教材研究が次の課題(長文)

小学校で授業アドバイスを行ってきました。全員の授業を少しずつ見て、学年ごとに個別にアドバイスをさせていただきました。

どの学級の子どもたちも落ち着いていて、先生方は授業で大きく困ることはないようでした。授業に困難がないため、改善の必要性を感じていない先生が多いように思いました。きつい言い方になりますが、教科の知識や教材研究の力が弱いため、授業で押さえるべきことが押さえられていないと感じる授業を多く目にしました。単元を通じたねらいや小学校6年間を貫く見方・考え方をもっと意識してほしいと思います。大学入学共通テストを見てもわかるように、小中高とつながる教科の見方・考え方が重要視されています。このことを意識して授業を組み立てることが求められているのだと思います。共通テストを全問きちんと解く必要はありませんが、共通テストがどのように変わったかを小学校の先生も自分の肌で感じてほしいと思います。

1年生の国語の授業では、カタカナの言葉を見つけて文をつくる場面でした。子どもたちが友だちの発言を聞くことを大切にするよう指導していることがよくわかります。声が小さい聞きづらい発言も、先生が言い直すのではなく他の子どもや全体で確認します。発言内容がよくわからなかった子どもも、何度も聞くことで次第に友だちが言っていることを理解していく様子が見られました。
作業の説明に対して、「質問がありますか?」とたずねると手を挙げて質問する子どもがいました。こういった場面では、なかなか聞けない子どもが多いのですが、質問者の様子から、どんな発言や質問も受け止めてもらえるという安心感があることを感じました。
また、子どもが発表した「カナダへいく」という文に対して、「だれが?」と問いかけて主語述語を意識させることが必要な気もします。しかし、授業者はあえてそうしなかったのだと思います。ハードルを上げずにまずは全員が何かしらの文をつくれるということを目指して活動が組み立てられていると感じたからです。「1年生なので多くを求めない」という引き算の発想に授業者の成長を感じました。

1年生の算数の授業では位取り記数法と数の関係を理解させる場面でした。3桁の数字が表す数を計算棒で表わすのですが、正解を黒板で発表させて「いいですか?」で終わってしまいました。問題の数字は115です。次の問題の数字103?(うろ覚えで失礼)でした。授業者はこの数字の意味とこの場面のねらいを意識する必要があります。1が2つ続いているのは同じ1でも位置によってあらわす数が違うことを意識させるためです。ですから数字の1を押さえて、どの計算棒と対応しているかを押さえる必要があります。10の位の1を押さえて、「これが2になったら何が増える?」と確認してもよいでしょう。次に10の位が0となっている数字を扱うのも、位取り記数法で位を表すのに0が重要な役割を果たすことを意識するためです。これが今後学習する筆算の学習にとても大切になってくるのです。
子どもが正解しているからといって正しく理解しているとは限りません。答ではなくその根拠や過程を大切にすることを意識してほしいと思います。そのためにも教材研究が重要なのです。

2年生の国語は漢字づくりの授業でした。2つの漢字を組み合わせた漢字を見つけることが課題です。授業者の指示に対して子どもたちが素早く動きます。子どもたちのよい行動を授業者はその場できちんとほめています。この姿勢が子どもたちの授業規律のよさにつながっているのだと思います。
この課題は学年進行にあわせて学習していく漢字の成り立ちにつながっています。そのことを意識した発問や問いかけが必要です。
子どもが発表した「木」と「一」で「本」など、漢字の「一」なのか、指事文字の構成要素としての「−」なのかよくわからないこともありますが、「き」と「いち」で「ほん」なんだねと確認することで、漢字の構成要素を意味のあるものとして捉えることが重要です。授業者は「止」と「少」で「歩」という発表に対して、「とまる」と「すくない」で「あるく」と漢字を読みましたが、構成する漢字を読んだのは「歩」だけだったのが残念でした。
3年生以降で学習する会意文字や形声文字(この用語は出てきませんが)を意識して、「人」と「木」で休むんだねとか、「木」と「交」は「き」と「まじわる」で「校(こう)」だね。「ぼく」と「こう」で「こう」とも読めるねというように、成り立ちの違いを教える必要はありませんが、子どもが同じ音に気づいて「あれっ」と思えるような一言があるとよいでしょう。

2年生の算数は1mの長さを測って実感する場面でした。授業者が子どもに発言させる場面をたくさん作っています。発言する子どもにみんなの方を向くように指示して、聞き手を意識させています。子どもが発言することを大切にしていることがよくわかります。しかし、聞き手に発言者の方を向くことは求めません。一人発言するとすぐに要約して自分で説明してしまいます。そのため、子どもが友だちの発言を集中して聞こうとはしません。あとから先生が説明してくれるので、友だちの発言を聞かなくても困らないからです。話すことだけではなく、聞くこともしっかりとできるようにすることを意識してほしいと思います。

3年生は 同じ指導案をもとに国語の授業を行っていました。学年の先生が一緒に指導案を考えることはとてもよいことです。この学年以外にも多くの学年が一緒に指導案を考えていました。この学校のよいところです。
授業は伝えることを意識して文章を書くことが課題です。子どもたち同士で文章を読み合って、ここがもっと知りたい、こうやればよかったということを付箋に貼り合い、それを参考に文章をブラッシュアップするのです。
しかし、子どもたちの意欲が今一つ高まりせん。先生方は面談した際、そのことを反省点として挙げられました。そこで、文章を書く時に何を意識して書くかを問いかけました。少し考えてから、「伝えたいこと」答えると自分でその原因に気づかれました。テーマはあるが、この文章で伝えたいことは何かという目的を意識させていなかったので、活動のエネルギーが高まらなかったのです。
また、ペアの相手に「もっとこうやればよかった」ということを書かせましたが、そうするとネガティブなことがたくさん集まってきます。そうではなく、いいなと思ったところ、参考にしたいと思ったところを書かせ、それを教室全体で共有、整理してからブラッシュアップの作業に入ればよかったのです。ポジティブで授業を構成するという発想を大切にしてもらいたいと思います。

4年生の理科の授業は水の凝固の学習でした。授業者はていねいに子どもの言葉を拾うことができます。発言を否定せずにしっかりと受容できるので子どもたちの発言意欲も旺盛です。しかし、子どもたちの発言を受容するだけで、切り返しながら焦点化することができません。氷はどうすればつくれるという発問に対して「冷たくする」という発言がでます。それに対して「なるほど」受容して次の子どもに聞きます。これを繰り返しても、どんどん拡散するばかりです。「今外は冷たいけど、外に置いとけば氷になる?」「冷たいってどのくらい?」といった切り返しが必要です。この授業で求められる理科的な視点は何だろう、そして、それをどうやって持たせるとよいのかといったことを考えておくことが必要です。初任者ですが、子どもとの関係づくりといった基本しっかりとできています。次は、教材研究の視点を身につけることを意識してほしいと思います。自分一人で考えるのではなく、まわりの先生方に気軽に相談できるとよいと思います。

4年生の算数の授業は、表を使って決まりを見つける発展的な課題の授業でした。正方形を階段状に積み重ねた時の段数とまわりの長さの関係を、表を使って見つけるのが主な活動です。授業者は自分で授業が上手くいかなかった理由をよくわかっていました。授業者は段数、まわりの長さを確認し、表を書く時のポイントも押さえていました。しかし、図から段数とまわりの長さをこれだねと確認しただけでした。そのため表を埋められない子どもがたくさんいたのです。簡単な確認だけで問題把握ができるわけではありません。授業者は個人追究が始まってからそのことに気づいたようです。全体で1段、2段の場合の表をていねいに埋めて何を聞かれているのかがわかるような活動が必要だったのです。
しかし、この授業者はそのことに自分で気づけているので心配ありません。上手くいかないことを修正していけば自然に授業はうまくなります。子どもの実態を見ようとする先生なので、今後の成長が楽しみです。

5年生の社会は情報について考える授業でした。前回一人一台のタブレットを使って調べたことの共有をしようとして上手くいかなかった先生の授業です。一人一台のタブレットを使った授業に再チャレンジしてくれました。その姿勢が素晴らしいと思います。授業は最後の10分ほどを見たのですが、ちょうど面白い場面でした。インターネットを活用しながら教科書の内容を一通り終えた後でした。
「日本の人口は何人?」と問いかけました。子どもたちに数分の時間を与えて、調べさせます。シンプルな問いで、子どもたちに得た情報をどう整理し活用するのかを考えさせるよい展開です。子どもたちが調べ終わると、何人かに発表させます。同じようにインターネットで調べたのに、発表者によって数字が異なります。子どもたちが「えっ」と驚きました。そこで我が意を得たとばかり授業者が、「どれが正しいの?」と聞きながら何を調べたのか確認していきます。予定通り違った答がでてきて授業者としては上手くいったのですが、時間が残り少なく、結局結論は授業者が「いつの資料であるとか、複数の資料を比較して調べることが大切」とまとめていきます。せっかく子どもたちが疑問を持ったのですから、それを自分たちで解消するための時間をとりたいところでした。
全員が日本の人口をインターネットで探し終えるのを待っていると、時間がかかりすぎてすぐに見つけた子どもがだれてしまいます。「日本の人口がわかった人?」と全体に問いかけ、すぐに見つけた子どもに答えさせ、続けて何人かテンポよく答えさせます。違う答が出てきたところで、「えっ?どっちが正しいの?」と揺さぶります。「答がいくつもあるけどどういうこと?ちょっとグループでどれが正しいのか相談して」と子どもたちが考える場面を作れるとよいと思います。最後のまとめは子どもたちの言葉で進めたいところです。何を子どもたちに考えさせたいのかを中心にして授業のデザインをすることが大切です。
とはいえ、前回から一皮むけた授業に変化していました。進歩したからこそ、次の課題が見えてきます。若い先生の進化していく様子を見せていただくのはとても楽しいことです。

5年生の国語は複合語の学習です。複合語を辞書から見つけて、成り立ちを考える授業でした。授業者はどのパターンかを考えることに力を入れていましたが、複合語をつくることで言葉や概念を広げていく日本語の特性についてもう少し深く考えさせたいところでした。子どもたちとのやり取りはできるので、次は何を考えさせるのか、何を焦点化させるのが問われてきます。複合語を通じて何を考えさせるのか、べきなのかを深く教材研究することが求められます。授業の基礎的なスキルが身に付いてくると必ず行き当たるのが教材研究の壁です。特に小学校は多くの教科を一人で受け持つのでとても大変です。先生同士が学び合うことが大切になります。学校の中にそういった空気を醸成することがこれからの管理職には一層求められると思います。

6年生は同じ単元の保健の授業を学年として見せてくれました。飲酒がテーマですが、どちらも授業者の個性が感じられる面白いものでした。一言で言うと動の授業と静の授業です。スクリーンにイラストを映しながら子どもたちと対話でキャッチボールをしながら、飲酒でどのようなことが人の体に起こるのかを伝える授業と教科書をじっくりと読んで、子どもたちの反応を見ながら内容を説明していく授業です。子どもたちに知識を教えるという意味では、どちらが正解と言うことはありません。どちらの授業でも、子どもたちは飲酒についての知識は得たと思います。問題は、この授業を通じて子どもたちにどうなってほしいのか、何を考えてほしいのかです。子どもたちはお酒を飲むことはできません。そこに飲酒の害をいくら伝えても、実感はないでしょう。将来、お酒と節度ある接し方をするようになってほしいといったことを意識した授業構成にするとよいでしょう。ある程度知識を与えた後、「そもそもそんな害があるのになぜ大人は飲酒するの?」といった発問から授業を展開していくと面白いかもしれません。「お酒には魅力がある、じゃあその魅力におぼれないためにどういうことが大切なんだろう」と考えることが、将来に生きてくると思います。
一つひとつの授業の先には「どんな子どもを育てる?社会人を育てる?」があることを忘れないでほしいと思います。

特別支援学級では、タブレットを使った授業がありました。授業者は子どもたちを受容しながら丁寧に授業を進めることができるようになっています。しかし、この日はタブレットから手を離せなくなっている子どもがいたりして、余裕がなくなっていたようです。そのため、注意する口調が強くなり、注意された子どもがタブレットから手を離しても、いつものようにそのことを認めたり、ほめたりできませんでした。特別支援に限らず、教室ではストレスのかかる事態がよく発生します。そのときに、余裕を持てないと本来持っている自分の力やよさを発揮することができません。困った時、苦しい時ほど無理にでも笑顔をつくって余裕を持つことが必要です。そのために、意識的に笑顔をつくる訓練が必要なのです。このことをお伝えしました。

特別支援学級の道徳の授業は「はしのうえのおおかみ」でした。登場人物の気持ちを読み取ることが中心になっていましたが、それでは他人事になってしまいます。「威張ると気持ちがよい」というおおかみの持つ自己顕示欲や自己中心的な気持ちは誰にでもあるものです。子ども自身がその気持ちに共感していくことで、その後のおおかみの気持ちの変化を自分のこととして考えることができます。自分の気持ちのコントロールが難しい子どももいますので、他人事でなく自分のこととして考えられるような展開を工夫してほしいと思います。

3学期は学級がほぼ完成された時期です。だからこそ、教材研究の深さがよく見える時期でもあります。今回は先生方の教材研究が課題としてはっきりと見えてきました。新年度になると学級づくりに追われ、他のことを考える余裕がなくなります。学級づくりは最初の1月でほぼ終えることを目指し、できるだけ早く教材研究に力を注ぐことができる状況をつくることが大切です。学級づくりはどの先生もしっかりとできるようになっています。次の段階に進むためには、素早く学級づくりを終えて教科の内容を充実させることが重要です。来年度に期待したいと思います。

研究授業で考える

中学校で授業アドバイスを行ってきました。この日は、理科の研究授業と1、2年生の授業を中心に参観しました。

2年生は授業中の場面によって見せる姿が異なっていました。グループなどの友だちとかかわりながら作業をする場面では、明るい表情が多く見られます。ところが全体で先生の話を聞く場面では表情に乏しく、授業に向かうエネルギーを感じられないのです。挙手もほとんどしません。先生の指示にはもちろんきちんと従いますし、板書などもちゃんと写します。生徒会活動などには例年以上に積極的に取り組む姿が見られるという話とその姿が矛盾しているようにも感じました。積極的な子どもたちとそうでない子どもたちとに分かれてきているのかもしれません。間違った発言をして恥をかくことを恐れていることも考えられます。授業者の顔色を読んで注意されないような行動をしているようにも見えます。授業者が意図しているわけではないでしょうが、子どもたちは先生のコントロールから外れないようにしているようです。
いずれにしても、全体の場で子どもたちに安心して自分の考えを言えるようにする必要があります。そのためには、「答は?」と正解を求めるのではなく、「どんなふうに考えた?」「何をした?」というように過程を問うとよいでしょう。答を発表させるにしても、「どうなった?」というように聞くことで、正解を求めている雰囲気を排除するような工夫が求められます。グループやペア活動の後であれば、「どんなことを話した?」と基本的に誰でも答えられ、正解や不正解と判断される心配のないような聞き方がよいでしょう。どんなな発言も受容されることで、教室に安心感を広げることを意識してほしいと思います。子どもたちが授業中のどんな場面でも、のびのびと明るい表情で活動できるようになることを目指すようお願いしました。

1年生は前回の訪問時と比べると、落ち着いてきているように感じました。この間、学年の先生方が授業規律を意識してきた結果だと思います。授業者の話を集中して聞ける場面が増えていました。その一方で子どもたちは全体として受け身の姿勢がまだ強いようです。授業者が指示したこと、意識していることはできるのですが、自分からは動くことはしません。ワークシートを埋めてしまえば、余計なことはせずじっとして時間をつぶしています。授業者からの指示がなければ、困っていても自分からまわりと相談しようとはしません。例年であれば授業以外の行事等を通じて自分たちで考え行動する力を育てることができるのですが、今年は行事がほとんど潰れてしまい、そのような機会がありません。先生方は授業では子どもたちが指示に従えるようになっていることでよしとして、それ以上を求めていないように思います。授業で子どもの自主性を積極的に育てる必要があります。よい行動を促し、その行動を価値付け、強化し、意識して子どもたちを目指す姿に近づけるようにほしいと思います。2年生時でクリアすべき課題になると思いますが、今からこのことを意識した指導を続けることで、4月からの子どもたちの成長が期待できます。このことを学年の先生にお願いしました。

研究授業は2年生の理科の電気のまとめの段階の授業でした。次年度以降の一人一台タブレット環境を意識したものです。
一人一台にしたかったのですが、Wi-Fi環境が悪いため二人一台での実施となりました。タブレットの数が揃っても、ネット環境が整わず思うように使えないという嘆きをよく聞きます。早く環境が整うことを願っています。
授業者は、教科書通りの結論が見えている課題ではなく、子どもたちが「あれっ」と疑問を持つような課題で主体性を引き出すことねらいました。静電気や電磁誘導などの過去の実験で使った道具を用意し、これらを使って豆電球を点灯させるというのが課題です。「学んだことを使って」と提示しますが、ここで意識したいのが、「学んだこと」をどのように扱うかです。子どもたちが学んだことを覚えていて使える状態にあることが課題に取り組むための前提であれば、どのようなことを学んだのかを思い出す場面を作って全員の足場をそろえることが必要です。課題の解決を通じて学んだことを思い出させ定着させるのをねらうのであれば、解決の場面で学んだことをしっかりと整理・確認する場面が必要となります。今回の授業では、どんなことを学んだかを最初に確認しなかったので、解決方法を全体で発表する段階で整理・確認することが求められます。
ペアでどのようにするかを相談してタブレットのアプリケーションのカードに書き込みます。相談はするのですが、その時に教科書やノートを調べている子どもがほとんどいないことが気になりました。それだけ知識が定着しているのかもしれませんが、どうだったのでしょうか。子どもたちがタブレットで書いた方法をスクリーンで共有します。書けなかった子どもにどれがよさそうか問いかけます。しかし、20枚近くのカードをすぐに読むことはできません。指名された子どもは困りながらあせってカードを選びました。静電気を起こして点灯させるというものです。授業者はその理由を問いかけますが、この短い時間では明確に答えることは難しいでしょう。一人一台というとすぐに共有することを考えますが、実際にはそれほど簡単なことではないのです。逆に言えばこういった研究授業でこのことを参加者が実感することはとても意味のあることです。このことだけでもICT活用に挑戦した意味があります。
授業者はそのカードを書いた子どもに理由を説明させ、前に出てきて実験させます。もちろん点灯しません。そこで、他のカードを再び選ばせます。今度は磁石をコイルの中で動かし電磁誘導を起こすという方法です。同様に説明させてから実験しますが、これも点灯はしません。授業者の思惑通り子どもたちは失敗します。電気が流れるという点ではどれも間違いではありません。学んだことを活かしています。授業としては学んだことをきちんと整理・確認して押さえることが必要です。その上で、なぜ点灯しないかを考えさせることをしないと、単なる導入になってしまいます。導入とするには時間をかけすぎていました。
しかし授業者は、すぐに正解となる道具を教えました。実は道具を示す写真の片隅に電動歯ブラシの充電器が映っていました。これを使うと豆電球が点灯すると言って説明を始めます。子どもたちはなんだかだまされた様な気分になったのではないでしょうか。そもそも充電器の構造は外からわかりません。もし気づいても子どもたちには考えようがありません。充電器の上にコイルを載せて豆電球を点灯させますが、結局、充電器の中にコイルが入っていることや、家庭用のコンセントから流れる電流が交流であることを先生が説明し、それを基に理由を考えるように指示します。この展開であれば、前半は全くと言っていいほど意味がありません。
何人かの子どもに点灯する理由を発表させて、他の子どもに納得させようとしますが、口頭での説明で理解するのは難しいでしょう。ここまで子どもたちは磁石による磁界の変化でしか電磁誘導を理解していません。交流を流したときコイルの磁界がどう変化するのか、磁石と比較しながら図などを使って考える必要あったと思います。しかし、そのためには時間があまりにも足りません。前半の課題か後半の課題に絞って1時間の授業をつくるとよかったと思います。
前半を中心にするのであれば、実験道具を最初から与えて自由にやらせてみて、「おかしい」「上手くいかない」と困らせてから、子どもたちに「電気は流れているの?どうなの?流れているならどうして点灯しないの?」と揺さぶるとよいでしょう。静電気が弱いからダメだといったことを言えば、バンデングラフで高電圧を作ってみせるのも面白いでしょう。電磁誘導であれば、磁石を高速で動かす実験ができるといいでしょう。手回しで上下動するクランクがあれば可能かもしれません。その上で、充電器の説明は交流を使うことが磁石を動かす代わりになっていると説明して、実演するくらいでよいと思います。
後半を中心にするのであれば、充電器の構造を説明し、最初は交流を使わずに実験させるとよいと思います。直流では磁石になることを確認してからどうするのかを考えるのです。電流の向きを変えると磁界が反転することから、すばやく電流の向きを変えるという答に気づいてくれるのではないでしょうか。
子どもたちが考えるためには、その足場となる知識が必要です。前半部分では電流がたくさん流れないと豆電球は点灯しないということ。後半部分では交流とコイルで磁界が変化することです。こういった考えるための足場となる知識をどのように獲得させるかを考えることが授業の設計には必要です。
授業者は、以前と比べて子どもたちの言葉を大切にしようとする姿勢が感じられました。子どもたちの主体性を持たせようと工夫もしていました。確実に進歩しています。今回は何を考えさせたいのかが絞り切れていなかったため、時間が足りず考えを深めることができませんでした。次へのよい学びになったと思います。

来年度もこの学校へおじゃますることになりました。新学習指導要領の実施と一人一台のタブレット導入、それに加えて新型コロナウイルス対応と課題は山積みです。先生方と一緒に考えながら、時代の変化に対応していきたいと思っています。

3年間の取り組みの成果に感激

私立の中学校高等学校で先生方と懇談してきました。

話題になったのは先日行われた大学入試共通テストでした。正式な平均点はまだわかりませんが、お話した先生方の評価は事前に言われていたよりも易しいというものでした。私もすべての教科の問題を解いたわけではありませんが、求められる知識の量が減って、その分論理的な思考力を求めていると感じました。プレテストと比べてずいぶん練られていたように思います。
生物の試験では私のようにその方面の知識が全くない者でも、問題文を読んで考えれば正解ができるものがかなりありました。また、数学の確率の問題では現実にどのように利用されるのかを問題を通じて受験生に語っているように感じられました。物理のダイヤモンドの輝きを屈折から考える問題も数学の問題と同様、日常の事象と物理の関連を伝えるものでした。英語では易しい文章で資料と関連づけたりするものや友人とのSNSを題材にして、日常で使える英語を意識しているようでした。ただ量が多く、英文を日本語に直すことなくそのまま読み進める力が必要だと思いました。一語一語ていねいに日本語に訳すような学習をしていた受験生は苦労したかもしれません。
懇談した先生方は、自分たちが今進めている、知識の伝達中心ではなく、言語活動や思考の過程を重視する授業は間違ってなかった、お墨付きを得たと感じていました。共通テストが、従来の知識中心の講義型の授業を続けたいと思っている先生方に変わってもらえるきっかけになると期待します。共通テストを各教科で分析し、教科を越えた小グループで聞き合い考える研修を提案させていただきました。かつて文部科学省の幹部が、高等学校の授業は大学入試を変えなければ変わらないと言っていたことを思い出します。今回のテストからは高等学校にこのようなテストに対応できる授業をして下さいというメッセージを感じます。ある先生の「このテストをどう評価するかでその先生の授業観がわかる」という言葉が印象的でした。次年度以降、共通テストがこの路線で進化していくことを期待したいと思います。

進路担当の先生から、この3年間の特別進学のコースでの新しい試みの結果を報告していただきました。
子どもたちの成長のエビデンスとして、1年生の時に書いた「学ぶとはどういうことか」をテーマにした短い文章を読んで「自分の考える学び」について書いた文章と、3年生の今、同じテーマで書いた文章を並べたものを見せていただきました。どの子どもも3年間の進歩が歴然です。結論を最初に書き、続いて具体例を書くといった文章の構成の型がしっかり身についているのがわかります。構成は基本の型に従っていても内容は多様で、一人ひとりの考え方や個性がしっかりと感じられるものです。先生方に同じテーマで書かせても、今の彼らを凌駕するようなものを書ける方は少ないのではないかと思えるほどです。文章の形式を身につけるだけでなく、しっかりと考える力を育てていると感じました。全員の先生に彼らの文章を読んでいただきたいと思いました。従来の学力観で評価される力では、高校生の時の先生方に及ばないかもしれませんが、彼らがこれだけの力を秘めていたことに気づいてほしいのです。先生方が彼らの可能性に気づいてどう育てるか考えてほしいと思います。
国語や英語の授業で書かせることを続けたのが、大いに役立ったようです。まずは文章の内容ではなく型を徹底させました。内容よりも構成の型を指導し、その上でどのようにして自分の考えを整理し文章にまとめていくのかという方法を教えたそうです。また、テーマを工夫し、いろいろな課題に取り組ませることで、子どもたちが多様な考え持ちしっかりと表現できる力を身につけることができたようです。「自分も高校時代にこのような授業を受けたかった」という先生の言葉が印象的でした。

英語の授業でのプレゼンテーションの動画をいくつか見せていただきました。しゃべることはスライドに書かない、引用元は必ず書くといった基本的な型は、書くことと同様にしっかり押さえられています。どのスライドも図や写真を上手く使ってとてもわかりやすいものです。基本の型はあってもどれも個性的なものでした。しかし、何よりどの子どもも楽しそうにプレゼンテーションしていることが印象的でした。いきなり本番ではなく、何度も中間発表をして、タブレットでアルタイムに友だちからの意見を聞きブラッシュアップをすることを繰り返したそうです。友だちの意見を取り入れることで発表の質が上がる、自分の意見が友だちに取り入れられ素晴らしいものになる、こういった経験をすることで互いに自己有用感が増します。その結果、発表することも、発表を見ることも、どちらも楽しくなっていたのです。
先生は型を教えて、できていないところをダメ出しすることに徹し続けたそうです。ダメ出しは子どもがネガティブになりやすいため、あまりよい方法には思えないかもしれません。しかし、どうすればよいのかが改善の方向が明確で、友だちの助けもあればブラッシュアップできます。そして、進歩したことが評価されるのであれば、子どもたちはやる気を出します。子どもがくじけなければ適度なストレスはプラスになることもあるのです。実際子どもたちは粘り強く取り組む力が育っているようです。「どうせダメでしょうけど」と言いながらもダメ出しをしてもらいに来るそうです。こういった3年間の経験が子どもたちの自信になっているようです。試験の点が取れるといったものではなく、今その課題の答を持っていなくても、その課題に向かって取り組めばきっと解決できるという自信なのです。これは素晴らしい成果だと思います。

進路指導の取り組みで1、2年生に進路の決まった3年生のビデオメッセージを届けているそうです。映像関係の仕事をアメリカでしたいという夢を実現するためにアメリカの田舎の大学へ進学を決めた話をする子どもや授業以外での活動からたくさんのことを学んだ経験を話す子ども、どの子どもからも伝えたいことが体からあふれているように感じました。この学校で学んで本当によかったと思っていることが伝わります。取り組んだ先生方は、一部の先生からの批判も受けながら3年間試行錯誤を続けたようですが、この子どもたちの姿をみれば、そんな苦労も吹き飛んだのではないでしょうか。
先生にも子どもにも一人一台のタブレットがあることで、こういった子どもたちの発表や作品が手軽に共有できる環境が実現できています。他のコースの先生方にもこの子どもたちの姿を見ていただく機会を作ることをお願いしました。
このコースでの取り組みをもとに新しいコースをつくる計画もあります。実現することを願っています。

英語の若手の先生と懇談しました。今回の共通テストを見て自分たちの方向性は間違っていなかったと自信を持つと同時に、先輩方のように新しいことになかなか挑戦できないことを悩んでいました。子どもたちにどう育ってほしいかをしっかりと持っている先生です。そのため、いつも子どもたちをしっかりと見ています。目指す姿がはっきりして子どもたちを見ていれば、上手くいっていないことやその原因に気づけます。思いついたことを気軽に試してみて、上手くいかないと思えばやり方を変えていけばよいのです。子どもたちと一緒に成長すればよいと伝えました。
この先生に限らず、若手で意欲的な先生が増えているように思います。彼らの意欲とやる気、そして若手らしい悩みをまわりがしっかりと受け止めて成長を助けてほしいと思います。

中学校の選考の適性試験について意見交換しました。言語能力と論理的思考力を見ようとするものです。やや難しい問題もありましたが、今回の共通テストに通じる、読解力や思考力を問う良問が多かったように思います。子どもたちにとって興味が湧きそうなダーツや身近な自動販売機などを題材にしていることから、課題に積極的に取り組んでもらいたいという思いを感じました。入学して来る子どもたちに、「学校が君たちにつけたい力はこのようなものだよ」というメッセージを送っているようでした。
出題者の先生方はこの作問にかなりの時間を割いているようです。これ以外にも多くの仕事を抱えている方たちなので、こういったオリジナルの新傾向の問題をつくる負担はかなりのものだと思います。意欲のある若手も育っていますので、思い切って彼らに出題の一部を担当させてはどうかと提案しました。出題の方針や目指すものを事前にしっかりと打ち合わせをして任せることで、これまで出題を担当していた先生方の負担はかなり減るのではないかと思います。もちろん問題の検討や修正に時間は取られるでしょうが、その作業を通じて若手にこれからの学校が目指すべきところは何かを伝えることにもつながると思います。学校力の底上げにつながっていくはずです。第一線で学校を回している先生方が、次世代に仕事をつなげていくことを考えるフェイズに入ってきています。来年度以降の人事は、このことを意識したものにする必要あると思います。
私がかかわらせていただいているこの7年間で学校が大きく変わっています。変化を恐れず新しいことに挑戦し続ける姿勢は公立の学校でも学んでほしいことです。これからの変化がますます楽しみです。

授業研究と事例発表会に参加

先日、私立の中学校高等学校の授業研究とICT活用の事例発表会に参加しました。今回の公開授業はどれも高等学校でした。

3年生の英語の授業は、成長というテーマでのプレゼンの発表でした。言葉だけでなくスライドの表現や動きを工夫して、とてもわかりやすく楽しめる発表でした。発表者が会場とやりとりをする場面もたくさんあり、発表者も聞いている子どもたちもどちらもとても楽しそうにしていたことが印象的でした。この素晴らしい発表と一体感を生み出した要因の一つに、本番の発表までに何度か中間発表を行い、そこで友だちからコメントもらってブラッシュアップしていることがあると思います。1学年2学級のコースなので3年間で率直に意見を伝え、それを受け入れる関係ができています。自分たちの意見がどのように反映されブラッシュアップされているのか興味を持って見ているので、より一体感が増すのでしょう。
2組の発表を見ましたが、どちらの子どもたちも個性的で素晴らしい表現力を持っていると感心しました。おそらくこの2組がたまたま素晴らしいのではなく、教室の雰囲気からどの子どもたちもこのレベルに育っていると感じました。3年間の積み重ねの成果でしょう。今までの学校教育ではなかなか付けることができない力をつけていることが素晴らしいと思いました。

1年生の数学は、ICTを活用して場合の数の問題を解決する授業でした。課題に対して思ったことをデジタルのワークシートに書かせ、それを基にグループで話し合うものでした。このコースでは他の教科でもグループで意見を交換することをよく行っているので、子どもたちはこういった活動に自然に取り組みます。グループ活動が活発になることで、面白い意見や考えを取り上げて全体で共有して深めていくことが次の課題となります。指名された子どもが考えを発表するのですが、発表者は先生に理解してもらおうとして前に向かって話します。他の子どもは発表者が書いたものを手元のタブレットで見ながら聞いていますが、その様子からは発表を理解しようとする意欲はあまり感じませんでした。グループではコミュニケーションをとれる子どもたちなので、この場面は先生と発表者の二人だけの時間だと思って積極的にかかわろうとしなかったのだと思います。ここは、先生にではなく学級のみんなに伝えることを意識させることが大切です。発表を聞くことを意識させ、発表に対していつも反応を求めることが必要です。慣れないうちは、自分の考えをスクリーンに映して、前に立って説明させることも必要かもしれません。授業者が中継点となって子ども同士をつなぐことを大切にしてほしいと思います。

1年生の国語は小説の授業でした。タブレットに配布したワークシートを基に子どもたちが6人グループで作業をしますが、相談する姿はあまり見られません。また、隣との会話がグループ全体に広がることもありませんでした。課題が予め準備されているので、子どもたちは授業者の求める答を探しています。それを助長するのが、授業者の与える情報(ヒント?)です。これがあるため余計に授業者の求めるものは何かと子どもたちが考えてしまうのです。登場人物の感情や考え、行動に対して子どもたちが疑問を持ったり感じたりしたことを出し合い、そこから授業の課題をつくり出すことをしてほしいと思います。

1年生の社会科は、税金に関する課題に対しICTを活用して考えを共有する場面でした。スクリーンに全員の書いたものを映していましたが、小さすぎて読むことはできません。これはあまり意味のあることではありません。もし全体の考えの傾向をつかむのであれば、文字の色や背景の色を立場によって変えるとよいでしょう。そうすれば全体を映すことで傾向を見ることができます。
子どもたちは友だちの書いたものを一つひとつ自分のタブレットで見ていますが、その間授業者はぼそぼそとコメントをしています。子どもたちの集中を妨げるだけで、聞き取ることはできません。聞かせるべきことであれば、ちゃんと作業を止めてから話すべきでしょう。また、共有を個人作業にするのではなく、全体の場でどう行うかが課題です。この授業に限らずICTを活用した授業では「共有幻想」と名付けたくなる共通の課題があります。ICTを使えば全員の意見を共有することができるという幻想です。たとえ全員が考えを書いたとしても、それを一つひとつ見る時間は取れません。どう焦点化していくかの手法が求められるのです。似た考えをまとめていったり、考えにタイトルをつけてそれを共有したりといった工夫が必要なのです。当面は過渡期だと思います。今後この課題に対してどのようなノウハウが溜まっていくか楽しみにしています。

体育の授業はバドミントンでした。子どもたちがペアで打ち合っていますが、互いにアドバイスする声がこえないので何を意識して活動しているのかが見ていてよくわかりませんでした。ラケットを打ちにくい面を使って打ち返そうとしている子どもがいますが、まわりの子どもたちは余裕がないのかアドバイスすることができていません。また、飛んでくるシャトルをどの位置でむかえればいいのかが意識できていない子どもが多いようです。足が動いていないと言ってもよいでしょう。子どもたちは一生懸命に取り組んでいるので、この活動でクリアしたい課題を意識させ、そのために何に注意するとよいのかを明確にしてあげるとよいと思います。
印象的だったのが、子どもたちが振り返りをタブレットで入力する場面です。壁際の机に置いてある自分のタブレットを素早く見つけて、すぐに入力します。体育館はまだWi-Fiが上手く入らないので、提出は教室等に移動してからですが、そのことを含めて子どもたちは何のストレスもなく作業していきます。タブレットが文房具として日常化されているのを感じました。この学校ではタブレットは貸与の形をとっていますが、リースで3年間自分のものとして使えます。そのため、自分の好きなカバーを使ったり、シールを貼ったりしているので、どれ一つとして同じものがありません。自分のものという意識が強くなるので大切に使ことにつながります。そして、今回のように一か所に集めておいて取りに行くような場面では、すぐに自分の物を見つけることができます。これから一人一台を導入する学校では、タブレットをどのように区別できるようにするのかも考えることが必要でしょう。

午後からはICT活用の事例発表会がありました。想定より多くの参加者があり、関心の高さがうかがえました。主催者としては授業を中心とした活用のこれまでの取り組みを中心にお伝えしたかったのですが、これから本格的に導入を考えている学校の参加者からは、管理や運用面のことを知りたいという要望が多かったようです。そのため、前半は間口の広い話となり、授業での活用の話に深く入れませんでした。その中でも、高校1年生の生徒による自分たちのICTを活用した学びについての発表が圧巻でした。主に中学校時代の授業の様子を中心にした発表でしたが、内容以上に堂々とした発表態度と整理されたスライドの内容が素晴らしいものでした。要点を3つに絞って伝えるといったプレゼンの基本がしっかりと指導されてきていますが、型にはまったものではなく大人でもなかなかできないレベルの個性あるものでした。この子どもの姿がICTを取り入れた一番の成果だと言えます。このレベルの発表ができる子どもがかなり育っているという先生の誇らしげな言葉が印象的でした。
後半は3部制で、導入や環境整備、管理についての発表と自ら発表を希望した先生による授業や部活動での活用の紹介でした。若手を中心に多くの先生が自主的に発表されたことが素晴らしいと思います。学校で使い方を決めて強制するのではなく、各自で主体的に工夫して使っていることが素晴らしいと参加者から評価されていました。公立では異動があるため、学校としての使い方を決めていかないとなかなか活用は進みません。一方私立では先生方の多くはその学校にずっと務めるわけですから、活用することから逃げるわけにはいきません。学校としての方向性を明確にして先生方の意識を変えていくことができれば、主体的、継続的に取り組んでいただけます。私立の特性を活かしたマネジメントがされていると感じました。
この発表会の運営面でも仕事を強制的に割り振らずに進めたそうですが、人手が足りないことを伝えると、学期末の忙しい時期にもかかわらず多くの先生が自主的に手伝ってくださったそうです。こういったイベントを通じて先生方がチームとして育ってきていることを感じます。

ある先生から面白い報告を受けました。
学び合いや出力型の授業に対して批判的で、受験に対応した従来の知識主体の授業を望んでいる生徒が一部にいたそうです。共通テストでの記述式や英語の民間試験の導入が中止された時には、これから大切にしなければいけないと先生方が言っていた記述力や発信力は意味がなかったじゃないかと批判した生徒もいたそうです。しかし、そういった生徒も自己推薦やAO入試での面接や自己アピールを経験したあとで、今まで学んだ発表の力が役に立ったと素直に認めたそうです。小論文でも、要点の整理の仕方、まとめ方を学んでいたので簡単に対応できたと自慢げに報告してくる生徒もいたそうです。あれだけ反発していたのにと先生が苦笑していました。
新しい取り組みに対しての子どもたちからの反発に自信を失くす先生もいるかもしれません。子どもたちは、どうしても目先のことにとらわれてしまいます。大学入試でも受験生に求める力は確実に変わってきていますが、そのことになかなか気づけません。今学んでいることの価値に受験の時に気づければ、まだ早いほうなのかもしれません。大学入学後、いや社会人になってから気づくのがやっとかもしれません。先生方もあせらずいつか子どもたちが気づいてくれるはずだと信じて、自信をもって新しいことに取り組んでほしいと思います。

学校全体としていろいろな面で前向きに取り組む先生が増えてきています。しかし、残念ながらなかなか変われない先生、子どもたちが落ち着いている現状に甘えて以前の姿に戻ってしまっている先生も少なからず存在します。新型コロナウイルスによる変化は元に戻ることはないと思います。他の学校よりも一歩先に進んでいるからこそ、その歩みを止めずに、これからの学校のあるべき姿を模索し、その過程を多くの学校にむけて発信していってほしいと思います。

WITHコロナの授業の課題を感じる

昨年まで2年間授業アドバイスをさせていただいた中学校の校長より、子どもたちの様子を見てほしいとの依頼がありました。授業の様子が気になっているようです。

訪問して校長のお話を聞いた後、子どもたちの様子を見せていただきました。
子どもたちからは新型コロナウイルスの影響をあまり感じませんでした。グループ活動をさせれば、感染を怖がることもなくちゃんとかかわることができます。どの教室も落ち着いています。しかし、学校全体の雰囲気はどうにもピリッとしません。一言で言うと「ゆるい」のです。このことは、この学校にかかわらず新型コロナウイルスによる休校後に訪問した学校に共通するように思います。おそらく、授業の遅れを取り戻すことを優先して、子どもに考えることを迫ったり、深く追求することを求めたりしなくなったのではないかと思います。グループ活動にしても形だけで、求める答がでれば授業を先に進めるためにすぐに先生が自分で説明してまとめています。
ある授業でのことです。グループで相談した後、一人の子どもを指名して前で説明させました。その説明が終われば、そのあとすぐに子ども同士でこの説明について互いに確認させます。しかし、これでは子どもが先生の代わりになっただけで、先生の説明を聞いて理解しなさいと言っているのと変わりません。説明を途中で止めて、「どうしてこう考えたのかわかる?」「この後どう考えたと思う?」と他の子どもとつないで続きは各自で考えさせるとか、「同じように考えた人?」「ちょっと違うという人?」と聞きながら、考えを広げるといったことが必要です。一番の問題はこのような授業の進め方をすると先生も子どももとても楽なことです。子どもたちは取り敢えず話し合えばよいだけで、深く考えることを求められません。極論すれば、雑談していても答えは後から説明されるのでそれを聞くか黒板のまとめを写せば困らないのです。
2学期の終わりの時点で授業の進度はほぼ例年に追いついているようです。しかし、一度楽をしてしまうと先生も子どももなかなか元には戻れません。
子どもたちに深く考えさせるためには課題が重要です。そのような課題を考え準備するのは大変です。また、グループ活動に頼らず子ども同士をつなぎ考えを深めるためには、先生が中継役となって対話をうながす技術が必要です。この市では、小学校から一貫して学び合うことを重視し、子どもたちにグループで話し合う力をつけています。そのため、中学校の先生方は子どもたちの力を頼りにしたグループ活動を行って、自分で子ども同士をつなぐ技術を身につけていなかったようです。そのことが新型コロナウイルスの影響で露呈したように思います。

校長はこのことに気づいていたのですが、あまりに先生方に危機感がないことに不安を感じ、私が同様に感じるのかを聞きたかったようです。先生方は、「子どもたちは落ち着いていて、授業もちゃんと進んでいる」と問題を感じていないのです。この状態が続けば、子どもたちは自分たちで考えを深める意欲を失くしていくかもしれません。形式的な話し合いと受け身な姿勢になってしまうことが危惧されます。
ではどうすれば先生方の意識が変わるかと問われると、私にも明確な答はありません。校長といろいろな視点で話をしながら、人の意識を変えることの難しさを感じました。学び合いをどうすれば実現できるかと悪戦苦闘された先生方の努力の結果、今の授業の基本のスタイルがあり、子どもたちの姿があります。しかしいつの間にか結果としての形だけが残り、なぜこのようなスタイルをとっているのか、そこにどんな願いがあるのか、どこがポイントなのかといったことが継承されていないように思います。そのため、一度崩れたものを立て直す力がなくなっているようです。新型コロナウイルスがその問題をあぶりだしたように思います。

一朝一夕で解決する問題ではありませんが、そのことに校長が気づいているだけまだよいのかもしれません。高等学校で大学進学率が急激に上がった時に、「受験に出る」という言葉で子どもたちをコントロールするという楽を覚えた結果、先生方の授業力が低下したと言われたことを思い出しました。大学全入時代になっても以前と同じ知識の切り売りを続けて変わろうとしない先生がたくさんいるのです。
新型コロナウイルスの影響を乗り越えて、学校が前に進むことを願っています。

学年毎の課題を見る

先月中学校で授業アドバイスを行ってきました。各学年の様子を学年の先生と一緒に観察しました。

何と言っても驚いたのが3年生の様子です。前回も驚かされたのですが、今回はそれ以上に子どもたちのよい変化を見ることができました。3年生のこの時期です。学習面で厳しい子どもが授業に参加できなっているのを見ることがよくあります。しかし、この日はどの学級でもそのような子どもが見当たらないのです。はたからでも授業の内容についていけていないことがわかる子どもも、何とか理解しようと食らいついているのです。また、受験が近づくにつれ、自分のことに精一杯で友だちのことをかまっていられないという空気が教室に漂ってくるものなのですが、みじんも感じられません。子ども同士が支え合っているように見えます。この直前に修学旅行があったそうですが、時期外れの修学旅行が子どもたちの関係をよりよくしてくれたようです。修学旅行があったからと言って、必ずしもこのような効果があるわけではありません。短い準備期間の中、先生方がしっかりと目標を定めて子どもたちと共に真剣に取り組んだ結果だと思います。
とはいえ、今後受験が近づいてくるにつれて精神的に苦しくなる子どもが出てくると思います。先生方が支えることはとても大切ですが、この学年集団であれば子どもたちが互いに支え合うことを信じてよいと思います。子どもたちのさらなる成長を信じて見守ってほしいと思います。

2年生は、落ち着いているのですが、学習に向かうエネルギーが低いというか、集中力が続かない傾向を感じました。別の視点で見ると、ちょっと集中が切れた時の子どもたちは先生が自分たちにどう対応するかを見ているようにも感じられます。どこまでやると注意されるかを探っているように見えるのです。注意するのではなく、「どうしての?困っている?」と見守っていることを伝えるような声かけをしてほしいと思います。
似たようなことが友だちとの関係にも見て取れます。積極的に意見を言おうか、それとも様子を見ておこうかというように、自分の立ち位置を探っているように感じるのです。野外学習教室が少し前に行われたようですが、その際に子どもたちの中でリーダーが育ってきた、育ててきたという話もうかがいました。ひょっとすると、そんなことが自分は学級の中でどのようにふるまおうかといったことを意識するきっかけになったのかもしれません。この感覚が授業にも持ち込まれているのであれば、先生方は子どもたちにどうなってほしいかを意図的に伝える必要があると思います。挙手に頼らず発言を求めたり、友だちの発言に対してどのように考えるかを問いかけたりして、意識的に発言させたり、友だちとかかわらせたりすることが必要です。

1年生は新型コロナウイルスの影響をもろに受けているように思います。この時期になっても小学生のように幼く見えます。小学校の延長のままに行動し、そのことを指摘されないのでそれでよいと思ってしまっているのです。また、4月5月の大切な時期に先生と子どもの縦の関係をしっかり作れないまま時間が過ぎ、相対的に子ども同士の横の関係が強くなってしまったようにも思います。先生方が意識して子どもとの関係を作り直さないと、今後行事や学級活動で子ども同士の関係が強化されていくにつれて、コントロールが効かなくなるように思います。4月5月でするはずだった、中学生として目指す姿をしっかり伝えることからやり直すことが必要です。学年の先生方とこのことを共有するように学年主任にはお願いしました。

全体に対しては、各学年の状況と一人一台のPC環境に対しての心構えについてお話ししました。教務・校務主任、学年主任などのミドルリーダーが育ってきている学校です。新型コロナウイルスやGIGAスクールといった学校を取り巻く環境変化への対応を通じてより一層先生方が成長することを期待しています。

学校全体から元気をもらう

先月小学校で授業アドバイスと講演を行ってきました。ICT活用に積極的に取り組んでいる市の大規模な小学校です。5年生の担任の初任者と1年生の担任の若手の授業を見せていただきました。

初任者の授業は社会科で自動車の現地生産について、輸送コストを起点として考えさせる授業でした。ICTを提示で使うことはこの市では本当に当たり前のことになっています。初任者でも写真や動画の提示などに自然に活用しています。授業規律に関しても子どもたちをほめることでよく保たれていると感じました。子どもたちは指示によく従いますが、指示に従って動くことができるようになっているのですから、自分で判断して行動することを意識させたいところです。最初の内は「先生は次に何を言うと思う?」といった問いかけをし、「先生の考えていることがよくわかったね」「何も指示しなくてもちゃんと行動できたね」と、5年生ですから先を考えて行動できるようになることを意識した評価するようにしてほしいと思います。
また、答や結果を問いかけて挙手した子どもを指名する傾向が強いと感じました。その結果、「わかった」「できた」「知っていた」子どもがほめられ、反応の遅い子、自信のない子どもはほめられる機会が少なくなってしまいます。「想像して」と問いかけると子どもたちの手はよく挙がりますが、それは根拠が必要ないからだと思われます。そうではなく、子どもたちに答ではなく、困ったことやどのように取り組んだといった過程を問うことで、全員参加させることを意識するとよいと思います。
この日のめあては「日本の自動車が消費者にどのように届けられるのか考えよう」でした。ここで気になったのが「考えよう」という言葉でした。このめあては子どもたちが考えて答が出ることかどうか微妙です。本当に考えさせるのなら、鉄道、船、トラックの輸送コストや集積の必要性、スピード、自動車工場ごとの生産量や車の重量などの情報がなければ考えることができません。少なくとも、輸送手段とその特徴を知らなければ考えることはできないでしょう。実際には、子どもは想像で答えるか教科書や資料集の答を見つけることになってしまいます。そうであれば、「考えよう」ではなく「想像しよう」か「調べよう」です。ここをきちんと区別しておかなければ子どもたちの考える力につながっていきません。授業者は子どもたちに考える力をつけたいと意識していることはよくわかりましたが、実際には教師が求める答につながるような情報をテンポよく与え、その根拠も含めて授業者が答えを教えている授業になっていました。グラフなどの資料の読み取りも、読み取った結果が授業者の求めるものであった時だけ「そうだね」と評価して、解説します。資料を読み取るためにはどこを見ればよいのかといった視点を価値付けしません。読み取る力をつけるための「変化を見る」「変わらないところを見る」といった視点や、「変化した時に何かが起こっているはず」と同じ時期の出来事を調べるといった調べる力を意識することが大切です。
子どもたちは授業者の質問に単発で答を考えて、「あたり」か「はずれ」かを先生に判定してもらうというクイズに参加しているように見えます。また、最終的には授業者が答を解説してまとめてくれるので、子どもたちは深く考える必要はありません。
現地生産が日本と現地ともにメリットがあるという結論で終わりますが、教科書やリンクされている動画をみればそこに答があります。それでは考えが深まりませんし、考える力はつきません。「本当に日本は現地生産したかったの?」、「現地生産がそんなによいことなら、なぜこの年までほとんどなかったの?おかしくない?」といった揺さぶりをかけ、子どもたちに疑問を持たせたいところです。子どもが「えっ!」「どういうこと?」と声をだして初めて子どもたちの課題になり、考え始めると思います。考える力と疑問を持ち課題を見つける力は表裏一体です。子どもに疑問を持たせて自分の課題として考えさせる授業を目指してほしいことを伝えました。
とはいえ、初任者としては、学級経営の基本はできていて、目指す子どもたち姿もしっかりと意識できている先生です。だからこそ、少し厳しめに課題を指摘しました。面談の最後に「まだ質問があれば講演の後に相手するよ」と声をかけたところ、ちゃんと顔を出してたくさん質問をしてくれました。とても意欲的な先生でした。今後の成長がとても楽しみです。

1年生の担任の先生の授業は道徳でした。「はしの うえの おおかみ」という読み物教材を使った授業です。授業者は緊張していたのかあまり表情がありませんでした。言葉づかいはていねいで優しいのですが、なぜが冷たく感じます。その理由は柔らかい口調であっても、「発表することはいいことです」というように発する言葉が第三者目線、上から目線なのです。「発表できるってすごいよね」、「発表してくれてありがとう」といった「Iメッセージ」を使うとよいと思います。授業後に話をした時には、とてもよい表情を見せてくれました。この表情を毎日の授業で子どもたちに見せているのならあまり心配はないと思いましたが、子どもたちに笑顔をたくさん見せてほしいことを指摘しまた。すると、以前に高学年の担任を持った時に学級崩壊した経験があり、自信を無くしていることを話してくれました。初対面の私にそのことを話してくれたということは、克服したいという思いがあるのだと思います。かつては、子どもたちと関係ができる前に指示に従わない子どもを力で押さえようとしたのではないかと思います。まずは「Iメッセージ」を多用して人間関係をつくることを優先し、その上で、子どもたちにとって判断基準がわかりやすい先生となることを意識するとよいことを伝えました。先生の表情から、変わるきっかけをつかんでくれたのではないかと感じました。
道徳の授業は、国語的な読み取りに多くの時間を使っていたのが残念でした。道徳は読み取る力をつけることが目的ではありません。できるだけ早く子どもたちを資料の世界に入らせることがポイントです。感情移入しやすいように抑揚をつけて登場人物の気持ちがわかりやすいような範読を心がけるとよいでしょう。1年生は読み終わった後まで話の内容をきちんと覚えていません。そこで「登場人物は?」といったことを聞いてもちゃんと答えられない子どもたくさんいます。細かい読み取りを子どもたちに問いかけるのではなく、範読をしながらその場その場で黒板に内容を整理すればよいのです。道徳では読み取りに時間をかけるのは無駄です。子どもたちが考える時間を少しでも多くとることが大切です。
指名した子どもにオオカミ役をさせて感情移入させようとします。しかし「意地悪なおおかみをやってくれる人?」と口にしました。おおかみは意地悪をしたのかもしれませんが、意地悪なおおかみとレッテルを貼ってしまうと、この後のおおかみの気持ちの変化に上手くつなげていけません。こういったところも意識をしてほしいと思います。
この教材では、おおかみの気持ちにどれだけ子どもたちを共感させるかが大切です。「砂場で遊ぼうとしたら、そこにいた小さな子どもが場所を譲ってくれたらどう?ちょっと偉くなった気がしない?」と、このおおかみと同じような気持ちに自分たちもなりうることを意識させたいところです。くまが現れたときの気持ちがおおかみに相対した時のうさぎの気持ちであることもしっかり押さえることで、この後のおおかみの気持ちの変化を実感できるのではないでしょうか。道徳の読み物は読み物として内容を理解するのではなく、自分の気持ちと同化させることが大切です。このことを意識すると授業の進め方がはっきりと見えてくると思います。

全体での講演は教科の「見方・考え方」を活かした授業についてお話させていただきました。「見方・考え方」は「主体的・対話的で深い学び」を実現するための根底にあるものであり、教科を学ぶことの本質につながるものとして捉えてほしいことをお伝えしました。今回の新型コロナウイルスのこともそうですが、想定外のことに対してこれが正解だという明確なものがあるわけではありません。その状況下でよりよい答を導き出すために必要となるのが「見方・考え方」です。日ごろの授業の中で答にいたる過程を大切にすることが、「見方・考え方」を育てることにつながります。このことを意識してほしいと思います。

ずいぶん以前にもこの学校でお話をする機会があったのですが、先生方の姿勢が当時とは変わっていたのが印象的でした。研修から学ぼうという前向きな気持ちを参加された先生方から強く感じました。授業を見せいただいた先生、校長や教務主任を含め、学校全体から元気をいただきました。またの機会があることを楽しみにしています。

オンライン研修を行うことから学ぶ

最近は研修をオンラインで行なうことも増えてきました。講演型のオンライン研修であれば、参加者の表情や反応をどう感じ取るかがポイントになります。意図的に反応を求めたりすることが通常の講演以上に重要です。また、参加者同士のかかわり合いを意識しないと受け身の状態がずっと続くので、集中力が切れてしまいます。これらのことはオンラインで授業する場合にも共通だと思います。

特に難しいと感じるのは授業研修です。現地に行って授業研究をおこなっていた他府県の学校では、今年度は新型コロナウイルスの影響でオンラインでの研修となりました。通常であれば授業を見てすぐに検討会を行いますが、私の準備も含めて数週間のタイムラグがあります。時間が経てば印象は薄れてしまいますので、デジタルデータで送ってもらった授業のビデオをポイントごとに編集し、それを配信しながら解説することにしました。
授業のビデオは教室の後ろから先生の動きを撮ったものと正面から子どもたちの動きを撮ったものを用意していただきました。それを視聴しながら授業の解説を考えていきます。
今回の研修は高校の物理の波の導入場面でした。波は変化するのでイメージしづらいので、動画やアニメーションを多用してわかりやすく教える授業でした。一通り視聴した後、授業者のねらいと授業のポイントを箇条書きで整理し、それを元に授業の場面を切り取っていく作業を行います。子どもたちが集中する場面や集中が切れる場面などを切り取るように意識しました。
編集しながら思ったのは、動画やアニメーションを上手く選び、柔らかい口調の解説と合わせてとてもわかりやすい授業なので、このまま分割してキーワードを字幕にして入れれば立派なオンデマンドの教材となりそうだということです。昨今の授業は「主体的・対話的で深い学び」が問われていますが、ベテランの講義型で教えるテクニックはオンデマンドでまだまだいかせると思います。日ごろの授業を録画して、うまく編集すれば立派なオンライン教材ができそうです。
一人一台の環境がもうすぐこの学校でも整いますが、今のうちに授業を撮りためてコンテンツ化するとよいと思いました。最近の編集ソフトはとても使いやすくなっていますので、ポイントごとに短くカットしてオンデマンド教材にするのであれば、すぐにでも手がつくと思います。すべての場面が利用できなくても、いくつかの場面だけでもコンテンツ化できればととても意味のあることだと思います。また、編集作業をすることで、授業のねらいやポイントとなる場面が明確になり、授業改善にもつながっていきます。ぜひ、挑戦してほしいと思います。

手前味噌ですが、ポイントを絞った場面を動画で見てもらいながら解説するので、通常の検討会よりも伝わりやすかったと思います。動画で事実を見せると説得力が違います。画面越しに見える先生方の視線は思った以上に集中していました。また、私にとっても事前にビデオでじっくりと授業と向き合うことで新たな発見がたくさんありました。事前準備は大変ですが、私にとっても参加者にとっても意味のある研修になったと思いました。

先生方にはこの授業のよさやICTを活用することでわかりやすい授業とするポイントを話させていただきましたが、オンデマンドの教材の充実と反転授業の可能性についても意識してほしいとお願いしました。質の高いオンデマンド教材を前提とすることで、教室では対話を重視した深い学びが実現できるはずです。これからの時代に対応する、新しい授業(学び)の形を視野に入れてほしいことをお伝えしました。

オンラインの研修を通じて、新たな発見がたくさんありました。新型コロナウイルスも負の側面ばかりでないことを感じました。

先生方の成長と挑戦意欲を感じる

小学校で先生方全員に授業アドバイスを行ってきました。1年ほど訪問しない時期がありましたが、7年間かかわらせていただいている学校です。今年度初めての訪問でした。

何よりうれしかったのが、どの学級の子どもたちも落ち着いて授業に参加していたことです。新型コロナウイルスの影響で、子どもたちの机の距離が空いていたり、気軽にまわりと相談する雰囲気がなかったりと気になるところもありますが、先生と子どもたちの関係は良好でした。学級づくりの基本が学校全体に浸透しているのを感じました。

初めての訪問の時はまだ講師だった先生が1年生の担任をされていました。見せていただいたのはこの先生の7年間の成長を本当に感じさせてくれる算数の授業でした。
△を移動して組み合わせを変えて別の形にする課題で、黒板に貼った△を、指名した子どもに移動させました。発表者ではなく、他の子どもにその動作を言葉で説明させます。1年生なので拙い言葉ですが、授業者は柔らかい表情で受け止めながら、他の子どもが聞けているかを見ています。どの場面でも一人ひとりの子どもたちの様子をしっかりと見ようとしています。2人目の子どもの説明の後に、「違った表現をしてくれたね」と表現の違いを意識させ、授業者が黒板の図形を動かしながら発表者がどんな表現をしたかを思い出させます。「ずらす」という言葉をキーワードとして共有した後、「○○さんが言ってくれた『ずらす』」とキーワードの前に発言者の名前をつけて、何度も利用しました。子どもの自己有用感と子どもの言葉で授業をつくることを大切にしていることがよくわかりました。
1年生ですので指示を徹底させるのも大変です。これからやる作業を簡潔に説明して見通しを持たせた後、「まず○○をして」と最初の活動だけを指示し説明を止めます。全体の動きを見ながらスモールステップで指示を出しながら子どもたちを活動させました。指示や行動一つひとつに明確な意図が感じられました。
教師としての基本的な力量も姿勢も十分に育っていることがわかります。自分自身で学び成長ができる先生です。今後どのような先生になっていくのか将来がとても楽しみです。

初任から4年目の5年生の担任もずいぶん成長していました。社会科の自動車産業の現地生産の授業でしたが、日本メーカーの海外でのCMを見せて商品に求められるものが市場によって異なることに気づかせようとしていました。学年主任の先生と一緒に教材研究をしっかりしていることがよくわかるものでした。初任のころは、一方的にしゃべったり、表情が動かなかったりと子どもたちとのやり取りが上手くできていませんでしたが、この授業では子どもの反応を笑顔で待つ余裕もありました。子どもたちもよく反応し、子どもたちとのやり取りで楽しく授業が進んでいます。心配なのは授業者の体の向きがほぼ固定されていたことでした。どうしてもよく反応をする関係のよい子どもたちのいる方向を向いてしまうのです。子どもたちとたくさんやり取りをする活発な授業に見えるのですが、参加できていない子どもが一定数いることを意識してほしいと思います。ペアやグループの活動が制限されているので、授業中に参加できない子どもがどうしても増えてしまいます。そういった子どもたちに意識を向け、全員参加を目指すことが大切です。関係のいい子どもたちとだけで授業をつくれば表面的には活発で楽しいものになりますが、それではいけないのです。このことを意識すれば次のステップにレベルアップできると思います。今後の成長を見守りたいと思います。

同じ5年生の学年主任の授業は社会科の自動車産業の工夫についての授業でした。これからの自動車はどのようなっていくのかを一人一台のタブレットを使って学習する場面です。GIGAスクールを視野に入れた挑戦的な授業でした。
子どもたちにこれからの自動車はどのようになるかについてネットで調べさせます。環境にやさしい自動車の特徴などをタブレット上でまとめ、ネット上にアップして互いに見られるようにします。授業者としてはこれを見ることで子どもたちが情報を共有し、考えを深めていくことをねらっていたのですが、この場面にたどり着くまでに時間を使いすぎて情報を共有するための時間を十分にとれません。そこで、授業者が子どもの書いたものをいくつか選び、それを全員で見ながら共有します。例えば、水素自動車について調べた子どもは、二酸化炭素を出さないので環境に優しいと書いていましたが、二酸化炭素を出さないとは何を意味するのか、それがなぜ環境に優しいのかはわかっていません。結局授業者がそのことを説明することになります。ハイブリッド車を取り上げた子どもはインフラの整備が必要ないことを長所として取り上げていますが、そもそも「インフラ」という言葉を、他の子どもはもとより本人もわかっていません。残念ながら子どもたちはネットで見つけたものをコピー&ペーストして解答をつくる作業をしているだけで、自分の課題や疑問として考えてはいないのです。作業に多くの時間をかけていたのですが、全員が提出できる状態になるのを待っているからです。一定数の子どもは作業を終えてネットを見ていますが、疑問を持ったり課題意識を持ったりして考えを深めているわけではありません。手がかりがつかめず動き出すのに時間がかかる子どもと、答を書き終って時間をつぶしてい子どもに分かれていて、ともに無駄な時間が多いのです。
今後、一人一台のタブレットが普及すると、子どもが調べたことをまとめて共有するという授業が多く行われることになりそうです。この授業でもわかるように単に調べたことをまとめて共有するというだけでは上手くいきません。その理由は大きく二つあります。
一つは、子どもたちはよほど鍛えていないと答らしきものが見つかるとそれで満足してしまい、それ以上は深く考えようとしないからです。とりあえず調べればわかるようなものに時間をかける必要はありません。今回の例でいえば、水素自動車やハイブリッド車の表面的な情報はできるだけ早く発表させるか、全体の場で授業者が調べて見せて共有するのです。その後、そこから見つかる新たな疑問や課題の解決に時間をかけるのです。「二酸化炭素を出さないってどういうこと?」「二酸化炭素を出さないことがどうして環境に優しいの?」「環境に優しいとどういうこと?」「ガソリンでなくて水素を燃料にするっていうけど、水素はどこにあるの?」・・・といったことを子どもたちの疑問として引き出し、「水素をつくるにもエネルギーがいるけど、本当にそれで環境に優しいの?」といった課題について考えさせることに時間を使うのです。
もう一つは共有の仕方です。学級全員の考えをネットにアップして見ようとしても、一つひとつチェックするのに時間がとてもかかります。一人一台のタブレットがあれば考えの共有が簡単にできるというのは幻想なのです。全員の考えを共有したいのであれば、一度に全部を公開するのではなく、一人の考えを全体で共有し、「○○さんと似た考えの人提出してくれるかな?」として、同じような考えを共有し違いがあればそれを確認するとよいでしょう。他の意見や考えも同様にして、取り上げていくことで効率的に考えを共有することができます。提出箱を複数作れるような環境であれば、近い考えごとに同じ提出箱に提出させるという方法もあります。書き終えた子どもからネット上に提出して少しずつでも見られるようにするという方法もあります。単に一斉に提出して共有しようというのは現実には難しいので、いろいろな工夫が必要になります。
結果ではなく、作業過程を逐次共有する発想もあります。リアルタイムに他のメンバーが書いているものを見ることができるようなサービス(ソフト)もあります。手がかりが見つからずなかなか手がつかない子どもにとって、友だちがどのような資料を見ているのか、どうやって見つけたのかといった情報はとても重要です。結果だけを共有しても、自分で結論を導き出すことができるようにはなりません。友だちの手元を覗いたりして情報を集めることもできますが、一人一台のタブレット環境ではそれもなかなかかないません。作業の途中で、「困っていることない?」「どうやって調べている?」と、手がかりになる情報を共有する時間をとることで、困っている子どもが動き出す助けになります。

今回このような授業に挑戦したことで、授業者は大切なポイントに気づくことができたようです。自分の授業を反省しながら、次の時間の授業をどのようにしようかとその場でいろいろと考えてくれました。こういう姿勢で毎日の授業に臨めば確実に力がついてきます。この経験が学校全体にとっても大きな財産となってくれると思います。

この学校では、毎回全員の授業を見せていただきます。一人わずか10分足らずしか見ることができないのですが、事前に学年の先生同士でどんな授業にしようかと相談して毎回工夫してくれています。私が授業を見てアドバイスすること以上に、これを機会に全員の先生方が毎回授業を工夫してくれることが校長のねらいのようです。私を上手く使っていただけることがありがたいです。
授業後に全員とお話をさせていただきますが、学年の先生は必ず同席して全員の話を聞ききます。先生同士の壁をなくし、チームとして学年で授業改善に取り組む雰囲気を醸成しています。ベテランも若手も関係なく、互いに学び合う姿勢ができてきているのが、この学校のよさだと思います。

次回の訪問も挑戦的で意欲的な授業をたくさん見せていただけることと楽しみにしています。

どのような授業を目指すのかを相談

私立の中学校高等学校で授業アドバイスを行ってきました。この日は12月に研究授業を行う先生方との事前相談を中心に行いました。目指す授業や子どもの姿、困っていることなどをお聞きしました。

この学校へ来て日の浅い若手の先生は、以前勤務していた学校との違いから、子どもたちとのかかわり方を模索しているようです。子どもたちがおとなしく、こちらからの言葉に反応してくれないのでどうすればよいかを考えていました。私からは、子どもたちに反応を求め、ちょっとした反応もポジティブにとらえることをお話ししました。「反応してくれたね、ありがとう」とIメッセージを使い、安心して自分の気持ちや考えを外化できる雰囲気をつくるのです。また、答や結論ではなく、困ったことや考えの過程を問うことも大切です。正解・不正解を判定されるような質問に対しては自信がないと答えづらくなるからです。新型コロナウイルス対策で子どもとの関係をつくりづらくなっているので、特に意識することが必要だと思います。

知識をもとに考える力をつけたいと話してくれる先生がいました。しかし、話をうかがっていると、知識をもとに先生の求める答にたどり着いてほしいという授業になっているように感じました。先生の提示する質問に子どもたちが答えるという図式からは逃れられていないようでした。主体性を意識して、まず、子どもたちが疑問を持つことを大切にしてほしいとお伝えしたのですが、子どもたちの疑問が広がったり、自分が答えられない疑問だったりしたらどうしようと、戸惑われました。気持ちはよくわかりますが、すべての疑問を授業で取り上げる必要もなければ、先生がすべてを答える必要もありません。個人の課題としてプライベートで追究したり、先生が子どもと一緒に疑問に取り組んだりすればよいのです。正解のない問題に取り組むことの経験はこれからの時代を生き抜くためには重要です。授業に対する考え方を少し広げていただければと思います。

子どもたちと積極的にかかわりながら授業を進めたいと語ってくれる先生がいらっしゃいました。とてもよいことだと思います。ただ反応を求めるだけでは子どもとのかかわりはつくれません。最初の方へのアドバイス同様、子どもたちが答えやすい質問や、反応をポジティブに評価し、かかわり合う雰囲気をつくっていくことが必要です。気をつけてほしいのが、新型コロナウイルスの影響で子ども同士を直接かかわらせなくなっているので、反応する子どもと先生だけとのかかわりになりやすいことです。「○○さんの考えになるほどと思った人?」と他の子どもに反応を求めたり、反応しない子どもにも「○○さんの意見をどう思う?」と積極的に指名したりして、先生が仲介者となって意図的にかかわりをつくることが大切です。自分が子どもとかかわることだけで満足せず、子ども同士がかかわることを意識してほしいと思います。

子どもたちの考えを深める授業を新しくつくりだしたいと考える先生もいらっしゃいました。SDGsからテーマを選び、その問題を考える視点をいくつも示し、それを参考に子どもたちに自由な視点で追究させるというものです。考えを深めさせるために、同じ課題を異なる視点で追究した子どもたちを一つのグループにして互いの考えを持ち寄り、最終的に一つの発表にするという活動を考えられていました。調べたことをもとに考えを発表させても、ネットで拾い集めた情報をまとめただけの浅いものになりがちです。そこからもう一段考えを深めるためのプロセスを考えているのは素晴らしいと思います。
また、今実施している1年生の授業では、自由に制作をさせているそうですが、先生も驚くほど質の高いものをつくるグループもあったようです。その作品をみせていただきました。オリジナルの物語をパステル調の絵柄のデジタル絵本にしたものですが、自分たちで英語のナレーションと字幕を付け、BGMも入っています。10分以上の力作です。ちらっと見せていただくつもりが最後まで引き込まれてしまいました。もちろんこのような素晴らしい作品ばかりではないでしょうが、子どもたちの可能性を見せていただきました。多様な課題や活動の場を設定することで、子どもたちが自分の個性を発揮する機会が増えると思います。先生方がどの子どもにも活躍する機会を与えることを意識されることを願っています。この先生には今回の作品に示されるような子どもたちの素晴らしさを他の子どもたちや先生、保護者に紹介していただくようお願いしました。

他校で経験をしっかりと積んでいる先生は、この学校のやり方となじめているか心配していましたが、うまく順応しているようで安心しました。12月の研究授業では、子どもたちの活動量と技術面の向上とのバランスを工夫した授業を見せてくれそうです。
一緒に教育実習生の授業を見学して、改善すべき点について意見を交換しましたが、明確にポイントを押さえておられました。また、自分から申し出て一緒にこの授業を見学した他の教科の先生も、授業規律に関して非常によい視点でコメントしてくれました。若手ですが、授業見るたびに成長している方です。授業規律や子どもとのかかわり方をしっかり意識して取り組んでおられるので、この視点で授業を見る目が育っているのでしょう。

空いた時間に何人かの先生とお話ししました。その中で話題になったことでこの学校でこれから考えるべきだと感じたことに、知識の習得のための時間と子どもたちが課題解決に取り組む時間とのバランスの問題がありました。課題解決のためには知識が必要です。課題解決の過程で必要と感じることで、子どもたちが知識を習得していくことは期待できますが、基本となる知識はきちんと身につけることが必要です。ただ、授業で知識の習得を全員一律に徹底しようとすると、時間がかかりすぎます。お話をうかがった先生は、課題解決の時間を多くとるため、教科書の内容の解説をいくつかの短い動画にして、知識面の理解で困っている子どもが自由に見て学習できるようにされているそうです。子ども自身で必要に応じて動画を見て学習する方法はこれから普及してくると思います。こういったコンテンツが増えてくれば、授業のあり方も大きく変わってきます。子どもたちが自分に合った学び方を自分で選ぶ時代が近づいてきているのを感じます。このような考え方を学校の先生方で共有し、組織的にコンテンツを整備できるようになるとよいと思います。

子どもたちの様子は、どの学年も落ち着いていました。1年生の授業への取り組みも以前と比べるとよくなってきているように思います。今回感じたのは、よくも悪くも学年やコース間の差が見られなくなっているということです。ほどほどに集中し、指示されたことは最低限する。しかし、積極的に学習に取り組むエネルギーは全体的に下がっているようです。とはいえ、騒がず静かに指示したことをやるのですから、解説中心の授業を進める先生にとってはこれほど楽な状態はありません。しかし、この状態をよしとするのは、とても危険です。学校にとって一番大切な、子どもたちの学びに対するエネルギーが以前と比べて確実に減っていることを大きな問題ととらえてほしいと思います。
ICT活用は以前と比べて進んではいますが、使うべきところに使われていないことが気になります。机の上にiPadがでていても、子どもたちが自由に使っていない場面が目につきます。ある先生は、自分のノートをひたすら黒板に写していました。その間子どもたちを振り返ることはしません。一方の子どもたちは黙々とそれをノートに写しています。ノートの横にiPadがなければ、昭和の時代にタイムスリップしたのかと錯覚しそうな授業でした。また、黒板に大きく先生がチョークで図を書いている授業がありました。先生はそれを使って解説しているのですが、子どもたちは手元のiPadで図を見ながら話を聞いています。これも異様な光景に感じます。解説をしっかり聞かせたいのであれば、図はスクリーンに映して顔を上げさせ、こちらに集中させるようにしたほうがよいでしょう。板書は時間のムダです。もちろんよい活用もたくさんありますが、玉石混淆です。互いに授業を見合って、よりよい活用を目指してほしいと思います。

この学校では12月に、一人一台のiPadの導入から現在までの足跡を、子どもたちと授業をする教員の視点で発表する会を予定しています。これから多くの学校で先生方が一人一台のPC活用で悩むことと思います。その悩みを少しでも減らせるようにとの思いから開催を思い立ったようです。とても意義のあることだと思います。いつものように子どもたちにも自分たちの経験を発表する場面を用意するようです。私からは、失敗も含めてどのようなことが起こったか、そして先生方それにどう対処し、学校がどう変化していったかを飾らずに発表していただくことをお願いしました。この学校で起こったことはどの学校でも起こりうることです。自分たちの学校のちょっと未来を見ることで、先生方の不安も減ることと思います。多くの先生方が参加されることを願っています。平日の開催なので、出張が難しい先生方のためにオンラインの生中継も検討するようにお願いしました。
当日を楽しみにしたいと思います。

第13回教育と笑いの会

画像1 画像1
第13回教育と笑いの会はオンラインで行ないます。
直前のお知らせになりましたが、是非ご参加ください、

期 日
令和2年11月28日(土)
●時 間
13時30分〜16時00分 (13時00分より接続いただけます)
●場 所
YoutubeLive(パソコン・スマートフォンがあれば、どこからでもご参加いただけます)
●参加費
無料 ※事前のお申込みが必要です
●主 催
教育と笑いの会 / 授業と学び研究所
●協 賛
EDUCOM
●申込み
人数把握のためホームページより11月26日までにお申し込みをお願いいたします。

※期日前日に、お申し込みの際に入力いただいたメールアドレス宛に接続URLをお送りいたします。

考えることを意識した授業

小学校で授業研究の助言を行ってきました。

5年生の社会科の授業でした。元気のよい子どもたちで、授業前に授業者と楽しそうにやり取りをしています。先生との関係のよさを感じました。ちょっとテンションの高いのが気になりましたが、授業者が「授業を始めるよ」と声をかけるとすぐに落ち着き集中しました。学級の規律がしっかりしています。
授業は食料自給率の低下とそれに伴う問題を考えさせようというものです。授業者は資料を読み取り考えさせる場面をたくさん用意していました。「考える」ことを大切にしようという思いがよくわかります。
前時の復習として食料自給率の低下を確認します。最初に食料自給率とは何かをたずねました。発言する子どもの方を見ようと身体を動かす子どもがたくさんいます。よい授業規律ができつつあります。しかし、発表者の方を向かない子どももまだいます。発言を聞こうとしている子どもをほめたり、価値付けしたりすることがまだ必要です。よい行動を強化し、広げていくことをして100%を目指さないと学級全体に定着する前によい規律がなくなってしまいます。
何人か指名しましたが、今一つ定義ははっきりしません。授業者は子どもの発言をていねいに聞くのですが、他の子どもに「どう?」とつないで確認をしません。復習ですからノートや教科書を確認すれば済むことです。覚えていることは大切ですが、思い出せなければ確認するという基本をきちんと身につけさせる必要があります。「ノートを見ないということは自信があるということだね」といった言葉をかけて、子どもを動かす必要があります。こうすればすぐに確認できるので、ムダに指名する時間を減らすことができます。
続いて、特に資料を与えずに、昔と今では和食と洋食どちらがよく食べられていたかを時間を与えて考えさせます。根拠となる資料を与えないのであれば、考えるのではなく想像するだけになります。無責任に答えるのでテンションは上がりますが、時間をかける意味はありません。子どもの興味を引くことができればすぐに次の展開をすべきです。
洋食が増えたという結果を示した後、食料自給率が下がった理由を考えさせます。子どもたちは教科書を見ながら考えますが、根拠となる資料は特にないので、教科書から答探しをするだけです。しばらく時間を使うのですが、答らしきものが見つかった子どもはすることがないので手遊びをしています。時間を与えても、とりあえずの答を見つけるとそれ以上考えることはしないので、ここもあまり時間をかける意味はありません。挙手で発表させますが、「輸入に頼っているから」「洋食が増えたから」といった浅い答しか出て聞きません。個人の活動に時間をかけても考えは深まりません。グループなら友だちと聞きあうことで深まることもありますが、ソーシャルディスタンスのこともあり、グループ活動は自粛しています。それならば、浅い答でよいのですぐに発表させて、それを元に考えを深める切り返しをすることを考えるべきでしょう。
子どもの発言に対して授業者が補足説明をして、消費食料の構成比の円グラフをディスプレイに提示します。教科書は、60年前と今のものを並べて示してありますが、授業者はあえて60年前のものだけを提示しました。これを元に今はどうなっているのか考えさせようという意図です。考える場面をたくさんつくろうと意識していますが、根拠となる資料や事実がはっきりしません。先ほどの「輸入が増えたから」を意識するのであれば「輸入が多い食料」や「外国産と国産の価格差」の資料を、「洋食が増えたから」を意識するのであれば「和食と洋食で使われる食材の割合」といった資料を用意することが必要でしょう。また、とりあえず想像させたいのならば、その後裏付けとなる資料を探すといった活動が必要になります。根拠を意識して考えることを大切にしてほしいと思います。
続いて食料品別の輸入量の変化のグラフを見てどんな食品が多く輸入されているか確認し、食生活の変化と食品の輸入量の変化から輸入する食品が増えた理由を考えさせます。しかし、どこまで行っても、最初に示された洋食が増えた(食生活の変化)ということ以外にこれらの資料から推論できる理由はありません。多くの時間を使いましたが、考えが深まることはありません。後から資料が出てきますが、結論が先に出ているので資料を読み取る意味もあまりありません。子どもたちが困ったり、疑問に思ったりすることがないので、集中力は落ちていきます。授業の始めと比べても、友だちの発表を聞く意欲も落ちています。発言者を見る子どもは減ってきました。
主課題は食料自給率が減ることの問題を考えることでしたが、残された時間は10分ほどしかありません。授業者は食の安全の問題が子どもたちから出てくることを期待していたようですが、その言葉がでてくる根拠となる資料や情報はありません。結局時間切れで、子どもたちからは授業者が期待する言葉はあまり出てきませんでした。

授業者は緊張してテンポが悪くなったと反省していました。後ろに先生が立っているので子どもたちが圧を感じていつものように発言してくれなかったこともそれに拍車をかけたようです。思い切って活動を省略したり、先に進むことをあきらめて次の時間に持ち越したりしたかったようですが、研究授業なので指導案をどおりにやらないといけないとプレッシャーがかかっていたようです。研究授業ではふだんどおりにはなかなかできないようです。指導案どおりにいかなくても、子どもの反応で授業をつくっていくことを評価する空気を学校内に作りたいものです。
45分の授業で主課題に焦点を当てるのであれば、そこまでの仕込みは15分かせいぜい20分で済ます必要があると思います。
例えば、最初に消費食料の構成比のグラフを比較して何が増えて何が減ったかを確認し、「この60年の間に何が起こった?」と問いかけることから始めてもよいと思います。「肉を食べるようになった」といった単純な答でいいので、数人を指名して発言させます。続いて、「君たちが、農家や畜産家なら何をつくる?」「スーパーマーケットや食料品店だったら何を仕入れる?」と問いかけて答を引き出します。意見が分かれれば、その理由を簡単に聞き、日本の食料生産の資料に穴をあけた物を提示、子どもたちが発表した理由を根拠に値を想像させます。国内生産で足りないことに気づけばどうするかを問いかけ、輸入という言葉が出てくれ、「じゃあ輸入を見てみよう」と食品別の輸入量の変化を見せます。このような流れであれば、20分以内で終われると思います。
なぜ輸入に頼っているのかを考えさせるのであれば、「何で輸入するの?日本でもっとつくればいいんじゃない?みんな食べたいんだから?」と揺さぶって考えさるといったやり方もあります。「どんな資料がほしい?」と子どもたちに聞いてから資料を見せてもよいでしょう。一人一台のPCが整備されれば自分で資料を探させることもできます。
食の安全を考えさせるのであれば、新聞記事などを用意しておくことも必要です。知らなければ答えられない問いは、根拠となるものを与えなければ知っている子どもしか答えられません。こういったこと意識してほしいと思います。

検討会では、「主体的・対話的で深い学び」について、少し具体的にお話ししました。子どもたちに「考えろ」と言っても考えてはくれません。「考えたい」と思ってくれることが大切です。そのきっかけとなるのは、疑問を持つことや困ることです。「わかった」とうなずく子どもより、「はてな?」「困ったな?」と首をかしげる子どもに発言させることが大切です。疑問や困ったことを発信することをしっかりと価値付けし、「わからない」と堂々と言える雰囲気の教室をつくるようにお願いしました。
個人で考えさせる場面では、とりあえずの答がみつかると子どもたちはそこで考えることを止めてしまいます。時間をたくさん与えるより、とりあえずの答を出させてから切り返していくことが必要です。ソーシャルディスタンスの関係でグループやペア活動などの対話活動が難しいのであれば、先生が間に入ってつなぐことで対話させるようにするとよいでしょう。「○○さんの意見に納得した人?」「○○さんの意見を聞いてどう思った?」「あなたと同じ?違う?」とつなぎながら、考えを共有し、新しい疑問を見つけさせ、考えを深めていくのです。
ソーシャルディスタンスでできないことを嘆いても仕方ありません。今できる範囲で工夫することが大切です。新型コロナウイルスが落ち着いた時には選択肢が増え、授業の幅が広がっているはずです。困難な状況を前向きにとらえてプラスに変えてほしいと思います。
次回は三学期の訪問ですが、どのような変化が見られるか楽しみです。

わかりやすい授業はよい授業か?

子どもたちからの「わかりやすい授業」という評価は先生にとってうれしいものです。私も子どもたちから「今日の授業はよくわかった」と言わるとうれしく思ったものでした。ところがその後試験をしてみると、期待していたほど点数が取れないことがよくありました。逆によくわからなかったという時の方が試験のできがよかったりするのです。「わかりやすい授業」が本当によい授業なのか少し考えてみたいと思います。

子どもたちは授業がよくわかったと思うとそれで満足して、家で復習したり新たな問題に取り組んだりしないようでした。逆によくわからなかった時は友だちに聞いたり自分でもう一度問題に取り組んだりしていたようです。子どもたちがわかりやすいと言ってくれた授業は、単にわかったつもりにさせているだけだったのです。そのことに気づいてから、「もうちょっとでわかりそう」な授業を目指すようになりました。「全然わからない」だと、子どもたちはあきらめてしまいます。「もうちょっと頑張ればわかりそう」というさじ加減が難しいところです。上手くいったと思える時は、授業が終わった後、子どもたちは黒板の前で授業の内容について聞き合っています。子どもたちのわかりたいという意欲が伝わってきます。

授業評価アンケートをとる学校が増えてきましたが、「授業がわかりやすい」という項目の評価が高いからといって、必ずしもよい授業とは言えません。どうやら多くの場合、子どもたちの思う「わかりやすい」が「試験に出る問題」「試験前に何を覚えておけばよいか」がわかりやすいということのようだからです。試験に何が出題されるかがわかれば点数を取りやすく、また、試験で点を取れれば子どもたちがその授業を評価してくれるので、子どもたちも先生も互いにそれで満足しているのです。これがエスカレートしていくと、授業の内容を理解し考えることよりも、板書を写しワークシートの穴埋めをして試験対策が効率よくできるノートづくりを優先するようになってしまいます。先生も試験で点数を取らせることが目的化して、極端な場合は試験問題を事前に教えたりします。子どものやる気は試験の点数とある程度相関がありますので、こういったこと全否定することはしませんが、受け身で覚えることが学習だと勘違いした子どもを育てることにつながってしまうように思います。
その一方で同じようにわかりやすいと評価される授業でも、自分たちで相談してわからないところを解決するといった全く異なったスタイルのものもあります。最初の内は正解を教えてほしい、早く答が知りたいと不評だったりするのですが、わからないことを自分たちで考え、一つずつ納得しながら解決していくことを積み重ねていくと「よくわかる」「楽しい」と評価が好転していくようです。子どもたちが疑問を持ったり困ったりすることで受け身ではなく主体的に学ぶようになっていくからなのでしょう。子どもたちを「困らせる」授業が「わかりやすい」授業へとつながっているのです。

一口にわかりやすい授業といっても、そのあり方は多様です。自分がどのようなわかりやすさを求めているのか、一度振り返ってみるとことをお勧めします。

学校が前に向かい出す

私立の中学校高等学校で授業アドバイスを行ってきました。夏休みが明けてから2回目の訪問です。

中学校高等学校ともに、子どもたちは落ち着いて授業に向かっていました。
高等学校では定期試験前で自習が多かったこともあるのでしょうが、前回と比べて教師が一方的にしゃべり続ける授業は減っていたようにと思いました。また、子どもたちがiPadを使う場面が少なかった1年生も、かなり活用され始めていました。研修を推進している先生方がICTの活用を積極的に働きかけている成果だと思います。単にネットで検索するだけでなく、子どもたちが考えを共有したり、協働制作したりといったりといった、多様な活用を見ることができます。この日見た中で面白い活用をしている授業がいくつかありました。
一つはベテランの先生の古典の授業でした。子どもたちが授業者の解説をリアルタイムにiPad上でまとめていきます。本文のテキストはデジタルで配布され、そこに線を引いたり、メモやポイントをかき込んだりとノートの代わりとして上手に使っています。手書きもキーボード入力も可能ですが、多くの子どもたちはキーボードを使って素早く書き込んでいます。聞いたことをリアルタイムにまとめるのは、板書を写すよりはるかに高い能力が必要です。iPadが子どもたちの道具となっているがよくわかります。全員がリアルタイムにまとめることできないかもしれませんが、ネットワーク上でノートを共有することができるので、友だちのものを参考にして修正や付け足して完成させていくことができます。授業者もリアルタイムに確認できますので、子どもたちのノートの内容に応じて必要ならば補足するといった判断もできます。これからの時代のノートのあり方を見せていただけたように思いました。
もう一つは若手の数学の授業でした。子どもたちはiPadの共有ツール上で問題を解いています。わからないところがあればその画面のスナップショットに質問を添えて授業者に送ります。授業者はそこにヒントや解説を書き込んだものを返送しています。手軽に個別対応するための添削ツールとして活用していました。子どもたちは机間指導をする先生に声をかけるより質問しやすいようです。ただ、このやり方では、授業者と個人との1対1の閉じた世界でのやりとりになります。内容によっては全体に共有した方がよいものもあるはずです。時には子どもたちの作業の手を止めさせ、質問をスクリーンに映して、「同じところで困っている人いない?」とつまずきを共有し、どうすればよいかを学級全体で考えるとよいとアドバイスしました。それに対して、授業者は試験の解説の後に再試験をすることで、子ども同士をかかわらせる場面をつくっていると報告してくれました。友だちと相談してもよいので、完璧にできるようになることを目標にして再度取り組むのです。これまでこの先生は、子どもからなかなか反応が返ってこないので一方的に説明する授業になっていたのですが、ICTを活用することで自分にあった授業スタイルを見つけたようです。授業改善に対する意欲も上がり、これからもいろいろな工夫をしてくれそうです。
訪問するたびにこのような意欲的な取り組みを見ることができます。こういった取り組みを学校全体で共有する機会を継続的に持てるとよいと思います。

特別進学のコースでは、子どもたちが集中して授業を受けていました。特に3年生は、受験に直結しないような課題に対しても主体的に取り組んでいる姿が印象的でした。どのグループも額を寄せ合って真剣に取り組んでいます。3年間かけて育ててきたからこその姿でしょう。1年生、2年生も先輩に負けないように育ってくれることを期待します。

一般のコースでは、前回と同じく1年生の受け身な姿が目立ちました。全体的に表情が乏しく、先生の話を集中して聞いていません。指示されたことはこなしますが、授業に向かうエネルギーをあまり感じませんでした。子ども同士が自然にかかわることができるような場面ではよい表情を見せてくれるのですが、そのような姿を見ることが他の学年と比べても少なかったのが残念でした。意図的に子ども同士をかかわらせる場面をつくる必要があると思います。
子どもたちの出力の場面が減っているためか、2年生も今一つ学習意欲が感じられませんでした。しかし、個別に問題を解く場面などでは、子ども同士がまわりと相談している姿をよく見ることができます。ある若手の英語の授業では、ペアで答の確認をするように指示をすると、すぐに楽しそうな表情で活動に移りました。もともとかかわることはできる子どもたちなので、新型コロナウイルスの対策で直接かかわらせることが憚られるのであれば、「○○さんの考えについてどう思った?」「なるほどと思った人」と授業者が子ども同士を橋渡しすることでつないでいくとよいと思います。
先ほどの若手は子どもたち一人ひとりとしっかり目を合わせながら授業を進めています。どの子どもも前のめりで授業に集中していました。毎日の授業の中で子どもとの関係をしっかりつくっていることがよくわかります。日々子どもたちの様子をもとに授業を振り返り、課題を素直に認めて改善しようとしていることが、この子どもたちの姿につながっていると思います。この先生の成長を見ることは、私の励みにもなっています。
3年生は、理科系志望の数学の授業などは学級全体がとても集中していましたが、子どもの集中度がバラバラの学級も目につきます。推薦志望の子どもたちは、推薦に影響する試験が終わっているので意欲が下がってしまうのかもしれません。一生学び続けるという気持ちを持たせることが大切ですが、入試をゴールと捉える子どもが多いのが現実です。1年生の段階から学びに対する姿勢を育てていくことが求められると思います。

キャリアを意識したコースでは、子どもたちの明るい声をいくつかの教室で聞くことができました。とはいえ、やはり昨年までと比べると子どもたちの授業中の反応は少なくなっているように思います。特に1年生の教室で反応が少ないことが気になります。反応がないのであきらめて教師が説明するのではく、子どもたちが反応できるまで待つ姿勢が大切です。まずは、うなずく、手を挙げるといた体の反応を求めることから始めるとよいでしょう。そしてその反応を、「うなずいてくれたね」「反応してくれたね」「ありがとう」とIメッセージでほめることで、しだいに子どもたちから言葉を引き出せるようになると思います。
前回訪問した時に気なった1年生のある学級は、まだ子どもたちが小集団化したままでした。文化祭等も近づいているので、こういった行事を活用して子ども同士の関係をつくるようにしてほしいと思います。

中学校は2年生の学級のカラーの違いが大きいことが気になりました。一つの学級は、女子が小集団化してまとまりがなく、男子は女子に比べてエネルギーが低く、学級全体としてまとまりがないように見えました。もう一方の学級は担任がしっかりと学級をコントロールできているようですが、その反面子どもたちの自主性が育っていないように見えることが気になります。学年の一体感が感じられず、問題行動が起きやすい状況に思えます。子ども同士が協力して何かを達成する経験が必要でしょう。学校行事などは、学級単位ではなく学年として何かをつくり上げることを目指すとよいと思います。
3年生は多くの子どもが互いにかかわれるようになっているのですが、それゆえに孤立している子どもの姿も目立ちます。グループ活動の場面では、先生方はかかわりながら活動できている子どもたちとかかわることが多いように見えます。グループと距離を置いている子どもをどうかかわらせるかを意識した支援をしてほしいと思います。
1年生は創作ダンスの練習をしている場面を見ました。特に気になったのが、男子がグループとして動けていないことでした。女子は一部の子どもを除いては一つにまとまって動けていましたが、男子はどのグループでも一人孤立して参加できていない子どもが目につきました。孤立していなくても2人だけでしゃべっている者がいたりして、集団としてまとまることができていません。全体的にコミュニケーションがうまく取れないようです。まずは形式的にでも一緒に行動することを意識させたいところです。グループの活動の中で、全員で一緒に動かなければいけない場面をつくることが必要だと思います。例えば、自分たちの進歩の様子を紹介する動画をつくって本番前に上映するといった活動を組み込むとよいかもしれません。毎回の練習の最後にその時点での全員が踊る姿を録画することで、全員が一緒に行動をする場面をつくるのです。
今年は年度当初に学校に来られない時期があったため、特に子ども同士の人間関係をつくりにくかったと思います。焦らずにていねいに子どもたちの関係をつくることをしてほしいと思います。

ある教科主任の先生から、新学習指導要領のカリキュラムについて先生方の意見が平行線で中々まとまらないと相談を受けました。とはいえ、まとまらないのは、以前はなかなか意見を言えなかった先生も声を出せるようになり、先生方が本音で議論できることの結果だと前向きにとらえています。まだまだ若手の先生なのですが、まとまらないことをマイナス捉えていないことに感心しました。頻繁に教科会を開き、みんなが納得できる着地点を求めています。議論が平行線になるのは、そもそも目指すもの(ゴール)、前提条件・考え方が共通のものになっていないことが原因であることが多いと思います。一度、教科の授業を通じてどのような子どもに育てたいのか、具体的な姿をみんなで出し合い、共通のイメージを持てば論点が明確になるのではとアドバイスしました。「大変な時期に教科主任なったとね」と言ったところ、「自分が勉強するよい機会になったと」明るい表情で答えてくれました。この経験がこの先生の成長につながることと思います。

この日は若手の成長もベテランの頑張りも目にすることができました。新型コロナウイルスを越えて学校全体が再び前に向かい出したことを感じた一日でした。

子どもとの関係の次のステップ

小学校の授業研究でアドバイスをしてきました。6年目の先生による2年生の算数の授業でした。

最初に感じたのは子どもたちの表情と授業規律のよさでした。子どもたちは指示に従って嬉しそうな表情ですばやく動きます。この状態をつくり出しているのは授業者と子どもたちの関係のよさでした。授業者は子どもたちに顔を上げるように指示した後、笑顔で「みんなと目があうとうれしいね」と一人ひとりと視線を合わせます。Iメッセージを使いながら、全員が指示に従うのを待っていました。こういった積み重ねが子どもたちとのよい関係につながっています。

この日の課題は連続した足し算を順番に足すか、増える数をまとめてから足すかというものでした。「10人の子どもが遊んでいるところに、2人来て、その後6人来て、全部で何人になったか」という問題文をディスプレイに映しながら子どもたちに読ませます。ディスプレイが天吊りなので、指示棒で画面を指すのに上を見る必要があります。とはいえ、授業者はディスプレイをずっと見ているのではなく、子どもたちの方を振り返っては様子を確認していました。子どもを見ようと意識しているのは立派でした。指示棒ではなくタブレットのマーカー機能を利用して手元で操作すると子どもたちの様子を無理なく見ることができると思います。

問題文を一度読んだ後、再度要素ごとに区切りながら読ませ、内容をていねいに確認しました。子どもたちはとても集中していました。
いろいろな考え方で解くように指示をして、ワークシートを配ります。ワークシートには考え方を書く1行と式を書く数行を1組にした枠がいくつか書かれています。授業者は、考え方は書けたら書くようにと指示しましたが、子どもたちは何を書けばよいのかよくわからないようでした。「考え方」というのは教師の言葉です。これまでに考え方を記述する経験を積んでいなければ、手がつかないと思います。考え方の行は空欄で、「10+2+6」「10+6+2」「2+6+10」と足す順番を「いろいろ」変えた式を書いているだけの子どもがほとんどでした。授業者のねらっている、順番に足すのか、まとめて足すのかを意識しているのか、3つを足せばよいと考えて、単に足す順番を入れ替えているのかはよくわかりません。
個人での活動に続いて隣同士で自分の考えを「数図ブロックを使って」説明するように指示します。子どもたちはここまでの活動で数図ブロックを使っていません。突然指示されてもすぐに対応できません。友だちの説明を聞くどころではなく、どうやって説明しようかと数図ブロックを前にあれこれ考えている子どもがほとんどでした。これまで数図ブロックを繰り上がりや繰り下がりの説明に使ったことを思い出したのか、式の説明ではなく、式の計算の方法を説明しようとしている子どもが目に付きました。

全体で考えを発表させる場面で、授業者は「自分の考えでも友だちの考えでもよいから」と自分の考えを持てなかった子どもも発表できるように意識していました。このことはとてもよいのですが、説明がしっかり聞き合えていないので、子どもたちの手はなかなか挙がりませんでした。
指名された子どもは、式は発表できるのですが、説明はうまく言葉にできません。授業者は式に出てくる数は何かと確認して、説明の言葉を引き出そうとするのですが、ねらっている「順番に」とか「まとめて」といった言葉にはつながりません。数図ブロックを活かすのであれば、足し算ごとに数図ブロックを操作させ、足した結果が何かを言葉にさせるとよかったと思いまが、授業者は使おうとはしませんでした。指名した子どもが使おうとしななかったのであえて使わなかったのかもしれませんし、隣同士での説明でうまく使えていなかったのでやめたのかもしれません。しかし、子どもたちは数図ブロックを使ってどう説明すればよいのかわからなかったのですから、どう使うとよかったのかを知る場面を作ってあげないと、スッキリしないと思います。

「10+2+6」のように3つの数を一度に足す式を書く子どもが多かったのですが、足す順番が異なる式についてその違いを子どもたちはうまく説明できません。「10+2+6」が10+2に6を足しているのだという感覚は子どもたちにありません。3つを足したという意識しかないのです。そのため、授業者は「10+2+6」「2+6+10」の違いをうまく子どもから引き出すことができませんでした。「最初に『2+6』を計算したんだね」と押さえて、「これってどういうこと?」「何を計算したんだろう?」と子どもたちに問いかけ、全体で共有するとよかったと思います。友だちや先生の説明がよくわからなかったのでしょう。発言や説明を聞いているうちに子どもたちは集中力を失くしてしまいました。
最後は授業者が無理やり「じゅんばに」「まとめて」という言葉でまとめていきましたが、子どもたちは自分の考え方がどちらになるのかをちゃんと理解できていないようにみえました。2年生のこの時期ですから、考え方を言葉で上手く説明するのはまだ難しいものがあると思います。

教科書の絵はよくできています。もとから遊んでいる子どもの集団へ駆け寄ってくる2人と6人を上手く書き分け、増えた子どもは何人かわかりやすく表現しています。それに対して、最初の集団は10人全員をかき込んでいないので、全体では何人かの答はわからないようにしています。無理に数図ブロックを使うのではなく、この絵を使って説明させるとよかったと思います。
問題文の要素と絵の子どもをきちんと対応させてから考えさせ、式が絵の何を計算しているのかを説明させるようにします。「3つ数があるけど、どこから計算したの?」」と問い返して子どもから「最初に」「まず」といった言葉を引き出したり、「ここを『先に』計算したの?」と順番を意識する言葉を強調したりして子どもの考えを整理していくとよいでしょう。「2人来て、6人来た」と「来た」という言葉を意識させ、「2人と6人来た」と整理し、「8人来た」という言葉引き出してもよいでしょう。子どもと言葉をやりとりしながら、他の子どもにつなぎ、子どもたちの考えを整理していくのです。「10人が12人なって、18人になった」「8人増えて(来て)、10人が18人になった」といった言葉を引き出して「順番に人数を計算した」「何人増えたかを計算してから足した」と、少しずつ抽象化していくとよいでしょう。最後は、順番に「考える」、何人増えたかを「考える」とまとめていき、「考え方」とはどういうことを言うのかを子どもの感覚で理解させていくことが必要だと思います。

授業者は子どもとの関係や授業規律のつくり方といった学級経営や授業の基礎はしっかりとできています。その上で必要となる教材研究がまだ浅かったことが上手くいかなった原因です。教材研究の力は一気につくものではありません。毎日の授業で教材研究と修正を積み重ねることで、少しずつ身に付いてくるものです。この学級の子どもたちはわからなかったり困ったりすれば、素直に態度に現してくれます。前向きに授業を受けようとしているので、子どもたちの様子から授業のどこで上手くいかなくなったのかがよくわかります。あせらずに、子どもたちの姿を通じて学んでいってほしいと思います。

この学校の先生方は、「新学習指導要領の評価」や「ソーシャルディスタンスを意識した子ども同士のかかわらせ方」に困っているようでした。全体会では、この授業についての解説のほかに、「主体的に学習に取り組む態度」の評価におけるポートフォリオの活用や、発言以外の出力(書くこと、描くこと、体での表現等)で子ども同士をつなぐことをお話ししました。
次回の訪問時に先生方がどのような工夫をされるか楽しみです。

3年生の変化に驚く

中学校で授業アドバイスを行いました。前回訪問は新型コロナウイルス感染予防の休校が明けた直後でした。今回はその時と比べて子どもたちにどのような変化があるのか楽しみでした。

3年生は教室の前の廊下に立った瞬間に空気の違いを感じました。間違って他の学年のフロアに来てしまったのかと思うほどです。全員が真剣に授業に集中していて、程よい緊張感が漂います。これは程度の差こそあれ3年生のどの学級でも共通です。この数か月で何があったのかとても気になります。学年全体で進路意識を高める取り組みを積極的に行ったことがよい方向に作用したようです。例えば、今年はオープンスクールが開かれないため高校の情報が子どもたちに不足するので、学年の先生方が進路指導部と相談して「卒業生の話を聞く会」を8月に開催したそうです。身近な先輩の生の声は子どもたちの進路意識を高めるのによい影響を与えたようです。また。部活動の大会が自粛、縮小されたこともあり、例年よりも受験に向かって気持ちを切り替えるのが早まったようです。新型コロナウイルスが思わぬ形で影響しています。
この学年では授業を見ると学習についていくのが苦しい子どもがだれかよくわかったのですが、この日は気づけませんでした。どの子どもも前向きに学習に取り組もうとしているようです。受験に向かって気持ちが切り替わったのはよいのですが、だからといってすぐに学習の後れを取り戻せるわけではありません。彼らが授業についていけているのか少し不安です。先生の話を聞いて答や板書を写しているだけでは理解できずに、そのうち気持ちが折れてしまう心配があります。担任を中心にこういった子どもたちをよく観察し、必要に応じて個別に困りごとを聞く時間をとって精神的に支えることも必要だと思います。
例年以上にこのことを懸念する理由が、この日の授業の様子です。授業者の一方的な説明が多いのです。子どもたちが真剣に聞く姿勢をみせているので、授業者はついしゃべりすぎてしまいます。また、新型コロナウイルスの影響で、進度が遅れ気味な上に子ども同士をかかわらせることが難しくなっているので、答や解き方を教えることが中心になり、思考の過程や考えを共有する場面がほとんどありません。先生の説明を聞けば誰しもが内容を理解できるわけではありません。自分で考え、わからないことを友だちに聞き、友だちの言葉から理解する場面が必要です。この学年の子どもたちはそういった場面をつくればよい表情でかかわり合うことができます。先生との関係も良好です。今子どもたちが学習に対して前向きだからこそ、彼らを信じ、自分でできることは彼ら自身で学習するように仕向け、授業の中で考え、かかわり合い、出力する時間を確保し、子どもの言葉で授業を進めるようにしてほしいと思います。
今年度は行事が廃止、縮小されることが多かったようですが、このことも子どもたちの意識が学習に切り替わるのが早まった要因と言えそうです。その一方で、先生方は3年生が学校のリーダーとして活躍する場面がほとんどなく、そういった面での成長があまりないことを気にされていました。少ない機会をとらえて意識させるようにはしているようですが、なかなか難しいようです。私からは、「学校のリーダーとして後輩たちに何を残したいか?何をすべきか?」と問いかけて、子どもたちに自分たちがしたいこと、すべきことを考えさせる場面を作ることをお願いしました。受験勉強という個のことに追われて孤立し、孤独になる子どもも出てくるでしょう。他者とのかかわりで自己有用感を持てる場面が必要になります。子どもたちの残り半年の中学生生活が充実したものになるよう、先生方が力を合わせてくれることと信じています。

この日の2年生は授業に対するエネルギーが低いように感じました。たまたまこの日、生活指導面で学年全体が注意されたことが影響しているのかもしれません。先生方の授業スタイルは3年生と大きく異なりませんが、子どもたちの表情がほとんど動いていないのが気になりました。子どもたちに発言を求め、その発言について子どもたちの考えを問うような場面ではとてもよい表情を見せてくれますが、発言を受けてすぐに授業者が説明を始める時には表情は動きません。この学年でも子ども同士をかかわらせることを意識することが必要だと感じました。この状況は子どもたちの問題ではなく、先生側の問題だと思います。

1年生の社会科で授業研究が行われました。中国の経済発展の理由を考える授業でした。
ワークシートの地域ごとの農業の地図資料から特色を読み取ることをさせます。特色といった言葉は基本的に先生の言葉です。子どもたちの言葉になっていればよいのですが、まだ1年生です。特色とは何か、どのようなことを調べたり考えたりすればよいのかといったことを確認する必要があります。過去に特色を調べたり考えたりしたことがあればそれを思い出させたり、その時のまとめを振り返らせるとよいでしょう。見通しを持たせることが必要です。スクリーンには教科書のどのページの内容であるかも示されているので、子どもによっては資料を読み取るのではなく、教科書に書かれていることを抜き出したりしています。自分で読み取り、考えることを大切にするのであれば、教科書の該当箇所を指摘する必要はありません。
個人で考えることにかなりの時間を割きますが、子どもたちはとりあえず自分の答を書けばそこで手を止めてしまいます。多くの子どもにとって時間がムダになっています。考えを深める場面を意識する必要があります。授業者は、全体での発表で指名した子どもが「農業が盛ん」と答えると、そこから地域によって違うという視点を誘導しました。どう違うかを問いかけて挙手した子どもをすぐに指名します。地域という視点を持てなかった子どもは、そのことを自分で考える機会はありません。ここで一度考える時間を与えたいところです。個人で活動をする前に特色とはどういうことかを押さえたり、途中で止めてどんなことに目をつけたかを全体で共有して再度個人で考えさせたりすれば、時間のムダなくより多くの子どもが自分で資料を読み取ることができるはずです。
また、子どもの考えや答を聞く場面で、授業者の意図にそぐわないものや誤答を無視する場面が目につきました。授業者に聞いたところ他の学級でそれらを拾ったところ授業のテンポが悪くなったので無視したようです。しかし、このようなことが続くと子どもの発言意欲が落ちたり、自分で考えた答ではなく先生の求める答探しをしたりするようになります。テンポが悪くなると感じるのは、授業者が自分の考えた流れに誘導しようとしているのでそれと関係ない答はじゃまだからです。子どもの発言から授業をつくる発想を持ってほしいと思います。
授業の課題は、必要な知識を与える活動をして、それをもとに授業者が提示します。これでは子どもの課題にはなりません。必然的に授業者が求める答探しになります。また、子どもの発言は授業者の求めるものだけが取り上げられてまとめられていくので、自分で考えなくても困りません。子どもたちが受け身になることが心配です。
授業者は課題に対して必要な知識は与えなければいけないと意識しすぎているようです。この視点はもちろん大切ですが、むだなく知識を与えると授業者が考える答に誘導するだけになってしまいます。大切なのは課題を解決するのにどのような知識や資料が必要かを考えさせることです。子どもたちが疑問を持てば、解決したくなります。解決するためにどうすればよいかを考えることから活動を始めるのです。一人一台のPC環境が来年度より実現されます。この環境を活かすためにもこういった発想がこれからはより重要になってきます。
授業者は素直に他者の話を聞くことができる方です。今回の授業をきっかけに、授業はどうあるべきかを考えてくれると期待します。

生活指導担当の先生から、校則について相談されました。時代の変化に合わせて校則を変えることを考えているようです。よい姿勢だと思います。子どもと教師、保護者の調整をどうするかを悩んでいるようです。ICT環境が整備されアンケートの作成集計が容易になってきました。これからはICT環境を活かした活動をプロデュースする視点も大切になってきます。子どもたち自身の手で、保護者や先生も対象にした意識調査を行い、原案を考えさせるとよいのではないかとアドバイスしました。データをもとに考えるという、これからの時代に必要な課題解決力にもつながっていきます。

いろいろな学校を訪問するたびに、新しい時代に向けて学校が変わらざる得なくなっていることを実感します。先生方と一緒にこれからの学校のあり方について考える機会を得ていることに感謝します。次回の訪問も楽しみです。

夏休み明けの子どもたちの様子から考える

私立の中学校高等学校で授業を参観しました。新型コロナウイルス対策で休校していた間もオンラインで授業時間を確保できていたので、夏休みは例年通りでした。長い夏休み明けで子どもたちの様子の変化が気になりましたが、よくも悪くも大きな変化は見られませんでした。

中学校では、子どもたちは元気に授業に参加していました。ICT機器も積極的に使っている授業が多く見られます。気になるのは授業での子どもたちの活動の様子が学級や授業者によってかなり差があるということです。コロナの影響を意識して、座席を動かしたりせずに進めている方もいれば、自由に席を立って話をするのを容認している方もいます。前者ではどうしても子ども同士のかかわりが減る傾向にありますし、後者では新型コロナウイルスが気になる子どもが孤立したり、仲のよい子同士の小グループに学級が分断されたりします。前回訪問時に子どもたちが小集団化しているのではないかと気になっていた学級ではその傾向が強くなっているように感じました。
授業の進め方や活動のやり方を規定したり限定したりするのは勧めませんが、何を目指して子ども同士をかかわらせるのか、そしてそれにふさわしい活動はどうあるべきかを学校や学年全体で話し合い共有することが必要だと思います。

高校ではコースごとに様子は少し異なっていました。
一般のコースの1年生は、夏休み前と大きく変わっていません。落ち着いてはいるのですが学習に対するエネルギーが乏しいように感じます。先生の指示には素直に従い作業しますが、基本的に受け身です。授業中に表情が動く場面がとても少ないように思いました。授業アンケートの回答を見ても、テストで点を取れるのをよい授業と評価している子どもが多く、消費者的な意識が強いようです。ワークシートの穴を埋めることがよい点につながると考え、先生の話を聞くよりもワークシートを完成させることを優先している子どもが多いように見えます。中学校時代の学習観がそのまま授業態度に反映しているようです。子どもたちの主体性を引き出すためには、出力を求め、その出力を肯定的に評価することが必要です。iPadを使い調べ活動をさせても、どうやって調べたか、その結果どう考えたかといったことを問いかけることをせず、そのまま授業者が説明をして進めていることが多いようです。活動しても評価される場面がなく、活動しなくても困りません。これでは主体的に活動する意欲をどんどん失くしていきます。子どもたちが活動し、考えたことが授業に反映されることが大切です。このことを学年の先生方で共通理解すると同時に、子どもたちにも学ぶことの意味や意義を繰り返し伝えるようにしてほしいと思います。
2年生も昨年と比べて学習意欲が低下しているように感じます。友だちとかかわり合う場面ではよい表情を見せてくれますが、そういった場面が新型コロナウイルスの影響で少なくなっていることが問題です。直接話し合うことにこだわらずに、iPadを活用した文字や絵によるコミュニケーションも積極的に取り入れてほしいと思います。
3年生は入試の推薦の基礎資料になる最後の試験が終わったためか、授業に集中していない子どもが目立ちました。入試という目先のことではなく、将来のことを見据えて学び続けてほしいのですが、それは簡単なことではありません。学校全体で学ぶことの意味を伝え続けることが大切ですし、それを体感できる授業設計も必要です。大きな課題として先生方に意識してほしいと思います。

幅広いキャリアを志向するコースの2、3年生では、新型コロナウイルスの影響で子ども同士のかかわりが制限されていることで、昨年と比べていろいろな場面でエネルギーが下がっているように思いました。グループでの活動ができる環境では、今まで同様の姿を見ることもできるのですが、それでも新型コロナウイルスに対しての不安からか一部の子どもは積極的に参加できていないように感じます。参加できている子どもとそうでない子どもが分断されているように感じました。先生方はこういったことを考慮しながら、かかわる場面を作ろうと苦労されていますが、ソーシャルディスタンスのこともありなかなかよい方法が見つからないのが現状です。iPad上で使える共有ツールで子ども同士をかかわらせることを提案しましが、子どもたちにとって書くことへのハードルが高いことを心配されていました。問題は何を書く、出力するかということです。「書く」のは「答」「正解」「きちんとした文章」という思い込みが子どもたちにあります。それが、書くことへの抵抗になっているように思います。まずは、この考えに「○」か「×」といった判断を書かせる。「○○がわからん」といった疑問や困ったことを書かせる。単純に「?」といった記号だけでもよいので、出力させることが大切です。「△△さんがわからないって言っている。いいねえ」と出力を肯定的に評価することを繰り返していくことで書くことに前向きになっていくと思います。書くようになれば、友だちの書いたことに下線や印をつけて、「参考になった」「ありがとう」「いいね」とコメントすることでかかわりをもたせ、そのやり取りを肯定的に評価するとよいでしょう。こうすることで、書くことでもコミュニケーションがとれるようになっていきます。こういう時代だからこそ、新たなコミュニケーションの方法を模索することが必要だと思います。
1年生では、たまたま学級編成の関係でそうなったのかもしれませんが、3つの学級の状況がかなり異なっていました。ある学級は子どもたちのよい表情がよく見られ、例年ほどではありませんが、子どもたちの前向きなエネルギーを感じました。別の学級は、落ち着いてはいますが、受け身で授業を受けている子どもが目立ちました。もう一つの学級は、集中して話を聞いている子ども、顔が上がらない子ども、授業と関係なくまわりとかかわっている子どもと子どもたちの姿がばらばらでした。先生と子どもたちの関係ができる前に一部の子ども同士の関係が強くなっているように思いました。まずは先生と子どもたちの関係をしっかりつくり、その上で子ども同士のかかわりを学級全体に広げていくことをしないと、今後の学級経営が困難になるような気がします。

特別進学のコースでは子どもたちは前向きに授業に取り組んでいました。ただ、教科によっては昨年度までの考える時間が多い授業から、講義型に変わったために一部の子どもたちが戸惑っている姿をみる場面がありました。
その一方で、3年生の難民問題について深く調べて、自分の考えを書かせる授業では、子どもたちの素敵な姿を見ることができました。特定の地域の難民問題だけでなく、各地で起こっているもの、過去のこと、すべてをきちんと理解してから取り組むようにという条件を与えられて活動を始めたところでした。どこから手をつけてよいか困っているのか、子どもたちは厳しい表情で真剣にiPadに向かって取り組んでいます。途中で集中力が切れて投げ出すのではないかと心配になりましたが、最後まで集中力は切れませんでした。1年生からこういった負荷のある課題に取り組み続けているので、ストレス耐性が高くなっているようです。鍛えることで子どもたちが育つというよい例を見せていただきました。最終的にどのようなものが出力されるのか楽しみです。
このコースでは、考える授業に肯定的な層と、受験的な問題の解き方や知識を求める層に子どもたちが分かれているようです。後者の中には、友だちにバカにされたくないといった理由で偏差値の高い大学に入ることが目的となっている子どももいるようです。そのことを全面的に否定はできませんが、学ぶことや進学することの意味を問い直すことが必要だと思います。入学時から進路やキャリアについて考える機会を多く持つことが求められると思います。

進路に関しては、受験に必要な自己推薦文を書く力が育っていないことが課題となっていました。コースによっては各教科で意識して書かせることをしているので、それなりに書くことができるようになっているようです。外部での論文発表を経験している子どもなどはかなりレベルの高い文章を書くことができます。他の子どももそういった子どもに教わったり、書いたもの見せてもらったりして学んでいます。学級数が少なくかかわる先生がまとまりやすいので、協力し合いながら教科横断的に書く指導がされているようです。
一方、学級数の多いコースでは、学年全体でまとまることが難しく、計画的に指導されていないので受験が近づいてからの付け焼刃の対応になります。何度も指導する時間がないので、先生が大幅に手を入れることで何とか完成させることもあるようです。自己推薦文であれば、自分自身の経験や身に付けた物をきちんと意識することや文章力が必要です。1年時からポートフォリオを作り、書く経験を繰り返すことが求められます。このことは、単なる受験対策ではなく将来にわたって成長し続けるために必要になってくることです。学校全体で計画的に取り組んでほしいと思います。

先生方は新型コロナウイルス対策でどうしても一方的に教える授業になりがちです。そのせいで子どもたちも依然と比べて受け身になっているようです。しかし、新型コロナウイルスの対策が必要な今だからこそ挑戦できること、すべきことがあると思います。「新型コロナウイルスのおかげで、ICT機器など必要ないという先生がいなくなった。大きな一歩を踏み出せた」という発言もありました。負の側面ばかり見るのではなく、新たな授業スキームを作る機会だと思って、前向きに授業改善に取り組んでほしいと思います。

オンライン授業から学ぶ

オンライン公開による中学校数学のオンライン授業を参観しました。なんかややこしいですね。
2日間で4つの授業公開でした。公開にあたり、板書の画面、教師が見ている子どもたちの様子の画面、そして教師の動きを見せる画面の3画面を同時に配信するという工夫をしていました。この3つの画面を同時に見たり、場面に合わせてどれか一つに絞ったりといった柔軟な見方をすることができます。隙間なく参観者がいる教室で授業を参観するよりも、かえって情報が多いくらいでした。

今回の授業は、日ごろの授業と同等の授業をどうすればオンラインで実現できるのかを意識したものでした。日ごろの授業と同じように子どもたちの反応をみて進めたいために、大型のディスプレイを教師の前において、子どもたち全員の様子を見えるようにしています。黒板も子どもたちにしっかり見えるように、専用のカメラで配信できるようにもしています。私が初めてオンラインで研修をした時に、講師陣で試行錯誤した結果のシステムとほぼ同じ考え方です。大型のディスプレイを使えば、オンラインでも思った以上に参加者の表情はわかるものです。

私の感想を一言で言えば、いい方は悪いですが「通常の授業の劣化版」です。決して授業の質が低いわけではありません。どの授業も子どもたちに数学的な考え方を身につけさせることが意識された、とても工夫されたものです。教科の先生方が同じ方向に向かって、互いに研鑽していることがよくわかります。通常の環境でもこれ以上の授業はそれほど簡単ではないと思います。だからこそ、この先生方で通常の環境で授業をすれば、よりよいものになるだろうと思いました。言い換えると、オンラインのよさよりも難しさを感じることが多かった言うことです。

授業は、大きくは、個別に問題を解いて、グループ(ZOOMのブレイクアウトを利用)で考え方を聞き合い、全体で何人かの考えを取り上げ、それぞれの発表に対して「つかまえたこと」「疑問」「付け足し」を発表させて共有する流れです。
課題となる問題は、どの授業でも答えを出すのは難しくはないが、多様なアプローチがあるものでした。多様な考えに触れることで数学的な考え方を広げ、深めたいという先生方の思いがよく表れています。
どの先生も子どもの発言をしっかりと受容し、安心して自分の考えを発言できる雰囲気を作っています。グループでは自分の考えをしっかり持って友だちに説明できていました。特に2、3年生は数学的な見方が育っていると感じました。多様な考え方を認めることを意識して先生方が取り組んできた成果だと思います。考えを共有して、深める時間をできるだけ確保しようと事前に自分の考えをClassroomで提出している授業もありました。反転授業の発想です。

グループ活動に入ったあたりからオンライン授業の難しさを感じることが増えてきます。グループ活動の時間は、それぞれのグループで閉じているので、他のグループの様子はわかりません。他から刺激を受けたり、進み具合を見ながら自分たちのペースを調整したりできません。先生も、グループ全体の活動の様子はわからないので、グループの状況に応じて相談の時間を調整できません。あらかじめ設定した時間で強制的にグループを解除することになります。もっと話し合いたいのに、ちょうど議論が盛り上がっているのに突然打ち切られてしまいます。こういったことを起こりにくくするためには、グループ活動の時間を長めにとって、終了2、3分前予告する必要があります。しかし、そうするとどうしてもグループ活動の時間が押して、集団追究の時間が足りなくなってしまいます。とても悩ましいところです。
印象的だったのは先生方から出てきた「子どもたちを信じてまかせる」という言葉でした。「互いに学んでいけるはずだ」と、グループ活動を変にコントロールせずに子どもたちに任せているのです。この割り切りはとても大切です。実際、グループでの子どもたちはしっかりかかわり合えていたように思います。子どもたちがよく育っているのです。

全体の場でどの子どもの考えを取り上げるかも難しいところです。授業者の先生方もおっしゃっていましたが、オンラインで子どもの考えをリアルタイムに把握することはかなりハードルが高いものです。子どもの記述したものを共有するツールを使えばある程度可能ですが、それだけでは情報は不足します。通常の授業であればちょっと声をかけたり、途中の様子を見たりすることで情報を補えますが、オンラインではそう簡単ではありません。
ですから、あらかじめClassroomで提出させたワークシートをもとにどの考えを取り上げるかを考えて授業を組み立てている方もいました。

各グループでどのような話がされたかをすべて聞くのは時間的に厳しくなります。とはいえ、意図的に指名することは、各グループの状況をすべては把握できないのでそれもなかなか困難です。結果、取り上げる考えは挙手に頼るか、あらかじめ提出された解答から選ぶことになります。この問題を少しでも解決しようとしたのでしょう。ある先生は、途中でグループを切り替えていました。通常の授業では、座席を移動しなければいけませんが、オンラインでは簡単にシャッフルできます。シャッフルすることで、各グループで話されていたことを多くの子どもが共有することができ、多様な考えに触れることができます。交流の結果、どのようなことを考えたのか、できるだけ多くの子どもに聞きたいところですが、多くの時間は取れません。一人ひとりの振り返りを授業時間外か次の時間に共有することになると思います。オンラインのよさを活かし、効率的・効果的な共有方法を見つけてほしいと思います(既に実行されているのかもしれませんが)。

全体追究をこの学校ではとても大切にしているように思います。日ごろから子どもの意見をつないで、考えを深めることを意識しているように思います。指名した子どもの考えに対して「つかまえたこと」「疑問」「付け足し」と全体に問いかけ、先生ができるだけ言葉を足さずに発言を共有しようとしています。子ども自身に友だちの考えを価値付けさせようとしているのがよくわかります。通常であれば、子ども同士をつなぎながら進めていくのでしょうが、オンラインでは発言者以外のマイクはオフにしておく必要あります。そのため、つぶやきを拾うことができません(マイクオンでも、訳が分からなくなりますが)。表情や態度で指名するのにも限界があります。ちょっと理解できない考えに出合った時、そのことは表情に現れますがその後どうつなげるかが問題です。通常であれば、「ちょっとまわりと相談して」と投げかけることで子どもたちが動きだせますが、オンラインではかなり難易度が高いのです。そのため、どうしても先生が問いかけ、挙手する子どもの発言をもとに整理し、まとめていくことになってしまいます。先生と子どもが1対多の関係になってしまい、子どもの発言やつぶやき、疑問から考えが広がったり、深まったりする多対多の関係になりにくくなっているのです。この先生方ならば、通常の環境の授業であれば、間違いなく子ども同士をつなげる進め方をしたと思います。しかし、オンラインでは、発言をつないで進めるスキームを実現するハードルはかなり高いのです。
これとも関連しますが、子どもたちが全体に考えを伝える方法がかなり限定的だったのも気になるところでした。通常の授業では黒板に書きながら、体全体を使って説明したりできるのですが、口頭だけか、カメラに向かってワークシートをかざしての説明がほとんどです。紙のワークシートをベースにしているので、画面共有もしづらいのです。しかし、グループでの意見交換にホワイトボードの機能を使って上手に説明している子どももいました。こういったツールを使うことで、それらを保存し共有することも簡単にできます。先生方は子どもの発言を黒板にメモして共有していましたが、そういう板書の時間も節約することができます。これからの時代、オンラインで考えを伝えるスキルも必要になってきます。数学の授業だけの問題ではありません。学校全体でスキルの習得を意識することが必要でしょう。

どのようなツールを使うかは別として、オンラインでは話すことだけではなく、書くことによるコミュニケーションをスキームに加えていくことが重要だと思います。文字だけではなく、図などの視覚情報もリアルタイムに加えて考えを示すのです。通常の授業では結果や結論を共有することが多いのですが、オンラインでは途中の考えや試行錯誤の課程をそのまま共有することができます。友だちの作業を覗くことで考えを理解しあうことも可能です。友だちのいい所にスタンプを押したり、疑問や感想をコメントしたり、それを他の子どもが見たりすることで考えを深めることができます。SNSに慣れている今の子どもたちにはそれほどハードルの高いことではないように思います。オンラインだからこそ有効なスキームは何かを考え、積極的に取り入れることが大切です。

現場の多くの先生方から「早く通常の対面授業に戻りたい」という声を聞きます。その気持ちはとてもよくわかります。しかし、「対面の授業に戻りたい」が「今までの授業に戻りたい」では困ります。確実に時代は変わりました。対面だろうがオンラインだろうが、新たな授業スキームに移行していかざるをえません。
この学校では、もうすぐオンラインでの授業は終わり、通常の授業に戻るそうです。だからこそ、これまでのオンライン授業での経験を活かし、通常の対面授業をより進化させることを期待しています。これだけの授業に挑戦した先生方ですので絶対に可能だと思います。次の機会を心から楽しみにしています。
私も2日間で本当に多くのことを学ぶことができました。この機会を得たことを感謝すると同時に、ここで得たことを学校現場に伝えていきたいと思います。ありがとうございました。

個別最適化学習について考える

個別最適化学習という言葉が一人一台のPC環境整備の議論と共に語られることが増えています。多くの方は個別最適化学習という言葉に対してドリル型のソフトの活用を思い浮かべているのではないでしょうか。AIやビッグテータを活用してきめの細かい、精度の高いものになったとはいえ、発想は40年以上前のCAIと大きくは変わっていないように思います。個別の習熟度に応じたドリル学習=個別最適化学習と考えることに違和感があります。

ドリル型ソフトを否定するわけではありませんが、子どもたちにつけるべき力のゴールはその先にはありません。個別指導の学習塾が人気だそうですが、それと似たものをドリル型ソフトに感じます。個別指導塾ではわからないことをすぐ聞け、その場ですぐに教えてもらえ、ストレスなく効率的に試験対策ができることが魅力だそうですが、そこには誰かに答や解き方を教えてもらう受け身な子どもの姿が透けて見えます。ドリル型ソフトはその個別指導の教師がAIに置き換わっただけのように感じます。
教師時代先輩から、「個別にていねいに教えることが最善ではない。あなたが一生その子どもたちの面倒を見られるわけではない。あなたがいなくても学び続け、自分で問題解決ができる力をつけることがあなたの仕事です」と厳しく言われたことを思い出します。
どのように学ぶかも含めて自己決定する力をつけることが大切だと思います。教師やAIの指示に従うのではなく、例え指示にしたことをやるにせよ、自分でそれを積極的に選ぶという判断をしたかどうかが問われます。

個別最適化学習は、一人ひとりが自分に応じた学びを続けることをゴールにするべきだと思います。ハンディキャップを持った子どもたちや何らかの理由で登校できない子どもたち、そんな子どもたちを含めすべての子どもたちが、学校だけでなく、家庭や地域も含め自分に適した学びのありようを見つけて学び続ける、そこを目指すべきなのです。そのために有効な基盤となるのが一人一台のPC環境だと思います。
個別最適化学習についてどのようなドリルソフトを導入するかではなく、どのような学びの選択肢を用意すればよいのかをまず考えてから、一人一台のPC環境整備に取り組んでほしいと思います。

オンラインでの授業研修

私立の中学校高等学校で、事前に送っていただいた授業ビデオをもとに、オンラインの授業研修を行いました。
オンラインでの講演ではスライドを共有すると相手の顔が見づらくなるので、モニター用にもう一台端末を準備しました。しかし、今回は会議室に先生方が集まって1対1でテレビ会議システムをつなぐ形だったので、残念ながら先生方の個々の反応を見ることができませんでした。

本年度から本格的にICTの導入が始まる学校なので、これまであまりICTを活用して来なかった先生を意識した授業研修を目指しました。そこで、ICTに堪能な先生ではなく、最近使い始めた先生に授業をお願いすることになりました。授業の一場面を切り出した動画で見ていただき、ICTの活用をメインにその場面のポイントとねらいどころを解説するという形で進めました。切り出したのは、「大きく映す」「スクリーンに書き込む」「板書とスライドのすみ分け」「活動を前にポイントを確認」「個別に机間指導」「ていねいな説明」「生徒に考える時間を与える」といった場面です。

「大きく映す」
スクリーンに映すことで板書する時間を節約できますし、子どもたちの顔を上げて教師の話に集中させることができます。子どもの反応を見やすくなるので、それをどう活かすがポイントになります。

「スクリーンに書き込む」
スクリーンに映したものに書き込むことで、タイミングよく必要な情報を付加することができます。ただ、子どもたちは書き込まれたものを写そうとするので、話を聞かせるのか写させるのかを意識して進める必要があります。子どもたちが後から書かれたものを見て思考の過程を振り返れるような書き込みを意識することが大切です。

「板書とスライドのすみ分け」
子どもとの対話でアクティブに変化するものは板書が有効になります。一方、予め決まっている流れに沿って示すのであれば、スライドにして順番に映すことで十分です。子どもたちは板書されたものは写そうとしますが、これから一人一台のPCの時代になれば、スライドや板書は配信か写真に撮るのが主流になります。手を使って写す意味のある板書かどうかを意識することが大切です。

「活動を前にポイントを確認」
活動前に子どもにポイントを確認し発言を求めることで参加意識が高まり、見通しが持てます。しかし、発言したり反応したりしなかった子どもはポイントを理解できているかどうかわかりません。全員に確認することを意識することが大切です。何度確認するポイントはスライドにしておいて、「いつもの」と映し出してすぐに思い出させるようにしておくとよいでしょう。作業中にずっと映しておいて、いつでも確認できるようにすることも一つの方法です。

「個別に机間指導」
子どもをほめる言葉かけは重要ですが、できたことをだけをほめるのではなく途中までできていれば部分肯定する姿勢が必要です。また、「正解です」とノートを見て先生が正誤を判断すると子どもたちは先生に判断を委ねてしまうようになってしまいます。正解かどうかを自分たちで判断する力を育てることが重要です。机間指導しながら子どもたちの困り感をすくい上げ、学級全体で共有しながら自分たちで解決していくことを意識することが大切です。一人一台のPC環境になれば、オンラインで困り感を共有することも可能になります。今後、何を共有するのかが授業のポイントになっていきます。

「ていねいな説明」
作業の手をきちんと止めさせて、話を聞く姿勢をつくることが大切です。子どもたちの取り組みで、上手くいかなかったものを取り上げることで、困っていた子どもの参加意識を高めることができます。ただ、すぐに上手くいく方法を説明するのではなく、「どこで行き詰った」「その後どうした」と試行錯誤の過程を全体で共有する時間をとることが必要です。間違いを修正する経験を積むことが、問題解決能力を身につけることにつながっていきます。先生が無駄のない正しい道筋を与えると、子どもたちは自分で考えることをすぐに諦めて教えてもらうのを待つようになってしまいます。教えてもらうのではなく、自分たちで解決することを学習の基本にする必要があります。

「生徒に考える時間を与える」
例をもとに類推させるといった時間をとることは思考力をつけるのに有効です。その活動をもとに、考えたことを抽象化・一般化して整理することがより思考力を育てることにつながります。まとめは先生ではなく子どもたちにさせて、全体で共有する時間をとることが大切です。

授業をもとにこのようなことをお話しし、最後に一人一台のPC環境のもとでの授業の方向性について説明しました。
これからは「対話」を伴わない説明や解説は動画に置き換わっていくでしょう。子どもたちは自分のペースで納得いくまで見ることができるようになります。教室は子どもたちの疑問や困ったことから出発し、仲間とかかわりながら自分たちで解決する場となることが求められます。授業観が変わるとともに先生方に求められる能力も変わっていくのです。

会場からは、「子どもたちの考えをつないだり、焦点化したりといった力がこれからの教師には必要になるのですか?」との声が上がりました。その通りだと思います。ただ、それだけではなく、どんな課題や環境を与えれば子どもたちが主体的に活動し、考えを深めていくのかといった、学びの場をプロデュースする力(教材研究の力)も必要になります。このことをお伝えしました。

オンライン研修のノウハウが、まだまだ私に不足していると感じた1時間でした。こういった機会を活かし、今後研修をより一層効果的に進められるよう精進したいと思います。
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28