この時期に意識してほしいことを伝える授業

前回の日記の続きです。

研究授業は、2年生の数学です。授業者は、この学校の目指す子どもの姿とその姿を引き出すための手法を新しく来た先生方を中心に伝えたいと考えていました。そこで、選んだのは17段目の秘密(参照:玉置崇先生の実践記録)という教材です。初めて教える学年なので、まだ関係もできていません。数学の授業でどのようなことが大切かを子どもたちに伝えるところから始める必要があります。そのために適した教材だと考えたようです。
この教材は、子どもたちからいろいろな気づきが出てくる教材です。授業では何を言ってもいい、どんな発言でも認められるという安心感を子どもたちに持たせることを第一に考えて授業をつくっていました。
授業が始まってすぐに子どもたちの表情が柔らかいことに気がつきます。まだ、数回しか授業をしていないはずですが、子どもたちとの関係ができつつあることを感じます。その理由の一つに、授業者が常に笑顔を崩さないことが挙げられます。簡単なようですが、どんな場面でも笑顔を維持することは、日ごろから相当意識していないとできないことです。
始まりの挨拶の後、すぐに子どもたちの姿勢をほめます。とにかく、子どもたちのよいところを見つけてはほめることを意識していました。特に、授業で大切にしていることに関しては、ちょっとしたことでもほめるようにしています。

黒板に「   の秘密」と書きます。子どもたちがざわめきます。上手に子どもたちを引きつけました。「実はこの中に(秘密が)ある」と模造紙を巻いたものを見せます。紙の端を黒板に貼って少しだけ見えるようにします。「定規?」と子どもがつぶやきます。そのつぶやきをとらえて「何で?」と問い返します。数字が出てきたことを子どもが指摘しました。ちょっとしたつぶやきを2人の世界ではなく、できるだけ全体の場に載せようとしています。
紙を広げていくと横に広がる表になっていて、一番上の行には数字が順番に書かれています。「えっ」という言葉が返ってきました。すかさず「いい反応してくれたね」とほめます。反応すること、外化することを価値づけています。表の終わりの数がいくつかを予想させます。子どもたちは切りのいい数字を答えますが、最後まで広げると17で終わっていました。子どもたちから「中途半端」という声が上がります。予想をさせたからこそ、子どもたちから言葉を引き出すことができます。予想をすることで、授業に参加し自分の課題となっていくのです。
今日の授業は「17段目の秘密を一緒に考えていく」と課題を説明して、子どもたちに1桁の数字を選ばせます。「4」、「5」という数字が出てきます。授業者としては2段目に「5」を入れたいのですが、子どもからうまい具合に5が出てきたので、4と5をそれぞれ1段目と2段目に書き込みました。この教材では、3段目は1段目と2段目の和の1位の数、4段目は2段目と3段目の和でというルールです。ルールですからさっさと伝えればいいのですが、「4と5ときたら?」と3段目に何がくるか予想をさせます。この授業では予想させることを何度もさせます。この授業のねらいが、数学的な思考そのものよりも授業における態度や姿勢を子どもたち伝えることに重きを置いているからです。予想は根拠にあまりこだわることなく言えることが多いので、子どもたちから言葉を引き出しやすいのです。子どもたちに、数学の授業では気軽に思ったこと、気づいたことを発言すればいいことを伝えたいのです。
「6」に続いて、「7」という声が出ました。「1段目の1と1段目の数4を足して2段目の数5だから、3段目は2と5を足して7」というのが理由です。子どもたちから「おお」「すごい」という声が上がります。単なる予想でもそれなりの根拠のある意見が出てきます。授業者は、今の説明を聞いてどう思ったかを問いかけます。「すごい」という答に対して、その理由をたずねます。「予想もしないことだった」と答えてくれました。ここでは、足すという数学的な視点や、表を縦に見たという視点と1年生での関数の視点をつないだりして評価したいところでした。もちろんこの縦に足すという考えを取り上げていくことはできませんが、授業者はすごいので「残しとこう」と黒板の端に書いておきました。こうすることで、発言を採用しなくても評価されたと思ってくれます。

授業者は3段目に9を書いて、何で9が出てきたか問いかけます。これも、この教材の本質からいうとあまり意味のある問いではありません。挙手は半分ほどですが指名せずに、隣の人と相談させます。簡単な問いで子ども同士に話し合うことをさせたかったのです。再び問いかけると、今度はほとんどの子どもが挙手します。子どもたちが参加する雰囲気をつくっていきます。「4+5で9です」という発言に対して子どもたちが反応します。「うなずいてくれた、ありがとう」と評価しました。子どもたちのよい行動を見逃さない姿勢はさすがでした。
「次の数は?」という問いに「14」と答えます。その時、「1桁じゃないといけないんじゃないの?」とつぶやきが聞こえてきました。授業者は、すかさず全体に対してもう一度言わせました。子どもたちに、発言者の方を向くように指導します。何だろう、聞きたいと思うような場面ですから、聞く態度を養成するのに効果的です。発言者は最初に1桁と言ったことを根拠にして、もう一度説明してくれました。

この後、子どもを指名しながら丁寧に進めていきます。友だちの答に対してうなずいてくれた子どもに対して、「うなずいてくれて、ありがとうね」と声をかけます。1時間の授業として考えると、ここはテンポアップしたいところです。この時点でおそらく時間が足りなくなることはわかっていたと思います。それでも、丁寧に進めたということは、数学の授業は全員参加ができるのだという思いを持たせたかったのだと思います。

17段目は5になることを確認して、2回目に入ります。どんな数を入れるかを再び子どもたちにたずねます。「7」「8」という声が上がります。理由に対して「なるほど」ときちんと受容します。2つ目に入れる数を問いかけたところ、ある子どもが「2」と答えました。その理由は、先ほど4と5でやってみた時、表に一度も2が出てこなかったからでした。子どもたちから「おー」という声が上がります。これには私もちょっと驚きました。授業者は、「先生も考えんかった」と大いにほめます。なんとかこの2を活かしたいところです。2段目に5を入れると3段目が2になるので、「○○くんのために、2段目に5を入れよう」としました。うまく子どもの発言を活かして予定通り2段目に5を入れることができました。実は、「2」と発言した子どもは、どちらかというと学力の低い子どもで、日ごろあまり活躍できていないようでした。検討会では、担任からこの日の帰りの学級の時間でこの発言を友だちから認められて、とてもうれしそうに帰っていったという報告がありました。教師のちょっとした対応で子どもが自己有用感を持つことができることがわかります。

2回目も17段目は5になることを確認して、再度2段目に5を入れて試してみます。「2番目に5がくると最後は5」という予想が子どもたちから出てきます。子どもたちは、秘密がわかってきたと感じたのでしょう。笑顔が増えてきます。
「今度は2段目に違う数を入れてみよう」と「8」と「1」を指定して、プリントを配ります。「ありがとうございますとか、会釈をしながら受け取ってくれて立派だね」と子どもたちの受け渡しをほめています。子どもたちは、素早くペンを持ち計算を始めます。課題に集中していることがわかります。「えー」「何でー」「うそじゃない?」と言った言葉が上がります。授業者は机間指導をせずに、教室全体を笑顔で見ています。「うれしい言葉がたくさん聞こえてきた」と黒板に子どもたちの言葉を書いていきます。ここで、隣同士で「7」になっていることを確認させます。疑問を持った時や困った時に友だちと相談することを伝えようとしています。

自分で自由に数を入れて計算して、気づいたことを書かせます。授業者はまだグループでの活動についてきちんと指導していなかったので、この日はグループ活動を取り入れなかったと話していました。しかし、この時間に隣同士で相談したことやこれまで他の授業でもグループ活動をしてきたからでしょう、子どもたちは自然にまわりと確認したり、相談したりしています。最初はなかなか授業に参加できなかった子どもがいましたが、友だちとかかわりながら一生懸命に考えています。この1時間の中で、子どもたちがよい変化をしていることがよくわかります。
「ああ、いい声が聞こえてきた」と「よくわからん」と板書をしました。わかることではなく、わからない、疑問を持つことを意識して価値づけしています。「言ってくれてうれしい言葉を書いたんだけど、なんでこんなことを言ったのか教えてくれる?」と問いかけます。
周期性がある場合に気づいた子どももいました。子どもたちは積極的に発言します。自分で考えたので、発言したいという気持ちになっているのです。
「2段目と17段目は大事な数になっていそうだと」整理して、2段目が1の時17段目が7、5の時5、9の時3と表にして、再度考えさせます。時間がないため簡単に説明して進めたので、2段目と17段目の関係に注目することの意味がよくわからずに戸惑っている子どもが目立ちました。ここは、グループにして聞きあわせたいところでした。
時間が来たので、1人だけ発表させました。「2段目が奇数だと17段目は奇数、2段目が偶数だと17段目は偶数」という意見です。ここで授業は終わってしまいましたが、他にも気づいたことがある人の確認だけしました。他の考えに気づいたことだけでも評価して終わったことはよかったと思います。授業後、黒板を前にして先生に気づいたことを話していました。

数学の授業としては課題もあるのですが、今の時期に何をしなければいけないのか、どんな子どもを育てたいのかを先生方に伝えることに徹した授業でした。このような授業は付け焼刃ではできるものではありません。研究指定を受けていた2年前に、最初の授業研究を行ったのも当時研究主任だったこの先生でした。ぎこちないながらも、これから目指す授業の姿を伝えようとしていたことを思い出します。あれから2年間、授業の改善をし続けていたことがよくわかります。
検討会では、若手を中心にたくさんの意見が出ました。授業者の意図をよく理解していることがわかる意見ばかりです。若手が育ってきています。とはいえ、学校全体として完璧なスタートが切れているわけではありません。1学期中にもう一度訪問することをお願いされました。学校の課題を校長はよく理解しているようです。次回の訪問までにどのように修正されているかが楽しみです。
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