非日常を日常に変える役割

ありがたいことに、今年もたくさんの学校や教育委員会からお声をかけていただき、授業アドバイスや講演、研修のお手伝いをさせていただいています。この時期はなかなかご希望にそえなくて、日程の調整をお願することもあり、恐縮しています。
お仕事をさせていただく際に心がけているのが、できるだけ具体的にお話をすることです。ご存知の方も多いと思いますが、学校からの講演だけの依頼は原則としてお断りしています。授業を見せていただくことを引き受ける条件にしています。実際に目にした子どもたちの姿を元に話したいからです。

具体的な場面を例に話をしても、講演の場合はどこか他人事のようにとらえられているように感じることがあります。ある授業場面を例に話していても、当の本人が全く自分のことだと気づいていないこともあります。一方授業について具体的なアドバイスをする場合、逃れようがない事実を元にその方の授業について話すことになりますので他人事にはなりません。素直に受け止めることができる人であれば、個人の成長にはこれが一番効果的に思えます。講演であっても、自分の問題だととらえてもらえれば同じように効果があるはずです。もちろん伝わるように話しているか、内容が適切かといった話し手の力量の問題はありますが、受け手の問題の方が大きいように思います。逆に素直な方であれば講演だろうが授業アドバイスだろうが、必ず成長につながっていきます。個人差はありますが、素直な先生は間違いなく力をつけていきます。

では、学校全体を見たときに向上的な変容が見られるかどうかの要因はなんでしょうか。同じように訪問しても、なかなか変化が見られない学校もあれば、数回の訪問で進歩を感じられる学校もあります。その違いを生むのは、教務主任クラスのリーダー層の発信力のように思います。
講演であれば全員が聞いています。しかし、それでよしとするのではなく、その内容を自分の言葉で整理し、目の前の状況に合わせて必要な部分を何度も再発信をする。咀嚼したことを、実際の授業の具体的な場面に即してアドバイスをする。個別の授業アドバイスであれば、アドバイスの中で学校全体に共通するものがあれば、それをまとめて他の先生に伝える。アドバイスを受けた先生に、勉強になったことをまとめてみんなに伝えるように働きかける。アドバイスを受けて変容したことをこまめに評価し、全体に知らせる。こういったことをしているかどうかが大きいのです。講演や授業アドバイスは非日常です。そこで得たことを日常に変えていくことが求められるのです。

私ごとき者の講演やアドバイスで全体がよい方向へ変わっていく学校は、間違いなく非日常を日常に変えていく役割を果たしている先生がいらっしゃいます。逆にそのような方がいれば、私のような非日常は単なるきっかけに過ぎないのかもしれません。このような先生がいるからこそ、多くの学校で進歩している手ごたえを感じさせていただいているのです。このような出会いに恵まれていることに感謝する今日この頃です。

Dr.横山から学ぶ

先日、本年度第2回の教師力アップセミナーに参加してきました。山形大学医学部看護学科教授横山浩之先生の講演です。Dr.横山の登壇は3回目です。前回までは、個々の場面での対応が中心でしたが、今回は「通常学級にいる特別支援が必要な子どもに対応できる授業とは」というテーマで、具体的な授業のあり方についてのお話でした。
以前の講演でDr.横山から学んだことは、特別支援教育にとどまらず、通常の授業、学級経営を考える大きなヒントになりました。Dr.横山から学んだペアレントトレーニングの考え方が、私の子どもへの接し方の基本となっています。

最初に、ある子どもの事例を話されました。親の虐待が疑われる子どもです。甘えるところがない状況です。母親役が学校に必要だということです。その子どもが学校を休んだ後、教室に行きたくないというのです。理由は友だちが休んだ理由を聞くからだというのです。友だちがあなたのことを「好き」→「心配」→「聞く」ということだと説明すると安心して教室に戻ったそうです。好きだから、愛しているからとる行動が理解できないのです。愛情を受けていないということです。
よい行動をほめて強化するのがペアレントトレーニングの基本ですが、こういう子どもはほめられていることを理解できないことが多いようです。この子どもの場合はビー玉に興味を示したので、ビー玉を与えることでよい行動を強化したそうです。次第に母親役である先生に駄々をこねるようになってきました。不適応行動が増えたように思えます。状況が悪くなったように見えますが、そうではないのです。この子どもの場合、人を信じることができるのが目標です。愛着形成が必要なのです。そういう意味では、母親役の先生に心を許したのですから、よい状況になってきたのです。表面的な行動でとらえるのではなく、その原因を考えることが大切なのです。
子どもたちをほめて強化し伸ばすというペアレントトレーニングの考え方を学級経営に活かす方法としてクラス会議が紹介されました。クラス会議でルールを決めて、できたことの報告会をするのです。できなかった子どもを糾弾するのではありません。ほめるきっかけ、場面をつくり、意図的にほめてよい行動を広げる。教師の姿勢の基本だと思います。

授業を考えるにあたって、まず記録をとることの重要性を説かれました。「ICレコーダーやビデオに記録を取って客観的に振り返ることで改善点が見える」という当たり前のことなのですが、これを実践するのはなかなか難しいものがあります。自身の至らなさと直面するのは厳しいものがあるからです。Dr.横山自身、初めておこなう講義では3回振り返るそうです。他者に勧めるからには、自分もきちんとやるという姿勢は見習わなければいけません。

子どもに伝えるのに、「ことばをけずる」「ひとめでわかる工夫をする」ことが大切だと言われます。子どもの視線の移動に気を配るといったことなど、すべて特別支援に限らず、授業の基本でもあります。そのことをあえて言わなければいけないということが、学校現場の現状でしょう。新年度が始まって3か月近くが過ぎようとしています。学校に出かけていって、こういった基本的なことを指摘することがまだまだ多いことが残念です。

学級経営を個別指導に優先させるということも話されました。その通りだと思います。特別支援に限らず、気になる子どもを優先させるのではなく、大多数である普通の子どもを第一に考えるのが基本です。普通の子どもがまず安心して暮らせる学級をつくらないと、全体が崩壊していくからです。
発達障害を疑われる子どもがたくさんいるという学級は、実は不適切な扱いを受けている子どもがその中に混ざっている可能性があるという話も、なるほどと思いました。発達障害は高々10%と言われています。それ以上の数が疑われるときには注意が必要ということです。正しい対応というのはどういうことなのでしょうか。Dr.横山が実際におこなった授業ビデオを元に解説されました。

授業を見るプロとしてDr.横山の授業はどう見えたでしょうか。
実に教科書通りの授業なのです。たとえば、机間指導していても常に全体に目を配っています。努力している、よい行動を見つけると、すうっと寄ってほめます。「ずれないでしっかりかいているね」「最後の『。』も書いているね」と具体的にほめます。もちろん常に笑顔です。できる子への対応も忘れていません。「他の言葉もできるかな。あいているところに書いてごらん」「自分から勉強しているね。立派!」こういう言葉をかけます。決してネガティブな言葉は使いません。教師が近づくとほめてもらえるのなら、子どもは安心して作業を続けます。ところが、実際にはこの逆の場面を多く見ます。教師がいつも子どもの悪いところ指摘していると、教師が近づくと子どもに緊張が走るのです。机間指導の時の子どもの姿を見るだけで、その教師の日ごろの子どもへの接し方がわかるのです。
最初から失敗させるとやる気を失くします。そこで、書く場面では、なぞることから始めました。まずは、成功させほめるところから出発するのです。
指示も1度に1つです。それも、できるだけ短い言葉でするようにしています。子どもたちの短期記憶の負荷をできるだけ少なくするということです。指示を繰り返すにしても同じ言葉を使います。子どもが理解していないなと感じると、言葉を変える教師がいます。理解が遅い子どもは一生懸命理解しようとしているのに、違う言葉で説明されると追いつきません。かえって混乱するのです。適切な言葉に絞り込むことが大切です。そのために、教材研究は欠かせないのです。
基本がしっかりできていると感じる先生の学級では、発達障害の子どもが目立たない理由があらためてわかった気がしました。

ソーシャルスキルトレーニングついてもお話がありました。特別支援を必要とする子どもとその子どもを取り囲む子どもたちにとって、ソーシャルスキルはとても重要だと思っています。Dr.横山もその重要性をおっしゃっていましたが、特別の時間だけやっても効果が薄いということです。日常的におこなわないと定着しないということが研究でわかっているそうです。簡単なものでいいので、毎日取り組むことが大切なのです。Dr.横山がつくった、そのための教材「マンガでわかるよのなかのルール」を紹介されました。

参加者の質問に答える中で、幼保と小中の連携の必要を話されました。最初の事例でもわかるように、保護者の情報を知ることは子どもたちと接するうえでも重要なことです。しかし、小中の教師にとって、このことはそれほど簡単ではありません。保護者と接する機会が圧倒的に少ないのです。その点、幼保では子どものお迎えなどがあるため、かなりの頻度で保護者と接します。信頼に足る情報を持っていると思われます。連携の必要性を改めて納得できました。

医者であるにもかかわらず、どうしてこのような授業技術を身につけられたのか興味を持ちました。お聞きしたところ自分でもよくわからないということです。ただ、亡くなられたお父様が指導主事だったということが影響しているかもしれないということでした。実家に教育書がたくさんあって、それを参考にされたこと、また、子どものころに教育に関することを耳にする機会があったことなどが関係しているかもしれないということです。

今回の講演は、前回までの講演の知識を前提としているので、初めてDr.横山の話を聞かれた方には、ペアレントトレーニングなど、もう少し詳しく聞きたい部分もあったかもしれません。ぜひご自分で勉強していただければと思います。そういった知識がなかったとしても、とてもわかりやすく役に立つものだったと思います。特別支援教育とかまえる必要はありません。授業の基本をきちんと押さえることが、特別支援を必要とする子どもへの有効な対応であることをあらためて確認できました。とても中身の濃いお話をありがとうございました。

子どもとかかわるということ

学校で教育実習生に出会う季節になりました。真剣な目で授業を見つめる姿からやる気が伝わってきます。この中から、これからの学校現場を支えてくれる人材が育ってくれることを期待しています。彼らについていろいろなことが耳に入ってきます。その中で、難しい問題だと感じるのが、子どもとのかかわり方です。

定期考査の終わったあとです。成績が振るわなくて落ち込んでいた子どもが教育実習生に勉強を教えてほしいといってきました。特定の問題を教えてくれというのではなく、定期的にいろいろな教科の勉強を見てほしいというのです。教育実習生は子どもに頼られたのでうれしくてしょうがありません。早速指導の先生に許可を求めました。先生は、「自分の教科ならばともかく他の教科を教えるということは、どういうことだと思う」とそれぞれの先生の教え方や考え方がわかってもいないのに勝手に担当以外の人間が教えることの問題を伝えました。「実習期間が終わっても、教えてほしいといったらどうする?その子どもが、あなたがいなくなったから成績が下がったと言ったらどうするの。責任を取れるの?」と問いかけました。大切なことはどう行動すればよいかを子どもに考えさせ、行動をうながすことです。それも指導の先生と相談しての上です。子どもが教えてほしいと言ったのは、教育実習生に甘えたかっただけだということを、指導の先生はよくわかっていました。事前に相談してくれてよかった。もし、勝手に教え始めたらその後始末が大変だった。そう語っていました。

教育実習生は何も責任を取ることができません。子どもと深くかかわることは避けなければいけません。裏を返せば、教師は子どもに対して常に責任を持って接しているということです。今回のことで、この教育実習生はこのことを学んでくれたでしょうか。
教師を目指す学生ですから、子どもと触れ合いたいと思うのは当然です。だからこそ、将来しっかりと子どもと触れ合うために、今学ぶべきことは何かを考えてほしいのです。それは、ままごとのように、無責任に子どもとかかわり合う体験をすることではありません。教師が何を考え、どのように子どもと接しているのか、その背中から学ぶことです。
彼らが学校現場で多くのことを学び、何年かの後、立派な教師となった姿を見せてくれることを楽しみにしています。
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