最新更新日:2024/11/15
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ともに生きる

ちょっといい話

   1人娘の結婚式

 1人娘の結婚式。
 俺が嫁と結婚したのと同じ歳。当時、俺25歳、嫁33歳、娘13歳。娘は嫁の連れ子だったんだけど、多少ギクシャクしながらも数年過ぎた。子どもはあえてつくらなかった。娘の気持ちを考えたら、「子どもは娘1人いればいい」って事になった。
 突然、嫁が交通事故で逝った。娘17の時。突然2人きりになり、2人とも呆然……。これからどうしようと思った。生活の面では収入も安定してたし、娘も家事の一通りはできた。何の問題もないはずだったけど、嫁側の親戚が騒ぎ立てた。血の繋がらない29の男と17の女。ある意味カップルでもおかしくない歳の差だもんな。でも、俺は「娘は、間違いなく俺の娘だ」と思ってた。何よりも、嫁のたった1人の忘れ形見だ。俺が育てていく以外の選択肢は全く頭になかった。娘も「今更こんな足の臭いオッサンと、どーにかなるか」と笑ってた。当たり前の様に言う娘の気持ちが嬉しかった。それで2人で暮らしてきた。再婚なんか考えた事もなかった。それくらい娘に「穏やかな、幸せな時間」を与えてもらってた。
 娘に話があると言われた。「結婚したい人がいる」と……。娘は25になってた。次の日曜に相手の男に会った。娘を見る目が優しかった。こいつなら大丈夫だと思った。安心した。諦めもついた。披露宴では、「お母さんが亡くなった時、本当にどうしようかと思った。お父さんはまだ若かったから……。私がいたら絶対に足枷になると思ってた。だから、『これからも一緒に暮らすのが当たり前』みたいな態度でいてくれたのが、本当に本当に嬉しかった。私のお父さんは、お父さんだけです。今まで本当にありがとう。お母さんが亡くなってからも、今までずっと幸せな子のままでいられたのは、お父さんがお父さんだったからです」と娘が、しゃくりあげながら読む花嫁からの手紙を聞いて、涙がどっと溢れた。
 大変だったけど、父親って立場、選んでよかった。嫁と結婚してよかった。娘の父親になってよかった。1人になって部屋は、何か広くなっちゃったけど……。微妙な抜け殻感は否めないけど。今度はいつか生まれて来る孫の為に頑張ってみようかな。

1年生 2時間目の授業 9月22日(木)

 1年生の2時間目の授業の様子です。

 1組は英語、2組は国語、3組は社会、4組は理科、5組は数学の授業でした。
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2年生 2時間目の授業 9月22日(木)

 2年生の2時間目の授業の様子です。

 1組は社会、2組は国語、3組は英語、4組は理科、5組は社会の授業でした。
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3年生 1時間目の授業 9月22日(木)

 3年生の1時間目の授業の様子です。

 1組は音楽、2組は英語、3組は美術、4組は国語、5組は理科の授業でした。
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今日のお話 −9月22日(木)−

   二宮尊徳の名言・格言

  キュウリを植えれば

  キュウリと別のものが収穫できると思うな。

  人は自分の植えたものを収穫するのである。

体育大会の延期について

 本日の体育大会は延期とし、9月27日(火)に実施します。

 今日は、弁当持ちで火曜日の時間割で授業を行います。

ちょっといい話

   お母さん 

 ありがとう。産んでくれてありがとう。母が死んで、今日で1年とちょっと。
 高齢出産だったこともあって、俺の同年代の友達の親と比べると、明らかに年くってた。俺が「何でもっと若く生んでくれなかったの」と責めたこともあった。俺が思春期の頃、とにかく心配性な母がうざいのと、親父には恐くて何も言えなかったから、何でもかんでも母に当たってた。たくさん文句言って、自分の部屋に入ったとき、母のすすり泣く声が聞こえたときは、自分の不甲斐なさに気付き俺も泣いた。お母さんが死ぬ時って、いつか来るってわかってた。でも気付いてからは遅いんだよね。そんな俺も今年で23才になる。20才を迎えたくらいから親孝行したいなって思って、高齢出産だった母に孫の顔を見せたいなって思ってた。
 先月、彼女が病院行ったら子どもができてたよ。お母さん。無事に生まれてくれたらいいな。俺を生んでくれてありがとう。高齢出産だったから辛かったろう。でも孫の顔見せたかったな。抱かせてあげたかったな。でも、もうお母さんの笑顔見れないんだよね。あの笑い声ももう聞けないんだよね。でも俺少しは一人前の大人になったよ。学歴も無いし、給料安いけど、ついに家庭をもつよ。こんな幸せなことってなかなかないよね。俺の子どもには、お母さんからもらった優しさを少しでも分けてあげたい。休みの日は子どもといっぱい遊ぶ。俺が小さい頃のお母さんよりは、動けると思うよ。何たってまだ俺、若いからね。
 お母さんが、死ぬ前日に俺に言った言葉。「今日は、お風呂入ってもう寝なさい」。あの時、寝なきゃよかったな。今でも思うよ。一晩中話しとけばよかったよ。何で死んじゃうんだよ。お母さん。もっといっぱい甘えとけばよかった。もっと一杯話したかった。旅行に連れてきたかった。美味しいもの、一杯食べさせたかった。次の日冷たい体に抱きしめても、声かけても何も返って来なかったよ。お母さん、天国から俺の事見える?俺の事もう心配しなくていいからね。子どもの名前何にしようかな。お母さんだったらどうする……。明日仕事休みだから彼女とお墓参り行くよ。最後に生きてるとき言いたかったけど言えなかった言葉。
 お母さん、生んでくれてありがとう。

城東中の風景 3 −6時間目授業−

 6時間の授業の様子です。

 明日の体育大会に向けて全校で準備をしました。天気になると……。
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城東中の風景 2 −5時間目授業−

 5時間目の授業の様子です。
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城東中の風景 1 −5時間目授業−

 5時間の授業の様子です。
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今日のお話 −9月21日(水)−

   二宮尊徳の名言・格言

  道徳を忘れた経済は、罪悪である。

  経済を忘れた道徳は、寝言である。

9月21日(水)お彼岸の献立

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ご飯 筑前煮 さつまいもの茶衣天ぷら 白あえ ミニおはぎ です。

 台風の関係で、献立変更となっています。
今日は『お彼岸の献立』です。

 お彼岸は、春と秋の2回あり、秋のお彼岸は、9月23日の秋分の日を中心に、前後7日間を言います。今年は、9月20日〜26日になります。お彼岸入りしました。
お彼岸には、お墓参りをしたり、おはぎを食べたりします。給食ではミニおはぎを出しました。

 「ぼたもち」と「おはぎ」の違い、知っていますか?? 
 基本的には同じ食べ物ですが、食べる季節が違うため呼び分けるようになりました。

春のお彼岸の頃に、ぼたんの花が咲くからぼたもち(牡丹餅)
秋のお彼岸の頃に、はぎの花が咲くからおはぎ(お萩)と呼び方をわけています。

 秋の味覚『サツマイモ』を天ぷらにしました。
天ぷらの衣には、城東地区の日比野製茶さんのお茶を小麦粉にたっぷり混ぜて、給食室で揚げました。カテインや食物せんい、ビタミンなどお茶の栄養も丸ごといただきます。

 筑前煮は、たけのこや、れんこん、ごぼう、にんじんなど根菜類がたくさん入っています。土の中で栄養をたくわえて育つパワーが詰まっています。

 明日は、いよいよ、体育大会♪応援献立は、残念ながらできませんでしたが、今日の献立もパワーが詰まっています。
 しっかり食べてパワーをつけて、自分のもっている力を発揮しましょう。

 明日は、給食がありません。 お弁当を忘れず用意してください。

ちょっといい話

   お母さんのお弁当

 私の母は昔から体が弱くて、それが理由かは知らないが、母の作る弁当はお世辞にも華やかとはいえないほど、質素で見映えの悪い物ばかりだった。友達に見られるのが恥ずかしくて、毎日食堂へ行き、お弁当はゴミ箱へ捨てていた。
 ある朝、母が嬉しそうに「今日は〇〇の大好きな海老入れといたよ」と私に言ってきた。私は生返事でそのまま学校へ行き、こっそり中身を確認した。すると、確かに海老が入っていたが、殻剥きもめちゃくちゃだし、彩りも悪いし、とても食べられなかった。家に帰ると母は私に「今日の弁当美味しかった?」としつこく尋ねてきた。 私はその時イライラしていたし、いつもの母の弁当に対する鬱憤も溜っていたので「うるさいな、あんな汚い弁当捨てたよ。もう作らなくていいから」と、ついきつく言ってしまった。母は悲しそうに「気付かなくてごめんね……」と言い、それから弁当を作らなくなった。
 それから半年後、母は死んだ。私の知らない病気だった。母の遺品を整理していたら、日記が出てきた。中を見ると、弁当のことばかり書いていた。「手の震えが止まらず、上手く卵が焼けない」と……。
 日記はあの日で終わっていた。後悔で涙がこぼれた。

3年生 1時間目の授業 9月20日(火)

 3年生の1時間目の授業の様子です。

 1組は音楽、2組は英語、3組は美術、4組は国語、5組は理科の授業でした。
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2年生 1時間目の授業 9月20日(火)

 2年生の1時間目の授業の様子です。

 1組は数学、2組は技術、3組は国語、4組は国語、5組は理科の授業でした。
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1年生 1時間目の授業 9月20日(火)

 1年生の1時間目の授業の様子です。

 1組は理科、2組は英語、3組・4組・5組は保健体育の授業でした。
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9月20日 朝

 台風14号の影響も心配されましたが、大きな被害もなく通常通り授業をはじめることができました。

 登校後に台風の影響で倒れたフェンス・ネット等を自主的に片付けてくれました。
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今日のお話 −9月20日(火)−

   二宮尊徳の名言・格言

  積小為大。

  大事を成さんと欲する者は、
  まず小事を務むべし。
  大事を成さんと欲して小事を怠り、
  その成り難きを憂いて、
  成り易きを務めざる者は、
  小人の常なり。
  それ小を積めば大となる。

□ プロフィール
 江戸後期の農政家。名は金次郎。相模国栢山村(現、小田原市)の農家に生まれた。家の没落に遭うが、20歳で一家を再興する。小田原藩家老・服部家の家政再建を任され、それを契機に藩主大久保忠真に見出され、分家宇津家の下野国桜町領の再建を成功させた。小田原藩領の農村救済に「報徳仕法」を実施し、実践的合理主義と精神主義を折衷する篤農哲学を披露し、老中水野忠邦に幕府役人に取り立てられると「日光領仕法雛形」を作成した。

女子卓球部

先日、新チームになってから初めての大会が行われました。
1年生にとっては、普段と違う環境や相手ということで、かなりの緊張感があったと思います。
2年生にとっては、秋の管内大会に向けて、自分達の世代の力量を実感する良い機会となりました。

【結果】
2年生の部 優勝
1年生の部 準優勝・3位

その他にも多くの部員が決勝トーナメントに進んだり、予選リーグでは練習の成果を発揮しようと奮闘したりと、一生懸命な姿が多く見られました。
この試合で感じたことを糧として、また練習に励んでもらえればと思います。

保護者の皆さま、部員の送迎にご協力いただき、ありがとうございました。
今後も、応援よろしくお願いします。
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男子卓球部 犬山市民卓球大会

9月18日(日)犬山市民卓球大会が開かれました。
1年、2年の部に分かれ、市内の中学校の選手と戦いました。
予選リーグを7名が勝ち抜け、決勝リーグへ。
結果、1名が2年生の部で3位入賞を果たすことができました!おめでとう!

他校の力を知るとてもよい機会となりました。
悔しい思いをしたメンバーもたくさんいたと思います。
この試合で感じたことを今後の練習に活かしていこう。

保護者の方、応援、送迎ありがとうございました!
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学校行事
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