ともに生きる

ちょっといい話

   男の手

 俺に父はいない。癌にかかり、妹が生まれてから亡くなったらしい。
 俺と妹が小学生になったある日。学校から帰ってのんびりしているときに隣家で火事、あっという間に俺たちの家に火は燃え移った。母は仕事でいなかった。妹の手をとり部屋から脱出しようしたが、ドアノブが火の熱によって溶かされて出れそうにない。(このとき俺は右手を火傷した)部屋は2階だし、窓から脱出しようにもできない。俺は助けが来るまで、熱から妹を守るため、布団で妹を包み必死に抱きしめた。ただ、俺も妹も限界に近い……。そんときだった。誰かが俺の体を包み込んだんだ。俺たちは無事助かり、どういう経緯で家から脱出したかは覚えてはいない。ただその時、微かに覚えてるのは、助かったときに見たグシャグシャ泣き顔の母の顔。それと、あの火事の中で聴こえた「手、痛いだろ……、偉いぞ。男の手は、愛する人を守るためにあるんだ。」という言葉と、ずっと、誰かが抱きしめててくれたこと。確かその人は、坊主頭でちょっとたれ目、左目の下には傷痕があった。
 大きくなった俺たちは、母から父の手紙をもらった。俺たちが生まれて間もない頃の、家族写真も何枚か入っていた。写真の中で笑う父は、坊主頭でちょっとたれ目、左目の下に傷痕があった。薄くて誤字だらけの手紙は読むのがやっとで、手紙の最後にはこう書かれてた。「男の手は、愛する人を守るためにあるんだ。あの世にいっても、俺は家族を守る。」
 俺はもうすぐ父親になる。妻と、生まれる子どもをこの手で守っていくよ、あなたを見習って。

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