ともに生きる

ちょっといい話

   お母さんはこれで十分

 子どもの時はお母さんをただのケチだと思ってた。高校生になった私は、ウザいとしか思わなかった。一人暮らしを始めて、3度の食事や掃除に洗濯、どれだけ恵まれていたかわかった。
 私が挑戦した事は、とてもお金が掛かる事だった。お母さんは少しだけ悩んで、すぐに私を応援してくれた。お母さんは、成人した私と姉のおさがりを「お母さんはこれで十分」と言って着ていた。化粧品も親戚からもらう試供品がほとんど……。でも、いつも私を助けてくれるお母さん。お母さんは自分のものは買わないで、バカな私を助けてばかり。お母さん、お母さん、お母さん、どうして私をそこまで信じてくれるんですか。私は、もう24才なのにあなたにまだ甘えたいです。
 お母さん、お母さん、本当にいつもありがとう。私が強気なのは、あなたがいてくれるからです。どうか神様、私のお母さんをまだまだ元気に生かして下さい。どうか私に時間を下さい。大好きなお母さん、お願いだからもう少し待ってて下さい。

今日のお話 −2月9日(水)−

   日野原重明の名言

 かつて自分ができなかったこと、

 やり残したことを、

 思い切ってやることが、

 「夢を叶える」ということなのです。

1時間目の授業

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社会科のエネルギー政策についての学習、理科の放射線の性質についての学習などに取り組んでいます。1,2年生は4教科の学年末テストに取り組んでいます。

4時間目の授業

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体育のバスケットボールやハンドボールの学習、国語の文章の読み取りの学習、社会科の世界の貧困について考える学習などに取り組んでいます。

ちょっといい話

   まだ泣かせてね

 母さん、母さんが亡くなってから6年経つのにまだまだ寂しがりやの私です。
 昔の携帯見つけたの。受信箱に母さんからのメール。「まだ帰れない?」「鍵忘れてるよ!」「迎えに来て」何気ない日常のメール。でも今の私には切なくてたまらない。最後のメールは亡くなる2日前。「もう直ぐ?」病院に入院してる母さんが、お見舞いにくる私のこと待ってた。抗癌剤でしんどかったね。お医者さんから危ないって聞いて、たまらず泣いてしまった私を逆に励ましてくれた母さん。朦朧としたとき、初めて痛いって言ってたね。ずっと我慢してたんだね。ごめんね、強い母さんで最後までいさせてしまって……。
 会いたいな、たまらなく切なくて寂しい。名前呼んでほしい、心配してほしい。不登校になって立ちすくんでる私を、抱きしめてくれたあのときに戻れたらいいのに……。
 会いたいなぁ、母さん。さみしいよ、ごめんね。まだ泣かせてね。

今日のお話 −2月8日(火)−

   日野原重明の名言

 命はなぜ目に見えないか。
 それは命とは君たちが持っている時間だからなんだよ。
 死んでしまったら自分で使える時間もなくなってしまう。
 どうか一度しかない自分の時間、
 命をどのように使うかしっかり考えながら生きていってほしい。
 さらに言えば、
 その命を今度は自分以外の何かのために使うことを学んでほしい。

今日の給食   2月7日

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☆今日の献立☆は、
・麦ご飯
・牛乳
・けんちん信田の煮物
・大根と水菜の和え物
・どさんこ汁
・味付けのり        です。

 どさんことは、北海道で生まれたものを意味する言葉です。
北海道の広い大地でたくさんの作物が育ちます。また、畜産や酪農も盛んに行われています。
 北海道でよくとれるじゃがいも・コーン・バターを入れて仕上げています。
バターが入ることで、コクのあるみそ汁になっています。
 冬にはぴったりの身体が温まる汁物になりました。

 明日は、山形県の料理を紹介します。

ちょっといい話

   気づいてあげられなくてごめんね 

 私の母はとても厳しい。身の回りの事は全て自分でやらされていた。勉強も部活も1番じゃないと気が済まない。定期テストで2番をとると「2番は敗者の1番だ」とすごく怒られた。どれだけいい点数をとっても、いい結果を残しても母は笑顔を見せてはくれなかった。1番、1番……、プレッシャーで円形脱毛症になり声も出なくなりかけた。
 しかし、私にはその他にも大きな問題を抱えていた。 いじめ。学級委員などに選ばれていた私は、クラスで話すことが多かった。多感な時期の中学生は、「出る杭は打たれる」もの。そんなある日、帰ろうとすると机の中に教科書が1冊もなかった。血の気が引いた。探し回ると、洗面所の蛇口から水が勢いよく出ていて、その下に私の教科書があった。お母さんに怒られる、それしか思わなかった。それでも帰るしかなかった。家に着いて欲しくない、本気でそう思った。しかし、家に着いてしまった。案の定、母の車は家にあった。水に濡れてところどころ破けている教科書を母の前に出し、私は土下座した。「ごめんなさい、ごめんなさい」と母に謝った。母が、私の前に座った気配がした。殴られる、そう思った瞬間、母が私を抱きしめた。ぐっぐっと……、母の嗚咽が聞こえた。「ごめんね、ごめんね、気づいてあげられなくてごめんね」と、母が泣きながら私に謝ってきた。毎日死にたい、と思ってた。生きる意味が分からなかった。何で頑張ってるのかも分からなかった。母の涙を見て、私も涙が止まらなくなった。久しぶりに母の腕で泣いた。
 それから、私は学校に行かなくなった。世間体ばかり気にする母が、仕事を休職してまで私と居てくれた。今、私は県内で1番の進学校にいる。恩返しをしたい。いい会社に入って、母を楽にしてあげたい。目標がある勉強はとても楽しい。あの時、抱きしめてくれた母の匂い、力強さ、私は一生忘れない。

4時間目の授業

社会科の東北地方の産業についての学習、国語の名詞の学習、英語のbe動詞の過去形についての学習などに取り組んでいます。
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今日のお話 −2月7日(月)−

   日野原重明の名言

 人間は生き方を変えることができる。
 繰り返す毎日の行動を変えることにより、
 新しい習慣形成により、
 新しい習慣の選択を人間は決意できる。
 人間には選択の自由がある。
 そして、意志と努力により、
 新しい自己を形成することができる。

5時間目の授業

社会科の東北地方の産業についての学習、数学の立体についての学習、理科の雲のでき方についての学習などに取り組んでいます。
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ちょっといい話

   幽霊でも、何でもいいから会いたい 

 いつも通り、朝がきて、夜がくる。楽しいことも辛い事も、あってもなくても朝がきて、夜がくる。何気ない日常の始まりと終わり。あの時も同じだった。会社で仕事をしていた時、携帯電話が鳴った。父からである。「お母さんの心臓の鼓動がおかしい」、「看護士さんもかなり厳しい状態と言われた」と……。父の連絡を受けて、入院している母の元へ駆けつけた。母の心臓、息つかいは、正常ではなかった。時間は刻一刻と迫ってきている。父は、しっかりと強く母の手を握りしめていた。すると、母は、大きく息をした。止まった。最期の灯火。
 母は、2週間程前から、この病院へ入院している。その前は、自宅で父と2人で介護していた。母の病は、脳腫瘍と呼ばれる癌である。癌の治療は日々進化しているが、脳腫瘍は違う。症状が現れた時は、既に末期状態という癌。現在の医学では、根治は無理な病気である。この様な状態で約2年間、闘病してきたが、終焉を迎えようとしている。母は、闘った、頑張った。自宅では、失禁などなかった。この病院の看護士さんから「この状態で、よく自宅で介護されましたね」と言われるほど状態は悪かった。いろいろな事を思いだすが、闘病の時に母へひどいことを言ったことなど、悪い思い出しか浮ばない。母は、本当に優しく穏かで、父、弟、自分を支えてきた。母は、入院する直前から言葉が話せなくなったが、最後に「あんたが、そばにおってよかった」、「もう、あんたに何もする事ができん」と言った……。
 もうすぐ、母がいなくなって1ケ月近くたつ。自分は、いい歳だが、「母が恋しい、母に会いたい、幽霊でも何でもいいから会いたい」。街を歩くと、父、母と行った場所へ行ってしまう。

今日のお話 −2月4日(金)−

   日野原重明の名言

 自分の命がなくなるということは、
 自分の命を他の人の命の中に残していくことである。
 自分に与えられた命を、
 より大きな命の中に
 溶け込ませるために生きていくことこそ
 私たちが生きる究極の目的であり、
 永遠の命につながることだと思う。

ちょっといい話

   炊き込みご飯作ったよ

 俺は小学生の頃、母の作った炊き込みご飯が大好物だった。特にそれを口に出して言った事は無かったけど、母はわかっていて誕生日や何かの記念日には、我が家の夕食は必ず炊き込みご飯だった。高校生になるとさすがに「またかよっ」と思うようになっていたのだが……。家を離れるようになっても、たまに実家に帰ると待っていたのは母の「炊き込みご飯作ったよ。沢山食べなさい」の言葉だった。
 会社に電話があり、慌てて向かった病室には近くの親戚が集まっていた。モルヒネを打たれ、意識のない母の手を握り締めると、母の口が動いた。何かを俺に言いたそうだった。母の口元に耳を近づけると「炊きこ……、たよ。たくさ……、さい」と消え入りそうな声で言っていた。それが最後の言葉だった。
 「ママの作ったスパゲッティー大好き」、口の周りを赤くしてスパゲッティーを食べる娘とそれを幸せそうな目で見つめる妻を見る度に、母の炊き込みご飯が食べたくなる。

今日のお話 −2月3日(木)−

   日野原重明の名言

 何事も、
 今ある規則のとおりにやっていたのでは進歩はない。
 規則を破るようなことをやらないと、
 現状はなかなか変わらない。
 規則を破ったとしても、
 皆が応援するような破り方をすればよい。
 そうすれば、新しい良い規則がずっと早く出来る。

入学説明会

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令和4年度入学者用の入学説明会を行いました。学校生活全般について説明させていただきました。職員一同、新入生の皆さんのご入学を心よりお待ちしております。本日はご参加いただき、ありがとうございました。

【校長先生の話】
・オミクロン株の感染力の強さから、愛知県にまん延防止等重点措置が適用されています。そのような状況の中で、QRコードでの連絡先・体温の記入、換気、アルコール消毒、座席の間隔を開けるなど感染対策をした上で、入学説明会を開催させていただきました。ご参加、ありがとうございます。

・「子育てを通して、親も一緒に成長する」という話があります。4月から始まる中学校3年間で、心も体も大きく成長すると思います。保護者の皆様も、我々教師も子どもに負けないよう、一緒に成長していきましょう。

・城中生はとても落ち着いた生活をしており、温かい雰囲気が城東中学校の伝統になっていると思っています。また、卒業生から在校生、上級生から下級生へと生徒会活動や城中ソーラン、合唱、あいさつ、部活動等が受け継がれており、一生懸命取り組んでいます。来年度は、入学される新1年生の子どもたちにもチーム城中の一員として、温かい学校づくりに参加していって欲しいと思います。そして3年間の中学校生活で、自己肯定感を高め、思いやりに満ち、自他の生命を大切にする心豊かで、健康な生徒に成長していってほしいと願っています。

1時間目の授業

国語の作品の流れを理解する学習、体育のハンドボールや表現運動の学習、技術のプログラミング学習などに取り組んでいます。
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ちょっといい話

   父の視線 

 俺の父は、俺が6歳の時に死んでしまった。ガンだった。今思えばかなりの早死にだった。父のイメージは、俺の中ではあまりよいものではなく、どちらかといえば怖いという印象しかなかった。
 父の記憶といえば、1つだけ、ラーメン屋の思い出が鮮明に残っている。父はラーメンの大盛りを1人前頼み、取り分け皿をもらい、そこに俺の分のラーメンを入れてくれた。当時5歳だった俺にとって取り分け皿のラーメンでも結構な量だった。食べるのに時間がかかった。ふと見ると、父が俺のことを見ていた。怖い顔をして「早く食え」と、睨まれていたような記憶がある。ちらちら父の視線を盗み見たが、父はいつまでたっても俺を睨んでいた。「何でそんなに俺のこと睨んや……」と思ったが、父の表情が怖くて、再びラーメンを必死で食った。それが数少ない父の記憶だった。
 そんな俺も母に育てられ、30歳になって結婚した。そして男の子を授かった。とてもかわいく、「目の中に入れても痛くない」とはこのことだと初めて知った。そして、息子も幼稚園に入る歳になった。だが、仕事が忙しいこともあり、満足に遊べなかった。だから先週、日頃の罪滅ぼしにと、息子を連れて2人で出かけた。そして昼飯時になり、息子は「スパゲティが食べたい」と言ったので、大盛りを頼み、2人でシェアして食べた。息子は一生懸命食べていた。先に食べ終えた俺は、頑張って食べている息子がとても愛おしくずっと眺めていた。そんな俺の視線に気付いたのか、息子はちらちらと俺の方を見ていた。俺も仏頂面で、見てみぬふりをしつつ、息子が食べる姿を見ていた。仕事が忙しく、あまり会話もない俺と息子だからこそ、俺は息子がとても愛おしく思えた。いつまでも息子を見つめていたいと感じていた。
 あの時の親父の視線の意味が、今になってようやく理解できた。父さん、ありがとう。

今日のお話 −2月2日(水) −

   日野原重明の名言

 人間の夢見る幸福というのは、
 往々にして、貧乏するとか、
 仕事に失敗するとか
 あるいは病気にかかるということによって、
 一瞬にして不幸に変わってしまうような、
 儚いものである。
 病のなかにも心の幸福を得るためには、
 どうしたらよいかということを、
 考えなくてはならない。

2時間目の授業

国語の形容動詞の学習、理科の飽和水蒸気量についての学習、家庭科での給食の献立を考える学習などに取り組んでいます。
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学校行事
2/9 1・2年4科テスト
2/10 学校納付金集金日 PTA役員会・委員会・新旧引き継ぎ
2/11 建国記念の日
2/14 1・2学年末テスト
2/15 1・2年学年末テスト 1・2年5時間授業

お知らせ

PTA

いじめ防止基本方針

学びの学校づくり

保健だより

食育だより

給食献立

1年生学年通信

2年生学年通信

3年生学年通信

現職教育デザイン

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