講師や異動者の前向きな姿勢に学校の力を見る(長文)

昨日は、小学校で授業アドバイスと授業研究の助言をおこなってきました。授業アドバイスは今年度異動して来られた方と期限付き講師の方が中心でした。

5年生の算数の授業は割合を計算してグラフを描く場面でした。子どもたちはグループで、割合を計算してパーセントに直す作業をしています。計算が苦手な子どもは電卓を使っていました。子どもたちは真剣に取り組んでいます。その状態で授業者はまだ時間が必要な子どもの確認をしたり、指示を出します。しかし、子どもたちは自分の作業に集中して聞いていませんでした。一方、作業止めるように指示して「1、2、3・・・」とカウントアップをすると、すぐに静かになり授業者に集中します。きちんと授業規律ができています。であれば、先ほどの指示もきちん止めてからすればよかったのです。
グラフを描く前に割合とパーセントの確認をします。各グループごとにどの値を書くかを割り当てて、黒板に貼った表に書き込ませます。子どもたちはうれしそうに前に出ていきます。しかし、各グループで既に答の確認は終わっています。おかしな答の子どもはいない状況に見えました。ここは、順番に指名して値を確認するだけでよいところです。個人作業の後の確認とは状況が違います。まだグループ活動の進め方に慣れていないのかもしれません。ここは、値の確認よりは、割合の割る数(全体、基準となる数)と式の確認に力点を置いた方がよい場面だったと思います。作業に入る前にこのことはしっかりと押さえていたようですが、大切なことなのでもう1度子どもの言葉で確認したいところです。
続いて円グラフを描く作業に移りました。子どもたちは順調に作業を進めていますが、授業者は一旦作業を止めて、グラフの描き方をまとめた紙を貼って確認をしました。どうやら描き方がわからない子どもが若干いたようです。子どもにまとめを読ませるのですが、ほとんどの子どもには、この時点では必要のないことでした。全体で時間を取ることではなかったように思います。もし、確認をするのならグラフを描く作業に入る前にしておくべきでしょう。困っている子どもがいれば、それを見るように指示すればいいだけです。また、せっかくグループで作業しているのですから、友だちに聞くように声をかければそれで問題ないはずです。子どもたちはグループでかかわり合えているのですから、それを活かすことをすればいいのです。
とはいえ、子どもたちはしっかり育っています。授業規律もできてきています。授業者は過去のアドバイスをたくさん取り入れています。ベテランの方ですが、授業をよくしたいという姿勢を強く感じることができました。とてもうれしいことです。

3年生の算数はテープ図を使って、どんな計算になるかを考える場面でした。デジタル教科書を使って問題把握をします。鳩が5羽、8羽と2回にわたって飛び立った後、残りが17羽だったとき、最初に何羽いたかという問題です。授業者は指示に対して素早く行動できた子どもをほめています。子どものよいところを認めようとしていることがよくわかります。残念なのは、ほめる声が少し小さいことです。本人には伝わっているかもしれませんが、全員には聞こえていません。どのような行動がほめられるのかを伝えることで、よい行動を広げることが大切です。
問題文を読んだ後、図を使って考えるというこの日のねらいを伝えます。今までどんな図を使ったかと問いかけると、子どもがすぐに反応してつぶやいてくれます。「テープ図で書く」という言葉をひろって進めました。子どもの言葉を大切にしようとしています。つぶやきを積極的にひろってくれので、子どももよく反応します。しかし、全員が反応するわけではありません。教師がすぐに説明するのではなく、つぶやいた子どもに「今言ったこと、みんなに聞かせてくれる」と子どもの言葉を全体で共有して、「どう、○○さんがテープ図と言ってくれたけれど、どんな時使ったか覚えている?」とつなぎながら、他の子どもも参加させたいところです。
しかし、この展開では問題とねらいとの関係はよくわかりません。教師が示したねらいからテープ図が出てきましたが、子どもたちはその必要性を感じているわけではありません。例えば、「どう、式がすぐにできそう」と問いかけて、「何算をすればいいかよくわからないね」「どうするとわかりやすいかな」と図の必要性を引き出してから、ねらいを提示したいところです。
教科書の図は遠くに5羽が飛んでいて、8羽が飛び立っている図が描いてあります。問題把握の段階でこの図を使ってもよかったかもしれません。「5羽は図のどこにいる?8羽は?」と確認しながら、デジタル教科書の図に○で囲むことで、関係がよくわかります。「図で見るとわかりやすね。問題をわかりやすくする図で、今までどんなものを使ったっけ?」と続けて、ねらいを引き出すといったやり方もありそうです。
テープ図に書くという言葉を引き出した後、各自に問題の関係をテープ図に書かせます。どの子どもも手が動いています。今までの指導がきちんとできている証拠です。とはいえ、すぐにできる子どもと時間のかかる子の差はあります。早くできた子どもは手持ちぶさたです。次の課題を準備しておくか、まわりの子どもと見せ合って自分のと違っていたらどこが違うか確認させるといったことをするとよいでしょう。
授業者は、1人の子どもを指名しました。突然指名された子どもはちょっと不安な顔をしましたが、授業者が「すごい、アイデアだ」とほめると、表情がぱっと明るくなりました。うれしそうに、黒板にテープ図を書きました。2つに区切って、「飛んでいったはと」と「残ったはと」と飛んで行った鳩をまとめたのです。授業者は「飛んでいったはと」とまとめたことを評価して、数を書きこみます。飛んで行った鳩の数がすぐにわからないことを確認して計算で求めました。この考えを取り上げることはいいのですが、この場面ではきちんとテープ図が書けて、そこから式を立てられることが最優先です。まず一般的な答を全員が理解し、できるようになることが大切です。この図しか取り上げないので、ちゃんとできているのに、それをわざわざ消してこの図に書き直している子どももいました。先ほどのものも含めて、いくつかのテープ図を紹介して、それらを比較すればよかったと思います。そして、「飛んでいったはと」とまとめたことを子どもたちに評価させるのです。教師がすごいと言っただけでは、どうすごいのか子どもたちはよく理解できません。評価の根拠を子どもたちが共有することが大切です。その後、それぞれのテープ図から式を立てて、「テープ図のよさ」を確認するのです。
授業者はテープ図に続いて線分図を紹介しました。用意した線分図の紙は子どものテープ図と値の順番が違っていました。子どもが混乱してしまう可能性があります。せっかく準備したのですが、ここは用意したものを使わずに、チョークを使って同じ順番に書くべきだったと思います。こういうこともあるので、線分図は横線だけを書いておいたものを準備して、その場で完成させるようにするとよいでしょう。
新しく出た用語「線分図」を全体で何度か言わせて定着を図りましたが、個別に何人か指名して言わせることも必要だと思います。指名されることを意識すると、言えるようにしなければと適度なプレッシャーがかかるからです。
前回訪問時と比べて、授業者は子どもの言葉を活かそうとしていることがよくわかります。ずいぶん進歩しています。子どもの言葉をしっかり受け止めるので、子どもの反応が増えています。しかし、すべて授業者を受け止めて説明するので、反応できない子どもはなかなか参加できません。次の課題は、反応する子どもと、反応できない子どもをどうつなぐかということです。次の機会にどのような進歩を見せてくれるか楽しみです。

2年生の算数は問題の答を求める計算がかけ算になることの説明の場面でした。年度当初と比べると子どもたちがずいぶん落ち着いてきました。気になった子どももほとんど目立ちません。授業者は意識して子どもたちのよい行動をほめようとしています。以前は子どもの悪いところを注意して直そうとする傾向が強かったのですが、ずいぶん変化していました。
図を見て気づいたことを言わせる場面で、手を挙げて指名された子どもが答えに詰まってしまう場面がありました。答えられないので数人が当ててもらおうと手を挙げましたが、授業者が優しく声をかけて待ってあげたのですぐに手をおろしました。他の子どもも集中を切らさずに待つことができ、答に詰まった子どもは図を見ながら答えることができました。とてもよい場面でした。この他にも、「後で聞くからね。ありがとう」と声をかけてその場は一旦座らせて、あとでもう一度挽回の機会を与えるという対応もあります。大切なことは、答えられなくても恥ずかしい思いをしなくて済む、安心して参加できるということを具体的な場面で学級の全員に伝えることです。子どもたちがとても意欲的だったのは、授業者のこのような対応が影響しているのではないかと思います。
問題文を読んで、わかっていることは何かを答えさせるところで、指名した子どもが条件を全部読み上げました。すると1人の子どもが、「一気にそこまで言うか」とつぶやきました。授業者はその場ですぐには取り上げずに、発表したことをきちんと確認をし、その上で、先ほどの子どもを指名して全体に対して発表させました。子どもの発言をしっかり受容した上でよいつぶやきを全体で共有させる、よい対応でした。
子どもにかけ算になった理由を発表させる場面です。子どもは、問題文を抜き出して説明します。授業者は「他に」と次の子どもを指名します。何人か指名しましたが、結局、授業者が求める「何のいくつ分」という言葉はでてきません。最初の復習場面では押さえて板書もしたあったのですが、子どもはそこを意識できていませんでした。最後は授業者が説明して、話型を導入しました。否定はされなかったのですが、子どもたちは自分の発言は授業者が求める答ではなかったのだと感じてしまったと思います。「他に」というつなぎの言葉は、遠回しな否定になることが多いのです。できるだけ使わないようにしたい言葉です。「なるほど、ありがとう。○○さんとは違う意見があるかな」というように、一つひとつの意見を認めて、できるだけ同列に扱うことが大切です。
今回の場合、子どもたちは、何を答えていいのかよくわかりませんでした。手がかりがないのです。問題に解く前に、再度「何のいくつ分」になるとかけ算だということを確認しておく必要があったと思います。また、子どもの発言に対してどう切り返すと、ねらった言葉に近づくかも考えておくことも大切です。「・・・だから○×△のかけ算になったんだね。○×△ということは・・・」と「○の△分」という言葉を引き出し、「○って何が○なの」「△ってどこからわかった」というようにして、ねらった言葉に近づけていくのです。1人の子どもとだけやり取りするのではなく、全体に問い返すことも必要です。指名された子どもの問題で自分は関係ないと思わせてはいけないのです。常に全員が自分の問題として考えることを意識して対応する必要があります。
授業者は経験も豊富で力のある方ですが、異動当初は学級経営が思うようにいかない時期ありました。今までの自分の経験と違う文化に触れて、ちょっと戸惑っていたのだと思います。これまでの経験に新しい視点を取り入れることで大きく進歩すると思います。

特別支援学級は、足し算の練習をしているところでした。以前は複数の子どもが在籍していたのですが、今は数的能力に困難を抱えている子どもが1人だけです。どうしても子どもの依頼心が強くなりやすい状態なのですが、授業者は適度な距離を取るように意識していました。子どもが一生懸命ワークシートの問題に取り組んでいる時に、笑顔を絶やさず、子どもが答を書くたびにうなずきながら見守っていました。子どもと直接目が合うわけではありません。しかし、子どもが安心して課題に取り組めているのは、このような姿勢で接していることが大きく影響していると思います。集中力を切らして顔を上げた時には、優しい笑顔に出会います。このことが子どもに安心感を与えるのです。
できることとできないことの接点を意識しながら、少しずつできることを増やしていくようにお願いをしました。

今回授業アドバイスの対象の方は、前回に引き続きの方ばかりです。それでも、アドバイスを受けるということは、授業に対してとても前向きだということです。期限付き講師の方へ学年主任が事前にアドバイスをしたりもしていたということです。学校全体で、授業改善に取り組もう、支えようという雰囲気があります。こんなところにも、この学校が急速に進歩した理由があるように思いました。

授業研究については、次回の日記で。

素直に見えているだけなのか

野口芳宏先生がよく言われるように、伸びる教師の条件の一番は「素直」だと思っています。多くの場合、若手に授業アドバイスをすると、とても素直に聞いてくれます。「素直ですね」と管理職や教務主任にお話すると、「素直なんですけどねぇ・・・」と返事が返ってくることがあります。それに続く言葉は、「なかなか変わらない」「実行してくれない」です。これはどういうことなのでしょうか。どうやら、彼らは素直な「態度」を見せているだけで、素直にアドバイスを「聞き入れる」「実行する」ことはしていないらしいのです。
こだわりがないので反論しない。真剣に聞き入れようという気もないので、素直に話を聞いているように見せているだけなのかもしれません。

このことはコミュニケーションの取り方とも関係がありそうです。同僚とうまくコミュニケーションを取っているように見えるのに、授業のことや学級経営に関して一人で抱え込んでいることがよくあるのです。「よい先輩や同僚がいるのだから、気軽に相談したら」とアドバイスをしても、なかなか実行ができないのです。
企業の新人のコミュニケーション力が落ちているというニュースを目にしたことがあります。SNSなどを通じてあれだけ仲間とつながっていたい若者がなぜと思いましたが、どうやら彼らのコミュニケーションは、仲間外れにならない、他者から攻撃されないことを第一にしているようです。自分の考えを正しく伝える、相手の考えを正しく受け止めるといったことよりも、表面的に円滑な人間関係をつくることを優先しているのかもしれません。上司から見れば、「指示したことをきちんと実行しない」「自分の考えをはっきり伝えようとしない」、結果「コミュニケーションがとれない」となっているのでしょう。

アドバイスの場面で「素直」な態度と感じていたのは、今の若い世代のコミュニケーションのあり方を、「素直」と勘違いしていただけなのかもしれません。もちろん、本当に素直にアドバイスを実行して伸びていく若手もたくさんいます。素直に見えているだけなのか、本当にそうなのかを意識してアドバイスする必要があります。
このことは、授業とも共通することです。子どもが静かにしていれば、聞いているかというえばそうではありません。ちゃんと反応を見て、必要に応じて問いかけや確認をしながら話をする必要があります。このことを忘れ、よく聞いてくれていると勘違いして一方的に話し続けてしまうことがよくあります。そうならないようにと先生方にアドバイスしている私が、同じようなことをしていたのではないかと恥ずかしくなります。
原点に戻り、授業者の本音を聞き出し、その上で自ら変わろうとしてもらえることを目指してアドバイスをしなければと思います。まだまだ、修行中の身です。

算数の「数と計算」分野で大切にしたい問いかけ

算数では、四則演算を正の、整数・小数・分数で何年もかけて学習します。年をまたぐ継続的な指導です。6年間の指導で一貫性があることが望まれます。「数と計算」分野で共通した問いかけについて少し考えてみたいと思います。

まず意識してほしいのは、算数での四則演算の基本になっているのが10進法だということです。今私たちが通常使っている計算は、10進表記をもとに方法が考えられているのです(よく知られているようにコンピュータの世界は2進法です)。10進表記の優れている点は、0から9までの数字だけを使って数を表わしていることです。このことを意識して学習を勧めることが大切です。

71の「7」と17の「7」は同じ数字の「7」でも、位が違うので表わす数は異なります。70と7です。しかし、「7」という数字が使われているということは何かが7あることを表しています。そこで、大切な問いかけは、「何が○つのなの」です。71であれば「71の7は何が7つあるの?」となります。筆算の考え方もこういう問いかけを日ごろからしていると明確になってきます。72と63を足すとき、7は10のかたまりが7、6は10のかたまりが6です。同じ10のかたまりだから足せるわけです。こう考えることで必ず1桁の計算に帰着できます。かけ算であれば10のかたまりを何倍すると考えればいいわけです。

小数であれば、「0.2の2は何が2つあるの?」です。こうすれば0.2+0.5は、0.2は0.1が5つ、0.3は0.1が3つとなるので、5つと3つを足すことに帰着できます。0.1が8つあるから0.8という説明が自然になります。小数点をとるという考え方をした子どもにたいしては、「小数点をとった2は何が2つなの」とその意味を問い返せば混乱せずにすみます。分数であれば、2/3は2は1/3が2つと考えればいいのです。では、分母はとなります。分母の3は「(2を)3つに分けた」を表わします。3等分する3なのです。ちょっと違いますね。

ここでもう1つ大切な問いかけがあります。分数や比、割合、単位で大事になるものです。それは「基準」です。何のいくつ分と言った時の「何」にあたるもの、分数で言えば単位分数、先ほどの「位」も1つの基準です。割り算で言えば割る数です。
先ほどの分数の分母も、基準をあらわすととらえればいいのです。分数の足し算は、分母が同じであれば、基準が同じですから、分子を足せばいい。分母が異なればそれぞれの基準が違うわけですから、基準を同じにしなければいけない。だから通分だという発想です。基準が同じだとまとめられる例はたくさんあります。かけ算でも2×3+2×4は2×(3+4)とまとめられます。
比の値を考える時も、「基準は何?」と問いかけることで、分子と分母の混乱が避けられます。比の値が等しいことを扱う問題では、この問いかけをすることで基準を間違えなくなります。単位の変換でも同様です。

このように、一見違うことのようですが、少し広い概念でくくることで、一気に世界がつながっていきます。算数の「数と計算」分野では、「何がいくつ」「何が基準」という問いかけを大切にすることで、6年間の学習のつながりがとても明確になるのです。このことを意識して授業を組み立てると、とても教えやすくなると思います。

1時間の授業から多くのことを学ぶ(長文)

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昨日は、中学校の授業研究でアドバイスをおこなってきました。若手の数学の授業でした。

三角形の等積変形を使って問題を解く場面した。授業の最初は前時の復習です。授業者は教科書、ノートを閉じた状態で進めたいのですが、何人かの子どもがノートを開いていました。ちゃんと準備ができていることをほめてから、閉じるように指示をしました。ちょっとしたことですが、子どもを認めようとする姿勢で接していることがよくわかります。

前時に学習した等積変形について子どもたちに問いかけます。まわりと相談する時間を少し与えてから、指名していきます。相談している子どもたちから聞こえてくる言葉が気になりました。「底辺と高さが等しければ面積は同じだよね」というように、「底辺」と「高さ」という言葉がよく登場するのです。「底辺の長さ」と「高さ」が同じ三角形は面積が等しいのは当たり前です。このこと自体は三角形の等積変形と直接関係のない性質です。三角形の等積変形は、底辺が共通で、底辺にない頂点を通って底辺と平行な直線上に頂点がある三角形の面積は等しいというものです。高さは証明(説明)の根拠としては出てきますが、等積変形ということでは必要のない言葉です。このことから、子どもたちは等積変形と、その根拠が混乱していることが見て取れます。案の定、子どもたちの発表は、前時に学習した事柄がトピック的に出てくるばかりで、等積変形をきちんと説明する言葉は皆無です。授業者は、ただ受け止めるだけで次々指名していきます。「三角形で」と考えている対象を明確にしてくれる子どももいますが、授業者は評価しません。授業者自身も「三角形の等積変形」と言うべきところを「三角形の」を落として単に「等積変形」と言っています。数学の教師としては言葉が雑です。頂点と高さが混乱した子どももいます。言葉が足りなくて、何を言っているのかよくわからない発言もあります。友だちの意見がバラバラで収束していかないので、何が正解なのか子どもたちも不安になっていきます。だからこそ集中して聞いています。集中することはいいのですが、これでは三角形の等積変形がどういうものか定着しません。子どもの言葉を切り返して深めたり、足りないところを他の子どもに補わせたりして、しっかりと押さえなければいけません。子どもが発言するだけでつながらないのです。「確かに底辺の長さがと高さが等しいと三角形の面積は等しくなるね。確かに、そんな話をしました。よく覚えていたね。それって等積変形とどういう関係があったんだっけ」と切り返したり、答えられなければ「だれか助けてくれる」とつないだりする必要があります。
授業者は「みんなの説明に共通した言葉があったけど・・・」と共通の言葉をキーにして進めようとしました。「底辺」「平行」を取り上げて、黒板に図を描きながら説明を始めました。子どもたちは、混乱しているのとわかりたいとの両方で真剣に黒板を見ています。その中で1人、黒板を全く見ない子どもがいました。先ほどの復習の場面では指名されても「わからない」と発言しなかった子どもです。この時間は、この子ども(仮にA君とします)を中心に見ようと決めました。
底辺が「共通」と言葉を足し、頂点を通って底辺と平行な直線を描き、底辺が共通で平行線上に頂点のある三角形を描いて、2つの三角形の面積が等しいことを確認します。もう1つ同様に描いて、これも面積が等しいことを確認して、形が変わっても面積が等しいと説明をしました。
三角形の等積変形を用語として使っているのですから、明確な定義も必要です。黒板には図だけで、平行といった条件などは何も残っていません。これでは、論理的な思考ができるようにはなりません。因果関係が明らかになっていないのです。

教科書を見ると等積変形という用語はありません。「底辺が共通の三角形」としてまとめてあります。

1つの直線上の2点A、Bとその直線と同じ側にある2点P、Qについて、
1) PQ‖ABならば、△PAB=△QAB
2) △PAB=△QABならば、PQ‖AB

ここで注目しなければいけないのは、2)は1)の逆であることです。1)は三角形の等積変形を表わしていますが、逆も押さえたいので、等積変形というまとめ方をしていないのです。
授業者はこのことをあまり意識していません。そして、このことが本時の課題の解決に決定的な影響を与えたのです。

本時の課題は最初の図にあるような四角形の土地の境界線ABCを、点Aを通る線分ADにあらためるというものです。教科書は点Dを与えているのですが、授業者は、あえて線分ADを与えずに、境界線だけの図を描いたワークシートに、大きく「等積変形を利用して面積の等しい図形を作ろう!」とタイトルをつけ、「ア、イそれぞれの土地の面積を変えないで、点Aを通る直線をひくとき、どのようにひけばよいでしょうか」としました。授業者は、等積変形を使うとことを前提にしています。思考がそこからスタートします。つまり先ほどの1)を使うということです。教科書は「図のように、折れ線ABCを境界とする2つの土地ア、イがあります。それぞれの土地の面積を変えないで、境界を、点Aを通る線分ADにあらためるとき、点Dの位置は、どのように決めればよいでしょうか」となっています。
続いて「考え方」として、「求める点Dがとれたとすると」としています。もしそのような条件を満たす点があればと帰納的な発想をしているのです。このとき、△ACB=△ACDとなることから、AC‖BDが言えます。先ほどの2)を使うのです。ここから平行線を使って作図できることを導こうというアプローチです。欄外の枠の中にも「逆向きにみる―求める点がとれたとして考える 見方・考え方」としてあります。この違いが、どう子どもたちの思考や活動に影響を与えるのでしょうか。

授業者は、ワークシートを配って課題を読みますが、子どもはワークシートを目で追っているだけです。課題を把握できているか確認もなく、すぐに個人作業に入りました。固まっている子どもとすぐに手が動く子どもに分かれます。この問題の解き方を知っていると思しき子どもはすぐにAとCを結び、点Bを通って線分ACと平行な直線を引きます。一方、そもそも何をすればいいかわからない子どもは、手が全く動きません。課題がよくわかっていないのです。教科書は、境界という言葉を使い、ていねいに説明しています。一方授業者は、言葉をずいぶん削っています。その分課題把握に時間をかけなければいけないのですが、そこをしなかったのが原因です。また、タイトルの「面積を等しい図形を作ろう」に引っ張られてアとイの面積を等しくするのかと勘違いしている子どももいたようでした。
「土地の境界がまがっていると使いにくいじゃない。そこで境界を直線にしたいんだよ。ただ、点A通るようにしたいんだ。できるかな。あっ、もちろん境界線を変えたからといって、それぞれの面積が変わっちゃったら怒るよね。境界線は変えてもそれぞれの面積は変わらないようにしてね」といった補足をしたり、「点Aを通る線分を境界にする」「それぞれの面積を変えない」ことを子どもに確認したりすることで、課題をしっかり把握させたいところです。
わかっていると見えた子どもの中には、点Aを通る線分ではなく、点Cを通る線分を引く者もいました。やり方は知っているので、パターンで線分を引いてしまったのでしょう。これも課題をしっかり把握していなかった証拠です。

すぐに答がでた子どもは、手持ち無沙汰にしています。そこで、授業者はグループになるように指示しました。できた子どもがいるグループは、できている子どもが教え始めます。自分から教えてと言えない子どもが何人もいるのですが、できている子どもは一生懸命に教えようとします。おせっかいな感じではなく、わかってもらいたいという素直な気持ちに見えます。ただ、4人で話すというよりは、1対1になっています。そのため、うまくかかわれない子どもも出てきます。しかし、よく見ると説明している子どもの手元の図を見たりしています。どの子もわかりたいという気持ちはあるのです。先ほどのA君は、女子2人が話し合っている時に参加できませんでした。しかし市松模様の座席なので、その様子はよくわかります。気にはなっています。顔が上がらないのですが、やはり目は女子のワークシートを見ていました。A君がこんな線になるのではないかと引いた線が、女子の書いた線とよく似ています。女子2人の話が一段落ついた時、声をかけました。自分の線が似ていたので聞こうという気持ちになったのかもしれません。この後、女子2人に交互に教えてもらうことで、自分なりに納得できたのでしょうか。笑顔を見ることができました。

一方できた子どもが1人もいないグループは、手詰まりです。問題把握もしっかりできていないので、意味なく線を引く姿が見えます。なかなか相談しながら先に進むことができません。そもそも、何をどうすればいいのか、手がかりがないのです。中には定規を点Aに当てて、回転させながら、どんな線になるか考えている子もいましたが、そこから先には進みません。この子どもの活動を取り上げて、「点Aを通る線分を探しているんだ。いいね」と評価し、「どのあたりになりそう」「この線が正しかったとして、何が言えそう」と全体に問いかけることで教科書の流れに持っていくこともできました。授業者はこの子どもの動きは気づいていたのですが、自分の考えていた方向性とは違うのでこの動きを活かすことは思いつかなかったようです。

半分のグループが行き詰っていました。そこで授業者は活動を止めました。よい判断です。この時、授業者は「ヒントを出してもらおう」と言いました。ヒントという言葉はあまりよい言葉ではありません。答がわかっている者が上から目線で出すのがヒントだからです。「ヒントを言って」と授業者が指名して子どもに言わせれば、その延長上に正解があるということにもなります。これが「正解」と言うことと同じです。しかし、授業者は、「最初に何をしたか教えて」と聞きました。初手を聞くのは、行き詰まっている子どもにとっては、動き出すよいきっかけになります。しかも事実を聞くだけですので、正しいかどうかの判断は子ども自身に任せることになります。よい聞き方です。であれば、最初のヒントという言葉は余分だったように思います。
「三角形をつくる」が出てきました。しかし、行き詰まっている子どもはよくわかりません。授業者は他のグループにも聞きましたが、やはり「三角形をつくる」です。三角形をつくることが面積を変えずに境界を引き直すこととどうしても結びつかないのです。ここがポイントだったのです。授業者はどうして三角形をつくるのかとは問い返しませんでした。ある意味賢明だったように思います。グループでのその子どもの説明は「等積変形を使うのだから、三角形を作らなければならない」だったからです。ワークシートのタイトルがここで効いているのです。授業者は意識していたのかどうかはわかりませんが、解き方を誘導していたということです。この説明を聞けば、行き詰まっている子どもはますます苦しくなります。なんで等積変形を使えばいいのかが今度はわからなくなるからです。「こうしろと指示されたから納得できなくてもやる」「こうやれば解けるから解き方を覚える」という割り切りのできない子どもほど行き詰まりやすいからです。そうでなければ、最初から等積変形を使おうとしているはずです。
授業者は、「具体的にしよう」と問いかけ、AとCを結んで△ABCを作りました。求める線が引けたら、全員が説明できるようになってと、グループに戻しました。等積変形を使えば点Aを通る線分で△ABCと面積の等しい三角形がつくれます。取り敢えずほとんどのグループは正解をつくることができました。しかし、ここから子どもたちの苦戦が始まります。2つの三角形の面積が等しいことは言えるのですが、そこから、それがどうして土地の面積を変えないことになるのかうまく説明できない、というか自分でも納得できないのです。互いに説明し合うのですが、すっきりとしないようでした。

ここで教科書が、「線分ADが引けたとして」と、帰納的な発想をした意図が見えてきました。土地の面積が変わらないなら、2つの三角形の面積も変わらないことに気づきやすいからです。演繹では、三角形をつくる必然性が見えません。三角形の等積変形を使って解くからという理由しか見つからないのです。そうでなければ、三角形をつくることを解き方として知っているからでしかないのです。誘導されて解くことで、解き方を知識として手に入れることはできますが、誘導なしで問題を解く力をつけることはできません。教科書は問題解決の手段の1つとして、帰納的な発想を身につけさせようとしていたのです。

解き方を理解していた子どもは、ほとんど考えることはしませんでした。彼らにとってこのままでは何も学ぶことはない1時間になります。彼らの学びの期待がかかるのが、全体での説明の場面でした。うまく説明できない子どもを納得させることができるかどうかが、彼らにとっての大きな課題です。
指名された子どもたちは、前に出て一生懸命に説明します。言っていることは間違いではないのですが、論理の因果関係が明確になっていない上に、一つひとつの説明にまとまりがありません。途中で立ち止まることなく話が続きます。説明を聞いている子どもたちはわかりたいと真剣なのですが、よく理解できません。表情はさえません。発表者は、理解してもらえていないことがわかるので、何度も同じ説明を繰り返します。授業者は、黙って見ているのですが、いったん説明を止めて他のグループに交替させます。次のグループも同じ状態になったところで時間となりました。

授業者は子どもたち同士で理解させたいと思い、じっと我慢をしていたのでしょう。子どもの説明に続いて自分が説明を始めなかったのは立派です。しかし、子どもの説明は必ずしも他の子どもにすんなりと受け入れられるわけではありません。聞き手のわからないところを確認して、説明の足りないところを補ったり、整理したりさせる必要があります。ここが教師の出番です。子ども同士をつなぐのです。1回説明させれば、子どもの考えはわかります。そこで、「まだ納得できていない人がいるようだね。もう1度説明してくれる」ともう1度説明をさせるのです。説明の流れはわかっているので、教師が意識的に区切って整理をさせます。「ちょっと待って、みんなここまで納得できた」と途中で止め、大事なところは他の子どもを指名して確認したり、「今説明してくれたこと、あなたの言葉で言ってくれる」と説明を求めたりして共有させます。また、説明が不足していると思えば、「どう、今のところもう少し詳しく聞かせてくれる」とより詳しい説明を求めてもいいでしょう。
こうすることで、子どもたちは友だちの説明をじっくりと理解できますし、説明する子どもは、自分の考えをどのように整理して説明すれば伝わるのかを学ぶことができます。

授業者は子ども同士で考えること、わかり合うことを大切にしたいと考えていることがよくわかります。その方向は間違っていません。しかし、それは教師がただ黙って見ているだけでいいということではありません。適切なかかわり方が必要なのです。切り返して深めることや言葉をつないで共有していくことが教師に求められます。授業者はそのことはわかっているのですが、教材の理解が不足しているので、どう切り返し、どの言葉をつなぐのかがよくわからないのです。
この授業でいえば、三角形の等積変形は何がポイントなのか、そして課題を解くために子どもつまずくのは何かをしっかり考えていなかったのです。そして、教科書が「底辺が共通の三角形」の性質をなぜあのようにまとめているのか、なぜ帰納的な発想で進めようとしているのかを理解できていなかったのです。そのため、子どもの様子を見て授業を修正することや、子どもへの働きかけを変えることができなかったのです。

授業者はこの日体調を崩し、午前中は休みを取って医者に行っていたそうです。にもかかわらず、授業は明るい雰囲気で、そのことを感じさせないものでした。また、言われたことをきちんと実行しようとする素直な気持ちを持っています。授業者にとって課題である教科の力は、身につけようとしても授業技術と違ってすぐに結果が見えません。しかし、この授業者ならば、きっと地道に努力を続けてくれると思います。次に会う時にどのような成長を見せてくれるか、とても楽しみです。

昨日の日記に書いたように、私もいろいろと教材や課題について考えていましたが、授業を見て子どもの実態をわかっていなかったと反省させられました。すぐにできる子どもとできない子どもに分かれることは想像通りだったのですが、正解を作図できた子どもでも、これほど説明ができないとは思っていませんでした。「境界に道路を作りたいのだが、入り口を別の場所にしたい」という、点Aではなく、辺上の他の点を通る境界線を引くというジャンプの課題を考えたのですが、この日の子どもたちに、いきなり提示するのは現実的ではないと感じました。もしこの課題を使うのであれば、まず、三角形の面積が同じであれば土地の面積が変わらないことを全員に納得させる必要がありそうです。そう考えると、教科書は子どもの実態を実によくとらえて展開が考えられているのです。完敗です。教科書の課題を安易に変えている授業をよく見ますが、まずは教科書をしっかり読みこんで理解してからのことです。若い教師は、とにかく1度はそのまま教えることをしてほしいと思います。実際にやってみることで教科書の意図がわかってくると思います。その上でアレンジもできるのです。

授業検討会は、グループでの検討です。どのグループも子どもたちが説明に苦しんでいるのを見て、課題の与え方や展開の仕方、ヒントの内容といった教科の問題に深く入り込んで話し合っていました。全体での検討は教科の問題にあまり深く入り込んでも他の教科の先生にとっては得ることが少ないのですが、先生方は教える側の視点ではなく、子どもの視点で課題や展開を考えていたので、これならば意味のある話し合いになったのではないかと思います。子どもの視点を意識することはどの教科にも共通して大切なことだからです。しかし、具体的にどうすればいいのかを全体の場でそれ以上話し合ってもあまり意味はありません。それこそ、教科の先生がじっくりと話し合うべきことです。そこで、各グループの発表の後、司会者は「子どもの様子はどうでしたか」と視点を子どもに切りかえました。とてもよい判断です。すると、私が注目していたA君や日ごろ参加できない他の数人の子どものことが話題になりました。「この授業では、彼らが参加できていたことに驚いた。自分の授業ではなかなか参加できない」「どういったことが参加できる要因なのだろうか」といった発言が出てきました。このことに話題にして再びグループで話し合いました。「彼らにもできるようなことをやらせたいが、他の子どもがそれでは満足できない」「自分からは『教えて』と聞こうとしない。友だちが教えようと声をかけてくれるが、なかなかうまくかかわれない。どう支援していいかよくわからない」といった意見がでてきました。
このことに関連して、私からは、先生方は子どもたちをとてもよく見ているが、子どもに対して評価が少ないことをお話ししました。今回の授業であれば、授業者もA君がしっかり参加できていることに気づいていました。しかし、そのことを認めてほめるような声かけはありません。大切なことは、その子なりの進歩をしっかりと評価してよい行動を後押しすることです。課題のレベルが高くても、その子が活躍できるところはきっとあるはずです。今回の課題であれば、「点Bを通る直線は線分ACとどんな関係の直線だった?」と友だちの説明の確認を求める。「どことどこを結んだ?」「どんな図形を作った?」ともっと簡単なことでもよいのです。誰でも聞いていれば答えられるようなことでも、「そうだね。よく聞いていたね」と評価するのです。グループ活動であれば、友だちに何を教えてもらったかを聞いてもいいでしょう。「どんなことを聞いたの」「いいことを聞いたね」とほめるのです。答えられなかったら、「どんなことを話したかもう一度伝えて」とグループの子どもに助けてもらい、自分の口でそのことを言わせ、「ちゃんと聞けて、答えられたね」と評価するのです。
すぐに参加できるようにはならないかもしれませんが、少しでも参加できる時間を増やすことが大切です。子どもたち一人ひとりの何をほめるか、ほめる場面をどのようにつくるかを常に意識してほしいと思います。

検討会終了後、校長、教務主任と来年度に向けての話をさせていただきました。この学校で育った若手が今後どんどん異動していくことになります。新しく異動してくる先生も増えてきます。そのような状況ですから、「学校全体で共通で取り組むべき最低限のことを明確にして、全員で確認をすること」、また、「これまでの積み重ねをもう一歩先に進めるために、教科の内容について互いに学び合う空気をつくること」の2点を特にお願いしました。人事的には厳しい状況が続きますが、きっとこの壁を乗り越えてくれると思います。

この日は、1時間の授業からとても多くのことを学ぶことができました。子どもたちがわかりたいと真剣に授業に取り組み、苦しんでくれたからこそ気づけたのです。いいかげんな授業態度であれば、わからない原因が課題や授業の進め方にあるのか、子どもたちのやる気のせいかわかりません。子どもたちをこのような状態にした、授業者を含むこの学校の先生方のおかげです。子どもたちと先生方に感謝です。

研究授業の教材を検討する

昨日は、本日参観予定の数学の研究授業の指導案の教材について少し検討していました。日ごろはポイントを確認し、子どもたちがどのような動きをするだろうかを想像するくらいで、あとは実際の授業を観察してアドバイスを考えます。教材について事前にはそれほど深く考えないのですが、グループでの活動の課題が、解き方を知っている子どもがいればその子が教えて終わってしまうようなものだったので、さすがにこれではちょっとまずいなと思い、どうしたものかを考えていたのです。

解き方を知らない子どもの思いつきをつぶしたくない。では、そういう子どもたちはどんな考え方をするだろうか。子どもの気持ちになって考えてみます。そして、その考えはどう評価すればいいだろうか。活かすことはできるだろうか。
また、教科書の課題を活かして、子どもたちの考えを広げるような課題はできないだろうか。塾などで問題を解いたことがある子どもも一緒になって考える課題となるだろうか。その課題は、考える必然性をあるものにできるのだろうか。教材研究の基本を改めて思い出すことになりました。

代案となる課題や進め方はいくつかできたのですが、実際の子どもの様子を見てみないと、それが適当なものかどうかは判断できません。極端な話、解き方を知っている子どもがほとんどいなくて、グループ活動がかかわり合いのあるよいものになる可能性もあります。逆に、子どもたちはほとんど全員が解き方を知っているかもしれません。提示する課題は、子どもたちの状況に合わせて考えなければなりません。今回は私自身が教材研究を少ししたので、いつも以上に子どもたちの様子を見るのが楽しみです。

私がどのような代案を考えていたのかは、授業の様子と合わせて明日の日記で報告したいと思います

「楽しく授業研究しよう」第11回公開

「愛される学校づくり研究会」のWEBサイトで、教育コラム「楽しく授業研究をしよう」の第11回ICTを活用した授業研究が公開されました。

ぜひご一読ください。

次年度に向けて、今何をすべきか考える

3学期も1月があっという間に終わろうとしています。いよいよ1年の締めくくりです。中学3年生や小学6年生は受験や卒業という、明確な目標がありますが、他の学年では目指すものが曖昧な状態のこともあるかもしれません。改めて学年末に向けて、今何をすべきなのかを意識しておくことが必要だと思います。

4月当初、この学年で目指した子どもの姿と比べて現在の姿はどうでしょうか。もう一度振り返ってみましょう。その姿が一致していたら、学級に向かう足どりも軽くこの学級と別れるのが淋しいと思っているかもしれませんね。子どもたちもきっと同じだと思います。ここで注意をしてほしいのが、子どもたちがこの関係を次年度に引きずらないようにすることです。新しい学級、先生という環境の変化の中で、昨年度はよかったと後ろを振り返らないようにさせたいのです。そのために、今から心の準備をさせておきたいと思います。次の学年への目標を与えて、学年末のカウントダウンに合わせて、達成するように意識させるのです。新しい担任の先生に「こんなこともできると、びっくりさせよう」、「上級生として、後輩にさすが先輩と言われるようにしよう」というように、目標を次の学年での出会いとリンクさせ、出会いへの期待を高めておくのです。

では、今一つ上手くいっていない時はどうでしょう。先生も子どもたちもリセットしたい、早く新しい学級になりたいと思っているかもしれません。これはこれで仕方のないことです。問題は、状況の改善をあきらめてここで現状維持をするのかどうかということです。4月当初に願っていた姿と比べて何ができていないのか、現実を直視する必要があります。今から手を打っても間に合わないかもしれません。一度崩れた関係は簡単に戻らないかもしれません。しかし、4月になってリセットされたからといって、必ずしもうまくいく保証はありません。私の経験では、4月にうまくスタートを切れた学級や学年はその前年度に取り組んでいたことが、リセットと同時に効果を表わしたことが多いように思います。4月になって初心に帰るのではなく、この時期にこそ再度やるべきことに取り組むのです。学習規律ができていなければ、そのことを意識してきちんとできるように働きかけるのです。今はうまくいかなくても、そのことが4月になって意味を持つのです。聞き流していた子どもも4月に再度そのことを求められた時に、「ああ、そういう言えばこれまでも言われてきたな」と気づいて、「やはりちゃんとしよう」と思うものです。同じことでも4月は前向きにとらえることが多いのです。それに対して、急に求められたことは「今までよかったのに何で」と戸惑うことも多いのです。
これは、教科担任にも言えることです。新年度になって急にやり方を変えても「なに、張り切ってるの」と冷ややかに見られることがよくあります。前年度から継続してやろうとしているからこそ、教師の本気度が伝わります。だから、4月のリセットをきっかけにうまく回るようになるのです。

学年末を迎えるこの時期は、1年間のまとめと同時に、次の学年へ向かっての布石を打つ時期でもあります。自分の学級の状態を冷静に判断し、次年度に向けて何をすべきかを考えてほしいと思います。

停滞から次の一歩を踏み出すために

ありがたいことに継続的にアドバイザーとしてかかわっている学校がたくさんあります。学校によっても差がありますが、多くの学校は数年でよい変化が見られます。早いところは1年ほどで見違えるように変わります。しかし、そこから順調によい方向への変化が続くことがなかなか難しいように感じます。私の力不足を感じるところですが、よい状態を維持することが精一杯となることがよくあるのです。このことについて、自身の反省を含めて少し述べたいと思います

学校がよい方向へ素早く変わる条件は、目指す授業での子どもの姿が学校で共有されている、そしてそのための手段が具体的になっていることです。目指す姿が明確でなければ、取り組みへのエネルギーがわきません。具体的に何をやればいいのかわからなければ変りようがありません。学校全体で「○○をする」という行動目標に取り組むことが大切になります。

では、うまくいった学校が停滞してしまう原因は何でしょう。
1つは、当面の目標が達成されたあと次の目指す姿が描けないことがあります。苦しい状況にあった学校ほど、その状況から脱すると「これでいいじゃない」「苦労してここまで来たから、これ以上頑張らなくても・・・」となってしまうのです。
もう1つは、人の入れ替わりです。新しく来られた先生は目指す姿ができているところからのスタートです。どのようなことに取り組んできたかも知りません。また、このことが大切だと聞かされても、できている状態であるとその必然性を感じません。以前からの先生が地道な取り組みを続けていても、新しく来られた方は素直にやろうとしていただけないのです。
こういったことが原因で、今まで学校全体で取り組めていたことも一部の先生しかやらなくなり、先生や学級によって子どもの見せる姿がバラバラになってしまいます。次のステップに進むどころか、現状維持するのも難しくなってしまうのです。

このような状態からもう一歩前へ進むために必用なことは何でしょう。
年度当初に、今まで学校として目指してきたものが何であるかと、その実現のためにどのような取り組みをしていたのかを確認する。次に今年度目指すものをはっきりと示す。たとえ昨年度までと同じであったとしても、その理由も含めて再度明確にする。そして、学校全体で何に取り組むかを具体的に示す。新しいことだけでなく、継続すべきこともやってきたことだからと軽く扱わずにその価値を再度共有し、そのことの上に次があることを明確に伝える。
このようなことが必要だと思われます。今までの取り組みの価値づけと共有の上で次への一歩を提示するのです。
年度当初にこのようなことをするためには、この時期から準備をしなければいけません。特に、次の目指す姿はトップの強いリーダーシップがなければ、なかなか描くことができません。
私の反省は、このことを学校任せにしてきてきちんと伝えていなかったことです。2月には今年度最後の訪問をする学校がいくつかあります。次年度に向けて今何が必要なのかを共有したいと思っています。

学校公開日の授業を見て考える

一昨日は、アドバイザーをしている中学校の学校公開日に参加しました。研究授業と違った普段の授業の様子を複数の教科にわたって見ることができるので、とても多くのことを学べました。

学校全体としては落ち着いているのですが、細かく見ていくと気になる点がいくつかありました。子どもの姿が教師によって違うのです。「話を聞く時に顔が上がっていない」「友だちの発言をしっかりと聞いていない」といった場面をよく目にします。ところが、同じ学級でも別の時間ではしっかりとできているのです。教師が目指す姿を明確にしていれば、しっかりと応えてくれる子どもたちということです。できていないのは、そのように思っていない、意識していないということです。この傾向は学年が下がるにつれて顕著でした。

面白かったのが1年生の学級の様子の違いです。1つの学級はとても明るく反応もよいのですが、テンションが上がり気味です。子どもたちの関係はよいのですが、考えに詰まってくると相談ではなく雑談になっている姿が目立ちました。課題を解決するための手段や材料が明確になっていないと活動が停滞しますが、そのような場面で起こるのです。一方、もう1つの1年生の学級では、そのような場面ではそのまま停滞したままでした。
共通していることは、グループ活動などで、考えを聞き合うといった学び合いの基本はできているのですが、まだ互いにかかわり合う力が弱いということです。わからなければ聞く、手詰まりになった時にどうしようと相談するといったことが、まだできていないことです。こういう場面では、「授業者がグループに対してかかわりを促す」「いったん活動を止めて全体で考える手段や視点を確認してグループに戻す」といった対応が必要になります。
では、この2つの学級の違いはどこにあるのでしょうか。授業での問題以上に日ごろの学級経営や行事での差が大きいように思います。最初の学級は授業以外でよい人間関係がつくられているので、行き詰まったときに日ごろの人間関係が現れて雑談になってしまうのです。もう1つの学級はそういう日ごろの人間関係があまりできていないのではないかと思います。
このことは、総合的な学習の時間の発表会の様子にも表れていました。各自が職業調べの発表をポスターセッションの形で行うのですが、その時の発表者、聞き手の様子が大きく違っていました。最初の学級は原稿に頼らず、友だちの方を見て発表する子どもがほとんどでした。聞き手も発表者を見てよく反応しますが、テンションは上がりすぎていません。笑顔がとても多かったのが印象的です。もう1つの学級は、原稿を見て発表する子どもがほとんどで聞き手と目を合わせません。聞き手の反応もとても少ないのです。発表の仕方などは指導の差もあるのでしょうが、子どもたちの反応の違いはそれだけではないと思います。集団の特性で片づけられないものを感じました。

2年生で少し気になったのが、一部の子どもたちと先生との人間関係です。あからさまなことは何もないのですが、先生の言葉を聞いていてもがそれを受け止めようとしていないのです。わからないから聞いてもダメだと思っているのかもしれないとも考えたのですが、友だちとかかわる場面ではちゃんと積極的に活動するのです。このことは、子どもが先生を受け入れていないことの現れと私には感じられたのです。簡単に結論を出すようなことではありませんが、来年度に向けて意識しておきたいことです。

3年生は、さすがに高校受験直前で「わかろう」「わかりたい」という気持ちをとても強く感じました。友だちに教えてもらっても、「どういうこと」と納得できるまで、真剣に聞き返しています。1年生で多かった、友だちが教えたことをそのまま写している姿とは大きく違っていました。そのようなよい姿をたくさん見る反面、全くかかわれない子どもが何人かいました。受験から外れてしまっている子どもかもしれません。そういう子どもたちとかかわる余裕を他の子どもたちがなくしてしまっているように思いました。今の時期よく見ることなのですが、なかなか難しい問題です。
わからない子どもはどの学年にもいます。そういう子どもは孤立しやすいのですが、それを教師が助長している場面に出合います。教師が個別に教えているのです。それをしすぎると、子どもたちはその子は教師が面倒を見るものだと思ってしまいます。ますます孤立してしまうのです。他の子どもたちに教えてもらうように、子ども同士をつなぐことを一番にしてほしいと思います。子ども同士で教え合うことは十分に可能なはずです。実際に、教師が個別に対応指定子どもを、グループで他の子どもが一生懸命に教えている場面に出合いました。理想は、授業中以外でも友だちに教えてもらえるようにすることですが、少なくとも授業中は教師が個別に教えない方がよいと思います。

社会の授業でのことです。グループでどのようなことを話したかと、資料を見て気づいたことを聞きます。子どもが気づいた事実を答えた後、教師はさらに「そのことからどんなことが言える」と聞きます。子どもは答えに詰まってしまいました。漠然と気づいたこと考えさせていたのに、さらに考察を求めたのです。問題は、教師が求めていることが、気づいた事実からより深く考えることだと子どもたちが理解しているかどうかです。せっかく答えたことは評価されずに、想定外のことを聞かれて「答えられなかった」という負の気持ちで終わってしまいます。
同じことは他の学年でも起こっていました。共通の問題があるということです。「気づいたこと」というのは、何を答えればいいのかが明確にならないまま授業が進んでいたということです。社会科では、資料から何を読み取り、それをもとにどのようなことを考えなければいけないかを教える必要があります。子どもの気づきを「○○と△△を比較したんだね」というように視点を整理して評価する。「みんなどう、□□さんの気づいたこと、納得した」と共有し、「このことから、どんなことが言えそう?」と全体で深める。深めたことをその視点や深まりを再び評価して、共有する。こういうことを何度も繰り返して経験することで、教えていくのです。

家庭科の授業は、消費者教育でクーリングオフの話でした。電子黒板を使って消費者からの相談を表示します。この例がクーリングオフ可能かどうかを1分間で判断させ、すぐ次の相談を提示します。授業者は、まわりと相談はしないようにと指示しますが、何人かは相談を読むとすぐにまわりに声をかけていました。興味を持っている、自分の思いついた考えを確認したいのです。数人の子どもが教科書を見ていますが、ほとんどの子どもは教科書を開かず解答しています。この様子が気になりました。授業者に確認したところ、教科書を使ってクーリングオフの説明をしたそうです。であれば、もっと教科書を確認していいはずです。子どもたちは、根拠をあまり意識せずに漠然と考えているということです。結論ではなく、根拠を意識させることが大切です。そうすれば、もっと教科書を見て考えるはずです。相談することが悪いことではありませんが、その前に根拠を考えていれば、相談しようとするまでにもう少し時間がかかるはずです。すぐに相談していたのは、根拠を明確に意識していなかったからだと思います。答ではなく、根拠を大切にすることを意識してほしいと思いました。

3年生の数学で、若い講師が子どもに根拠を何度も聞いている場面に出会いました。かなり意識をしています。直角二等辺三角形の辺の比が1:1:√2になる説明でした。直角と45°が与えられているだけの三角形で辺の比を求める問題です。指名した子どもは「辺が等しい」と説明します。どの辺のことか聞きます。記号がついていないので、「その辺」といった指示語になります。記号をつけるというつぶやきを拾って、直角を挟む2辺の長さが等しいことを確認し、子どもから直角二等辺三角形という用語を引き出しました。丁寧に進めていますが、そこで「三平方の定理から・・・」と進めました。ここで、大切なのは、45°という条件と直角から残りの角が45°になること、底角が等しいから二等辺三角形になることを押さえることです。どの根拠を大切にしなければいけないかという教材のとらえ方が甘いのです。また、指名した子どもと1対1の関係になってしまい、他の子どもが参加できていません。根拠を他の子どもにつなぎ、全体に共有することが必要です。板書も結果だけが書かれていて、根拠がどこにも残っていません。根拠を板書してもいいですし、すきまを作って子ども自身に根拠を書かせてもいいでしょう。せっかく授業者が意識している根拠を子どもたちがもっと意識するような工夫がほしいと思います。
授業後に少し話をしました。以前のアドバイスを参考に、根拠を問うことを意識して授業をしていることを話してくれました。今回のアドバイスの後、根拠を聞くといっても教材研究がしっかりできていなければダメだということがわかったと気づいてくれました。挙手にたよらず指名するという以前のアドバイスに関連して、「どの子なら答えてくれるだろうと考えて指名するのだが、指名してみると答えられないことがある。子どもが自信を失くすことが怖いこともあり、どうしてもできる子を指名してしまう」という悩みを話してくれました。「まわりの人助けてくれる」とまわりの子どもに助けを求め、答えることができれば、「よく聞けたね」「助けてくれてありがとう」「助けてもらってよかったね」と2人をほめる。「じゃあ、あとでもう一度聞くね」といったん席につかせ、他の子どもの考えが出た後で再度指名して答えさせ、必ずほめて終わる。こういうことをすれば、答えられなくても困らないし、子どもが自信を失くすこともなくなることを説明しました。素直にアドバイスを受け止めて実践しようとしているから出てくる悩みです。これから伸びていくことが期待できます。

多くのことを考え学んだ1日でした。子どもたちが落ち着いているからこそ、学校として取り組まなければならないことが明確にあります。なんとなく、グループを使い学び合いができているように見えますが、個々の場面を見ると子どもたちがしっかりと学び合っているとは言い難い状況がありました。学校として目指す子どもの姿を今一度共有して、その実現のために学校全体で具体的に何に取り組むのかを明確にする必要があります。苦しい時期を乗り越えた学校は、人が入れ代っていくうちにいつの間にか何が大切であったかを忘れてしまい、形だけが残ってしまうことがよくあります。この学校がそうならないために、何が必要かをいろいろと考えました。次回訪問時に、このことについて管理職や教務主任と相談したいと思います。

中学校の入学者説明会で講演

先日、中学校の入学者説明会で、保護者の方に子どもの中学期をどう支えるかについてお話をさせていただきました。もう何年もこのような機会をいただいています。例年と同じく中1ギャップの話を中心にしましたが、今回は特にLINE等の子どもたちのネット環境にかかわる問題について時間を多く割きました。
毎回ネットトラブルに関することは話題にするのですが、LINEの急激な普及にともうトラブルの話をあまりに多く聞くようになったので、詳しく話をすることにしました。

LINEを含め新しいサービスが普及するたびに、キャッチアップすることは一般の保護者にとってそれほど簡単ではありません。学校や地域が一体となって情報交換する場を定期的に設けることが必要になっていると思います。

携帯電話が子どもたちに普及するとともに、いろいろなトラブルが起こってきました。私が保護者にネットトラブルについてどのような話をしてきたかを書き出してみると、わずかな期間にずいぶんと変化していることに驚きます。

・友だちとの通話
夜遅くまで自分の部屋で友だちと通話している。
何を話しているかわからない。
通話料金が高額になる。

・携帯メール、チャット
1日に何百通もメールをやり取りしている(メール中毒)。
すぐにレスをしないと非難される(仲間外れ)。

・インターネット
出会い系サイトでトラブルに巻き込まれる。
プロフから個人情報が流出する。
裏サイトなどによるネットいじめが目立つようになる。
流出したデータは回収不能(ネットの怖さ)。

・ケータイゲーム
無料のネットゲームにはまる。
先に進めるにはお金が必要になる(無料の落とし穴)。
親のクレジットカードを勝手に使う。
友だちのIDを使ってアイテムを盗むといった加害者になる。

・LINE
グループの閉じた世界で外部から内容が見えない。
簡単にグループから仲間はずれにできる(いじめにつながりやすい)。
既読が相手にわかるので、すぐに返事をしないと非難される(3分間ルール)。
設定をきちんとしないと、電話帳、連絡先がサーバーに吸い上げられる(個人情報の流出)。
IDを使うことで、知らない人ともつながる危険がある(出会い系サイトにとって代わる)。

・何でもネットにつながる
ケータイやスマホを持たせなくても、携帯音楽プレーヤーや携帯ゲーム機でネットにつながってしまう。
家庭でネットにつながらないようにしても、無料WiFiスポットを利用してネットにつながってしまう(ゲーム機を持ってコンビニにたむろする子どもたち)。
ケータイ、スマホを持たせないからといって安心できない。

昨年と違ってほとんどの保護者がLINEのことを知っておられました。改めてネットにかかわる社会の変化の速さを実感しました。今後どのようなサービスが現れ、どのようなトラブルが起こる予想もつきません。すべてのトラブルを未然に防ぐことは不可能です。トラブルにあった時、まわりの大人に相談できずに一人で悩んでしまい、対応が後手にまわってしまうことがよくあります。いつもお話ししますが、子どもと何でも話し合える関係をつくることが大切です。そして、これも毎回のことですが、家庭内で話し合ってケータイやスマホの利用ルールを決めるようにお願いしました。ネットで被害にあうまでの期間は「ケータイやスマホを使い始めて1年以内」というケースが全体の約74%というデータがあります。これからぼつぼつ考えようでは遅いのです。
ネットの問題に限らず、家族で何でも話し合える関係が子どもたちの健やかな成長を支えます。このことを特に強調させていただきました。今回の話が、家族の話し合いの話題の1つになれば幸いです。

中学校で授業アドバイス

中学校で授業アドバイスをおこなってきました。初任者の研究授業と1、2年生の道徳や特別活動の授業を中心に参観しました。

道徳の授業で気になったのが、ワークシートの使い方でした。多くの学級でワークシートを利用していますが、ワークシートを書くことが活動の中心になっています。自分の気持ちを発表しやすいように考えてのことだと思いますが、互いの気持ちや考えを聞き合うことで、より深く考えてもらうことが大切です。そのための時間を確保することを意識してほしいと思います。友だちの考えを聞いて、もう一度自分の考えをまとめさせる。全体で意見を聞きながら、「なるほどと思う人」「自分ちょっと違うという人」とつなぎながら、考えを深めさせる。こういうことに時間をかけたいものです。そのために、前半ではきちんとワークシートに作文させるのではなく、考えを整理する程度にして、最後の振り返りの方に時間をかけるとよいと思います。
また、同じ学年でも学級ごとに教材が異なっていたことが印象的でした。学級ごとに課題も違うので、これはこれでよいのですが、経験の少ない先生は道徳の授業の進め方がまだよくわかっていないように思いました。学年で、月に1度くらいは共通のものを行ってもよいのではないかと思います。指導案を数人でつくって学年に提案し、検討するのです。時間の確保は大変かもしれませんが、学年全体で充実した道徳の授業を実施するためには必要なことだと思います。

また、エンカウンターに取り組んでいる学級もいくつか目にしました。共通して感じたのが、活動の説明の時間が長いことです。丁寧に話すのですが、子どもはずっと受け身です。また、活動に対する期待感が感じられません。そのことは、活動開始で子どもたちの動きが鈍いことでわかります。一方的に話すのではなく、「今日はみんなに・・・をやってもらうおうと思う。どう、できそう?難しそう?」とちょっと挑発的に問いかける。「ちょっと○○さん出て来て、やってみてくれるかな」と子どもを前に出させてやらせる。こういった工夫が必要です。これはエンカウンターに限ったことではありません。課題の説明では、わかりやすく伝えることと同時に、子どもたちの興味・関心を持たせることが大切です。たとえ説明すべきことがたくさんあっても、子どもたちとのやり取りをできるだけ行い、一方的にならないようにしてほしいと思います。

初任者の研究授業は、2年生の国語「走れメロス」の最後の時間でした。
授業の最初は、漢字の間違い探しでした。「婿」の「疋」を「正」とした誤字、「排出」を「拝出」とした間違いなどを子どもに見つけさせるものです。子どもは数人しか手を挙げませんが、すぐに指名します。ほんの30秒くらいでいいので、まわりと相談させるだけで随分違うのではないかと思いました。というのは、指名された子どもが、「婿」の間違いを「正の横棒をこうはねて、下のところをこう斜めに」と手ぶりを交えて説明してもうまく伝えられないのを見て、先ほど挙手しなかった子どもたちが口を挟みたそうにしていたからです。友だちが指摘した間違いを聞いて、自信を持ったからでしょう。わかっていてもちょっと不安だったのです。ちょっと相談すれば自信を持てたということです。
授業者は子どもの発言を引き取って説明しました。「助けてくれる」と声をかければ、きっと子どもたちは反応してくれたはずです。子どもを活躍させることができる場面だったのに、ちょっと残念でした。

続いて前時の復習でしたが、子どもに挙手をさせます。ノートに書いてあるのでそれを見ればわかります。積極的に反応する子どもと、挙手もせずノートも見ない子どもがいます。はっきりと分かれていました。参加しない子どもに参加を促すか、挙手に頼らずどんどん指名するかしたいところです。
これまではメロスの心情が中心だったが、この日は「王の目線」で考えることを伝え、課題を板書します。板書しながら「王になりきって感謝の」と手を止め、次に続く言葉を考えさせます。何人かの子どもが「気持ち」「言葉」とそれに反応します。「手紙を書こう」と続けると「あぁ」と納得して板書を写します。子どもを引き付ける小技を使えるようになっていました。

王の気持ちになって書けるように、王の心境の変化がわかる個所を抜き出させます。指示の後、子どもは素早く作業に入りました。日ごろからこのような活動していることがよくわかります。子どもは集中していたのですが、授業者は「心が揺れたところを書く」と追加の説明をしました。子どもの集中を切らすだけで、「心境の変化」という指示に追加するほどのことではないように思います。子どもの活動をじっと観察するのはなかなか難しいようです。
指名して発表させますが、教科書の一部分を読むだけです。読むことよりも、何ページの何行目かを言わせた方がよく伝わります。1人目の発表はよく聞いていたのですが、発表後授業者が板書するので、2人目以降は明らかに聞かなくなりました。板書するとわかればそれを見ればよいからです。場所の確認はしますが、どう変化したかは問いません。この抜き出した部分が適切であるかどうかの判断の根拠がないまま進んでいきます。
抜き出す作業にかなりの時間が使われましたが、正しく心情の変化を読み取ることの方が大切です。ここで、手紙を書かせるねらいがわからなくなりました。手紙を書くことで「読み取らせる」のか、読み取ったことをもとに「書かせる」のかどちらだったのでしょうか。
前者であれば、早く手紙を書かせてどう読み取ったかを問うべきですが、一人ひとりの手紙をもとに読み取りを話し合うのはなかなか難しそうに思います。また、「王になりきって」という指示は、客観的に読み取ることから遠ざけてしまいます。
後者であれば、もっと心情の変化を押さえておかなければ、書くための足場がないまま書くことになります。どう伝えるかという「書き方」の学習の以前の段階でつまずいてしまいます。
いずれにしてもねらいと活動がうまく一致していません。授業の構成そのものを見直す必要があるように思いました。

続いてワークシートに感謝の手紙を書かせます。ここで、どう書いていいかわからない子どものために、文章例を提示します。
・あいさつ
・私は今まで・・・という気持ちだった。
・○○の・・・行動で、・・・ということに気づいた。
・お礼
これをいきなり提示する意味もよくわかりません。中心の部分はきっかけとなったこととその前後の心情の変化を書くということです。やはり読み取りなのでしょうか。書くことを重視するのであれば、この文章例は教師が提示するのではなく、子どもとのやり取りの中で、どういう要素が必要かを整理したいところです。

手紙を書く作業に入りましたが、子どもの動きがよくありません。すると、「あて名は誰でもいいの?」と1人の子どもが授業者に問いかけました。ここで、授業者は一旦全員に作業を止めさせ、あて名は誰でもいいことを全体に伝えました。この後は、子どもたちはすぐに集中して取りかかりました。指示が上手く伝わっていなかったのです。質問をした子どもに対して答えるのではなく、全体で共有したのはとてもよい判断でした。作業中の子どもからの質問に対して、全体で共有すべきかの判断をしっかりしていると感じました(もちろん、質問が出ないようにきちんと指示が出すことの方が大切ですが)。

書き終えた手紙をペアで読み合うのですが、この手紙の評価の観点が明確ではありませんでした。作業の途中で、きっかけとなったこととその前後の心情の変化を明確に書くことを視点として与えましたが、「王になりきって」という指示とのつながりがよくわかりません。王になりきるというのは「主観的」ですが、心情の変化の根拠を明確にするのは、「客観的」です。このずれが気になります。前者であれば、感謝の気持ちが伝わることが評価として大切ですし、後者あれば、心情の変化がその理由と共に伝わることが大切です。授業のねらいと活動の関係がはっきりしないまま終わりました。

授業者は緊張しながらも、笑顔を絶やさずに進めました。日ごろから笑顔を意識しているからできることです。子どもたちの発言をしっかりと受け止めることができています。教室の雰囲気も明るく、笑顔もたくさん見ることができました。以前と比べて確実に進歩しています。しかし、子どもの発言をつなぐことはまだまだこれからです。課題として意識してほしいと思います。
来年はおそらく担任を持つことになるでしょう。授業以外のことにより多くのエネルギーを取られます。今年度残された時間で、少しでも授業力をつけておいてほしいと思います。

授業後、教科による授業検討会が行われました。事前に教科指導員の指導を受けていたおかげもあったのでしょう。授業者はこの授業の問題点をよく理解していました。印象に残ったのは教務主任の質問でした。「この1時間の授業で子どもたちにどうなってほしかったのか」「子どもたちがどのような活動をすれば、そうなるのか」というものです。授業づくりの基本となることで、当たり前の質問と言われればその通りなのですが、このことが明確でなかったために、授業者がねらいとしたかったことと、活動がずれてしまっていたのです。とても的確な質問だと思いました。検討会は自然と「何をねらう授業だったのか」「そのためにどうすればよかったのか」という、教務主任の問いかけにそったことが多く話されました。よい学びができました。しかし、国語科の先生で参加していない方が何人もいたのが残念でした。自主的なものとは言え、学び合うことにもっと積極的であってほしいと思いました。この学校における課題の1つに思います。

次回訪問時には、この1年間で感じたことを全体に話させていただきます。この学校のよい点を活かすためにも、いくつかの課題をクリアする必要があります。このことをできるだけコンパクトにお伝えできればと思っています。

愛される学校づくり研究会に参加

先週末は愛される学校づくり研究会の例会でした。「愛される学校づくりフォーラム2014 in京都」前の最後の会です。フォーラムに向けての最終確認と準備が中心でした。

事務局より、運営委員会での決定事項をコンパクトに説明してもらいました。今回はフォーラム会場がホテルだということもあり、舞台設定等は凝ったことをせずに、机等の移動もできるだけ少なくするように工夫しています。毎回、事務局を中心とした企業会員のスタッフが細かいところまで目を配らせて運営してくれているので、会員は自分の出番に関することだけに集中することができます。企業会員の皆さんが支えてくれるからこそできるフォーラムです。

今回は、私から皆さんに相談させていただくことがありました。当日の配布資料に、授業検討法に関するQ&Aが必要だと考えたのですが、具体的にどのような内容を載せればよいかということです。たたき台をもとに意見をお願いしました。皆さん真剣に相談に乗っていただけ、私に欠けていた視点をいくつも指摘いただけました。いただいた意見を参考に、原稿を仕上げたいと思います。

ICTを活用した授業検討法に関連して、フォーラムで使用する授業検討ツールのプロトタイプの説明がありました。開発担当者には、短い時間で本当に素晴らしいものに仕上げていただきました。フォーラムに参加される方にもそのよさがきっと伝わると思います。

フォーラム午前の部の「劇で語る! 校務の情報化 パート2」の台本の確認、練習が劇団ごとにおこなわれました。忙しい方ばかりで、メンバーがなかなか集まらない劇団もあります。そんな中、メーリングリストを活用しながら、着々と準備を進めています。本番に強い会員ばかりですので、当日は校務の情報化に関する私たちのメッセージが皆さんにしっかりと伝わること思います。
基本的にこの会のフォーラムはライブ感を大切にしています。午前の部のコメントもその場で質問されて答えます。午後の部の模擬授業は会場だけでなく、私たち会員も指導案を見ていません。まさに真剣勝負です。だからこそ緊張感のあるものになり、多くの方に参加いただけているのだと思います。ありがたいことに、今年も締め切り前に満員御礼となりました。うれしく思うと同時に、プレッシャーもかかってきます。

フォーラムの準備に忙しいとはいっても、学ぶことは忘れません。この日は、会員からの学校週6日制に関する情報提供とそれに関する意見交換を行いました。
土曜授業が学校設置者の判断で可能となりました。とはいえ、予算的な裏付けはありませんから、すぐに広がるというわけではないでしょう。しかし、子どもたちの学習や学びに関して、学校として何らかの対応を迫られることは間違いないと思います。土曜授業ではなくても、生涯学習の視点で、外部を活用した土曜学習もいろいろな地域で行われています。しかし、学校週6日制に関する動きはどうも拙速に思えてなりません。日々の授業や学習活動をより質の高いものにすることが優先だと思います。今後どのように推移していくか読めないところがありますが、安直に時間数を増やすという発想ではなく、土曜日も含め日々の授業や学習活動はどうあるべきかからじっくりと検討することが必要だと思います。

この日もよい刺激を受けた、充実した研究会でした。このような研究会の一員であることを幸せに思います。

若手の授業でいろいろ考える(その2)

昨日の日記の続きです。

5年生は社会の授業で情報を扱ったものでした。
情報に関する授業は、何を考えさせる、どんな力をつけるといったことが、先生方自身がまだよくわかっていないところがあります。最初の課題が、「商品の情報にはどんなものがある?」というものでした。思いつくものを言わせるのですが、「情報」という言葉が定義できていません。授業者自身が「メディア」と「情報」を混乱していました。ポスターを例に挙げましたが、これはメディアです。メディアを挙げさせたいのなら、「商品の情報は、どんなもので知ることができる?」にすべきです。
子どもたちからはいろいろなレベルのものが出てきます。授業者は笑顔で子どもの発言を受け止めます。子どもたちの表情から、先生に聞いてもらえることをうれしく思っているのが伝わります。子どもたちから出たものをどのように整理していくかについては、あまり考えていなかったようです。TVという発言は「コマーシャル」とまとめました。しかし、ラジオはラジオのまま扱います。新聞、ちらし、看板、広告、インターネット、言葉が整理されないまま進んでいきます。
ここで、インターネットの広告を実際にスクリーンに映して見せます。検索サイトの画面を見せて、広告を探させますが画面が小さいのでよくわかりません。電子黒板でなくてもブラウザーの拡大機能をつかって拡大したい場面でした。ICTを活用する時は、こういうところにも気をつけたいものです。また、PCがプロジェクタの下の方にセッティングされていたので、操作をしている時に子どもたちの方を見ることができませんでした。それほど高いものではないので、自腹でもワイヤレスマウスを用意するとよいと思います。

子どもにどんどん発言させますが、つねに子どもと1対1の関係です。他の子どもにつなぐことはしません。子どもから出たものを板書するので、中には写している子どももいます。友だちの考えを聞く姿勢を育てることを意識する必要があります。
「携帯に届く」という発言をした子どもがいます。授業者は、最初何を言っているのか理解できませんでした。しかし、子どもとやり取りをしながら、携帯メールによるDMだとわかりました。発言者とやり取りして、本人に言葉を足させていくのはよいことなのですが、どうしても2人だけの世界に入ってしまいがちです。途中で、「○○さんの言っていること、どういうことかわかった」「だれか、説明を足してくれる」と他の子どもも参加させることを考える必要があります。DMの実物を用意していて、子どもに見せます。子どもたちからおもしろい意見も出ます。「TVでコマーシャルと違う・・・」とうまく説明できませんが、タイアップや、情報番組での紹介のことを言っているようです。授業者この他にもいろいろなメディアの例を見せていきます。最後に、「ここまで書きましょう」と板書を写させました。

ここで、この課題の位置づけがよくわからなくなりました。メディアをいろいろと挙げることで、子どもたちに興味づけをしたいのか、メディアの特性を考えさせたいのかどちらだったのでしょうか。前者であれば、あまり時間をかけずに、どんどん出して早く本題に入るべきでしょう。後者であれば、ただやみくもに取り上げるのではなく、そのメディアの特徴、不特定多数対象か、直接個人に届くのかといったことを整理する必要があります。少なくとも、TV、ラジオ、インターネットといったメディアと、広告、口コミといった情報の質・内容・目的を別の軸とすべきでしょう。(とはいえ、5年生では、少し難しいかもしれません)

続いて、この日の主となる課題が提示されます。「情報とどうつきあうか」です。ここでTVのCMを複数見せます。子どもたちは楽しそうにコマーシャルを見ます。何かを考えているわけではありません。こういう時間にあまり意味はありません。この後、何か聞いても漫然と見ているので、答えられないからです。授業者は、もう1度見せるというのです。ちょっと驚きました。今度は「どんな工夫をしているかよく見て」というのです。なるほど、とりあえず見せることで満足させてから、もう1度真剣に見させようという訳です。確かに2度目は子どもたちの姿勢が違っています。しかし、2回見せるにしても、できれば1度目から課題を意識して見させたいところです。発表を聞いて自分の気づけなかったことがあった時、あれそうだっけと思い出せないことがあります。また、気づかなかった視点を得られることもあります。そこで、もう1度見せることで、「確かにそうだ」と納得できたり、新しい視点で見ることで別の気づきがあったりするのです。子どもたちが得る情報量がぐっと増えるのです。

「どんな工夫をしているか」という問いは、実は不完全なものです。工夫は何か目的があってするものです。「工夫」は「目的」と対になっているはずです。その「目的」が明確になっていないのです。この場合、授業の展開は大きく2つ考えられます。1つは、まず「何のためにCMを流すのか」を先に考える。もう1つは、工夫から「何を目的にしているのか」を考えるというものです。授業者は後者の考えを取ったようです。
子どもたちから、「音楽」「出演者」「演出」などの事実が挙げられます。大切なのは、これらと「CMの目的」=「送り手の意図」と結びつけることです。続いての発問は、「どんないいことがある」です。子どもからは、「わかりやすい」「印象に残る」「(タレントだと)信頼できる」といった意見が出てきます。とても大切な場面なのですが、残念なことに友だちの発言をしっかり聞いている子どもは半分くらいです。発言が終わるとすぐに手が挙がります。自分の意見と違うとわかれば発言の機会がまだあるので、指名されたいと勢いよく挙手するのです。「わかりやすいってどういうこと」「わかりやすくするための工夫は他にない」というように、子どもの意見をつなげる工夫が必要です。

「CMを見てどんな風に思うか」が最後の発問です。子どもは「おいしそうだから食べたくなる」「買いたくなる」といったことを言ってくれます。しかし、授業者はそういった意見を発表させるだけで、授業のねらいに向かって深めていきません。というか、授業者自身ねらいがはっきりしなくなっていたように感じます。子どもたちがCMから感じたことと、送り手の意図をつなげていかなければなりません。ここで、面白い意見が出ました。「CMでやっているのは食べない。そんなのは、売れていないから売ろうとして宣伝しているだけだ」という、送り手の意図を意識した意見が出ました。それに対して、「CMで紹介するのは新製品だから、そんなことはない」と座ったまま反論します。この対立を取り上げて考えさせれば、授業のねらいにつながっていきます。一部で議論するのではなく、全体でしっかり話し合うべき場面です。しかし、時間があまり残っていないこともあり、授業者はこのことを取り上げませんでした。とても残念でした。こうなると最初の課題で時間を使いすぎたことが悔やまれます。結局1つ1つの活動や発問がつながらないままに終わってしまいました。本時の目的である、情報とのつきあい方については何も考えることはできませんでした。

情報には「送り手」と「受け手」があります。情報の先には常に人がいます。情報を単独でとらえるのではなく、その先にいる人の意図を考えることが大切です。CMを見せて工夫を考えるのも、工夫の先に送り手の意図があるからです。今回の授業は「どんないいことがある」「どんな風に思う」と工夫と受け手の関係は扱いましたが、送り手の意図との関係は扱えませんでした。情報に隠れて見えにくい送り手の意図を考えることがより大切だったのではないかと思います。

授業者は笑顔を絶やさず、子ども一人ひとりを大切にしています。こどもたちの笑顔がたくさんあった授業でした。一方、子ども同士のかかわり合いはあまり見ることができませんでした。子どもたちの関係が悪いわけではありません。そのような場面をつくればちゃんとできる子どもたちです。まずは、1問1答をできるだけ避け、教師が意図的に子ども同士をつなぐことから始めてほしいと思います。素直に聞く耳を持っている先生です。これからも、どんどん伸びていくことと期待しています。

3人の若手の授業は、本当にたくさんのことを考えるきっかけを与えてくれました。先生方の可能性と同時に子どもたちの可能性を感じる場面がたくさんありました。子どもたちの可能性を引き出すのが先生の仕事です。先生が成長することで、子どもたちも成長するのです。これは、私にも言えることです。私自身の成長が、先生方の成長につながっていくはずです。先生方の成長のお手伝いを通じて、先生だけでなく子どもたちの成長にもかかわれることの喜びとともに、その責任の重さをあらためて感じました。よい振り返りの機会をいただいたことを感謝します。また機会があれば、ぜひ先生方の成長を見たいと願っています。

若手の授業でいろいろ考える(その1)(長文)

昨日の日記の続きです。若手の授業は考えることがとても多いものでした。

3年生の算数の授業は、表とグラフの単元で、表を使って見やすく整理する場面でした。
ワークシートを配布しますが、その前に指示を出しません。すると子どもがワークシートに関して質問します。授業者はその子どもに直接答えます。こういうやり取りが授業中に何度かありました。前回見た時も気になったのですが、その理由がわかりました。子どもが「ワークシートは片づけるのか」という質問をする場面が2回ありました。1回目は「まだ使うから、そのままでいい」、2回目は「もう使わないから片付けてでした」。そうです、1回目は指示を出す必要がないから出さないのだと思ったのですが、片づける指示を出すべき2回目も出していなかったということは、こういった指示を出さない、または出し忘れるということです。指示を出さないことを子どもたちが知っているので、先回りして聞いていたのです。このことから、授業者が、授業での指示や発問、展開に関してあまり深く考えていないことがわかります。

この日の課題は、ワークシート上のカードに書かれた参加したいスポーツの集計をすることです。子どもたちに集計するにあたって気づいたことを発言させますが、数人しか挙手しません。また、友だちの発言を聞こうともしません。特定の子どもばかりが発言します。発言した子どもも、発言したことで満足して、発言が終わると集中力を失くします。ところが、問題文を読むといった、だれでもできることには勢いよくたくさんの手が挙がります。子どもたちは、間違えるリスクのあることには手を出さないのです。
授業者は都合のよい意見を取り上げて、結局自分で説明をします。というより、やり方の指示をするのです。「正」を使って数えることを教えます。なぜ「正」の字かを問いかけ、「5画」を引き出しましたが、なぜ5がよいのかの確認はしません。1年生でやった、5とびで数えるといったこととつなげませんでした。私たちが活用している10進表記と、10の約数である2と5の関係を押さえておきたいところです。

続いて、表を作って「正」を使って各スポーツの欄を埋めるように指示をします。子どもたちは実に様々なやり方をしていました。スポーツごとに数えてその数をわざわざ「正」を使って書いている子どもがたくさんいます。「正」を使うのはかえってムダです。しかし、「正」を使うという指示に従っているのです。「何のために工夫するのか」という整理する目的が明確になっていないのです。数えたカードをチェックしている子どもとチェックしていない子どもがいます。スポーツごとに色分けしてチェックしている子どももいます。この時間で教えたかった、1枚ずつそこに書かれているスポーツをチェックして、表の欄に「正」の字を書いて集計している子どもはほとんどいませんでした。
この活動に当たっては、「正確に」「速く」集計するという目的を明確にしておくことが必要です。また、実際にカードを作って集計する。黒板に付箋紙を貼って考えるといった工夫もほしいところです。目指す考えを引き出すための発問や手立てといったものが明確なっていませんでした。

スポーツごとに1人ずつ指名して、黒板の表に「正」を使って結果を書かせます。結果の確認は必要ですが、大切なのはその過程です。わざわざ時間を使って書かせる意味はありません。そもそもこの発表の仕方が、スポーツごとに数えるという方法へのミスリードになっています。数を確認した後、どんな工夫をしたかを聞きます。子どもからは、数えた終わったカードをチェックすることが出てきます。ここでどのようにチェックをしたか確認しますが、出てきたのはスポーツごとにチェックをするというものです。同じようにやった子どもを挙手させたところ、半分ほどでした。授業者はチェックが大切だとまとめ、次に進んでしまいました。残りの子どもはチェックしなかったのでしょうか。それとも、違うやり方でチェックをしたのでしょうか。結局、「正」の本来の使い方は取り上げられませんでした。集計した結果が出ただけで、子どもたちのいろいろなやり方はまったく取り上げられず、当然その評価もされません。作業することが算数の活動になっています。算数本来の考える活動が微塵もないのです。1時間かけて学習すべきところなのに、時間が余って当然です。

本来学習すべき「正」の使い方をきちんと押えなかった、子どもたちに考えることをさせなかったことも問題なのですが、一番の問題は子どもたちを見ていない、見ようとしていないことです。たとえ教材研究が不十分でも、子どもたちの作業の様子を見て、子どもたちの考えを把握すれば、それを取り上げることで必然的に考える場面ができます。しかし、授業者は子どもたちの手元をろくに見ようともしなかったのです。
このことに関連して気になる場面がありました。他の子どもが指名されて問題文を読んでいる場面で、授業者の顔がちょうど自分に向いた時に、わざわざ髪の毛をいじる子どもがいるのです。それも後ろから大きくかき上げて、頭の上に持ち上げて目立つようにしているのです。これは、私は「退屈しているよ。先生わかって」というメッセージのように思います。同じように髪の毛をいじる子どもが何人かいます。どの子もよくできる子どものようです。授業後確認したのですが、授業者は子どもが髪の毛をかき上げたことに気づいていませんでした。目線は子どもの方を向いていても、見えていなかったということです。子どもの訴えは届いていなかったのです。

授業者へのアドバイスは、授業についてはあえて何も触れませんでした。子どもたち一人ひとりを見ることとはどういうことかを理解してもらうことに専念しました。私の言葉が届いたかどうかはわかりませんが、子どもたち一人ひとりのよいところ、どうなってほしいかといったことを書き出すようにお願いしました。申し訳ないですが、教務主任にフォローをお願いすることになりました。
「子どもを見る」ということの大切さはよく言われますが、具体的にどうすることかを伝えることのむずかしさを改めて感じました。

4年生の音楽の授業は、日ごろは特別支援の担当している先生です。
この日は「ゆかいに歩けば」の歌い方を考える場面でした。前時の復習で、CDの歌い方の特徴を子どもたちに確認します。子どもが発言した後、授業者がその言葉を板書してくれるので、子どもたちはあまり友だちの発言に集中しません。「同じように思った人いる」と子ども同士をつなぐ言葉を入れてから板書するだけでも違ってくるのではないかと思います。子どもからは、「楽しそう」「ゆかいな感じ」といった、前半部分の特徴がでてきます。ここで、他にはないかと、CDを聴かせます。聴きながら体を揺らしている子どもがいました。音楽を楽しんでいる様子が伝わってきます。子どもたちがよく集中しています。こういうよい姿は、ほめておきたいところです。
指名されて一生懸命に説明するのですが、うまく伝えられない子どもがいました。授業者は、笑顔でしっかりと受け止め、聞き返します。子どもたち一人ひとりの発言を大事にしようとする姿勢が伝わります。しかし、その間まわりの子どもの集中力は落ちてしまいます。2人の世界に入ってしまうからです。こういう場合、「○○さんの言いたいことわかる?」とまわりの子どもを巻き込むようにするとよいでしょう。

子どもたちは、後半の滑らかな歌い方になかなか着目できませんでした。曲の部分ごとで歌い方が違うという意識があまりありません。どうしても、前半部分の印象が強いようです。授業は前半部分、後半部分、それぞれの歌い方を工夫するという流れです。このことも考えると、最初の復習場面で出てきた意見に対して、「みんなが言ってくれたのは、曲のどの部分?」と発問するとよかったかもしれません。前半部分であることが出てくれば、「じゃあ、そうでないところ(後半)は、どんな風に歌っている?」と問うことで、子どもたちが気づいてくれたと思います。どの部分かを意識することで、この後の展開も楽になったはずです。

歌い方を「楽譜が教えてくれる」と楽譜に引き付けます。どんなことが楽譜に書いてあるか探させます。子どもたちは「スタッカート」があることに気づきました。授業者はCDの歌い方からその意味を子どもに想像させようとしたのですが、指名された子どもは教科書に説明が書いてあるのでそこから答えました。この日は時間割の変更があったため、教科書のコピーを使っていました。であれば、説明の部分をカットして印刷してもよかったかもしれません。また、拡大コピーを黒板に貼っていたので、教科書(コピー)を見ないで、黒板に注目させて考えさせるという方法もあります。
後半部分の「タイ」も同様に確認しました。前に出て発表した子どもに授業者は「ありがとう」と言って席に戻しました。その子どもはとてもうれしそうに席につきました。ちょっとした一言ですが、大切なことです。前回見た授業以上に子どもたちの表情が明るく、集中が続いていたのは、こんなところにも秘密があるのかもしれません。

この日の主の課題である、それぞれの部分の歌い方を考えるのに、「どのような感じを伝える」「どう歌う」という2つのことをワークシートに書かせました。しかし、子どもたちはこの違いをうまく表現できません。「どう歌う」を具体的な表現方法で表わせないのです。「元気よく」という感じは「元気よく」としか歌えないのです。
書き終った後、ペアで聞き合います。互いに「どのような感じを伝える」を相手に伝えてから歌い、よかったところを聞き合います。子どもたちはペアの活動に前向きです。とても楽しそうにしています。この授業に限らず、学級担任の授業でもペア活動をうまく取り入れていることがよくわかりました。しかし、なかなか歌いだせません。ペアごとにばらばらだと歌いにくいのです。そこで、CDをかけてそれに合わせて歌うことにしました。今度は、しっかり歌えました。
子どもたちの評価は、最初にねらっているところを伝えているので、どうしてもそれに引きずられます。評価の後に、どのような感じが伝わることをねらっていたかを言った方がよかったかもしれません。

さて、この「どう歌う」を具体的な表現方法、「大きな声」「歯切れよく」といったものに変えるためにはどのようにすればよいのでしょうか。
1つは、「歌を聞いて感じること」に対して、「どういう歌い方でそう感じるのか」ということを日ごろから問いかけるという方法があります。「明るい」に対して「声が大きい」「音の区切りをはっきりさせる」というようなことを引き出すのです。音楽的な表現の具体的な方法をできるだけたくさん身につけさせておくという訳です。
また、今回のペア活動であれば、「どのような感じを伝える」だけを書かせて、それが伝わるように意識して歌わせてもよかったかもしれません。「どんな歌い方をしていたか」を評価することで、歌い方を客観視するのを聞き手の仕事にするのです。その上で、どんな感じを伝えたかったかを聞き、歌い方と感じることの関係を互いに確かめ合うことで、具体的な表現方法と結びつくようにします。実際にはすべてのペアで上手くいくわけではありませんので、全体で発表させ、具体的な表現方法を評価することで共有していくことが必要になります。

前回の訪問時に指摘したことを素直に取り入れようとしていたことをとてもうれしく思いました。子どもたちがとても積極的に取り組んでいることと、集中力が最後まで切れなかったことが印象的でした。子どもたちに活動を止めて授業者に集中するように指示する場面で、早い子どもをほめて行動をうながすと、すぐに子どもたちは顔をあげました。授業者が「子どもたちの個々の問題をつぶしてもきりがない、それよりもできていることをほめるようにすると、驚くほど子どもたちがちゃんとやってくれる」と言ってくれましたが、そのことを裏付ける場面でした。短期間に大きく成長していました。新しいことに挑戦してくれたので、わたしも音楽の授業についてたくさんのことを考え、学ぶことができました。今後の成長がますます楽しみになってきました。

長文になってしまいましたので、最後の一人の授業については明日の日記で。

先生方の意識の変化を感じる

先週、小中一貫校の現職教育に参加しました。この日は小学校で全学年の授業を参加しました。特に若手3人の授業はそれぞれ1時間ずつしっかり見せていただきました。

今回驚いたのが、前回訪問時と比べて先生方の意識に変化が見られたことでした。明らかに、子どもを受容しようとする姿勢が強くなっているのを感じました。子どもたちのどんな発言もしっかり受け止めようとしていました。ただ、挙手した子どもしか指名しないので、ノートにちゃんと考えを書けている子どもでも挙手しなければ指名されません。子どもたちは挙手して指名されることに対してリスクを取っているように感じます。先生方は子どもの発言を受容するのですが、評価をしません。正解かどうかではなく、どのようなよい点があったかの価値づけがされないのです。子どもにとっては、発表してもあまりいいことはありません。しかし、間違えたら恥をかきます。リスクしかないのです。子どもの発言を価値づけする。発言がたとえ間違いでも友だちの考えとつなぎ、自分で間違いを修正させる。このようなことを意識し、子どもたちに、発表すれば最後は必ずポジティブな評価で終わると思わせたいのです。
子どもの発言に対して、それを受けて教師がすぐに説明する傾向があります。そのため、子どもたちは、友だちの意見を真剣に聞こうとはしません。友だちの意見を聞く意味がないからです。「今の意見どう?」「○○さんの考え、もう一度説明してくれる」と他の子どもにつなぐことを意識してほしいと思います。

この日はたまたま算数の授業が多かったのですが、板書や図の見せ方などの工夫に対して、発問や、授業の展開に関する教材研究がまだ甘いと思いました。例えば、

九九を使った1桁のかけ算から、1桁×2桁のかけ算へのつなぎであれば、かける数が1増えればかけられる数だけ増えることを押さえておく。九九の表の性質を使うのなら、表の性質を予め復習しておく。このような、子どもが考えるための足場をつくっておく。

真分数と仮分数の性質で、分子と分母の大小関係に注目させるのであれば、真分数と仮分数
が、数直線のどこに現れるかを押さえる。同じ分母であれば分子が大きい方が大きい。1がn/nであることと合わせて、分子と分母の大小関係につなげていく。こういうスモールステップの展開を考えておく。

こんなことが必要だと感じました。

若手以外の授業はすべて算数でした。
1年生の担任の先生の授業は最初しか見ることができませんでしたが、見事な授業規律でした。遅刻してきた子どもに対しても、状況をきちんと聞いて受け止めています。以前は厳しくしつけていると感じたのですが、今は子どものできたことを認めながら規律を作っているようです。温かい雰囲気を感じました。指示に対する子どもの動きがとても速いことが印象的でした。是非皆さんに参考にしてほしいと思う姿でした。
100までの数の数え方を復習します。10とび、5とびと全体で数えていきました。ここで、ちょっと不安な子どもを指名して2とびを言わせます。こういう場面では他の子どもの集中が切れやすいのですが、一つ数えると続いて全員に言わせることで、子どもたちの集中を切らしませんでした。なかなか見事です。ただ1点残念だったのが、98の次がなかなか言えないときの対応でした。「助けてあげて」と他の子どもを指名し、発表させて全体で確認しました。ここは、全体で確認する前に、最初の子どもに「どう?」と聞いて、自分で言わせたかったところです。「助ける」時は、「まわりの人、助けてくれる」として本人が直接教えてもらうようにするとよいでしょう。本人が教えてもらって発言することで、初めて「助けられた」ことになるのです。「助けてくれてありがとう」「助けてもらってよかったね」と評価することも忘れないでほしいところです。
私が以前の現職教育で全体に話したことで、自分が使えそうだと思ったことは積極的に取り入れてくれています。素直で前向きな方なのでしょう。これからもどんどん伸びていかれることと期待します。

2年生の担任の先生は、子どもたちの言葉をていねいに拾っています。課題の提示にも気を配っています。子どもたちとの関係もとてもよさそうに見えました。子どもをしっかりと受容しているように思います。
この授業では、子どもからいろいろな考えを引き出したいと考えていたようでした。このこと自体はとてもよいことですが、まず基本となる考えを全員が見つけられことを優先してほしいと思いました。いろいろな考えが同じレベルででてくると、子どもたちが混乱しやすいからです。そのためには、必要な知識や既習事項を課題に入る前に、しっかりと整理しておいて子どもたち意識させることが大切です。ヒントといった言葉を使わずに、子どもたちが自然と意識できるようにしたいところです。

4年生の担任の先生は、数直線を大きく示して、とてもわかりやすく黒板を使っていました。用語の定義もしっかりと教えていました。用語は考えることではなく教えることです。定着させることを意識していることがよくわかりました。
他の時間にこの学級でおこなった若手の音楽の授業で、ペアでの練習場面がありました。この時子どもたちはとても自然に取り組めていました。日ごろからペア活動を道徳などに取り入れられているそうです。そういった取り組みのせいか、子どもたちのよい表情をたくさん見ることができました。

6年生の担任の先生は、子どもの発言をしっかり受け止めていました。子どもの発言を聞き終ってから、そのまま板書します。これは意外とできないことです。子どもの発言が長くなると、どうしても聞きながら板書してしまうのです。ただ、今回の場面ではせっかく板書した発言を使う場面がありませんでした。結果論かもしれませんが、もしそうであるのなら、板書することにこだわらず、同じようなことに気づいた子どもがいるか、その意見に納得したかといったことを他の子どもにつなぎたいところでした。
この場面は2つのグラフを見て「気づいたこと」を発表するものでした。この「気づいたこと」という問いかけは注意しなければいけません。抽象的で、子どもたちに視点が育っていないとなかなか答えられないものです。単に気づいたことと問うのではなく、事前に視点を整理したりすることが必要です。ここでは、そのようなことをした形跡はありませんでした。ところが、どの子どもも「一方は○○で、他方△△」ときちんと2つのグラフを比較できています。一方から気づいたことで終わりという子どもはいません。これは「比較」という視点が子どもたちにしっかり育っているということです。日ごろどのようなことを大切にしているかよくわかる場面でした。

ベテランや中堅の先生が授業改善に前向きだったことがとても印象的でした。では、若手の授業はどうだったのでしょうか。この続きは明日の日記で。

授業改善の進め方について講演

先週、市主催の研修で講演を行ってきました。ずいぶん以前に中学校での研修をお引き受けして以来の訪問でした。対象は市内の小中学校の管理職やミドルリーダーが中心で、テーマは授業改善を学校でどのように進めていくかというものでした。学校での授業の実態をあまりよく把握していない市なので、事前に電話で指導主事から学校や授業の様子を教えていただきました。あとは、当日の皆さんの反応を見ながら、話のどの部分を広げるかを決めることにしました。

最初に、授業改善は、どのような学校、子どもの姿を目指すのかを具体的にすることから始まることを話しました。ここがはっきりしないと、何をどう改善していけばよいか具体的になりません。目指す姿を明確にするためには、まず管理職やミドルリーダーが日ごろから学校や授業の様子をよく見ておくことが大切です。実際に見た子どもたちのよい姿から、学校全体で目標にすべき姿が見えてきます。逆に見つけた課題から、どのような子どもたちの姿を目指すべきかがわかります。
私が学校現場でよく見る子どもたちの姿を、そのような場面で教師はどう対応すればよいのかというアドバイスと合わせて、いくつか例を挙げて説明ました。特に、教師の対応に関して参加者の反応が多く返ってきます。授業改善の進め方だけでなく、具体的な改善方法に興味を持っていることがわかりました。このことを意識しながら、話を続けました。

目指す姿を学校全体で共有することが大切ですが、言葉に頼るだけでは、一人ひとりが持つ具体的なイメージは異なってしまいます。そのずれをなくすためには、実際にその姿を見ることが一番です。特に子どもの姿は、全員が研究授業などの具体的な場面を見ることで共有しやすくなります。もう一つの方法は、研究実践校などの公開授業で見てくるというものです。しかし、他校の場合、「素晴らしいが、自分たちの学校ではとても無理だ」「子どもたちが違う」といった否定的な言葉でてくる危険性があります。また、いくらその学校で話を聞いてきても、どうすればいいのか、細かいことはわかりません。学校の置かれている環境でもとるべき方法は変わってきます。自校で、ほんのわずかな場面でもいいので、具体的な姿を見られるようにすることが大切です。研究授業で、「よかった姿」として検討会で共有する、日ごろの授業で見つけた目指す姿をホームページなどで先生方に見える形にするといったことが求められます。

そのためには、まずどこかでその姿をつくり出す必要があります。「全体で進めながらそのような姿を見つけて広げていく」のか、「特定の個人やグループで集中的に研究し、そこでつくりだす」のか、そこにはいろいろな戦略があると思います。
全員が一緒に変わっていくというのは理想ではありますが、簡単ではありません。ターゲットを意識することも必要です。若手が伸びればベテランにプレッシャーがかかります。ベテランや中堅が若手に伝えることを意識すると、若手が育つだけでなく、自身の授業の質が変わります。結果として全体がよい方向に変わっていきます。どこをターゲットにして、どのようなアプローチを取るのかを、学校の状況に応じて工夫する必要があります。

研修の具体的な方法とポイントを整理しました。
全体を対象にする研修
講演は、聞いてよかったという声は上がっても、その後本当に変わったということはあまり聞きません。同じやるにしても、一般的な理論のお話よりも、学校の課題にピンポイントに対応した具体的な実践の話の方が、効果は高いように思います。
最近増えてきているのがワークショップ形式のものです。参加型で受け身にならないことが利点の1つですが、目的意識やゴールがはっきりしていないと授業と同じく「活動あって学びなし」になってしまいます。先生方が抱えている課題とワークショップの内容が一致していることが大切です。
こういった研修を代表者が外部の講習や研究発表に参加して、学んできたことを伝達する形で校内研修を行うという方法があります。こうすることで、代表者は真剣に学んできますし、内容も自校にあったものにアレンジされます。最近よく目にする方法です。
全体で行う校内研修の定番は授業研究ですが、形式的なものになっていることもよくあります。何よりも、授業者がやってよかったと思うものにする必要があります。そのための基本は授業のよいところを見つけようとすることです。授業から学んだこと、参考になったことを共有することが大切です。

個を対象にする研修
個別の授業アドバイスは、授業が上手くなりたいと思っている先生にはとても有効な方法です。私のような外部を活用するのでなければ、管理職やミドルリーダーが行うことになります。大切なのは、子どもを見る視点を共有しておくことです。視点が育てば、毎日の授業で子どもをしっかり見るようになります。子どもたちの姿から授業を正しく評価できます。評価できれば、課題が見えてきます。その課題を解決しようとすることで、授業は自然に改善されていきます。アドバイザーと視点の共有できていれば、自分で解決できない時は、相談してくれるようになります。こういう関係をつくることが大切です。
視点の共有に有効なのは、一緒に授業を見ることです。今教室で何が起こっているか、子どもたちはどのような状態であるの、その場で解説することでよく伝わるのです。
また、アドバイスの内容は、ある程度絞ることが大切です。たくさんのことを一度に言われても全部ができるわけではありません。今必要なことに絞って具体的に伝えることを意識する必要があります。その上で、継続的に授業を見ることが求められます。できたことをほめる、できていなくてもやろうとしていればほめる。小刻みにアドバイスと評価を続けることが大切です。

グループを対象にする研修
若手ややる気のある先生方で、グループを作って授業づくりをするのは力をつけるのに効果的な方法です。指導案を一緒に検討し、模擬授業を行ない、ブラッシュアップを一緒にすることで、学びあう関係が構築されます。同じ教科にこだわる必要はりません。教科内容そのものに意見を言うことはできなくても、模擬授業で子ども役をやって感じたことを伝えることができます。子ども役をやることは子どもの気持ちを理解することにもつながります。本番の授業では、いつも以上に子どもの様子が気になり、より深く学ぶことができます。このグループが授業について気軽に話し合う学校づくりの核となってくれます。

このようなことを、実際の授業場面の例をできるだけ交えてお話ししました。
資料として、具体的な授業改善の方法もつけましたが、こちらの話も聞きたかったというお声を何人もの方からいただきました。積極的に参加いただけたようでうれしく思いました。

久しぶりお会いした指導主事とどのような研修が有効なのかについてお話しすることもできました。研修の充実が言われていますが、それを具体的にするためにたんと者の方がいろいろと思い悩んでいることがよくわかります。来年度、新しい形の研修を企画したいという気持ちなられたようです。またの機会があればぜひおじゃましたいと思います。よい時間をありがとうございました。

愛される学校づくり研究会の役員会に参加

3連休の最終日に、愛される学校づくり研究会の役員会に出席しました。「愛される学校づくりフォーラム2014 in京都」の当日の会場設営や流れ、配布資料など本番に向けての準備、検討が主な話題です。

事務局が事前にいろいろと検討の上で提案してくれたので、参加者からの疑問や質問に対しても的確な回答が得られ、大きなイベントの運営にもかかわらずスムーズに議事は進みました。
とはいえ、出演者の入れ替えの動線、司会者の立ち位置、必要な機材の確認とセッティング、検討すべきことはたくさんあります。模擬授業一つとってもどのようなレイアウトで行うのが見やすいのか、あれやこれやと悩むところです。当日貴重な時間を割いて参加してくださる方に少しでも多くの役立つ情報を提供できるように知恵を絞りました。
このようなイベントでは、どうしても出演者にスポットが当たりますが、いつもながら思うのがそれを支える裏方があってのことです。事務局はじめ企業会員のたくさんのスタッフが事前の準備や当日の運営を引き受けてくれるので、私たち主演者は自分の役割に専念できます。
学校の行事などでも事情は同じです。子どもたちにも、先生方にも裏方の役割が必ず必要ですが、彼らに対する感謝の気持ちを明確に表わすことを忘れがちです。このことを意識するよう心がけたいものです。

役員会の最後に、新しいイベントが提案されました。継続的に開催しようという企画ですが、どのようなものになっていくかは未知数です。だからこそ面白いとも言えます。今年の夏にまず第1回を行うことが役員会で承認されました。全体で承認されましたら、ここで紹介させていただきます。楽しみにしてください。

フォーラム開催まで1月を切りました。準備にも拍車がかかってきます。研究会の会員の力を合わせて、参加される方に満足していただけるフォーラムにしたいと思います。

ICTを活用した授業研究ツールの打ち合わせ

2月9日(日)に開催される「愛される学校づくりフォーラム2014 in京都」では、ICTを活用した授業研究を紹介します。そこで紹介するICTソフトの打ち合わせをおこなってきました。

この日見せていただいたプロトタイプは、私がイメージしていた以上に見やすく、使いやすそうなものに仕上がっていました。これから動作チェックや細部の詰めが残っていますが、参加された皆さんが自分の学校でも使って見たいと思えるようなものになっていると思います。授業検討だけでなく、研究授業中に参観者がどこに注目しているかがリアルタイムにわかるツールにもなっています、また、授業検討に利用するだけで、特別なことをしなくても授業と授業検討会のインタラクティブな記録も作成されます。非常に可能性の高いツールになっていると自負します。短い時間でここまで仕上げてくださった開発チームの皆さんに感謝です。このツールの詳細についてはフォーラム当日のお楽しみとなっています。これ以上詳しくは書けないのが残念です。興味のある方は、ぜひフォーラムにご参加ください。

フォーラムの残りの座席はあとわずかになっています。参加を希望される方はお早目に、こちらのページからお申し込みください。

堀裕嗣先生の講演で考える

本年度第6回の教師力アップセミナーに参加してきました。札幌市立北白石中学校の堀裕嗣先生の講演です。「教師力アップの極意」という演題で、力量形成系のお話が中心でした。

堀先生は、「教師力=スキル×キャラクター×チーム力」と定義しました。キャラクターというのは、一人ひとりの個性ということです。必ずしも人間的に優れている必要はありません。それぞれの個性を活かすことができればいいのです。このことは、チーム力と関係してきます。厳しい先生、優しい先生、面白い先生、いろいろな先生がいて、互いにチームとして補い合うことが大切だということです。自分のキャラクターに合った役割を演じればいいのです。学年の中に1人突出した力を持った先生が1人で突っ走ると、まわりの先生が迷惑をする。いくらスキルがあって、子どもたちの人気があったとしても、チームとして一緒にやって、いろいろと教えてくれないとまわりにとってはマイナスの存在になってしまう。チームという発想が大切だということです。私も、チーム力ということは学校経営の視点で大切にしていますが、教師力として考えたことはあまりなかったので新鮮でした。

堀先生のおっしゃることと同じかどうかはわかりませんが、このことに関して思い出すことがあります。私はそんな突出した力を持っていたわけではありませんが、当時の先輩から「君の授業の影で多くの先生が犠牲になっている」ということを言われたことがありました。自分としては子どもたちに学力をつけるために一生懸命に授業をし、かつ工夫もしていたのに、そのように言われたことはとても心外でした。他の先生の力がないだけでないか。そのようにも思いました。しかし先輩が伝えたかったことは、「私が頑張ることで、私の授業でエネルギーを使い切った子どもたちが、他の授業では集中力を失くす」「私の教科の勉強が大変なので、他の教科の手を抜く」、そういうことでした。その時の私は、自分の教科の結果だけを出せればいいという独りよがりだったのです。それからは、自分がかかわる学級については、他の教科とのバランスを意識するようになりました。

キャリアアップを考える時、スキルは自分のキャラクターにあったものを身につけることが大事であると話されます。私は、他の先生の授業から学ぶのに、「芸」に騙されるなとよく言います。ベテランや名人と呼ばれる方の授業には思わず真似をしたくなるような素晴らしいスキルがあります。しかし、それはその先生の個性(キャラクター)と結びついた、「芸」ともいえるものであることが多いのです。そのまま真似しても、まずうまくはいきません。そうではなく、その「芸」の中にある普遍的なものを見つけることが大切です。いろいろな方の素晴らしい授業を見せていただく機会が多いのですが、一見すると全く異なるように見えるスキルでも、根っこは同じであることが多いのです。素晴らしい授業は本質的に共通部分がたくさんあるのです。

スキルを身につけることは大切であるが、それに加えて「ネットワーク」が必要だということを言われます。1人でできることは限られています。1人で手に負えないときには他者の助けを借りることは大切です。そのためには人脈が必要なのです。
そしてもう1つ大切なのは、「人柄の良さ」ということです。本当によい必要はない。子どもや親に人柄が良いと思われることが大切だというのです。相手に聞いてもらえるかどうかは、正しいことを言ったかどうかではなく、人柄がいいかどうかで決まる。この人が言うことだから聞こうという気になるかどうかなのです。
このことについても、思うところがあります。生徒指導が上手い先生には共通点があるのです。子どもを厳しく指導しますが、日ごろは笑顔で子どもたちと接し、子どもたちを認め、子どもたちをよくほめるのです。子どもたちとの人間関係をしっかりとつくっているから厳しい指導にも子どもたちは従うのです。「キャリア=スキル+ネットワーク+人柄の良さ」という堀先生の定義に納得です。

堀先生は、教師に求められる資質は次のようなものだと考えられています。

第一にいつも笑顔でいること。
自分が大人になった姿を想像した時に、希望あふれるイメージを持たせたい。そのためには、子どもたちのまわりに、いつも笑顔、上機嫌で互いに仲のよい大人がいることが大切だと主張されます。子どもたちと先生が一緒に笑い合う瞬間をつくることが大切なのです。
子どもたちが自分の将来を明るいものと思えなければ、大人になることを拒絶します。刹那的な行動に走ります。こんな大人になりたいという手本が子どもたちのまわりにいることが大切になります。私は、地域の方に、大人になるのは素晴らしいことだと子どもたちに思わせるような大人であってほしいとお願いします。堀先生のお話に、そのことと通じるものを感じました。

第二に孤独に耐える力をもつこと。
子どもたちに損をさせないために、孤独に陥ることを恐れずに主張すべきことを主張するということです。損をさせないという言葉には、すこし引っかかるものがありますが、「子どものために」と置き換えれば納得のいくことです。

第三に無駄を大切にすること。
教師の仕事は、ムダになることがたくさんある。やんちゃな子どもの指導は98%がムダに終わる。でもやり続けなければならない。子どもたちと馬鹿げたビデオをつくること自体には何の意味もない、ムダなことに見える。しかし、学年の雰囲気づくりに役立っている。発案者が堀先生だということは、子どもたちは皆知っている。だから、厳しい指導をしても「仕方がない」と思ってくれる。正しいことを言ったかどうかではなく、誰が言ったかの「誰」になることが大切になるのです。

第四に必要なときに馬鹿になれること。
自分がバカになれるかどうかは、相手との関係で決まる。バカになれるということは、相手と仲がいいということ。そういう集団を目指さなければならない。つまらない自意識や、過剰な自意識から解放され、自分を相対化することで、相手との位置関係を正しく認識できる。そうすることで、対立しても落としどころを見つけることができるということです。

第五にいつでも変われること。いまを壊し、新しい自分になることを恐れないこと。
教師は、現状維持が好き。外圧がないと変わろうとしない。そういう殻を破ることが大切だということです。

続いて、現在の学年をどのように運営しているか、これらのことと関連づけながら具体的に話されました。面白いエピソードをたくさん聞くことができました。堀先生は少人数でのコミュニケーションを大切にされています。このことも、とても印象的でした。相手に応じたコミュニケーションを考えると少人数での対応になることは納得がいきます。コミュニケーションの場を作るための工夫もとても参考になるものでした。堀先生と同じことはなかなかできませんが、その考え方を自分に取り入れることはできます。

今回は教師力アップの入り口のお話しでしたが、その根底にあるものに思いをいたらせると、考えさせられることがたくさんありました。よい勉強の機会をいただけたことに感謝します。

「話す力」をテーマに介護関係者向け研修を行う

先週末に、介護関係者向けのコミュニケーションに関する研修をおこなってきました。今回は、「話す力」がテーマです。相手に伝わるためにどのようなことを意識すればいいのかを具体的な場面に即して考えていただきました。

話すことで一番意識してほしいことは、話せば伝わるわけではないということです。コミュニケーションにおいて話すことが目的ではありません。伝えたいことが相手に伝わることが目的です。そのためには、相手に伝わる言葉を選ぶことが求められます。同じ言葉でも人によって受け止めることが違ってくるのです。このことをいつも頭の片隅に置いておく必要があります。
また、子どもたちへの指示と同じですが、相手がうなずいても本当に伝わっているかどうかはわかりません。
確認が必要になってきます。ただ相手はお年寄りであることを考えて、確認の反応をせかさずに受け止める姿勢が強く求められます。忙しい現場だと思いますがそのような余裕を持ちたいものです。

同じことを伝えるのでも、どのような言葉を使うかによって相手が受ける印象は異なってきます。否定的な言葉は相手の気持ちを否定的にします。できるだけ肯定的な言葉を使うようにしたいものです。「焦らないで」というよりも「落ち着いて」といった方がポジティブな気持ちになります。否定的な言葉で言われると、今まで簡単にできていたことができなくなっている現実を直視させられます。話す側に悪気はなくても、気持ちが暗くなってしまいます。私たちは普段何気なく否定的な言葉を使っています。日ごろから肯定的な言葉を意識して使う訓練をする必要があります。

もう一つ意識してほしいことは、主語です。「Iメッセージ」と「Youメッセージ」です。「Youメッセージ」は柔らかい表現でも、命令的なニュアンスが含まれてしまいます。「言ってください」(Youメッセージ)と「聞かせてください」(Iメッセージ)では、同じことを相手に求めていても受ける印象は変わってきます。また、「Youメッセージ」は上から目線と受け取られることがあります。「すごい、頑張りましたね」は相手をほめているのですが、ほめるということはこちらが評価者になっているということです。立場を上に置いていると思われる可能性があります。現役のころに自分が評価する立場で接していたような若い人に評価されるのは、プライドが傷つくかもしれません。「やった、うれしいな」と「Iメッセージ」で「あなたが頑張ったことがうれしい」というポジティブな気持ちとして伝えると、同じ目線で相手に寄り添っていると感じてもらえます。自分が頑張ったことが相手を喜ばせたと感じることは、自己有用感にもつながります。こういったことを大切にしてもらいたいと思います。

最後に、言葉以外にも相手に伝える手段がたくさんあることを確認しました。具体的な場面を想定して伝える練習をしていただいたのですが、皆さんジェスチャーを入れるなど、言葉以外のコミュニケーション手段を上手に使われていました。さすが、実務経験のある方は違います。私からは、今コミュニケーションを取っている姿が第三者からどのように見えるか意識してほしいことを伝えました。まわりの人がどのように感じるかは場の雰囲気に大きな影響があります。授業でもそうですが、特定の子どもに対する教師の対応が他の子どもたちに影響するのです。
また、どんな場合でも笑顔を忘れないこと、立ち位置や目線の高さも意識することをお願いしました。笑顔で、相手に寄り添うようにして、目線を相手の目の高さに合わせることができれば、それだけで伝わりやすくなるはずです。

研修終了後、簡単に見えるけれどいざやろうと思うと難しいという感想をいただきました。その通りです、こう言えばいい、こうすれば絶対うまくいくという方法があるわけではありません。大切なのは、相手に伝えたい、わかってもらいたいという姿勢で接することなのです。同じ言葉を使っても、そのような姿勢であれば間違いなくより伝わりやすくなるはずです。今回の研修でそのことに気づいていただけたのなら幸いです。
いつものように、職場での実践に基づいた対応を見せていただくことで、私も大変勉強になりました。ありがとうございました。
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