小学校で授業アドバイス(長文)

先日、小学校で若手を中心に授業アドバイスを行いました。小中学校で学習規律などの連携を取っています。以前は立ち歩きをする子どももいたということですが、今は学習規律を意識することで落ち着いているということです。

共通していたことがいくつかありました。
指示に従わない子ども、できていない子どもを注意して規律を維持しようとする傾向があります。緊張状態をつくっています。形だけ整えて子どもたちを緊張状態にすることが目的ではないはずです。学習規律の確立は、子どもたちを緊張ではなく集中させることを目指すことが大切です。そのためには、できない子どもを注意して減らそうとするのではなく、できた子どもをほめてよい行動を増やすことを心がけてほしいと思います。同様のことが、子どもたちの発言に対しても言えます。子どもの発言をほとんど評価しないのです。ほめる、たとえ間違いでも受容することを意識する必要があります。

学習規律が形式的になっています。例えば、先進校から学んだやり方のようですが、子どもが発言する時に「聞いてください」と全体に向けて言います。教師が聞きなさいと言うのではなく、子どもが自分の発言を聞いてほしいと伝えることで、友だちに聞く姿勢をうながすだけでなく自身も他者を意識した発言をすることにつながります。しかし、この学校での実態は形式になっています。聞いてくださいと言われて初めて聞く姿勢をとる学級がほとんどです。発言を聞こうとしていれば、言われる前にその姿勢をとるはずです。また、みんなが聞く姿勢をとっていれば、特に言う必要のない言葉のはずです。しかし、多くの学級では必ず発言時には枕詞のように「聞いてください」と言います。そうではなく、言ったり言わなかったりという学級もありますが、聞き手の様子で決まっているようではありません。単に、徹底させていないということのようです。
また、聞く姿勢をとったからといってきちんと聞いているようには見えません。教師も聞いていなければ答えられないような質問はしません。聞いているかどうかの確認がないのです。

子どもたちのテンションが上がりやすいことも気になります。その理由の一つが、参加できる子どもだけで授業が進んでいることです。そのため、誰にも答えられる質問の時には指名されようとしてテンションが上がるのです。また、教師もテンションが高いことを活発なことと思っている節があります。テンションが高いことは決してよいことではないことをわかってほしいと思います。

1年生の国語の授業は、子どもの発言をしっかり受け止めようとしていました。しかし、授業者が発言者ばかりを見ているので、他の子どもたちの姿はバラバラです。「自分には関係ない場面だ」と集中力を失くしている子どもが目立ちます。教師が発言者だけでなく全員を見ることで、子どもたちの集中を維持することができます。このことを意識するとよいでしょう。
課題に対する答だけが板書され、それをノートに書かせます。これでは、ノートを見ても答えしかわかりません。大切なのはどのようにして答を導き出したかです。国語であれば、本文のどこが根拠になるかです。このことを意識して板書や授業を組み立ててほしいと思います。

別の1年生の授業は生活科でした。子どもたちの学習規律はしっかりしているように感じました。子どもたちとの関係もしっかりつくられていると思います。
子どもが夏に見つけた生き物を発表します。一問一答になっているので、同じものを見つけた子どもは発表の機会を失くします。少なくとも、同じ子どもに挙手などさせて参加させるようにしてほしいと思います。
あらかじめ用意した生き物のカードを発表に応じて貼っていきます。授業者は意図的に場所を変えて貼っていますが、子どもたちは意識していません。せっかくですので、「どこに貼ればいい?」と子どもたちに聞きながら貼ると、指名されなかった子どもも参加しやすくなります。基本的な学習規律はできているので、進め方を一工夫すると授業が大きく進化すると思います。

2年生の算数は繰り下がりのある引き算の筆算でした。「繰り下がり」といった算数用語を大切にしています。とてもよいことです。しかし、用語とその意味するものが残念ながらきちんと子どもに定着していません。繰り下がり、繰り上がりという用語だけを発表させて、その意味をきちんと説明させないからです。
また、授業者は子どもの発言をつなごうと意識していました。これもとてもよいことです。同じ考えの人を指名したり、○○さんの考えを説明させたりします。しかし、わからなかった子どもはこれでは参加できません。説明に納得した子どもを指名したりすることが必要です。ちょっと視点を変えることで、大きく進歩すると思いました。

3年生の社会科は、お店の工夫を考える授業でした。子どもたちがどんな店に行くのかを発表させます。根拠を求められない発問なので子どもたちのテンションは上がります。子どもが発表するお店についてていねいにやり取りしますが、授業の内容にはほとんど関係ありません。次々に指名してテンポ上げるとよいでしょう。授業者はスーパーマーケット、コンビニ、専門店に分けて子どもの発表を板書します。それならば、店の名前を言わせたあと、「どこに書く?」と問いかけて子どもたちに分類を意識させた方がいいでしょう。
授業者が次の活動を指示すると子どもたちのテンションがすぐに落ち着きます。これには感心しました。子どもたちとよい関係をつくることができています。
それぞれのお店に行くわけを発表させます。お母さんはスーパー、お父さんはコンビニという声が上がります。しかし、この言葉を拾うことができませんでした。授業者が顧客層、値段といったそれぞれの特徴を考えるための視点をあまり意識していなかったのでしょう。意見を出させますが、意図的に焦点化する動きを見せませんでした。
スーパーは安いといった意見に対して、子どもからは「なるほど」という声が上がります。こういう反応をするように授業者が求めていることがわかります。しかし、「どこでなるほどと思った?」「あなたの言葉で説明してくれる?」と問い返すことをしないと子どもたちの反応は形式的になってしまいます。せっかくの反応を活かすことを考えるとよいでしょう。
「スーパーは安い」に対して、「コンビニは高いの?」と問いかけて比較する視点を持たせるとよいでしょう。「それなのにコンビニに行くのはなぜ?」とつないでいくことで、比較する項目が浮かび上がってきます。
挙手をせずに一生懸命に授業者に向かって話す子どもがいました。教師はその場は無視して、挙手している子どもを指名しました。その後で、いいことを言っていたからみんなに話すようにと先ほどの子どもを指名し、子どもたちの方を向かせて発表させました。なかなかの対応です。まだ2年目の方ですが、今後が楽しみです。

4年生の理科の授業は、筋肉の働きでした。子どもたちにグループ活動させています。腕の曲げ伸ばしで筋肉がかたくなるかどうかを自分の腕で確かめます。しかし、かたい柔らかいにはっきりとした基準がないので、グループで明確な結論が出せません。子どもたちの活動は停滞します。ムダに時間をかけすぎました。グループ活動が終わって発表させます。子どもたちの意見は分かれます。授業者は意見が分かれるとは予想していなかったようです。それでも、それぞれの意見をきちんと受容していました。子どもたちは意見が発表されるごとに賛成と言います。同じ子どもが何度も賛成と言うのですから、ちょっと気になります。おそらく、子どもたちは意見に対して賛成と言えばいいと思っているのではないでしょうか。その確認のためにも、意見を変えたのかどうか聞いてみたいところです。
3つの意見が出たと言って、どの意見に賛成か挙手をさせます。子どもにその3つの意見が何かを言わせて確認したいところです。何となく参加している子どもが多いように思うからです。授業者はこの意見が多いとまとめますが、結論は出しません。なかなかよい進め方です。ここで「正解は・・・」と進めてしまえば、子どもたちは教師の求める答探しをするようになってしまいます。
ここで、子どもたちに動画を見せます。動画を見た後どのような活動をするかといったことを明確にしないので、子どもたちはリラックスした姿勢で見ています。ポイントなる場面でも特に集中していないので、動画の途中で説明をします。動画を止めたわけではないので子どもたちはなかなか説明を聞けません。動画は、チューブに空気を入れると膨らんで縮むことを利用してロボットの腕を動かすことと、それをもとに人間の腕の曲げ伸ばしの仕組を図で説明するものでした。結局この動画で正解を教えることになってしまいました。これでは、子どもたちのやった活動は答探しになってしまいます。
授業者としては、子どもたちの結論が分かれることを予想していなかったので、動画は子どもたちの結論の確認のつもりだったようです。動画を見せている途中で、全部見せずに止めればよかったと気づいたそうです。結論となる人間の部分の動きの説明は見せない方よかったのです。
この動画を活かすのであれば、最初にチューブを使ったロボットの動きを見せて、「人間も同じような動きなのだろうか?」を課題にして考えさせるという進め方もあります。チューブの膨らんで短くなる動きと同じ動きを人間の筋肉がするかどうかを調べさせて、子どもたちに結論を出させるのです。
授業者は自分の授業の問題点に気づいていました。あとは修正していくだけです。謙虚に自分の授業を振り返ることができる方です。これからの進歩が期待できると思います。

5年生の国語の授業は、授業者の表情がかたいことが気になりました。実は後から聞いたところ、私と校長に見られることでとても緊張していたそうです。お話を聞いた時にはとても素敵な笑顔を見せてくれました。きっと普段はこの表情を子どもたちに見せているのだと思います。であれば、心配なことはありません。
グループ活動の持ち方が気になりました。まず個人の考えを持たせるための時間を取ります。予定の時間がきても書けていない子どもがいるので、延長します。特に指示がないので、できている子どもは集中力を失くします。延長したからといって必ずしも全員が考えを持てるわけではありません。友だちの考えを聞くことで考えを持てることもあります。個人の考えを持つことにこだわるのは、話し合いをしようとしているからです。話し合うためには、話せなければいけない。つまり自分の考えを持つ必要があるという発想です。「話し合い」を「聞き合い」に変えれば、自分の考えを持たなくてもグループ活動に参加できることに気づいてほしいと思います。
「本文から気持ちを想像するから、いろいろな意見が合っていい」と言って主人公の気持ちを話し合わせます。これでは、ただ自分の考えを発表するだけです。グループで活動しても深まりません。本文を根拠に、どう考えたかを聞き合うことが大切です。根拠を聞き合わなければ、友だちの考えを納得することもできません。
グループ活動について、授業者と話をしたところ、いろいろと疑問を持っていたようです。グループで考えをまとめると、強い子どもが仕切ってしまう。納得していない子どももいるのではないかと引っかかっていたそうです。個人の考えを持たせることについても、そう言われたので、そうしていたということです。疑問を持っても自分で修正することはなかなか難しいところがあります。相談し合える関係が学校内にできるといいと思いました。
また、授業者は子どもの発言をずっと板書し続けます。発言の途中から黒板に向きっぱなしの場面もありました。これでは、子どもを全く見ることができません。本人に聞いたところ、忘れないうちに板書しなければと思ってこうなってしまっているそうです。忘れたら発言者に聞けばいい。時には、他の子どもに言わせてもいい。すぐに板書をする必要もない。一通り指名してから、子どもたちにまとめさせてもいい。肩の力を抜いて、子どもの発言を聞くことをアドバイスしました。
とても素直な方で、いろいろ悩んでいることを話してくれました。どれだけ納得のできるアドバイスができたかはわかりませんが、きっとよい形で取り入れてくれることと思います。次回お会いするのが楽しみです。

6年生の算数は、速さの導入の授業でした。板書には答しかありません。子どもの説明も式を言って、「答は○○になります」で終わりです。行間を埋める説明が全くありません。授業者の補足も、答えの書き方ばかりです。次の適用題も、問題を読んで、「1秒あたりの進んだ距離は例題のこちら、1mあたりのかかった時間はこちらと同じ」と説明してから解かせます。正解を書けることが、算数の目的となっています。自分で考えることをさせません。教師に言われた通りにすれば答は書けますが、学力は全くつきません。
授業者に速さの学習の基本になるのはどの単元かという質問をしましたが、質問の意味を理解してもらえませんでした。速さの単元は速さという独立した内容だと思っているのです。比の応用の問題だということがわかっていないのです。
こうなってくると教師の教科の力が問題となります。教材研究以前に、算数の学力が何なのかという根本から問い直す必要があります。今回お話したことで、自分の教科力を問い直してくれることを期待します。

全体に対してお話しする機会をいただきました。
全体に共通していることと、グループ活動の基本について説明しました。皆さんがあまりにも真剣に話を聞いてくださるので、ちょっと戸惑ってしまうほどです。おそらく、現状に満足しているのではなく、さらによくするためにどうすればいいのか悩んでいたのではないでしょうか。そうであれば、私の話から何かヒントをつかんでくださることと思います。次回は11月におじゃまします。あまり期間はありませんが、何らかの変化を見ることができるのではないかと楽しみにしています。
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