最新更新日:2024/09/26 | |
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3月11日(木)臨時集会校長講話2時46分、一宮市でもとても大きな揺れがありました。中学校に勤めていた私は、すぐに放送で机の下にもぐるように指示をしました。1分以上は揺れていたと思います。そのあとに職員室のテレビをつけました。どこの局でも地震のニュースを流していました。 大きな津波が来ると放送していました。3時半ごろ、地震が起きて1時間もしないうちに、海から町や村に向かって水が押し寄せてくる映像が流れました。津波は1度だけでなくそのあと2回3回と何度も来ました。とても恐ろしい映像でした。後からわかったことですが津波の高さは高いところで15m以上あったそうです。また、水の勢いがとても強く、津波は海岸の近くだけでなくかなり内側まで押し寄せました。40mぐらいの高さまで坂を上ったそうです。 そしてその次の日、津波の被害で福島県にある福島第1原子力発電所で放射能が漏れだし、そのあと爆発もあり、原子炉の温度が高くなって危険な状態になりました。放射能を浴びると生き物は死んでしまいます。発電所からかなり遠くの人たちまで、避難をすることになりました。10年たってもまだ、放射能が高いところがあり、自分の家に帰れない人もたくさんいます。 この地震のせいで1万5,900人が亡くなってしまいました。また、津波に流されたり埋まってしまったりして今も行方(ゆくえ)のわからない人が2,525人もいます。ほかにも、地震や津波で直接亡くなったわけではなくても、その後に地震の影響で亡くなった人が5,000人くらいいるそうです。 とても悲しい出来事です。10年たってもまだまだつらい思いをしている人がたくさんいます。私たちは「命の大切さ」や「命を守ること」を、この地震から学んでいかなければなりません。亡くなってしまった人たちのためにも、災害から命を守るためにどうすればよいかを真剣に考えていきましょう。 今日の帰りに、亡くなってしまった人たちのために「黙祷(もくとう)」をします。天国で安らかに眠ってほしいと思います。 |
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