子どもの姿と授業のずれを感じた中学校

先週、8月に現職教育を予定している中学校へ授業参観と打ち合わせに出かけてきました。ご存知の方も多いかと思いますが、私は学校での講演は原則として授業を見せていただかなければ引き受けないことにしています。子どもたちの様子を見ないでお話をしても、学校の実態に合った話ができないからです。今回も講演を依頼されたのですが、現職教育の内容として講演がよいのかどうかの検討も含めて授業参観をお願いしたところ、すぐに快く承諾していただけました。ありがたいことです。

子どもたちを見た第一印象はとても落ち着いていることです。この市の公立校への訪問初めてですが、なかなかのものだと思いました。ところが、教室を回っているうちに違和感を覚えました。子どもたちの状態と先生方の授業にずれがあるのです。
先生方は子ども一人ひとりを見ていません。音楽の授業では、伴奏をしている教師は譜面ばかりを見ていました。授業規律の徹底も意識されていません。子どもたちに鉛筆を置いて顔を上げるようにと指示をしても、全員の顔が上がらないのに話し始めます。また、子どもたちの発言をポジティブに評価する場面にも出会えませんでした。なるほどと受容できる人はいるのですが、教科としての価値づけがなされないのです。
このような授業ばかりだと、ふつうは子どもたちの状態はあまりよいものにはなりません。今はまだよくても、秋ごろには崩れる学級が出てきてもおかしくありません。しかし、この学校ではそのようなことは起こらないというのです。端的に言うとこの学校は子どもたちの質がよいということです。市内でも1、2を争う学力の子どもたちで、地区も落ち着いているそうです。市内には生徒指導上問題を抱えている学校もあるようですが、そういった心配のない学校なのです。ですから、先生方が特に意識をしなくても子どもたちは前を向いて落ち着いて授業を受けてくれます。先生方からは子どもたちにこうなってほしいという思いが感じられません。この学校に対する感想は一言、「もったいない」です。

校長は私と全く同じ思いをこの学校に赴任してきてすぐに感じたそうです。子どもたちに望めば、もっと高いところに到達できるのに、現状で満足しているのが残念です。特に何かしなくても子どもたちは落ち着いているので、授業に工夫が見られません。それどころか、本来忘れてはならない基本もおろそかになっています。体育のプールの授業では、子どもたちが泳いでいるところちゃんと見ていない場面がありました。事故の危険性のある体育ではあってはならないことです。子どもがちょっと羽目を外してふざけている時でもどの先生も注意をしませんでした。また、このままではこの学校しか経験のない若い先生が次の学校に異動した時に苦労することが見えています。私にお声がかかった理由がわかった気がしました。この危機感を管理職や教務主任、研修主任は共有できているようです。具体的にどのようにしていくかが課題です。

この学校にはユニークな授業研究のシステムがあります。教科・年齢の違う3人を組みにして、一緒に指導案をつくり、その授業を互いに見合うのです。このシステムには講師の方も参加します。講師の方の研修をどうするかが課題となることが多いのですが、一つの解決の方法だと思います。
この日はたまたま研修主任のチームの理科の講師の授業研究が行われていました。研修主任と一緒にこの授業をじっくり見せていただきました。酵素の働きの学習で、酢豚に入っているパイナップルがたんぱく質を分解することを実験するというものです。導入でパイナップルの入っている酢豚の写真を見せます。子どもたちは興味を示します。授業者はお店の話を交えながら酢豚にパイナップルが入っている理由を考えさせます。ワークシートに答を書かせますが、ムダな時間です。考えようにも根拠となる知識や資料がないので、思いつくことを書くだけです。そして、それを発表させて板書もします。ここまでは理科の授業としては何の意味もない時間です。そんなことに10分も使ってしまいます。しかも、板書には酸味を抑えるといったことが並ぶばかりで、この授業のねらいにつながるような「肉を柔らかくする」といった意見は出できません。それなのに授業者は、「今日はみんなに実験をしてもらう」と言って、コラーゲンにパイナップルをつぶした汁をかけて様子を見るという実験のやり方を説明します。何のための実験かは伝えません。そもそも、子どもたちは思いついたことを言っただけで特に疑問を感じているわけではありません。突然実験をすると言われても何がなんだかよくわかりません。発想は面白いのですが、理科の授業として何が大切か、どこに重点を置くべきかといった構想力に欠けていました。
パイナップルの入っている酢豚を見せて興味を引き、「何でパイナップルを入れているのかな」と全体に質問し、思いついたことを何人かに言わせます。「実は、肉を柔らかくするということを聞いたことがあるんだけど、みんなどう思う?本当だと思う人は○、そんなことはない嘘だと思う人は×をノートに書きなさい」と野口芳宏先生方式で進め、「○の人も×の人もいるね。こじゃあみんな、この時間は理科の時間だから、自分の意見が正しいと科学的に証明してほしいと思います。どんな実験をすればいいか考えてください」とすれば、導入は5分もかかりません。子どもたちに少し時間を与えて個人で考えてもいいし、グループで相談させてもいいでしょう。肉をパイナップルの汁につけるといった意見を出させてから、肉ではわかりにくいから、肉がタンパク質でできていることを確認した上で、たんぱく質の一種であるコラーゲンを使うとして実験を説明します。ここで、○×それぞれが正しいと証明されるには実験結果がどうなればいいのかを確認しておけば、結果がどうなるか興味を持って参加できると思います。
授業者は、子どもたちに背を向けて手順を板書し始めます。だれも黒板を見ません。子どもたちの集中力は一気に落ちます。あたりまえです。ワークシートには同じことが書いてあるからです。あらかじめ黒板に書いておいて隠しておく、紙に印刷しておいて貼る、ディスプレイに映す、いろいろ方法が考えられます。意味のないことに時間を使わないようにするべきです。子どもたちを授業者に集中させたいなら、ワークシートを配ってはいけません。手元に意識がいってしまうからです。こういったところにも配慮が必要です。
子どもたちは実験の手順を知らされただけで、目標も評価の基準も明確ではありません。一部の子どもだけがパイナップルをすりつぶしていますが、それを見ていればまだしも、ぼうっとしている子どもが多数います。当然と言えば当然ですが、子どもたちが落ち着いているといっても集中しているわけではないのです。
研修主任は実際に子どもたちの姿を見ることで、このことを理解してくれました。自分の数学の授業でこの視点を意識して子どもを見たところ、落ち着いているが集中していない子どもが結構いることに気づいたそうです。また、教科の視点で価値づけすることが必要だという私の話を聞いて、子どもの考えを数学的に評価してみたところ、評価された子どもはとてもうれしそうな表情をしてくれたようです。時間がなくて次の時間に持ち越したそうですが、授業後に子どもたちが黒板の前で説明を聞き合っている姿が見られたそうです。こんなことは初めてだと驚いたそうです。驚いたのは私です。その日のうちに試してみるというのはなかなかできることではありません。素直で前向きな証拠です。また、子どもたちも先生が望めばとても素晴らしい姿を見せてくれるということです。このことに気づいていただければ学校は大きく変わっていくと思います。

研修部の先生と教務主任を交え8月の現職教育をどうするか打ち合わせを行いました。実際の授業の子どもたちの様子を定点で撮影したビデオ用意して、それをみんなで見ながら私が解説するというのはどうだろうかといったユニークなアイデアも出てきました。その案も含めどのように進めるか、先生方で企画を練って提案してくださるそうです。講師におまかせというのではなく、自分たちにとって有意義なものにしようと考える姿勢はとても素晴らしいと思います。どのような形の研修になるか、私にとっても新鮮なものになることと期待しています。

学校からの現職教育の依頼は口コミが多いのですが、今回はどういう経緯なのか全くわかりませんでした。校長にお聞きしたところ、実はこの日記を数年前から読んでくださっていて、機会があればと考えていたそうです。以前の学校は生徒指導上の困難を抱えていてその機会がつくれなかったが、この学校に異動になって実現したということです。とてもうれしい話でした。校長は子どもたちの問題も教師の問題も実によく把握されていました。日ごろから校内の様子をよく観察されています。学校の課題解決に校長としてどのように取り組むかのビジョンが感じられます。いろいろな意味で楽しみな学校です。次回の訪問も私にとって多くのことが学べる1日になると思います。素敵な出会いに感謝です。
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