教師の意欲が子どもを変える(長文)

昨日は中学校で授業アドバイスをおこなってきました。5月に訪問した時とどのような変化がみられるか楽しみでした。

3年生は安定した状態でした。どの授業でも安定しているのですが、授業者によって子どもの姿勢の違いが以前よりも現れてきました。どの学年でもそうですが、真剣に考えている、話に集中しているときは前のめりになって聞きます。教師の話を軽く聞くときは、体は後ろに反ります。映画の鑑賞をしている時のようです。聞いてないわけではないのですが、集中度が違うのです。課題が子どものものになっていないと、聞く必然性がありません。説明を聞くにもこのような違いがでてくるのです。こういう違いが3年生でも見られるようになってきました。また、参加意欲の低い子どもが目立つようになってきました。学級の中に居場所はあるのですが、授業の内容についていけないのです。どのようにして彼らを授業に参加させるかが課題でしょう。

2年生は、4月のリセットがうまくいったように思えます。落ち着いて授業に参加していました。問題練習などでは、全員集中して取り組みます。授業者によって差はありましたが、おおむねよい状態だったように思います。

今回は意識的に1年生の授業をたくさん見ました。以前は同じ学級でも授業者による差が大きかったのですが、それがどうなっているか気になったのです。学年主任とも1時間一緒に回ったのですが、授業者による差がずいぶん減っていたのです。行事等を通じて子どもが変わったのかとも思ったのですが、それだけではなさそうです。先生方が子どもを受け止めること、指示を徹底させること、集中させることを意識していることがよくわかりました。子どもたちは落ち着いて授業に参加しています。テンションが上がりすぎる場面はほとんど見られませんでした。作業なども意欲的に取り組みます。個別の先生の変化というより、学年全体が変わってきたと感じました。これは、学年主任が学年として授業にどう取り組むかを先生方としっかり共有しているということだと思います。まだ若い、今年初めて学年主任になった先生ですが、立派にその務めを果たしています。また、週案などでこの学校の授業の進め方に対して疑問などを伝える先生に対して、教務主任は学校としての考え方やねらいを個別に説明しているそうです。校務主任は学年担当として適切なアドバイスをしているようです。目立ちませんが、こういうバックアップ体制がとれていることもこの学年がよい方向へ変わっていることの理由だと思います。
とはいえ、まだまだ課題はあります。教師の一方的な説明が続くと、集中力が落ちる場面が目につきました。教師が説明するにしても、子どもたちへ問いかけ、反応を求めることが必要でしょう。また、教師と子どもの関係はできつつありますが、授業の中で子ども同士がかかわる場面が少ないことが気になります。子ども同士の人間関係は良好ですから、このことを活かす授業展開を考えるといいでしょう。学年主任にはこのことを伝えました。

初任者の数学の授業です。子どもたちにプリントを持ってこさせてチェックしていました。当然のことですが、子どもたちが席を立って教師のところへ動き始めると全体の集中力が落ちてきます。しかし、授業者はそのことに気づきません。教室全体を見ることができないのです。少人数での授業ですから、教師が子どもたちの間を回って、全員に○つけをすればいいだけのことです。
面白い場面がありました。みんなが問題をやっている間、両手を上げて伸びをしたりして、取り組まない生徒がいました。隣の座席の子がプリントをチェックしてもらって戻ってくると、待っていたように話しかけます。問題に取り組まない子どもは、誰から見てもやっていないことがわかる態度を取っていました。相手をしてほしいのです。本当はわかりたいのです。そうでなければやっているふりをします。しかも、話しかけるのは、友だちが課題を終わるまでちゃんと待っているのです。ちゃんと気づかっています。人間関係は悪くないのです。学習面で友だちとつなげるようにすれば、きっと参加できるようになると思います。とはいえ、初任者にこれを求めることは酷のようにも思いました。本人にはあえてこのことを伝えませんでした。
伝えなかったもう一つの理由は、どうも授業者は数学的なものの見方・考え方をほとんど授業の中で触れていないと感じたからです。板書等を見てもそのことがわかります。教科書もきちんと読めていないと思います。そうだとすると、数学の教師としてはまずそこからでしょう。ちょっと厳しかったかもしれませんが、今扱っている無理数に関して、いろいろと質問をしてみました。情報科学が専攻だったということで、数学の知識はほとんどありません。まったくと言っていいほど答えることができませんでした。数学の知識がないまま中学校の数学教師になる方は珍しくありません。問題は自分が数学の知識がない状態だということを認識していないということです。認識できれば、教材研究に真剣に取り組み、教科書の「てにをは」にもこだわるようになります。問題を解ければ数学を教えられるという勘違い。自分は数学ができるという思い上がり。このことに気づいてくれたのであれば幸いです。

国語の初任者は、自分の授業をある程度客観的に振り返ることができます。いろいろと質問もしてくれますし、課題意識も持っています。よい姿勢です。
授業の流れについての相談を受けたのですが、そこで感じたのは教師目線で授業の流れがつくられているということです。教師が何をするかという視点です。本時の目標を達成するためには、子どもはどんな課題に取り組めばよいのか、活動をすればよいのか。課題に対して子どもたちはどんな反応を示すだろうか。こういった子ども目線で授業の流れをとらえ直すことが必要です。このことを伝えました。次回訪問時にはどのような変化を見せてくれるか楽しみです。

理科の初任者は、子どもを見るということがまだよくわかっていないようでした。実験で参加しない子どもがいるといったことには気づくのですが、どうしてそうなるのかをつかんではいないのです。複数の指示を一度にします。確認もしません。聞いていた私も、整理するのに時間がかかります。しかし、指示が終わるとすぐに作業に入らせます。
今回1時間、一緒に授業を見て回りました。子どもの何を見るのか、どうしてそうなるのか、といった視点で授業の解説をしました。子どもの見方が変わったと言ってくれました。うれしいことです。問題はどのように変わったかということです。次回訪問時に、進歩した姿を見せてくれることを期待します。

この日はたくさんの先生がアドバイスを聞きに来てくれました。ふと気づくと、ほとんどが1年生に所属する先生方です。先生方のこの姿勢が子どもたちのよい変化につながっているように感じました。

双子葉と単子葉植物の維管束の観察の授業です。授業者は子どもが集中して聞けるように板書を極力控えていました。子どもたちはよく話を聞いています。グループでの観察では、顕微鏡は1台です。顕微鏡を見ていない子どもはすることがなくて遊んでしまいがちです。しかし、何かに気づいたので、グループの友だちに顕微鏡を覗くようにうながす姿が見られたりもしました。以前よりもかかわりが出てきています。しばらくしてからもう一度授業を見ると、今度は互いにしゃべりながら見あっています。この違いは何でしょう。実は子どもたちが気づいたことを一度発表させて、そのことをもう一度確認させていたのです。漠然と観察するのではなく、意識的に観察するので子どもたちが集中します。「見つかった?」「どこ?」とかかわり合いも生まれるのです。授業者は素直に私のアドバイスを受け止めてくれたようです。子どもたちの変化に手ごたえも感じているようでした。私と話をしている時によい笑顔がたくさん見られました。
今回の授業であれば、最初の観察の時間をあえて短めにしてもよかったもしれません。余った時間を、「じゃあこの2つの植物の違いがわかったけど、ほかの植物はどうなのだろうか?」と問いかけ、いろいろな植物の維管束の写真を見せるのです。2つのパターンしかないことに気づかせて、それぞれどんな植物か、対応する植物の写真を見つけさせる課題を与えます。双子葉と単子葉で違うことを発見する過程を通じて、理科的なものの見方・考え方を身につけさせる。こんな展開もありそうだと伝えました。授業者は、前向きにとらえてくれたようです。よりよい授業に向けて、また進歩を見せてくれるでしょう。

5年目の教師の数学の授業は、子どもをしっかり受け止め、認めているので、子どもたちが安心して授業に参加しています。ゆったりと落ち着いた時間が教室に流れています。子どもの答に対して、子どもたちが「いいです」と反応するのを、「いいと思います」に変えさせていました。柔らかい言葉にしたかったようです。生徒指導の担当だからこそ、何を言っても大丈夫、先生は聞いてくれるという安心感をもとに、子どもたちと信頼関係をつくることの大切さがよくわかっているのでしょう。一つ気になったのが、確認場面で子どもの手が全員挙がったら、そのまま進んでいたことです。全員の手が挙がっていても、確認のために何人かは指名して発言させるとよいでしょう。低位の子どもを活躍させるチャンスでもあります。
授業者は、この雰囲気を壊さずに活動量を増やしたいと考えていました。定着問題などをいつもノートに書くのではなく、順番にどんどん指名して答えさせるといった活動を入れることを提案しました。練習問題ですので根拠を聞く必要はあまりありません。詰まった時、難しかった時に立ち止まって振り返ればいいのです。テンポよく何人も指名していく。「正解」と言わずに最低数人に応えさせる。答えられなかったら、とばして次に行く。その後で必ず戻って正解を言わせる。こういう活動と、じっくりと考える場面のメリハリをつけることを話しました。授業者は納得してくれたようです。どのような授業を見せてくれるか次回が楽しみです。

ある英語の先生は、子どもたちの作業のスピードに差が出てきたことにどう対応するか相談してくれました。具体的には、板書を写すスピードが違うので遅い子どもを待っていると時間がなくなるというのです。もちろん、早くできた子どもには次の課題を与えてあるのですが、ますます差がついてしまうのが悩みの種のようです。
直接の回答になりませんが、遅い理由を考えることをお話しました。たとえば単語のスペルがわかっていないので、1字1字書いていて遅いのであれば、単語をすらすら書けるようにするための手立てを考えることが必要です。小テストをするのか、単語を書くことを宿題にするのか。方法は色々です。また、本当に子どもが写すことに意味があるのかを考えることも必要です。書かせる意味のあることに絞り、それ以外は印刷してもいいのです。このようなことを話しました。

5年目の英語の先生の授業は子どもたちが意欲的に参加する授業です。授業者も手ごたえを感じています。11月の学校訪問時の代表授業者ですが、今からそれに向けてどのように子どもたちを鍛えるかを考えているようです。積極的な態度を頼もしく思いました。
この先生に限りませんが、英語の授業に対しては、子どもが常に教師の発声をおうむ返しに繰り返すことが気になりました。目から口、耳から口と頭を使わずに単純に言い返しているのです。これでは、九官鳥の訓練です。言語として英語が身につくとは思えません。もう一工夫ほしいところです。たとえば、主語を表す絵カード、動詞を表すもの、目的語を表すものを用意して、英語の語順で黒板に貼ります。それを見て全員で英語をいうのです。「私」「運動する・演奏する」「ピアノ」の絵カードで ”I play the piano.”。 「あなた」「運動する・演奏する」「テニス」で ”You play tennis.” という具合です。situationを英語で表現することへの橋渡しとなります。

この日もたくさんの授業を見て、いろいろなことに気づくことができました。教師が意図的にかかわることで、わずかな期間で子どもたちはどんどん変化していきます。学年全体で同じ方向に向かえば相乗効果が期待できます。このことを実感できました。
毎月訪問している学校ですので、子どもたちの変化を細かく知ることができます。このような機会をいただいていることに心から感謝します。子どもたちが、今後どのような変容を見せてくれるかとても楽しみです。
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