最新更新日:2024/11/27
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ともに生きる

ちょっといい話

   あんたが見てきた風景 

 大学中退。自分にできるかすかな抵抗。ただ実家を継いで医者になるのに抵抗があった。フリーターをして食いつないでいた4年間。別にいつ死んでもいいとさえ思ってた。
 4年ぶりの親父との電話。「病院は経営難でたたむことにした。俺の考えを押し付けて悪かったな。母さんが心配してる。いつでも帰ってこい。」親父の声が震えていた。
 5年ぶりの帰郷。久しぶりに会った親父。何でこんなに痩せてんだよ。あんなにデカかった背中は見る影も無くなってた。患者のいなくなった病院を寂しそうに見ていた。 
 26歳。医学部2回生。ただあんたが見てきた風景を見てみたくなっただけ。

管内駅伝大会選手激励会

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管内駅伝大会に参加する生徒をオンラインで激励しました。短い時間の中でも一生懸命頑張ってきました。活躍を期待しています。

1時間目の様子

地理での世界旅行を企画する学習、技術科での木工作品のアイデアを考える学習、理科の電流についての学習などに取り組んでいます。
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今日のお話 −10月5日(火)−

   田中角栄の名言

 仕事をすれば、批判、反対があって当然。

 何もやらなければ、叱る声も出ない。

 私の人気が悪くなったら、ああ田中は仕事をしているんだと、

 まぁこう思っていただきたい。

ちょっといい話

   心から尊敬します 

 父が食道癌になりました。ウチは癌血統ではなかったので、この告知は本当に驚きました。私は父と、この10年ほど腹を割って話したことがなく、何かあれば衝突ばかりでした。大事な話は、母を通して話してました。喧嘩ばかりというよりは、ロクに話したことがないのです。だから、「お父さん、体の調子が悪いんだ」そんな言葉を耳にしても、気にもとめずに、いつもの様に遊び歩いていたんです。そんな父が緊急入院した時は、本当に目の前が真っ暗になりました。食道癌のせいで、食べ物が飲み込めずに痩せて、無理に飲み込もうとしたせいで、腫瘍から出血を起こし、血液が殆どない状態で、緊急入院となったのです。私と母は、何とか暗い気持ちにならないように父の検査が終わるのを待ちました。「癌のはずはないから、きっと大丈夫」そう言い合ってました。しかし、下された診断は、癌でした。父は肝硬変も患っているらしく、肝臓が弱りすぎて手術は不可能らしく、放射線治療となりました。その告知を家族と一緒に聞いていた父は、主治医に急に怒り出して「何故、こんなことを家族に聞かせるんだ。俺だけに言えばよかっただろう」と訴えました。
 お父さん、普通逆だよね?「本人に聞かせないように」って家族が気を使うよね?何もこんな時にまで、家族を守ろうとしなくていいんだよ。怖い時には、震えて泣いていいんだよ。皆の前でわざと強がって、布団に顔を隠して泣かなくていいんだよ。お父さん、私はあなたのことをわかろうとしなかった。事業に失敗したり、借金抱えたり…頼りにならない父親だとばかり思ってた。こんな大人にだけはなりたくないと、思ってた。でも今は、こんな家族思いな父の娘に生まれてきて本当によかった。こんなに優しくて、思いやりのある父を心から尊敬します。お父さん、一緒に頑張ろうね。

今日のお話 −10月4日(月)−

   田中角栄の名言

 身内のことを知りなさい。
 身内のことも知らないで一人前の口をきくな。
 そして身内のために汗を流せ。
 損して得を取れ。
 手柄は先輩や仲間に譲れ。
 そうすればお前、めんこがられて、好かれるぞ。

3時間目の様子

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国語科での敬語の学習、社会科での世界の宗教の学習、技術科でのプログラミングに関する学習などに取り組んでいます。仲間の考えを聞いて、自分の考えを広げたり深めたりしています。

今日の野球部

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本日は、犬山緑地グラウンドで東部・南部チームと試合が行われました。

結果は敗退しました。

まともに練習ができない中でのいきなりの試合で戸惑うこともあったと思います。

その中で出た課題を克服するために今後の練習を本気で頑張りましょう!

頑張れ!城中野球部!!

1時間目の様子

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理科では生命の種類の多様性と進化についての学習、社会科では民主主義に基づいた政治の学習について取り組んでいます。

1時間目の様子

数学の関数や方程式の学習、家庭科の住まいの安全についての学習などに取り組んでいます。
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ちょっといい話

   声を聞かせて下さい 

 15年前の話です。
 今でもそうだが人付き合いの苦手なオレは、会社を辞め1人で仕事を始めた。車に工具を積み、出張で電気製品の修理や取付の仕事。当時まだ携帯電話は高価で、俺は仕事の電話をポケベルに転送し、留守電を聞いてお客さんに連絡する、という方法しか取れなかった。
 生活さえギリギリだった。ある日 母親が九州の実家から関東の俺の家まで訪ねてきた。遠くから来た親をいたわることもせず、無愛想な俺。ホントにバカだ。俺を心配し、掃除、洗濯 料理を作り、山ほど食糧を置いて母は帰郷した。バカ息子は見送りもしない。仕事から帰宅した俺は、母の手紙を見つけた。「仕事頑張って下さい、少しですがこれで携帯電話でも買って声を聞かせて下さい」と書かれていた。手紙には、お金が同封されていた。手紙を手に俺は、わあわあ泣いた。カメラやメールなんてできない。メモリーも50件しか入らない初期の携帯電話。でもこの電話にどれだけ助けられただろう。俺には最高の宝物。
 母の日に電話を送った。ちゃんとお礼を言わなければ……。「おかあさん どうもありがとう」と。

今日のお話 −10月1日(金)−

   田中角栄の名言

 人の喜び事はとくに励ましてやる必要はない、

 本人が幸せなんだから。

 むしろ苦境、悲しみのさなかにあるとき、

 力になってやるべき。

ちょっといい話

   私も早く会いたい 

 友達が、20代前半で第2子を妊娠中→検査→子宮ガン発見。若いとガンの進行が早いこと、絶対に母体が無事では済まないこと、お腹の赤ちゃんにも転移する可能性が高いことなどを告げられていたのに、彼女は「子どもを殺すことはできない」と、産んだ。産後、全身にガンが転移した状態で、手術すらできなかった。命がけで産んだ赤ちゃんも、すでにガンが転移していた。赤ちゃんは小さな体で何回も大手術をうけたけど、ダメだった。たった半年も生きることはできなかった。
 やせ細って、意識も朦朧としている中、彼女はベッドの上で毎日毎日、「赤ちゃんはどう?」「淋しがってない?」と周囲に聞いていた。お見舞いに行った友達は、赤ちゃんがすでに亡くなっていることを知っていたので、「もう赤ちゃんに会ってくれた?可愛いい?私も早く会いたい」と言われるたびに、涙をこらえるのが必死だった。ドラマでこういうシチュエーションの時、「私の命はどうなってもいいんです」なんて言って、出産して、運がよければ母子ともに無事。悪くても母親が死んで「あなた(子ども)を助けるために、お母さんは……」なんてことが多い。現実は全然違うんだと言うことを思い知らされた。何一つよい事はなかった。命がけで産んだ我が子の苦しみも、死も、何も知ることなく死んでしまった彼女。残された3歳のお兄ちゃん。
 何が正しいことなのか、わかりません。泣ける話というより、今でも思い出すと辛くて悔しくて泣いてしまう話です

後期生徒会選挙立ち会い演説会

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後期生徒会選挙立ち会い演説会をオンライン放送で行いました。どの候補者も熱い思いを語りました。素晴らしい演説でした。この後、選挙が行われました。

・給食中に皆さんが楽しめるような放送をしたい。「心と学校を磨こうキャンペーン」を実施して落ち着いた雰囲気で1日をスタートしたい。
・「チャレンジジグソーパズル」を行うなど、生徒会行事に皆さんが全力で取り組み、中学校生活を充実させられるように頑張ります。
・委員会や部活で頑張っている姿を生徒会通信や放送などを通じて紹介し、明るい話題を増やしたい。夢広場の木を行事ごとに飾り付けして、全員で一つの物を作り上げて、城中生の絆を深めたい。
・「自分や仲間の心を大切に・黙想タイム」を行い、温かい心を深めたい。「校舎を大切に、掃除集中日」を行い、環境への意識を高めたい。
・横とのつながりを高めたり、縦割りでの関わりを深めたりする生徒会行事を提案したい。タブレットも活用して委員会活動も活発にできたらと思います。
・「活気のある学校」にするために、目安箱を積極的に活用し、たくさんの意見を生徒会活動に取り入れていきたい。

1時間目の様子 さん

 1時間目の様子です。
 主に北舎2階・1階・体育館・グランドの様子です。
 理科の授業では、「片口鰯(にぼし)」の解剖を一生懸命行っていました。
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1時間目の様子 に

 1時間目の様子です。
 主に北舎2階の様子です。
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 1時間目の授業の様子です。
 主に南舎3階・4階の様子です。
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今日のお話 −9月30日(木)−

   田中角栄の名言

 私が大切にしているのは、

 何よりも人との接し方だ。

 戦術や戦略じゃない。

 会って話をしていて安心感があるとか、

 自分のためになるとか、

 そういうことが人と人とを結びつける。

ちょっといい話

   兄の運動会 

 俺の4才上の兄は障害者。小児マヒで右足が不自由だ。だから、俺が6才になるまで兄は養護施設にいた。俺が幼稚園の年長の時、兄は家に戻り普通に学校に通い始めた。運動会の日、母と応援に学校へ行った。兄の学年の徒競走が始まったが、兄は自分の席に座り参加しなかった。当たり前の話なのだが、幼い俺は兄が走らない理由がわからず、「なぜ走らない」のかを母に聞いた。笑っているだけで答えてくれなかった。翌年兄と同じ小学校に入学した俺は、また運動会の日を迎えた。そして、プログラムは進行し、5年生の兄の学年の徒競走が始まった。兄は見学席にはいなかった。スタートラインに先生の肩につかまって立っていた。兄は、その時期まだ足にギブスをしていたため、歩く姿は頼りなかった。スタートの合図で一斉に走り出す5年生。兄は、ゆっくりとした足取りで歩き出した。いや一生懸命走っていた。俺は、そんな兄の姿を見てられなかった。「恥ずかしい、やめてくれ」と正直思った。でも、その時グランド全体から拍手が起こった。兄の走る姿にみんなが声援を送っている。俺もみんなに合わせて拍手をした。ゴールした瞬間涙が出た。
 後でで聞いたのだが、母が兄に「『なぜ走らなかったの』と弟が言っていた」と話した。兄は、俺のために走ってくれたのかな。照れ臭くて聞いたことはないが、それは胸の中にしまっておこう。運動会の時期になるといつも思い出す。

駅伝大会に向けての練習

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駅伝大会に向けた練習が始まっています。みんなで力を合わせて練習し、それぞれの走力を上げていきましょう!
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