企業の新人研修で大いに学ぶ

今週は5日間、企業の新人研修に講師として参加します。昨日は、私以外の2人の講師による研修がありました。私は1日見学していたのですが、とても参考になるものでした。

最初の研修は「教師の仕事とICT」についてです。まるで学級開きを見ているようでした。この1週間で参加者にどうなってほしいのか、どのような力をつけたいのかが明確にわかるものだったのです。
彼らはこの日、研修に先立って会社の朝礼に参加しました。その時わからない言葉があったのではないかと問いかけます。一人ひとりに聞いていきますが、中には大体わかったという者もいます。そこで、他の人がわからなかった言葉の説明を求めます。かなり正確なことをいう者もいますが、的外れな説明もあります。講師はどの発言も否定しません。全員に一言ずつ発言させます。何を言っても笑顔で受け止めます。仲間の発言にあまり反応を示さない者もいます。講師はそういった者に対しては、意図的に発言を求めたり、つないだりし、反応や発言を受容することで安心して参加できることを伝えます。
全員に発言させた後、かなり正確な説明もあれば、的外れなものもあったことを伝えますが、どれが間違っていたとか、正しいのはこうであるといった修正は一切しません。結果的に発言の否定につながるからです。自分で調べればすぐにわかると、知識そのものではなく、「わからない」と素直に言えることが大切だと伝え、疑問を持つことで学んでいけることを強調しました。研修を貫く考え方を伝えようとしています。

教師の人数は何で決まるかを全体で聞きます。法律で決まっているという言葉を引き出し、根拠となるものを提示します。教師の人数は法律で決まっていますが、その算定基準は子どもの数であることを押さえます。「子ども」の数で決まることが、教育の基本が「子ども」のためにあることを表わしています。そのことに気づかせるための伏線です。

次の課題は、校長、教諭といった教師の種類をできるだけたくさん書きだすことです。これを隣同士で確認させます。とにかく書きだしたものを比べるのですからテンションはすぐに上がります。続いての課題は先ほどの教師がどのような仕事をしているか想像して書かせるものです。講師は新人たちの手元のメモをデジカメで撮影しています。今度も隣同士で確認させますが、テンションは先ほどよりは下がります。自信がない、想像がつかないものがあるからです。よくわからないからこそ、しっかりと聞き合います。
ここで発表ですが、「わからなかったこと」を聞きます。発表の基本を押さえています。もちろんわからないことを講師が解説するのではありません。新人の中で書けたという人に発表させ、考えをつないでいきます。正しい答を求めているわけではありません。正解は手元のパソコンを使ってWEBで調べればすぐにわかることです。答を探すのではなく、想像し、互いに聞き合うことで考えが広がることを伝えたかったのです。
ここで、先ほどのデジカメで撮った写真を見せます。箇条書き、表形式というようにいろいろな表現があります。相手に伝えることを意識することも必要であると伝えます。今回のもう一つのテーマであるICTをさりげなく使っているところがさすがです。

いよいよICTが話題となります。こういった教師の仕事のどこにICTが活かせるかを隣同士で相談させます。新人は先ほどからのペアでの活動で関係ができているので、すぐに動き始めます。思いついたことを発表させますが、思いつき以上の物はなかなか出てきません。ここで、「どうして必要?」と問いかけます。こうして切り返すことで、考えるための視点を明確にします。最初から与えるのではなく、視点の必要性に気づかせていこうというのです。発表したことを別の者に説明をさせます。当人も気づかなかった視点がでてきます。人がつながることが「答が広がる」ことだと気づかせています。
多忙感は、役立ち感で充実感に変わるといった視点を整理した上で、校長、教諭、養護教諭といった対象とする教師をペアに割り当てて、それぞれの仕事でICTをどこに活かせるかを考えさせます。メモを見ないで互いの考えを共有させます。自分で真剣に考えたので、伝えたい意欲が高まっています。会場の熱気が高くなるのを感じました。
私の目の前で、相手の話を聞きながらしばらく考え込んでいた新人がいました。途中から、しっかりと話し始めたのですが、ちょっと気になりました。講師は全体での発表で、最初にその新人を指名して、考え込んでいた理由を聞きました。一人ひとりを実によく見ています。
その新人は、ICTによる時間の確保が子どもたちのためになるという視点で考えたが、隣の人が役立ち感の視点で考えていたので悩んでいたのです。しかし、考え直すことで、自分の中で矛盾しない、納得できる考えにたどり着いたのです。このことを話している途中で、隣の人の意見に関する説明で言葉につまりました。しかし、すぐに当人が補足して助けてくれました。とてもよい関係です。課題を工夫して、ペア活動を上手く取り入れることで、この研修時間内にみるみる人間関係ができていくのがわかりました。
講師は悩んだことを評価しました。メモを見ずに話すことで、相手とのコミュニケーションが活性化します。相手とのかかわりが、考えを変化させ深めてくれるのです。学び合うための方法を上手に伝えていきます。新人がこれから成長していくために必要なことを、この日のテーマについて考えることで、見事に気づかせていきます。
ムダな言葉やパフォーマンスのない、基礎基本の固まりのような、授業の教科書と言える研修でした。

午後からは、もう一方の講師の「学校経営とICT」、「授業とICT」の研修でした。最初に、「学習したことの定着は、受信した量ではなく発信した量で決まる」ということを、有名な実験を紹介して説明します。その上で、「教育の情報化の手引き」といった国の方針をWEBで調べさせ、それをまとめることを通じて、国の考える方向性を理解させます。出力型の研修です。手引きに書かれたイラストの意図を探るといったこともさせ、事実や資料をもとに考えるための視点を意識させます。資料を読み取り、再構成し、それを根拠に自分なりの考えを足していくという、相手を納得させる提案をつくるためのプロセスを経験させます。

2人の講師に共通するのは、課題に取り組ませることを通じて、社会人としてよりメタな知識や力をつけさせようとしていることです。また、意図的に次の研修への布石となることも仕込んでいます。このようなハイレベルの研修を見せていただく機会はなかなかあるものではありません。得をしたと思う反面、私の担当する研修のハードルがとてつもなく高くなっていることに気づき、愕然とします。
一方研修に参加している新人たちの実力も侮れません。ICTをさりげなく活用した授業ビデオを見せられ、コメントを求められたのですが、若手教師では気づけないようなこともたくさん出てきます。私は彼らの後にコメントを求められたのですが、付け足すことがほとんどないと言っていい状態でした。彼らが優秀なこともあるのですが、やはり2人の講師が、研修を通じて授業のポイントとなる視点に気づかせていたことが大きく影響しているのだと思います。

わずか1日で新人が大きく変化し、成長しているのを感じました。彼らがこの先どのような変化を見せてくれるのかとても楽しみです。
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