養護教諭の素晴らしい授業(長文)

小学校で授業アドバイスを行ってきました。市内の全小中学校での授業アドバイスの一環です。この日は、学校全体の様子を見せていただいた後、2人の先生の研究授業のアドバイスを行いました。

全体的には、先生と子どもとの関係は決して悪くないのですが、子どもの言葉を活かすことや子ども同士をつなぐことが課題のように思いました。先生は子どもの発言をしっかり聞こうとしているのですが、発言者と授業者の2人だけの世界に入ってしまう場面をよく目にしました。一問一答で、他の子どもたちにつなぐことをせずに授業者が説明するので、その説明を聞いて板書を写せば友だちの発言を聞いていなくても困らないのです。発表者は先生に聞いてもらおうとするので、先生に向かってしゃべります。机をコの字型にしている学級も多いのですが、この傾向は変わりません。コの字型にもかかわらず、黒板の前に教卓が置いたままの教室が多いことも気になりました。教卓があるとどうしても先生は教卓と黒板の間でしゃべることが多くなります。必然的に子どもたちは先生と視線を合わせるために体を傾けなくてはいけません。それを避けるためには、教卓を教室の端に寄せ、先生はできるだけ子どもに近いところで話をする必要があります。また、先生が左右のどちらかの端に立つことで、発言者が先生を見ていても、自然に子ども同士の視線を合わせることができます。こういったことを意識できている先生が少ないことが残念でした。子どもが友だちに自分の考えを伝えようとする、友だちの話を聞こうとする、そういう学級づくりを目指してほしいと思います。
子どもの姿がバラバラな学級もいくつか見かけました。ある子どもは先生を見ている、他の子どもは黒板を見ている、また授業に参加せずに下を向いている子どももいるといった具合です。授業者が子どもたちにどのようになってほしいかを意識していないと、こういう状態になります。目指す子どもの姿を明確にし、子どもたちをしっかりと見て、そのずれを修正しようとすることが大切です。
低学年では、子どもとの関係がよい学級が多いように感じました。子どもたちに向き合う先生の表情がよいことがその要因の一つでしょう。一年生が学年全体でドッヂボールをしていたのですが、集合の様子を見ていると授業規律がきちんとできていることがわかります。しかし、子どもたちの様子に学級差がありました。ベテランの学級と比べると、若い先生の学級の方が、授業規律は今一つなのです。若い先生にとって、ベテランの学級経営との違いを肌で感じることができるので、こういう場面はとても貴重なものです。このような機会にベテランとの違いを意識して、改善のきっかけにしてくれることを期待します。

この日の授業研究は、養護教諭の保健の授業と、特別支援学級の授業でした。
保健の授業は2年生の6歳臼歯の歯磨きについての学習でした。
最近増えたとはいえ、養護教諭が授業をする機会はそれほど多くはありません。まだ、若い先生ですが、とてもそうは思えないほど子どもたちを見ることや、子どもを受容することができていました。この日見た授業の中でも特に優れていると思いました。この授業を支えていたのが、この学級の子どもたちのよさです。ごそごそしていても、授業者がしゃべり始めるとすぐに静かになります。これ以外にも担任の学級経営のよさを随所に感じることができました。
子どもの興味を引くために、最初に、用意した絵の一部だけを見せながら何であるかを問います。動物の頭蓋骨だと気づいた後、今度はその動物か何かを問います。ライオン、馬、サルの頭蓋骨を順番に見せながら考えさせます。歯の形から「肉食」「草食」「雑食」の違いを意識させるのが目的ですから、肉食獣がライオンか虎かはあまり意味がありません。子どもたちは、それぞれが肉食、草食の物だと気づいています。しかし、どの動物かを決定できる根拠がないので、いろいろな動物の名前をどんどん言います。当然テンションは上がります。ここに時間をかけることは本質的ではありません。先にライオン、馬、サルの物であること示してから考えさせてその理由を言わせたり、歯を比較してからそれぞれが何を食べているかを聞いたりすれば、すっきりと導入ができたと思います。
歯の王様から届いたと、用意した手紙を読みます。6歳臼歯を擬人化し、歯で一番大きく強いこと、まだ大人になっていないので攻められているので、守ってほしいという内容です。授業者は手紙を丁寧に読むのですが、始めの内は手元に視線がいって子どもたちを見ることができていませんでした。途中から次第に子どもたちを見ることができるようになってきました。子どもを見ようと意識はできています。資料を読む時には、できるだけ顔を上げて読めるように練習しておくとよいでしょう。
読み終ったあとで、「手紙の内容を覚えている人いるかな?」と聞きます。これは、子どもたちからすれば、あまりフェアなことではありません。後から内容を聞くことを初めに伝えていないからです。意識していなかった子どもは、質問に答えることができません。友だちの発表を聞いて、なんとなくそんなことを言っていたと思うだけです。自分からは積極的に参加できなくなります。こういったことは避けたいところです。「今から手紙を読むけど、後から内容について質問するからよく聞いてね」というように、聞くことの目標を明確にするとよいでしょう。また、道徳の資料の範読のように、その場で内容を確認し黒板にまとめながら進めてもよいでしょう。
6歳臼歯を確認するために、鏡を配ります。子どもたちに「隣の人に見てもらっていいよ」と指示します。「○○さんが指で触っています」と子どものよい動きを固有名詞でほめることができます。この場面以外にも授業者が子どもたち一人ひとりを固有名詞でほめる場面がたくさんありました。担任でもないのに、これはすごいことです。あとでそのことを話したときに、「まだ全員の名前を覚えることができていません」と恐縮していましたが、裏を返せば全員の名前を覚えようとしているということです。養護教諭にとっては当然のことなのかもしれませんが、その姿勢に感心しました。
6歳臼歯を確認した後、子どもたちに鏡を閉じさせて注目させます。一人なかなか閉じない子どもがいましたが、その子が気づくまで待つことができました。よく子どもを見ています。できれば、最後の子ども、待っていた子どもたち、双方をほめたいところでした。
続いて、歯の王様(6歳臼歯)が攻められている理由を問い、隣の人と話し合いをさせます。ここで、擬人化した世界の言葉で問いを発したので、子どもは「王様が弱いうちに倒しておこう」といった妄想をしてしまいした。授業者はそのような発言も、なるほどと受容ができます。どんな意見も受け止めることができるのは立派ですが、ここは、攻められることが虫歯になることを押さえた上で、黒板に貼っておいた6歳臼歯の図をもとに、虫歯になりやすい理由を相談させればよかったでしょう。
歯垢染色液を使って自分の歯垢を確認します。ワークシートを配る前に活動の説明をしました。こういうところもきちんとしています。続いて、子どもたちに歯ブラシの使い方を説明しました。ここでも子どもの言葉をうまく活かして説明しましたが、活動が始まってからポイントを押さえたり、指示を追加したりしてしまいました。活動前に必要な説明と確認をし、活動に入ったあとはできるだけしゃべらないようにして、子どもたちの観察に専念するようにしてほしいと思います。
子どもたちの様子を見ていると、下の歯にばかりが意識されているようでした。ワークシートの歯垢の描き込みも、下の歯にだけの子どもが目立ちます。上の歯、下の歯ということを授業者があまり言わなかったことや、説明の図が下の歯だけなのがその理由でしょう。授業者に聞いたところ、上の歯が見にくいのであえて言わなかったということでした。できれば隣の人に助けてもらって、上の歯の様子もきちんと確認させたいところです。
歯磨き終了後、片付けの指示をします。ただ、「片づけなさい」ではなく、「鏡を閉じる」といった具体的な指示を一つひとつずつしていきます。わかりやすい指示でした。
最後に感想を書かせますが、感想はあまり意味がありません。授業を通じて学んだことを書かせることが大切です。授業者は「わかったこと」「難しかったこと」「楽しかったこと」と具体的に説明したのでよいのですが、「わかったこと」や「難しかったこと」は感想と一括りにして扱わずに、「振り返り」とするか、個々の独立した項目とした方がよいと思います。
子どもたちは、しっかりと手を動かしていました。この学級の子どもたちがよく鍛えられていることがわかります。「みんなとってもいいことを書いてくれました」とほめてから発表を求めます。こういうところもなかなかです。
「一生懸命に磨いているのに汚れていてびっくりした」という発表に対して、受容してすぐに次の子どもを指名しました。時間がないことも理由でしょうが、ここは「同じように思った人いる?」とつなぎたいところでした。
「これからは、しっかり磨きたい」という発表に対しては、授業者は拍手を求めました。この後の発表でも「しっかり磨く」ことが言われ、また拍手させました。なぜ最初の子どもには拍手させなかったのか気になります。無意識のうちに「しっかり磨く」という授業者のねらいにそった意見だけに拍手をさせたのかもしれません。子どもたちから自然に出た拍手であればよいのですが、教師の意図を子どもが感じてしまう恐れがあります。このようなことが続くと、子どもは先生の意図にそった意見を言おうとするようになるので注意が必要です。
時間が来ましたが、授業者は挙手してくれた人に対して指名できなかったことを謝りました。最後に一言、「手を挙げてく入れた人、ありがとう」と付け加えました。この言葉に授業者の姿勢がよく表れていると思いました。
課題はありますが、子どもたちに対する姿勢のよさがとても印象に残った授業でした。日ごろ保健室で子どもたちと受容的に接する姿が想像できるようでした。経験年数と比べて授業技術もなかなかのもので、どうやって身につけたのだろうと不思議でした。きっと、機会を見つけては学んでいるのだと思います。授業をする機会をたくさん持つことで、一層伸びる方だと思いました。今後が楽しみです。

特別支援学級は知的障害の学級です。不沈子を使ったおもちゃをつくる授業でした。
子どもをほめることができるのですが、時々否定的な言葉が出ることが気になりました。「○○さん、いいですか?」といった言葉は、注意のニュアンスが強くなります。「○○さん、△△しよう」というような表現の方がよいでしょう。子どもが指示に従ったり、よい行動をしたりすれば、「○○さん、ありがとう」「○○さん、いいね」と笑顔でほめてほしいと思います。
水を入れたペットボトルに、魚の形の醤油さしに色をつけて水を入れた浮沈子が入ったおもちゃをつくります。作業をきちんとステップに分けて指示していきます。
最初は醤油さしにマーカーで好みの色をつけます。机を汚さないためにどうするかをたずねます。「新聞?」と言ってくれた子どもがいます。つぶやきを受けて授業者が説明しますが、ここはきちんと「そうだね、○○さんいいことを言ってくれたね」というように評価してあげたいところでした。
醤油さしを配ってから、塗り方の説明をします。子どもたちは、手元に醤油さしがあるので気になりますが、よく我慢していました。立派です。使いたい色がバッティングした子どもたちがいましたが、年上の子どもが譲ってくれました。授業者はその子どもに「ありがとう」の言葉をかけていました。
塗れた子どもに、「いいねー」と声をかけていますが、片面だけで終わっている子どもが何人もいます。塗り絵の感覚なのでしょう、裏を塗る必要があることに気づけません。立体を塗るというのは、私たちが思う以上に想像しづらいもののようです。授業者は塗ることの指示を言葉だけで行いましたが、実際に実物でやって見せる必要があったようです。
「できたー」と声を上げた子どもに「こちら側もやろう」と返します。せっかく子どもが達成感を持ったのですから、「すごい、きれいにぬれたね。こちら側も同じようにきれいに塗ろう」というように、まずできたことをほめるようにしたいところです。どうやら授業者は、子どものよい行動をほめることはできるのですが、指示に従えたことに対してはほめることをしないようです。指示に対してできたこともほめることを意識するとよいでしょう。
浮沈子の先にはナットがついています。子どもたちに「みんなの魚と何が違う?」とたずねます。「色!」という答に対して「色以外で」と返します。ここも注意をしたいところです。授業者の求める答とは異なりますが、色もたしかに違っているところです。「そうだね。色が違うね」と認めてから、次の答を求めればいいのです。
続いて、ナットを配ってから説明をします。細かいステップごとに作業をしては全員で確認するのならよいのですが、説明を聞いてから一度に作業をするのであれば、物は後から配るのが原則です。また、実際にやって見せるのですが、どのくらいナットを回せばいいのかは指示しませんでした。結局、個別にチェックしてもっと回すように指導していました。
醤油さしに、ちょうど水面に浮くギリギリまで水を入れます。具体的にやって見せるのですが、どうやって調整するのかをあまりていねいに教えません。「だから違うって」「そうじゃないです」「○○さん、まだ!」といった否定的な言葉が続きます。この作業は思った以上に難しいようでした。この子どもたちには、沈んだら水を出す、浮きすぎたら水を入れると具体的な指示とどの状態になればいいのかをできるだけわかりやすく伝えることが必要です。全体的に子どもたちへの指示がまだ雑なような気がします。個別に指導すればいいと思っているのかもしれません。確かに人数は少ないので個別指導は可能ですが、それでもできるだけ教師に頼らずに子どもたちが作業できることを目指してほしいと思います。
完成した後、ペットボトルに絵を描いて仕上げますが、このことも含めて、活動の目的や目標がはっきりしません。ただ、指示されておもちゃをつくるだけでなく、魚がいるところがわかるようにペットボトルに絵を描くといった意図を持たせて活動させたいところです。互いの作品を見せ合ったり、発表したりしますがその評価が発表できたことだけなのが残念でした。一人ひとりのよさを認め評価できるような仕掛けを意識してほしいと思います。
授業者はこの子どもたちにとっては、学校の勉強ができることよりも社会にでて生きていける力をつけることが大切だと考えています。とても大切な視点だと思います。指示にきちんと従えることもその一つだと思います。できたことをほめることで、よい行動をうながすとともに、自己有用感や大人に対する信頼感を持たせることを意識してほしいとお願いしました。

2つの授業研究と学校全体に共通している課題について、全員に対してお話しさせていただきました。校長は、毎回私の話をもとに学校として取り組みたいことを選択してまとめ、それを印刷して先生方に配られます。私の話の中から学校経営にとって必要と考えることを絞っていただけることはとてもありがたいことです。私のアドバイスの実効性が増すと思います。次回の訪問時に、どのような変化が起きているかとても楽しみです。
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