幾何ツールの研究会で授業の奥深さを実感する(その1)

幾何ツールを使った中学校数学の授業研究会で、検討会の司会を務めてきました。この授業研究会の特徴は、一度授業を行って検討会をした後、それを受けてもう一度別の学級で修正した授業をすることです。授業者にとってはとても厳しく、参加者にとってはその変化からとても多くのことを学べるものです。

今年のテーマは九点円(三角形の各頂点から辺におろした垂線の足、垂心と頂点を結んだ線分の中点、各辺の中点の計9点を通る円がかける)を題材にしたものでした。
最初の授業では、辺の中点と垂心と頂点を結んだ線分の中点の6点が同一円上にあることの証明を一つのゴールとしました。6点のうちの4点を組み合わせた3つの四角形が長方形になることに気がつかせ、それを証明させようというものです。
授業者が問題となる図をスクリーンで説明をします。点の条件が示されますが、一つひとつをきちんと理解する前に次の点の説明となるので子どもたちはついていけないように見えます。また、なぜこのような点を取るのか、必然性がよくわからないため集中力が落ちているように感じます。この点を見てどんな図形なると問いかけますが、これでは答えようがありません。授業者は円と答えてほしいのでしょうが、点は点です。子どもの言葉を拾って、「円になりそう?」と全体に返しますが、一部の子どもはどういうことかちょっと戸惑ったのではないでしょうか。円になるのはどういう条件だったか聞きますが、「同一円周上に点がある」と正しく表現してほしいと思います。このように言葉を雑につかうことが、子どもの混乱を助長しているように見えました。

点が円周上にある条件を確認していきます。3点を通る円は、「点と点をつないだ線の垂直二等分線の……」と指名された子どもが説明しますが、授業者は「点と点をつないだ線分」と修正しません。子どもたちも言葉を雑に使っていることが気になります。「4つの点が同一円周上にある」を「4つの点を結んだ四角形がどうなるか?」と置き換えます。「内接する四角形になる」という答が返ってきました。これも、別の用語で置き換えたのですが、これに限らず子どもの発言を評価しません。四角形が円に内接する条件を確かめて終わりましたが、もう一度「4つの点が同一円周上にある」ことを言うには、「4つの点で作られる四角形の向かい合う内角の和が180°になる」ことが言えればいいと整理しておいた方がよかったでしょう。また、「特定の2点と他の2点を結んだ線分で作られる2つの角の大きさが等しい」というのもよく使われる条件ですから、四角形だけにこだわるというのはちょっと誘導しているようにも思えて気になりました。内接する四角形(向かい合う角の和が180°)になる四角形にどのようなものがあるかを問いかけ、正方形、長方形といった言葉を引き出し、iPadを使って長方形を見つけることを課題として提示しました。

ここまでの導入がかなり長かったため、子どもたちの集中力が落ちています。グループに一つのiPadで幾何ツールを使うことで子どもたちがどのように活性化するのかに注目しました。
子どもたちの動きは、思ったほど活性化しません。iPadを立てて使うグループが目立ちます。当然一部の子どもしか操作できませんし反対側の子どもは画面を見ることもできません。しかし、参加できない子どもはさほど気にしていないようすでした。子どもたちにとって、課題が自分のものとなっていない、この課題を解決したいと思っていないということなのでしょう。
「長方形を一つ見つけたグループがある」と紹介しますが、子どもたちはあまり反応しません。結果を知らされてもそれが自分たちの活動にどう活きるかよくわかりません。その後の見通しがはっきりしないので、次第に子どもたちの意欲が落ちていきます。続いて「もう一個みつかった」とみんなに知らせますが、長方形をたくさん見つけることが課題なのか、何を目指しているのかが子どもたちにははっきりしません。
授業者が「長方形になる証明をしてみよう」と課題を子どもたちに提示しますが、子どもたちにして見れば、全体の見通しがないまま次々に課題を与えられているだけです。子どもたちは幾何ツールを通じて自分の課題を見つけたわけではありません。授業者の指示に従ってただ問題を解いているだけなのです。最初からこの図を与えて、「長方形になることを証明しなさい」というのとほとんど変わらないのです。

子どもたちは、証明に取り組みますがなかなか手がかりが見つかりません。この前の場面で幾何ツールを使ったことがここにつながっていません。子どもたちは単に長方形となる四角形を見つけようとしただけで、各点はどのような条件ものか意識して活動はしていません。三角形を変形しても変わらない性質を見つけることも意識していないので、証明の手掛かりになるようなものを見つけていないのです。ワークシートにはあらかじめ図がかかれているので、ますます点の条件を意識しないのです。中には、自分で図をかくところから始めている子どもがいます。こうすることで課題の条件をしっかりと把握できます。こういった行動を評価したいところです。
授業者は机間指導をしながら、グループの中に入って話をします。授業者があまりかかわりすぎるとせっかくグループにした意味がなくなります。子どもたちに任せることが必要です。「だめだ!頭がまわんない」と声を出す子どもがいます。この子どもに対してグループの他の子どもがかかわりません。子どもたちが個別に問題を解いているといった状況です。グループである意味がよくわかりません。このような状態であれば、一旦活動を止めて、どこで行き詰っているのか、どんなことをやったのかといった過程を全体共有することが必要だったと思います。
授業者は、机間指導の合間に「いろいろ見えてきた」と声を出しますが、こういった曖昧な言葉はかえって子どもの思考を混乱させます。具体的にどこに注目しているといったことを伝えた方がよいでしょう。

指名した子どもに発表をさせます。説明中でキーになる三角形が出てきました。それをきっかけにいくつかのグループが動き始めました。説明を聞かずに自分で考え始めます。しかし、授業者はそのまま説明を続けさせます。とてももったいないと思いました。多くの子どもがゴールにたどり着いていない時には、いきなり最後まで説明させるのではなく、どの三角形に注目したといったことを発表させて、もう一度子どもたちに取り組ませるとよいのです。
何人かの子どもに説明をさせますが、証明の形で板書をし始めると多くの子どもが友だちの説明を聞かなくなってしまいました。結局先生の代わりをわかった子どもが務めただけで、答を教えられる授業になってしまいました。

この後の1時間の授業検討を経て、授業者は別の学級で再度同じ授業に挑戦します。いつもは、先生方に自由に発言していただきながら授業の課題を焦点化して改善へのヒントにするのですが、今回はこの手法だと指摘が拡散して授業者がどこを改善していけばいいかがはっきりしないで終わる危険性があります。司会者が方向性を事前に決めることはあまりしたくないのですが、あえて「この授業で数学としてどういう力をつけたかったのか?」「幾何ツールを使う意味はあったのか?」「グループで活動する意味はあったのか?」と3つの視点に絞って検討をお願いしました。授業者には反論をする機会を与えませんでした。論客ぞろいの参加者です。下手に反論してそこでいろいろと言われるよりも、まずいろいろな意見を聞いてもらい、答は次の授業で出してくれればよいと考えたからです。

「この授業で数学としてどういう力をつけたかったのか?」という視点では、九点円を題材として、「証明をするには何と何を証明できればいいという全体を見通す力(戦略)をつけるのか」、それとも「特定の4点でつくられる四角形が長方形になることを中点連結定理の応用としてきちんと証明するような力をつけるのか」という2点に集約されました。1時間の授業では時間が足りないので、すべてを証明することは無理でしょう。だからどちらかに絞ることになるというわけです。授業者はどちらかと言えば後者を選んだのですが、そうであれば九点円という題材が活かされ、課題が子どもたち自身のものになるような場面が必要だったのではないかといった指摘もありました。これは次の「幾何ツールを使う意味はあったのか?」という視点ともつながります。子どもたちは単に長方形を見つけるために幾何ツールを使っただけで、課題の発見や課題の解決には利用していません。子どもたちが何らかの発見をする道具として活かしたいという意見と共に、実際に幾何ツールで円をかかせてみるといった具体的な活用方法もいくつか示されました。とはいえ、短い時間で用意した図を大きく変更させることはできません。今ある図を活かすような活動がどのようなものかを考えることが求められます。
「グループで活動する意味はあったのか?」ということについては、子どもたちはグループ活動に慣れていないという指摘がありました。iPadを使う時に一部の子どもが独占していたことや、長方形になる証明の時に子ども同士がかかわり合っていなかったことからの指摘です。課題が自分のものとなっていないので、友だちと相談してでも解決しようという思いが弱かったとも言えると思います。かかわる必然性がないと言い換えてもいいでしょう。子どもたち自身の課題となることがカギになると思われました。そのために、「どういった場面で幾何ツールを使うのか」「そもそもこの授業で何をねらうのかといったことが改めて問われます。授業者は次の授業でどのような判断をするのか、非常に興味の湧くところです。

この続きは次回の日記で。
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