最新更新日:2024/11/25 | |
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今日のお話 −10月7日(木)−
田中角栄の名言
ウソはつくな。 すぐばれる。 気の利いたことは云うな。 後が続かなくなる。 そして何より、自分の言葉でしゃべることだ。 今日の給食 10月6日・ご飯 ・牛乳 ・ささみの大葉フライ ・野菜と干しえびのごま和え ・かきたま汁 ・デザートチーズ です。 ささみの大葉フライには、愛知県で収穫された大葉が入っています。 大葉の香りが楽しめるさっぱりとした揚げ物でした。 今日の献立はカルシウムが豊富に含まれていました。 和え物の干しエビ、かきたま汁に入っていた小松菜、そしてデザートチーズです。 カルシウムは、成長期に必要な栄養素の一つです。 最近牛乳の残食が目立ちます。牛乳もカルシウムが多い食材の一つです。積極的に摂取していきましょう。 ちょっといい話
母の唯一のワガママ
「沖縄に行かない?」いきなり母が電話で聞いてきた。当時、大学3年生で就活で大変な頃だった。「忙しいから駄目」と言ったのだが母はなかなか諦めない。「どうしても駄目?」、「今大事な時期だから。就職決まったらね」、「そう」母は残念そうに電話を切った。 それから半年後に母が死んだ。癌だった。医者からは「余命半年」と言われてたらしい。医者や親戚には、「息子が今大事な時期で、心配するから連絡しないでくれ」と念を押していたらしい。父母俺と3人家族で中学の頃、父が交通事故で死に、パートをして大学まで行かせてくれた母。「沖縄に行きたい」というのは、今まで俺のためだけに生きてきた母の最初で最後のワガママだった。叔母から母が病院で、最後まで持っていた小学生の頃の自分の絵日記を渡された。絵日記には、「今日は沖縄に遊びに来た。海がきれいで雲がきれいですごく楽しい。ずっと遊んでいたら旅館に帰ってから全身が焼けてむちゃくちゃ痛かった」というような事が書いてあった。すっかり忘れていた記憶を思い出す事ができた。自分は「大きくなったらお金を貯めて父母を沖縄に連れていってあげる」というようなことをこの旅行の後、言ったと思う。母はそれをずっと覚えていたのだ。自分は母が電話をしてきた時、どうして母の唯一のワガママを聞いてやれなかったのか。もう恩返しする事が出来ない。 涙がぶわっと溢れてきて止められなかった 【2年生】働く人の話を聞く会
トヨタ自動車株式会社の山中裕介さんをお招きし、働く人の話を聞く会を2年生を対象に開催しました。働くことや職業に就くことについて、様々な観点からお話ししていただきました。社会で働く自分の将来像を考えるとともに、今後の進路を考えていく上できっかけとなる時間になりました。
今日のお話 −10月6日(水)−
田中角栄の名言
世の中は真理戦争の渦の中にある。 俺は性格もあるが、 若い奴にネチネチとやるのは大嫌いだ。 叱る時でも、 次の人に会った時はも忘れている。 ションベンに行ってきたら、 忘れている。 水に流してしまう、ということだ。 3時間目の様子今日の給食 10月5日・セルフオムライス(チキンライス・薄焼き卵・一食ケチャップ) ・牛乳 ・ポテトとビーンズのチーズサラダ ・野菜スープ です。 α化米を使用してチキンライスを学校で炊き上げました。 α化米とは、防災時にも使用される水でも炊くことができる加工を施したお米です。 短時間で炊き上げることができるため、給食室で手作りの炊き込みご飯や味ご飯を作ることができます。 チキンライスに薄焼きの卵をのせて、自分でオムライスを完成させました。 生徒のオムライスの写真を紹介します。さまざまなイラストが描かれていました♪ ちょっといい話
あんたが見てきた風景
大学中退。自分にできるかすかな抵抗。ただ実家を継いで医者になるのに抵抗があった。フリーターをして食いつないでいた4年間。別にいつ死んでもいいとさえ思ってた。 4年ぶりの親父との電話。「病院は経営難でたたむことにした。俺の考えを押し付けて悪かったな。母さんが心配してる。いつでも帰ってこい。」親父の声が震えていた。 5年ぶりの帰郷。久しぶりに会った親父。何でこんなに痩せてんだよ。あんなにデカかった背中は見る影も無くなってた。患者のいなくなった病院を寂しそうに見ていた。 26歳。医学部2回生。ただあんたが見てきた風景を見てみたくなっただけ。 管内駅伝大会選手激励会1時間目の様子
地理での世界旅行を企画する学習、技術科での木工作品のアイデアを考える学習、理科の電流についての学習などに取り組んでいます。
今日のお話 −10月5日(火)−
田中角栄の名言
仕事をすれば、批判、反対があって当然。 何もやらなければ、叱る声も出ない。 私の人気が悪くなったら、ああ田中は仕事をしているんだと、 まぁこう思っていただきたい。 ちょっといい話
心から尊敬します
父が食道癌になりました。ウチは癌血統ではなかったので、この告知は本当に驚きました。私は父と、この10年ほど腹を割って話したことがなく、何かあれば衝突ばかりでした。大事な話は、母を通して話してました。喧嘩ばかりというよりは、ロクに話したことがないのです。だから、「お父さん、体の調子が悪いんだ」そんな言葉を耳にしても、気にもとめずに、いつもの様に遊び歩いていたんです。そんな父が緊急入院した時は、本当に目の前が真っ暗になりました。食道癌のせいで、食べ物が飲み込めずに痩せて、無理に飲み込もうとしたせいで、腫瘍から出血を起こし、血液が殆どない状態で、緊急入院となったのです。私と母は、何とか暗い気持ちにならないように父の検査が終わるのを待ちました。「癌のはずはないから、きっと大丈夫」そう言い合ってました。しかし、下された診断は、癌でした。父は肝硬変も患っているらしく、肝臓が弱りすぎて手術は不可能らしく、放射線治療となりました。その告知を家族と一緒に聞いていた父は、主治医に急に怒り出して「何故、こんなことを家族に聞かせるんだ。俺だけに言えばよかっただろう」と訴えました。 お父さん、普通逆だよね?「本人に聞かせないように」って家族が気を使うよね?何もこんな時にまで、家族を守ろうとしなくていいんだよ。怖い時には、震えて泣いていいんだよ。皆の前でわざと強がって、布団に顔を隠して泣かなくていいんだよ。お父さん、私はあなたのことをわかろうとしなかった。事業に失敗したり、借金抱えたり…頼りにならない父親だとばかり思ってた。こんな大人にだけはなりたくないと、思ってた。でも今は、こんな家族思いな父の娘に生まれてきて本当によかった。こんなに優しくて、思いやりのある父を心から尊敬します。お父さん、一緒に頑張ろうね。 今日のお話 −10月4日(月)−
田中角栄の名言
身内のことを知りなさい。 身内のことも知らないで一人前の口をきくな。 そして身内のために汗を流せ。 損して得を取れ。 手柄は先輩や仲間に譲れ。 そうすればお前、めんこがられて、好かれるぞ。 3時間目の様子今日の野球部結果は敗退しました。 まともに練習ができない中でのいきなりの試合で戸惑うこともあったと思います。 その中で出た課題を克服するために今後の練習を本気で頑張りましょう! 頑張れ!城中野球部!! 1時間目の様子1時間目の様子
数学の関数や方程式の学習、家庭科の住まいの安全についての学習などに取り組んでいます。
ちょっといい話
声を聞かせて下さい
15年前の話です。 今でもそうだが人付き合いの苦手なオレは、会社を辞め1人で仕事を始めた。車に工具を積み、出張で電気製品の修理や取付の仕事。当時まだ携帯電話は高価で、俺は仕事の電話をポケベルに転送し、留守電を聞いてお客さんに連絡する、という方法しか取れなかった。 生活さえギリギリだった。ある日 母親が九州の実家から関東の俺の家まで訪ねてきた。遠くから来た親をいたわることもせず、無愛想な俺。ホントにバカだ。俺を心配し、掃除、洗濯 料理を作り、山ほど食糧を置いて母は帰郷した。バカ息子は見送りもしない。仕事から帰宅した俺は、母の手紙を見つけた。「仕事頑張って下さい、少しですがこれで携帯電話でも買って声を聞かせて下さい」と書かれていた。手紙には、お金が同封されていた。手紙を手に俺は、わあわあ泣いた。カメラやメールなんてできない。メモリーも50件しか入らない初期の携帯電話。でもこの電話にどれだけ助けられただろう。俺には最高の宝物。 母の日に電話を送った。ちゃんとお礼を言わなければ……。「おかあさん どうもありがとう」と。 今日のお話 −10月1日(金)−
田中角栄の名言
人の喜び事はとくに励ましてやる必要はない、 本人が幸せなんだから。 むしろ苦境、悲しみのさなかにあるとき、 力になってやるべき。 ちょっといい話
私も早く会いたい
友達が、20代前半で第2子を妊娠中→検査→子宮ガン発見。若いとガンの進行が早いこと、絶対に母体が無事では済まないこと、お腹の赤ちゃんにも転移する可能性が高いことなどを告げられていたのに、彼女は「子どもを殺すことはできない」と、産んだ。産後、全身にガンが転移した状態で、手術すらできなかった。命がけで産んだ赤ちゃんも、すでにガンが転移していた。赤ちゃんは小さな体で何回も大手術をうけたけど、ダメだった。たった半年も生きることはできなかった。 やせ細って、意識も朦朧としている中、彼女はベッドの上で毎日毎日、「赤ちゃんはどう?」「淋しがってない?」と周囲に聞いていた。お見舞いに行った友達は、赤ちゃんがすでに亡くなっていることを知っていたので、「もう赤ちゃんに会ってくれた?可愛いい?私も早く会いたい」と言われるたびに、涙をこらえるのが必死だった。ドラマでこういうシチュエーションの時、「私の命はどうなってもいいんです」なんて言って、出産して、運がよければ母子ともに無事。悪くても母親が死んで「あなた(子ども)を助けるために、お母さんは……」なんてことが多い。現実は全然違うんだと言うことを思い知らされた。何一つよい事はなかった。命がけで産んだ我が子の苦しみも、死も、何も知ることなく死んでしまった彼女。残された3歳のお兄ちゃん。 何が正しいことなのか、わかりません。泣ける話というより、今でも思い出すと辛くて悔しくて泣いてしまう話です |
犬山市立城東中学校
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