道徳で、子どもたち自身の問題として深く考えさせる

小中一貫校の中学校で授業アドバイスを2日間行ってきました。
昨年度と比べて、全体的に子どもたちが授業によく集中するようになったように思います。先生方が授業規律を意識していることや、グループ活動を意識して座席を男女市松模様にしていることがよい結果を生み出しているように思いました。

9年生(中学3年生)の道徳は、「人との接し方」という読み物を利用したものです。電車で優先席に座っているチャラチャラした感じの高校生くらいの女の子が、足の不自由なおばあさんに席を譲らないので、隣に座っていたおばさんが見かねて席を譲るように注意をします。それを見て主人公が考えるお話です。

最初に「人との接し方」という読み物のタイトルを板書し、修学旅行で公共交通機関を利用したことを思い出させ、思いやりのある人はどんな人かを問いかけます。こういった問いは、道徳では授業者が何を求めているのかを子どもたちが予想するので、注意が必要です。子どもたちはなかなか反応しませんでしたが、何を答えるべきか授業者の意図を計りかねているようにも見えました。子どもの本音を引き出したいのであれば、とりあえずまわりとしゃべらせて、どんな意見が出たかを聞いた方がよいように思います。

資料を配り授業者が範読します。子どもたちは手元の資料を見ながら聞いていますが、中には、すぐに自分で終わりまで読んでしまい、手持ちぶさたにしている子どももいます。
足の不自由なおばあさんに女の子が席を譲らない場面でいったん止めて、内容を確認しました。女の子役とおばあさん役を選んでその様子を再現させます。状況を把握したり、登場人物に感情移入させたりする方法です。この様子を見ている主人公の気持ちになって、「どんなこと思う?」「じゃあ、女の子は?」といった問いかけをして感情移入させるのかと思いましたが、授業者は状況を解説してすぐに先に進めました。おばあさんや女の子、主人公の心の声を子どもたち言わせても面白いかもしれません。内容の把握だけであれば、中学生ですからあまり必要のない場面のように思いました。

登場人物の気持ちを個別に問いかけながら丁寧に進めますが、子どもたちは資料を見たままで聞こうとはしません。自分の問いにはなっていないのです。読み取りが目的ではないのでここにあまり時間をかける必要はないと思います。資料を配らず、不要と思われる描写は省略して、確認すべきこと強調すべきことをその場で板書しておくなどして時間短縮を図るとよいでしょう。「女の子に席を譲るように声をかけたおばさんは思いやりのある人と言えるか?」という、本題に入るまでに15分を使いました。

子どもたちに自分の考えをまとめさせて、グループで意見を聞き合います。隣に座っているのだから自分が席を譲ればいいと言う意見も出てきます。実話だから仕方がないのですが、隣に座っている人が注意をするのでは今一つ説得力がありません。この時点でおばさんに焦点を当てるとちょっとずれていくような気がしました。

活動を止め、黒板に引いた思いやりが「ある」「ない」を両端にした線分上の位置で自分の考えを示させます。全員に記名されたマグネットを貼らせます。この後、それぞれの考えを聞きます。ハッキリと「ない」に置いた子どもの「自分の席を譲ればいいから」という意見を聞いて、多くの子どもが納得します。
実はこの話には続きがあります。涙を流しながら女の子は席を立ち、足を引きずりながら次の駅で降りていったのです。しかし、その場にいた主人公はそのおばさんのした行為は必ずしも悪いことだとは思いません。周囲の思いを代弁しておばさんなりの良心に従って行動した、無関心・不干渉の現代では意義のある行動だと感じたのです。このことで主人公は「思いやりを持って接するのはどういうことか」を考えるというものです。

席を譲るようにいったおばさんに対してどう思うかについては、あまり時間をかけて考えさせなくてもいろいろな意見が出たと思います。全体で意見を聞きながら、おばさんが席を譲ればいいとう考えには「もし、おばさんが立っていたらどう?」と返したり、女の子に関しての意見には「もし、女の子がチャラチャラしていなかったら意見は変わる?」といった問いかけをしたりしておいて、早く先に進めばよかったと思います。

女の子が降りていったところまでの続きの資料を配ると、子どもたちはすぐに読み始めます。資料は配らずに話を聞かせて、子どもたちの反応を見たいところでした。
女の子があわてて逃げるように降りていった理由を指名してたずねますが、もし女の子の気持ちに寄り添わせたいのであれば、「あなたがその女の子だったらどうする?」とたずねてもよかったかもしれません。「私は足が不自由ですと主張する」という意見が出れば、「この女の子はできなかったんだね?なぜ?」と返すといったことをすればよいと思います。
授業者は登場人物の気持ちや行動の理由を問いかけますが、子どもたちは客観的に答えます。状況を理解させるためだけに問いかけるのであれば、授業者が解説してもよいと思います。登場人物と同化してほしいのなら、それを意識した問いかけが必要だと思います。この使い分けを意識すると子どもたちに考えさせたいことが焦点化できると思います。

ここで、思いやりを持って接するとはどういうことかを考えさせます。グループで共有して出てきた意見をまとめて、黒板に貼りだしました。似たような意見をまとめて全体で共有しますが、相手のことを思いやる、人を見た目で判断しないといったものがほとんどです。この読み物に出会わなくても、子どもたちから出てくる言葉です。問題は、それを子どもたちがどう実践していくかです。ここから深めていくのが大切だと思いますが、数分しか時間は残っていません。最後に主人公の思ったことを読んで授業は終わりました。

「女の子の足が不自由だったけど、おばさんは思いやりのある人なの?ない人なの?」ともう一度おばさんについて問いかけ、「見た目通りの健常者だったかもしれないね?それで、おばさんの評価は変わるの?どうすればよいの?」といったことに時間を取りたいところでした。相手のことを考えれば、何も言えないという子どもがいるかもしれません。実際には私たちでもそういう行動をとりがちです。答が簡単に出ない問いを考えさせ、多様な意見に触れさせることで心が耕されるのではないのでしょうか。

授業後、授業者と子どもに深く考えさせるために必要なことについて話し合いました。どの登場人物のどの時点の気持ちに焦点を当てるのか、どう揺さぶっていくのかが授業設計で大切になることを確認しました。この教材では、「主人公」「おばさん」「女の子」「まわりの人」の「おばあさんが乗ってきた時」「おばさんが注意した時」「女の子が足を引きずって降りた時」の気持ちのどこに焦点を当てるかです。このマトリックスを整理して焦点化したいところと揺さぶりを考えることで、授業展開が見えてくると思います。
子どもたち自身の問題として深く考えさせるためにどうすればよいかについて、私もいっしょに考えることができました。よい学びの機会となりました。

この続きは次回の日記で。
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31