横山浩之先生から多くを学ぶ

今年度第4回の教師力アップセミナーは、山形大学医学部看護学科教授の横山浩之先生による「不適切な子育てと行動異常」についての講演でした。愛着形成が上手くできなかった子どもの特徴や学校としての対処の方向性についてのお話しです。私自身、学校を訪問していて愛着障害を疑う子どもに出会う機会が増えていたので、とても興味深く聞かせていただきました。

子どもの心理発達上の課題は、年齢ごとに、
・0歳児の課題・・・愛着形成
・1歳児の課題・・・しつけの基本
・3歳児の課題・・・自我の目覚め
・5歳児の課題・・・簡単な論理の取得(一次反抗期)
・8歳児の課題・・・群れでの行動
・10歳児の課題・・心の黒板
・思春期の課題・・・精神的な自律(二次反抗期)
のようになっています。不適切な子育ての影響を受けてこのどこかでつまずくと、それ以降の課題を誤習得してしまいます。心理的な発達は、一定の順序に従い、連続であるが等速ではありません。時期によって、急に変化したり、ゆっくり変化したりします。この発達には決定的な危機があります。人への信頼関係の発達にとっては生後1年がそれにあたります。この時期に不適切な子育てによって愛着形成に失敗すると、ほとんどの課題の習得に失敗してしまうことになります。

例えば、虐待を受けている子どもの場合、幼児期には反応性愛着障害が引き起こされます。反応性愛着障害の特徴の一部としては、
・幼児は視線をそらしながら近づいたり、抱かれている間にとんでもない方向をじっと見ていたりする。
・対人関係の欠如、床にうずくまるなどの引きこもり反応がみられる。自分自身や他人の悩みに対して、攻撃的な反応を示すこともある。
・はげましても効果がない。過度の警戒(しばしば「凍りついた用心深さ」といわれる)が生じる場合もある。
・大部分の例で仲間たちとの相互交流に興味をもつが、(周囲を恐れているため)一緒に遊ぶことは少ない。
などが挙げられます。
これらは、自閉症などの発達障害の行動異常と非常に似ています。
また、学童期に入ると反抗挑戦性障害や行為障害(=非行)といった行動障害への進展、気分障害(うつ病、躁うつ病)、不安障害(神経症)などの精神障害への進展、人格障害、解離性障害など、さらに重症な精神障害への進展が見られます。
反抗挑戦性障害は、「〜しなさい」といった指示に従わなかったり、本当はそうしてほしいのに強く反対したりする行動異常ですが、これも発達障害がある子どもによく見られるものです。そのため、こういった不適切な子育てに起因する行動異常が発達障害と診断されて間違った対応を取られることもあるようです。逆に、発達障害がある子どもは、そのために不適切な子育てをされる危険性が高くなります。また、不適切な子育てによる行動異常をきたしやすい傾向もあります。発達障害のある子どもと不適切な子育てによる行動異常は区別がつかないこともあり得ます。同じような行動をとるので、チェックリストによる判別は不可能なのです。横山先生によれば、その区別は発達障害の子どもは「微細運動障害」があることでできるそうです。具体的には、鉛筆を動かす時に指が上手く動かないといったことがあります。こういったこともとても参考になります。

不適切な子育ての具体例として、「食の問題」「しつけの問題」「メディアの問題」が挙げられました。中でも、「メディアの問題」は考えさせられることが多くありました。
メディアとのつきあい方として、
・2歳までのテレビ・ビデオ視聴は害悪
・授乳中、食事中のテレビ・ビデオ視聴は禁止(食事を大切にしない家庭は崩壊まっしぐら)
・すべてのメディアへ接触する総時間を制限(ゲームは1日30分まで)
・子ども部屋には、テレビ、ビデオ、パーソナルコンピューターを置かない
ことを挙げられました。特に「自然に親しむ・土に触れる遊びを親子で楽しみましょう」というメッセージを横山先生は伝えられましたが、これから子育てをする人にとって貴重なアドバイスだと思います。
保育園で、「おかあさんといっしょ」といった教育番組を見せるところもあるようですが、ビデオ・テレビは保育園や幼稚園では不要だということです。保育士・幼稚園教諭との遊びの方が大切なのです。英語教育のソフトでさえ害悪のようです。
メディアに接する時間が多いといろいろな問題が生じます。例えば、絵空事は少なくとも小学校中学年以降そんなことはないと理解されるのですが、そのことが相応の年齢になっても理解されないといったことが起きます。「たまごっち」が流行ったころ、小学校高学年でも人は死んでも生き返ると思う子どもが大量にいたというデータもあるそうです。こういったメディアの害悪から子どもたちを遠ざけるためには、メディアに接する総時間を制限することが最も重要になります。メディアに接する時間が1日2時間を超えると行動異常が明確に増加し、1日4時間を超えると100%出現するそうです。こういったメディア中毒は小学校高学年以降では治療困難となるようです。
メディア中毒の子どもの特徴は、
・自己の利害関係にのみ忠実に行動する
・自己の利害関係にかなうときだけ、努力する
・おもてうらのある性格・理由のない自信
・言うことと行動とが矛盾する
・保護者の前でだけ立派であったりする
・次第に、怠学傾向があらわれたり、非行傾向があらわれたりする
といったことが挙げられるようです。なるほどと思い当たることがたくさんありました。

私自身が一番知りたかったのが、学校として愛着形成が上手くいかなかった子どもたちにどのように対処すればいいのかということでしたが、そのことについてもよいヒントをいただくことができました。

「行動異常はめだたない」「トラブルがあると、行動異常が出現する」といった軽度の場合は、担任による対応が可能ということです。
こういった子どもたちの行動原理は「自分の利益」ですから、よい行動はよい結果をもたらすことをきちんと教えることが大切です。ペアレントトレーニングの発想できちんと学級のルールを子どもたちに浸透させる学級経営をすることが一番の対応です。また、保護者対策も重要になります。「小学校に入るまでにできてほしいこと」を配布する(できれば、学年単位で)。「学級のルール」の詳細も伝え、「ほめる形」でチェックした結果についても確実に伝えるといったことが望まれます。
不適切な子育てがなされている子どもは、週明け・長期休み明けに行動が乱れます。この点で、ゴールデンウィーク明けは、子どもたちの生活習慣の乱れを知る一番の好期だということです。これは、先生方の経験則とも一致します。ゴールデンウィークに、家庭内でのお手伝い内容を作文の宿題にすることで家庭の様子を知る方法も紹介されました。炊飯のお手伝いをさせて、その様子を作文にする。家庭ならではの料理レシピを作文に書いてもらうなど、なるほどと納得させられます。

「指導者への反抗がみられる」「週数回程度の授業妨害がある」「トラブルを自ら作り出す」といった行動異常が中程度の場合は、担任以外の対応が必要になってきます。「指導者への反抗、授業妨害が毎日ある」「悪意のある他害行動が毎日のようにみられる」というように行動異常が高度になっている場合は、全校体制での対応が必要になります。
不適切な子育てによる行動異常は発達障害と区別がつきにくいのですが、十分に情報収集をすれば、家庭環境の問題の存在はわかってくるはずです。また、不適切な子育てによる行動異常がある子どもでは、年齢があがるにつれて悪化しているはずです。子どもの状況をきちんと申し送っていれば気づけるということです。
こういった行動異常に対してしつけようとしても上手くいきません。その一つ前の愛着形成で失敗しているので、そこから始める必要があります。ここで注意をしなければいけないのは、保護者に多くを求めてしまうことです。そもそも愛着形成に失敗しているのでしつけや心理的対応を望むと「虐待」を助長してしまうことにもなりかねません。学習指導をお願いしてもそれはずっと先の課題ですからムダです。「早寝・早起き・朝ご飯」「衣食住の確保」、可能であれば「メディアの問題」といった最低限のことをお願いするにとどめる必要があります。
では学校では何をすればいいのでしょうか。愛着形成に失敗しているのが問題なのですから、愛着形成の再獲得が求められます。母親役(愛着形成を教える)が、何をすると人に好かれるのかをしてみせ、愛情をかけられる経験をさせることが必要になります。ここで担任は母親役にはなれません。担任が母親役になると学級を統率することに影響が出てしまうからです。担任は父親役として、学級全体にルールを伝え、該当の子どもにとってよい見本をたくさん作る役割を果たすのです。したがって、担任以外で母親役をつくる必要があります。こういった対処をするためには、どうしても組織としての対応が必要になります。具体的には、母親役が複数必要となります。せっかく子どもと関係をつくれても、翌年異動してしまうと元の木阿弥です。また、母親役は子どもがどんな行動をとっても笑顔を絶やせないという精神的な負担も多いので、一人ではその負荷に耐えきれないということもあります。養護教諭、教頭、教務主任(主幹教諭)などが母親役となりますが、対象の子どもが多い場合や小規模校では、学級担任も、他の学級の子どもに対しては母親役として行動することも必要になります。体制を作り、父親役と母親役の調整、確認等を行うといったチームリーダとしての校長の果たすべき役割が大きいことがわかります。

2時間ほどの講演でしたが、愛着形成が上手くいかなかった子どもの行動異常やその発見の仕方、対応について、本当にたくさんのことを学ぶことができました。横山先生は単なる理論ではなく、どうすればよいのかを必ず具体的に示していただけます。現場に近い視点でのお話は私のような立場の者にとってはとても参考になります。本当にありがとうございました。
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