愛される学校づくり研究会

★日々行われている授業には、私たち教師に「元気」や「気づき」を与えてくれるすばらしい風景がたくさんあります。そんな風景を体全体で感じる時、そこには必ず素敵なほほえましい子どもの姿があります。大成功を収めた授業、大失敗に終わった授業、意外な展開に胸が高鳴った授業など、それぞれの教師が伝えたい心に残る授業の一コマや、授業があることで輝く学校現場の風景などを紹介します。

【 第14回 】私の求める授業
〜豊田市立井郷中学校長 鈴木 正則〜

私は中学校の時、数学の授業が嫌いでした。
 数学の授業といえば、教師は、教科書を一通り読み、「いいか。ここがポイントだぞ」自慢げに解説し、その後、プリントが配られ問題練習をする、というのがおきまりのパターンでした。問題が解けないと時間ばかりが過ぎてしまい、よく時計を見ていました。時々、教師が机にきて、「ここはこうやるといい」と言われ、「はい」と答えますが、結局はできないままでした。授業の終わりは、答合わせの時間です。問題集の答を見て、各自で答合わせをします。私は赤ペンで答を写していました。“こんな勉強をして何の役に立つのだろう。”“授業を受けるより、よい参考書を買って、家でじっくり勉強をした方がいいな。”そんなことをよく考えていました。だから、数学の教師になって、子どもたちに、“何のために数学を学ぶのか”“どの子にもわかる喜びやできる楽しさを味わわせたい”そう考えて、教員養成大学に進学しました。

残念ながら、大学の4年間では、自分が目指す教師像や算数数学の授業像を見出すことができませんでした。大学院に進学し、指導教官の薦めで、当時東京教育大学名誉教授であった和田義信氏の著書に出会うことができました。和田氏の著書には、数学教育が人間形成の上からどのように役立っているのかが明快に書かれています。“何のために数学を教えるのか”が見いだせなかった私にとって、“まさにこれだ!”の思いを強くしました。その和田氏が指導に携わっている横浜市立三ツ沢小学校が研究発表を行うことを知り、和田氏の講演を楽しみに、横浜に出向きました。そこで見た、三ツ沢小学校の授業が今でも忘れられません。

三ツ沢小学校の子どもたちは、課題に対して、図で求めたり、式をつくったりと自分なりの方法で答えを導きだしていました。子どもたちは、自分の解法の優れている点を説明し合いながらも、よりよい解法を求めていました。授業の最後は、教室全体に、学びを共有し合うことができた喜びが充満していました。生き生きと学ぶということはまさにこの姿なのだ、と感動で心が躍ったことを覚えています。

三ツ沢小学校の算数の授業は、“答を出せることが学習の出発である”という理念に基づいて実践されていました。その理念は、三ツ沢小学校が発刊した書籍「みんなが答を出せる算数の授業」(1985 明治図書)のまえがきに、次のように書かれています。

『この研究では、まず学級のどの子もみんな自力で答が出せるようにすることから手をつけることにした。その狙いはどの子も学習に参加できるようにすることと、子ども自身が自分もやれるという安定感をもって、さらに向上のための目当てを自ら見出すことができるようにすることである。算数に限らず、問題の答が出せたらそれで終わりではないかと考えられる向きもあろうが、ここでの答はむしろこれからの学習のきっかけをつくるものである。一人ひとりの子どもが自力で出した答は別の考え方で確かめられたり、より簡潔に改められたり、的確に表現されたりする中で次第に練り上げられていくものだからである。』(校長 伊従寿雄著)

“答を出せることが学習の出発である”とは、2つの意味があります。一つは、“どの子も自分なりの方法によって自力で答を求める”という意味であり、もう一つは、“答を求めることが学習の終わりではなく、求めた答をさらによりよいものへと練り上げていく”いう意味です。

算数数学は正解を導くことが授業のゴールであるとしか認識していなかった私にとって、“答を出せることが学習の出発である”という授業理念には目から鱗が落ちました。私が、中学校以来受けてきた数学の授業では、速く正しく正解を導くこと、たくさんの問題に挑戦し、正解の数を増やすことが目的でした。中学校の時、三ツ沢小学校で見た子どもたちと同じ目の輝きを、当時の私は、そしてクラスの仲間はしていたでしょうか。

“答を出せることが学習の出発である”という理念は、私の変わらない授業理念となっています。振り返ると、あの時見た生き生きとした子どもの姿を追い求め、これまで自分の授業を磨いてきました。そして、指導的な立場にたった時でも、あの時見た三ツ沢小学校が目標となっています。
 今でもときどき同書のページをめくります。紙面は色あせてはいますが、その時の授業風景が鮮やかに思い出されます。そして、その授業に未だ遠く及ばない、そんなことを思い知らされるばかりです。

(2015年11月30日)

準備中

●鈴木正則
(すずき・まさのり)

愛知教育大学大学院で数学教育専攻、複式学級の指導を皮切りに、小学校10年間、中学校8年間勤務し、豊田市教育委員会指導主事、半田市立成岩中学校長を経て、現在、豊田市立井郷中学校長。主な著書「数学的な考え方を育てる 課題&キー発問集」「つまずき指導のアイデア 小学校1年〜6年」(明治図書)など。持ち前の明るさとバイタリティをいつまでも持ち続けることが私のモットー。