最新更新日:2024/06/20
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ともに生きる

ちょっといい話

   勇敢な若者 

 全盲のうちのお袋が、公衆電話をかけようとしたら、白い杖を見てチャンスと思ったらしい奴が、お袋のバッグをひったくろうとした。お袋はすぐに気づいて抵抗したが、殴られて倒れた。次の瞬間、近くで怒号が聞こえて、乱闘が起きているのがわかったという。
訊くと3人のひったくりに、1人で飛び掛っていった人がいたらしい。幸か不幸か、そいつは大層強かったらしく、3人とも叩きのめした。しかし、3人の負傷が激しく、救急車が来て、その1人の人は警察に持ってかれた。
 警察には、自称被害者のひったくり3人の親が来ていた。「私の子どもはふざけていただけ」と、噴飯ものの主張を大まじめにしていた親たちに警察が同調しかけたとき、お袋はキレた。「盲目の赤の他人のバッグをひったくる行為を、『ふざけてた』なんて親子揃って言い逃れする人間なんてどうでもいいです、お巡りさん、あの子を釈放して下さい。私は、あの子の知り合いでもなければ、あの子にお駄賃をあげる約束だってしていません。通りすがりの勇気ある少年です。青い正義感を裁かないで下さい。さもないとあの子はもう誰も救おうとはしません」。
 お袋は泣いてた。

今日のお話 −6月30日(木)−

   新渡戸稲造の名言・格言

 いかに苦しいことがあっても、

 ヤケになるのは短慮の極みである。

 逆境にある人は常に、

 「もう少しだ」と言って進むといい。

 やがて必ず前途に光がさしてくる。

ちょっといい話

   還暦を迎えた母 

 還暦を迎えた母に「誕生日おめでとう」メールを送った後の母からの返信。
件名:「ありがとう」
本文:ついに60代になってしまいました。思い返せば、30代は、小さ
   なあなた方を夢中で見つめていました。40代は、若々しく成長し
   ていくあなた方に見とれていました。50代は、頼もしく輝いてい
   くあなた方に目を奪われていました。あなた方が、みんな素敵な伴
   侶を見つけ、巣立って行ってから迎えた60代は、20代の頃に戻
   ってもう1度お父さんと見つめ合おうと思います。

 うっかり感動してしまった。

今日のお話 −6月29日(水)−

   新渡戸稲造の名言・格言

 自分の現在の義務を、
 完全に尽くす者が一番偉いと思う。
 そして、
 自分の現在の義務は何であるかを、
 はっきり認め得る人は、
 人生の義務と目的とを理解する道に、
 進むのであろうと思う。

ちょっといい話

   お母さんへ 

 社会人になって、初めて迎えた母さんの誕生日。「いつもありがとう」ってプレゼントを渡したかった。でも照れくさいし、もし選んだプレゼントが、気に入ってもらえないと怖かった。だから「選ぶの面倒から」って、嘘ついてデパートに連れて行って「何でもいいから適当に買えよ」とぶっきらぼうに言うと、「高いエプロンだけどいい」とおずおずと見せにきて、値札を見たらたった3、000円。「こんな安物かよ」と、ひったくって後ろ向いて、泣きそうな顔を見られないようにレジに走った。「服でもバックでも、他に何でもあるだろ、財布の中に給料全部入れてきたんだぞ」って……。涙が出たけど、トイレで急いで顔洗って、素知らぬ顔で袋を渡した。そしたら、母さんがうれしそうにそれを抱きしめたのを見て、また泣きそうになった。
 今でも帰るたびにそのエプロンつけて飯作ってくれて、ありがとう。ほんと美味いよ。世界一だ。いつも素直になれなくてごめん。マザコンでもいいよ、母さん大好きだ。

今日のお話 −6月28日(火)−

   新渡戸稲造の名言・格言

 人間は、それぞれ考え方や、

 ものの見方が違うのが当然である。

 その違いを認め合い、

 受け入れられる広い心を持つことが大切である。

重要 熱中症対策について

熱中症対策についてのお知らせをアップしました。以下のリンクよりご確認ください。

https://www2.schoolweb.ne.jp/weblog/files/23200...

ちょっといい話

   小4の息子

 我家は母子家庭。もちろん裕福ではないけど、つつましく暮らせば生活に困るような事もないような家庭のつもりだったのですが……。
 ある日、元々指輪など装飾品にそれほど興味のなかった私が珍しく超々安物の指輪を気に入って購入した夜。
 私:「ねえ、これかわいいでしょ〜?」(本当に気に入ってたから)
 小4の息子:「買ったの?」
 私:「うん、どう?」
 息子:「高かった?」
 私:「まっさかー、500円だったかな」
 その後、何故か息子は下を向いて黙ってしまい、どうしたのかと思ってたら「俺が大きくなったら、すっごい高い指輪買ってあげるから」って涙ふきふき言われてしまいました。買えないから買わないのももちろんあるけど、我慢するほどそういうのが欲しい私ではなかったのに……。息子は、きっと勘違いしちゃったんだろうなって。でもそんな気持ちが嬉しくて、私も泣き笑いしちゃった。
 「これから先、何があってもこの子がいてくれたら乗り越えていける」、って改めて思わせてくれた夜でした。

今日のお話 −6月27日(月)−

   新渡戸稲造の名言・格言

 いわゆる十分に力を出す者に限って、
 おのれに十二分の力があり、
 十二分の力を出した者が、
 おのれに十五分の力があることがわかってくる。

□ プロフィール
 「武士道」の著者として知られる岩手県出身の教育者、農学者。国際連盟事務次長や東京女子大学学長、東京帝国大学農学部教授などを歴任した人物であり、日本銀行券の五千円札の肖像として描かれたことでも著名。

ちょっといい話

   親父のつぶやき 

 小学生の頃、母親が入院していた時期があった。それが俺の遠足の日とちょうど重なってしまい、俺1人ではおやつも買いに行けず、戸棚にしまってあった食べかけのお茶菓子とかをリュックに詰め込んだ。そして、夜遅くオヤジが帰宅。「あれ……、明日遠足なのか」とつぶやき、リュックの中を覗き、しばし無言。もう遅かったので、俺はそのまま寝てしまった。
 次の日、リュックを開けて驚いた。昨日詰めたおやつのラインナップがガラリと変わっている。オマケのついたお菓子とか、小さなチョコレートとか……。オヤジ、俺が寝てからコンビニ行ったんだな。俺、食べかけの茶菓子でも全然気にしてなかったんだけどさ。
 あの時、オヤジがどんな気持ちでコンビニへ行ったかと思うと、少し切なくなる。

今日のお話 −6月24日(金)−

   「新島  襄」の名言(2編)

 
□ 世の中すべて気魄、
  仕事にして気魄の強き者が
  最後の勝利を得るにいたるなり。


□ 世の中の事はすべて根気仕事である。
  根気の強いものが最後の勝利を得る。

ちょっといい話

   離れて分かった母の愛

 僕は、何かにつけて口うるさい母がイヤでしかたがありませんでした。それこそ1から10まで干渉されているようで、早く独立して家を出ることばかり考えていました。幸い近くにちょうどいい部屋が空いていたので、すぐに引っ越しました。やっとうるさい母から離れて暮らすことができ、解放された感じがしました。
 ところが、いざ自分で暮らすとなると食事・洗濯・掃除などの家事は、アルバイトで疲れた身体にはこたえました。食事もコンビニで買った弁当やカップ麺で済ますことが多くなり、おまけに洗濯物もたたまずに部屋の隅や衣装ケースに丸めてつっこんでおくようになってしまいました。
 そんなある時、自転車のカゴにおかずが置いてありました。母に違いありません。アルバイトで疲れた身体に、母の作った「肉ジャガ」の味がしみわたり、とても有り難い気持ちになりました。手紙やメモはありませんでしたが、嬉しくなりましたた。一緒にいる時は「口うるさいだけの母」と思っていましたが、そうではありませんでした。親としての優しい愛情だったのです。
 それでも、実家に帰ると母に面と向かって何も言えず、ただ、黙ってあいた容器を台所に置くだけでした。母も何も言いません。しかし、心の底ではとても感謝しています。

わんBOOKS

 犬山市の読書推進に伴い、学校と市立図書館が連携して児童生徒の読書環境を豊かなものにするための1つとして、「児童生徒向けの市立図書館だより」が届きました。

 今回は、「課題図書を中心とした夏休みスペシャル号」です。


 https://www2.schoolweb.ne.jp/weblog/files/23200...

今日のお話 −6月23日(木)−

   「新島  襄」の名言

 人に小言を言われた時に腹を立てるな。

 腹の立った時に小言を言うな。

ちょっといい話

友達の言葉で泣いちゃいました 

 自動車の免許を取るため、実家を離れて1人静岡にやってきました。そこで、学科教習と技能教習を受けました。仮免許取得のための修了検定、学科試験を難なくクリアーした私。このままいけば、卒業検定もらくらくクリアーできるのではないか、そうたかをくくっていました。しかし、結果は不合格。張り詰めていたものが一気に崩れ、涙となってこぼれ落ちました。そんな私に、友達が「泣かなくていいよ。精一杯頑張ったんだから、自分を責めるのはよそう。自分を責めちゃかわいそうだよ。自分を責めるってことは自分の頑張りを否定することになるよ」と言ってくれました。その瞬間、胸が大きな音を立て、びっくりするくらい大量の涙が溢れてきました。私が泣き止むまでの間、彼女はずっと私のそばにいて愚痴を聞いてくれました。そのことが嬉しくて涙がどんどん溢れてきました。おかげで10年ぶりに大泣きしてしまいました。
 それから2日後。再び受けた卒業検定でようやく合格しました。嬉しくて泣きそうになりました。今、こうしてメールを書き込んでいる途中、色々なことが思い出されてきて涙が溢れました。彼女の言葉、そしてあの時流した大粒の涙、絶対忘れたくありません。

今日のお話 −6月22日(水)−

   「新島  襄」の名言

 我が校の門をくぐりたるものは、
政治家になるもよし、
宗教家になるもよし、
実業家になるもよし、
教育家になるもよし、
文学家になるもよし、
且つ少々角あるも可、
気骨あるも可。
ただかの優柔不断にして安逸を貪り、
苟(いやしく)も姑息の計を為すが如き
軟骨漢には決してならぬこと、
これ予の切に望み、ひとえに希うところである。

ちょっといい話

   されど弁当

 少し昔話になります。
 私にとって弁当の思い出といえば、中学時代の土曜日、高校時代の毎日の昼食です。朝起きると、聞こえる包丁の音やフライパンで調理している音、歯を磨き、着替えをしているとただよってきたいろんな香り、「おっ、今日のおかずは○○かな」と思って台所へ行くと、予想通りのおかずがあり、ふたを開けた弁当箱から上がっていた湯気、それらが鮮明に思い出されます。
 以前、TVか雑誌に「コンビニ弁当とおふくろさんの手作り弁当とどちらがいいか」というアンケートをやっていました。何と、コンビニ派が半数を超えていました。そして、昨日の家庭科の時間にふと、その話題を投げかけると、「そりゃあコンビニや」という声も少なからずありました。私も高校生の頃、「今日のおかずは、これでもかというほどの野菜炒めやったな」なんて母親に悪態をついていたものです。でも、味が問題ではないのです。朝のあの音、あの香り、あの湯気の中には、たくさんのものが含まれていたような気がします。

今日のお話 −6月21日(火)−

   「新島  襄」の名言

 男子たるものは、1度戦って負けてもやめてはならない。
 2度目、3度目の戦いのあとでもやめてはならない。
 刀折れ矢尽きてもなお、やめてはならない。
 骨が砕け、最後の血の一滴まで流して、初めてやめるのだ。

ちょっといい話

   部活動 

 小学校まで、部活動に入っていなかった僕は、中学に入って1番困ったのは部活動。帰宅部のない中学校だったので、何かしらの部活動に入らなければならない。「運動部に入れ」と親に言われ、苦手で嫌いな運動部に入部しないといけなくなってしまった。親には「考えて決めておくよ」と言って家を出た。いつものように、友達と一緒に学校へと向かう。徒歩25分。なかなかの距離だ。隣で友達がしゃべりかける。会話をしているが、考えているのは部活動のこと。教室に入った。先生が教室に入り、朝のSTの後1時限目の授業。授業の最中も、部活動のことを考える。
 入ろうとして体験入部の際に選んだのは卓球部だ。他の部活動は無理そうで、唯一できそうな部活。しかし、思ったよりも練習はハードメニューで、直ぐに断念。次は柔道部。意外にいける。結局は柔道部に入部した。しかし、部活が始まると、朝早く起きなければならず(朝5時起床)、すぐに嫌になった。朝の仮病なんて毎回だ。「頭が痛い、お腹が痛い、熱があるかもしれない」。毎日のように言った。しかし、結局は行かなければならないのだ。学校が嫌になった。「何で部活なんてあるんだ」と……。時には声に出し言ったりもした。「こんなの拷問だよ」と友達にも言った。でも、慣れるにつれると、だんだんと楽しくなってきた。
 今でも辛いし、好きじゃない、でも、嫌いでもなくなった。

今日のお話 −6月20日(月)−

   「新島  襄」の名言

 庭先の一本の梅の木、寒梅とでも呼ぼうか。
 風に耐え、雪を忍び、笑っているかの様に、
 平然と咲いている。
 別に、争って、無理に一番咲きを競って努力したのでもなく、
 自然にあらゆる花のさきがけとなったのである。
 まことに謙虚な姿で、人間もこうありたいものだ。

□ プロフィール
 1843年2月12日に生まれ、1890年1月23日に亡くなる。キリスト教の教育者。江戸時代の1864年に密出国してアメリカ合衆国に渡り、そこでキリスト教の洗礼を受けて神学を学ぶ。日本に帰った後の1875年(明治8年)にアメリカン・ボードの力添えによって京都府にて同志社英学校(後の同志社大学)を設立した。
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