「わかった」は禁句!?

授業中に教師がよく使う言葉に、「わかった」があります。

「この問題がわかった人?」
「わかったこと聞かせて」

このような使われ方をよく目にします。
私は、この「わかった」という言葉を「禁句」にしてくださいとお願いしています。
「わかった人」「わかったこと」と聞かれれば、わかった子しか挙手できません。常にわかっている子のペースで授業が進みます。手をかけなければいけない「わからない子」が参加できないまま進んでいきます。

「気づいたことや考えたことを聞かせて」
「わからないことを教えて」

と、できるだけどの子も参加しやすいように聞いてあげる必要があります。

また、説明の後に「わかった?」と聞かれると、子どもの立場では「わかりなさい」という強迫とも感じられます。

「Aさん答えて」
「わかりません」
「・・・だから、・・・だよね。だから答えはこうだね。Aさんわかった?」
「わかりました」

このように教師が一生懸命に説明してくれた後では、よくわからなくても「わかりません」となかなか言えないものです。子どもが立たされたままであれば、早く座って解放されたいのでなおさらです。

「わかりました」
「じゃあ、自分の言葉で説明してくれる」
「・・・」

このように、実際に確認するとわかっていないことがよくあります。しかし、教師の方も、ここで「わからない」と言われると授業が進まないのであえて確認をしないことも多いようです。その結果、教師の説明の後「わかった」と聞かれると、とりあえず子どもは「わかった」と答え、教師はそれ以上追及しないという、暗黙の不可侵条約が結ばれてしまうのです。

「わかった」結果ではなく、「わからない」こと「わかる」過程を大切にして、わからない子が参加できる授業にしていただきたいと思います。

授業後の質問は複数で

定期テスト前の中学・高校では、職員室前に質問に来る生徒の姿がたくさん見られます。こういった授業後の質問の場面も、子どもたちの人間関係を作り、学び合いをさせることに大いに役立ちます。

私は、授業に関する質問は、3〜4人の複数で来るように指導するとよいとお話しています。もちろん、一緒に質問する人が見つからなければ、1人でもよいとは伝えます。その理由には、

一緒に質問する友だちを探す時に、わかっている人に出会えばそこで教えてもらうことで子ども同士の学び合いで解決できる。

複数に対して説明すると、全員が理解できなくても、その中の一人でも理解できれば、その子に説明させることにより子ども同士で解決できる。

今、どの子とどの子の仲がよいといった、子ども同士の人間関係を知ることができる。また、どうしても一人でしか来られない子がいれば、その子は友だち関係がうまくいってない可能性があることを察知できる。

などがあります。

このようにすることで、子どもが友だちと聞きあったり、一緒に勉強したりする機会が増えていきます。
学び合いということがよく言われますが、授業時間内だけでなく、いろいろな場面で意識するとよいと思います。

時間を与えることの意味

子どもに問題を解かせたりワークシートなどの作業をさせたりしている時に、「まだできていない人がいるから、あと○分あげるね」と作業時間を延長する場面によく出会います。また、発問して子どもの手が挙がらない時に、「もう少し考えて」と待つ場面もよくあります。このように子どもに時間を与えることについて少し考えてみたいと思います。

「全員ができてほしい」
「少しでも多くの子どもに考えてほしい」

教師であればだれでもが願うことです。しかし、子どもに時間を与えればできるようになるのでしょうか? 与えられた時間、考え続けることができるのでしょうか?

例えば、与えられたプリントが終わらない子どもの状況を考えてみましょう。
計算が遅い、調べるのが遅いなど作業スピードの問題で時間が足りないのであれば、作業が遅い子には与えられた時間は有効です。ただし、作業が速い子にはその時間が無駄にならないような工夫が必要です。(参考:作業スピードの差をどう埋めるか)
注意が必要なのは、単に作業スピードの問題でない場合です。子どもは「時間が足りない」以外の理由で行き詰っているのですから、単に時間を与えるのではなく、その原因を取り除く必要あります。そのための手立てをせずに時間を延長しても、「できる子は与えられた時間遊んでいるだけ」「できなかった子は最後までできずに終わる」ことになり、結局時間の無駄になってしまいます。

この場合、子どもができない理由をきちんと判断して、必要に応じて友だちに聞くことを促したり、教科書等のどこを見るか具体的に指示する。一旦作業を止めて、見通しを全体で確認するなどした上で、時間を与えるようにする必要があります。

時間を与えることは、その時間が子どもにとって有用な時間になって初めて意味を持ちます。単に遊ぶ時間を増やす、手がつかないで苦しむ時間を増やさないようにしてください。

指示の後の子どもの動き

教師が課題や作業の指示を出した後の子どもの動きを見ていると、いろいろなことがわかります。

すぐに鉛筆を持って取り組もうとする時は、課題に対する意欲がある時、何をすればよいかというゴールが見えている時です。
実際の授業では、ここで子どもが止まってしまうことがあります。こういう時は、子どもが何をすればよいかよくわかっていないことが多いようです。周りの子に何をすればよいのかを聞く姿もよく見られます。

子どもがすぐに動き出さない時は、一旦作業を止めて、もう一度指示の内容をきちんと確認をする必要があります。

また、すぐに動き出しても、しばらくすると鉛筆を置いて動きが止まる時があります。これは、どうすればゴールにたどり着けるのか見通しが持てない時に多いようです。この状態がしばらく続くと、子どもは手遊びを始めたりして集中力を無くしてしまいます。
ここで注意しなければならないのは、単に集中するように個別に声をかけたり、できていないからといって作業時間を延長しないことです。見通しが持てないのですから、時間を与えてもなかなか解決できません。また、「わからない人はヒントを出すから聞いてね」と作業をさせたままで教師がヒントを出したりするのも、全体の集中を乱すのでよくありません。
ここは一旦作業を終了させて、全体で見通しの確認をする必要があります。
答えを発表するのではなく、最初の一手やヒントをできている子どもに発表させます。教師がヒントを出すと、できている子は分かっているので、聞く意欲を無くしてしまい、結果そのあと作業に戻っても、集中力を無くしたり、勝手に周りの子に教えてじゃまをしたりするようになるからです。

もう一つ注意して欲しいのが、できる子への指示です。できる子は早く終わるとすることが無いので、遊びだしたり、周りの子のじゃまをすることがあります。学級全体の集中力が落ちてきて、まだ途中の子も遊び始めてしまいます。手のつかない子は、できた子の存在がはっきりするので、プレッシャーを感じます。「できた人は、・・・をしましょう」と作業に入る前に指示をすることも忘れないようにしましょう。

指示の後の子どもの動きから、子どもの状況を把握して、「子どもに活動させているつもりが無駄な時間となってしまう」ことがないよう、素早く対処してください。

教師は子どもの発言を復唱しない方がいい?

「教師が子どもの発言を復唱するとよいですよ」というアドバイスをすると、「子どもが教師の発言を聞けばよいので、友だちの発言を聞かなくなるのでは」と質問されることあります。実際に「教師は子どもの発言を復唱しないように」と指導している地区もあります。本当のところはどうなのでしょうか?

まず大前提となるのが、教師が子どもの発言を復唱するときには、子どもの発言をできるだけそのまま復唱することです。例え間違いや不完全な答えでも、そのまま復唱することで、子どもは教師が自分を認めてくれたと感じるのです。復唱することの意味は教師が子どもを認めているという安心感を教室に作ることです。
ところが、教師は子どもが間違いのときには無視したり、逆に期待した答えに近いことを言ってくれると、今度はどんどん自分の言いたいことを足してしまいます。

「観察していてどんなことに気づいた。Aさん」
「泡が出た」
「他にはない」
「Bさん」
「白くなった」
「そうだよね。Bさんが言ってくれたように、石灰水の中に通すと白く濁ったよね」

これではAさんは「自分はダメだったんだ」と思いますし、Bさんも「あれ、自分の言ったことと違う。間違っていたのかな」と不安になります。自己有用感を持てませんし、教師との関係も作られません。
また、まわりの子は先生の言ったことが正しいと思うので、Bさんの発言を認めなくなります。

「観察していてどんなことに気づいた。Aさん」
「泡が出た」
「なるほど、泡が出たんだ」
「それってどこから出たの」
「ガラス管から」
「ガラス管からでたんだ。ガラス管から泡が出たときに気づいたことない」
「うーん」
「いいよ。じゃあ誰かAさんの代わりに答えてくれるかな。Bさん」
「白くなった」
「白くなったんだ。何が白くなった」
「石灰水」
「なるほど、石灰水が白くなったんだ」
「Aさん、どう」
「うん、思いだした。水が白くなった」
「そうだよね。水が・・・白くなった」
「石灰水が・・・」
「石灰水が白くなったんだ」
「じゃあ、AさんとBさんが言ってくれたことまとめてくれる人」

このように、子どもの言葉をそのまま復唱しながら、深めていくやり取りをすれば、子どもも達成感を持てますし、まわりの子も教師の言葉に反応しながら、友だちがどう答えるかを真剣に聞くようになります。

もちろん、いつも教師が復唱するのではなく、他の子に復唱させたり、評価させたりするなど、友だちの発言を聞く価値を持たせる工夫も必要になります。
教師と子どもの関係をつくるのに、子どもの発言を教師が「そのまま」復唱することは有効なことです。一律に「いい」「悪い」ではなく、学級の状況に応じて、教師が意図的に復唱を活用していただければと思います。

子どもが友だちの発言を聞かない理由

授業を参観していると、子どもが友だちの発言を聞いていないと感じることがよくあります。友だちの発言中も教師の方を向いていて、その内容に反応しない。教師が他の子どもの発言を求めると、ちゃんと反応する。授業には参加しているのに、友だちの発言は聞こうとしない。なぜこのようなことが起きるのでしょうか。

このような授業に共通して感じるのは、子どもが友だちの発言を聞く必然性がないということです。

子どもの発言を受けて、「はい、正解」「いいですね」と言って、教師が一人で説明をする。
教師の求める答えでなければ「他には」とその発言は無視して次に行く。

このような進め方ですと、友だちの話を聞かなくても教師の発言を注意して聞いている方がよくわかるし効率的です。説明の後に要点を教師が板書してくれるのであれば、教師の話も聞く必要がありません。板書を写すことに専念すればよいのです。

では、聞く必然性はどうやって作ればよいのでしょうか。基本は子どもの発言できるだけ生かすことです。

「Aさんの説明を聞いて、なるほどと思った? 思った人、どこでなるほどと思ったか教えてくれる」

「Aさんの説明で納得した? よくわからない人もいるみたいだね。だれか、Aさんのかわりに、Aさんの考えを説明してくれる」

このように、子どもの発言を他の子どもにつないでいくようにするとよいでしょう。
また、友だちの発言を聞いていないと答えられない質問をすることも、聞く姿勢を作るためには有効です。

「今、Aさんがとてもいいこと言ってくれたけど、Bさんもう一度言ってくれる」
「わかりません」
「よく聞いてなかった? もったいなかったね。悪いけどAさんもう一度言ってくれる」
「・・・です」
「Aさんありがとう。Bさん言ってくれる」
「・・・です」
「Bさん、よく聞けたね」

このような場面では、友だちの発言を聞いていたことをきちんと評価することも忘れないようにしてください。

子どもが友だちの発言を聞かないのは、実は教師がそのことをちゃんと子どもに求めていないからなのです。

「みんな」という言葉は要注意

授業を参観していると、「みんなよく頑張ったね」「みんな分かった?」と、「みんな」を主語にした言葉をよく耳にします。この「みんな」という言葉にはちょっと注意が必要です。

「みんな」という言葉は、教師が子ども一人ひとりをきちんと見ていなくても使える言葉です。また、子ども一人ひとりの行動や理解は異なりますが、それらを「みんな」で代表させてしまうと、子どもがきちんと自分を評価できなくなったり、自分を主張できなくなったりします。

例えば、「みんな頑張ったね」と教師が言う時は、具体的に誰が何を頑張ったか、本当に一人残らず頑張っていたかを確認していないことがよくあります。子どももなんとなくほめられてうれしいのですが、きちんと自己評価できません。

「○○をやった人、手を挙げて」
「全員手が挙がったね。みんな頑張ったね」

このように、具体的に問いかけ、子どもが自己評価できることを大切にするとよいと思います。
ただ、全員の手が挙がらない時は、挙がらない子をきちんとケアする必要があります。

「A君は手が挙がらなかったけど、どういうことかな」
「あまり○○はちゃんとやらなかった」
「そうか、やらなかったか。でも、先生は、A君は△△をやって頑張ったと思うよ」
「みんな頑張ったね」

また、「みんな分かった」と聞いて、子どもが「はい」と元気よく返事を返してくれても、本当に全員分かったとは限りません。確かに大多数の子どもがわかっているのかもしれませんが、その陰には少数の分からない子がいることも多いのです。
「みんな」という言葉は、その中に入らない子どもを切り捨てる言葉にもなってしまいます。

教師が学級に語りかける時に便利な「みんな」という言葉ですが、その使い方には注意してほしいと思います。

テンションが上がる理由

教師が意図しないのに子どもたちのテンションが上がってしまう場面に出会うことがあります。その理由が分からないのでなかなかコントロールすることもできません。意図して子どもたちのテンションをよい状態に保つためにも、子どもたちのテンションが上がる理由を考えてみたいと思います。

子どもは友だちや教師に認められたいと思っています。教師と子どもの関係がよい学級では特に教師に認めてもらおうと積極的に挙手をして指名されたいと願います。その一方で、間違えたり、自分の考えを否定されたりすることには臆病で、自信がないとなかなか挙手もできません。したがって「分かる」「できる」こと、「自信を持つ」ことは子どものテンションを上げる要因の一つです。

また、間違いや自分の考えを否定される心配が無い状況であれば、安心して気軽に発表できるので、テンションが上がりやすくなります。教師と子ども、子ども同士が互いの考えを認めあえる学級であれば、どのような発言でも否定されることが無いので、当然テンションは上がります。このような学級では互いの発言を真剣に聞く姿勢ができているのでテンションが上がりすぎることもなく、程よいテンションが保たれます。

もう一つ気軽に発表できる要因があります。それは「無責任」です。根拠や理由を問われないのであれば、真剣に考える必要がありませんし、何を言っても言いっぱなしで済みます。「無責任」に発言できる状況であれば、簡単にテンションが上がります。クイズはその典型です。テンションを簡単に上げる手段としてよくつかわれますが、根拠や理由を問わずに続けているとテンションがどんどん上がっておさまりがつかなくなります。

テンションが上がりすぎていると感じる時は、「無責任」な発言や活動が許される状況になっていないかを意識してください。教師が根拠を必要としない問いかけをしていたり、子どもの発言や行動に対してその理由を問い返さなかったりしていることが原因であることがよくあります。テンションが上がる要因を意識して、適度なテンションを保てるよう工夫してください。

テンションを上げすぎない

教師の質問に子どもたちが次々に勢いよく挙手をし、指名された子どもが元気よく答える。
一見すると活発な授業場面ですが、往々にして子どもたちのテンションが上がりすぎていることあります。テンションが上がりすぎることの何が問題なのでしょうか?

まず、子どものテンションが上がると積極的になりますが、同時に受容的でなくなります。押しのけて発言しようとしたり、友だちの発言を聞かなくなったり、否定的になります。

指名されようと大きな声を出したり、目立つ動きをして教師の気を引こうとする。
友だちの発言が終わるとすぐに挙手をする。(相手の発言をきちんと受け止めていれば、その言葉を受け止めるための時間が必要です。挙手するまでに少し間が空くはずです)
友だちの発言を間違いだと判断した瞬間に、発言が終わらないうちに「はい」と挙手をしたり、「違ってる」と大きな声で指摘したりする。

こういう状態では、教室全体で共に学ぶ姿勢が崩れてしまいます。

そして、子どもたちのテンションが上がるとそれにつれて教師のテンションも上がってしまいます。子どもの大きな声を押さえようと教師の声が大きくなり、教師の注意がテンションの高い子どもにばかりにいってしまいます。テンションの高い子どもと教師だけで授業が進み、そのテンションについていけない子どもはどんどん冷めていき、授業に参加しなくなります。教師もそういう子どもたちを見逃しやすくなります。

子どもたちに活気のない授業では困りますが、子どもたちのテンションが上がりすぎることにも注意が必要です。

子どもの発言を引き出すには

学年が上がるにつれ、「子どもが意見を言わない」、「挙手しない」という声をよく耳にします。本当にそうなのでしょうか。

子どもの発表に対して、教師は「正解」や「自分に都合のよい意見」を期待しています。そのため、そうでない意見は無視したり、自分に都合がよいように子どもの意見を勝手に変えたりします。
正解以外は評価されないのでは、正解であると自信があるとき以外は発言できません。また、何を言っても、最後は教師が自分で言いたいことをまとめると気づけば、あえて自分が間違いかもしれない意見を言う必要はないと思います。
負の経験を積んでいくことで、子どもは発言しなくなるのです。

では、どうすればよいのでしょう。まず、どのよう発言でも認めることです。正解でも、不正解でも「はい、正解」「違うよ」などと言わずに認めるのです。

「・・・だと思います」
「なるほど、・・・だと考えたんだ」

では、正解、不正解を教師が判断せずにどうやって子どもに判断させるのでしょうか。一問一答にせずに、何人にも聞けばよいのです。
教師が正解と言わなければ、何人にでも聞けます。最低3人に聞くようにしてほしいと思っています。3人とも正解であれば、「みんな同じようだけどいいかな」と確認して終わればよいのです。
もし、異なる答えが出たなら、

「Aさんと違う考えだね」
「Aさんはどう思う」

このように、子ども同士をつなげばよいのです。多くの場合、間違えた子は再度確認すると、自分で間違いを訂正します。

「あっ違っていた。・・・です」
「なるほど、・・・なんだ。自分の考えを訂正できるのはいいことだね」

このように、訂正できることをポジティブに評価します。
どうしても、異なった答えが収束しないときは、まわりと相談させたりしながら、できるだけ子どもたちの力で解決するようにします。

大切なことは、何を言っても受け止めてもらえる。例え間違いでも、意見を言うことに価値がある。自分の意見がみんなの役に立った。このように子どもが感じられるような対応を心掛けることです。

まず全員を動かす

授業で「分からない人は手を挙げて」というように、子どもに何らかの動きをさせることで評価をする場面がよくあります。子どもが手を挙げないので大丈夫だと思ったら、かなりの数の子どもが理解できていなかったということはよくあります。分かっていない子はなかなか自分ができないこと表明しづらいものです。そのため、動かなかったり、動くまでに時間がかかったりします。何か行動を起こさせるにはかなりのエネルギーが必要なのです。

そこで、こういうときは、まず全員を一斉に動かします。そのあと、分かった人はもとの状態に戻るように指示します。

「全員手を挙げて。挙がったね」
「では、分かった人は手を下して」

「全員一度立ってみよう」
「分かった人は席に座って」

このやり方ですと、最初の行動は全員同じ行動なので、無理なく動かせます。次の行動は、明確に意思表示できる子以外はすぐには動きません。はっきりと分かっていると言えない子は、しばらくしてから動き出します。このときの子どもの反応速度や動き方を見ることで学級全体の理解の状態がよくわかります。

知識から考えることへどうつなぐか

知識は教えるか、調べるしかありません。知識の確認は覚えているかいないかです。では、そこから考えることにつなげるにはどんな方法があるでしょうか?

「・・・はどういう意味ですか? わからない人は辞書で調べて」
「・・・という意味です」
「では、この言葉を使って短文を作ってみましょう」

「仕事の定義を言ってください」
「力×力の方向に動いた距離です」
「では、この場合の仕事はどうなるだろう」

このように、具体例作ったり、具体的に利用することで、知識をもとに考えることへとつながっていきます。知識を教えたり確認する場面では、具体化とペアにすることが大切です。

切り返しの言葉

子どもの発言は言葉足らずだったり、根拠がはっきりしないことが多いと思います。発言内容を明確にしたり、考えを深めたりするためにはどのような言葉を選べばよいのでしょうか?

よく耳にするのは、「なぜ」(Why)という切り返しです。理想の授業は、教師が「なぜ」と聞き、子どもがそれに応えるものだと思います。しかし、大人でも正面切って「なぜ」と問われると言葉に詰まってしまいます。きちんとした根拠をもった発言を求められているように感じるからです。

言葉足らずの発言から言葉を引き出すには、明確な説明を求めるのではなく、緩やかな聞き方が有効です。

「それって、どういうこと」(What)

こういう聞き方をすれば、子どもとしては何を言ってもいいので、言葉を引き出しやすくなります。そのうえで、足された内容について、具体的に問い返してあげればよいのです。

「なるほど、それはどこで分かったの?」(Where)
「どうやって気づいたの?」(How)

例えば、国語で
「主人公は、・・・と考えたのだと思います」
「それは、本文のどこでわかったの?」

調べ学習で
「・・・ということが分かりました」
「どうやって分かったの?」

子どもの考えを明確にし、深めるためには根拠を問うことが大切です。「Where」や「How」で聞くことで、視点が明確になり、子どもの考えが整理されるのです。

「Why」ではなく、「What」「Where」「How」で聞くことを意識してみてください。

板書を写す意味

教師が黒板に何か書くと、一斉に子どもがノートに写しだすシーンによく出会います。教師の説明も聞かずにひたすらノートをとり続ける子どももいます。教師もたまらず「後で書く時間をあげるから、話を聞いて」と指示を出したりします。
でも、そもそも板書を写す意味は何でしょう?

「あとで授業を振りかえるため」といった記録面を重視する
「写すことで記憶に残る」といった写す作業に価値を求める

いろいろな考えがあると思いますが、この2つに集約されるのではないでしょうか?

もし板書がそのままノートに残るという「記録」を重視するのであれば、書かせずにあとでプリントにして配れば済むことです。その時間をもっと有効に使う工夫をすべきです。板書はメモにとどめて、まとめは子どもが書く。その書いたことを互いに発表させて、その意見も取り入れて最終的に自分のノートを完成させるなどしてもよいでしょう。
「せめてノートだけでもとらせないと遊んでしまう」とノートをとらせれば、「ノートをとればそれだけで授業に参加した」と思う子どもを育てることになります。ますます、授業中に考えなくなります。この悪循環を断つ勇気が必要です。

もし、「写す」という行為自体を大切にするのなら、本当に写すという作業が目指すものにつながっているかを考える必要があります。
何も考えずひたすら板書を写しても、単に目に映っているものを写しているだけで記憶には残りません。「黒板を見ないで写して」と記憶する必要性を作る。数学などは黒板の一部を隠して、自分で埋めさせるという手もあります。

ほとんどの授業で板書を写す場面がありますが、写す意味を意識して板書の使い方を工夫してほしいと思います。

コミュニケーションをとるべき相手

教室に問題行動を起こす子どもや気になる子どもがいる時に教師が気をつけることは、誰と関わるかということです。
教室にそういう子どもがいると、どうしてもその子どもと関わる時間が増えてしまいます。授業中に対応に追われて授業が進まなかったり、その子にかかりきりでほかの子どもとは関わる時間がなくなってしまうこともあります。
逆に、その子を見れば注意しなければいけないので授業中に子どもを見ないようにしてしまうこともあります。問題のある子どもにかかりきりにならないことは大切ですが、これでは、他の子どもたちとの関係もなくなってしまいます。
いずれにしても、数人の問題で、大多数の普通の子どもたちと教師のコミュニケーションまでもなくなってしまいます。こうなると、学級全体と教師の人間関係築けません。問題行動を起こす子どもが数人いても、他の子どもたちと教師の関係がしっかり築けていればすぐには学級崩壊にはつながりません。しかし、普通の子どもとの関係が壊れていると、何か起こった時一気に学級は崩れるのです。

問題を抱えている子どもとの関係作りは時間をかけてやるしかありません。また、そういう子どもとの関係作りには時間をかけます。目立たない普通の子どもはどうしても教師からほっておかれたり、後回しにされます。問題を抱えている子どもがいるとなおさらです。しかし、多数派であるごく普通の子どもとの関係を作ることの方が急務であり大切なのです。

私が、教室を見て「学級が危ない」と感じるのは、問題行動を起こす子どもがいるかどうかではなく、ごく普通の子どもと教師の関係が築けてないと感じる時です。特に新学期は普通の子どもとの関係作りが大切です。学級崩壊の芽は今育っているのです。

作業の指示をどう工夫するか

授業では子どもたちに作業をさせる場面がたくさんあります。

地図を見てワークシートに山や川の名前を書きこむ。
教科書の例文を写す。
板書を写す。

こういった作業を授業時間中におこなう理由は何でしょう?
写した結果は重要ではありません。教科書や地図帳を見ればのっていることであればそれを見ればいいのです。板書だって、あとから印刷して配れば十分です。貴重な時間の無駄です。とすれば、その狙いは作業させること自体にあるわけです。作業させることで「定着させたい」。だから貴重な授業時間を使ってやらせるのです。
では、実際はどうでしょうか?
写すことや書く作業では単純に見て写しても定着しません。また活動に対する評価が無いので漫然と作業します。女の子が美しいノートにこだわるのも、写すという単純作業に対して「美しい」という評価規準を与えることでモチベーションを保っているのです。
そこで、作業の指示をする時にちょっとした条件や評価を入れるのです。
例えば、

「黒板を見ないで写して」
「例文は、1文ずつ一気に写して」
「地図帳を閉じてからワークシートに写して」

と指示し、

「でも、わからなくなったら見ていいんだよ。できるだけ見る回数を減らそうね」

とつけ加えておきます。
こうすることで、単純作業にも目標と評価が定まり、モチベーションアップにつながります。作業後、隣同士のペアで確認をすれば子ども同士の関わり合いをつくることもできます。
作業の指示を工夫するだけで、子どもの意欲や集中度は驚くほど変わるものです。

ポジティブに言い換える

教師は子どもの悪いところを指摘するのが仕事のような面があります。集団行動の時など、一人できない子がいれば、その子を叱って全体をやり直させます。指摘された子はみんなの前で恥をかきます。また、その子のせいでやり直しさせられたと、他の子どももネガティブな感情を持ちます。せっかくの指導もかえって子どもたちの状態を悪くする方向に作用しかねません。

「おっ、ほとんどの人がしっかりできている。うれしいな。あと一人で完璧だ! もう一回チャレンジしてみよう!」

このように言うとどうでしょうか。
まずできていることを評価する。その上で、課題をクリアした状況を目標として示します。こうすれば叱らなくて済みますね。
このように、ネガティブをポジティブに言い換えると学級の雰囲気は変わってきます。

作業スピードの差をどう埋めるか

問題演習やワークシートなどの作業の速さは子どもによって違います。全員が終わるまで待っていると時間がかかる、早くできた子が遊んでしまう。まだ終わっていな子がいるのに途中でやめれば達成感がなくなり、やる気の喪失につながる。どうすればよいのか?
若い教師からよく聞かれる質問です。

速い子には、課題が終わったら次に何をするのか最初に指示しておくことが大切です。次の問題をやるような指示だと、ますます差がつくので、「みんなが納得するような説明を考える」といった、作業の内容を深めるものがよいでしょう。
そして、遅い子のためには、「わからなければ友だちに聞いてもいいよ、写してもいいよ」と指示しておきます。
手がつかない状態で集中力が切れてほっておかれるよりも、友だちに聞いてでも手を動かし考える方がよいのです。
この時、「聞かれないのに教えたらだめだよ。聞かれたらしっかりと教えて」と、作業の速い子が余計なおせっかいをしないようにしておきます。

こうすることで、全体の作業効率はアップするので、できないまま次に進むことを減らすことができます。

知識を考えさせてもしょうがない

知識は知らなければ答えられません。

「この単語の意味は?」
「わかりません」
「もう少し考えてごらん」

このようなやり取りはナンセンスですね。全く知らない単語を質問されても、考えようがありません。つまり、知識を問うことは考えることにはつながらないのです。教師はこのことを意識しておく必要があります。

グループ活動で知識を問えば、知っている子どもが答えを教えて終わってしまいます。知っている子がいなければ、そのままだらだらと時間だけが過ぎていきます。
知識は「教師が教える」か「子どもが調べる」のどちらかです。
知識を質問して子どもに活動させたければ、調べるしかありません。

「調べてごらん」
「どうすればいい」
「どこに書いてある」

こんな言葉を大切にしてほしいと思います。

子どもの挙手を増やすには

ノートを見ると考えや意見が書かれているのに、なかなか挙手をしてくれない子どもがいます。
何が原因なのでしょう。

「合っているか自信がない」
「間違えたら嫌だ、恥ずかしい」

みんなの前で発表するということは、恥をかきたくないというプレッシャーがかかるのです。
自信を与えるためには、机間指導でノートに○をつけて、「いい意見だね」と声をかけます。
発表させたければ、「いい意見だから、みんなに聞かせてあげて」と続ければいいのです。

恥ずかしいという気持ちに対しては、たとえ間違いでも「なるほどね」と認める姿勢が教師や学級にあれば、安心して発表してくれるようになります。

教師のちょっとした働きかけで、子どもは安心して挙手してくれるようになります。

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