子どもたち一人ひとりを大切にすることと先生のかかわり方

昨日の日記の続きです。

8年生の国語の授業は学級を2つに分けての少人数の同時展開でした。授業者の一方は若手、もう一方はベテランの方でした。
説明文を事実と考察に分けて捉える場面で、同じ指導案によるものでした。

本文には2つの事例が挙げられています。子どもたちを2つに分けて、どちらの事例を担当するかを決めます。同じ担当同士で4人か5人のグループをつくって、相談しながら各自のワークシートにまとめます。続いてグループを解体し、それぞれの担当が半分ずつのグループに再編して聞き合い、他の担当の部分を自分のワークシートにまとめるという流れです。

若手の授業では、数人の挙手で授業が進んでいきました。子どもの発言を受けてすぐに自分で説明します。
ワークシートについて、あらかじめ板書したことを使って説明しますが、どうしても黒板を見てしゃべることが増えてしまいます。もちろん子どもたちの方を向きはするのですが、首があまり動きません。死角が大きく、子どもたちと目が合うことが少ないことが気になりました。授業者の一方的な説明が続くので、次第に子どもたちの身体が揺れてきます。集中が切れ始めているのです。段落が「事実」と「考察」に分かれていることの説明の途中で、「考察」という言葉がよく使われる教科があると問いかけます。数人が「理科」と反応しますが、それを他の子どもに確認したり、理科ではどういうことなのかと聞いたりはしません。すぐに、自分で説明します。子どもたちが考えたり、何か活動したりする場面が作業に移るまでほとんどありませんでした。
グループにする前に、個人でワークシートを埋めていきます。作業が始まってすぐに、子どもから質問が出てきます。この質問に対して教室の前で全員に説明します。しかし、子どもたちはほとんど顔を上げませんでした。
机間指導をするのですが、明確な意図を持って動いているようには見えません。ただ何となく机間指導をするのであれば、誰の手が動いている、動いていないといったことを全員の手元が見える位置からしっかりと見て、子どもたちの集中度を見たり、支援の必要な子どもを見つけたりすることに専念してほしいと思いました。

ベテランの授業では、個人作業もグループで行いました。グループごとに担当の確認をし、ワークシートの説明を再度します。他のグループはすぐに動かずしばらく待っていましたが、とりあえず作業を始めました。しかし、授業者がしゃべりながら各グループのところへ来るので、あまり集中できません。どうしてもざわざわします。授業者が一通り回り終わって、やっと落ち着きました。
子どもたち一人ひとりの状況がとても気になるのでしょう。授業者は子どもたちに個別に声をかけアドバイスします。子どもたち一人ひとりを大切にしたいという気持ちがよく伝わる対応です。しかし、授業者が個別に対応することで子ども同士のかかわりを断つことになってしまいます。せっかくグループで活動しているのですから、困っている子どもを見つけたら、他の子どもにつなぐようにすることを意識してほしいと思います。いちいち先生が教えなくても、子ども同士で聞きあえる関係をつくることが大切なのです。
子どもたちが作業している時に、つい補足の説明をします。しかし、子どもたちは自分の作業の方を優先しています。中には授業者の話は聞かずに隣と相談している子どももいます。どうしても伝えなければいけないことであれば、いったん作業を止めてから話すようにしなければいけません。また、作業中であれば顔を上げて話を聞かなくてもよいと子どもたちに教えていることにもなります。板書を写していれば顔を上げて先生の話を聞かなくてもよいと思うような子どもになってしまいます。

若手の授業のグループでの意見交換の場面では、子どもたちがグループ隊形になる時の動きが気になりました。とても重たいのです。話し合うことが楽しくないように見えます。
グループになっても個人作業を続けている子どもが目立ちます。単に友だちのワークシートを写している子どももいます。授業者は、あるグループに対して、回し読みではなく、みんなで声を出して読むように指示をします。が、いずれにしても結果を共有するだけです。事実として何が書いてあるか、いくつあったかといったことを出し合って、本文のどこに書いてあるかを確認し合うといった、方法を教えることが必要のようです。
グループの活動中に個人と話をします。他の子どもは全く無関心です。この学校では、子ども同士の関係を断つ方向に動く先生が目立ちます。
5人のグループでは、子どもが3:2に分かれていたり、お誕生日席の子どもが孤立していたりする姿が目立ちます。やはり、5人というのは全員でかかわり合うのが難しいようです。
教科書を使って説明している子どもは見当たりません。根拠をきちんと示すことをしていないのです。
授業者は、途中でそれぞれに事実がいくつあったかを提示します。これでは、子どもは答探しを始めてしまいます。子どもに疑問を持たせて考えるように仕向けることが大切です。数にこだわるのであれば、途中でいくつかあったかだけを中間発表させて、その上でもう一度グループに戻すといった方法があります。数が分かれれば、どれが正しいだろうかと疑問に思い、考えようとするはずです。
新しいグループでそれぞれの担当したところを伝え合います。一生懸命に伝えようと顔を上げて話をしている子どもがいますが、自分の答を説得しようとテンションが高くなっていることが気になります。中にはその圧力から逃れようとするため体を引いてしまう子どももいます。一方自分のワークシートを見て読んでいる子どももいます。こういう場面で、どういうことを意識するといいのかが、きちんと子どもたちに伝わっていませんでした。
ここで授業者が、友だちの話を聞いてまとめるためのワークシートを渡し忘れていたことに気づいて、あわてて配りました。先ほどまで顔を上げて聞いていた子どもの顔が一気に下を向いてしまいます。悩ましいところです。まず、話を聞いてからワークシートにまとめさせるといった方法もあるでしょう。必要に応じてメモを取ってもよいのですが、基本は相手を見て話を聞くようにします。まとめる時に聞き洩らしたこと、よくわからなかったことをたずねることにすれば、子どもたちのかかわりが生まれやすくなると思います。

ベテランの授業では、説明文を読む時に事実とそれをもとに考えたことに分けて読むとわかりやいことを最後にまとめます。この時、子どもたちの顔があまり上がらないことが気になりました。中には片づけ始めている子どももいます。まとめは授業者ではなく、子どもたちに言わせたいところでした。

説明文の授業としては、全体の構成から事実と考察の位置づけを考えさせるとよかったと思います。「筆者が言いたいことは、どこだろう?」「そのことを相手に納得させるために何を書いているのだろう?」といったことを整理しながら、説明文を読むための力をつけるのです。この文章を理解することを通じてどのような力をつけたいのかを意識して授業を組み立ててほしいと思います。

子どもたち一人ひとりを大事にしたいという思いを先生方から感じます。特にベテランの方の机間指導の様子は、その思いがあふれるものでした。だからこそ、先生が個人の子どもにかかわりすぎると、その子どもとまわりの子どもの関係を断ってしまうことに気づくことが必要です。お二人は私との話の中で、そのことに納得してくださったようです。子どもたちが、互いにかかわりながら学べることを意識することをお願いしました。
次回の訪問時に、どのような変化を見せていただけるか楽しみです。

この続きは明日の日記で。
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