけた。話し終わったら、女子高生へこう告げた。「今、家内に事情を話したら今すぐ来てくれるそうだ。 5分もあれば迎えが来て、会場まですっ飛ばしてくれるだろう」彼女は泣きながら会社員にお礼を言った。そうして数分後に迎えが来て、運転手さんに事情を話しておろしてもらい、会場へとのせてもらっていた。終始女子高生は会社員にお礼を言ったが、会社員は、「お礼を言う暇があったら、勉強しておきなさい」と言うほど冷静であった。それから毎年この時期が近付くとこのことを思いだすけど、今まで生きていた中で一度もあの人ほど「紳士」という言葉に似合っている男性は見たことがありません。 今日のお話 −12月4日(金)−
斎藤一人の名言
幸せって いっぱい言うと幸せになる。 目があって幸せ。 耳があって幸せ。 命があって幸せ。 「幸せ」って言うと 幸せなことが 不思議と起こるんです。 幸せなことが起きてから 「幸せ」って 言うようではいけません。 「幸せ」って言うと 良いことが次々と起きます。 「幸せ」って言うと 今すぐ自分の幸せに 気がつきます。 「幸せ。幸せ。幸せ」 って言えるあなたは 人生の勝利者なんです。 ちょっといい話
深夜のコンビニ
家の近所にコンビニがあってよく買い物に行くんだが、そこにイケメンの兄ちゃんが働いています。んで昨日、いつものように深夜に買い物に行ったんだ。客はおっさんが、1人雑誌の立ち読みしてただけ。適当に買い物してレジに行ったんたが、店員がいないんで声出して呼びかけたんだ。そしたらあの兄ちゃんが出てきた。が、兄ちゃんが号泣している。嗚咽をあげながらレジを打っている。私びっくりしてポカーンとなってた。 勇気を出して理由を聞いたら、妹さんが重い病気にかかってずっと入院してたらしい。で、大手術を受けてずっと生死の境をさ迷ってたらしいんだが、意識がもどったらしい。近いうち退院も出来るそうだ。母親から電話がかかってきて、涙が止まらないらしい。「バイト帰らしてもらえばいいのに」って言ったら「誰もいなくて帰れないんです。」と……。 私は感動してたんだけど、そのあたりで雑誌読んでたおっさんがいきなり缶コーヒー1本もってレジに来た。そして、無口のまま無愛想に120円を取り出しレジに出す。私は内心おっさん邪魔だなとか思ってたんだけど、次の瞬間おっさんが財布からごそごそと2枚のディズニーの1日乗り放題券?みたいなのを2枚取り出して「退院したら妹さんつれてってやんな」とだけぶっきらぼうに言い放ち、兄ちゃんに押しつけるようにチケットを渡すとすぐに立ち去ってしまった。「おじさん、イイね!!!」と心の底から思った。 この兄ちゃんといいおっさんといい、日本もまだまだ捨てたもんじゃないなと思った出来事でした。 |
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