テンションが上がる理由

教師が意図しないのに子どもたちのテンションが上がってしまう場面に出会うことがあります。その理由が分からないのでなかなかコントロールすることもできません。意図して子どもたちのテンションをよい状態に保つためにも、子どもたちのテンションが上がる理由を考えてみたいと思います。

子どもは友だちや教師に認められたいと思っています。教師と子どもの関係がよい学級では特に教師に認めてもらおうと積極的に挙手をして指名されたいと願います。その一方で、間違えたり、自分の考えを否定されたりすることには臆病で、自信がないとなかなか挙手もできません。したがって「分かる」「できる」こと、「自信を持つ」ことは子どものテンションを上げる要因の一つです。

また、間違いや自分の考えを否定される心配が無い状況であれば、安心して気軽に発表できるので、テンションが上がりやすくなります。教師と子ども、子ども同士が互いの考えを認めあえる学級であれば、どのような発言でも否定されることが無いので、当然テンションは上がります。このような学級では互いの発言を真剣に聞く姿勢ができているのでテンションが上がりすぎることもなく、程よいテンションが保たれます。

もう一つ気軽に発表できる要因があります。それは「無責任」です。根拠や理由を問われないのであれば、真剣に考える必要がありませんし、何を言っても言いっぱなしで済みます。「無責任」に発言できる状況であれば、簡単にテンションが上がります。クイズはその典型です。テンションを簡単に上げる手段としてよくつかわれますが、根拠や理由を問わずに続けているとテンションがどんどん上がっておさまりがつかなくなります。

テンションが上がりすぎていると感じる時は、「無責任」な発言や活動が許される状況になっていないかを意識してください。教師が根拠を必要としない問いかけをしていたり、子どもの発言や行動に対してその理由を問い返さなかったりしていることが原因であることがよくあります。テンションが上がる要因を意識して、適度なテンションを保てるよう工夫してください。

テンションを上げすぎない

教師の質問に子どもたちが次々に勢いよく挙手をし、指名された子どもが元気よく答える。
一見すると活発な授業場面ですが、往々にして子どもたちのテンションが上がりすぎていることあります。テンションが上がりすぎることの何が問題なのでしょうか?

まず、子どものテンションが上がると積極的になりますが、同時に受容的でなくなります。押しのけて発言しようとしたり、友だちの発言を聞かなくなったり、否定的になります。

指名されようと大きな声を出したり、目立つ動きをして教師の気を引こうとする。
友だちの発言が終わるとすぐに挙手をする。(相手の発言をきちんと受け止めていれば、その言葉を受け止めるための時間が必要です。挙手するまでに少し間が空くはずです)
友だちの発言を間違いだと判断した瞬間に、発言が終わらないうちに「はい」と挙手をしたり、「違ってる」と大きな声で指摘したりする。

こういう状態では、教室全体で共に学ぶ姿勢が崩れてしまいます。

そして、子どもたちのテンションが上がるとそれにつれて教師のテンションも上がってしまいます。子どもの大きな声を押さえようと教師の声が大きくなり、教師の注意がテンションの高い子どもにばかりにいってしまいます。テンションの高い子どもと教師だけで授業が進み、そのテンションについていけない子どもはどんどん冷めていき、授業に参加しなくなります。教師もそういう子どもたちを見逃しやすくなります。

子どもたちに活気のない授業では困りますが、子どもたちのテンションが上がりすぎることにも注意が必要です。

子どもの発言を引き出すには

学年が上がるにつれ、「子どもが意見を言わない」、「挙手しない」という声をよく耳にします。本当にそうなのでしょうか。

子どもの発表に対して、教師は「正解」や「自分に都合のよい意見」を期待しています。そのため、そうでない意見は無視したり、自分に都合がよいように子どもの意見を勝手に変えたりします。
正解以外は評価されないのでは、正解であると自信があるとき以外は発言できません。また、何を言っても、最後は教師が自分で言いたいことをまとめると気づけば、あえて自分が間違いかもしれない意見を言う必要はないと思います。
負の経験を積んでいくことで、子どもは発言しなくなるのです。

では、どうすればよいのでしょう。まず、どのよう発言でも認めることです。正解でも、不正解でも「はい、正解」「違うよ」などと言わずに認めるのです。

「・・・だと思います」
「なるほど、・・・だと考えたんだ」

では、正解、不正解を教師が判断せずにどうやって子どもに判断させるのでしょうか。一問一答にせずに、何人にも聞けばよいのです。
教師が正解と言わなければ、何人にでも聞けます。最低3人に聞くようにしてほしいと思っています。3人とも正解であれば、「みんな同じようだけどいいかな」と確認して終わればよいのです。
もし、異なる答えが出たなら、

「Aさんと違う考えだね」
「Aさんはどう思う」

このように、子ども同士をつなげばよいのです。多くの場合、間違えた子は再度確認すると、自分で間違いを訂正します。

「あっ違っていた。・・・です」
「なるほど、・・・なんだ。自分の考えを訂正できるのはいいことだね」

このように、訂正できることをポジティブに評価します。
どうしても、異なった答えが収束しないときは、まわりと相談させたりしながら、できるだけ子どもたちの力で解決するようにします。

大切なことは、何を言っても受け止めてもらえる。例え間違いでも、意見を言うことに価値がある。自分の意見がみんなの役に立った。このように子どもが感じられるような対応を心掛けることです。

まず全員を動かす

授業で「分からない人は手を挙げて」というように、子どもに何らかの動きをさせることで評価をする場面がよくあります。子どもが手を挙げないので大丈夫だと思ったら、かなりの数の子どもが理解できていなかったということはよくあります。分かっていない子はなかなか自分ができないこと表明しづらいものです。そのため、動かなかったり、動くまでに時間がかかったりします。何か行動を起こさせるにはかなりのエネルギーが必要なのです。

そこで、こういうときは、まず全員を一斉に動かします。そのあと、分かった人はもとの状態に戻るように指示します。

「全員手を挙げて。挙がったね」
「では、分かった人は手を下して」

「全員一度立ってみよう」
「分かった人は席に座って」

このやり方ですと、最初の行動は全員同じ行動なので、無理なく動かせます。次の行動は、明確に意思表示できる子以外はすぐには動きません。はっきりと分かっていると言えない子は、しばらくしてから動き出します。このときの子どもの反応速度や動き方を見ることで学級全体の理解の状態がよくわかります。

知識から考えることへどうつなぐか

知識は教えるか、調べるしかありません。知識の確認は覚えているかいないかです。では、そこから考えることにつなげるにはどんな方法があるでしょうか?

「・・・はどういう意味ですか? わからない人は辞書で調べて」
「・・・という意味です」
「では、この言葉を使って短文を作ってみましょう」

「仕事の定義を言ってください」
「力×力の方向に動いた距離です」
「では、この場合の仕事はどうなるだろう」

このように、具体例作ったり、具体的に利用することで、知識をもとに考えることへとつながっていきます。知識を教えたり確認する場面では、具体化とペアにすることが大切です。

切り返しの言葉

子どもの発言は言葉足らずだったり、根拠がはっきりしないことが多いと思います。発言内容を明確にしたり、考えを深めたりするためにはどのような言葉を選べばよいのでしょうか?

よく耳にするのは、「なぜ」(Why)という切り返しです。理想の授業は、教師が「なぜ」と聞き、子どもがそれに応えるものだと思います。しかし、大人でも正面切って「なぜ」と問われると言葉に詰まってしまいます。きちんとした根拠をもった発言を求められているように感じるからです。

言葉足らずの発言から言葉を引き出すには、明確な説明を求めるのではなく、緩やかな聞き方が有効です。

「それって、どういうこと」(What)

こういう聞き方をすれば、子どもとしては何を言ってもいいので、言葉を引き出しやすくなります。そのうえで、足された内容について、具体的に問い返してあげればよいのです。

「なるほど、それはどこで分かったの?」(Where)
「どうやって気づいたの?」(How)

例えば、国語で
「主人公は、・・・と考えたのだと思います」
「それは、本文のどこでわかったの?」

調べ学習で
「・・・ということが分かりました」
「どうやって分かったの?」

子どもの考えを明確にし、深めるためには根拠を問うことが大切です。「Where」や「How」で聞くことで、視点が明確になり、子どもの考えが整理されるのです。

「Why」ではなく、「What」「Where」「How」で聞くことを意識してみてください。

板書を写す意味

教師が黒板に何か書くと、一斉に子どもがノートに写しだすシーンによく出会います。教師の説明も聞かずにひたすらノートをとり続ける子どももいます。教師もたまらず「後で書く時間をあげるから、話を聞いて」と指示を出したりします。
でも、そもそも板書を写す意味は何でしょう?

「あとで授業を振りかえるため」といった記録面を重視する
「写すことで記憶に残る」といった写す作業に価値を求める

いろいろな考えがあると思いますが、この2つに集約されるのではないでしょうか?

もし板書がそのままノートに残るという「記録」を重視するのであれば、書かせずにあとでプリントにして配れば済むことです。その時間をもっと有効に使う工夫をすべきです。板書はメモにとどめて、まとめは子どもが書く。その書いたことを互いに発表させて、その意見も取り入れて最終的に自分のノートを完成させるなどしてもよいでしょう。
「せめてノートだけでもとらせないと遊んでしまう」とノートをとらせれば、「ノートをとればそれだけで授業に参加した」と思う子どもを育てることになります。ますます、授業中に考えなくなります。この悪循環を断つ勇気が必要です。

もし、「写す」という行為自体を大切にするのなら、本当に写すという作業が目指すものにつながっているかを考える必要があります。
何も考えずひたすら板書を写しても、単に目に映っているものを写しているだけで記憶には残りません。「黒板を見ないで写して」と記憶する必要性を作る。数学などは黒板の一部を隠して、自分で埋めさせるという手もあります。

ほとんどの授業で板書を写す場面がありますが、写す意味を意識して板書の使い方を工夫してほしいと思います。

コミュニケーションをとるべき相手

教室に問題行動を起こす子どもや気になる子どもがいる時に教師が気をつけることは、誰と関わるかということです。
教室にそういう子どもがいると、どうしてもその子どもと関わる時間が増えてしまいます。授業中に対応に追われて授業が進まなかったり、その子にかかりきりでほかの子どもとは関わる時間がなくなってしまうこともあります。
逆に、その子を見れば注意しなければいけないので授業中に子どもを見ないようにしてしまうこともあります。問題のある子どもにかかりきりにならないことは大切ですが、これでは、他の子どもたちとの関係もなくなってしまいます。
いずれにしても、数人の問題で、大多数の普通の子どもたちと教師のコミュニケーションまでもなくなってしまいます。こうなると、学級全体と教師の人間関係築けません。問題行動を起こす子どもが数人いても、他の子どもたちと教師の関係がしっかり築けていればすぐには学級崩壊にはつながりません。しかし、普通の子どもとの関係が壊れていると、何か起こった時一気に学級は崩れるのです。

問題を抱えている子どもとの関係作りは時間をかけてやるしかありません。また、そういう子どもとの関係作りには時間をかけます。目立たない普通の子どもはどうしても教師からほっておかれたり、後回しにされます。問題を抱えている子どもがいるとなおさらです。しかし、多数派であるごく普通の子どもとの関係を作ることの方が急務であり大切なのです。

私が、教室を見て「学級が危ない」と感じるのは、問題行動を起こす子どもがいるかどうかではなく、ごく普通の子どもと教師の関係が築けてないと感じる時です。特に新学期は普通の子どもとの関係作りが大切です。学級崩壊の芽は今育っているのです。

作業の指示をどう工夫するか

授業では子どもたちに作業をさせる場面がたくさんあります。

地図を見てワークシートに山や川の名前を書きこむ。
教科書の例文を写す。
板書を写す。

こういった作業を授業時間中におこなう理由は何でしょう?
写した結果は重要ではありません。教科書や地図帳を見ればのっていることであればそれを見ればいいのです。板書だって、あとから印刷して配れば十分です。貴重な時間の無駄です。とすれば、その狙いは作業させること自体にあるわけです。作業させることで「定着させたい」。だから貴重な授業時間を使ってやらせるのです。
では、実際はどうでしょうか?
写すことや書く作業では単純に見て写しても定着しません。また活動に対する評価が無いので漫然と作業します。女の子が美しいノートにこだわるのも、写すという単純作業に対して「美しい」という評価規準を与えることでモチベーションを保っているのです。
そこで、作業の指示をする時にちょっとした条件や評価を入れるのです。
例えば、

「黒板を見ないで写して」
「例文は、1文ずつ一気に写して」
「地図帳を閉じてからワークシートに写して」

と指示し、

「でも、わからなくなったら見ていいんだよ。できるだけ見る回数を減らそうね」

とつけ加えておきます。
こうすることで、単純作業にも目標と評価が定まり、モチベーションアップにつながります。作業後、隣同士のペアで確認をすれば子ども同士の関わり合いをつくることもできます。
作業の指示を工夫するだけで、子どもの意欲や集中度は驚くほど変わるものです。

ポジティブに言い換える

教師は子どもの悪いところを指摘するのが仕事のような面があります。集団行動の時など、一人できない子がいれば、その子を叱って全体をやり直させます。指摘された子はみんなの前で恥をかきます。また、その子のせいでやり直しさせられたと、他の子どももネガティブな感情を持ちます。せっかくの指導もかえって子どもたちの状態を悪くする方向に作用しかねません。

「おっ、ほとんどの人がしっかりできている。うれしいな。あと一人で完璧だ! もう一回チャレンジしてみよう!」

このように言うとどうでしょうか。
まずできていることを評価する。その上で、課題をクリアした状況を目標として示します。こうすれば叱らなくて済みますね。
このように、ネガティブをポジティブに言い換えると学級の雰囲気は変わってきます。

作業スピードの差をどう埋めるか

問題演習やワークシートなどの作業の速さは子どもによって違います。全員が終わるまで待っていると時間がかかる、早くできた子が遊んでしまう。まだ終わっていな子がいるのに途中でやめれば達成感がなくなり、やる気の喪失につながる。どうすればよいのか?
若い教師からよく聞かれる質問です。

速い子には、課題が終わったら次に何をするのか最初に指示しておくことが大切です。次の問題をやるような指示だと、ますます差がつくので、「みんなが納得するような説明を考える」といった、作業の内容を深めるものがよいでしょう。
そして、遅い子のためには、「わからなければ友だちに聞いてもいいよ、写してもいいよ」と指示しておきます。
手がつかない状態で集中力が切れてほっておかれるよりも、友だちに聞いてでも手を動かし考える方がよいのです。
この時、「聞かれないのに教えたらだめだよ。聞かれたらしっかりと教えて」と、作業の速い子が余計なおせっかいをしないようにしておきます。

こうすることで、全体の作業効率はアップするので、できないまま次に進むことを減らすことができます。

知識を考えさせてもしょうがない

知識は知らなければ答えられません。

「この単語の意味は?」
「わかりません」
「もう少し考えてごらん」

このようなやり取りはナンセンスですね。全く知らない単語を質問されても、考えようがありません。つまり、知識を問うことは考えることにはつながらないのです。教師はこのことを意識しておく必要があります。

グループ活動で知識を問えば、知っている子どもが答えを教えて終わってしまいます。知っている子がいなければ、そのままだらだらと時間だけが過ぎていきます。
知識は「教師が教える」か「子どもが調べる」のどちらかです。
知識を質問して子どもに活動させたければ、調べるしかありません。

「調べてごらん」
「どうすればいい」
「どこに書いてある」

こんな言葉を大切にしてほしいと思います。

子どもの挙手を増やすには

ノートを見ると考えや意見が書かれているのに、なかなか挙手をしてくれない子どもがいます。
何が原因なのでしょう。

「合っているか自信がない」
「間違えたら嫌だ、恥ずかしい」

みんなの前で発表するということは、恥をかきたくないというプレッシャーがかかるのです。
自信を与えるためには、机間指導でノートに○をつけて、「いい意見だね」と声をかけます。
発表させたければ、「いい意見だから、みんなに聞かせてあげて」と続ければいいのです。

恥ずかしいという気持ちに対しては、たとえ間違いでも「なるほどね」と認める姿勢が教師や学級にあれば、安心して発表してくれるようになります。

教師のちょっとした働きかけで、子どもは安心して挙手してくれるようになります。

主語を意識する

教師が子どもに話す時、どうしても上から目線になることが多いように感じます。

「よいことをしましたね」

これはほめているのですが、教師が価値判断をして、上から評価しているようにも感じられます。

「よいことをしてくれて、うれしいな」

と、自分の気持ちを付加するとどうでしょうか。
言われた子どもも先生が喜んでくれてうれしくなります。
また頑張ろうと思いますね。

相手を評価する時の主語は「YOU」です。
自分の気持を伝えようとすると主語は「I」です。

次の例はどうでしょう。

「本を開いて」
「問題を解いて」

やさしい口調で言っても、これは命令文です。
主語は「YOU」です。
主語を「WE」に変えると、

「本を開こう」
「問題を解こう」

となります。
「やらなきゃいけない」という受け身から、「やろう」という自発に変わります。

主語を「YOU」から「I」や「WE」に変えることで、子どもの受け止め方は変わります。
主語を意識して話すことで、子どもとの関係をよくしていただけたらと思います。

「考えて」では考えられない

子どもたちの発言内容が不十分と感じると「もう少し考えてごらん」と促すことがよくあります。
もっと考えてほしいと思う場面はよくあるのですが、子どもはどう思うでしょうか。

「今まで一生懸命考えてもわからなかったのに、まだ考えるの・・・」
「考えろと言われてもどうすればいいの・・・」

「考えて」という抽象的な指示では、実際にはなかなか考えることはできません。
「この2つを比べてごらん」「・・・の言葉を抜き出してごらん」のような具体的な指示が必要です。
このようにして問題解決を経験することで、考えるとは具体的にどうすればよいのかを学びます。

「考えて」という言葉の代わりに、考えるための具体的な方法を指示することが、子どもに考える力をつけることにつながるのです。

笑顔は訓練でつくる

私の若い先生へのアドバイスで一番多いのは、「笑顔をつくりましょう」です。
子どもたちに素敵な笑顔を見せてくれる方はたくさんいらっしゃいますが、それでも「笑顔」なのです。

教師の感情は意外なほど顔に出ます。
子どもが間違えたり、ピントはずれなことを言ったりすると、特に若い先生は、とっさにどう対応してよいかわらなくなり、困ったり、戸惑ったりした表情になります。
子どもはすぐに、「ああ自分はおかしなことを言ってしまったんだ」とがっかりして意欲がなくなってしまいます。
こういう時こそ、まずは「笑顔をつくる」ことが大切になります。
子どもは先生に受け止めてもらえたんだと安心しますし、先生にも余裕ができるので次の対応を考えることができます。
普段は素敵な笑顔の方でも、このような場面ではなかなか自然には出せません。
意識して「笑顔を作ろう」としなければダメなのです。
ですから、鏡を見ながら自分の意思で笑顔をつくる訓練をしてほしいのです。
困ったと思ったら、自然に笑顔になるくらい意識してほしいのです。

どんなん時でも教師が笑顔で受け止めることが、子どもとの関係をつくる第一歩だと思います。

子どもを見る

若い先生への授業アドバイスで一番多いのが「子どもを見る」ではないでしょうか。
私自身もよくこのことをアドバイスするのですが、実際にはなかなか子どもを見られるようにはなりません。

子どもを見ることができない先生の話を聞いたところ、「子どもを見てわからない顔をしていたらどう対応していいかわからない。だから、子どもを見るのがこわい」ということでした。
そこで、子どもは授業中にどんな行動をするだろう。
それに対してどう対応するとよいのか考えるようにしました。
その結果、子どもの顔をしっかり見て授業ができるようになりました。

子どもの「何を見る」と「それにどう対応する」をきちんと具体的にしないと子どもを見ることができないのです。

コミュニケーション力は受容力

新学習指導要領でコミュニケーション力が重視されているためでしょうか、コミュニケーションを意識した授業が増えてきたように思います。
ところが、実際の授業では、コミュニケーション力は発信力ととらえて、発表者の視点ばかりを重視されている方が多いようです。
コミュニケーションは双方向です。
発信者がいれば受信者がいます。
発信者の視点に立てば、「わからせよう」という押し付けになります。
受信者の視点に立てば、「わかろう」という受容になります。
人間関係を考えればどちらの視点がより大切かすぐにわかりますね。
ですから、発表の場面でも上手に発表することよりも、よく聞いて理解しようとすることを大切にしてほしいのです。
コミュニケーション力をつけるということは、相手を思いやり、理解しようとする姿勢を育てることなのです。

「正解」は思考停止のキーワード

授業を見学していて私が特に気をつけている言葉があります。
それは「正解」という言葉です。
指名された子どもの発言に対して、教師が「正解」と言った時点で答えがわかるので、子どもは考えるのをやめてしまします。
たとえ正解であっても「なるほど、そう考えたんだ」と受けておけば、子どもはその答えでよいのかどうか考え続けます。
「正解」という言葉は子どもの思考を止めてしまうことと意識して授業をしてほしいと思います。
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