暑い日が続くことが予想されています。熱中症対策に気をつけてください。十分に水分を取ることと帽子の着用をしてください。

1月20日 あいさつ運動を通して育つ心

 今伊勢西小学校のあいさつ運動に参加しました。20名近くの中学生と小中学校の教職員、健全育成会や学校運営協議会のみなさん、老人会のみなさんのご協力をもとに、今日のあいさつ運動を行うことできました。とても寒い中でしたが、小学生の皆さんの明るく元気な笑顔がさわやかでした。中学生の皆さんも、久しぶりに会った弟や妹たちを、温かく見つめる目が印象的でした。参加していただいた方々には、立派に成長した「もと小学生」の今中生を見て、大きくなったこと、そして今もがんばっている姿を見ていただくこともできました。これからも、小学校と中学校がしっかりと手をとり、子どもたちのためにつながり、守り、育てていきたいと思います。ご協力をお願いします。
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1月17日 決して忘れてはいけないこと

今年も1月17日がやってきました。今から19年前、今伊勢中のみなさんが生まれる少し前に「阪神淡路大震災」が発生しました。
1995年(平成7年)の午前5時46分、マグニチュード7.3の巨大地震が発生し、大きな被害を出したのです。調べてみると、死者 : 6,434名、行方不明者 : 3名、負傷者 : 43,792名 避難人数(ピーク時): 316,678人、住家被害 : 全壊104,906棟、半壊144,274棟、全半壊合計249,180棟(約46万世帯)、一部損壊390,506棟、火災被害 : 全焼7,036棟、焼損棟数7,574棟、罹災世帯8,969世帯、その他被害 : 道路7,245箇所、橋梁330箇所、河川774箇所、崖崩れ347箇所、被害総額 : 約10兆円規模という記録が残っています。
この後、兵庫県教育委員会が作成した中学生向けの「明日に生きる」という副読本が発刊されました。その中に掲載されているお話を読んでみてください。
私たちは、いつおきるか分からない様々な災害、事件、事故に対して、できる限りの予防策や危険予知情報、家族での十分な話し合いをしておく必要があります。東日本大震災も含めて決して忘れてはならないことです。

「語りかける目」
1月23日、私は2回目の出動をした。
任務は長田署管内の救出活動・遺体捜索。そして林野工業高校体育館における遺体管理と検死業務の補助であった。仮の遺体安置所になった体育館は、たくさんの遺体と、それに付きそう遺族であふれていた。
 そんな中で、一人の少女に、私の目はくぎづけになった。その少女は、ひざの上に置いた、焼け焦げた「なべ」にじっと見入っていた。泣くでもなく、哀しむでもなく、身動きもせず、ただじっと見入っていた。
 私は、その少女に惹かれるように近寄っていった。「ナベ」の中には、小さな遺骨が置かれていた。
「どうしたの。」
思わず問いかけた私の一言が、その少女を泣かせてしまった。どっとあふれだした涙をぬぐおうともせず、懸命に私の目を見つめ、とぎれとぎれに語り続けた。「ナベ」の中は、少女が拾い集めた母の遺骨であるという。
 その夜、(1月16日)も少女は母に抱かれるように1階の居間で眠っていた。何が起こったかも分からないまま、気がついたときには母とともに、壊れた家の下敷きになって、身動きできない状態になっていた。それでも、少女は少しずつ体をずらし、何時間もかけて脱出できた。家の前に立って、何がなんだか分からないまま、どの家も倒れているのを見た。多くの人が、何かを叫びながら走り回っているのを見た。
 しばらくして、母が家に取り残されていることに気がついた。
「お母さんを助けて。」
「助けてお願い。」
と、走り回っている大人たちに片っ端からしがみつき、声を限りに叫び続けた。誰にもその叫びは聞こえなかった。声は届かなかった。迫ってくる火事に、母を助けられるのは自分しかいないと、哀しい決断を強いられた。
 母を呼び続け、懸命に家具を押しのけ、がれきを放り投げ、一歩一歩母に近づいていった。やっとの思いで、母の手を捜し当てた。姿は見えなかった。母の手をみたとたん、その手を握り締めた。その時、少女の手は血まみれになっていることに気がついた。
「おかあさん、おかあさん。」
「かあさん。」
手を握り締め、泣きながら叫び続けるだけであった。
 火事は間近に迫っていた。火事の音が聞こえ、熱くなってきた。母は懸命に語りかけたが、かぼそい声で少女には聞こえなかった。
「おかあさん、おかあさん。」
と、叫び続ける少女に、名前を呼ぶ母の声がようやく聞こえた。
「ありがとう。もう逃げなさい。」
と母は、握っていた手を放した。
 熱かった。怖かった。夢中で逃げた。すぐに、母を抱え込んだまま、わが家が燃えだした。立ち尽くし、燃え盛るわが家をいつまでも見続けた。声も出さなかった。
 翌日、何をしたか、どこにいたか、覚えていない。
 翌々日、少女は一人で母を探し求めた。そして見つけだした。
 少女は、いま一人で、見つけだした母を「ナベ」に入れ、守り続けている。
 語り続ける少女の目から、いつのまにか涙が消えていた。ただ聞くだけの私は、声も出ず涙だけがあふれ続けた。母と二人、この少女がどんな生活をしていたのか、私は知らない。一人になったこの少女に、どんな生活が待っているのか、私にはわからない。
「この少女に神の加護がありますように。」生まれて初めて「神」に祈った。この少女になぐさめの言葉も、激励の言葉も何も言えなかった。何度も何度もうなづくだけで、少女の前を逃げた。
 少女は、最後まで私の眼を見続け、語り、そして語り終えた。その目は、もっと多くのことを私に語りかけ、今も語り続けている。
 目は生きていた。
 哀しいと思った。
 美しいと思った。
少女の名前を聞くのさえ忘れていた。  (警察官の手記)
出典「明日を生きる」兵庫県教育委員会編 より

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1月7日 3学期始業式

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 2014年のスタートです。今日は一段と寒さが厳しい日となりましたが、気持ちを引き締めて新しい学期をはじめましょう。
 式では、校長先生から、次のようなお話がありました。

 三学期はまとめの学期、0学期といわれます。一年間の自分の成長を振り返るとともに、何ができるようになり、何がまだ足りないのかをしっかりと確認し、補っていきましょう。
 「自立」と「貢献」について何度か話しました。
「自立」については、まず前提として、当たり前のことが当たり前にできること。たとえば、「あいさつ」「礼儀」ができること。「授業の5か条のルール」を守ること。「清掃」にしっかりと取り組むことなどが大切です。
 その上で「○○○について、自ら考え、正しく判断し、行動できる力」をもつことが「自立」につながります。この○○○には、「進路」や「学習」、「いじめ防止」、「人と人との関係」という言葉を入れて、読み直してみてほしいと思います。
 「貢献」については、今年、今中生の貢献度はぐっと上がりました。地域の皆さんからも、よくやってくれたというこえが たくさん聞こえてきました。特にゴミ0運動での、老人会の皆さんとの協働の取組は、大きな成果となっています。
 3学期はとても短く、かつ内容の濃い学期です。1,2年生は、先輩のために。3年生は今中のために、何ができるかを考えて行動してほしいと思います。
 最後に、今月からの3年生諸君の健闘を祈ります。
 最高の学期となるように、みんなでがんばりましょう。

1月3日 つながること

 昨日、今日の2日間開かれた、第90回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)は3日、箱根・芦ノ湖から東京・大手町の読売新聞新社屋前までの復路5区間109.9キロのコースで行われ、往路1位の東洋大が10時間52分51秒で2年ぶり4回目の総合優勝を飾りました。きっとテレビに釘付けになった人も多かったのではないでしょうか。
 この箱根駅伝、実は多くの大学が、伊豆大島でトレーニングを積み重ねていることを知っていますか。
 風が強く、起伏があり、道を走る車の量が少ないなど、箱根の環境に近いこと、合宿のできる宿が多いことなどから、伊豆大島が、長年利用されています。
 しかし、昨年、伊豆大島は台風できわめて大きな被害を受けました。そんな状況の中でも、切れずにつながる人と人との絆について、1月1日のスポーツ報知の新聞記事から引用して紹介します。
 昨年10月の台風26号が巻き起こした土砂災害で死者36人、行方不明者3人を出した伊豆大島には、箱根駅伝(報知新聞社後援・2日号砲)に出場する駒沢大の復活優勝と学生駅伝3冠達成を願っている人たちがいる。例年、同島で合宿を行っている駒大の大八木弘明監督(56)には、17年に及ぶ島民との交流の中で「親衛隊」が結成されており、その中には被災した人も少なくない。島民は「『希望の優勝』で島を勇気づけてほしい」と、本番を楽しみにしている。
 土砂災害に見舞われた大島町元町。がれきや土砂は片付けられたが、道路にはいまだに土のうが積まれ、漁港では毎日重機を使って泥のかき出し作業が行われている。徳住真蔵さん(71)が営む焼き鳥店「花鳥」は、1996年から大八木監督が通うなじみの店だ。
 台風26号が島を襲った昨年10月16日午前3時ごろ、長男の大亮さん(42)は閉店後の後片付けで皿洗いをしていた時に土砂災害に見舞われた。「気がついたら首まで埋まっていた。何が起きたのか分からなかった」。九死に一生を得たが、店は半壊。いまだに営業再開の見通しは立っていない。
 11月6日から1週間を予定していた駒大の合宿は中止になったが、大八木監督が同18日に1泊2日で慰問。徳住さんに選手のメッセージやTシャツなどを贈って励ました。「忙しい中で無理をして来てくれて胸が詰まりそうになりました」。真蔵さんの妻・宣子さん(69)はしみじみと話した。
 17年に及ぶ交流で、店と常連客の間で、いつの間にか大八木監督の「親衛隊」が結成されていた。中には今回の台風で親せきを3人亡くした人もいる。新中央航空株式会社大島運航所所長の鈴木政勝さん(56)は「親衛隊」の中心メンバー。2009年の暮れに妻・多寿子さんが49歳の若さで乳がんで亡くなった時には、訃報を知った大八木監督が通夜の日に「今から行きます」と電話をかけてきたという。
 「箱根駅伝の直前でしたから『大丈夫です。その代わりいい報告をしてください』とお願いしました。終わってから日帰りで島に来て墓前に復路優勝(2010年)を報告してくれたんです。あんな義理堅い人はいないなあ」。大八木監督と島民の絆はこれほどまでに深い。
 駒大は箱根で6年ぶりの総合優勝を狙う。出雲駅伝、全日本駅伝に続く学生駅伝3冠達成は、島の「親衛隊」の悲願でもある。
 台風直後は災害救援車両が往来していた駒大“愛用”の約10キロの海沿いコースも、今は平穏を取り戻し、絶景が広がっている。駒大は箱根駅伝終了後の2月に合宿を計画中だ。定宿の「グリーンホテルたかた」の代表・高田幹夫さん(64)は「優勝を持って大島に来て勇気づけてほしいです。そして大八木監督の威勢のいい声が聞きたい」とエールを送っていた。

 いよいよ三学期です。人が成長するには、やはり人と人とのつながりから学ぶことが多いといえます。
 皆さん今中生も、地域の方々の温かい気持ちを気づかないうちにたくさんたくさん受け取っています。同じように、クラスの仲間、先生、お家の方々への感謝の気持ちを持ち続けてほしいと思います。
 三学期は、とても短くとても重要な学期です。一年のまとめの学期だからです。このクラスでよかったと、心から思える。そういう教室を作っていきましょう。友達の頑張りや、喜びを自分のこととして感じ取れるようになれたら、すばらしいクラスになったといえるでしょう。
 充実の三学期。みんなで創り上げましょう。
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