最新更新日:2024/11/08 | |
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今日のお話 −1月27日(木)−
立花隆の名言
あらゆる失敗の可能性を忘れている人は、 いかに大胆に生きようと、 無謀に生きたというだけである。 あらゆる失敗の可能性を見すえつつ 大胆に生きた人こそ よく青春を生きたというべきだろう。 今日の給食 1月26日・ごはん ・牛乳 ・みそ煮込みおでん ・めひかりのフライ ・れんこんの塩昆布マヨ和え です。 全国学校給食週間、3日目の今日は、愛知県の郷土料理である「みそ煮込みおでん」を紹介します。長年熟成された豆みそは、濃厚なコクが特徴です。もともとは、田楽がルールと言われています。 めひかりは、三河湾の海底にいる深海魚で、目が大きく、光って見えることからその名前が付いています。脂の乗った白身魚で、骨まで食べることができ、カルシウムも豊富に取ることができます。 和え物に使用したレンコンは、全国3位の生産量を誇ります。愛知県で収穫されたれんこんを使用しました。 今日の大根は、食育応援団の日比野さんから納品頂きました。 明日のお茶つくねに入るてん茶も日比野さんから納入頂きます。 ちょっといい話
おにいさん、こんにちは
「○○おにいさん、こんにちは。僕のお母さんが、今度○○おにいさんのお父さんと結婚するので、僕と○○おにいさんはきょうだいになることになりました。僕はお父さんができることと同じくらい、自分におにいさんができるのがとてもうれしいです。」 俺のおふくろは、俺が18のときに親父が迎えた後妻だが、本当のお袋だと思ってる。結婚が決まってから、初めて俺はおふくろと新しい弟に会った。半ズボンにブレザー、緊張した9歳の坊主から俺はこの手紙をもらった。俺も1人っ子で、本当は嬉しかったのに照れくさかったから、かなり無愛想にその手紙を受け取った。だけど新しい弟に会ったのはそれが最初で最後になった。弟はそれからすぐ事故で死んだ。 俺は何でもしてやるつもりだった。中学に入って学校でいじめられたら、仲間連れてお礼参りしてやるつもりだった。タバコをおぼえ始めたら、ぶん殴って兄貴風吹かして叱り付けるつもりだった。単車だって俺のお古をくれてやって、兄弟で走りに行くつもりだった。「おにいちゃん」から「兄貴」に変わる年頃になったら、そして彼女ができたら、からかってやるつもりだった。そんな光景を夢に見てた。 葬式では、おふくろよりも俺の方が激しく泣いた。友達が心配するくらいに、1人で立っていられないくらいに……。タイムマシンがあったら、ほんの1週間前の自分に会って胸ぐら掴んでやりたいくらいに後悔した。もっと優しくしてやればよかった……。どんな想いで手紙を書いて、どんなに緊張して俺に手紙を渡したんだろう……。俺は、弟の代わりにおふくろを大事にしている。この人こそが俺のおふくろだと思ってる。「俺のおふくろを粗末にすんじゃねえぞ、兄貴」「わかってらぁ、うるっせえよボケ」。弟とのそんなやりとりを、今でも空想しながらおふくろに接してる。生きていたら、俺の弟は今年の春、大学に入学していたはずだ。 たった1回しか会わなかったが、俺には弟がいた。 今日のお話 −1月26日(水)−
立花隆の名言
迷いと惑いが 青春の特徴であり特権でもある。 それだけに、 恥も多く、失敗も多い。 恥なしの青春、 失敗なしの青春など、 青春の名に値しない 2時間目の授業
数学の図形の性質と合同の学習、保健体育の応急手当についての学習、理科の圧力についての学習、家庭科の日本の食文化についての学習などに取り組んでいます。
ちょっといい話
君に会えるのを
君がママのお腹にいるとわかったとき、ママは涙ぐんでいた。口には出さなかったけど、なかなか子どもを授からないことで、ママは自分を責めていた。君は生まれる前からママのお腹にいただけで、僕達2人を幸せにしてくれたんだよ。それからの十月十日は、毎日パパとママは君のことを考えていたんだ。ママはお酒もカフェインも制限して生活していたし、激しい運動はもちろん、人混みなんかも避けて生活したんだ。そして君の服を買ったり、君の場所を作ったり、車を買い換えたりと生活が君を中心に動き始めたんだ。 最初の3ヶ月間はとても不安だった。誰にでも流産の可能性が15%もあるなんて知らなかったんだ。だけど検査の時にもらえるエコーの写真は、とても楽しみだった。心臓の音なんかも聞かせてもらったよ。つわりで体中に湿疹ができたこともあった。辛そうなママをみて、僕は「大丈夫、絶対によくなるよ」と初めて根拠のないウソをついたんだよ。そんな辛いこともあったけど、君がお腹にいることで、僕はもちろん、おじいちゃん、おばあちゃんたちもとても幸せだった。僕らは顔を合わせるたびに君の話をしたんだ。君の体重がどうなったとか、性別はわかったのか、名前を決めたのかとかね。信じられないだろう。そして、君の家族はみんな、君が生まれることを1年近くも心の底から願っていた。僕たちは君に会えるのを本当に楽しみにしていた。 君が生まれた瞬間は、みんな泣いた。うれしくて、うれしくて……。生まれてきたことがうれしくて、僕もママも、おじいちゃん、おばあちゃん、ひいおばあちゃんまでが泣いたんだ。こんなことを綴って結局何が言いたいかっていうと……。 君は何かを成したりしなくても、何か努力しなくても意味がある存在だってことだ。君が生まれるだけで、涙を流した人を少なくとも僕は8人も知ってる。そして、実は君が生まれることを通じて、僕自身も自分は生きていていいんだと感じることができた。もし君が自信をなくしてたり、不安を感じることがあったらこのお話を思い出してほしい。君は生まれてきただけで、本当に価値がある存在なんだ。 本当にうまれてきてくれてありがとう。 5時間目の授業
美術の工芸品に関する学習、理科の気象のしくみと天気の変化についての学習、数学の確立の学習などに取り組んでいます。
1年生は総合的な学習の時間に、学年の代表者による発表会を行いました。「サービス業の接客に大切なこと」、「犬山の老舗和菓子店の工夫」、「進行する地球温暖化」など、各自が設定したテーマに基づいて、調べて分かったことを分かりやすく発表することができました。 今日のお話 −1月25日(火)−
立花隆の名言
若くして老化した青年たちは、 それぞれに一見、 人なみに幸せな人生は送ることができるだろう。 しかし、いつの日か、 本当は自分には違う人生があったのではないかと、 その可能性を試せるときに 試さなかったことを悔やむ日がくるに違いない。 ちょっといい話
ミッキー
私と彼の前を目の不自由な夫婦(2人とも白い杖の様なものを持っていました)が、歩いていました。キャストの方が付き添い、丁寧に説明をしながら歩いていました。そしてミッキーに会う部屋に入り、その夫婦の番になりました。キャストの方が、「これがミッキーの耳ですよ」と言うと、ミッキーがその夫婦の手を自分の耳に持っていきました。夫婦は手をさぐりながら、うなずいてとても嬉しそうでした。ミッキーは他にも、鼻に手を持っていったり、たくさん夫婦を抱きしめてキスをしていました。そしてドアの所まで夫婦を送りました。 そんな光景を見て、私は泣いてしまいました。そして泣いている私の所にミッキーが来て、頭をなでてくれました。 4時間目の授業今日のお話 −1月24日(月)−
立花隆の名言
買ってきた本を積み上げ、ひたすら読む。 精読する必要はなく、ノートもとらなくてよい。 ノートをとらなくても本当に重要なことは 繰り返し記述されているはずなので自然に頭に残るだろう。 ちょっといい話
初めての親友
中3年の夏。私に不登校で、オタクな女の子の友達ができた。きっかけは些細なことだった。担任の先生から「運動会の練習するから呼びに行って」と、頼まれた。「まともに話したこともないのに」と思ったが、文句を言わずに行った。その子はびっくりするほど元気で、私に話しかけてきた。そして、私がアニメが結構好きだと知るや、自分の趣味も話してきた。そして、私とその子は友達になった。1週間経って、先生が私とその子の席を前後ろにした。2週間経って、その子が朝と帰りのHRに出るようになった。3週間経って、その子が授業にも出るようになった。4週間経って、いきなりその子から電話が掛かってきた。それから、1時間ほど話をした。家族やアニメ、漫画のことなど要するに他愛もない話をした。最後にその子は「明日さ、カラオケいかない」と言った。涙が出そうになるのを、私は必死で堪えました。だって、カラオケとかに一緒に行く遊び友達なんていなかったから。そもそも、友達と他愛もない話で長電話をしたことだって初めてだったから。 私は昔から1人ぼっちでした。軽く話せる友達はいるものの、一緒に遊びにいくほど親しくはありませんでした。中3になってから、私はクラスの皆から離れていきました。そんな私の様子を先生は気が付いていたのかもしれません。いつも教室の隅に1人本を読んでいる私のことを心配してくれてたのかもしれません。今となっては分かりませんが、先生のおかげで私には初めて親友と呼べる存在ができました。 この場を借りて、お礼を言いたいと思います。先生、ありがとう。 4時間目の授業
理科の気象要素と天気の学習、英語を使って過去の出来事を話す学習、社会科の地域主義についての学習、体育のリズム運動などに取り組んでいます。
今日のお話 −1月21日(金)−
立花 隆の名言
金を惜しまず本を買え、 本が高くなったといわれるが、 基本的に安い。 一冊の本に含まれている情報を 他の手段で入手しようと思ったら、 その何十倍、何百倍のコストがかかる。 今日の給食 1月20日・サンドロールパン ・牛乳 ・てん茶入りわんダフルドッグ ・ゆでキャベツ ・白いんげん豆のポタージュ です。 今日は犬山ドッグを紹介しました。 2018年のわん丸くん大賞に選ばれた「てん茶入りわんダフルドッグ」です。 犬山で収穫されたてん茶とシャキシャキとしたレンコンを混ぜ込み、ごまの入ったタレをかけて提供しました。 1月20日(木)オンライン集会3年生の代表生徒2名による、総合的な学習の発表を行いました。 「城の隠された魅力」 「環境汚染が及ぼす生物への影響」 興味や関心のある問題を取り上げて、3年間かけて追究を重ねたことがよく分かる大変素晴らしい発表でした。 また、表彰伝達も行いました。 【バレー部女子】 ・愛知県中学生バレーボール新人大会尾張支部予選会 第3位 【サッカー部】 ・AIFA U-13 中学校サッカー選手権大会2021尾北地区大会 準優勝 【卓球部男女】 ・江南市民スポーツ祭卓球大会 男子の部 優勝 女子の部 第3位 2時間目の授業
数学の立体図形についての学習、国語の文節同士の関係についての学習、理科の大地の変化についての学習などに取り組んでいます。
ちょっといい話
僕は笑った
僕は、恋をした。好きになったきっかけは、高2の夏。僕がクラスでいじめにあって、生きる意味すらわからなくなって教室で泣いていた。その時に彼女がそっと僕に近寄って来て、「○○に涙なんて似合わないぞ。ほら、笑いなよ。私、笑ってるあんたの顔好きだよ。」と言ってくれた。それからは僕は、いじめられてもずっと笑ってた。 それ以来ずっとずっと彼女を想い続けて、気がつけば高校の卒業が近づいていた。その間、何度も告白しようとした。でも好きだから、好きすぎたから失うのが恐くて実行はできなかった。しかし、卒業間近になって覚悟を決めた僕は、卒業式の日に彼女に告白することを決心した。卒業式の3日前の朝、いつものように彼女に「おはよう」を言おうと思教室を見回した。が、彼女の姿はなかった。入試も近いし、「今日は休みか」と思ったとき、担任の先生が暗い顔をしながら教室に入って来た。そして、いきなり僕たちに「××さん(彼女の名前)が昨日、学校の帰りに車にはねられ、今朝病院で亡くなりました」と告げた。何を言ってるのかわからなかった。状況が理解できない僕は、みんなが泣いてる中で泣くことすらできなかった。そしてお通夜の日、棺おけの中にいる清められた彼女の姿を見た時になって、ようやく涙がこみ上げてきた。祭壇目をやると、彼女の写真が目に映った。彼女は笑ってた。そのときふと彼女が僕に言ってくれたあの言葉を思いだした。僕は笑った。他の参列者の目には人の死を前にして笑顔を浮かべる僕はどう、映っただろうか、それでも僕は彼女の写真を見ながら笑った。 彼女の死から2年が過ぎ、クラスで同窓会をした。その時にクラスの女子から高校のとき、「彼女が僕を好きだった」という事を教えられた。僕はその瞬間初めて泣いた。声をあげて泣いた。それからまた僕は笑った。 今日のお話 −1月20日(木)−
立花 隆 の名言
いい文章が書けるようになりたければ、 できるだけいい文章を できるだけたくさん読むことである。 それ以外に王道はない。 ちょっといい話
旅行に行こう
自分が高1の時に祖父が他界した。その5ヶ月くらい前に、家族に「祖父と祖母も一緒に旅行に行こう」って言われたんだけど、そのときの自分は、「ただ面倒だ」と言う理由で行かなかった。それからしばらくして、祖父が入院したのだが、それ以前にも入退院を繰り返していたから、「今回もまた退院するだろう」、「旅行はそのときに行けばいい」と思っていた。 でも祖父は退院できなかった。最期を看取ったのは、家族では自分と祖母だけだった。 そのときに病院へ行ったのも、ただ、その日の朝に母に「たまには見舞いに行け」と言われたからだった。だから、いつもみたいに見舞いをしてジュースでも買ってもらって帰るつもりだった。病室に入ったときには、すでに最期が間近だったように思う。その時は、正直泣けなかった。何が起こったのかよく分からなかったし、あの祖父が死ぬわけないって思っていたから。 火葬して、お骨を拾ってやっと祖父の死を実感したように思う。その後家に帰って、祖父が死んでから初めて泣いた。最期をちゃんと看取れなかったこと、あの時祖父と旅行に行かなかったことを、今でも死ぬほど後悔している。 |
犬山市立城東中学校
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