若手の音楽の授業で進歩と課題を感じる(長文)

前回の日記の続きです。

7年生の音楽の授業は、魔王の鑑賞でした。
授業者は前回と比べると、子どもを見ることやほめることを意識していました。指摘されたことを素直にやってみる姿勢は、今後の成長を期待させます。

挨拶や話をする場面で、子どもたちの視線が上がるのを待つことができるようになっています。以前より子どもたちが授業者に注目するようになっています。
教科書を開くように指示をしますが、子どもたちの動きが遅いことが気になります。こういった動きの遅さがどの授業でも見られるのは、先生方が早くすることを求めた働きかけをしていないことも影響していると思います。言われないのでそれでよいと思う、いわゆるヒドゥンカリキュラムです。「早くしよう」と声をかけ、動きの早い子どもを認める、ほめることが必要だと思います。

最初に教科書を開くようにと指示します。この日は時間割の関係なのでしょうか、教科書を忘れている子どもが多かったのですが、隣の子どもが教科書を見せようとしない、隣の子どもに見せてもらおうとしない姿が目につきます。人間関係が気になる場面です。授業者はそういった子どもたちに声をかけて見るようにうながすのですが、変化のないペアもいくつか見られました。しかし、授業者はそれ以上の働きかけはしませんでした。進度が気になるとは思いますが、ここはもう少し粘りたいところでした。

この日の授業は魔王という曲を鑑賞することだと伝えてから、魔王に対するイメージを聞きます。何人かの子どもがつぶやいてくれますが、顔が上がらない子どもも目に付きます。授業者はつぶやきを拾うのですが、それを全体に広げることができません。結局、授業者が魔王について説明を始めますが、子どもたちの視線は上がらないままです。ここまで教科書を見る必要がない場面が続きますが、先ほど開いたページを眺めている子どももいます。教科書を見る必要があるタイミングで開かせるといった、子どもの顔を上げさせることを意識した進め方を工夫することが必要です。

作曲者のシューベルトについて教科書の写真を見るようにと指示してから説明を始めますが、教科書を見せてもらっていない子どもは黙って下を向いているか、授業者の方を見ています。授業者が見せ合うようにとうながすと、教科書をちょっと真ん中の方にずらしてそっぽ向く子どももいます。気になる場面です。
続いて、教科書を持っている子どもにはペンを持たせ、授業者が読み上げながら大切なところに線を引かせます。教科書を持っていない子どもがますます参加できません。せっかく電子黒板があるのですから、これを活用すると教科書を頼らずに進めることができたと思います。また、知識面も大切ですが、線を引かせて覚えさせようというのはちょっと違うと思います。授業の流れの中で、子ども自身が大切だと思ってくれるようにしたいところです。
結局、教科書を忘れた何人かの子どもは、隣の教科書を見ることもなく、全く授業に参加しないまま時間が過ぎていきました。

シューベルトとゲーテ、魔王の登場人物の確認をした後、黒板に注目させます。子どもたちの顔が上がるまで待とうとしますが、徹底はできません。授業者が子どもたちに何を望んでいるのかを伝え、それができた子どもを認めてほめるといった、徹底するための方法を意識することが大切です。
黒板にはあらかじめ、めあてやこの後の説明に必要な情報が書かれています。最初から見える状態であるのもちょっと気になります。電子黒板を使って必要な場面で初めて見せるといった工夫をしてほしいと思います。
この日のめあては、「詩の内容を理解してそれを音楽でどう表現しているのか聞き取ろう」です。ここで注意をしなければいけないのは、音楽の授業で大切なのは、詩を理解することではなく、音楽としてどう表現しているかを考え理解することです。

まず、教科書にある詩の日本語訳の朗読を聞かせます。詩の内容を理解するためですが、内容そのものはそれほど難しいものではありません。自分で読めばわかると思います。それを朗読で聞かせるのですから、朗読と歌曲の違いを意識させたいところです。
子どもたちは、教科書を見ている者、見ずに聞いている者、ボーと聞き流している者に分かれます。授業者は子どもたちにどのようになってほしかったのでしょうか。求める姿を意識することで指示や課題が変わってきます。例えば、歌曲の表現との違いを意識させたいのであれば、まず詩を一読させて内容を把握させ、その後、朗読の工夫を見つけることを目標にして聞かせるとよいでしょう。子どもたちの聞く姿勢が変わると思います。

朗読が終わって、授業者は「どうだった?」と問いかけますが、反応はあまりありません。何を答えていいのかわからないからです。教科書を閉じさせて質問を始めます。「登場人物4人、言える人?」と聞いていきます。かなりの数が上がりますが、授業者は「3人なら言える人?」「2人なら?」と何とか全員参加をさせようとしています。よい姿勢だと思います。
3人なら言える、2人なら言えるといった子どもを指名していきます。先ほどの確認場面で、全員挙手をしたからでしょうか。子どもたちの顔は上がっています。授業者は語り手に気づけた子どもを「すごい、すごい」とほめます。
続いてシューベルトの肖像画を見せて、「フルネームで言えない子?」と問いかけます。困っている子どもにスポットを当てるのもよい方法です。「わからない子ども」とネガティブな表現を使わないのもよいと思いますが「言えない」もちょっとネガティブに感じます。「姓だけなら言えるという人?」といった表現がよいかもしれません。手を挙げなかった子どもたちに、「教えてあげて」と全体で言わせましたが、「まわりに聞いてごらん」と直接かかわらせたいところです。以前と比べると、子どもとのやり取りがうまくなっていたのはよいと思います。しかし、登場人物や作曲者の確認に多くの時間を使うことが必要だったどうかはちょっと疑問です。結局、詩の内容の確認は登場人物だけで終わってしまいました。

ワークシートを配ってから、課題を説明します。曲を聞いて、登場人物ごとに旋律や表現の特徴を書き留めるというものです。どんな風な声がするかといったことに注目するようにと補足して、ビデオを見せます。楽曲における旋律や表現の特徴と言われても何を言えばいいのかそれほど明確ではありません。まず、今まで学習した曲の特徴を思い出させたり、表現にかかわる音楽用語を確認したりといったことを事前に行ってから聞かせた方がよいでしょう。

ビデオは歌詞の訳も同時に出てくるので、子どもたちにとって聞きやすくなります。ICT機器はこういった場面で威力を発揮してくれます。子どもたちは顔を上げてよく聞いていました。聞き終ってからワークシートに書き込むのですが、授業者が「魔王と子どもの特徴が聞いてみてわかるね」と説明します。すでに書き込み始めている子どももいますし、あまり有効な情報でもありませんので、ここは黙って集中させてもよかったでしょう。すぐには手が動かない子どもも目立ちます。授業者は時間を空けずに、1回ではよくわからないからと、もう一度聞かせます。しかし、まだ書いている子もたくさんいます。聞きながら書くようにと指示しますが、途中の子どもはそのまま書き続けていました。ちょっと2回目が早すぎるように思いました。また、聞く時の視点がはっきりしていないまま聞いてもあまり状況は変わりません。ちょっと時間を取ってから、リズム、声の高さといった音楽用語と関連づけて視点を共有するとよかったと思います。

2回目を聞き終った後、手が動く子どもはあまりいません。2回目に聞いている時に続きを書き終ったのでしょう。また、手があまり動いていなかった子どもは今回も同様です。2回目の意味はあまりなかったようです。
書き終わってワークシート裏返している子どもがいます。授業者がそれを見ようとすると奪い返そうとします。子どもたちの自信の無さや間違えてもいいという安心感がうすいことが表れているように思いました。

魔王という曲がどのような感じだったかを確認します。挙手で進めますが、書いていても挙手をする子どもはまばらです。やはりこの授業でも同じです。指名した子どもは、「落ち着いた感じ」と答えます。授業者は板書しながら、自分の書いていない答があったら書き足すように指示をします。これでは、授業者の板書が常に正解ということになります。書き足させるにしても、「なるほどと思ったら書き足してもいいよ」といった指示にすべきでしょう。

授業者は魔王の「最初と最後の違いに気づいた人?」と問いかけます。言われて気づける子どもはよいのですが、そうでなければ確認のしようがありません。もし授業者から出すのであれば、1回目の後で問いかけ、気づいた人がいるかどうかの確認だけをしておけばよいでしょう。意識して聞けばわかるはずです。音楽や動画は聞いたり見たりした後に消えてしまいます。そのため、確認する場面がないと自分で気づくことができません。このことを意識して授業を組み立てることが必要です。ビデオにチャプターをつけておくなどして、最初と最後だけでも再度聞かせたところです。

指名した子どもの声が小さかったので、「いいこと言ったね。(みんな)聞こえた?」とほめ、子どもたちの注意を喚起してから、もう一度言わせます。よい対応です。「はじめは静かで誘っている、最後は力ずく、怒っている」と答えました。授業者は板書をしてくり返しながら、「声が変わっている」と付け加えました。ここは、すぐに板書せずに、「同じように感じた人いる?」と子ども同士をつなぎ、たくさんの言葉を引き出したいところでした。
続いて子どもについて聞いていきます。「こわがっている」という答が出てきます。それを受容してそのまま板書しましたが、それを音楽的な表現に置き換えさせたいところです。次に指名した子どもは、三連符で細かいと音楽用語を使って説明します。「三連符まで気づいてくれた」とほめましたが、「子どものところのピアノの伴奏が……」と言ってすぐに板書します。ここは、他にも気づいた子どもを確認して同様にほめ、その上でピアノの伴奏を全体でもう一度聞いて確かめるとよかったでしょう。
授業者は子どもも魔王と同じでどんどん変わっていくと言って、子どもたちからその変化について考えを引き出そうとしますが、これはなかなか難しいことです。子どもの部分だけを抜き出して聞く、この視点でもう一度聞くといったことをしないと子どもからは出てこないでしょう。テンポ、大きさ、強さ、声の調子などの視点をあらかじめ与えた上で、聞かせ、「テンポは、最初と最後でどうだった?」というように問いかけると気づきやすかったでしょう。
子どもたちに反応がないので、授業者は「切迫」という言葉で説明を始めます。子どもたちにとってはピンとこない言葉だと考えて授業者が説明をしますが、切迫の言葉の意味について話して終わります。音楽的にどのような表現が「切迫」かを子どもたちに気づかせる場面がほしいと思います。

続いてワークシートの次の課題に移ります。ここで三連符について扱うのですが、「三連符の意味はわかるね?」と確認をします。挙手に頼らず指名してメトロノームに合わせて三連符を手で叩かせます。それに合わせて手を叩く子どももたくさんいたので、ここは全体で確認するとよかったと思います。三連符を聞いてどう思ったかが、課題ですが、先ほど三連符に気づいた子どもがいたのですから、そこで取り上げればよかったと思います。
授業者はここで、三連符の効果を確認するためにピアノで三連符の部分を4分音符にしたものと両方を演奏して比較させます。比較することで効果がはっきりわかりますのでよい対応だと思います。子どもたちは比較的よく集中していましたが、中にはボーとしている子どももいます。演奏を繰り返す前に一度発表させて、その意見を確認するためにもう一度聞かせるということをすると、もう少し集中したと思います。
子どもたちは演奏を聞いても、手がなかなか動きません。どう思ったかといった問いは何でも書けるので答えやすそうですが、かえって何を書いてよいのかわかりにくいものです。「どういう状況、情景を表現しているか」と具体的に聞いた方がよかったと思います。
授業者はヒントと言って「情景を思い浮かべてください」と説明を始めます。ヒントという言葉は、授業者が正解を持っていることを暗に意味します。「先生の求める答探し」につながるので、避けたい言葉です。
授業者が情景の説明をしている間、子どもたちの顔が上がりません。子どもたちは、情景そのものは理解していますから聞く価値があまりないのです。子どもたちの集中力が落ちていきます。相談させた方がよかったように思います。

最後にラインハルトの魔王を聞いてシューバルトのものと比べます。今度はCDなので歌詞はわかりません。そこで授業者が歌に合わせて歌詞を簡単に説明しますが、かえってじゃまな気がします。ストーリーはわかっているので、音楽からその表わす情景は読み取れると思いました。
この課題に対して興味がないのでしょうか、寝ている子どもや髪をいじっている子どもが目立ちます。子どもたちが興味を持つような工夫が必要だったようです。

鑑賞にはいくつかの方法がありますが、詩から自分ならどんな音楽的な表現をするかを考えさせるというのも一つです。それぞれの登場人物ごとに、テンポ、大きさ、強さ、声の調子などの視点でどのように表現するか考えてから、曲を聞くのです。自分と同じ、違うといったことから、作曲家の工夫に気づくことができます。聞き比べも、「どちらがあなたの考えた表現に近いかな?」とすると、興味を持ってくれるかもしれません。

三連符についてと聞き比べについての発表は、次回に持ち越しました。音楽を聞いて時間が経つと印象が薄れますので、できればこの時間で聞き合えるとよかったと思います。
次回ワークシートを持って来るようにと念を押す場面で、ちょっと間を置き子どもたちの顔が上がるのを待つことができていました。ここで一言ほめることができるとなおよかったでしょう。

子どもたちを受容することや、ほめることができる場面が増えて、授業規律も以前よりよくなっています。こういった進歩を目にできることはとてもうれしいことです。
次回どのような進歩をしているか楽しみです。

この続きは次回の日記で。
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