学校ホームページへの情報公開を考える

先週末、ある小学校で大量の体調不良の児童がでたと報道がありました。この時点では原因が特定されていなかったようですが、対応を見るとノロウィルスの感染が疑われているようです。このような報道があった時、保護者だけでなく一般の方も学校ホームページを見て、情報を集めようとします。この学校では、学校の対応と家庭への対応のお願い、また家庭に向けに文書、メルマガを配布、配信したことを伝えていました。翌日には、学校での対応のより詳しい情報とメルマガで配信した内容を掲載していました。

どこまで学校ホームページに掲載するかは判断が難しいことです。保護者でなくても、地域の方からすれば、「どのくらいの数の体調不良が出ているのか」「どのような対応を取ったのか」「家庭への指示は具体的にどのようなことであったのか」など知りたいことはたくさんあると思います。一方。報道を見て興味本位で情報を求めている者に余計な情報を与えて、妙に騒がれても困るので、基本的には保護者に個別に情報を提供して、ホームページでは概略だけを伝えるだけに留めたいという判断もあると思います。学校や教育委員会は判断に悩まれたのではないでしょうか。

注意してほしいのは、配布物やメルマガなど多面的に情報を発信しても、その一部だけを見て判断されるということです。今回少し気になったのが、ホームページに掲載された家庭での対策です。吐瀉物の処理の仕方などが具体的に書かれているのですが、言葉足らずのところがあったのです。学校では塩素系消毒薬で殺菌したことが書かれています。ノロウィルスの疑いがあるとは発表していませんが、ノロウィルスの可能性を考慮しているということです。ノロウィルにアルコール消毒は効かないからです。これはスタンダードプリコーション(標準予防策)に基づく正しい判断です。しかし、家庭での対策は消毒薬としか書かれていませんでした。おそらく家庭への配布物やメルマガでは正しく塩素系消毒薬として、作り方(塩素系の消毒薬は、家庭では利用する時に塩素系漂白剤を薄めて使う)と合わせて伝えていると思います。しかし、ホームページだけを見た方は間違えてしまうかもしれません。もっと怖いのは、保護者でない方が、このことだけで学校はいいかげんな情報を伝えていると批判することです。もしこういうことがあると、学校側は情報を公開することに消極的になってしまうかもしれません。

学校ホームページに何をどこまで情報公開するかはとても難しい判断だと思います。誰が見ているかわからないので、慎重になります。しかし、中途半端なことをして誤解をまねくよりも、できるだけ包み隠さず公開した方がよいと私は考えます。批判や中傷もあるかもしれませんが、日頃からきちんと伝える努力をしていると、それ以上に力強い味方が現れてくれることを何度も見てきたからです。今回のような事件が起こるたびに、学校ホームページでの情報公開の難しさを考えずにはいられません。

データの考察を考える

学校評価や全国学力学習状況調査など、私たちはデータをもとにいろいろなことを考察します。これは学校のことではないのですが、先日こんなことがありました。

「住宅の購入・建築における条件の重視度」というアンケートをもとに、低価格住宅に自分たちの強みを加えれば確実に売れるということを力説する方がいました。20代、30代、40代、50代、世代ごとに2位以下は変わるが、どの世代も「価格」が1位になっているというのがその理由です。それだけ聞けばなるほどと思うのですが、どうも引っかかります。大きな買い物ですが多くの人は値段が安い方がよいに決まっています。しかし、それだけなのでしょうか。
実はこのアンケートは複数回答可だったのです。「価格」を選んだ人はどの世代も80%から90%です。しかし、どの世代でも80%を超して選ばれた項目が複数あります。「耐震性能」はどの世代でも80%を超しています。その他にも、20代では「周辺環境」「防災対策」「生活環境」「セキュリティ」、30代では「日当たり」が80%を超しています。70%を超える項目は、どの世代でも10はあります。つまり、住宅の購入・建築には非常に多くの条件が重視されているということです。その中でも「価格」が一番共通して重視されているということなのです。このアンケートから価格が安ければ売れるとはとても言えません。ではその方はなぜこのように判断したのでしょうか。すべての世代に1番だったのでどの世代でも売れそうだと判断したのでしょうか、それとも意図的に他の要素を無視したのでしょうか。実際のところはわかりませんが、アンケートの元データを見せてもらわなければ私もそういうものかと思っていたかもしれません。

この例は極端かもしれませんが、学校評価や全国学力学習状況調査の考察だけを読んでいるとその判断の根拠がよくわからないことがあります。私が学校評議員をしている学校では、ほとんどのデータを評議員に公開してくれます。おかげで学校の考察もよく理解できるし、私なりの判断を付け加えることができます。とてもありがたい対応です。しかし、元データを公開しろとは安直に言えません。今回の例のようにおかしな結論が独り歩きする危険性もあるからです。学校評価が義務付けられ、全国学力学習状況調査の結果の公表の圧力が高まっています。一部の結果に引きずられてとんでもないことを言いだす人が出てくるかもしれません。

今日は全国学力学習調査がほとんどの学校で実施されていることと思います。この結果をどのように考察し公表するのか、学校現場は厳しい視線にさらされています。拙速な判断を避けてほしいと願うのは私だけでしょうか。

家庭訪問雑感

小中学校では授業も始まり、1年の内で最も大切と言われる1か月の真っ只中だと思います。PTA総会と合わせて授業参観、学級懇談が行われている学校も多いことと思います。子どもの家庭環境を知るためにゴールデンウィークの前後に家庭訪問を行う学校もあるでしょう。しかし、最近は家庭訪問をする学校が減ってきているようです。保護者が日中働いていて、仕事の都合をつけなければ対応できない家庭が増えたため、結構負担になっていることも理由の一つです。わざわざ休みを取っても、教師と話ができる時間はとても限られています。家庭にとってたったこれだけのために、時間の都合をつけるのは負担が大きいという判断も十分納得できます。先生にとっても、忙しいこの時期にあえて家庭訪問をするよりも、別の機会に十分な時間を取って話す機会をつくるほうがよいという考えもあります。

私は時期をずらして夏休みに家庭訪問をした経験があります。相手が高校生だったので、子どもの家庭環境を知るという意味では、保護者の同席は必要ありません。絶対家にいるという日と時間をいくつか申告させて、その中から選んで訪問しました。子どもが日ごろ学習している場所を見せてもらうことが一番の目的です。学習している場所は家庭の中でも特に子どものテリトリーです。面白いことに、そこへ先生が来るということは、子どもにとってはお客を招くという意識になるようです。多くの子どもが日ごろとは違う、客を招く主人といった態度で迎えてくれたことを覚えています。子どもたちの別の面を見ることができました。
宿題等をちゃんとやれない心配がある子どもは、夏休み終了の1週間くらい前に訪問しました。1週間くらいあれば宿題は何とかなります。家庭訪問をきっかけに、学習に取り組んでもらうことを意識したのです。他の学級と比べて宿題の提出率が高く、夏休み明けの実力試験で下位の生徒が少なくなりました。相対的な問題ですが、夏休み前終了前に少しでも学習に取り組めば、何もしていなかった者との差は大きくつくことは想像できると思います。

先日、ある学校が今年からこの時期の家庭訪問を中止することを学校ホームページに掲載しました。家庭訪問を止めることの是非はともかく、その理由をきちんと知らせる姿勢に好感が持てます。教員の移動時間が多くかかり、授業も8時間分削ることになります。兄弟姉妹がいる方であれば、時期が重なりますのでその調整に時間がかかります。かわりに夏休みに入ってすぐに保護者との個別懇談会を設けるという連絡です。理由と代替案が示されています。また、早い時期に保護者と個別に話せないマイナスについては、「PTA総会」「学校公開日」などの機会を利用して担任に声をかけていただくようにお願いすることで対応しようとしています。
実はこの記事を掲載することになったのは、PTAの役員会で理由について質問があったからのようです。「行わないのは何かあったのかしら」と思われるのは当然です。しかし、疑問に思っても一般の保護者はなかなか学校に質問できません。例えPTA役員であってもこのような質問をするのは意外とハードルの高いものです。互いに意見を言い合えるよい関係であることが想像つきます。その質問を受けて、ホームページに記事を掲載する姿勢がよりよい関係づくりにつながっていきます。ほんのちょっとのことですが、とても重要なことだと思います。

家庭訪問を行うにしても止めるにしても、その意義や理由をきちんと説明して、そのことがよりよい学校と保護者との関係づくりにつながるようにしてほしいと思います。

式辞や訓話を考える

先日、ある方から、お子さんが今年入学した学校の校長の式辞について話を聞きました。始業式の式辞がホームページにアップされていて、それを読んで驚いたということです。その部分の抜粋です。

・・・校長先生は、長い時間悩んで、それぞれのクラスに一番良い先生を担任にしました。校長先生は、担任の先生だけでなく、○○小学校の先生方、主事さん方は、○○(地区名)の中でも、一番熱心で、優秀な人ばかりだと思っています。ですから、これでうまくいかなかったら、皆さんにも問題があると思います。・・・

驚いた気持ちはよくわかります。想像ですが、過去にこの学校では担任批判のようなものがあったのかもしれません。しかし、学校の様子がまだよくわからない新入生の保護者からすれば、何も起こらない内から子どもに問題の原因を求めるような校長の姿勢には不信を持つのも当然だと思います。また、同じ地区の他の学校の教師が見てもあまりよい気はしないでしょう。

校長の式辞や訓話を学校ホームページに載せることは一般的になりました。校長がどのような教育をしようとしているか保護者に理解してもらうよい手段です。保護者と子どもの家庭での会話のきっかけにもなります。話したことは消えてしまいますが、ホームページにアップしておくことで、子どもが正しく理解せずに誤ったことを家族に伝えても誤解を生むことを防ぐことができます。こういったメリットをいつも感じていたのですが、肝心の話の内容に問題があれば、メリットは一気にデメリットになってしまいます。情報公開することで得られるはずの信頼が一気に不信に変わってしまいます。メリットが大きい分、デメリットもより大きくなるのです。

こういった事例に出会うと、やはり式辞や訓話などの公開はやめておこうと思うのでしょうか。それとも、だからこそよりよいものにしようと時間をかけて推敲し、練り上げるのでしょうか。こういったところにも、校長の姿勢が表れるのです。学校ホームページという強力なツールが現れたことで校長に求められることの質がより高くなったと感じます。私のまわりの校長が、例外なく式辞や訓話などを考えるのに多くの時間を割いていることの理由がわかったように思いました。

教育目標の公開で考える

4月になって新年度の教育目標などが職員に向けて発表されていることだと思います。これとほぼ同時に保護者や地域の方に向けてホームページで公開している学校が何校もあります。意識のある方は入学式やPTA総会などの前に見ることができます。とはいえ、これらの資料を見るだけで保護者や地域の方が理解できるものかどうかは疑問があります。言葉だけではどうしても具体的な姿が見えにくいからです。だから価値がないということではありません。逆に「教育目標が示すものは、子どもたちがどういう場面でどうなることか、具体的によくわからない」と疑問を持ってもらえればよいことなのです。授業でいえば予習したが、よくわからなかったという状態です。PTA総会などで、疑問を解決しようと意識して校長の説明を聞けば、よりよく理解できるはずです。教育目標を公開したからよいのではありません。公開することから、理解し、評価していただくことにどうつなげるか、そのプロセスが重要です。

ホームページで素早く公開するような校長は、教育目標を保護者に向かって説明する機会や、その具体的な場面をホームページで公開することを当然考えていることでしょう。学校公開日には、教育目標と授業の関係を明確して、子どもの姿で学校を評価してもらいたいと思っているに違いありません。しかし、保護者や地域の方はよほど学校のことがわかっていなければ、そのことには思い至りません。教育目標を見て、なんとなくそういうものかと思うだけで記憶にもあまり残らない可能性があります。これでは意味がないのです。また、校長だけでなく、各学級担任も保護者に対して、教育目標達成のために自分はどのような学級運営をするかきちんと伝えなければなりません。残念ながら、学校の教育目標についてたずねられて、きちんと説明し、それに向かってどのように行動しているか話せる先生にあまりお目にかかれたことがありません。職員にも教育目標を意識した教育活動を徹底することが求められます。

・教育目標については、いつだれが具体的に説明をするか
・具体的な場面をどのような形で伝えていくか
(ホームページの記事や学校公開日の授業、行事との関連など)
・教育目標と関連して学校の評価をいつどのようにしておこなうか

教育目標の公開と同時に、こういったことをきちんと伝えておく必要があると思います。教育目標を学校が保護者や地域の方と共有し、達成に向けて協力し合う関係をつくるには、公開すれば終わりではなく、達成に向けてのプロセスを共有することが求められます。

バスツアーの添乗員の話

先日バス旅行した方から、添乗員さんの話を聞きました。トラブルが多かったというその話は、学校にも通じることでした。

集合場所は駅の地下街の通路だったそうです。開店前なのでお店に迷惑にならないからのようです。しかし、通路を通る方もいます。50名近くの方が広がっていたので、通行の妨げになっていたようです。添乗員が広がらないようにちょっとお願いをすれば、このようなことにならなかったはずです。事実、隣のバスの添乗員さんはきちんと指示をしていたのでこのようなことはなかったようです。指示さえ出せば規律を守ることができる方がほとんどのはずです。リーダーしだいです。学校でも似たような光景をよく目にします。同じ学年でも学級担任の指示によって子どもたちの様子が異なります。自分の学級と隣の学級の違いに気づいて、修正していくことが大切です。

集合場所からバスまではかなり距離があったようです。人が多い駅の中を通って外の駐車場まで移動します。この添乗員さんは「私についてきてください」と言って歩き出しました。しかし、背が低いためどこにいるのか見えません。外は雨が降っているので、傘でますます見にくくなります。隣の添乗員は傘を上に上げて目印にしていたそうです。教師の中には、引率などの時には目立つ服装を心がける方も多いと思います。私も赤い帽子を持っていたことを思いだしました。
バスの入り口で座席表を見せて座席を指示します。この座席表はどちらが前かよくわかりません。運転手の位置が書かれているのでそちらが前であることはわかりますが、よく見ないと気づきません。赤字で「前」と書き込んでおくといった工夫がほしいところです。座席は何列目かで指示されているのですが、バスの座席番号は通し番号になっています。座席番号では何列目かがわからないのです。後ろの座席の方は、列を数え間違える危険性もあります。事前にバスの座席番号を調べておいて、座席表に書き込んでおくといった配慮がほしいところです。
バスに全員乗った後、新ためて自己紹介をしますが、運転手を紹介しようとして名前が出てきません。運転手にたずねるという失態を演じたそうです。これも、事前にちょっと確認しておけば済むことです。こういうことが続くとお客様の信頼を無くしてしまいます。
教師でも同じですね。4月はこまごまとしたことが多い時期です。指示することもたくさんあります。事前に準備をして、間違いが起きにくいように配慮をすることが大切になります。

バスが休息所についた時に、休憩時間は伝えるのですが、次の休息所までの時間を伝えません。簡易トイレしかないところもあるのでその情報も必要です。また、雨が降っているので、バスはお客が濡れないように入口の横に止めました。しかし、帰りもそこに止めてもらえるかはわかりません。傘を持っていくべきかどうか悩みます。帰りはどこから乗れるかという情報も必要です。
いちご狩りが組み込まれていたのですが、ハウスの中です。中では傘は必要ありません。また、傘を持っていると練乳を持っていちごを取ることができません。傘立てがないかもしれないので少々濡れますが、みなさん傘を持たずにハウスに向かったそうです。しかし、ハウスの入り口にはしっかりと傘立てがあったようです。添乗員に確認すればいいことかもしれませんが、大勢いる時にはなかなか聞きづらいこともあります。お客にとって必要な情報が何かを考えて、きちんと伝えようとする姿勢が必要です。これも教師と共通するところですね。

さて、このツアーはいちご狩りの時間が60分と長いことが売りでした。しかし、添乗員からの指示は40分で戻るようにとのことでした。おかしいなと思いつつ、まあ40分も食べ続けられないからいいかと思って指示に従ったそうです。しかし、40分で戻ってみると全員そろいません。60分ほどで戻ってくる方が何組かいたそうです。どうやら添乗員に時間のことを抗議して、60分に延長されたようなのです。しかし、抗議をした方とそのまわりにいた方だけにしか伝えなかったようです。たしかに、解散したあとで連絡しにくかったかもしれませんが、全員ハウスの中にいたはずですから伝えようはあったはずです。このような対応では、60分もいなかったと思っても不快な気分にさせられます。
似たようなことが授業でも起こります。机間指導中に子どもから質問を受けてその場で答えてしまう場面を目にします。全体に伝えるべきことであれば、いったん作業を止めて集中させてから、あらためて全員に指示すべきです。

これは力量不足の添乗員がいかに信頼を得られないかという話ですが、教師も同じです。子どもの視点に立って、伝えるべきことを伝え、わかりやすく指示することが授業の基本です。この基本ができていないと、子どもたちから信頼を得られず学級経営もすぐにままならなくなります。4月の出会いでは特に大切なことです。このことにあらためて気づかせてくれる話でした。
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