教科書の絵や写真を活用する

理科や社会科の教科書にはいろいろな絵や写真がたくさんついています。理科では本文の実験・観察のようすや、ポイント、結果などが、社会科では本文と関連した資料であることが多いと思います。教科書の絵や写真の活かし方を考えてみたいと思います。

一つは、本文の内容の確認につかうことです。
たとえば実験・観察のようすの写真であれば、事前に説明したポイントがどこであったか写真で説明させます。
実験の結果や社会科の資料であれば、本文に書かれていることがどこのことか指摘させます。
このとき、「これはどこのこと」と一つひとつ確認する方法と「教科書に書いてあったことはどこのことかな」とざっくりと聞く方法があります。前者は大切なことを確実に押さえたいときに、後者は資料を見る視点などを育てるのに有効だと思います。

もう一つは、絵や写真から考えさせることです。
たとえば、実験・観察のようすであれば、「何をしている」「どうして、このようなことをする必要があるのか」と問いかけ、本文の内容を子どもたちに気づかせます。
実験の結果や社会科の資料であれば、「この写真から、何がわかる。どんなことが言えそう」と聞いたり、「この資料と以前見た○○と比べて何か違う」と比較させたりして、子どもたちが考えるきっかけとします。

教科書にはとても素晴らしい絵や写真があります。このような視点を意識して上手に活用してほしいと思います。

美術で大切にしたい問いかけ

美術で作品をつくるとき、個性を大切にします。しかし、好き勝手に作業をしてもよい作品とはなりません。どのように指導すればいいのでしょうか。

まずは、作品をつくるときに、参考となるものを必ず準備することです。過去の先輩の作品はとても参考になります。どのようなものをつくるかイメージすることはとても大切です。問題はただ漫然と見ても、実際の作品作りにはなかなか活かされないということです。

「この作品を見てどんな印象をもった」「どんな感じがする」と感覚的に答えさせたうえで、「どこが好き」「どこで、そのように感じたのだろうか」「どんな工夫をしているのだろう」と深めていきます。大切なのは具体的にどのような工夫がされているか、その工夫に気づき、自分のものとして利用することです。このとき、「ていねいに色を塗る」といった言葉に対して「どうすればいいの」と問いかけて「先に、下絵の輪郭にそってきちんと縁を塗り、それから中を塗る」と具体的にする。「明るい色で塗る」であれば、「明るい色ってどんな色、どうすれば作れる」というように問い返してより明確にしていくことが必要です。誰でも実現できるレベルまで工夫を具体化するのです。

作品つくりにとりかかる前に、どんな工夫をするかあらかじめ書かせることも大切です。完成後に互いに作品を見あう時にもどんな工夫をしたか伝えたり、作品から見つけたりすることも技術を身につけるために必要なことです。
また、作品つくりの段階ごと一旦作業を止めることも大切です。たとえば下絵を描き終わったら続けて色塗りに入るのではなく、一旦止めて、参考となる作品をじっくり見させます。これから色を塗ろうとするときだからこそ、塗り方の工夫をしっかり見つけようとしますし、集中力もアップします。

作品つくりを感覚的にとらえずに、技術や工夫を具体的なものとして意識し共有化することを大切にしてほしいと思います。

体育で大切にしたい問いかけ

体育のような実技教科では他の教科では活躍できなかった子どもが活躍できるチャンスです。「見本を見せて」「コツを教えて」といったことで、指名されることも多いと思います。一方、できるできないがはっきりするため、苦手な子は活躍するチャンスが少なくなり、自己有用感を持ちにくくなります。もちろん悪い見本にするわけにもいきません。

そこで、大切にしたいのは、できない子どもができるようになった過程です。
たとえば跳び箱を互いにアドバイスしながら跳べるようにする場面であれば、跳べるようになった子どもに、「だれのアドバイスが役に立った」「どんなアドバイスで跳べるようになった」と聞くのです。こうすることで、他のできない子どもとコツを共有化できますし、アドバイスした子もほめることで自己有用感を与えることができます。
もちろん、自力でできるようになった子どもに、そのコツを聞くこともよいことです。

授業の途中や最後に、

「できるようになった人手を挙げて? たくさんいるね」
「○○さん、どんなことに気をつけたらできるようになった」
「・・・」
「同じようなことを気をつけた人いる。△△さん」
「・・・」
「なるほど、・・・に気をつけるとよさそうだね。よいヒントがもらえたね。他にもこんなコツもあるという人いるかな」
・・・

このような問いかけをすることで、あまり得意でない子どもも活躍できますし、できる子もコツや工夫を伝えることを意識するようになります。できるようになった過程を問いかけながら、できる子どもを増やし、その子にまた問いかける。全員ができるようになれば、全員が活躍できます。過程を意識した問いかけを大切にしてください。

教科書の課題を楽しむことも教材研究

教科書を読み込むと言う話を最近よくします。自分自身、仕事の関係で教科書をよく読むのですが、楽しいと思うこともよくあります。

たとえば、小学校6年生の国語のある教科書では、似た意味を持つ言葉を調べたり考えたりする課題で、その例として、「余る・残る」「ねじる・ひねる」「うれしい・楽しい」などがあげられています。どうでしょう、すぐに違いを明確にできますか。もちろん調べるのは子どもですから、教師が答える必要はないかもしれません。しかし、子どもが行き詰ったとき、どんな働きかけをすればよいかすぐに思いつきますか。調べる辞書によっては、ほとんど違いがわからないこともあります。最近は「語感の辞典」がありますが、ご存知ですか。子どもと同じ視点に立って、どれか一つの例を調べてみてください。そうすることで初めて見えることがあります。実際に調べてみて、難しいものもたくさんありましたが、無意識に自分が使い分けていた部分が「なるほど」と明確になったときなど、とてもおもしろいと感じました。きっと子どもたちも同じ感覚を味わうのだろうと思いました。教科書を表面的に見ていては決してわからなかったことです。

私が調べてみて、なかなかおもしろかったものに「にげる(逃げる)・のがれる(逃れる)」があります。どうです、この2つの違いが明確になる文をつくれますか。教えるということを少し離れて、教科書の課題を純粋に楽しむこともよいことです。きっと、授業のヒントになるものが見つかると思います。これも、また一つの教材研究だと思います。

音楽で大切にしたい問いかけ

音楽では、歌ったり、演奏したりと表現活動がたくさんあります。逆に鑑賞も大切な活動です。これらの活動ではどのようなことを意識すればよいのでしょうか。

表現活動では、自分の表現したいことを意識することが大切です。
合唱であれば、「歌詞を読んでどんなことを感じた」「どんな風に歌いたい」と目標とする表現を明確にします。最初は全体の印象から言葉が出てきますが、「どこでそう感じた、思った」「詞のこの部分はどんな感じ」と子どもの発達段階に応じてだんだん細かく聞いていきます。子どもたちは、どのように表現するかを自分たちの日常の言葉で話しますが、それを具体的どのように歌うか、音楽の技術や用語で示していく必要があります。

「この部分は元気な感じで歌いたい」
「どうすればいいのかな?」
「大きな声で歌う」
「強く歌う」
「いいね。ここだけ強く歌えばいい」
「その前を少し弱く歌って、それから強く歌えばいい」
「それってどういうこと」
「その方が強くなったことがよくわかる」
「なるほど」
「その前を少し弱く歌ってからだんだん強くすればいい」
「それってどういうこと」
「楽譜にクレッシェンドがある」
「どういう意味だっけ」
・・・
「作者もきっとここを元気な感じで歌ってほしいからクレッシェンドをつけたんだね。みんなと同じように詞を感じ取ったのかもしれないね」

たとえば、このようにして明確にしていきます。

また、表現活動ですから必ず受け手が必要です。グループに分けて聞き合ったり、録音して聞かせたりするのもいいでしょう。自分たちの目指した表現になっているか感想を聞き合ったり、技術がきちんとできているかチェックしたりすることで、表現力がついてきます。受け手の立場を意識することは鑑賞にもつながることです。
感想と技術や音楽用語と結びつけることは、鑑賞でも同じです。曲を聞いてどのように感じたか、それはどのような技術や技法によるものかを問いかけることが大切です。

音楽を鑑賞して感じたことが、音楽の用語や技術と関連して語られる。その経験を活かして、目指す表現を音楽の技術や用語を介して実現していく。これを繰り返していくことで、子どもたちの表現力や鑑賞能力が高まっていきます。子どもたちの感性と音楽の技術、音楽用語をつなぐような問いかけを大切にしてほしいと思います。

課題解決の手段を考える

子どもたちに与える課題を考えるときに、意識してほしいのはその課題解決の手段です。いきなり課題を与えて解決できる子どもはそれほど多くはありません。その課題を解決するにはどのようなアプローチがあるか考え、それぞれの手段を具体的にするのです。

個人ではなかなか解決できない課題であれば、友だちと相談するというアプローチがあります。「グループで考えて」「まわりと相談してもいいよ」とその手段を子どもたち与えます。

過去に取り組んだ課題の考え方や知識を利用するというアプローチであれば、基本的に子どもたちはその手段を持っています。子どもが自分で気づくのを待つというやり方もできますし、教師が働きかけることで手段として意識させる方法もあります。「似たような問題を解いたことない」「これに関してどんなことを勉強したかな」と思いださせたり、課題提示前に復習したりすることで、手段として意識させることができます。

根拠となる資料や情報をもとに考えるというアプローチであれば、その情報にアクセスできる手段を与える必要があります。資料集や辞書、インターネットなどをがいつでも使える状況であるのなら、利用するかどうかを子どもたちに任せておいたり、「資料集を見ている子がいるね」と気づかない子に手段を意識させたりすればいいでしょう。そうでないのなら、準備をしなければなりません。この場合、教師がわざわざ用意しているので、特に言わなくてもこれが課題解決の手段になることがわかります。

これらのアプローチや手段はどれか一つだけである必要はありません。互いに組み合わせることも可能です。一つに絞るのか、自由に取り組ませるのか。教師が与えるのか、子どもに気づかせるのかといったことも考えておく必要があります。「どうやったら解決できそう」「何か使いたいものはある?」と最初に問いかけてプローチや手段を意識させたり、途中で「何を使って考えた?」と聞くことで手段を共有化させたりする方法もあります。

子どもたちは課題解決の手段を持っていなければ、すぐに行き詰ってしまいます。あらかじめどのようなアプローチや手段があるかを明確にして授業にのぞむことで、子どもが行き詰った時の対応の幅が広がります。課題を考えるときは必ずその課題解決のための手段を意識するようにしてほしいと思います。

算数・数学で大切にしたい問いかけ

算数・数学では数や図形のいろいろな性質を考え、見つけます。その時に大切にしてほしい問いかけが、「いつも」「どれでも」「たまたま」「・・・だけ」「他にはない」「これで全部」などです。

子どもが見つけた性質がたまたまなのか、常に成り立つことなのかは大きな違いがあります。いつも成り立つこと共通なことを見つけることが算数・数学では大切です。そのことを意識させる問いかけが、「いつも」「どれでも」「たまたま」です。

「平行四辺形でどんなことに気づいた」
「向かい合う角が等しい」
「それっていつも言える?」
・・・

「連続した数を2乗したとき、1つとばしの差はどうなる」
「8の倍数だ」
「どれでも成り立つ?」
「ダメだ」
「じゃあ、たまたま?」
・・・
「奇数のときは8の倍数になる」
「いつでも言える?」
・・・

たまたま成り立つような時でも、そこからうまい条件を見つけることができれば、いつも成り立つ性質を見つけたことになります。

逆に同じことが他でも言えるのか、他に成り立つものがあるかも大切なことです。そのことを意識させる問いかけが、「・・・だけ」「他にはない」「これで全部」です。

「四角形をどうやって分けた」
「対角線の長さで分けた」
「それってどういうこと」
「対角線の長さが同じものは正方形と長方形で、他のは違う」
「なるほど、対角線の長さが同じもので分けたんだ。対角線の長さが同じものはこれで全部?」
・・・
「あっ、あった」

この例のような、対角線の長さに注目する視点はとてもよいものです。しかし、正方形や長方形、平行四辺形などの辺に注目した分類とは整合性が取れません。こういったことに気づかせる問いかけです。

数学的には「いつも」は十分条件を、「他にない」は必要条件を意識させる問いかけです。いつも成り立ち、その他に成り立つものがなければ、必要十分条件、同値であるということです。

ふだんの授業で常にこのような問いかけがされていることで、子どもたちは自分自身で問いかけるようになり、数学的な視点が身につきます。意識してこれらの問いかけをするようにしてほしいと思います。

国語の授業で大切にしたい問いかけ

国語の授業では明確な答えがないと言われることが多いようです。しかし、子どもたちが勝手に意見を言って、「どれもいいね」で終わっては学びになりません。だから難しいとも言われ、だから面白いとも言われます。国語での問いかけについて考えたいと思います。

国語の授業で考えるよりどころは素材となる本文です。本文に書かれていること正しく読み取り、それをもとに、小説や物語では「気持ち」や「心情」を、評論や説明文では筆者の「意見」や「主張」を考えます。したがって、子どもの考えに対して、常に根拠となる本文の記述を問いかけることが大切になります。「それはどこに書いてある」「本文のどこからそう考えた」と「どこ」で聞くのです。

本文を根拠にするという視点でよくつかわれる指示が、「・・・が書かれているところに線を引きなさい」です。線を引いたところを共有して、そこから、心情や主張を考えるのです。こうすることで、「どこ」の対象を明確にできます。

では、子どもの考えを聞き、どこを根拠にしたかを発表させたあと、どのようにすれば考えが深まり、答が明確になっていくのでしょうか。
根拠とした文が重要な文だと考えるのであれば、その文をもとに考えを深め、広げるとよいでしょう。「この文をもとに考えた人、意見を聞かせて」、「この文からどんなことがわかるか、他の人の考えを聞かせて」と文をもとにつなげます。
発表された考えがねらいにつながると思うのであれば、その考えをもとに、深め、広げるとよいでしょう。「同じように考えた人、どこでそう思ったか聞かせて」と考えをもとにつなげます。どの文が重要なのか、どのような子どもの言葉が出てくればねらいにつながっていくのか、教材研究をしっかりしておく必要があります。
こうしていくことで、本文を根拠に考えを深めていけるので、意見がかみ合い明確になっていきます。

しかし、本文に直接根拠となる記述がないことを問う場合は難しくなります。
たとえば、主人公の気持ちを考えさせたいが、本文に主人公のことが書かれていないような場合です。授業名人の野口芳宏先生は、「書いてあることから書かれていないことを合理的に推論する」とおっしゃっています。
「何があった」「だれがどんなことをした」と書かれている事実をとりあげ、そこを根拠に、「その行動はどういうことだろう」「じゃあ、どんな気持になるだろう」と迫っていくとよいと思います。

ときにあいまいな結論になりやすい国語の授業ですが、常に根拠を本文に求め、そこを起点して話し合い、聞き合うことを大切にして、子どもたちにとって、合理的で明解な結論に達することを目指してください。

理科(実験)で大切にしたい問いかけ

理科の実験の授業を見ていて、何のために実験をしているか子どもが意識せずに、ただ指示された通りに作業をしてワークシートの穴を埋めているように感じることがよくあります。

理科は疑問や仮説を実験によって解決、検証します。疑問や仮説がないまま指示されたとおりに実験をして、「気づいたことは何」「どんなことが言える」と問われても、明確な視点で答えることはなかなかできません。
まず、子どもに疑問や仮説を持たせる問いかけが必要です。
「どうなると思う」「どうしてそう思う」と予想をさせることから始めることが大切です。子どもの意見が分かれれば、それだけで実験に取り組む意欲が高まります。
その上で、どんな実験をすればいいか考えさせることで、科学的な思考が身についていきます。
また、一部の子どもだけが気づいたことがあれば、全員が追試できるような時間を取る、時間がないようであれば教師が見せることをしてほしいと思います。実際に体験する、見ることで初めて納得できるからです。

たとえば、空気鉄砲の実験であれば、
「押し棒を押すとどうなると思う」と問いかける。
子どもが「前玉が飛ぶ」と答えれば、「どうしてそう思う」と続けて聞く。
子どもが理由を答えたら、どうすれば確かめられるかを続けて問う。
答えられなければ、理由を考えながら実験するように指示する。
出てきた疑問や仮説を整理しておく。
途中で、実験を止め、飛んだかどうかなどの疑問や仮説がどうであったか確認する。
ここで、子どもから強く押すと勢いよく飛んだといった気づきが出れば、まわりに確認し、気づかなかった子どもには次の実験で確認しようという気持ちにさせる。
「強く押すと勢いよく飛ぶことを確かめたいけど、どうすればいい」と子ども問いかける。
また、理由についても子どもの考えを聞く。
いくつかの意見が出れば、どうすれば確かめられるか問いかける。
ここで出た新たな疑問や仮説を持って、再度実験をする。
・・・

時間の関係でいつもこのようにできるわけではありません。また、子どもたちの発達段階によって進め方を変える必要もあります。しかし、実験のたびにこのような問いかけをしていくことで、子どもたちの視点が育っていきます。それに伴い子どもたちからいろいろな気づきや考えが発表されるようになってきます。子どもの言葉をつなぎ、深めることでより科学的な視点で実験に取り組むようになっていきます。
疑問や仮説を持たせる問いかけによって意識的に実験に取り組ませることで、科学的な思考力を育ててほしいと思います。

社会(歴史分野)で大切にしたい問いかけ

社会科では資料をもとに気づいたことを問いかけることがよくあります。ただ、子どもたちの資料を見る視点、考える視点が育っていないと、「気づいたこと」と問うだけでは、どこを見ればよいか、どうすれば気づけるかわからなくて困ってしまうことが多いように思います。

歴史分野では、歴史的な事件や事実をつながりとしてとらえるために、ビフォアとアフターを比較するという視点を与えるとよいでしょう。ある事件、事実を境にして何が変わったのか、変わらなかったかを問うのです。原因と結果といいかえてもよいと思います。その事件、事実を挟んで比較できる資料をもとに考えさせる。原因となる事実を調べさせる。こうすることで歴史を線で結ぶことができます。

たとえば、「長篠の戦い」のようすを描いた屏風図を資料として考えさせるのであれば、これ以前の戦いと比べて、何が違う、気づいたことはないと問いかけると、視点が明確になります。それ以前の戦いのようすを描いた資料も準備しておけばよりたくさんのことに気づくことができるはずです。また、戦いの結果、何が変わったかを問いかけることで、武器の重要性、それに伴う資金の問題など戦いを左右する要素に気づくこともできるでしょう。

平安時代の「農民の逃亡」であれば、なぜ逃げた、逃げた人はどうなったと問うことで、租庸調という税の負担がどのようなものであったか、また、口分田に始まり、三世一身の法、墾田永年私財法を経て荘園の発達へ続く流れやそのつながりを整理することができます。

歴史分野の教材研究では、教科書の内容一つひとつをどう説明するかではなく、どこを中心に展開するかを考えてほしいと思います。どこを起点として歴史が大きく動いたか、変化したか、そういう視点で教材をとらえ、その前後を比較させることが、子どもたちが考える授業につながります。歴史の変化をとらえるという視点を育てることで、子どもたちは多くのことに気づけるようになると思います。

算数で大切にしたい問いかけ

どの教科にも単元にかかわらず、共通の大切にしたい視点があります。今回は算数について考えてみます。

算数ではいろいろな計算が出てきますが、共通して押さえておきたいのが、「何」が「いくつ」あるかという問いかけです。
たとえば、位取り記数法では、32は10が3つあり、(1が)2あると考えます。小数も0.4は0.1が4つあると考えます。
同様に分数も2/3は1/3が2つあると考えます。比も基準となるものがいくつあるかが基本です。
面積や体積も単位量がいくつあるかです。
このことから、かけ算を足し算の繰り返しではなく、「1つあたりのいくつ分」と定義するようになったのです。

このことを意識すると、子どもへの問いかけも非常に明解になります。
たとえば、0.3×4=0.12としてしまう子どもがいたとします。3×4を計算して、小数点をつけると考えたのです。意味を考えずに手順を覚えようとする子どもがよくやる間違いです。このとき、「0.3は何がいくつ」「3×4=12で何が12」と問いかけることで0.1が12と気づき、間違いが正されます。

この視点で教科書を眺めてみると、基本的な考え方がこの問いかけで明確になることに気づくと思います。算数の教材研究をするときに「何」が「いくつ」あるという問いかけを意識していただけたらと思います。

ネットを利用した教材研究

古典の学習では、自分で辞書を引きながら苦労して現代文を訳し、授業で解説を聞くことで力がつきます。しかし、最近はネットで拾ってきた訳をそのまま写して、予習の代わりにする高校生が増えているそうです。自分でやった訳の確認に使うのであれば意味がありますが、ただ写すだけでは力はつきません。

これと同じことが教材研究にも言えます。
個々の教材に関する情報がネットにはたくさんあります。教材研究のツールとしてネットを活用している若い教師は多いようです。しかし、ネットで見つけたものを「このネタはおもしろうそうだ」「これは使えそうだ」と安易にそのまま真似をしている方も多いように見受けます。授業で目指す子どもの姿は、子どもたちの成長の度合いによっても変わってきます。他者の授業をそのまま自分の学級で実践したからといって、同じようにいくことはまずありません。たとえネタがおもしろくて子どもが興味関心を持ったとしても、考える場面では子どもたちの反応は異なることが当り前です。自分の学級の実態に応じた「受け」と「切り返し」ができなければ授業はうまくはいきません、

自分の目指す授業をしっかりと意識して、教材を自分なり読み込んだ上であれば、その授業者の意図を読み取ることもできます。その上で、「このアイデアはいかせる」「この発問ならば自分の学級の子どももきっと活動してくれる」と参考にするのならば有効な活用になります。ネットの利用が悪いということではなく、その利用の仕方が問題なのです。

ネットを利用すれば簡単に教材に関する情報が手に入ります。簡単に手に入ったものは、軽く扱われるものです。そこから深く学ぼうとする気持にはなかなかなれません。また、ネットの情報は玉石混交です。その中から有効な情報を見つけ出すにはそれなりの努力と力が求められます。日々真剣に授業に向き合っていなければ、ネットも有効な道具とはならないのです。

今、ICTを活用した名人の授業の追試を進めています。じっくりと名人の授業に向き合うことで、指導案や授業記録を一読したり、授業ビデオを眺めたりしただけではわからなかったねらいや意図に気づくことができます。ICTとは違ったところでもたくさんの学びがありました。古典とも言うべきこれらの授業から学ぶことは、ネットから有効な情報を探すよりはるかに効率のよい方法のようにも思えます。
見掛け上の効率に惑わされず、日々足を地につけた教材研究をおこなってほしいと思います。

問題から授業を考える

全国学力調査の問題が公表されました。問題制作者の意図が非常に明確で、これならば子どものいろいろな学力を知ることができる良問ぞろいと思いました。このような問題からはたくさんのことを学ぶことができます。どのようなことを考えればよいのでしょうか。

一つは、問題でどんな力を確認しようとしているかです。教師であれば解けるのは当たり前です。この問題を解くためにはどのような知識や力が必要かしっかりと見極める必要があります。そして、自分の教え子たちが、どのような解答をするか予想します。どのような誤答が出て、それはどうして出てくるのかを意識しなければなりません。こうした上で結果を見ることで教え子の実態、すなわち自分の授業が見えてきます。試験をすることの意味がここにあります。

もう一つ、授業という視点で見るともっと大切なことが、問題を解くための知識や力はどのようにすれば身につくのかを具体的にすることです。子どもたちがどのような活動をする必要があるのかしっかり見極めるのです。
たとえば、今回の全国学力調査の数学の問題に関数の定義がわかっているかどうかを確かめるものがありました。関数の定義を教師が1度説明しただけではまず解けないでしょう。いわんや、xとyの関係を式で示して、これが関数などといった間違えた説明で教えていれば話になりません。最低限、定義域から値域(数学用語にこだわる必要はないですが)という方向性、定義域の要素が一つ決まれば他方が決まるということを子どもたちの感覚で押さえておく。、その上で、どのようなものが関数であるのか、ないのかを具体的な例で判断して理解するような活動をしていないとなかなか正解は導き出せないと思います。問題を真剣に分析することでどのような授業が求められているのかを考えることができるのです。
これはどの教科でも同じことだと思います。

全国学力調査の問題だけでなく、良問はたくさんあります。問題を分析し、どのような授業が求められているのかを考えることも教材研究の大切な視点です。

子どもに考えさせる発問

子どもたちに考えさせるような発問をどのようにつくればよいか相談されることがよくあります。考えを促すような発問について考えてみたいと思います。

「○○について考えよう」というような抽象的な発問で子どもたちがしっかり考えられるのは、子どもたちが育っていて、考えるとはどのような視点でものを見たり、どこに根拠を求めればよいかわかっているときです。この場合には、多様な考えを生み出すよい発問になります。しかし、子どもが育っていなければ何をすればよいかわからず、すぐに活動は止まってしまいます。結局後からヒントを出して教師が誘導したり、教師が解説することになってしまいます。
そうなるくらいならば、子どもたちが活動する方向性をあらかじめ含んだ発問をした方がよいのです。このとき、教師が子どもたちにどのような活動をして、どんなことを考えてほしいのか明確になっていなければ、具体的な発問にはつながりません。

具体的な発問で考えてみましょう。社会科である戦争についての授業での発問です。戦争を学習することで、その起こった原因から当時の社会のようすにまで考えを広げることをねらっています。

A「○○戦争について考えよう」
B「○○戦争当時のようすを考えよう」
C「○○戦争の原因について考えよう」
D「○○戦争の原因から当時のようすを考えよう」

Aの発問は、子どもが育っていれば、戦争の原因、結果、その背景すべてを調べて総合的にこの戦争をとらえて考えてくれる発問です。しかし、育っていなければ、教科書や資料集からその戦争に関する事柄を抜き出して終わってしまいます。考えるところまではいきません。これで教師がよしとすると、子どもは調べることが考えることだと思ってしまいます。
Bの発問は、ねらいである当時のようすとの関連に意識を向けさせる発問ですが、子どもが育っていなければ、調べるだけで戦争と結びつけて考えてはくれません。
Cの発問は、視点を限定しているだけで、Aの発問以上のものにはなりません。
Dの発問は教師のねらいそのものです。これは、子どもの活動を原因と当時の社会のようすに限定してしまいます。Aの発問のような広がりはありませんが、ねらいは一番達成しやすいものです。しかし、当時のようすを調べる、知るだけで戦争と社会の関係を深く考えることは難しいでしょう。また、こうしろという指示に近いものになっているので、子どもが受け身で教師の求める答探しをしているともいえます。

B、Cはねらいの一部分を具体化することをしていますが、中途半端なものになっています。結局、Dのような具体的な発問を重ねて、視点をたくさん子どもの中に育てて、Aのような発問で考えることができるようにすることがひとつの基本となると思います。

ここで、子どもに考えることを促すのに想像させる、答や判断を求めるという視点があります。
この例でいえば、

E「○○戦争が起こらなければ、どうなっていたか」

というような発問です。これは子どもに「どうなっていたか」という答を求めています。答を出すためには調べたことをもとに、自分で考えることが必要になります。社会がどうなっていたかを考えるということは、その当時の社会を知る必要がありますし、戦争が起こらなければと仮定することで、社会と戦争の関係を考えることになります。ねらいとなる活動を引き出すことができるはずです。答えそのものが問題ではなく、答を出そうとすることで、ねらった活動を引き出すのです。
少し難しいかもしれませんが、こういう視点をもつと発問の幅が広がります。

「主人公の成長を考えよう」→「主人公は成長したか」
「三角形をいろいろなグループに分けよう」→「三角形をグループに分けるやり方は何通りあるか」
「資本主義が発達と人々の生活について考えよう」→「資本主義の発達は人々の生活を豊かにしたか」
・・・

ねらいとする活動にもよりますが、このように発問を置き換えることで、ねらった活動を自然に引き出すことができます。

発問は子どもたちの成長によって変わっていくものだと思います。「考えよう」で考えられる子どもをつくるためには、まず具体的な指示に近い発問から出発することが必要だと思います。そのためには、子どもたちの活動を具体的にイメージすることが大切です。また、少し難しいかもしれませんが、その活動が自然に起こるような問い、言い換えればその活動から導き出され得る答を問うことで、考えること促すことができます。子どもたちの成長に応じて、発問を考えてほしいと思います。

子どもが活動する発問

子どもへの問いかけ、発問によって子どもたちの動きは大きく変わります。資料を提示して「気づいたことをメモして」といった発問ではなかなか動いてくれないこともあります。どのようなことを意識するといいのでしょうか。

一つは意欲をもたせることです。
比較的簡単な方法は、

「先生は4つみつけたよ。先生よりたくさん見つけられるかな」
「隣のクラスでは、10みつけたよ。このクラスはいくつ見つけられるかな」
「2分で何問解けるかな。昨日よりたくさんできるといいね」

というように、目標となるような指標を合わせて提示するといったやりかたです。指標は何も数値に限りません。「みんながあっと言う」「みんながなるほどと言う」といったものもよいでしょう。もちろん興味をもたせる工夫ができればそれに越したことはありません。これに限らず、子どもが意欲的に取り組むためには、どんな要素が必要かを意識することが大切です。

もう一つは発問からどう具体的な活動につなげるかです。
「考えて」といった抽象的な言葉は子どもにとっては何をすればよいかわかりにくいものです。

「先生はこんなことに気づいたよ」
「たとえば、この線を引いたところからどんな気持がわかるかな。○○さんどう」

というように、一つ例を提示したり、個人活動の前に、全体で一度やってみることで、具体的に何をすればよいか明確にします。
また、「考える」「気づく」といった発問は、比較となる物を与えることで視点がはっきりして活動しやすくなります。

「この絵を見て気づいたこと」
→「この絵を見て、今の暮らしと違うところを見つけて」

というように、比較の対象を意識させることにより、コントラストが明確になり、見通しがもてます。
発問に対して期待する子どもの活動を具体的にイメージすると、そのため必要な知識、視点などの要素が明確になってきます。どのような知識を事前に与える、確認する。視点を明確にするために比較の対象として何を意識させる、提示するといったポイントが明確になります。その上でもう一度発問を見直すとより具体的で子どもたちが活動しやすいものにすることができます。

基本となる発問を考えてそれで終わるのではなく、子どもが意欲的に活動するためにはどんな要素が必要か、発問を具体的な活動につなげるために何を付け加えるか、どう変えるかといったことを考えてほしいと思います。こうして発問を練っていくことが、子どもたちの意欲的な活動につながっていくはずです。

教科書を比較する

夏休みは普段できない教材研究をするチャンスと書きましたが、そのもう一つが教科書の比較です。(教科書を離れた教材研究参照)
教科書を読みこむことを縦と横に広げるのです。(教科書を読みこむ参照)
具体的には、今自分が教えている内容と対応するものが、前の学年ではどのように扱われているか、学年が上がればどのように深まるのかと縦に広げて読み込むこと。そして、他の教科書ではどのような内容となっているのかと横に広げて読み込むことです。

縦に比較することで、今までで子どもが学んだことが整理されるので、学習の土台となることがはっきりします。今後どのように展開されるのかを知ることで、つながりを意識して学習内容を整理しまとめることができます。この学年で意識すべきことが明確になるのです。

横に比較することで、学習内容のポイントが明確になり、展開の幅が広がります。教科書が違うと、その内容は思ったより異なっているものです。逆に変わらないところは、間違いなくしっかり押さえなければならないところです。また、その違いを見ることで、異なった展開の方法を知ることができます。他の教科書のまねをするという発想ではなく、そのよいところを取り入れたり、知っておくことで、子どもたちの多様な反応に対応する幅が広がります。
また、今の時期は、新学習指導要領対応のものと以前のものを比較するのもよいでしょう。何が変わったか変わらないかが指導要領を読む以上にはっきりして勉強になります。

小学校の先生であれば、苦手な教科に絞ってもいいかもしれません、また教科書を何種類も集めるのが難しそうであれば、特徴的と言われる2、3社に絞ってもよいと思います。机の上に教科書を並べて過ごす時間を取ってみませんか。きっとたくさんの発見や気づきがあると思います。

教科書を離れた教材研究

多くの学校が今日から夏休みになったことと思います。部活動の大会で忙しい方もいらっしゃると思いますが、普段よりは心の余裕があるのではないかと思います。
日ごろの教材研究は、明日の授業をどうするかに追われて、腰を据えておこなうことがなかなかできません。夏休みは普段とは違った視点で教材研究をするチャンスなのです。

たとえば、教科書を離れた教材研究です。教科書以外の素材を探すといってもいいでしょう。

国語であれば、教科書以外に扱うとすればどんな物語がいいだろうと探します。図書館でいろいろな本を探して日を過ごすのもいいと思います。
算数・数学であれば、文章題や応用問題をオリジナルでつくります。
理科や社会であれば、教科書や資料集以外の資料を探します。旅行の好きな方は旅先で資料になりそうなものを探すのもいいでしょう。
英語であれば、授業で使えそうな会話やシチュエーションを考え英語にします。
・・・

自分で探した、つくった素材を授業で使ってみることで、子どもが関心を持つ要素、問題に必要な条件などいろいろなことがわかります。授業時間の関係などの理由で実際には授業で使うことはできないかもしれませんが、このような教材研究は教科書や資料を理解する力をつけます。自分で考えることで、教科書がなぜこの物語を載せたのか、なぜこのような数値で問題をつくったのか、なぜたくさんある中からこの資料を使うのか、・・・。その理由がわかるようになります。教材のポイントが明確になるのです。

ノルマがあるわけではありません。いつまでにやらなければいけないというわけでもありません。気持ちに余裕のあるときだからこそ、ちょっと違った視点で教材研究をしてみてはいかがでしょうか。きっと新たな気づきがたくさんあると思います。

板書計画を考える

板書計画をしっかり立てるということがよく言われます。計画という言葉にも表れているように、どのタイミングで、何を書くかが重要になります。教師がまとめて板書して、子どもがただそれを写すのであれば、プリントにして配ればよいのです。

1時間の授業の流れの中で、黒板をどのように活用するのか、その視点を明確にしておく必要があります。

言葉では消えてしまうものを、板書することで残す。
板書を全体で考えるためのツールとして活用する。
結果をわかりやすく整理する。

大きく分けるとこのようになると思います。
課題や指示などは、子どもが見ただけでもわかるような工夫が必要です。また、この時間で前提となる知識や考え方をあらかじめ板書して、いつでも参考にできるようにすることも子どもが課題に取り組む上で効果的です。

メインとなるのが全体での活動における活用です。

子どもから出た意見を板書するのかしないのか。
そのまま書くのか、教師が整理して書くのか。
どこに書くのか。
書く場所を教師が決めるのか子どもに決めさせるのか。

このようなことを、課題や授業の流れに応じて考える必要があります。
教師が子どもの発言内容にかかわりなく予定したとおりに板書すると、子どもは板書だけに注目して友だちの発言を聞かなくなります。あえて、板書しないという選択もあるのです。
子どもの発言を認めたり価値づけする道具としても意識するとよいでしょう。子どもの言葉をそのまま板書し、発表者の名前を書く。こうするだけでも認められた気持ちになります。近い意見を並べて書く。異なった意見は離して書く。どこに書くかを意識することで、互いの発言をつなぐこともできます。どこに書くかを子どもたちに考えさせることで、他の発言と比べながら聞くようになります。
似たような考えを○で囲んで、タイトルをつける。対立関係を色で示す。いろいろと工夫することで、板書を見ながら考えが整理され、新たな意見が出るようになっていきます。
子どもたちにこの場面でどのような活動をしてほしいかを考えながら計画を立てることが大切です。

授業の最後にその時間の学習内容をまとめることが多いと思いますが、板書するのがよいのか子どもたちまとめさせるのがよいのかの判断が必要です。子ども自身にまとめさせるときに、まとめの視点だけを板書しておく方法もあります。教師がまとめる場合も、あえてポイントに色をつけたりせずに、各自に線を引かせるといった方法もあります。子どもにまとめさせたときは、全体やまわりの子どもと確認し合うことで、よりよいまとめになっていきます。
また、同じ写すのでも黒板をできるだけ見ないで写しなさいと指示する方法もあります。
いずれにしても、何も考えずに子どもが写すような使い方は避けるべきでしょう。

板書計画は、大体の方向性や絶対外せないような内容は考えておく必要がありますが、あまり細かく立てすぎると子どもの考えを活かせなくなってしまいます。子どもと一緒に作っていくという視点を加えて、柔軟にとらえるようにしてほしいと思います。

学習内容の定着

子どもたちが学習内容をきちんと理解したからといって、すぐに活用できるわけではありません。2×2が4になることがわかったからといって、九九は言えるようになりません。定着させるための活動が必要になります。

反復練習が有効なものに対しては、授業時間内に時間を設けて練習する。宿題や試験というプレッシャーをかけて家庭学習させる。このようなやり方が一般的です。この場合大切になるのが、子どもたちへの動機づけです。指示されたからやる、やらなければいけないという、ネガティブな動機ではなかなか集中しませんし、定着もしません。いかにして子どもに前向きに取り組ませるかがポイントになります。
そのためには目標や指標を上手に与えることが有効です。九九が何秒で言えるといったやり方です。このとき、何秒で言えるかではなく、何秒で言えたかを計測する方法もあります。いずれにしても、合格したか、何秒だったということだけで評価するのではなく、以前と比べてどれだけ進歩したかを見ることが大切です。たとえ目標に達成しなくても、自分の努力の結果が見えることでやる気を継続させることができます。気をつけてほしいのは、1回だけやって終わってしまはないことです。そのときに結果を出せなくても、再挑戦できるような仕組みをつくってください。そうしないと、できなかった子どもは、達成感を持てないまま、次第にやる気をなくしてしまいます。

また、目標設定をグループに対しておこなうというやり方があります。例えば、グループ全員の九九にかかった時間の合計が何秒といった指標を導入します。こうすることで互いに励ましたり助け合いながら取り組むことができます。このとき、全員が何秒以内というような設定にすると、特定の子だけが達成できないという状況が生じてしまいます。できない子が非難されないような雰囲気づくりが大切になります。それぞれの能力に応じて貢献できるような目標設定を心掛けると有効な方法です。

一方、考え方のように反復練習しにくい、試験などになじみにくいものには、活用して定着するという方法があります。
例えば、資料の見方であれば、資料からわかったことではなく、そのための視点を整理しておきます。そして、別の資料をつかって練習をします。このとき、できるだけ身近な資料を用意すると子どもたちの意欲が増します。
考え方のように抽象度が高いものは、1度や2度練習したからといって定着するようなものではありません。他の課題や、単元でも意図的に活用する場面を作ることが大切です。資料の見方であれば、資料を見る場面があるごとに、子どもたちにその視点を問いかけます。こうして、意識して活用させることで定着を図ります。

教材研究はどうしても、子どもたちに理解させることに目が向きがちですが、学習内容の定着という視点も大切です。定着させるためにどのような活動が必要なのか、逆にこの課題は、どのようなことを定着させるのに有効であるか。このようなことも意識してほしいと思います。

継続的に育てる

日々の教材研究は、どうしても目の前の授業をどうするかに追われてしまいがちです。なかなか、1年間、3年間、6年間を通じて育てる力のことをじっくりと考えることができません。

例えば、読む力はどの教科でも大切な基本となる力です。1時間ごとにどう力をつけると考えるようなものではなく、継続的に育てていくものです。授業のどのような場面で、何を意識し、活動させなければならないのかを整理しておく必要があります。

国語であれば、わからない言葉や読めない漢字を見つけて調べる。すらすら読めるようになる。話の内容がわかる。筆者の主張、登場人物の気持ちを本文に沿って理解できる。・・・
算数・数学であれば、問題文の条件がわかる。何を求めればよいかがわかる。・・・
社会であれば、事実がわかる。違いがわかる。因果関係を整理できる。・・・
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このように、読む力といってもいろいろな場面でさまざまな形で求められます。それを身につけるための活動も、子どもの成長や教材によっていろいろ考えられます。

初めて目にする文章であれば、黙読してわからない言葉や、漢字に線を引くという作業をするとよいのかもしれません。いきなり音読して、詰まったところを調べる方法あります。
すらすら読ませたいのなら、できるだけ早くとプレッシャーをかけた方がよいのかもしれません。ペアで読みながら、詰まったところを教え合うのもいいでしょう。
内容を理解するのであれば、「主人公の気持ちがわかるところに線を引いて」と指示をして、じっくり読ませることも大切です。
算数の文章題であれば、問題文を絵や図にすることで把握する。求めたいものと、わかっていることを別の色で線を引く。こんな方法も知っておく必要があります。
社会科で資料を整理するのであれば、箇条書きではなく、事実とそこからわかること、因果関係を線で結んで関係図をつくる。
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書く、聞く、話す、調べる、・・・。多くの力が子どもたち求められます。それぞれの力をつけるため、どのような場面で、何を意識して、どのような活動が必要なのかを整理してみてください。若い先生は、ほんの少ししか見つからないかもしれませんが、意識して授業をおこなったり、他の先生の授業を見ることで見つかっていくはずです。
このことが明確になってくると、新しい教材に出会っても、時間をかけずに授業を組み立てていくことができると思います。
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