いろいろなことを考え、気づくきっかけになった提案授業と研修
私立の中学校高等学校で一人一台のタブレットの活用を意識した研修を行いました。事前に行われた高校の化学の提案授業に対する先生方の感想や疑問のアンケートをもとにオンラインで開催しました。
提案授業を参観できなかった先生方のために、ICT担当の先生が授業録画を作成してくださいました。教室の後ろから授業者を撮ったものと前から生徒の様子を撮ったものを上下に並べて画面の左半分に、授業中に活用した資料やGoogleフォームを画面の右半分に配置して、参観できなかった方にもとてもわかりやすい情報量が多いものとなっていました。私も直接参観できませんでしたが、授業の様子が手に取るようにわかり、とてもリアルに感じ取ることができました。授業に関する全員の感想や疑問のアンケートをGoogleフォームで研修前に共有し、その内容をもとに研修を進めました。 授業はイオン化合物の組成式とその名称の復習場面でした。最初に紙のワークシートを使って基本事項の確認をします。少し時間を与えて穴埋めをさせた後、スクリーンにワークシートを映して授業者が解説します。電子の移動とイオン結合に関しては、アニメーション動画を使って確認しました。このアニメーション動画については多くの先生がわからいやすいと感じられていました。 続いて、2つのイオンから組成式をつくる選択式の小テストをGoogle Classroomで配布し、できた者から送信するように指示しました。環境のせいか上手くアクセスできない生徒がいたため、その生徒には用意していた紙のものを渡しました。環境が安定しないとこういった対応が必要となり、ICT活用の妨げになることがよくあります。 解答の集計をスクリーンに映して授業を進めます。円グラフを使ってどの選択肢がどのくらい選ばれているかを示します。生徒は自分の考えと他者の考えがすぐに比較でき、また自分の考えが授業に反映されていることもあって、集中してスクリーンを見ていました。 授業者は解答が分かれていても、そこでは「なるほど」と受容するだけで、すぐには正解を示さず、生徒の解答を一問ずつ確認していきます。最後まで正解を言わないので生徒の集中力は続いていました。この後、一問ずつ解説を行いますが、「多くの生徒が正解していてうれしい」とIメッセージでコメントすることで、受容的な柔らかい雰囲気をつくり出していました。ただ、注意しなければならないのは、「正解」をうれしいと言うことで、正解しか価値がないというヒドゥンカリキュラムになる可能性があることです。間違いも肯定的にとらえるような言葉も合わせて言うように意識してほしいと思います。 続いて、組成式を与えてその物質の名称を記述式で解答する小テストを配布します。今度は記述式なので、円グラフでは表示せずに記述ごとにその数を棒グラフで見ることになります。授業者は今回も先ほどと同様に正解を言わずに一通り確認してから解説を行いました。ここで気になったのが、原子記号の表す金属名や塩基の名前を覚えていない誤答がほとんどだったことです。単に知識の不足や覚えていないために間違えたのであれば、わざわざ解説をする意味はありません。自分で調べればよいのです。ただ教科書などで調べると問題の答がズバリそのまま出てきてしまいますので、名称の規則の学習にはつながりません。ICTが活きるのは、こういった場面です。具体的には、元素の周期表や主な金属や塩基の名前と性質、原子記号、基の分子式などをそれぞれまとめたものをクラウドにアップしておいて、生徒が必要に応じて自由に見られるようにしておくのです。こうすることでつまらない間違いが減りますし、知識を自分で調べて使うことで定着にもつながります。その結果、解説は複数の原子価を持つ遷移金属などの注意が必要なものに絞ることができるので効率化につながります。 また、授業者は小テストを早く終わった生徒には別のワークシートを渡すなど個別最適化を意識していました。これもよい対応なのですが、こういった追加のワークシートや資料はクラウド上にいくつも用意しておいて、生徒が自分で判断して取りに行くようにするとよいでしょう。主体性を育てることや個別対応につながります。ICTはこういった点でもとても有効です。 授業者は、Google フォームを意識的にわかりやすい形で利用してくれました。どの教科の先生にも、利用シーンをイメージしやすかったと思います。アンケートから多くの先生がICTの活用を前向きにとらえられていることがわかりましたが、このことと無関係ではないと思います。 研修では皆さんから挙げられたこの授業のよさを確認し、その上で皆さんが感じた疑問について考える形で進めました。 ・スクリーンの文字が小さかったので、生徒のタブレットで見させた方がよいのか、文字を拡大すればよかったのか? これについては、生徒の顔を上げさせたいので、文字を大きく映すという先生が多かったようです。ただ、スクリーンの内容をもとに個々のペースで考えさせたい時には、タブレットで見させるという選択肢もあると思います。 ・タブレットを使ってキーボードから入力するのではなく、紙で書いた方が早い時もあるのでは? この気持ちはわかりますが、当面、社会に出れば仕事でキー入力は必須だと思います。慣れれば済むことなので、積極的に使うようにする方がよいと思います。もう少しすれば小学校からキーボードに慣れた生徒が入学してくるので、このことは問題にならなくなると思います。とはいえ、手書きの方がよい場面も当然存在します。そういう時には写真に撮ってアップするようにすればよいでしょう。デジタル化することで共有と保存・整理が圧倒的に楽になります。こういったICTのよさを活かす視点は忘れないでほしいと思います。 ・今回授業者は、解答解説は黒板を使っていたが、スライドを使って時間を短縮した方がよいのでは? スライドを使う場合は、授業者が話す内容があらかじめ決まっていて変わらない時に有用です。生徒の反応を活かしてダイナミックに授業を進める時はその場に応じて板書をすることになるでしょう。また、単純な説明であれば、事前にその様子を動画に撮っておいて生徒が必要に応じて自由に見るという発想もあります。正解者の大部分にとっては、わかっていることを再度解説されるのは苦痛かもしれません。 ・今回の授業では生徒の声を聞くことがあまりなかったが、解(回)答を生徒に発言させた方がよかったのでは? これは生徒の声がないのは一方的な授業で、対話的な授業に変えるべきだということだと思います。その通りなのですが、答を数人に指名して聞くよりも、フォームを使って全員の答を知ることの方が、より多くの生徒の声を拾っているとも言えます。挙手で発表するのが苦手な生徒の考えも知ることができるという意味では、デジタルで共有するというのは有効な手段です。大切なのは口頭で発表することでなく、それぞれの考えをもとに互いにかかわりながら考えを深めていくこと、答の発表ではなく、共有した答からどう先生と生徒、生徒同士がかかわり対話するかということです。今回の授業では単純な知識面の問題が中心だったので対話が起きにくかっただけで、ICTの問題ではなかったように思います。 私からは、今回の授業は今後自律学習に向かっていくのか、協働学習に向かっていくのかの分岐点ではないかとお話ししました。 自律学習に向かうのであれば、先ほども少し述べましたが、一斉視聴の必要がない解説動画(基本の知識、考え方、解答の解説)、正解、次のステップの問題などをクラウドにアップすることで、生徒が自分で必要なものを選択して学習するようにすればよいと思います。タブレットがあれば、学校だけでなく家庭でもどこでも自分で学習することができます。主体的な学びや、個別最適な学びにつながるはずです。 協働学習に向かうのであれば、答ではなく問題解決の過程を共有することがポイントとなります。Google Workspaceなどでは、1つのシートやドキュメントに生徒それぞれの考えを書き込めばリアルタイムで共有できます。ノートやワークシートをクラウド上で保存していくことで、単元での学習を時系列にそって振り返ることもできます。 友だちの考えの過程を見ることで、疑問や気づきが生まれ、自然に聴き合いが生まれてきます。教師は教えることではなく、ファシリテータとして生徒が自ら学び方を学んでいくような状況や環境をつくることが求められるようになります。 先生方のアンケートには、一歩先を見据えた質問や感想もたくさんありました。時間がないため今回はあまり深く扱うことができませんでしたが、こういったものをすぐに共有できるのがクラウドを活用したアンケートのよさです。このよさを先生方が体感することが、自身の授業にICTを活かすきっかけになると思います。こういった研修を回数重ねることで、学校が大きく進化していくと思いました。 先生方がいろいろなことを考え、気づくきっかけになった素晴らしい提案授業と研修だったと思います。 |
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