若手の授業へのアドバイス(長文)

私立の中学校高等学校で若手を中心に授業アドバイスを行ってきました。

午前中に夏休み明けの課題テストがあり、2学期最初の通常授業でした。全体的に子どもたちは落ち着いてよく授業に参加していたように思います。

高校2年生の国語の授業は、具体と抽象についての評論の導入の場面でした。
「抽象」と「具体」とはどのようなことかを子どもたちに理解させるためのプリントを配ります。プリントには例として、「服」と「(コート スカート セーター)」が書かれています。その間に「たとえば」「つまり」と2本の向きの異なる矢印が引かれています。この例をもとに、説明をしようとしますが、子どもがまだ話を聞く態勢になっていないのにしゃべり始めました。授業者は先ほどの例をもとに「抽象」と「具体」を繰り返し説明しますが、わかりやすい言葉で説明しようとしてかえって曖昧になってしまいます。時間をかけて何度も何度も説明しますが、説明するたびに微妙に違った言い回しになることとカテゴライズや分類とも言える例を使っているため、かえって混乱を招いているように感じました。「具体」と「抽象」の例をつくらせたところ、図に「野球」と「(バット ボール グローブ)」と書き込んだ子どももいたようです。
一方的な説明と演習という形ではなく、中学校でも言葉は出てきているはずなので、「抽象」と「具体」とはどういうことかを問いかけ、ペアで聞き合ったり、1人1台のiPadを持っているのですから検索をさせたりする活動をする方法もあります。子どもが発表した言葉を板書して整理してから、例に入っていればよかったと思います。
授業者はなかなかしゃべりすぎることが改善できませんが、そのことが自分の課題だとは意識できています。自分が話したいことを子どもに言わせることを心がけてほしいと思います。

中学校2年生の数学は個人で問題を解く場面でした。
教室に余裕があることもあり、子どもたちは1列ずつ離れて座っています。自信のない子どもがまわりの子どもに確認や相談しようとしますが、距離が遠いので相手が聞きづらそうです。そのため、どうしても声が大きくなります。ざわついた感じになるので、遠くの友だちと雑談することへの抵抗感も減っています。授業時間中に解答を確認する時間がないので、挙手して授業者を呼んで確認してもらおうとします。問題を解き終った子どもは次の指示がはっきりしていないのか、手持ちぶさたにしています。この時間の進め方のねらいがよくわかりませんでした。
子ども同士のかかわり合いを大切にするのなら、4人グループにして机をくっつけるとよいでしょう。子どもから呼ばれても直接教えることはせずに子ども同士をつなげるようにすれば、聞き合う関係を作ることができます。
気になるのが、わからない子どもができるようになる場面がこの授業時間の中にないことでした。自分たちでやらせると言っても、ほっておいてできるようになるわけではありません。わからない子どもは挙手して先生を呼んでくれれば教えられるからいいと思っても、なかなか呼べない子どももいます。答え合わせをしろと言うのではありません。困っていることを全体で確認、共有し、答ではなく、「どこに目を付けた?」「どんなことを考えた?」といったことを発表させて見通しを持たせたることや、グループで相談させるといったことが必要でしょう。

高校1年生の世界史の授業は、大航海時代の授業でした。
グループの隊形にして穴埋めのワークシートを配った後、子どもたちに小さな紙のカップを取りに来させます。においをかぐように指示して、グループを回りながら香辛料をカップに入れていきます。最初はホワイトペッパー(白胡椒)とクローブ(丁子)、続いてナツメグ(肉豆蔲)とシナモン(肉桂)と2回に分けて配りました。これだけのためにかなりの時間がかかってしまいました。カップに入れておいて取りにこさせればよいと思うのですが、授業者は子どもたちがこぼすことが心配だったようです。蓋のついた小さなピルケースなどが100円ショップで簡単に手に入るので、そういったものの利用も考えるとよいでしょう。
中にはずっとスパイスをいじっている子どももいますが、ちょっとにおいをかぐとワークシートの穴埋めを続ける子どもがほとんどです。配り終えた後、授業者に集中するように指示しますが、なかなか徹底しません。全員の顔が上がっていないのに、根負けして話し始めてしまいました。
子どもたちはスパイスについて興味を持っているわけでもなく、それを基に何か考える課題が与えられているわけでもありません。それに対してワークシートの穴埋めは必ずやらなければいけないので、どうしてもそっちが優先になってしまうようです。
「スパイスは何に使ったのか考えよう」と問いかけグループで考えさせます。子どもたちのテンションは高いのですが、あまり意味のある会話をしていません。そもそもこれは単なる知識ですから、教えるか調べるかしかありません。しかも教科書には調味料や薬として使ったと書いてあります。1人1台iPadを持っているのですから、そこから教科書以上の情報を引き出させるような展開にすれば状況は変わったと思います。
1分与えて答を問いかけても手が挙がりません。そこでもう1分与えます。子どもたちが答える意思がないことや調べる気持ちがないことが原因ですから時間を与えてもムダです。
スパイスを見せることは決して悪いことではないのですが、スパイスから何を考えさせるのか、課題がはっきりしていません。スパイスが同じ重さの金と等価で取引されていたと言われますが、そんな高価なものを消費する人がいることの意味や、地域間の価格差と貿易の関係など考えるネタはいくつかあると思います。授業のねらいをしっかりと意識して授業を組み立ててほしいと思います。
もともと授業者は宿題のワークシートをもとにした授業を考えていたそうですが、宿題を忘れる子どもがいると参加できなくなることを心配して宿題を利用しない形に切りかえたそうです。意識してほしいのは、宿題をやってきてよかった、忘れなければよかったと思わせることです。グループでの活動にして、忘れた子どもには他の子どもに見せてもらうように指示すればよいだけです。忘れた子どもには「○○さんに見せてもらえてよかったね」、見せた子どもには「見せてくれてありがとう」と声をかけておけば、「ちょっと恥ずかしい、次はやってこよう」「やってよかった」と思ってくれるにではないでしょうか。

高校1年生の数学は関数の定義の場面でした。
自動販売機が関数になっているのかを問いかけますが、多くの子どもは何を聞かれているのかよく理解できていないようです。xが決まればyがただ一つに決まるという定義だけでは、自動販売機を扱うのには無理があります。しかも1つ決めれば1つ決まるという表現でかみ砕きますが、これは関数の方向性を曖昧にしています。定義域と値域を考える意味がわからなくなってしまいます。
自動販売機は売れ切れだと同じボタンを押しても何もでない。1つのボタンに対して1つに決まらないので関数でないという意見が出ます。授業者はなるほどと受け止め、簡単に復唱します。もう一人の子どもが手を挙げて、売り切れだとそのボタンを押さないから関数になると発表します。面白い展開です。それを受けて先ほどの子どもはやはり関数になると意見を変えます。値域が決まっていて売り切れの時はボタンを押したときに値域にはいっていないから、1つに決まるというのが理由です。関数の定義域、値域につながる展開になってきました。しかし、中学校で学習したとはいえ、突然出てきた用語に他の子どもたちはついていけません。また、中学校では定義域と値域は区別されていませんので、ここはていねいに他の子どもにつなぐ必要があるのですが、授業者は流して自販機に関する物で他にも関数になるものがないかとつないでいきました。
授業者が数学的に関数をきちんと理解できていないことを棚に上げても、全員参加するような進め方になっていないことは課題です。発言する子どもの意見を受け止めることはできますが、その発言を深めるような返しや、他の子どもへのつなぎがありません。「○○さんの言ったこと、なるほどと思った?」「どこがよくわからない?」「今の意見、もう一度○○さんの代わりに言ってくれる人?」といった言葉をかけて、重要な意見は全体で共有する必要があります。
授業者はこの学級は意見が出ないと思っていますが、一部の数学の得意な子ども、意見の言える子どもとだけで授業を進めているので、他の子どもが参加できるようになっていかないのです。意見が出る出ないは、子どもたちで決まるのではなく教師のかかわり方で決まると考えて授業を工夫してほしいと思います。


高校3年生の総合的な学習の時間の発表の様子を外から見て回りました。iPadを使っての論文の発表です。子どもたちのデジタルデバイスの使い方はなかなかのもので、スライドも見やすい工夫がされたものが多いように感じました。しかし、問題はその中身です。論文という言葉にこだわる必要はありませんが、発表に何が求められているのかを明確にする必要があります。
単に調べたこと、感想を発表するのではスライドづくりと発表の練習でしかありません。そういうスキルの授業ならばそれでよいのでしょうが、少なくとも論文の発表と銘打つ以上、客観的な事実をもとに、論理的な結論を導き出す必要があります。根拠となる資料の引用についての記載もありません。これからの時代に必要な力だからこそ、こういったことはきちんと指導する必要があります。そのような指導がなされていないように感じたことが残念でした。先生方も経験がないことかもしれません。ならば子どもたちと一緒になって学べば良いと思います。ぜひ、そういった視点で取り組みを改善していってほしいと思います。

英文を読んで考えを英語で書かせる授業についての相談を受けました。
子どもたちは日本語を英語に翻訳しようとするのですが、何とか自分の頭にある考えを直接英語で表現させるようにしたいというのです。言わんとすることはわかります。考えを日本語にして翻訳するのであれば、それは与えられた日本語の文を英訳するのと何ら変わりはありません。昔からある単なる英作文の授業になってしまいます。
まずはもとになる英語の評論や意見文を読む時点で、細かく訳するのではなく、筆者が言いたいことはどこに書いてあるか線を引かせる。その根拠となっているところは別の色で線を引かせるといった作業を行わせ、子ども同士で確認させたりします。それをもとに、自分の考えは賛成なのか反対なのか、その根拠についてはどう思うのかといったことをその英文を抜き出してまとめていきます。そのワークをもとに作文をさせることを提案しました。考えのもとになる英文があることで、その英文を使って文を作ることができると思うからです。この程度の工夫ですぐに変化が表れるかどうかはわかりませんが、子どもたちがどのような反応を示すか楽しみにしたいと思います。

夏休み明けで、しかも台風で休校の翌日でしたが、子どもたちのよい姿が見られたことをうれしく思いました。
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