自分の授業をより高めたい数学教師に読んでほしい本

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静岡の武藤寿彰先生の「ペア、スタンドアップ方式、4人班でつくる! 中学校数学科 学び合い授業スタートブック」の紹介です。

武藤先生は「学び合い」を目的として授業をしてきた方ではありません。一部の子どもが活躍するのではなく子どもたち全員が参加し、わかるできるようになる授業を目指してきた方です。その過程の中で、いろいろな授業に挑戦されてきました。ごく普通の公立学校の教師として、積み重ねた実践がまとめられたものです。ここで紹介されている授業の形態は、「ペア」や「4人班」であったり、「音声計算トレーニング」であったりと一般的に行われているものやどなたかが提唱しているものだったりします。知っている、やっているという方もたくさんいらっしゃるでしょう。しかし、注目すべきは、単なるやり方の紹介ではなく、武藤先生がそれを自分の理想とする授業を実現するための方法として、どの場面でどの形態を使うのか、どのようなことを意識してきたのかといったことが記されていることです。何を目指してどう活用したかのポイントが書かれているので、読者自身が目指す授業の実現に活かしやすいのです。例えば「音声計算トレーニング」であれば、どの問題をどのような順番でやらせるとよいのかといった、武藤先生のオリジナルの考えや工夫がそこにはあります。

また、スタンドアップ方式は武藤先生のオリジナルな部分が多い方法です。子どもが自分で相手を探して説明に行ったり、教えに行ったりする方法です。4人班では人間関係が上手くいかない学級では、これに似た方法を使うことがよくあります。授業以外の生活場面での人間関係を使う方法でもあります。そのため、私はこういったやり方に否定的な立場をとっています。特定の子ども同士ばかり関係ができたり、誰ともかかわれない子どもが出てきたりする危険性があるからです。しかし、武藤先生のスタンドアップ方式では、「全員がゴールできるように、クラス全員が持てる力を出す」「やり方や答を教えるのではなく、ヒントを与えて相手に理解させ、納得させることを心がける」「1人でできそうなら、そばに立っているだけでもよい。間違えていたり、つまずいて止まっていたりしたら、積極的にかかわる」・・・というように、決してそのようなことが起こらないようなルールが決められています。このルールこそが、武藤先生の授業観、子どもたちへの思いを現していると思います。このルールを知ることだけでもこの本を読む価値があると思います。

授業事例もたくさん載っています。読者の教師としてのこれまでの経験によってそこから得られるものは異なってくると思います。多くの経験を積んだ教師ほど、より多くのことを学べると思います。自分の授業を振り返り、より高いところへ到達したいと思う方にとっては、とても役立つ事例だと思います。

この本を読むと、「学び合い」はこうでなければいけないというルールややり方ではなく、子どもたちの実態に合わせて工夫することが大切だと気づけます。それと同時に、子どもたちを信じ、子どもたち全員が互いにかかわり合い高め合う力を身につけることを願って授業を続けている武藤先生の熱い思いに触れ、明日から頑張るエネルギーをもらえることと思います。
手っ取り早く「学び合い」のノウハウを手に入れたい方ではなく、理想とする数学の授業に到達するために「学び合い」をどう取り入れようか考えている方にとって、そのためのヒントや指針が手に入る本だと思います。

スタッフの思いの強さを感じた研修会

先週末は、授業力アップの研修会にオブザーバーとして参加させていただきました。今年で13年目になりました。中心となるスタッフの方はほとんど変わっていません。通常であればマンネリになるところなのですが、毎年手を加えてよりよいものにしようとしています。
今年はいつもと違って、最初に「子どもを動かすスキル」という講座が加えられていました。授業の形を取りながら、その中に子どもを動かすためによく使われるスキルが埋め込まれていました。最初に受講者が体を動かしたり、声を出したりすることで会場をあたためることを意識していたようです。これが功を奏したのでしょう、この後の講演での反応や講座での表情は例年に比べてとてもよかったように思います。こういった細かな工夫が積み重なって今があることがよくわかります。

このスキルの講座で残念だったのが、ねらいが微妙にずれる場面があったことです。何をねらっているのかが受講者にわかりづらいために今何を感じ取ればいいのかが不明確になってしまったのです。野口芳宏先生の○か×かを全員に決めさせるスキルを使う最初の場面は、ティッシュペーパーの箱の模様を使って、向かう合う面に同じ模様があることを気づかせる一連の活動の後でした。この活動を使って授業ができそうかどうかを○か×かで聞きました。受講者の立場で言えば、これを活かした授業を考えるのかと思ってしまいます。続いて、この活動を導入に使った授業の例を2つ示します。そこでも、子どもを動かすスキルを使って授業を行なうのですが、先ほどの問いかけの影響が残り、どうしても視点が授業の流れや中身に目がいきます。スキルを伝えることが目的だからでしょう、通常の授業であれば省略しない、答をどのようにして見つけたかを共有することや正解であることを実際に確かめるといった場面はありませんでした。人によってはそのことが引っかかったかもしれません。また、会場の雰囲気を柔らかくするために、ゆるキャラを使って子ども役の興味を引くこともします。ご当地ゆるキャラやコンテストの投票の話をしますが、どこまでが授業のシミュレーションなのか、スキルを実感する場面なのかはっきりしませんでした。
最後に、子どもを動かすスキルを「全員参加させるため」として。「野口式○×法」「指でさして答える」「全員起立して順番に答える」とまとめました。具体的な例もよいのですが、「誰でもできること」をまずさせるという基本となる発想を伝えるべきだと思います。「わかった人?」「困っている人?」といったことを聞けば、該当しない人は手を挙げません。そこで、まず全員立たせたり挙手させたりしてから、座らせたり、手をおろさせたりすれば、全員を動かすことができるわけです。この発想があれば、全員参加のスキルはいろいろと考えられるはずです。
具体例と合わせて「子どもの反応をよく見る」「切り返しの発問、意図的指名」を提示しますが、これは授業の場面のどこでどうであったかは解説されません。この言葉だけでは、少経験者は実際にやれるようにはなりません。もちろん、ここまでをねらっているわけではないのでよいと言えばよいのですが、中途半端な気がしました。
そして、子どもを動かすためには、スキルだけではなく、「?」や「!」をつくることが重要で、「身近なものや具体物」「手作りの掲示物」が有効であることを伝えます。確かにそうなのですが、これもやはり例でしかありません。「?」や「!」をつくるために工夫をしなさいということを伝えたいのでしょうが、小手先のような気がします。
30分という短い時間なので、何をメインにするかはっきりさせて、そこを第一に講座を構成するとよかったと思います。雰囲気づくりが第一であれば成功なのでしょうが、タイトルが「子どもを動かすスキル」となっているので、受講者としては消化不良だったのではないでしょうか。

愛知教育大学名誉教授の志水廣先生の講演は、いつものように子どもたちの気持ちに寄り添った授業観で具体的なお話しでした。会場の反応がよかったせいか、いつも以上にのりのよい講演でした。受講者にとって学びの多いものだったと思います。

実習では、受講者の笑顔を多かったことが印象的でした。先生役をやる時は、たいていは緊張してなかなか笑顔が出ないものですが、この日の受講生はとてもよい表情で先生役に挑戦します。大ホールで小グループに分かれて行っているので、互いによい影響を与え合っているようですが、裏を返せば雰囲気が悪いと全体が落ち込んでいきます。そうなっていないのは、スタッフの力によるところが大きいと思います。スタッフの笑顔が素晴らしいのです。先生役と子ども役の双方をしっかりとポジティブに評価しています。先生役と子ども役は互いに影響し合います。このことをしっかりと理解しています。最初の講座から始まり、最後までスタッフが雰囲気づくりを大切にしていることはとても素晴らしいと思いました。こうした講座を企画すると、どうしてもプログラムやその内容にばかりに意識がいきますが、雰囲気づくりも大切にできることは、長年の積み重ねの結果だと思います。

これだけ長く続いている研修会ですが、スタッフもそれだけ歳を取って来ています。中心メンバーの一人に、後継者の問題を含めてこれからのことをたずねました。「無理やり後継者をつくってもうまくはいかない。自分たちは思いがあってここまで続けてこられた。そういった思いがなければこのような研修会は続けることはできない。次の世代が、自分たちの思いで新しいものをつくればよい」。この答を聞いて感心しました。自分たちでつくったものを何とか継続させたいと思うのが常です。形ではなく、その思いを大切にしているからこそ、次世代が自身の思いで新たなものをつくってほしいと願っているのです。逆に、この研修会のスタッフの思いの強さもよくわかります。
毎年、私自身多くのことを学ばせていただいている研修会です。少しでも長く続くことを心から願っています。
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