最新更新日:2024/04/26
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令和6年度が始まりました。1年間どうぞよろしくお願いいたします。

ちょっといい話 3月10日(金)

震災と向き合う12歳の日記4

 「お父さんが軽トラでもどっていった姿を見ました。津波にのみ込まれませんように。そう祈っていました」。巨大地震と大津波が東日本を襲ったあの日、子どもたちは何を見、その後をどう生きたのか。岩手県山田町の町立大沢小学校を3月に卒業した6年生が毎日小学生新聞に寄せた体験日記には震災と向き合う姿が率直につづられていた。

◇3月28日
 きょうは火葬の日。ぼくとねえちゃんとお母さんとけいじろうは、手紙を書いて、お父さんと一緒に入れてやりました。拝んでいる時ぼくは「箱石家は頑張って継ぐからまかせて」と言いました。お墓に骨を埋めるまで、ぼくに骨を持たせてくれました。骨をうめてホッとしました。

◇4月7日
 きょうは、ありがたいと心から言える日でした。お父さんとぼくたちの記事を見て、お父さんが東京マラソンを走った時の写真とお手紙を新聞の人が持ってきてくれました。ぼくたち家族に贈る言葉や、さらにはぼくに贈る言葉の手紙もありました。やっぱりお父さんはすごい。今日は本当にありがたい日だ。

 25日、155人の仲間と一緒に町立山田中学校に入学した。日記は、大沢小の子どもたちが復興に立ち向かう様子を紹介する「大沢からの報告」として毎日小学生新聞に11日に掲載。何回も読み、涙が止まりません。皆様が少しずつでも前に進める日がくることを願っております

今日のお話 3月10日(金)

 東井 義雄の名言

   今が本番

   今日が本番

   今年こそが本番

   明日がある

   明後日がある

   と思っている間は

   なんにもありはしない

   肝心な今さえ

ちょっといい話 3月9日(木)

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  震災と向き合う12歳の日記3

 「お父さんが軽トラでもどっていった姿を見ました。津波にのみ込まれませんように。そう祈っていました」。巨大地震と大津波が東日本を襲ったあの日、子どもたちは何を見、その後をどう生きたのか。岩手県山田町の町立大沢小学校を3月に卒業した6年生が毎日小学生新聞に寄せた体験日記には震災と向き合う姿が率直につづられていた。

◇3月25日
 親せきの人の携帯に電話がかかってきました。内容は、お父さんらしき人が消防署の方で見つかったということでした。急いで行ってみると、口を開けて横たわっていたお父さんの姿でした。ねえちゃんは泣き叫び、お母さんは声も出ず、弟は親せきの人にくっついていました。顔をさわってみると、水より冷たくなっていました。ぼくは「何でもどったんだよ」と何度も何度も頭の中で言いました。「おれがくよくよしてどうすんだ」と自分に言いました。でも、言えば言うほど目がうるんでくるばかりです。お父さんの身に付けていたチタン、東京で買った足のお守りや結婚指輪、携帯。そして驚いたのが時計が動いていたことです。お父さんの息が絶えた時も、津波に飲み込まれている時も、ずっと。
 お父さんの時計は今はぼくのものになっている。ぼくがその時計をなくしたりすることは一生ないだろう。

◇3月26〜27日
 見つかった時のお父さんの顔。まだ頭のどこかで見なきゃよかったと。でも見つかったおかげで火葬もできるし、お父さんをさわることができた。お父さんの体は水を飲んだのか胸がふくらんでいるだけだ。やっぱり見つかってよかった。

今日のお話 3月9日(木)

 東井 義雄の名言

   生きている

   健康である

   手が動く

   足で歩ける

   目が見える

   耳が聞こえる

   この当たり前のことの中に

   ただごとでない幸せがある。

□ プロフィール
 兵庫県豊岡市出身の教育者、僧侶(浄土真宗)。小学校教師として奉職し多くの著作を残したほか、東光寺の住職も務めた。

ちょっといい話 3月8日(水)

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  震災と向き合う12歳の日記2 

 「お父さんが軽トラでもどっていった姿を見ました。津波にのみ込まれませんように。そう祈っていました」。巨大地震と大津波が東日本を襲ったあの日、子どもたちは何を見、その後をどう生きたのか。岩手県山田町の町立大沢小学校を3月に卒業した6年生が毎日小学生新聞に寄せた体験日記には震災と向き合う姿が率直につづられていた。

◇3月18日
 津波から1週間。お母さんは、もうこんなに日がたっているのに、まだお父さんが見えないとあきらめていませんでした。じいやんは泣いて「家も頑張って建てるし、おまえたちだってしっかり学校にいかせられるように頑張るから、お父さんがもしだめだとしても頑張るからな」と言っていました。

◇3月23日
 卒業式でした。「ありがとう」の歌を歌っている時、お父さんに「お父さん、お父さんのおかげで卒業できたよ。ありがとう」と頭の中で言いました。そしたらなぜか、声がふるえて涙が少し出てきました。その夜、こんな夢を見ました。お母さんとお父さんが宮古のスーパーマーケットから帰ってきた夢でした。

今日のお話 3月8日(水)

 竹内正浩の名言

   どのようなことを

   学べばいいのかを

   把握しないまま

   努力してはいけません。

ちょっといい話 3月7日(火)

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  震災と向き合う12歳の日記1 

 「お父さんが軽トラでもどっていった姿を見ました。津波にのみ込まれませんように。そう祈っていました」。巨大地震と大津波が東日本を襲ったあの日、子どもたちは何を見、その後をどう生きたのか。岩手県山田町の町立大沢小学校を3月に卒業した6年生が毎日小学生新聞に寄せた体験日記には震災と向き合う姿が率直につづられていた。

◇3月11日
 卒業式の歌の練習をしていました。とてもゆれの大きい地震が来ました。最初は単なる地震だと思っていました。大津波警報が出ても、どうせこないと思っていました。来たとしても10センチメートル程度の津波だと思っていました。全然違いました。ぼくが見たのは、国道45号線を水とがれきが流れているところです。お母さんとお父さんが津波が来る前に大沢小に来ているところは見ました。だけどその後、お父さんが軽トラでもどっていった姿を見ました。お父さんのことが不安でした。車を運転しながら津波にのみ込まれませんように。そう祈っていました。

今日のお話 3月7日(火)

 竹内正浩の名言

   「ビジネスの世界では

   相手に好かれるだけでは

   不十分です。

   利益になるか、ならないか。

   損か得か。

   役に立つか、立たないか。

   それが大事です。

トイレピカピカ大作戦・掃除に学ぶ会IN楽田小学校

 トイレピカピカ大作戦・掃除に学ぶ会に参加した保護者・子ども、掃除をしたトイレを使った4年生の感想

□ 掃除をしたトイレを使った4年生
 きれいで気持ちよかった。
 使いやすくなって。
 休みなのに掃除をしていただきありがとうございます。
 6年生になったら自分もがんばる。トイレ掃除が伝統になるといい!

□ 参加された方(保護者)の感想
 私自身、「トイレピカピカ大作戦」への参加は、今回で4回目になります。毎回違う メンバーで感想も様々です。しかし、1つだけみんな同じなのは、最後に「きれいになってよかった」、「楽しかった」という言葉が、参加した人から出てくることです。私も、参加するたびにそう思いました。これからも、このような活動が続けられることを願っています。今日も子どもと参加でき、よかったです。

□ 参加された方(子ども)の感想
 今日、トイレ掃除をしていて、最初は便器に手を入れのも「イヤだな−」と思ってたけど、「美濃加茂掃除に学ぶ会」の先生方が、素手でやっているのを見てがんばったら、どんどんきれいになってうれしかったです。今日、トイレに「本当に6年間ありがとう」と思えることができました。いい経験ができました。「美濃加茂掃除に学ぶ会」の先生方、ありがとうございました。

ちょっといい話 3月6日(月)

あなたに贈る【感動する話、泣ける話、きゅんきゅんしちゃう恋愛話】

  あなたは「ありがとう」の反対の言葉を答えられますか?

 ありがとうの反対語など、今まで考えたこともなかった。教えてもらった答えは……、「あたりまえ」。「ありがとう」は漢字で書くと「有難う」、「有難(ありがた)し」という意味だ。あることがむずかしい、まれである。めったにない事にめぐりあう。すなわち、奇跡ということだ。奇跡の反対は、「当然」とか「当たり前」。我々は、毎日起こる出来事を、当たり前だと思って過ごしている。歩けるのが、あたりまえ。目が見え、耳が聞こえるのが、あたりまえ。手足が動くのが、あたりまえ。毎朝目覚めるのが、あたりまえ。食事ができるのが、あたりまえ。息ができるのが、あたりまえ。友達といつも会えるのが、あたりまえ。太陽が毎朝昇るのが、あたりまえ。うまれてきたのが、あたりまえ。夫(妻)が毎日帰ってくるのが、あたりまえ。そして…、生きているのが、あたりまえ。
 また、ある夫婦の話もしてくれた。晩酌の時、いつも無口の夫が、「ちょっと、お酌してくれないか?」と珍しく妻に言った。台所の片付けをしていた妻は、「今、忙しいから自分でやって」と答えた。夫は少し寂しそうだったが、手酌で酒をついだ。その、2〜3時間後、夫は急に倒れ、救急車で病院に運ばれ、帰らぬ人となってしまった。それから、
妻は、何故あの時、夫にお酌をしてあげなかったのかと、ずっと悔やんだという。あの時何故、もっと優しい言葉で、こぼれるような笑顔で、感謝の言葉で、接することができなかったのか…。誰しも、今日と同じ日が明日も繰り返されると思う。
 今日、誰かと出逢い、話し、笑い、食事をして、仕事ができる。こんな当たり前だと思うことが、本当は奇跡の連続なのだ。「有ること難し」。生きて、出逢う、という奇跡の連続に、「ありがとう」を言わずにいられない。
        出典:あなたは”ありがとう”の反対を知ってますか?

今日のお話 3月6日(月)

 竹内正浩の名言

   たいていの人は時間を

   現金化して終わりです。

   一方、成功する人は

   時間をお金と経験と

   人脈に換えます。

ちょっといい話 3月3日(金)

あなたに贈る【感動する話、泣ける話、きゅんきゅんしちゃう恋愛話】

  自閉症の弟に対する他人の暴言に返した6歳兄の言葉が…… 

 わが家は6歳と4歳の男の子ふたり。弟は自閉症で、週に数回通所施設を利用している。今日の夕方、兄弟で社宅の公園で遊んでいたら、小学生くらいの子が、「お前の弟、○○園に行ってんだろ。あそこはできない子が行く幼稚園だってママが言ってた。チョー恥ずかしいの!」とからかった。私は一瞬頭の中が真っ白になった。だけど上の子は涼しい顔で言い返した。「恥ずかしいっていうのはね、小さい子をいじめたり、ごはんをそまつにしたり、うそをついたりすることなの。○○園でがんばるのは、恥ずかしくないの」そう返したのだ。
 ゴメン、母は泣きそうになった。お兄ちゃん、ずっと仲よしの兄弟でいてね。

今日のお話 3月3日(金)

 竹内正浩の名言

   人付き合いで大切なのは

   礼儀作法。

   礼儀作法ができてない

   成功者なんて

   みたことがありません。

ちょっといい話 3月2日(木)

あなたに贈る【感動する話、泣ける話、きゅんきゅんしちゃう恋愛話】

 親父の手

 昔、子どもの頃、よく親父と手を繋いで歩いた。親と手を繋いでみてください。40年ぶりに親父と手をつないだ。なぜか……、少しやさしい気持ちになれた。なぜか……、少し心がゆたかになって、なぜか……、少し感動した。ちょっと前、8歳になる息子とイルミネーションを見に行った。イルミネーションのトンネルの下で、息子と手を繋いで歩きながら色々と考えた。「今年もここに息子と来ることができて幸せだな」、「来年もこうしてここで手を繋いで歩けるかな」、「来年はまだ3年だから手を繋いでくれるかな、でも、再来年は4年生になるからだめかな」、「こいつが20歳になったら一緒に酒呑みたいな」次の瞬間、気が付いた。「親父も俺が子どもの頃同じように思ったんだ」、考えてみると、まだ1度も2人で呑んだ事はない。もちろん小学生の頃から手を繋いだ事もない。48歳になる自分でも、80歳になる父にとっては、永遠に子ども。きっかけを作り、「手を繋いでみよう」と思った。親父の好きな八代亜紀を見に行き、その後居酒屋で呑んだ。酔った親父を介抱するふりをして、階段で手を繋いでみた。40年ぶりの親父の手は、やわらかくて、小さくて、しわくちゃになっていた。ふと子どもの頃を思い出した。その瞬間涙があふれてきた。ぬぐっても、ぬぐっても……。自分でもわけがわからないくらい……。自分はあの日から、少しやさしい人間になれた気がする。あと何回息子と手を繋げるだろう。あと何回親父と手を繋げるだろう。
 親と手を繋いでみてください。     岡むら浪漫 facebook より

今日のお話 3月2日(木)

 竹内正浩の名言

   成功する人は

   給料で仕事を選びません。

   「何を学べるか」で

   仕事を選んでいます。

ちょっといい話 3月1日(水)


 6年生を送る会で、6年生の子どもたちが全校の前で「楽田小 12歳の『生きる』」を発表しました。谷川俊太郎氏の傑作の一つ「生きる」にちなんで、6年生の子どもたちの「生きる」を1つの詩にしたものです。
 とても感動しました。

  楽田小 12歳の「生きる」 

 生きているということ  いま 生きているということ
 給食中、楽しい会話に集中してしまうこと  
 クラスみんなで話し合えるということ
 いま ここにいるということ

 生きているということ いま 生きているということ
 ありがとうの気持ちを伝えるということ
 悩んでも友達と乗り越えるということ
 おもいきり笑うということ

 生きているということ いま 生きているということ
 1年生の時の学習が 簡単に感じるということ
 全員と握手すると全身にあったかさが回るということ
 みんなが繋がるということ

 生きているということ いま 生きているということ
 みんなで練習している歌を思い出すということ 
 行事に向けて一致団結するということ
 失敗しても 明日に活かすということ

 生きているということ いま 生きているということ
 私たちは卒業する ということ
 この楽田小から卒業するということ
 まだまだ卒業したくないということ
 でも また見ぬ中学校生活に
 わくわくしている自分もいるということ
 この仲間が大好きだということ

 成長を喜び 時には叱ってくれた先生たちに
 ありがとうって思えるということ
 どんなことがあっても しっかりと
 自分の人生を「生きる」ということ

今日のお話 3月1日(水)

 竹内正浩の名言

   成功者のテレビ視聴時間は

   平均1時間未満。

   毎月の平均読書量は

   9・88冊です。

ちょっといい話 2月28日(火)

泣ける話ちゃんねる

  25年間隠していたものがある 

 この間の友人(新郎の方)の結婚披露宴。タイムスケジュールも最後の方、新婦の父親のスピーチ。「明子。明子が生まれてすぐ、お前のお母さんは病気で亡くなりました。お前は、母の顔は写真でしか知りません。母親の声も知りません。母の愛情も知りません。片親でつらい思いもしただろう。それでも父の私に文句1つ言う事もなく、明るくて素直で思いやりのある子に育ってくれた。本当に手がかからない子だったし、よく家事もやってくれた。相手にも恵まれて、幸せになってくれて、お母さんも喜んでくれてると思う。最後にお前に謝ることがある。明子に25年間隠していたものがある。いつか嫁にいくときに見せてあげようと思ってずっと取っておいた物だ。」
 そして……。古ぼけたブリキみたいな箱からとりだした1本のビデオテープ。会場のセットで再生。会場ザワザワ。そこには、ベットの上で笑顔で赤ちゃんを手にする母親の姿。そう25年前の新婦と母親。母親の笑顔のなんと神々しい事。まさに聖母の如く……。初めて見る母親の姿に、新婦どころか全員が嗚咽だったよ。特に新婦はもう見ていられなかった。そして、してやったりの新婦の父。あの人だけは泣く事もなく、淡々としてたんだよなあ。そこがまた泣けるんだけど。

今日のお話 2月28日(火)

 竹内正浩の名言

   ほんのわずかの

   違いの積み重ねが

   大きな差になります。

ちょっといい話 2月27日(月)

あなたに贈る【感動する話、泣ける話、きゅんきゅんしちゃう恋愛話】

 滑り台の所に車椅子が1台停まっている

 犬の散歩で近所の公園行ったら、小学生男子が5人くらい遊んでた。彼らは滑り台で遊んでたんだが、滑り台の所に車椅子が1台停まってる。見ると、足元がおぼつかない子を2人で肩を支えて滑り台の上まで上げ、滑ってきた子を下で待機してた子達がまた支えて上まで……。というのをキャッキャ笑いながら繰り返していた。暫くしたら、オバチャンが1人来て「おーい、行くよ〜」と声をかけた。すると彼らは「はーい!」と返事して、支えてた子を車椅子に座らせ、我先にと車椅子を押してオバチャンの所へ。オバチャン「みんないつもありがとうね〜」男子1「今からびょーいん?」、オバチャン「そうよ〜」、男子2「そうかあ。また明日な!」、車椅子の子「うん!ありがとう!また明日ね!」、「またなー!」とか「ありがとー!」とか言い合いながら手を振って別れる笑顔が素敵過ぎて、不覚にも泣きそうになった。
 「ありがとう」って本当にいい言葉だ。
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犬山市立楽田小学校
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