最新更新日:2024/04/26
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令和6年度が始まりました。1年間どうぞよろしくお願いいたします。

ちょっといい話 11月30日(月)

岐阜市人権作文より

    「人権について家族で話し合って」 
 
 ぼくは、人権って何だろうと思いました。それで、夏休みに家族で人権について話し合いました。お父さんやお母さんは、「いじめや差別も人権問題だよ。」と言いました。
 ぼくたちの網代小学校の3年生と4年生は、毎年、近くの岐阜本巣特別支えん学校の子たちと交流をしています。
 ぼくが最初に出会った、特別支えん学校の子は、目の見えない車いすの子でした。だから、ぼくはその時は、
「目も見えないし、自分の足で歩けないなんて、かわいそうだな。」
と思いました。
 でも、そのことを話したら、お母さんは、
「そう思うことが差別じゃないかな。」
と言いました。ぼくは最初、お母さんの言った言葉の意味が分かりませんでした。
 でも、もしもぼくが、その目や足の不自由なお友だちだったら、と考えてみました。特別支えん学校との交流会で、そのお友だちは、ぼくに笑顔を見せてくれました。楽しそうに話しかけてくれました。ぼくが車いすを押したり、ボールをわたしたりすると、みんなと同じように遊ぶことができていました。
 ぼくは、体が不自由なことは不幸なことだと、勝手に決めつけていたことに気がつきました。お母さんの「差別じゃないかな」という言葉の意味が分かったように思います。そのお友だちにとっては、みんなからかわいそうと思われることは、傷つけられることになるのだと分かりました。体が不自由なことは関係なく、そのお友だちは、自分らしく生きていて、それをみんなに認めてほしいのだと思うのです。ぼくがそのお友だちだったら、「かわいそう」や「たいへんだね」と言われるよりも、「一緒に遊ぼう」と声をかけてほしいと思います。
 この夏休みに、人権について家族で話し合っていなかったら、またそのお友だちと会った時にも、きっと前と同じように、「かわいそう」とか「この子は、ぼくとちがうんだ」と思っている気がします。だから、この次の交流会では、ぼくもそのお友だちも、心から楽しく遊べるといいなと思います。
 人間が一人一人ちがうのは当たり前のことなので、みんなが楽しく生きられるよう、相手のことを知り認めて、その人が望むように誰もが助け合うことができれば、もっと笑顔が増えると思います。
 これまでぼくは、人権ってむずかしいと思っていたけれど、家族で話し合ったり、特別支えん学校と交流したりして、ぼくのすぐ近くにも考えられることがあるのだと知りました。これからも、もっと家族で話し合って、人権についていろいろと考えていきたいです。

ちょっといい話

ニッケピュアハート・エッセイ大賞より

   「ぼくはぼくでいいんだ」 

 ぼくは、三人兄弟の末っ子。一番上の兄は勉強ができ、すぐ上の兄はサッカーが上手である。両親からは、別にくらべられているわけではないけれど、ずっとコンプレックスに思っている。自分には、とりわけ得意なものとか、ずばぬけて頭がいいとか、そんな人に自慢できるものが何一つないのである。
 “どうせぼくなんて…”が口グセなぼく。
 それを聞いた両親は、“何言ってるの。がんばって!”と、いつもはげましてくれる。がんばってる。いつだってかんばってる。それがむくわれないのだ。
 ある日、母がぼくにこう言った。
 「あなたを産んでよかった。いつもやさしいあなたがいるだけで、うれしいし、楽しい。ありがとう。」
って。なにげない一言。でもそれがすごくうれしかった。仕事でいそがしい母のかわりにせんたくものをとりこんだりしている。たったそれだけの手伝いにも、母は喜んでくれている。ぼくはぼくでいいんだ。ぼくはぼくのできることをがんばっていこう。そう思えた瞬間だった。
 ぼくの夢、それは、家族や友だち、また、まわりの人々を大切にし、みんなからも愛される存在になることである。その夢の実現のためには、今の自分に自信をもち、今とかわらず、やさしい自分でありつづけようと思っている。“ぼくはぼくでいいんだ”ということをわすれないで、前向きに生きていこうと思うのである。

今日のお話 11月27日(金)

    稲盛和夫の名言

  常に「原理原則」に基づいて判断し、

  行動しなければなりません。

  常日頃より、

  原理原則に基づいた判断をしていれば、

  どんな局面でも迷うことはありません。

  「原理原則」に基づくということは、

  人間社会の道徳、

  倫理といわれるものを基準として、

  人間として正しいものを、

  正しいままに貫いていこうということです。

  人間としての道理に基づいた判断であれば、

  時間や空間を超えて、

  どのような状況においても

  それは受け入れられるのです。

  そのため、

  正しい判断基準を持っている人は、

  未知の世界に飛び込んでも

  決してうろたえたりはしないのです。

  真の革新者たちが新しい世界を切り開き、

  開拓することができるのは、

  彼らが経験豊富であるからではなく、

  また常識があるからでもありません。

  それは彼らが本当に

  崇高な人間の本質を知っており、

  基本的な原理原則に基づいて

  判断を下すからなのです。

ちょっといい話 11月26日(木)

ニッケピュアハート・エッセイ大賞より

   「父の3日間」 

 外では働き者だと評判の父は、家ではとてもぐうたらおやじになります。家での役割は、四角い部屋を丸く掃除機をかけるくらいです。休日は趣味で飼っている犬の世話しかしません。
 そんな父が、この夏休中に、たった3日間だけ働き者に変身しました。働き者になった父の1日目は、網戸と窓を洗うことから始まりました。私が宿題もせずにゴロゴロしている間、父は網戸を洗っていました。それが終わると、父は私に窓ふきを手伝えと命じました。断るとうるさいので私はしぶしぶ手伝いました。2日目は、兄と縁側を作り直していました。私はそれを見て、なんだかあやしいなあと思いました。また手伝えと言われたら困るので、私は逃げるように遊びに行きました。家に帰ると、縁側はきれいに出来上がっていました。猛暑の中の縁側作りはとても大変だったと思います。そして3日目、父が私と母を松山に連れて行ってくれました。父の趣味は、私や母のそれとは全く合わないので、私達は松山に行くと必ず別行動をとります。しかもケチな父は、いつも2時間しか私達に自由時間をくれません。でもその日はなぜか5時間も自由時間をくれました。うれしかったけれど、なにか不気味な感じでした。
 次の日、父は朝から総合病院に行きました。その日の夜、父は安堵の表情で「病院で検
査したら何の異常もなかった。良かった。」と母に話していました。私には何の話なのか全然分かりませんでした。後で母から聞いた話によると、働き者になる前日、父は保健所で受けた健康診断で胃に異常があると言われたそうです。早とちりな父は、自分は胃ガンでもうすぐ死ぬんだと思い込みました。そこで父は、自分が生きているうちに少しでも家族のためになることをしようと、働き者に変身したのでした。
 自分は健康だという結果を知った父は、今また、ぐうたらおやじに戻っています。

図書カード 大宝運輸株式会社 11月26日(木)

 大宝運輸株式会社様が、10月4日に第31回の大宝文化祭でバザーを行いました。その売上を図書カードに替え、本校に寄贈をしていただきました。
 子どもたちのために図書館の本に替えさせていただき、活用させていただきます。

 ありがとうございました。


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今日のお話 11月26日(木)

    稲盛和夫の名言

  人間は、

  しばしば本能をベースとして

  判断を行います。

  しかし、それでは

  動物と同じです。

  もし、状況を客観的に見ることができれば、

  もっと良い意思決定ができるはずです。

  本能を抑えることが重要なのです。

  そうすると、

  心の中に理性が入ってくる隙間が生まれ、

  論理的に考えることが

  できるようになるのです。

  問題は、行動をどれだけ理性で、

  コントロールできるかということです。

  本能を抑えることは

  容易なことではありません。

  人間は本能なしで

  生きることはできませんし、

  私は、本能をすべて取り除けと

  言っているのではないのです。

  大切なことは、

  本能に支配されないことです。

  我々は本能を、

  意志の力で抑えることが

  できなければならないのです。

  人間が本能に従うのは自然なことですから、

  本能を抑えることはたいへん難しく、

  簡単にできることではありません。

  必要なことは、

  利己的な欲望が出てきた瞬間に、

  それに気付き、

  意識してそれを抑え込もうと、

  努力することなのです。

  本能心をコントロールすることを

  覚えなければなりません。

  それが理性を高め、

  正しい判断を行う能力を

  与えてくれるのです。

ちょっといい話 11月25日(水)

ニッケピュアハート・エッセイ大賞より

    「ぼちぼち」歩こう 

 私の夢は漫才師になって世界を救うこと。漫才師になることと世界を救うこと何の関係があんねん、と思うかもわからん。ちゃうちゃう、漫才師になって世界を救える。なんでって、笑いは伝播するから。私が誰かを笑わせる。その笑顔は、また誰かを笑顔にする。そしてその笑顔は…ってずっと続いていく。そしたら、ぎょうさんの人が笑顔になる。世界にはなんや難儀な問題が山ほどあるのはわかってる。せやけど、誰かの笑顔に救われる人も、ぎょうさんいてるはず。だから、私は漫才師になって、ぎょうさんの人を笑顔にして、世界を救いたいと思うてる。
 そのために私が心がけているのは「ぼちぼち」だ。「ぼちぼち」とは、物事の程度などが十分とは言えないが、一応は満足できるさま、と国語辞典に書いてあった。これを聞いて、夢があるんならもっとしゃかりきならなあかんのうちゃうん、と思われるだろう。たしかに、一生懸命になることも大切や。せやけど、「ぼちぼち」いくことで、近くにあるおもろいことに気付けるんとちゃうかなぁ。人間一つのことにしゃかりきになりすぎると、周りが見えんようになっておもろいことに気づかれへんようになる。そしたら、しんどくなってまう。そうならへんようには「ぼちぼち」、が大切や、思う。まして、漫才師は、おもろいことを見つけて、それをみんなに伝える仕事やから、「ぼちぼち」を大切にしていかなあかん、って思う。
 これからも夢の実現に向けて、「ぼちぼち」歩んでいきたい。

今日のお話 11月25日(水)

    稲盛和夫の名言

  人間の本当の能力は、

  正しい判断ができるかどうかで、

  測ることができます。

  正しい判断をするには、

  自分が今どういう状況にあるかということを、

  よく知っている必要があります。

  そのためには物事の核心に触れるほどの鋭く、

  かつ細部にまで行き渡る

  観察力がなければなりません。

ちょっといい話 11月21日(土)

ニッケピュアハート・エッセイ大賞より

   「私の夢」 

 また笑われた。これで何度目になるだろう。笑ったやつらをひとまとめにして思いっきりけとばしてやりたい。
 そもそも、今の日本が悪いんだ。就職難だからって安定した職ばかりを求めるあまり、自分が本当にやりたいこと、本当の夢が見えていない人が多くなっている。そんな人たちを生みだしたのは、他のどこでもない今の日本だ。おかげで友達や大人の人に将来の夢を聞かれて「世界的に有名な医者になってたくさんの人を救う。」と答えると、「フンッ。」と鼻で笑われるようになってしまったじゃないか。しかし、笑ったやつらの夢を聞いてみると、「まだ決まってない。」とか、「とにかくなんでもいいから職につきたい。」という意見が多い。聞いて呆れる。私の夢を笑うくらいだからどんな立派な未来像を描いているのかと思ったら、なんの夢や希望もないなんて。そんなの夢と言えるのだろうか?たしかに、私は成績はよくないし、みんなから慕ってもらえるような性格でもない。あきっぽいし怒りっぽい。だけど、時代や周囲の人達に流されるような、そんな意志の弱い人間ではないと思っている。「ゆとりだから。」とか、「今の時代は就職難だから。」というのはただの言い訳にすぎない。誰に笑われようがバカにされようが、意地になってでも自分の意志を貫き通すのが夢を叶えるための一番大切なことだと思う。私は私の夢を叶える。どんな困難が待ち受けていようとも、絶対に耐えて戦う。

 かかってこい、未来。

今日のお話 11月21日(土)

    稲盛和夫の名言

  これが正しい道だと

  固く信じているのであれば、

  その道がどんなに険しかろうと、

  どんな悪天候に遭遇しようと、

  その道をまっすぐ頂上まで登るべきです。

  安易な道はたいていの場合、

  ゴールへ導いてくれないのです。

ちょっといい話 11月20日(金)

「いい話の広場 子どもたちからいい話」より

   「お母さんの手は魔法の手」

 今日は、多治見市が市制70周年を記念して募集した「元気な多治見・あったか家族エッセイ」の入選作品集から「お母さんの手は魔法の手」を紹介させていただきます。

 私の家族は、お父さん、お母さん、お姉ちゃん、妹、私の五人家族です。私は家族が大好きです。いつも私の事を心配してくれて、一緒に居るだけで安心できます。私は、そんな家族が世界で一番の宝物です。中でも私が幼い頃からずっと尊敬してきたお母さんについて書きたいと思います。
 まず、私がまだ幼稚園や小学生だった頃、私は「お母さんの手は魔法の手」だと思っていました。お腹が痛い時、お母さんがお腹をなでてくれると痛みがなくなったような気がしました。転んでしまった時、泣かないように我慢していると頭をなでてくれました。そしたら、何だか強くなった気がしました。
 実は今でもその「魔法」を私は味わう時があります。部活の試合前に、お母さんと握手をすると、「大丈夫。勝てる」と強気になります。練習で思うようにいかなくて落ち込んでいると肩をポンポンと叩いてくれます。すると、不思議と元気になります。
 普段は冗談を言ったりして、にぎやかなお母さんだけれど、本当は強くて優しいです。そこに魔法の秘密があるのかな、と思っています。

今日の給食 11月20日(金)

 今日の給食は、「牛乳、ご飯、厚揚げの肉味噌かけ、いわしのつみれ汁、みかん」でした。
 いわしのつみれ汁の中に入っている大根は一宮市でとれたものです。また、いわしのつみれ団子は、愛知県内で水揚げされたいわしを使ったものです。みかんは、和歌山県のものですが、愛知県はみかん作りも盛んです。蒲郡市や豊川市、知多半島の暖かくて水はけの良い土地を利用して栽培されています。1830年代にはミカン作りが始まり、1974年には全国に先がけてハウス栽培がスタートしました。ハウスみかんは全国第2位の生産量です。
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今日のお話 11月20日(金)

    稲盛和夫の名言

  長い人生の旅路では、

  失望や困難、試練の時が、

  何度もあることでしょう。

  しかしそれは、

  自分の夢の実現をめざし、

  すべての力を奮い起して

  誠実に努力をする、

  またとない機会でもあるのです。

  天は、誠実な努力とひたむきな決意を、

  決して無視しないのです。

音楽会 プログラム 11月19日(木)

 犬山市教育委員会より、第62回 犬山市小学校音楽会のプログラムが届きました。

□ 12月5日(土) 犬山市民文化会館 

□ 午前の部 10時30分 開場
       10時50分 開演

□ 午後の部 13時00分 開場
       13時20分 開演 
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児童生徒作品展・音楽会の案内 11月19日(木)

犬山市教育委員会より、児童生徒スカ宇品点・音楽会の案内が届きました。

第21回 犬山市児童生徒作品展のご案内 

http://www2.schoolweb.ne.jp/weblog/files/231018...

第62回 犬山市小学校音楽会のご案内

http://www2.schoolweb.ne.jp/weblog/files/231018...

ちょっといい話 11月19日(木)

「いい話の広場 子どもたちからいい話」より

   「我が家の食卓事情」(382話)

 今日は、多治見市が市制70周年を記念して募集した 「元気な多治見・あったか家族エッセイ」の入選作品集から「我が家の食卓事情」を紹介させていただきます。

 私の家では、食事はできるだけ家族全員で食べます。中学生の頃は、毎日朝食や夕食を家族全員で食べるのは、正直めんどくさかったです。お父さんが仕事で帰りが遅くなると、待っているのがイヤだったし、そのせいで時間が遅れて見たいテレビが見れないときもありました。高校生になると、私の帰る時間が遅くなりました。中学の時は、遅くても6時、6時半には、家に着いていました。しかし高校では、夜遅くに帰宅することが多くなりました。そんな時、いつも私の家族は、帰りを待っててくれます。この時、初めて待っててもらうことの喜びを知りました。
 「ただいま〜」
と言うとお母さんが夕食の準備を始めます。今までは、私が待っている側だったので、 わざわざ家族全員で食べる理由がちっともわかりませんでした。でも、自分が相手に待っててもらう側になってみると、誰かに待っててもらうということは、とても幸せで、あたたかい事だとわかりました。
 今では、家族の帰りが遅くなっても、待っていることに対して全然めんどくさいとは思いません。今日も夕食が楽しみです。

今日のお話 11月19日(木)

    稲盛和夫の名言

  (成功の秘訣を聞かれて)

  たいへん単純なことです。

  プロジェクトが成功するまで、

  私はあきらめません。

  失敗というのは

  心のあり方なのです。

  もちろん第一にそのプロジェクトが、

  本当に価値があると心底納得しない限り、

  着手しません。

  だからこそ、いったん着手したら、

  たとえどんな障害に遭遇しても、

  あきらめないのです。

  もしある方法で成功しなければ、

  成功するための

  別の方法を追い求め続けるのです。

ちょっといい話 11月18日(水)

「いい話の広場 子どもたちからいい話」より

   「お母さんの手紙」(375話)

 多治見市が市制70周年を記念して募集した 「元気な多治見・あったか家族エッセイ」の入選作品集より「お母さんの手紙」を紹介させていただきます。

「お母さん 何がほしい」

 1月2日はお母さんのたん生日です。お年玉をもらった次の日だけど、ぼくはお金をはらう気満々でした。その時ぼくは、頭の中で、「かばんとか、さいふがほしいだろうなぁ」、こんな事を考えていました。
 でも、お母さんから返ってきた言葉は、「手紙がほしいなぁ」
 ぼくはすごくびっくりしました。そうぞうとは、まったくちがい、思わず「手紙って何書けばいいの」と聞き返してしまいました。
 ぼくはまよって、30分くらいかかってやっと最初の文を書き始めました。でも、またそれから1時間くらいかかって、やっと最初の文を書き始めました。でも、またそれから1時間くらいたって書き終わりました。 そして、手紙をあげる時間がきました。
 お母さんのはんのうは、「ありがとう。すごくうれしいよ」
 ぼくもすごくうれしくなりました。やっぱり苦労してもがんばれば、ぜったいいいことはあるということと、物をあげるより、手紙をあげる方がうれしいと分かりました。
 来年も感しゃの気持ちは手紙に書いて喜んでもらいたいです。

今日のお話 11月18日(水)

    稲盛和夫の名言

  私は長期のビジネス計画は立てません。

  今日の仕事がうまくゆくかどうかも、

  また明日何が起きるかもわからないのに、

  今から十年先のことなど

  見通せる訳がないからです。

  代わりに、毎日を懸命に生きるよう、

  自分に言い聞かせています。

  そうすると、

  明日が見えてくるようになるのです。

  そして一日一日の積み重ねが

  五年後、十年後には、

  大きな成果を生むことになるのです。

  一日一日を懸命に生きれば、

  未来が開かれてくるのです。

  正確に将来を見通すということは、

  今日を努力して生きることの

  延長上にしかないのです。

ちょっといい話 11月17日(火)

「いい話の広場 子どもたちからいい話」より

    「ニコニコになあれ」(160話)

 私は、2歳7ヶ月の娘を持つ、働くお母ちゃんです。
 私の仕事は、私立男子高の養護教諭。忙しくてたまらない1学期でした。生徒の言葉でいうと「超やばい」毎日でした。朝は、早朝保育で娘を保育園へ送っていき、帰りは、長時間保育で暗くなりかけた頃に、娘を保育園に迎えに行く。プラス1学期は、定期健康診断、生徒との対応、教職員との対応、親御さんへの対応と、土、日も仕事に追われ、家事も満足にできず、娘との時間がゆっくりもてない日々でした。
 朝は、時間との戦いです。ただでさえ時間がないのに、娘がゆっくりゆっくり朝ご飯を食べていたり、遊び食べをしていると、「何やっているの!早くしない!」、「早く靴を履きなさい!」、「早く車に乗りなさい!」とギスギスしていました。子育ても仕事もうまくできないな…、私ってダメだな…。
 そんなある朝のこと。いつも通り保育園へ向かっている時のことです。車の後部、チャイルドシートに座っている娘が、「お母ちゃん」、「なに!」、「お母ちゃん、ニコニコしてよ〜」、「えっ!?」、娘は、人差し指をくるくる回して、呪文を唱えるようにこう言いました。
 「ニコニコになあれ♪、お母ちゃん、ニコニコになあれ♪」
 思わず、頬がゆるみ、娘の呪文どおりニコニコになれたのとともに、こんなに幼いのに私のささくれた気持ちを感じていたんだなぁ…、申し訳ないな。「ごめん!お母ちゃん、いつもプンプンしていたね。ごめんね」と言いながら、泣けてきました。運転しながら涙を流す私に、またも娘は、「お母ちゃん、泣いちゃダメ! ニコニコになあれ!」、魔法の言葉をかけてくれました。
 養護教諭として保健室で生徒と対応する中で、大事な大事なことを忘れていたようです。今の私に必要なのは、「ゆとりをもった対応と笑顔」でした。男子生徒に「ニコニコになあれ♪」とは、さすがに恥ずかしくて言えませんが、「保健室を出て行くときは、ニコニコになって欲しいな」と、そんな気持ちで接するようになりました。
 娘は、主人にも魔法をかけてくれました。「お父ちゃん、ニコニコになあれ!」、疲労困ぱいしているその顔が、瞬く間に笑顔になりました。ニコニコになってから、仕事もうまくいくようになりました。
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