愛される学校づくり研究会

学校を離れて観ると

★学校に直接携わっている立場と、一歩、学校を離れた立場から観る学校現場は、ひと味違った受け止め方があるはずです。長きにわたり、教員・校長として学校に携わられた中林先生、平林先生、神戸先生、小西先生それぞれの視点から、現在の学校、教育について、率直な意見を示して頂きます。

【 第5回 】「止揚」の必要性
 〜一宮市教育センター副センター長 平林 哲也

1 スクラップ&ビルド

学校現場を離れて2年が過ぎようとしている。
 一宮市教育センターに開所と同時に勤務し、主に教職員の研修事業の体系化に携わっているが、その運営は少しずつ軌道に乗り始めている。学校現場のニーズを把握することに心がけ、その「困り感」に寄り添う形で自主研修企画を打ち、参加者を募ってきたので、どの研修講座も参加者のモチベーションは高く、研修後の評価も高い。
 しかし、どんなに研修の時期や内容、回数を精選し、モチベーションを上げるための研修を企画、実施したとしても、学校現場の過重労働問題を市全体として解消する方向性がない限り、せっかく上がった教職員のモチベーションの維持は難しい。私たちの研修企画が、かえって多忙化の要因になってしまえば、本末転倒である。
 何か新しいことを生み出すためには、「スクラップ&ビルド」の視点がなくてはならない。私自身、現職時代に強く意識してきたことである。しかし、教育委員会も学校現場も、それまで脈々と受け継がれてきたことを思い切ってスクラップするのは苦手である。中には、「負のレガシー」までもが受け継がれていないだろうか。中身よりも、受け継ぐこと自体が目的化しているようにさえ思えることもある。今、教育委員会や学校は、まさに「スクラップ&ビルド」の経営マネジメントが問われていると言っても過言ではない。
 そろそろ、私も「暴走老人」として2段目ロケットへの点火、次なるステージを模索する段階にあると言えよう。「ビルド」のための「スクラップ」を目指して。

2 視点を変えて

現職当時と変わらず、私の関心事は、学校経営としての「学校と地域の連携」にある。その根底は、本研究会のネーミングと同じである。「愛される学校づくり」とは、何を、どのように進めていけばよいのか、現職時代の視点は、当然のことながら、「学校」がどうするかであったが、今は、関心の比重が「地域」は何ができるかに傾いてきている。
 私は最終勤務校の卒業生であり、現在もその校区に住む地域人として、学校のサポート組織「おやじの会」と「PTAさんかく倶楽部」の会員、「同窓会」の役員となり、「愛される学校づくり」を地域側からバックアップしている。
 在職当時は、校長としてたくさんの地域組織との連携に力を注いできたが、現在はサポートされる側から、サポートする側に立場を変え、新たな視点をもって「学校と地域の連携」に関わっている。
 例えば、中学生のスマホ利用に関する保護者向け講習会へのサポートである。現職時代にPTAと協力しながら、ネット・トラブルについて話し合う「ネットおしゃべり広場」を開催してきた。これは、中学生の現状をアンケート調査し、その分析を通して浮かび上がった問題点を提示しながら、保護者自身がどう子どもたちと向き合えばよいのか、校区の小学生保護者を中心に話し合う場である。特に、小学生の保護者を対象に、中学生の現状を話し合うことは、その後のトラブルの未然防止、問題が起きた時の対処等には大きな効果がある。スマホ問題の一端は保護者の責任としてとらえ、アンケート集計から問題点の整理、広場の企画・立案、広場当日の進行をすべてPTA役員が行っている。決して他人事と考えず、自ら手作りの講習会を開いているところが、この広場の特筆に値するところである。
 学校の立場として関わっていた現職時代とは異なり、現在は地域人として、愛知県の発行している講習会手引きや先進的な地域の取り組み事例、大学研究者の資料、問題事例対応の専門家などを紹介しながら、効果的な講習会とするためのアドバイスをしている。
 学校経営を経験した立場を活かし、地域人として学校をサポートできる機会を求めていきたいと考えている。いわば、地域コーディネーター的な役割である。

3 「止揚」の必要性

哲学を学んだことがある方は、「正・反・合」、あるいは「定立・反定立・総合」、「テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼ」などという言葉をどこかで耳にしたことがあるはず。「正」と「反」、対立するものを「止揚」(アウフヘーベン)することによって、一段と高いステージに引き揚げること、いわゆる「弁証法」を指す。
 人は物事を考えるときに、自分の都合に合わせた偏った見方をしがちである。しかし、そのような考え方では、対立は解消するはずもなく、かえって対立を大きくすることになる。さまざまな意思決定は、物事を多面的に観ることによって総合的な判断となるが、現実には、それがなかなか難しい。総合的な判断をしようとすればするほど、何から手をつけてよいのか頭を抱える状況に陥ることもある。そんなときほど、逆に対立軸を際立だせながら、極端な方向に引っ張っていくカリスマが出現しやすい。カリスマの出現は、一次的に問題解決したように見えても、結局は根本的な問題解決には至らず、かえって対立を深刻化、泥沼化させることになる。歴史を紐解けば、過去にそんな例はいくらでも見つかるし、今の世の中はその方向に動いているようにさえ見える。
 「あれかこれか」の二者択一の視点では解決できない問題が山積している今、組織のリーダーに求められるのは、問題の全体像を俯瞰する眼をもち、相反する意見や考え方を整理し、「止揚」していくリーダーシップである。
 今、私に課せられた命題は、「スクラップ」なのか「ビルド」なのか、「学校」なのか「地域」なのかといった「二者択一」の命題ではなく、「スクラップ」も「ビルド」も、「学校」も「地域」も、両者を俯瞰しながら、「止揚」するという総合的な視点を必要とする命題である。

(2017年2月6日)

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執筆者プロフィール

●平林 哲也
(ひらばやし・てつや)

1977年一宮市にて小学校教諭となる。小学校教諭・教頭・校長18年、中学校教諭・校長20年を経験し、2015年3月定年退職。校長在任中は、「発信なければ受信なし」をモットーに、学校ホームページを通して児童生徒の様子、学校や校長としての思い・考えを、趣味の写真とともに365日掲載。現在、一宮市教育センター・副センター長として各種の教員研修をコーディネートしている。