あえて多くをアドバイスする

前回の日記の続きです。

高等学校は、全体的によいスタートを切れているように思います。子どもたちの学習意欲も低くありません。昨年度のスタート時期と比べても子どもたちは落ち着いているように思いました。
3年生のある学級の様子が気になりました。落ち着いて授業に参加しているのですが、その取り組む姿勢がどうにも消費者的なのです。授業者は子どもたちに考えさせたいと質問をするのですが、子どもたちは考えようとしません。誰かが指名されても他の子ども他人事です。最後は教師が答を言って説明するからその答を聞いて覚えればよい。板書を写せばよい。その方が効率的だ、そう考えているのです。それで学校のテスト対策はできるのかもしれませんが、本当の意味での学力はつきません。子どもたちの学力観を変えることが必要です。
どの学年も、個人の作業にはよく取り組んでいました。2年生では友だちと自然に相談する姿もよく見られました。こういったよい場面に対して、授業者が一方的にしゃべっている場面では、集中力が切れる子どもが目立ちます。教師が説明していてもそちらを見ないで板書している姿も目立ちます。一方、子どもたちの視線が集まっていないのにしゃべり始める方や黒板に向かってしゃべっている方も見受けました。授業者によって子どもの見せる姿が異なることが課題です。
3年生より2年生、2年生より1年生の方が授業に集中しているように感じました。子どもたちが育っていけば、学年が上がるにつれて集中力が上がるのが自然なのですが、ちょっと残念なことです。とはいえ、まだ始まったばかりですので、これからよい方向へ変わることを期待したいと思います。
1年生は、前回紹介した英語以外の授業もよく集中していましたが、やはり説明を聞くことよりは板書を写すことを優先していました。授業者が今子どもにどうなってほしいかを意識することが大切です。
授業中はそれほどでもありませんが、チャイムが鳴って教師が教室に来るまでの時間、落ち着かない、テンションがちょっと高すぎると感じる子どもが目につきました。こういった子どもが学級の雰囲気を壊すこともあります。授業中以外での子どもの様子も教師集団が意識して見合ってほしいと思います。この時期はこういった情報交換を密にすることが大切です。

昨年度末、中学校は、子どもが落ち着かない、集中力がない状態が目立ちました。この日は表面的には落ち着いているように見えました。しかし、よく見ると授業に参加していない、集中していない子どももかなりいます。先生方が力で押さえているのではないかと感じました。子どもたちは騒ぐといった、叱られるような行動はとりませんが、どこまで許されるか様子を見ているように思えます。よい行動をとるのではなく、叱れない行動をとろうとしているのです。力で押さえると、強く出ない先生の授業が破たんしたり、陰でよくない行動をとったりするようになります。よい行動をうながし、よい行動ができればほめるということを地道に続けることを忘れないでほしいと思います。
この時期は、子どもたちを受容する言葉やほめる言葉がよく聞かれるはずなのですが、学校全体としてまだまだ少ないように感じました。意識して子どもを認める場面を増やして、子どもとの関係をつくってほしいと思います。

中学校3年の数学の授業を参観しました。因数分解の導入場面です。授業者は今まで高校の担当だったのですが、今年度より中学校の担当になった方です。TTをどのようにすればよいかアドバイスをほしいということでした。こういう具体的な視点での依頼はこちらとしても大変ありがたいことです。2学級合同での授業だったので子どもの人数も多く、確かに工夫が必要だと思いました。
前時にやった「エラトステネスのふるい」を宿題にすると言って、プリントを渡しました。子どもたちは、「わからない」という言葉を発します。子どもが「わからない」を言えることはいいのですが、ちょっとテンションが高いように感じました。授業者は、前時に説明したのだから、わかるはずだと突き放しますが、子どもたちの反応を見てもう一度やり方を説明しました。子どもたちの「わからない」を無視することはしませんでした。教師として大切なことです。
私が見る限り「エラトステネスのふるい」はいったい何のためにやるのか、なぜそのようなアルゴリズムなのかが「わかっていない」子どもが多かったようです。しかし、授業者は作業の手順を示します。子どもの「わからない」と「ずれて」しまいました。子どもの「困った」に寄り添えなかったのです。前時にやったことをもう一度復習するのは時間のムダに思えるかもしれませんが、高等学校と比べれば中学校の教育課程はまだ時間の余裕があります。子どもの納得感を大切にしてほしいと思います。
ここは授業者が説明するのではなく、「エラトステネスのふるい」が何だったかを子どもたちに問いかけ、子ども同士で確認するようにしたいところです。「わからない」を言った子どもにどこがわからないかを聞き、「同じところで困っている人いない?」と、そのことを学級全体の問題として共有する必要があります。その上で、「困っている人を助けてくれる」と、わかっている子どもと困っている子どもをつなぐのです。人数が多いのでこういったことを通常以上にていねいにしないと一部の子どもだけで授業が進んでいきます。中には互いに聞き合っている子どももいるのですが、授業者は自分でコントロールするために黙らせます。すべて自分が説明しようとするのは、授業者にとっても大変です。子どもたちを信じて、子どもに委ねることも時は必要です。
説明をする時にはしゃべらないように注意しますが、口を閉じるだけで授業者の言葉に集中しない子どもも目立ちます。「大切な説明をするから、こちらに集中してね」と望ましい行動を伝え、「○○さん、しっかり聞こうとしてくれているね」と固有名詞でほめて、よい行動を広げたいところです。

因数の説明を「割り切る数」と説明して、式の因数の説明に移りました。「数」を使って説明すると整式では混乱します。2乗の差の式を、展開公式をもとに和と差の積に因数分解して、因数と因数分解の説明をしますが、先ほどの説明の「数」と「式」が子どもにはよくつながりません。因数をよく押さえないうちに、因数分解をするという変形をしてしまいました。この例を使うのなら、変形してはいけません。最初から等式として示して、まず因数の定義を押さえることが大切です。授業者は子どもたちがわかっていないことに気づき、今度は式を割って余りがないことで、説明をしました。今度は、いきなり式の割り算です。高等学校で習うことを中学校でやってはいけないとは言いませんが、これはかなり無理があります。数学的にも、多項式環に割り算という概念を持ち込むことはちょっと疑問です。扱いは慎重であるべきです。何より、子どもたちは、かけ算の形の説明を理解しようとしているのに、「割る」という違った考えで説明されたので、ついていけなくなってしまいました。そこで混乱しているのに、すぐに共通因数で因数分解する例題に移りました。こうなると簡単に見える問題も何が何だかわからなくなってしまいます。
概念を一つひとつスモールステップで、ていねいに押さえていくことが大切です。まず数の因数分解を、割るではなくかけ算の形で示して説明しておくとよかったでしょう。整数の範囲で考えるという前提を押さえて上で、12=1×12、2×6、3×4、・・・として、整数同士のかけ算の形にしたときの、それぞれを「因数」、因数の積で表わすことを「因数分解」と定義し、合わせて素因数分解を復習しておくのです。続いて、「式もかけ算ができるね」と展開の時の公式や展開の例をいくつか書きます。単項式と多項式の積、多項式と多項式などを混ぜて、それぞれが式と式の積になっていることを子どもに言わせます。ここで、整数との対比で、式だけれども因数と定義すると説明するのです。そして、因数分解とは、式を「式と式の積の形で表わすこと」と押さえるのです。教科書も概ねこの流れで構成されています。教科書の意図を理解することも必要です。定義をしっかりしてから、じゃあどうすれば因数分解できるか考えようとして、共通因数に入るのです。
教科書では共通因数をMa+Mb=M(a+b)という式で説明します。mではなくMとなっていることに注目してほしいと思います。係数を表わすのに小文字を使うことが一般です。mだと係数と混乱してしまいます。そこで係数ではなく式であることを意識させるためにMを使っているのです。教科書では6x2+3xを例として取り上げています。3は因数ではないことを押さえさせるために、あえてこのような係数にしたのかどうかはわかりませんが、このことに留意する必要があります。しかし、授業者は、Mではなくmを使ってしまいました。意図的であったのかどうかはわかりませんが、子どもによってはこの違いに戸惑うことが考えられます。

このあと、練習問題に入りましたが、多くの子どもが間違えているというより、手がつかない状態です。人数が多いため、机間指導しても対応しきれません。この状態で個別指導しても、物理的に不可能です。因数の意味がわかっていない子ども、交換法則がきちんとわかっていないため同じ文字があっても共通因数として外に出せない子ども、つまずきもいろいろです。残念ながら授業者は子どもたちがどんなところでつまずくかよくわかっていなかったようです。経験がないのでこれは仕方のないことでもあります。だからこそ、ていねいに子どものつまずきに寄り添うことが必要です。子どもが理解するためのスモールステップを考え、つまずきを予想し、実際の子どもの状況をしっかりと把握する必要があるのです。

TTは机間指導を充実させたり、子どもの言葉を拾いあげて活かしたりする授業に有効ですが、この子どもの人数では机間指導を充実するにはいたりません。今のまま教師主導の説明をするのではあれば、TTを活かす場面は残念ながらあまりないと言わざるを得ませんでした。
授業者には、これらのことをあえてすべて伝えました。自ら授業を見てほしいと言ってきた前向きな方です。きっと真摯に受け止めてくださると信じたからです。授業者は魅力的なキャラクターの持ち主です。そのキャラクターで子どもを受容し寄り添えば素晴らしい授業ができると思います。授業観を変えることは簡単ではないかもしれませんが、高等学校から中学校という新しい場に移った今が大きなチャンスだと思います。
授業者には私の話を真剣に聞いていただけたように思いました。また授業を見てほしいとも言ってくれました。私としてもできるだけのお手伝いをしたいと思います。

今年度は、今回のような個別の授業アドバイスの機会をより多く持ちたいと思っています。一人でも多くの方に、授業を見てほしいという声をかけていただけるよう働きかけたいと思います。
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