市の研修会
昨日は、市の研修会で講師を務めました。2日間の第1日目です。この日のテーマは授業の導入の工夫でした。
最初に私から導入のポイントについてお話しました。 ・子どもに興味・関心を持たせる ・本時に必要な知識を整理する 大きくこの2つに絞ってお伝えしました。 「子どもに興味・関心を持たせる」ということは、子どもにうける話をすることや、テンションを上げることではありません。子どもにとって必然性のある課題、リアリティのある課題につなげることが大切です。そのために意識してほしいことは子どもに疑問を持たせることです。 ・具体物に操作する、映像などの視覚に訴える。 ・日ごろ目にしたり接したりしているが、知っているつもりであったり、実はしっかり考えたことがなかったりするようなことを問いかけ、「???」を子どもに持たせる。 ・教師が一方的に説明するのではなく、子どもにできるだけ発言させる。 そのとき、根拠のある発言(仮説)を求め、子どもたちの中に対立軸をつくると、どちらが正しいか考えることが課題になる。 根拠を求めないときは、無駄に議論しない。そのかわり、学習終了後同じ問いを発することで、考えがどう変化したかを評価する(進歩を実感させる)。 このようなことを、具体例をもとに話しました。 「本時に必要な知識を整理する」ということは、安直に前時の復習をすることではありません。教材研究をしっかりして、この時間に必要な知識に絞って整理する必要があります。その知識が既習であった場合、どのようにして確認するかも大切です。一方的に教師が説明するのでなくできるだけ子どもを活躍させることが必要です。また、具体的な授業場面を思いださせ、その時の経験をもとに考え方や手法などのメタな知識を復習する方法もあります。 このほかにも、子どもの集中力・やる気は授業のスタート時が一番高いので、導入に時間をかけすぎないようにして、できるだけ早く本題に入ることが大切であることも伝えました。 私の話の後、グループごとに事前に決められた教材の導入部分を互いに模擬授業をすることで学び合い、午後からは各グループの代表による模擬授業を全体でおこないました。 驚いたのは、この研修のために多くの方が事前にしっかりと教材研究をされていたことです。小学校しか経験がないため、中学校の経験のある同僚に知恵を借りた方。5年生の教材に関連して、3年生や4年生の教科書も調べてきた方。導入部分の教材をデジタル化してiPadで持ってこられた方。感心させられることばかりでした。模擬授業の経験がほとんどない方たちでしたが、一つの教材についてみんなで考え工夫し合うことはとても新鮮で、楽しくまた学びの多いものだったようです。 午後からの全体での模擬授業はとても内容の濃いものでした。 1つ目は、中学校の学級活動でした。勉強に関する悩みを自覚し共有するという活動の導入部分です。 授業者は文部科学省のホームページから中学生の悩みを調べておき、どの項目が多いか子どもたちに問いかけ、相談させました。子ども役の様子を見ると自分の意見を言って終わっています。相談といっても根拠となる情報がないので、自分の感覚で発言した後深めることがないのです。こういう根拠を求められないことは、相談や話し合いをせずに、素早く聞いて次に早く進むことが大切です。 子ども役の多くは、友だち関係の悩みを選びました。授業者は統計では勉強の悩みが60%以上ということから、勉強の悩みについて取り上げることを伝え、具体的な悩みが書かれたチェックシートを配って進めました。 客観性のあるデータは説得力のあるものですが、子どもたちに予想させた段階で自分に引き付けて考えています。せっかく自分に引き付けたのに、全国のデータをもとにして話が進むというのは釈然としません。このことを子ども役の先生が伝えてくれました。 勉強の悩みに最初から絞るつもりなのですから、「全国では、勉強の悩みが一番多いんだ。君たちはどうかな?」と問いかけ、「全国の中学生はこんなことで悩んでいるようだけど君たちにあてはまるものはないかな」とチェックシートを配れば、自然に自分の問題として考えることができると思います。 授業者が事前にデータを集めて臨んでくれたおかげで、資料の使い方について考えるよいきっかけとできました。 2つ目は、小学校5年生の算数で、見積もりを使った計算の導入です。グループで数値をどうするかなど、詳細に検討されていました。授業を見守っている同じグループのメンバーの視線も非常に熱いものでした。授業者はとても話し方がうまく、子ども役の先生方も引き込まれています。しかし、どうしてもしゃべりすぎになってしまいます。算数の本質と関係ないシチュエーションに時間をかけてしまいました。実際に計算できるだけの時間を与えてたので、計算の工夫をする必然がない導入になってしまいました。 後でグループの先生に聞いたところ、カードを使って素早く計算するようにプレッシャーをかけるとよいと考えたが準備の時間がなかったということでした。自分たちでしっかり考えることができていたようです。グループでの学びは大変大きかったようです。 3つ目は、国語の同訓意義語の導入でした。「あつい○○」という言葉を子どもたちに次々に言わせたあと、どういう「あつい」かを説明させる流れです。子ども役から出てくる言葉を大切にしてしっかりと受容していました。子どもの活動量が多いとてもよい導入です。ただ、子どもの言葉を教師が受け止めることが中心で、他の子どもにつなぐことをしなかったのが残念でした。「あつい○○」の説明を発表した子どもにさせましたが、そうではなく、他の子どもに説明させればとてもよい展開になったと思います。また、最初の子ども役が「気温が高い」と明確な言葉で言ったために、それに引きずられて言葉で説明する雰囲気になってしまいました。もともと言葉での説明にこだわっていなかったのですが、「厚い」をうまく表現できずにジェスチャーで示した子ども役に対して、「ぶあつい」と授業者が言葉で言い換えてしまいました。他の子どもに助けさせるという発想がほしいところです。また、最初は言葉の説明に頼らないでおいて、後から漢字を使うことでそのよさに気づかせる方法もあったかもしれません。とはいえ、シンプルですがそれ故にとてもわかりやすい、導入の基本が押さえられているものでした。 三者三様の授業の導入で、参加者はとても学ぶことが多かったのではないかと思います。私自身も、子ども役の反応や発言から色々なことに気づくことができました。次回はグループ活動を活かした、子ども同士のつながりを大切にした授業に各グループの代表が挑戦してくれます。今回同様、学びの多い研修会になるものと楽しみにしています。 個別指導が最良の方法ではない
少人数授業を見たり、先生方とお話したりして感じるのは、できない子どもに対しては個別指導が一番の解決方法のように考えられていることです。教師ができない子どもを直接教えればできるようになる。時間的に余裕があれば、個別に指導できるのに残念だ。そう考えられているようなのです。巷でも個別指導塾が流行っているようです。家庭教師も相変わらず需要があるようです。個別指導が最良の方法なのでしょうか。
教師は基本的に正解を知っている、正しいことを言う。学習場面で絶対者です。多くの子どもは教師の言うことを疑うことができません。教師の言う通りにすればできる。教師の指示に従わなければならない。教師の説明を理解しなければいけない。たとえわからないところを自らたずねたとしても、教師が説明し始めれば、基本受け身になってしまうのです。 しかし、学習は自分で考えることが大切です。この考えでいいのか、他にはないのか。自分の考えの方向性が正しいかどうか、自分で判断することも重要です。また、他者の考えを無批判に受け入れるばかりではいけません。その考えを理解し、それが正しいかどうか判断することが必要です。 私は、教師ではなく友だちにたずねることを大切にするように言っています。授業中に教師がわからない子ども全員に個別対応することは不可能だからです。しかし、理由はそれだけではありません。友だちは基本自分と同じ立場です。「あれ、そうなのか?」と疑問をはさむこともできます。教師のように理路整然とはしていないので、相手の言っていることがすぐに理解できないこともあります。咀嚼する過程で、自分で気づけることもあります。教師が個別に教えるよりも、子どもにとってはより学びが多いのです。 個別指導は一つ間違えれば、学習形態の中でも究極の受け身を強いるものになります。個別指導の塾などで学習してきた子どもの中には、自分では何をどう勉強すればよいのかすらわからず、常に教師を頼るようになってしまっている者もいます。個別指導に頼るだけでなく、子ども同士に任せることも積極的に選択肢の中に入れてほしいと思います。 体育で大切にしたい活動
体育は体を動かすことが大切になります。活動量を確保することがとても大切な教科です。しかし全員が一度に活動できる場面は意外と少ないものです。鉄棒や跳び箱のように順番待ちがあるもの。施設の関係で、同時に全員が活動できない競技もあります。体を動かせない時間が思った以上に多いのです。また、活動量が大切だからといって、ただ動いていても上達しません。ポイントを意識して活動する必要があります。
こういった問題を解決するためには、体を動かす以外の活動を大切にすることが必要です。 それぞれの競技や種目、練習ごとにポイントがあります。そのポイントを意識して友だちの活動を「見る」こと。そのよかったこと、改善すべきことなどの気づきを「伝える」こと。こういった活動を取り入れるのです。 個人種目であれば、ペアで互いの演技やフォームなどを観察し気づきを伝え合う。 集団種目であれば、チーム内で互いの動き等について振り返る。チーム内で交代があるのなら、ペアを組んで観察し合う。他チームの試合を観察して、気づきを自チームで共有する、他チームに伝える。 全体での発表で、気づきを全員で共有する。 こういったことは体を動かしませんが立派な活動です。このような活動を取り入れることで、子どもたちが漫然と時間をつぶしている無駄な時間が減ります。また、意識して友だちを見ることで、自分自身もポイントを意識して活動するようになります。 体育の時間では、体を動かす以外の活動も大切にしてほしいと思います。 コミュニケーション力を考える
コミュニケーション力ということがよく言われます。企業の採用でも一番重視されるのはコミュニケーション力だと聞きます。しかし、私が耳にするコミュニケーション力のとらえ方に違和感を感じることがあります。
一つは、プレゼン力という言葉で置き換えられることが多い、発信する力に偏っているということです。一方的に自分の考えを伝える。いかに、自分を認めさせる。そこにエネルギーを使っているように感じます。相手の事をわかろうとする。相手の言葉を理解しようとする。そういうことを軽視しているのではないでしょうか。 互いに発信するばかりでは、コミュニケーションは成り立ちません。受け止める姿勢が大切です。プレゼン力も、自分の考えが相手にどのようにとらえられているのか、相手の立場に立てばどのように聞こえるのか、感じるのか。そういう聞き手意識を大切にし、相手の表情、反応に合わせて変化できることが求められます。 もう一つは、受容のあり方です。相手を受容することがコミュニケーションでは大切です。しかし、「なるほど」「すばらしい」という受容の言葉を使うだけで、かかわり合いが表面的なもので終わっていることが多いのです。コミュニケーションには、相手の考えを理解し、それを深めていくことが求められますが、そこまでは踏み込まず、互いに表面的に認めあって終わってしまっているのです。互いに傷つくのを恐れているようにも感じます。コミュニケーション力は、ぶつからない力、仲良くやる力ではないのです。ぶつからない、仲よくするに越したことはありませんが、互いの考えを理解しわかり合う、そういう力だと思います。具体的に相手のどこに共感するのか、またどの部分が納得できないのか、それを明確にして伝え合うことが大切です。たとえそこで摩擦があってもきちんと伝え合うことで、解消できるはずです。そこまでできて、初めてコミュニケーション力があると言えるのだと思います。 また、集団で一つのことに取り組んでいるとき、自分から発信はしなくても、全体を見て欠けているところを補う、自分がやるべきことを言われなくてもできる。そういう人もいます。目立たないためなかなか評価されませんが、みんなの状況を理解し、自分の考えを行動で示しています。これも広い意味でのコミュニケーション力だと思います。 学校でもコミュニケーション力ということが言われるようになってきました。コミュニケーション力を考えるときに、発信ばかりにこだわらない。表面的な受容ではなく相手をきちんと理解する。集団の中で自分の役割を意識する。こういうことも意識してほしいと思います。 美術館で考える
先日久しぶりに美術館に絵を見に行きました。今回の目玉はフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」でした。これ以外にも、レンブラントやルーベンスなどの素晴らしい作品をたくさん目にすることができ、とても充実した時間を過ごすことができました。
人気の「真珠の耳飾りの少女」を最前列で見るためには並ばなければなりません。係の方が立ち止まらずに移動しながら見るように呼びかけています。ある男性が、「止まらずにどうやって見るんだ」とつぶやいていました。確かにそうですね。私は最前列で見ることはあきらめ、少し遠くなりますが並ばずに立ち止まって見ることを選びました。じっくり見ることで初めてわかることもあります。素晴らしい作品であるからこそ、落ち着いてじっくり見たいものです。 授業でもこれと似たことを感じることがあります。 進度の関係でここまで進まなければならない。とりあえずは説明だけしておく。こういう場面を目にすることがあります。悪い言い方をすれば、言い訳づくりの授業です。こうなる原因に、教師が教科書の内容を説明しなければならない、授業で扱わなければ学習したことにならないという考え方があります。子どもも、授業で教えてもらわなかった、扱わなかったことが試験に出れば不平を言ったりします。知識を教えてもらう、扱った問題しかできない。それでは力がついたことにはなりません。自ら知識を得ようとする。見たことがない問題でも解決できる。そんな子どもに育てることが大切です。 すべての教材、内容が同列でありません。その単元でじっくり取り組むべきものを選ぶ必要があります。時間をかけてその課題に取り組むことで、必要な知識を自分で得る、どのような考え方をすれば課題を解決できるかがわかる。そのような教材に時間をかけるのです。力がついてくれば、教師が説明しなくても、自分の力で考え理解することができるようになります。授業ですべての内容を詳しく扱わなくても、自分でその隙間を埋めていくことができるようになるのです。 私の高校時代は「学校は何を勉強すればよいかを教えてくれるところ。勉強は自分でするもの」というのが当り前の感覚でした。そういう感覚を持った子どもに育ててほしいのです。 美術館で名画を鑑賞しながら、ふとこんなことを考えてしまいました。 小規模な小学校を訪問
昨日は山間部の小学校を訪問しました。今年から2年間、授業研究のお手伝いをする予定の学校です。この日は学校登校日で、子どもたちの様子を見せていただくことと、今後の進め方の打ち合わせが主な目的でした。この小学校は少ない学年は5人ほど、多い学年でも20人に満たない小規模の学校です。このような学校にかかわらせていただくことは初めての経験で、とても楽しみでした。
登校日の学級の様子を外から見ているだけなので断定的なことは言えませんが、事前の私の想像とは子どもたちの様子は大きく違っていました。 小規模な学校ですから、子どもたちは全員知り合いのはずです。子どもたちの関係性は強く、かかわり合いが多いと思っていました。ところが、意外と子どもたちはかかわり合いません。また、少人数なので教師の目が届きやすく、集団行動や学習規律はしっかりできっていると思ったのですが、これも思ったほどではありませんでした。 これは少人数指導にも通じることなのですが、教師が個別の対応を中心におこなっていることに原因がありそうです。わからなければ個別に教える。何かあればその場で教師が対応する。教師はきめ細かく一人ひとりに対応していると感じます。そのために、教師と一人ひとりの子どもの関係が強くなって、子ども同士の関係性が弱くなっているのです。また、目が届くために教師は集団行動や学習規律に対する感覚が鈍くなっている可能性も感じます。何か事があってもすぐに対応できる。素早くフォローすれば事なきを得る。個別に対応できるため、集団を育てる意識が弱いのです。 個別に対応することが悪いことではありません。しかし、子どもを育てるという視点では、個別指導に頼りすぎるのも問題があります。どのようにしていけばこの学校のよさを活かし、さらに子どもを成長させることができるか。とても挑戦し甲斐のある課題をいただきました。 午後から、先生方と対面し自己紹介をしていただきました。そのとき学校長から私の聞く姿勢に対して、「体が前に向き、笑顔でうなずいて聞いている」とおほめをいただきました。とてもうれしいことです。それを受けて、自己紹介の代わりに少し笑顔の話をさせていただきました。実は私の笑顔は素の物ではありません。教師になりたてのころは笑顔がとても苦手だったのです。訓練して笑顔をつくれるようにしました。うなずくことも意識して身につけたスキルです。笑顔も訓練で身につけなければならない、そんな教師としての適性もないところから出発したのです。 先生方はとても素晴らしい姿勢で聞いてくださいました。笑顔でうなずいたり、首をかたむけたりとてもよく反応してくださいます。そこで、予定にはなかったのですが、この日感じたことを話させていただきました。先生方が子ども一人ひとりに真剣に対応していること。そのエネルギーの素晴らしいこと。そのエネルギーをちょっと違う方向に向けるともっと素晴らしい可能性が開けること。このようなことをお伝えしました。うまく伝わったかわかりませんが、これからおつき合いさせていただく中で、少しずつ先生方に挑戦する気持ちになっていただければと思います。 この日は私にとってとても大切な出会いだったと思います。この学校とかかわらせていただくことで、新たな学びがたくさんできる期待でワクワクしています。このような機会をくださった校長、教頭、教務主任の方々に感謝です。 市の全体研修
昨日は市の全体研修をおこないました。模擬授業をおこなっていただきながら、私が解説をしていく形式です。昨年までは、模擬授業を舞台の上でおこないましたが、今回は小さめのフラットな会場で参加者と同じ目線の高さでおこなうことができました。参加者の反応を確認しながら進めることができ、とてもやりやすくなりました。
今回の模擬授業は小学校5年生の「めだかの誕生」の単元の発展で、「人はいつから人になるか」という課題を考えるものでした。オープンエンドで子ども同士のかかわり合いをどうつくることができるかがテーマで、道徳も意識したものです。 授業者は新しいことにチャレンジしてくれました。子ども同士の相互指名をレベルアップする方法として、つなぎ方(指名の方法)をパターン化して、教師がそのパターンを指示するというものです。 1 自分と答も理由も同じ人にあてる。 ・・・「同じ意見の人はいますか」 2 自分と答が同じで理由が違う人にあてる。 ・・・「同じ意見で、理由が私と違う人はいますか」 3 自分と答が違う人にあてる。 ・・・「違う意見の人はいますか」 4 自分の意見に対して何か言ってくれる人にあてる。 ・・・「私の意見に対して、何か言ってくれる人はいますか」 このようなパターンをもとに、子どもが発表した後に、「○番で聞いてください」と教師が指示するのです。こうすることで、子どもにつなぎ方を意識させようというのです。子どもが育ってくれば、教師が指示をせずに自分で判断させていこうというわけです。パターンがこの4つでよいかといった問題は別にして、このやり方をするのであれば、教師がなぜそのパターンで聞きたいかを明確にして、そのことを伝えながら進める必要があります。そうしないと、子どもは指示されたからその形で言っただけとなるからです。 「先生は○番で聞いてもらおうと思うけど、理由はわかる」 「○○だから、○番できいてもらおうかな」 「先生は何番で聞いてもらおうと思っているかわかるかな」 といったメタを意識した問いかけが求められます。しかし、これをあまり多用すれば本題のつながりが切れてしまいます。バランスが難しいと思いました。本来教師が考えてつなぐところを子どもたちやれるようにしたいという、非常に高いレベルの目標です。大舞台でこのようなチャレンジをしてくれる姿勢に感心しました。 今回、子どもが話す、つなぐことを強く意識した授業に挑戦してくれたおかげで、残った、聞く・受けるということの大切さも明確になりました。子どもが友だちの意見をどれだけ集中して聞けるか、手を挙げて意見を言えない子どもをどう活かすか。授業者が相互指名にこだわって子どもの反応をうまく拾えなかったことが、かえってその重要性に気づかせてくれました。 そのほかにも、とても勉強になる場面がたくさんありました。 人の胎児の成長を示していく場面です。これは知識の問題です。ここはさらりと流したかったのですが、資料に子ども役が引き付けられて反応しました。そこで、授業者は子どもに質問をしました。知識がなければ答えられない質問です。知らない子どもは参加できません。そうではなく、反応している子どもに、その理由を聞けばよかったのです。子どもから出る疑問に教師が応える、または調べてごらんと子どもたちに課題として与える。そういう対応もあることをお話しました。 また、ワークシートに考えをまとめる場面で、授業者は机間指導をしながら子どもたちの考えを把握していました。全体の意見交換の場面では、その情報をもとに指名をします。しかし、机間指導に集中するあまり、子どもたちのおもしろい動きに気づいていませんでした。隣同士、互いワークシート見あって相談していたペアが2組あったのです。個人作業といっても、早くできてしまった子どもはすることがありません。まわりと相談したり見せ合ったりすることは自然に起こることです。 教師がストーリーをつくって「言わせたいこと」を発表させる方法だけでなく、何を話していたのか「聞きたいこと」を発表させるという方法もあります。彼らに、どんなことを話していたか聞くという選択肢もあったのです。机間指導で子どもの作業の結果に集中するのではなく、全体を眺め子どもたちの作業の様子を見ることも大切なのです。 途中で私が割り込むので、授業者は流れを切られとても大変だったと思います。日ごろの力の半分も出せなかったのではないかと想像します。しかし、うまくいかないからこそ参加者は多くのことを学べたのです。授業者は自校では先生たちを指導する立場です。今回の経験がきっとそこに生きてくることでしょう。また、高い目標にチャレンジする姿勢は、さらなる進歩につながっていくはずです。 この模擬授業シリーズも3回(年)で一区切りとなりました。私もよい経験を積ませていだきました。参加された先生方にもよい学びとなったのではないでしょうか。先生方の研修に積極的な市です。次年度以降どのような企画が出てくるのかも楽しみです。充実した時間を過ごすことができて感謝です。 夏休みの研修をどう活かすか
8月に入って、夏休みの研修も本格化してきます。私もいくつかお声をかけていただいていますが、授業のないときの研修なので、講演や全体研修のような形式が多くなります。受講者が受け身にならないような工夫が必要になります。
一方、受講者の立場でいえば、よい話を聞けた、勉強になったと思っても、授業がないのですぐに試すことはできません。2学期になるころには感動も薄れて、結局何も変わらなかったりします。そのためか、夏休みの終わりに研修をおこなうところも多いようです。 夏休みの研修を活かすには、学んだことを自分の授業に当てはめ、できるだけ具体的にしておくととよいでしょう。教科書を開いて、2学期の最初の単元でどう活かすかを考えます。早く授業をやってみたい、そういう気持ちになるはずです。そこで、ポイントとなること、意識したいことを教科書に書きこんだり、付箋紙に書いて貼ったりします。こうすることで、2学期になって授業をしようと教科書を開いたときに、研修を受けた時の新鮮な感動を思い出せるはずです。 また、研修でメモしたことをそのまま記録としてしまっておかずに、読み直しながら要点を箇条書きにして、その一つひとつを付箋紙に書くという作業をしてみるのもよいと思います。そして、教科書を広げて活かせそうなところにこの付箋を貼っておくのです。自分で整理し直すことで学んだことが定着します。このような作業は時間に余裕のある夏休みだからこそできることでもあります。 夏休みだからこそ、余裕をもってじっくり研修を受けることができます。これに限らず、自分なりの研修を活かす工夫をいろいろとしてみてください。「いい話だった」「勉強になった」と感動しただけで終わらせないようにしてほしいと思います。 |
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