学校教育が大きく変わる節目
学校現場では新型コロナウイルスの流行に付随する諸問題に対応するため、先生方、特に管理職の先生は慌ただしい毎日を過ごされていると思います。
授業が長期に休止になる中、ICTの活用が話題に多く上るようになりました。ネットでの授業動画や問題集の配信など、これをよい機会と様々な会社が無料で提供を始めています。一人一台のPC環境が今後急激に進むと予測される中、先生方もどこまで使えるのか注目していることと思います。 私の関わっている学校でも、単なる配信ではなく双方向での授業に挑戦している方がいらっしゃいます。現代社会の授業を在宅で協働学習しようというものです。50分1コマの授業を「地球温暖化」などをテーマとして、全学年合同で4日間にわたって行います。これまでの学習内容や最近の新聞記事などを参考にしながら、根拠をもとにした意見交流を行います。多くの友だちの様々な視点での意見を一気に見ることができ、ふだんの授業とは異なった経験ができたようです。 今回の騒動で、今までと異なる枠組みでの教育を図らずも経験することになりました。例えば、ネット配信の授業動画の方がいつも受けている授業よりもよくわかると子どもたちが感じたら、どうでしょう。保護者に経済的な余裕があれば、学校の授業よりそちらを優先するかもしれません。ネット配信の方がよいと感じる子どもがどれだけいるのかはわかりませんが、教育に対する選択肢の多さに気づく方が増えるきっかけになったのは間違いないと思います。 この騒動が落ち着いたら、こういった新しい教育手段の評価が行われるようになると思います。学校教育が大きく変わっていく節目がやってきているのかもしれません。ネット配信などの新しい枠組みは学校教育を否定されているように感じるかもしれませんが、その枠組みを活かした学校の在り方があるはずです。時代の変化と共に学校も変わっていくことが必要です。よりよい教育を実現するために学校は何をするのかが問われているのだと思います。 今回新しい授業に挑戦した先生の授業報告を聞かせていただくのを楽しみにしています。これからの学校教育のあるべき姿について、先生方と一緒に考えていきたいと思います。 次の段階が見えてきた学校(長文)
私立の中学校高等学校で、先生方との個別懇談を行いました。
中学校の社会科担当の先生とは主に教科内での情報の扱いとそれに伴いどのような活動をさせるかについてお話をしました。 3年生の社会科の金融についての学習で、先生は自分で教えることをせずに子どもたちだけで、内容を紹介する動画を作成させたそうです。子どもたちはとても意欲的に取り組んだのですが、情報を収集し整理するための基礎的な力が足りないために苦労することも多くあったようです。一人一台のiPad環境では、子どもたちは手軽に情報に接し、活用することができます。だからこそ、情報を正しく読み取った上で、考え判断する力が必要になります。資料の扱いと同じく、基礎をきちんと指導する必要があるのです。情報は必ず原典を確認して裏を取ることや、情報の向こうには必ず発信者がいてその意図が必ずその中に潜んでいることなどもきちんと教える必要があります。ネット犯罪に巻き込まれないためにも教えておきたいことです。 これからの時代は、テキストだけでなく、情報をリンクして発信することが大切になります。情報をどのように加工すると意図したことがうまく伝わるかを考えさせることも重要です。この中学校では、社会科や理科で情報の発信を意識した授業が盛んに行われていますが、教科間で基本となることを共有したり、共通の基盤として数学の統計・資料の授業と連携を取ったりといったことが求められると思います。 ICT機器を導入した学校でよく見られる授業では、先生が指示したタイミングでネットを調べたり、指定した方法で表現したりすることが多く見られます。しかし、日常的にICT機器を使うようになれば、そういった指示や指定は子どもたちの自由な活動を制限する方向に作用します。調べる必要があると思えば紙の資料を探すのか、iPad(タブレット)を起ち上げてネットで調べるのか、実際に現地に調べに行くにかを考える。テキストベースか、スライドや動画に加工するのか、どのような方法で表現するとよいのかを自分で判断する。利用するソフトも自分が気に入ったもの、目的にあったものを選ぶ。そのような姿がこれからの時代を生きる子どもたち求められるのだと思います。 今の子どもたちはほぼ全員がスマホなどのICT機器を持っていますが、ゲームやSNS、動画を見ることにしか使っていません。学びのための道具としての有効な使い方を経験させることで、学ぶことの楽しさを知り、新たな世界が広がると思います。そういう経験をいかに多く積ませるかがこれからの先生に求められることだと思います。 また、一人一台環境では、子どもたちが個の作業に没頭してしまい、他者とかかわらなくなることがあるようです。このことをどう考えたらよいのかという質問もいただきました。「困らせる」ことが一つのポイントだと思います。自分だけで解決できるような課題だとあえて他者とかかわる必要がなくなります。子どもたちが興味をもつが、すぐには解決できないような課題を与えることができれば、解決したいが一人では難しいので、他者とかかわろうとすると思います。また、課題の中に他者の考えを知ることが含まれているような仕掛けも有効でしょう。グループで考えを整理して、ラベリングを行い、対立する考えを明確にするのです。その上で自分の立場を決めさせ、対立する考えを論破することを求めるのです。個々の結論を大切にしながらも、他者の考えを聞くことで考えが深まると思います。最近よく耳にするようになったワールドカフェ方式も、必然的に他者とかかわり合う方法です。ただ、これらの方法は基本的に子どもたちが話をしっかりと聞き、整理する力が育っていることが前提です。何か一つのやり方をすれば上手くいくのではなく、色々な場面で総合的に子どもたちの力をつけていくことが大切です。 中学校の取り組みで、子どもたちが単元の内容からテーマを決めて、簡単な解説の動画をつくるというものがありました。できた動画を共有の場にアップして互いに見ることができるようにし、「いいね」やコメントをつけて互いに評価できるようにしています。SNSになじんだ今の子どもたちには、自然な活動だと思います。単に「いいね」というだけでは何がよいのか曖昧になりやすいので、最近よく目にするように、「いいね」にいくつかの種類があるとよいと思います。「知らなかった」「よくわかった」「もっと知りたい」といった視点を与えることで、それぞれの作品の価値付けが明確になると思います。 また、単なる解き方の解説となっているものあるようですが、「どのように考えてその考えの道筋を見つけたのか」「その問題から新たにどのような問いが生まれたか」といった、探求の視点も大切にするとよいと思います。 若手の社会科の先生からは、中学校での授業の報告がありました。思考力をつけるために、単元のまとめとして問題をつくる活動を取り入れているようです。しかし、問題をつくるというのは答のある知識を問うているだけのことになります。思考力をつけたいのであれば、わからないことから出発して、それを解決するような活動を意識してほしいと思います。疑問を持てる子どもをどう育てるかがこれからは求められるのです。 子どもの活動を中心にすると、どうしても知識等を教える時間足りなくなるということを気にされていましたが、子どもが学びたいと思うきっかけをつくれば、今の時代の環境であれば、自分でいくらでも学べます。授業時間で完結しなければいけないという発想は捨ててもよいと思います。知識を与えるのでなく、子どもたちと一緒になって疑問を解決する姿勢で授業に臨めばよいのです。疑問を解決する過程で生まれた新たな疑問に取り組むことを楽しいと思える子どもたちを育ててほしいと思います。 英語の先生からは、全員参加の授業を心がけているが、力のない子どもがついていけなくてやる気を維持できないことを相談されました。本人たちは頑張ろうとしているのですが、スモールステップでていねいに問いかけても、自信がないためか口を開かないこともよくあるようです。できなくても、答えようとしている姿を評価したり、文の一部しか口にできなくても、「そこまでOK」と部分肯定したりして、励ます姿勢で接してほしいと思います。最初は答えられなくても、最後まで頑張ればちゃんとできるようになるという経験を少しずつ積み重ねることを意識してほしいと思います。 今年始めて担任を持った先生は、担当教科の授業で自分の学級が他の学級と比べて元気がないことを相談されました。ペアやグループ活動などで子どもの動きが遅いことも気になるようでした。 担任なので、自分の学級には他の学級よりもきちんとしてほしいという気持ちが強く出ているのではないかと思います。どうしてもチェックする目で見るため、子どもたちも緊張するのではないでしょうか。他の学級以上にいつも笑顔でIメッセージを大切にしてほしいと思います。 学級づくりには1年を通じての大きな目標とそれに向かうスモールステップとを意識することが大切です。大きな目標だけを意識すると、いつも足りないところが目についてしまいます。スモールステップを意識すれば、できたことを認めてほめやすくなります。スモールステップは学期、月、週単位で考え、それを意識して朝や帰りに子どもたちに話すことを決めるとよいでしょう。毎日少しずつ子どもたちに笑顔で思いを伝え、できたことを喜ぶ姿勢で接することをお願いしました。 2年生の有志4人が国際シンポジウムに参加して、LBGT部門で2位になった報告をもらいました。そのこと自体もとても素晴らしいことですが、その後の懇親会で子どもたちが感じたことがとても印象的でした。参加した高校生や先生方はとても優秀な方ばかりだったようです。自分たちの発表について忌憚のない意見をぶつけてくれます。しかし、それは決して否定的なものではなく、自分たちのことを認めてくれた上でよりよくなるようなアドバイスばかりだったそうです。とても温かい雰囲気で、ずっとこの場にいたいと思うような経験だったようです。こんな世界があるのかとびっくりし、このような世界に自分も所属したいと強く感じたようです。そのためには、自分もその世界にふさわしいような知識や知恵を身につけることが必要だと考え、戻ってきてから勉強をものすごく頑張り始めたそうです。 また、いろいろと考えさせられるエピソードもありました。別の会での発表で苦しかったことを尋ねられて、先生からの悲しい言葉を挙げたそうです。彼らが自分たちの活動にまわりの意見を求めたり、署名活動をしたりしていた時、少なからぬ先生方から、少数を認めない、自分のまわりのこのような人がいたら拒絶する、このようなことをして何になるのかといった否定的な言葉を言われたようです。しかし、彼らはそれに反発せずにきちんと受け止め、エヴィデンスで伝えるしかないと冷静に考え、活動をやり続けたそうです。先生方を乗り越えていると感じました。 このような子どもがこの学校に育っていることを誇りに感じると同時に、こういった子どもたちの考えやよさを学校全体でどう共有するのかが課題だと思いました。 カリキュラム担当の先生からは、今後の方針について相談を受けました。 個別に見ると、新しい時代にふさわしい学校独自のメソッドが多く生まれてきていますが、それが学校全体のものとなっていないことが課題です。個々の先生に授業スタイルが任せられていて、共通の意識で取り組みがなされていないのです。 共通の授業スタイルを模索する中で、ゼミ形式を導入することを考えているようです。ゼミ形式にするのであれば、最初はできるだけ早く課題設定から振り返りまでのサイクルを回すことが必要だと思います。先生も子どももこれまであまり取り組んだことがない方法なので、早い段階で振り返りをもとに修正を加えていくことが大切だと思います。 また、振り返りと共に評価をどのようにしていくのかも課題です。先生方が個別に子どもたちの活動にコメントをすることも大切ですが、自己評価をより重視してほしいと思います。調整力を働かせ、次の活動をどうすればよいかを子ども自身が考えるようにすることが大切です。振り返りを通して、子どもたちの学びに向かうエネルギーが高まるような工夫が必要になると思います。 ここでもグループの中でかかわれない子どもをどう育て評価するかが課題として出てきました。「グループや他者に自分がどのような貢献ができたか」と「他者からどのようなことを助けてもらえたか」、「相手の言っていることを理解したか」と「相手に自分の考えが伝わったか」といった表裏の視点で評価することで、かかわりを意識することができると思います。そして、ポジティブな評価を意識した互いの振り返りを共有することで、それぞれが自分のよさや成長に気づけるようにしたいところです。毎回の活動を振り返っていくことは大切ですが、情報が増えてくると整理しづらくなってしまいます。一定のスパンで振り返りを俯瞰して見直し、自己の成長を価値付けするような場面が必要になると思います。 新学習指導要領への対応については、教科主任が集まって、教科の考えを共有する場をつくることを考えています。教科を越えた共通の視点で考えることと教科の独自性を大切にして考えることの両方を大切にしながら、学校としての共通の基盤をつくろうという考えです。授業研究については、教科として新しい学習指導要領をどうとらえるかを具体的に示すようなものにしていこうとしています。 個々に行われているよい取り組みが次第につながってきました。いよいよ学校全体に広げる時が来たようです。 これからの数年が正念場だと思います。 |
|