子どもの目線で授業を見直す

先週、私立の中高等学校で授業アドバイスを行ってきました。

子どもたちは全体的に落ち着いていて、笑顔も多く見ることができました。先生と子ども、子ども同士の関係もよいのですが、逆に上手くいっているために、先生方の授業改善の意欲が減少しつつあるように見えます。もちろん、色々と工夫をしている方もいらっしゃいますが、一方的な講義型の授業をしていても子どもたちがそれなりに参加してくれるので、問題だとは感じていない方が目立ってきているのです。そういう授業でも子どもたちは騒いだりはしませんが、かなりの割合で集中を失くしています。
今年度末から全学年でiPadの活用が始まります。これがよいきっかけになって、先生方の授業改善に対する意欲が復活することを願っています。

若手の国語の高校2年生の授業です。漱石の「こころ」で、Kがお嬢さんへの思いを私(先生)に告白する場面でした。
教科書には一部分しか掲載されていないからと、授業者がKの性格について一方的に解説します。本文の表現やKの行動を紹介して考えさせるのではなく、授業者の言葉(読み取り)で延々としゃべり続けます。情報量が多くて子どもたちが理解できていないのですが、それを感じて、すぐに同じようなことを別の言葉で言い換えます。子どもたちに理解させたいと思う気持ちが強いため、かえって余分な情報が増えて混乱させているのです。子どもが自分で考える場面が必要です。
説明し終わると、ワークシートを配ります。問いがB4用紙の裏表にびっしりと書き込まれています。これからは、この問いに答えていくことで授業が進んで行くようです。
問いに対して、一人の子どもが正解を答えると「そうだね」と言って、その何十倍も言葉を足して説明します。また、「おれが言ったことの中に答がある」という言葉を何度も使います。「私(教師)の求める答を探しなさい」と言っているようなものです。指名した子どもが期待した答を言ってくれないと、ヒントをいくつも言って無理やり答を誘導しようとします。子どもは授業者の説明がオーバーフローしていて、何を言われているのかよくわからないまま適当に答を言うので噛みあいません。本文をしっかりと読ませて、考える時間を与えることが必要です。
4択の問題では、その答の根拠になる文をわざわざヒントとして抜き出してありました。根拠となる文を見つける力をつけることが大切なのですが、その部分を一方的に与えているのです。指名した子どもが正解を選ぶと、授業者は正解とは言わないけれど実にうれしそうにその根拠を聞きます。根拠といっても、授業者が抜き出しヒントの一部分と選択肢の言葉が近いというだけです。授業者はそれを受けて、正解であると説明しますが、他の選択肢がどうであるかの吟味はしません。これでは子どもたちは授業者の与えたヒントをもとに正解探しをするようになってしまいます。
授業の大半が一方的な説明で、さすがに子どもたちは途中で集中力がなくなっていきます。授業者は、沈黙が怖いのでどうしてもしゃべってしまうと言っていましたが、子どもを信じて考えを持てるまで待つことが大切です。
授業者は子どもに文章を読み取る力をつけ、思考力をつけたいと語っていましたが、授業の実態と余りに乖離していました。子どもの目線で自分の授業を見つめ直すことが必要です。厳しいかもしれませんが、授業をICレコーダーで記録し、子どもになったつもりで聞いてみるようにアドバイスしました。子どもの立場で自分の授業を見ることで、何が問題か気づけると思います。

この続きは次回の日記で。

子どもの言葉を活かすためには、教師が解説をしない

研究指定を受けている中学校で授業アドバイスを行うことになりました。2学期の始めに1回目の訪問をしました。

授業研究に先立って、学校全体の様子を見させていただきました。小規模の学校で、子どもたちの雰囲気はとてもよいように思います。主体的に取り組ませよう、考えさせようという意識は先生方にあるのですが、見せていただいた授業は従来からの知識や解き方を教えて答を求めさせるという進め方です。主体的といっても子どもが単に活動することが中心で、どうすれば子どもたちが考えるのだろうという視点が弱いように思いました。
授業によっては一方的な指示が多く、確認もないので子どもが素早く動くことができません。教師がいつも指示をするのではなく、次に何をすればよいのかを考えさせる時間を取るとよいと思います。一問一答も目につきます。単に知識を問うのではなく、知識をもとに考える場面がほしいのですが、そういう場面が少ないのです。動画を見せる場面では、その内容について先生が説明していました。子どもは単に観客になっています。動画を見た後に何を質問すると事前に伝えることで、子どもはもっと集中すると思います。相談する場面では、テンションの高さが気になりました。子どもたちは授業を楽しんではいますが、学びを楽しんでいるのではないのです。活動を通じて何を学ばせたいのか、どんな見方・考え方を育てたいのかを持って意識してほしいと思いました。

授業研究は1年生の数学でした。1次方程式の応用の場面です。
最初に、「1次方程式と言えば?」と問いかけます。面白い問いかけですが、何を答えればよいのでしょうか。子どもたちはよい表情でしっかりと挙手をしますが、まだ参加する準備ができていない子どもがいます。すぐに指名しましたが、全員が参加できる状態を待ちたいところでした。指名した子どもは「〇x=b」と答えます。授業者は「こっちがbだったら?」と問いかけ、「ax=b」と修正させます。形式的な式にこだわらず、数人を指名する中で、「ax=b」という発言が出てくれば、それを取り上げて最初の子どもに「どう?」と問いかけてもよいでしょう。
1元1次方程式をどのように理解させるのかは意見が分かれますが、「ax=b」とパターン化していることが気になります。教師が求める正解探しから、授業が抜け出せていないようでした。用語にどこまでこだわるかは別として、「未知数(わからない数)が1つ」「未知数の次数は1次」「方程式だから等式なっている」といった言葉を出せたいところです。1元1次方程式が活用できるということは、これらの条件を満たす式で問題の条件が表わせるということです。こういったことを意識させないと、1次方程式の授業だから1次方程式を使うという発想になってしまいます。
この日のめあて「方程式を立てて、問題を解こう」を板書します。方程式を「立てる」という数学用語を使っていますが、定着しているのでしょうか。ちょっと心配です。この日は、方程式を立てることができるのが目標ですから、押さえておきたいところでした。
授業者はMさん(授業者をカリカチュアしたキャラクター?)を登場させます。お約束なのでしょう。子どもたちはよい反応をします。子どもたちを惹きつけるための工夫としてはよいと思いますが、できれば教材の中身で引き付けたいところです。
Mさんは80kgのマントをつけていて、50kgの仮面もつけています。最初の謎解きは、「Mさん6人分の体重と80kgのマントを合わせた重さは、Mさん1人分の体重と50kgの仮面を合わせた重さの4倍になった。Mさんの体重は何kgか?」というものです。
授業者はしゃべりながら問題を書きますが、子どもたちは問題を写す方を優先します。そもそも問題を写す意味は何でしょうか。「いいスピードで書けています」と評価して板書を音読させますが、まだ書いている途中の子どももいました。何となくで流すのではなく、全員きちんとできているかどうかを確認してほしいと思います。
問題を提示してすぐに自分で解かせますが、式を「立てる」ためにどのようなことが大切かということを、まず押さえておいて見通しを持たせることが必要です。問題文を書くのに「Mさん6人分の体重と80kgのマントを合わせた重さ」と「Mさん1人分の体重と50kgの乾麺を合わせた重さの4倍になった」に線を引き、その間の「は」を〇で囲んでいます。ヒントを授業者が与えるのではなく、ここに自分で注目できる力をつけることが大切です。授業者が誘導しようしていますが、そうではなく、この問題は1元1次方程式で解けそうなのかから考えさせたいところでした。
自分で解いた後、席を立って友だちを見に行くことをさせます。席を立たせると落ち着きを失くしやすいので注意が必要です。また、相談する相手が固定化されて、取り残される子どもが出てくる可能性もあります。そういったことがないように注意が必要です。できれば、今いる席のまわりで誰とでも相談できるようにしたいところです。
机間指導しながら、子どもたちの取り組んでいるノートを撮影します。「言葉の式を書いている人もいます」とノートを写して説明しますが、作業を止めないので、注目しません。一度作業を止めて注目させることが必要でしょう。
式を立てはじめた子どもが増えたところで、「方程式をつくるには何を文字に置くかです」と問いかけます。指名された子どもは「M一人分の体重をxにしました」と答えますが、なぜそうしたかを問い返しません。「同じ所を文字にした人?」と確認しますが、一人を除いて全員が手を挙げました。手を挙げなかった子どもはどうだったのかが気になります。結果ではなく根拠を共有してほしいと思います。また、授業者は黒板にx kgとkgを足しましたが、勝手に修正するのではなく、子どもたちに修正させたいところでした。
絵を描いた子どものノート写しますが、その絵の解説は授業者がします。それでは意味がありません。本人に説明させるか、他の子どもに本人に代わって説明させるといったことが必要です。子どもの考えをもとに進めているように見えますが、結局授業者の都合のよいものだけを拾って、自分で説明している講義型の授業になっているのです。
「は」は「=」と説明しますが、文脈を考えずにパターン化しています。これでは、思考力は育ちません。問題のパターンに応じた解き方を覚えさせているだけです。数学的な見方・考え方、どんな力をつけたいのかをもっと考えて授業を組み立ててほしいと思います。
子どもから「先生、これで合っていますか?」と声が上がります。正解の判定は教師がするものだという考えが子どもたちの根っこにあることがわかります。他の子どもとつなげたり、答が違っている時にどうやって考えればよいかといったことを問いかけたりすることが大事です。意見が違っていることを「いいね」と評価し、「比べながらどこが違うか見てごらん」と解決の方法を教えることが大切です。答が出たら本当に問題の条件を満たしているか確認するといったことも重要です。現実の問題に数学を応用する時は出てきた答が条件のすべて満たしているかを確認することが大切です。ある問題だけ、突然答として適当か確かめようとすることがありますが、そうではなく、いつでも確かめなければいけないのです。
子どもを指名して子どもの言葉で進めようとするのですが、常に授業者が確認、質問し、解説します。結局は教師主導型の授業なのです。
仮面と体重の4倍を4(x+50)ではなく、4x+50としてつまずいた子どもがいますが、「ここがひっかけというか、今回のポイント」とまとめます。この言葉は、問題を解くことは教師の意図を読むこと、教師の求める答探しというヒドゥンカリキュラムです。授業者は無意識で、子どもたちに解き方を教えようとしてコントロールしているのです。子ども同士、教師と子どもの関係はよいので、数学の授業でどんな力をつけるのかということを見直すことで、授業の質は大きく変わるのではないかと思います。

次回以降、具体的な授業改善につなげていきたいと思います。

数学におけるアクティブ・ラーニングのポイント

2学期に、高等学校の数学の先生対象の研修で講師を務めました。アクティブ・ラーニングをどのように進めたらよいかという内容です。

高等学校でもアクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び)に対する意識は高まってきているようです。参加者のかなりの方が挑戦しているようでしたが、数学では子どもたちがグループで問題を解く活動と考えておられる方が多いようでした。「できる子どもが教えるので、他の子どもが考えないのでなかなかうまくいかない」といった声も聞こえてきました。
数学でアクティブ・ラーニングを考える時のポイントとして、次のようなことをお話ししました。

・子どもたちのレベルに合わせた課題(仲間の助けが必要になる、相談したくなるようなもの)であることが必要
 そのためには、教師が子どもをしっかりと把握することが大切である。

・主体的に取り組むためには仕掛けが必要
 明確な根拠がなくてもよいので、まずは自分の立場を持たせるとよい。自分の考えが正しいかどうか意識することによって考えたくなる。

・正解を教師が解説しない
 教師の解説を聞けばよいと思ってしまうので、自分たちで取り組む意欲がわかない。受け身ではなく、子ども同士の説明で納得する場面が必要である。

・余韻が必要
 子どもたちは、説明を聞いてわかったつもりになっていることが多い。深い学びは、新たな疑問が出てくることや、もう少しと考えたいと思うところから生まれてくる。「もやもやする」「もう少し考えたい」といった言葉が聞こえてくるような授業を目指すとよい。

具体的に「鈍角三角形をハサミで2回切った図形を組み合わせて長方形をつくる」という問題をグループで取り組んでもらうことで、アクティブ・ラーニングを子どもの立場で体験してもらいました。
最初に何種類できるかを問いかけます。2通り、4通り、・・・とかなり意見が分かれます。中にはできないという声も上がりました。挙手で確認した後、グループで問題に取り組んでもらいました。数学の先生方でしたが、意外とてこずります。こういった問題は高校の授業や大学入試で扱わないからなのでしょう。1つ見つけたグループから声が上がります。それを聞いて、まだ見つかっていないグループの動きが活発になります。こういうところは、子どもたちと同じです。
すべてのグループで見つけるだけの時間を取れませんでしたが、発表してもらいました。実際の授業でも、よくあることだと思います。一つのグループの発表が終わった後、反応をする方がいました。その方を指名すると、先ほどの答をもとに別のやり方を見つけたと説明してくれました。発表者と聞いている者がつながりました。全員が解けることにこだわらなくても、このようにつながっていけば、どの子どもも授業に参加できます。
この他にもまだ何通りかあることだけを伝えて、この場面を終わりました。この問題に再度取り組む方がいれば成功ですが、どうだったでしょうか。この活動で、主体的に取り組み、他者とかかわりながら、考えを深めることを目指すというアクティブ・ラーニングのイメージを持っていただければ嬉しいのですが。

最期に評価についてお話しして終わりましたが、時間配分が上手くできず、予定した内容をすべてお伝えできませんでした。申し訳ないことをしました。
今回久しぶりに、私の専門教科の数学についてお話をすることができました。数学におけるアクティブ・ラーニングについて考えるよい機会となりました。このような場をいただいたことに感謝です。

科学的な見方・考え方を意識して実験に取り組む

前回の日記の続きです。

理科の授業研究が2年生で行われました。唾液によるデンプンの消化の実験です。
小学校の復習で、ご飯を口の中で噛んでいると別のものに変わったことをヨウ素液の変化をもとに調べたことを思い出させましたが、一部の子どもの発言ですぐに授業者が説明していきます。記憶がはっきりしていない子どももいるので、もう少し他の子どもにも発言させて確認させたいところでした。ご飯を食べている時に別のものに変わっている実感が子どもたちにないことを確認し、「まずは実感してもらう」と、用意した小さな餅(団子)を子どもたちに配ります。音楽に合わせてしっかり噛むことを指示し、餅を口に入れさせます。テンションがかなり上がりましたが、口に入れれば、しゃべることもできませんので落ち着きます。1分ほどしっかり噛ませて、どんな変化があったか、変化がなかったのかを問いかけます。子どもからは「おいしい」「甘かった」という言葉が上がります。授業者は「甘くなった」と言葉を変えました。「甘くなったという人?」「おいしかったという人?」と子どもたちをつなごうとしますが、「甘い」「おいしい」ではなく、「変化」したことをしっかりと押さえたいところです。「甘かった?最初から?」と問いかけ、子ども自身に「変化」を意識させたいところでした。
授業者は、他の意見も子どもから引き出そうとします。液体になったという発言もしっかりと板書をします。「変化あった?」と問いかけられた子どもは、「あまり変わらない」と答えます。授業者は「あんまり変わらないね」とこの発言も受容します。どのような発言も受け止めようするのはよい姿勢です。「味は主観的なものなので、中々難しい」と言ってから、「中学校では別のものというのは、こういう風に教えます」と言って、「糖」を天下りで出しました。「今やったように、甘くなった、変化した、しなかった、おいしい、まずいではよくわからないから、理科的には困ります」と説明して、「糖になったことを確かめよう」とこの日の課題を提示しました。

子どもの発言を引き出すための手立てとして餅を食べさせるというのは面白いと思います。発言を受け止めることもできています。しかし、子どもの発言を焦点化して、課題をつくることが上手くできていません。前提となることをきちんと整理し、小学校の知識ともうまくつなげる必要があります。
まず、餅はお米から作られていて、小学校で学習したデンプンであることを知識として押さえておく必要があります。その上で、噛んだ後変化した、しなかったと意見が分かれたことから、舌では変化がよくわからないこと確認します。甘いとい意見もあったので、甘いものに変化したかもしれないことを押さえ、糖になったと結論づけるのではなく、甘いものの例として「糖」を出し、もしかすると糖の仲間になったかもしれないという仮説を立てるのです。

どのように実験するのか、手順は授業者が天下りで説明します。デンプン溶液は2つ用意してあります。ここで、なぜ2つあるのかと問いかけますが、何を知りたいかという実験の目的で手順や実験内容は異なります。手順の説明に入る前に、このことをきちんと整理していないことがとても気になりました。唾液を入れたのと入れないのをつくるためと言うのですが、温度については小学校の時に温めたのでと何も考察せずに40度と指定します。比較実験を意識しているのですが、どの条件を変えて比較すべきかは仮説によって変わります。デンプンを噛めば糖になることを示すのであれば、先ほどの餅を噛む前と後で試薬を使って確認するだけで十分です。比較をする必然性もきちんと考えさせることが大切だと思います。
丁寧にやるには時間の関係で工夫が必要ですが、まず先ほどの餅をもとに、試薬の説明や糖になっているのかの確認を授業者が演示し、その上でどんな実験をするとよいか考えさせると面白いと思います。例えば、餅ではよくわからないので、どんな実験をしようと問いかけるのです。米粉を溶かしたデンプンを使う必然性が生まれます。また、失敗から学ぶことも大切ですが、失敗させる時間を取ることはむずかしいので、あらかじめ常温で実験をしてうまくいかなかったビデオを見せて、どうしようと考えるという方法もあると思います。上手くいかなかった原因を考え、仮説を立て、どんな実験をするのかを構想するのです。デンプンのせいなのか、時間が短かったのか、撹拌が必要なのか、唾液の量なのか、子どもたちから出てきたものをもとに実験をグループごとに考えさせ、それらの結果を集めて考察するのです。

授業者は実験の条件を同じにするために、唾液は全員のものを入れるように指示します。こういった実験全般に共通する注意を手順の途中にはさみます。このことは大切なのですが、手順の中で説明すると押さえが弱くなります。実験に関する共通の注意、比較実験であれば「条件をそろえる」「比較する時は条件を一つだけ変える」といったことですが、を最初に子どもたちに問いかけてまとめておき、その上で、実験を構想したり、手順をどうすればよいか、なぜこのような手順を踏むかを問いかけたりするとよいでしょう。

糖の検出の試薬としてベネディクト液を使いますが、授業者は実際に反応を見せずに口頭で糖があるとオレンジ色に変わると説明します。ビデオ等を使ってデンプンと糖との反応の違いをきちんと確認しておくとよいと思います。この時、糖として何を用意するかが問題です。子どもたちは糖というと砂糖しかイメージしませんが、ベネディクト液はショ糖(砂糖)とは反応しません。そこで、麦芽糖やブドウ糖などをいくつか用意して、代表者になめさせて甘いことを確認した後、それらで実験した結果をビデオで見せるとよいでしょう。中学校の範囲を逸脱するのでショ糖をどう扱うかは難しいところですが、ショ糖は反応しないことを実験で押さえておいてもよいかもしれません。

手順に沿って、注意事項もその操作といっしょに説明するので説明が長くなり、子どもたちは長時間受け身の状態が続きます。よく集中していたのですが、さすがに集中が切れてくる子どもが出てきます。説明が終わると子どもたちは一斉に体を動かしました。それだけ受け身の状態が続いていたということです。
子どもたちは素早く実験に取りかかりますが、注意事項が多かったため、徹底できていません。試験管を突沸させてしまうグループもありました。また、温度計は使うたびに洗うことを指示していませんでした。唾液が混ざってしまう可能性もあります。授業者は途中で気づいて指示をし直しましたが、授業者自身も注意が多すぎて整理できていませんでした。
子どもたちの集中力を考えると、実験の流れを説明して全体像をつかませてから、注意事項を説明するとよいでしょう。ディスプレイにスライドで実験の流れを映しておいて、注意事項をその横にポップさせておくといった工夫をすれば分かりやすくなると思います。口頭だけではなく、視覚に訴えることも意識するとよいでしょう。注意事項ごとにその場面をビデオで見せるといった方法もよいと思います。

一度実験をした後、比較実験を意識して、デンプンの種類、温度など、自分たちで条件を変えて実験をさせます。しかし、その必然性がありません。条件を変えることで何を知りたいのか、何がわかるのかといったことを意識させることが必要です。子どもたちが思考する場面がほとんどなく、実験という作業に終始してしまいました。

実験終了後、グループを混成にして何を変えてその結果どうなったかという実験結果を共有しますが、子どもたちは互いの結果を写しているだけです。条件を変えた意図、実験結果から何がわかったということを共有して、それをもとに何が言えるかを話し合わせたいところでした。
もとのグループに戻り、個人で考察を書かせた後、個別に発表させます。最初に指名した子どもは「唾液を入れたものはベネディクト液でオレンジ色になったので、糖に変わった」という事実を発表してくれます。子どもたちは授業者が板書をするとすぐにそれを写します。発表をもとに考えを深めるという経験を日ごろからしていないことがわかります。結果、結論だけが重視されていることが気になります。続いて、それ以外に何かないかとたずねると「デンプンは唾液によって糖に変わる」ということが出てきました。授業者は、それを軽く流してしまいます。これらの発言は、もっとていねいに扱う要があると思います。「唾液を入れれば糖に変わるの?絶対?」といったやり取りが必要なはずです。というか、条件を変える実験の前にこのやり取りをするべきなのです。そのことを確かめるために実験をするのですから。

この授業をつくるために予備実験を含めてずいぶん時間をかけたようです。条件を変えて比較実験をするなどの工夫も見られるのですが、科学的な見方・考え方として何を大切にするのかが明確になっていません。実験をする必然性を子どもたち持たせることができていませんでした。「何がわかっていて、何がわかっていないのか」、「どのような実験をして、どのような結果が出れば仮説は正しいといえるのか」といったことと、実際の実験がつながっていないのです。活動中心の授業になってしまったのが残念でした。実験のアイデア自体はよいので、科学における実験とはどういうものかをきちんと意識して、授業を構成できるとよかったと思います。
まず、実験する前に何がわかっているのかをしっかりと押さえ、その上で、子どもたち問いかけたり揺さぶったりしながら、何がわからないのか、どうなりそうなのか予想させるといったことから授業改善を始めるとよいでしょう。
まだ若い先生なので、この経験を活かして次につなげてほしいと思います。

授業規律を全員参加、授業への集中につなげる

2学期初めに訪問した中学校での授業アドバイスです。

1年生の数学の授業は、子どもの姿がバラバラなことが気になりました。やるべきことがはっきりしている時は参加できるのですが、指示がよくわからなかったり、問題が解けた後にすることが無かったりすると、ボーとしている子どもが目立ちます。机間指導をしてはいるのですが、できた子どもに対してほめることや具体的な指示はありません。困っている子どもには個別に指導をするのですが、その子どもにかかりきりになると、全体を見ることができずに他の子どもがだれてしまいます。
指示をした時はできた後のことも先に指示しておくとよいでしょう。そして、すぐに机間指導するのではなく、全体の様子を見て指示が通っていないようなら、再度指示をし直すことも必要です。また、困っている子どもが多いようでは個別に対応することは難しいので、まわりと相談させるとよいでしょう。
指名した子どもに問題の答を板書させますが、他の子どもはそれを見ているわけでもなく、ボーとしています。これではその時間がムダになってしまいます。答ではなく過程や根拠を意識させることで、この時間を有効に活用できるかもしれません。具体的には、板書の説明を本人ではなく、他の子どもにさせるようにするのです。そうすることで、友だちの板書を真剣に見る必要が出てきます。
子どもたち全員が参加することを意識してほしいと思います。

1年生の社会科の授業は、授業規律がしっかりできていて、子どもたちがよく集中していました。ディスプレイに課題や指示を大きく写すので、子どもたちの顔がしっかりと上がります。また、子どもたちに作業を指示した後も、ディスプレイに指示を残しているので、内容がわからなくなった子どもも安心です。いずれもちょっとした利用方法ですが、うまくICTを活用できていると思いました。
子どもたちはノートやワークシートが必要な場面では素早く取り出します。授業者が話に集中させようとして「顔を上げてください」と言えば、すぐに全員が反応します。しかし、この時期であれば指示しなくても顔が上がってほしいと思います。いつまでも指示をして子どもを動かしていると、指示されたことしかやらなくなるので注意が必要です。
資料をもとに考える場面では、「共通点」「相違点」を見つけるという視点をはっきりと与えていました。1年生なので、こういったことを教えることも大切です。子どもたちが資料をぱらぱらめくりせず、きちんと読みながらめくっていました。課題に集中している証拠です。
この学年で気になるのは、同じ学級でも、授業者が変わるとこういった子どものよい姿が見られなくなることです。授業規律は学年全体で意識するようになって、どの授業でも一定のレベルには達しているのですが、それが形式的になって全員参加や授業への集中につながっていない時があるのです。このことを授業者が意識しているかどうかにかかっているようです。子どもたちが授業者に合わせていると言い換えてもよいかもしれません。この点が学年の課題だと感じました。

3年生の社会科は自衛権や戦力について考える場面でした。
授業者は日本の現状で「うん!?」と思うことを子どもに出させます。子どもの疑問から課題をつくりだそうとしているのですが、疑問と言わずに「うん!?」という言葉にすることで、意見を出しやすくしています。面白い問いかけ方だと思いました。
ただ、日本の現状と言っても子どもたちにどれだけの知識があるのかちょっと疑問です。新聞記事、教科書の資料などを与えることも必要でしょう。この学校では環境的に難しいのですが、ネット等の利用を選択肢に入れることができれば、かなり状況は変わると思います。
子どもたちは授業に前向きに取り組もうとしています。すぐに鉛筆を持つことからもわかります。しかし、そこから手が動かない子どもが結構います。相談してよいと言うと、困っている子どももかかわることができるのですが、座席の距離が空いているのでやりにくそうに見えました。グループの隊形にして作業をさせてもよかったかもしれません。
相談しても、互いに考えがないので何も書けていない子どもが結構いました。授業者は書けた子どもを指名して考えを聞いていくのですが、書けていない子どもとつなぐことをしてほしいと思います。「似たようなことを書いた人?」と書けた子ども同士をつなぐだけでなく、「書いていないけど、『うん!?』と思った人?」とつなぐのです。
この授業者の目指す方向性はとてもよいと思います。「子どもが考えるために必要なものを考え、それをどのようにして子どもたちに与えるのか」、「考えを持てなかった子どもをどのようにして参加させるのか」といったことが次の課題だと思います。まだ、若い先生ですので、今後の成長が楽しみです。

この続きは次回の日記で。
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