大学生に講演

昨日は大学で学生対象の講演をおこないました。聴講者の大半は小学校教員志望の学生ということです。主催者からのリクエストは、「元気が出る話」です。教員志望者の心得のようなことを厳しく話せば、「そんなの無理!」とやる気をなくしてしまうかもしれません。できるだけ現場のことを話しながら、何が教師にとって大切なのか理解してもらい、その上で頑張ろうという気持ちになってもらいたい。大学生相手の経験が少ないこともあり、通常の講演より準備に時間を掛けることになりました。

以前見た大学の授業の様子が頭に強く残っていて、学生は反応してくれないのではないかと不安に思っていました。反応が悪いときの対策をいろいろと考えていたのですが、想像以上によく反応してくれました。
問いかけに対しては素直に考え、まわりともちゃんと関わり、聞き合ってくれます。納得したときはよくうなずいてくれます。後から試験があるわけでもないのに、メモもしっかりととってくれました。特に、実際に教壇に立った時に役立ちそうなスキルなどは、ほとんどの学生がメモをとっていました。先生になりたいと思っていることがよく伝わります。

・教師が目指す姿と子どもが願う教師の姿のズレ
・教師という職業の難しさと素晴らしさ
・子どもを見るということ
・教師がわかっていることと子どもがわかることの違い
・教師に求められる資質と能力

このようなことを話しましたが、反応のよさについつい余計な話もしてしまい、質問を受ける時間がなくなってしまいました。申し訳ないことをしたとちょっと落ち込んだのですが、退室するときのたくさんの笑顔に救われました。ありがとうございました。皆さん、元気が出たでしょうか? 私はたくさんの元気を皆さんからいただきました。どこかの現場でまた会えることを楽しみにしています。また、このような機会を与えてくれた先生方に深く感謝します。

若手教師との勉強会

昨日は小学校で若手教師5人と勉強会をおこないました。3年生の算数「何倍でしょう」を題材にして全員で教材研究をおこないました。3倍の2倍は6倍になる。結合法則につながる教材です。

最初に、この教材のねらいは何かについて話し合いました。小学校6年間のかけ算の学習の流れをつかんでいれば位置づけやねらいがよくわかるのですが、経験が少ないためなかなかシャープになりません。そこで、教科書をしっかり読みこむことをしました。
なぜ最初の例は連続量なのに、次の問題は離散量なのか?
なぜ左のページでは解き方のヒントとなる図が書いていないのに、右のページでは書いてあるのか?
左のページの例題と右のページの例題では何が変わっているのか?
・・・
たくさんの疑問や、気づきがありました。教科書を読みこむことで、この教材のねらいが次第にはっきりとしてきました。

続いてどんな流れ・説明であれば子どもがわかるのか、教師の視点から考えてみました。教師にとっては当り前すぎて、意外とポイントがわかりません。ここでも、教科書が教えてくれます。
教科書の左側も例題は3倍、2倍という表現ですが、右側のページでは4はい分、2はい分となっていますが、図では倍となっています。何はい分も倍であることは子どもにとってそんなに簡単ではない。最初に倍の意味の確認がいる。何はい分をかけ算の定義の「いくつ分」にもどって、倍につなげる。いろいろなことに気づきました。

ここで先生方から、教師が主導して説明するとどうしても一部の子どもしかわからない。多くの子は手順を覚えるだけで、自分で納得して説明できるようにならない。子ども同士で説明し合うような活動をすればいいと思うが、子どもたちが話せない。こんな言葉が出てきました。とても素晴らしい悩みです。ならば、どうすれば子どもたちが話してくれるようになるのか。教材研究からは外れますが、ひとしきりその話題で話しました。

子どもたちが話せるようになるには、毎日の授業の積み重ねです。すぐにできるようになはなりません。子どもたちが自分で理解できるような課題、活動が必要です。どんな活動をさせるか5人で考えてもらいました。
おもしろいアイデアがでてきました。
「赤の車は2m走る。青の車は赤の3倍、黄の車は青の2倍。黄の走った長さは?」
この問題で、ノートに赤、青、黄の走った長さを順番に図で書かせることで長さを求めさせる。こうすることで問題を把握しやすくなるし、図に長さを書きこむことで答えもでる。でも、そうすると黄は赤の「何倍」と問いかけたとき6倍がダイレクトに出てくる。3×2倍がでてこない。どうしよう。先生方にとってとてもよい学び合いです。赤と黄だけを図に書かせる。どうやって黄の図を書いたと問いかける。そうすれば、3×2に気づいてくれる。こういう修正になりました。これが正解ということでありません。いろいろと考えることで先生方の懐が広がります。

半日、一つの教材にどっぷりとつかりました。教科書としっかり向き合うことで、読みこむポイントが見えてきます。普段は忙しくて一つの教材にこんな時間を割くことはできませんが、ポイントを押さえて教科書を読み込むことで、効率的に教材研究ができるはずです。このことに気づいてくれたと思います。
また、5人はとても楽しそうに授業について話し合っていました。子どもの固有名詞も出てきます。子どもの姿を浮かべながら教材研究をしていました。これをきっかけに互いに学び合う雰囲気が広がることを期待します。
若い先生と一緒に教材研究する機会は私にとってもそれほど頻繁ではありません。私にとっても多くの学びと刺激のあった時間でした。ありがとうございました。

研修の打ち合わせ

昨日は、来週おこなう研修の打合せをしてきました。市が主催する研修会で、200名ほどの参加者です。舞台で模擬授業をおこなっていただき、それを私が適宜解説するかたちでおこなわれます。その授業者との打合せです。

模擬授業は中学校1年生の国語の単元「古典との出会い」でおこないます。授業者は言語活動を「新しい言葉を獲得する」「自分の言葉で語り合う」ことを両輪と考えて、この授業を構想されました。ここが明確なので、視点をはっきりさせて検討することができました。

現代語訳があると子どもたちは、それを頼りに原文の言葉の意味を考えようとしません。そこで、原文だけのワークシートを準備し、言葉をコンテキストに理解させたいというのが、「新しい言葉を獲得する」という視点での授業者の思いでした。私からは、この流れを活かしながら、子どもたちがわからない語句にもレベルがある。考えることで類推できそうなものとそうでないものを仕分けする必要があること。子どもたちがこの語句の意味を知りたいと思うための工夫や、塾等で学習して語句の意味を知っている子だけが活躍するようにならないための工夫が必要であることをアドバイスさせていただきました。
また、音読を大切にしたいということだったので、古文の文節を意識して読めるようにするために、ワークシートから読点を除き、自分の手で書きこむ活動を加えることにしました。

同じ市の先生方の前で模擬授業をおこない、その場でコメントされるというのは想像以上にプレッシャーのかかることです。それを快く受け、自分が学ぶチャンスととらえて真剣に取り組んでいただけていることには、本当に頭が下がります。授業について深く考える濃密な時間を過ごさせていただきました。私も中学校の古典の授業について新たな視点を得ることができました。

当日は、国語の視点だけでなく、多くの教科で役に立つ気づきを参加者にしてもらえるよう、工夫したいと思います。本番までにどのように授業がブラッシュアップされるかとても楽しみに思うと同時に、その授業をうまく解説しなければいけないという、心地よいプレッシャーを感じています。

先生の意欲と子どもの気持ちのズレ

昨日は私立の中高一貫校を訪問し、高等学校の授業をいくつか参観させていただきました。

先生からは教えよう、わからせたいという意欲が、子どもたちからはわかりたい、できるようになりたいという気持ちがそれぞれ感じられるのですが、うまくかみ合っていないと感じる部分もありました。
先生の意欲は、説明や板書へのエネルギーへと転換されていきます。いきおい先生のしゃべる量はどんどん増えていきます。一方子どもたちは、先生から発する情報が多くなるので理解して整理する余裕がありません。結局、理解することより発信された情報をノートに書き留めることに専念してしまいます。先生は、子どもたちが手を動かすことで授業に参加していると判断して、問題と感じていません。しかし、子どもたちは黙々と作業をしているだけで、わかりたいという気持ちはしだいに下がっていきます。

教師はこれを教えたい、わからせたいという意欲をしゃべることで満たしてしまう傾向があります。そうではなく、どういう活動をすればわかったと感じるのか、どうすればそのことを知ることができるのか、子どもの側に寄り添って授業をつくる必要があります。教師の望む自分の姿は感じられたのですが、どういう子どもの姿を見たいのかをあまり感じることができませんでした。
校長先生はこのことを十分理解されていました。この状態を改善するには、いろいろなアプローチがあると思います。この学校がどのようなアプローチを選ぶのか大変興味のあるところです。わたしもよい形でお手伝いができればと思っています。

研究発表が終わっても進化する

中学校の授業アドバイスをおこなってきました。

最初に見た授業は講師の先生の美術の授業でした。体調を崩されて休職されている方の代わりの先生です。この暑い中、子どもたちはどんな様子だろうかと心配だったのですが、どの子も驚くほど集中していました。講師の方の力もありますが、子どもたちが育っていることが何よりの理由でしょう。休職された先生が担任をしていた学級ですが、学級経営もしっかりできていたことがうかがえます。
この後見たどの学級のどの授業でも、子どもたちはしっかりと集中していました。授業の内容については気になる点もあるのですが、「どんな先生でも崩れない子ども」に育っていました。

研究発表が終わった翌年で緊張感が薄れる時期です。また、中心だった先生の何人かが異動になったこともあり、昨年のよい状態を維持できるか心配していましたが、この時期にこれだけよい状態であるということは、杞憂だったようです。
校長先生に、「昨年のよい状況を維持していますね」とお話ししたところ、「昨年より進化していると思っています」と笑顔でお答えいただきました。校長先生は日ごろから子どもたちの様子や先生方の頑張りを見ているからこそ、このように答えられるのでしょう。今後この学校がどのように進化していくか、ますます楽しみになってきました。

若手への授業アドバイス

昨日は、小学校で若手の先生への授業アドバイスをおこなってきました。
互いの授業を見合い、最後に全員で授業についていろいろ話をしました。

ほぼ全員に共通した悩みは、子どもが積極的に活動する、参加するにはどうしたらよいかでした。作業や知識を聞く場面ではそうでもないのですが、資料から気づいたことを発表する、算数の考え方を発表するような場面では、なかなか友だちの発表を聞こうとしないのです。

この状態をつくり出しているのにはいくつかの要素があります。

1つは、参加しなくても子どもたちが困らないことです。教師の説明やまとめを聞くことで理解できるのであれば、真剣に聞く必要はありません。下手に手を挙げて指名されて間違えるよりは、じっとしている方が安全なのです。いつも教師がまとめたり説明するのではなく、子どもたちの言葉で授業を進めることが大切です。

もう1つは、課題に手がつかないために、参加意欲をなくしていることです。自分の考えを持てているときは、参加できるので積極的になります。課題を解決するための足場をしっかりつくってから取り組ませるようにする必要があります。
また、友だちの考えを理解できたかを聞いてあげたりすることで、自分の考えを持てなくても授業に参加できるようにすることも効果的です。

このような話を皆さんとしました。

どの先生も自分の授業の課題を意識していて、少しずつですがクリアしてきています。
これから授業をするたびに、今まで以上に多くの課題が見つかっていくことと思います。しかし、それこそが成長の証です。最後にこのことをお話しました。彼らの今後の成長がとても楽しみです。

進歩する条件

昨日は中学校で授業アドバイスをおこなってきました。

昨年小学校から中学校へ異動してきた先生の授業を、久しぶりにまとまった時間見ました。
子どもがミスしやすいところをきちんと押さえていました。この時間のねらいやポイントが明確です。きちんと教材研究をしていることがよくわかります。
子どもから出たつぶやきも拾って、授業にきちんと活かしていました。これも、子どもからこんな言葉が出るといいと教材研究の段階で意識しているからできることだと思います。
また、ポイントを子どもたちがちゃんと理解しているか、机間指導で○つけをすることでしっかりチェックしていました。子どもたちがミスしやすそうな問題に絞って○つけをしていることからもよくわかります。
教師が板書をしているときは、全員がしっかりと写していました。板書を説明しているときは、集中して聞いています。教師が指示しなくても子どもたちは自分たちでちゃんと場面を判断していました。きちんと指導されていることがよくわかります。
子どもたちは、柔らかい雰囲気の中で集中して授業に参加していました。先生のやさしい笑顔が印象的でした。

昨年は初めての中学校ということもあり、戸惑いが表情にでて、重い雰囲気の授業が多かったのですが、格段の進歩です。しかし、その進歩は突然のジャンプではなく、課題を一つずつゆっくりとクリアしていった結果です。
この先生は、私が学校を訪問するたびに、アドバイスを求めてくれます。授業をたった2、3分眺めただけのときや、まったく見なかったときでも。今の状態から少しでもよくしようと授業を見た感想を聞く。わからないことや課題、悩みに対して積極的にアドバイスを求める。そこに向上しようとする姿勢があらわれています。そして、一番素晴らしいことは、アドバイスを素直に受け入れてくれることです。最初のうちはなかなか進歩が見えませんでしたが、それでも地道にやり続けてくれました。基本的なことが一つずつできるようになり、それにつれて進歩の度合いも大きくなってきました。基本的なことができるようになるとともに、より高度な課題がたくさん見えてきます。自分でも気づくことが増えてきます。授業がうまくいくようになってそこで止まる先生も多いのですが、この先生はずっと課題を持って授業に取り組んでくれました。

自分に欠けていることを素直に認める勇気を持ち、すぐにうまくできなくてあきらめずにやりつづけることが進歩するための条件です。このことをこの先生の姿からあらためて学ばせていただきました。まだまだ課題はたくさんあります。だからこそ、より大きな進歩が望めるのだと思います。

PTA対象の講演

昨日は小学校のPTA対象のセミナーで講師を務めました。テーマは「いじめる側やいじめられる側にならないための子育て」でしたが、私にとっても勉強するよい機会をいただきました。

この依頼をきっかけに、いじめそのものではなく、その根っこにある問題は何かについて考えてみました。いじめる子はなぜいじめるのか、いじめられる子はなぜいじめられるのか。そこから、親がどのように子どもに接することがいじめを防ぐことにつながるのかを考えてみました。

結論としては、やはり、子どもが自己有用感を持つ、自分がまわりに認められると感じることが大切であるということです。自分が認められていれば、他の人を認められる。結果としていじめが起きにくいということです。まず家庭で子どもをしっかり認めてあげることをお願いしました。
また、子どもたちに想像力をつけることも大切だとお伝えしました。自分や友だちの行動の原因や結果を想像する力があれば、軽率な行動は避けられ、他者を思いやることができるようになるはずです。子どもと一緒に考えるような機会をつくるようお願いしました。

「ありがとう」の言葉がたくさん交わされることを目指せば、結果として子どもにとって居心地のよい家庭となります。そのような家庭で育った子どもがいじめにかかわることは少ないと思います。

参加されたお母さん方には、本当に真剣に話を聞いていただけました。子育てに真剣に向かい合っている方ばかりなのでしょう。きっと家庭を「ありがとう」の言葉で満たしてくれることと思います。私も程よい緊張感の中で、楽しく話をさせていただきました。とてもよい機会をいただき、ありがとうございました。

授業研究に参加

昨日は中学校の授業研究とアドバイスをおこないました。私が参加した研究授業は、1年生の理科の調べ学習でした。

授業を参観した先生方は、子どもたちの様子をしっかりと観察していました。子どもたちの活動が授業者のねらったものになっていたか、何に集中していたかなど、検討会でもしっかり話ができていました。

授業者は「小学校6年生にもわかる説明」という条件をつけて、子どもたちが単に調べて満足するのではなく、その内容を理解して自分の言葉で説明できるようになることをねらっていました。しかし、調べる項目を書きこんだワークシートを準備したせいか、子どもたちは、教科書や便覧の該当項目を写してワークシートを完成することで満足してしまいました。グループでのかかわりも、どこに書いてあるかという情報は聞くのですが、その内容に関して聞き合っている姿は見られません。最後にまとめを見せ合って、確認をするのですが、ほとんど内容に差がなく学び合いにはなりませんでした。授業者のねらいと子どもたちの活動がずれてしまいました。
このことに気づいても授業時間中に修正することはなかなか難しいのですが、私からは次のようなアドバイスをさせていただきました。

ある程度子どもたちの作業が終わった段階で、中間発表をさせます。その上で、その説明で本当に「小学校6年生にわかる」かを問いかけます。具体的にこの部分はどう説明すればわかる。理科用語はどう説明しよう。「小学校6年生もわかる説明」という課題をより具体的にして再度課題に取り組ませるのです。こうすることで授業者のねらいに近づくことできるはずです。

子どもたちの活動の途中で中間発表を入れることで課題や論点を明確にすることができます。その上で再度課題に取り組むことで、より深い学びにつなげることができます。

授業者が単なる調べ学習ではなく、より深く内容を理解する授業にチャレンジしてくれたおかげで、参加した私たちもたくさんのことを学ぶことができました。うまくいかなくてもそのねらいと現実のズレから多くのことを学べるのです。学校内に、先生方がチャレンジする雰囲気があることを大変うれしく思いました。
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31