愛される学校づくり研究会

学校を離れて観ると

★学校に直接携わっている立場と、一歩、学校を離れた立場から観る学校現場は、ひと味違った受け止め方があるはずです。長きにわたり、教員・校長として学校に携わられた中林先生、平林先生、神戸先生、小西先生、和田先生それぞれの視点から、現在の学校、教育について、率直な意見を示して頂きます。

【 第10回 】枝葉は根幹によって育つ
〜平林 哲也〜

1.夏の研修を終えて

今年も、一宮市教育センターの主要事業である「夏季集中研修」を終え、現在、その評価と来年度の構想検討に忙しい時期を迎えている。
 一宮市教育センター(平成27年度開設)が構想を立て、主催する「夏季集中研修」は、平成28年度から始めた事業で、今年で2回目を迎えた。それまで、ばらばらに実施されていた各種の研修を集約し、夏季休業中の4日間(今年は8月7日〜10日)に集中的に実施するもので、市内小中学校教職員のキャリアステージに合わせた体系的な研修制度を目指している。
 その主な内容として、「必修職務研修」(対象は、校長・教頭・教務主任・校務主任・事務職員・養護教諭・栄養教諭・進路指導主事、全8職務9講座)、「必修選択研修」(対象は、教職経験2〜10年目とし、自己の抱える課題に基づいて1〜2講座選択、全13講座)、「自由選択研修」(対象は、職務・経験年数に関わらず、全教職員の中から希望する者、全11講座)、「全員研修」(対象は、全教職員で、著名講師による「講演会」を軸とする)、「教科等学習指導法研修」(各校指定人数で実施、小学校10講座・中学校11講座)がある。(※詳しくは、一宮市教育センターウェブページの研修項目を参照されたい。)

2.アンケート回答で気になる傾向

「夏季集中研修」では、どの講座も講師及び受講者にアンケートを実施し、研修評価をするとともに、次年度の研修構想につなげている。
 研修講座の多くは、講師の一方的な話を聞く形式を改め、受講者が主体的、対話的に学び合う形式をとっている。研修後のアンケートには、「日ごろ抱いている悩みを共有できた」、「悩みの解決方法を話し合えた」、「他の人の実践からヒントを得た」など、概ね良好な評価が記されている。しかし、若い教職員を対象とした「必修選択研修」の回答には、少々、気になる点がある。
 「話し合いは有意義だったが、抱いている悩みについて、もっと講師からどうすればよいのか解答がほしかった」、「もっと具体的な解決方法を示してほしかった」という回答が結構な数に上ることである。研修を企画し、実施していく立場とすれば、研修の進め方に改善の余地のある回答であることは否めない。しかし、私が気になるのは、若い人たちがすぐに役に立つ指導の実際やスキル=「解答」を講師に求めていることである。
 日々、現場で悩み、苦しみながら授業をし、生徒指導に明け暮れている教師の実態からすれば、至極当然の声かも知れない。しかし、研修講師からの受け売りがすぐに役立つと考えることは、目の前の子どもたちの実態を見誤ることにつながる危険も含んでいる。そう危惧するのは私だけであろうか?

3.枝葉は根幹によって育つ

このところずっと考え続けているテーマがある。
 樹木の葉は枝から派生し、その枝は幹から派生する。丈夫な幹の存在なくして、枝も葉も繁ることはない。さらに、その幹を支えているのは地中深く張った根である。根幹なくして枝も葉も伸ばすことはできない。また、一本一本の樹木が育たない環境に豊かな森は生まれない。森を育もうとするなら、森の姿をイメージした一本一本の樹木を育てることが肝心である。根幹を育てることを怠った枝葉は、やがて枯れる。到底、豊かな森を創り出すことなどできない。
 小学校英語の教科化、プログラミング教育の導入…、教師の実態に関わらず、教師がカバーするエリアはますます拡大傾向にあり、教師がしなければならないことの枝葉が次々に伸びている。それに対応すべく、枝葉に関わる研修会や書籍の出版は盛んに行われるが、実はそれがどんな根幹から派生しているのかを深く学ぶ機会はそれほど多くないのが現状ではなかろうか?
  さまざまな研修を体系的に捉え、その内容を吟味すればするほど、肝心なのは枝葉ではなく根幹であることに気づく。切り口として異なる枝葉があったとしても、それが派生してくる幹は同じであり、そして、そこに水分や栄養分を供給している根は同じである。
  今、学校現場の教職員、特に若い人たちは、さかんに枝葉を伸ばすことも大切ではあるが、そのもととなる根幹をしっかりと磨くことではないだろうか?

4.学びの根幹を磨く

研修を通してすぐに役立つスキルを手に入れたい、「解答」を得たいというのは理解できる。しかし、勘違いしてはいないだろうか。得たものがそのまま「解答」なのかどうかは、目の前の子どもたちとの関わりの中で試してみて初めて分かること。研修で得たものは、「解答」を得るための「ヒント」ではあっても「解答」そのものではない。
  インターネットで検索すれば、必要な知識や技術はいくらでも手に入る時代である。しかし、それが活用・応用できる「生きた知識や技術」になるか否かは、それを使う人による。結局、求める「解答」は、試行錯誤しながら自分で見つけるしかない。さらに、時代が変われば、それまでの「正解」が必ずしも「正解」とは限らない。必要な知識や技能は、常に学び続け、アップデートを重ねるべきものだと思う。
  根幹のない枝葉だけの研修は、いくら積んでも役に立たない。ちゃんとした枝葉を繁らせるためには、枝葉の部分につながる幹の部分、そこに必要な栄養分を送っている根の部分の学びを意識し、磨くことが不可欠だと私は考えている。
  根の部分は、専門外のさまざまな分野への興味・関心、造詣、いわば人としての基礎教養である。例えば、理数系を専門とする人も文系・芸術系の教養がなければ厚みに欠ける。
  幹の部分は、専門領域に関する深い学びである。例えば、教職員にとっては、細かな教育方法論ではなく、教育に関する確かな見識である。その上に立って枝葉を伸ばすことが、教職員としての幅を広げることにつながる。
 すぐに役立つ知識や技能は、すぐに使えなくなる時代だからこそ、汎用性の高い基礎教養を疎かにしてはいけない。各種の研修を企画し、運営する立場として、受講者が枝葉を学びながら学びの根幹を太く、逞しくしていくことを願う。

(2017年9月4日)

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執筆者プロフィール

●平林 哲也
(ひらばやし・てつや)

1977年一宮市にて小学校教諭となる。小学校教諭・教頭・校長18年、中学校教諭・校長20年を経験し、2015年3月定年退職。校長在任中は、「発信なければ受信なし」をモットーに、学校ホームページを通して児童生徒の様子、学校や校長としての思い・考えを、趣味の写真とともに365日掲載。現在、一宮市教育センター・教育アドバイザーとして各種の教員研修をコーディネートしている。