第3回授業深掘りセミナー(その1)

2月に行われた第3回授業深掘りセミナーは、一宮市立尾西第一中学校教頭(当時)の伊藤彰敏先生の中学校国語、岩倉市立岩倉中学校長の野木森広先生の小学校理科の2つの模擬授業とそれぞれについての深掘りトークセッション、そして授業と学び研究所のフェローの後藤真一氏による「教育情報知っ得!コーナー」でした。

伊藤先生の国語の模擬授業は、写真を見せるところから始まります。ボルネオの川の流れにそって、一つずつ小さな小屋があります。これが何かを問います。テンポよく子ども役に答を聞いていき、その答に「上手に外す」「本当に外す」「ああー」といった言葉を返します。一気に雰囲気がほぐれます。正解は水上「トイレ」でした。「お上品に言うとかわや」と言って、川屋と板書します。ほかの漢字で書いてくださいと子ども役に指示します。「厠」という漢字は大人でも難しいものです。子ども役の皆さんも悩んでいます。伊藤先生は机間指導しながら○をつけていきます。実は子ども役の机には国語辞典が1冊ずつ置いてありましたが、ほとんどの方が引こうとはしません。「なぜ手元に国語辞典があるのでしょうか?」という伊藤先生の言葉にハッとします。「問題は、何も見ずに自分で解かなければいけない」という思い込みがあります。そういった思い込みを崩すための活動になっています。「辞典を引いてもいい」「いや、むしろ積極的に引け」と伝えているのです。

トイレの呼び方を子ども役に思いつく限り発表させます。「トイレ」「便所」「お手洗い」「厠」「化粧室」「はばかり」などが出てきます。板書はしませんが、「雪隠」という言葉もあることを示して、まだまだたくさんあることをさりげなく伝えます。
これらの言葉を「臭い」順に並べるのが次の課題です。「感覚でいいんだからねー」と、ここは気軽に答えられるように言葉を足します。これが国語とどのようにつながっていくのか、子ども役はちょっと不思議に思いながらも、おもしろいので意欲的に取り組みます。
子ども役に発表させますが、「便所」から始まって、最後「化粧室」まで大きな差がなく、まとまります。こういったイメージは結構共通なのですね。さあ、ここからが国語の授業です。伊藤先生は「感覚で感じたことを、根拠を持って言うことが国語」と、なぜこのような順番になったのかを考えさせます。
「漢字の持つイメージ」「古い言葉(ほど臭く感じる)」と意見が続きます。「べ、じょといった音があると臭い」という意見も出てきます。濁音の持つイメージを言っています。「今の言葉を聞いてわかった?もう一度言ってくれる」と子ども役に問いかけ、うなずいた方を指名します。反応を見て意図的に指名しています。その説明を聞いて、「納得という人?」と全体に問いかけます。子どもの発言をつなぎ、全体で共有していくという基本は外しません。
「なぜ、こんなにいっぱいあるの」と問いかけ、「うなずいてくれた○○さん」とやはり反応を見て指名します。「時代がかわる」という発言に「いい考え」と評価します。「わかった?OK?」と子ども役に確認して、「時代と共に言葉に臭いがついてくる」とまとめました。「わかった?」と軽い確認です。時代と共に言葉が変遷することを強く押さえません。この授業のねらいはここにはないということです。

トイレを表わすピクトグラム(絵文字)を提示して、言葉ではなく絵でも表わされることを示し、トイレは将来どんな言葉になるかを考えさせます。この課題は課題の要件をあまり満たしていません。「考えると言っていますが、何を根拠とするのか?」「評価の基準は何か?」「この課題を通じてどんな力をつけるのか?」が明確ではないのです。手がなかなか動かない子ども役もいます。ここで、「ヒント」と言って便器のメーカーに問い合わせた話をします。A社には、「トイレはトイレです」、B社には、「うちはもうレストルームという新しい言葉に変えています」と言われたそうです。カタログを見せて確認します(カタログを元にして考えた伊藤先生の創作?)。通常こういった「ヒント」という言葉を使うことは避けるべきだと私は考えています。「ヒント」は「正解」に対応する言葉で、教師が用意した正解への道筋に子どもを誘導するものだからです。とはいえ、この課題、正解があるようなものではありません。まさに、感覚です。「レストルーム」は「化粧室」と同じくトイレに別の機能を付加し、その機能を名前にしています。思いつかない子どもにはこういった「ヒント」を与えることで、新しい名前を考えることができます。実際にこのヒントが影響していると思われる「リフレッシュルーム」「癒し所」といった言葉が出てきます。確かに全員に自分の答を持たせるための有効な手段となっていますが、答の幅を狭めているとも言えます。この「ヒント」や「課題」の意味は、この後の展開を見ることで明らかになっていきます。

子ども役が考えた新しい言葉を発表させます。出てくる言葉は色々です。伊藤先生は板書する位置を、横文字(アルファベット)、カタカナ、漢字だけ、ひらがな(混じり)で分類し、それとなく上から順番に同じ仲間をまとめます。ここで、この課題やヒントの意味が見えてきます。考えた言葉そのものが大切ではなく、「語感」を意識して言葉を考えること、その結果「外来語」「漢語」「和語」が出てくることをねらっていたようです。答を出すことではなく、課題を考えること自体が目的だったのです。例え同じものを表わす言葉でも、一つひとつの言葉には「語感」の違いがあることを実感させたかったのです。語感を意識させるためには、例え誘導でも言葉が生まれてこなければ話になりません。だから、「ヒント」だったのです。
この授業は、次時以降で学習する予定の「外来語」「漢語」「和語」という日本語の分類を意識させ、それぞれが持つ「語感」を考えることにつながっていました。

最後に、「語感」を磨くためには読書が大切であることを伝え、椎名誠の「ロシアにおけるニタリノフの便座について」を紹介します。最初の写真にあった、カリマンタン(ボルネオ)のレストランでの水上トイレのエピソードを読み上げて終わりました。授業と本の紹介が見事につながっています。伊藤先生の中に膨大な読書の蓄積があるからこそ、授業内容と連動した本の紹介ができるのです。
単に「語感」についてだけでなく、「わからない言葉は辞書引く、そのためにいつでも辞書を引ける状況にする」「子どもたちに読書をさせたい、そのために本の紹介をする」といった、日ごろ伊藤先生が国語の授業でどのようなことを意識し、大切にしているかを伝える授業にもなっていました。いたるところに、国語の授業はこういうことを大切にしてほしいという、参加した先生方や学生への伊藤先生のメッセージが込められていたように思いました。

深掘りトークセッションは、いつものように玉置崇先生(授業と学び研究所フェロー)の司会で進みます。パネラーは和田裕枝先生(豊田市立小清水小学校校長)、神戸和敏先生(授業と学び研究所フェロー)後藤真一氏(授業と学び研究所フェロー)と私でした。
今回、皆さんの感想は、伊藤先生の授業の構成力やその進め方の素晴らしさに集中します。私は、前回の佐藤正寿先生の模擬授業への伊藤先生のコメント「電車道の授業」(「第2回授業深掘りセミナー(その1)長文」参照)をそのままお返しました。子どもの言葉を活かす授業では、子どもの反応によって授業の方向がぶれたり、そのための修正に苦労したりします。時には、全く違うところに行ってしまうこともよくあります。今回の伊藤先生の授業は、子どもが自由に考えを言ってもすべて想定内に収まるような授業です。子どもたちを手のひらの上でコントロールしていて、まずハプニングは起きないものです。構成や発問が考え抜かれています。
玉置先生は、「どうすればこういった教材をつくれるのか?」、また、「こういった教材をつくろうと思うようになったきっかけ何か?」と伊藤先生にたずねます。「日ごろから授業を意識して目にする物、触れる物を教材として活かせないかと考えている」「有田先生の子どもたちが自分で考え追究するような社会科の授業(教材)を見て衝撃を受け、自分もなんとかあのような授業をしたい(教材を開発したい)と思った」という話をされました。今回は、玉置先生の問いかけに答える形で、伊藤先生自ら授業を深掘りしていただけました。

野木森先生の模擬授業と深掘りトークセッションについては「第3回授業深掘りセミナー(その2)」で。
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