教務主任の授業(長文)

先日訪問した中学校での提案授業は、教務主任の参観者への強いメッセージを感じるものでした。3年生の社会科で、世界恐慌と各国の対策についての授業でした。

この学校の3年生はとても集中力があり、どの先生も口をそろえて授業がやりやすいと言っています。だからこそ、教師が子どもたちにどのようになってほしいかをしっかり伝えることでより高いところへ到達することができます。特にこの時期は、このことを強く意識して授業規律などをきちんと確立することに力を使わなくてはいけません。授業者は、どのようにすればいいかを様々な場面で示しました。授業開始の挨拶では、しっかり子どもたちと目線を合わせ、全員が自分に集中したのを確認してから礼をします。プリントを配る時には、「ありがとうと言えるといいね」と一言そえます。ほめ言葉や認める言葉をたくさん聞くことができました。

授業の前半では、世界恐慌の前後でアメリカの人々の生活がどのように変わったかを確認しました。好景気の時の大きな広告看板の前で配給を待つ人が列を作っている写真を見せて、子どもたちに質問をしていきます。英語の看板から子どもたちはアメリカと気づきます。看板の明るいイメージから、第一次大戦でアメリカが戦争の影響を受けずに反映したことを子どもたちの口から言わせました。自然な形で学習した知識を活用し復習をさせます。授業者は「そうだったね」と子どもの言葉を認めて進めました。この復習内容が大切であるならば、このことについてもう少し詳しい説明を他の子どもに求めてもよかったかもしれません。時間をあまり使いたくなかったのでしょう。

子どもたちに看板の英語の意味をたずねます。他教科の学習を具体的に活かす場面をつくる姿勢は大切です。この場面は子どもから言葉を引き出すためにていねいに進めました。しかし、社会科の授業としては本質的な部分ではありません。また、意味がわかるかどうかは知識の問題でもあります。子どもたちは考えるのですが、辞書を引いたりする姿は見られませんでした。であれば、すぐに答を引き出して社会科の授業に戻らなければいけません。ちょっとまわりの子どもと相談させて、すぐに発表させればいいのです。

子どもたちを指名しながら、何の行列かを考えさせます。「バッグを持っている」「買い物」「行列ができるのはどんなとき?」「遊園地」「人気のあるもの」・・・、子どもたちはうれしそうな表情で意見を発表します。授業者がうなずきながら、しっかりと受容するからです。子どもの様子を見て、「○○君何かわかっているね」と声をかけます。途端にその子どもの表情が明るくなります。固有名詞できちんと外化を評価しています。また、その子どものまわりの子どもたちも明るい表情になります。子どもを具体的に評価することは、他の子どもにもよい影響があるのです。
授業者は、失業者へのドーナツの無料配布の様子の写真も使って、失業者が増えたことを確認し、現代の日本の状況やアベノミクスについても言及しました。歴史を過去のものとして扱うのではなく、今とつなぐことは大切なことです。
授業者は、世界恐慌で何が起こったかを「不況になって、生活が苦しくなった」と単なる言葉で説明するのではなく、子どもたちに実感できることを大切にしていました。しかし、子どもたちに経済的な知識がないので、どうしても説明が多くなります。不況のメカニズムをできるだけ単純に子どもとのやり取りで気づかせるような工夫があるとよかったでしょう。
「物が大量に作れると何がいいの?」「安くなる」、「よそより安くするためにはどうする」「もっとたくさん作る」、「物を作ったらどうするの」「売る」「買ってもらう」、「作りすぎたらどうなる」「売れ残る」「安売りする」、・・・。これほど単純化していいのかどうかわかりませんが、資本主義経済における市場の大切さもここで押さえておくことで、この後のブロック経済がよくわかるはずです。

授業者は、板書をできるだけしないようにしています。板書をするとどうしてもそれを写すことに意識がいってしまい、考えることをしなくなるからです。その代りに「世界恐慌」といった大切な用語は、全体で何度も声に出させます。写すことよりも覚えることを優先させています。子どもたちは、用語を覚えるだけでなくその意味もよく理解していることが、授業者と子どもたちとのやり取りでよくわかります。授業者は今扱っている内容と関連する過去の学習内容を質問しますが、子どもたちはとてもよく反応するのです。

世界恐慌の結果、失業者が増え生活が苦しくなったことをしっかりと押さえたところで、この時間のめあて「世界恐慌に対して、欧米諸国はどのような政策を行ったのだろうか」を板書します。子どもたちは、素早く写します。前半を子どもとやり取りしながらていねいに進めることで興味を持っていることがわかります。子どもたちに欧米諸国の名前あげさせます。亜米利加(アメリカ)、英吉利(イギリス)、仏蘭西(フランス)、伊太利亜(イタリア)、独逸(ドイツ)と板書します。米、英、仏、伊、独といった略名に慣れさせるためでしょうか、面白いやり方です。授業者は意図的に、亜米利加を左の方に、英吉利、仏蘭西を真ん中に、伊太利亜、独逸を右端の下の方に書きました。
ここで、第1次大戦後の各国の工業生産量?の変化のグラフを資料として配ります。子どもたちは、すぐにソ連だけが順調に発展していることに気づきます。そこで、ソ連が他の国とどう違ったのか、当時の指導者スターリン、5か年計画を押さえました。授業者はソ連の国土が大きいため国内だけで経済が完結できることを世界恐慌の影響を受けなかった理由としましたが、雇用の創出、市場の確保といった他の国の政策と共通の視点で整理しておくとよかったと思います。

子どもたちにメモでいいので3分間で各国のとった政策をノートに書くように指示をしました。この日は短縮授業だったので時間が厳しかったこともありますが、3分間としたことで子どもたちの集中度はとても高いものになりました。どの子も素早く取り組みます。3分経ってもまだ子どもたちは作業をしています。しかし、授業者は思い切りよく止めました。「1つは書いているよね」と確認したところ、手が挙がらない子どもがいます。授業者はその子どものノートを確認して、「なんか書いてあるじゃない」と発表させます。ほとんどの子どもが手を挙げているからこそ、手を挙げていない子どもに目を向けることが大切です。できていない子どもも活躍させようと考えているから、途中でも躊躇なく止められたのです。全員を参加させたいという授業者の思いが伝わる場面でした。

子どもからニューディール政策が出てきました。関連することを他の子どもたちに確認します。公共事業とは何かを説明し、道路をつくる、ダムをつくるといったインフラ整備が行われたことを押さえます。雇用の創出という視点で、「どんな事業をすればいい?仕事をつくるだけなら、穴を掘って埋めてもいいじゃない?」「だれがそんな仕事をつくるの?」といった、不況の原因から考えるという発想もあります。授業者は子どもたちに経済はよくわからないだろうと、経済的な部分を自分で説明しましたが、スモールステップを意識することで、子どもたちで考えられるようにすることはできたように思います。
授業者は政策という事実を調べさせることから出発しましたが、不況の原因から次にどう行動するかを考えていくという発想もあります。授業の前半で雇用が失われたことと市場の必要性を押さえておけば、それぞれを意識した政策はどの国がとったのかを問うこともできたと思います。その上で、他の国はなぜそういった方法を取れなかったのかを問うことで、第2次世界大戦への道が見えてくると思います。
結果から考える発想と原因から考える発想のどちらがよいというのではありません。どのように組み立てると子どもたちが考えやすいかで判断するとよいと思います。いずれにしても、この時代のことは現代社会にもつながるだけに、今を読み解く視点を意識して授業を組み立てたいものです。雇用や市場を意識することで、アベノミクスやTPPといった現在の問題もよく見えてくると思います。

授業者は子どもたちの発言に対して、「ありがとう」と返すことで発言をしやすい雰囲気をつくり、「わからない人いない?」と全員が理解することを大切にしています。ブロック経済では、「他の国が入ってこられないためにどうしたらいいの?」と問いかけ、「関税」という発言に「いいこと言ったね」と評価します。また、「笑顔がいいね」と声をかけてから指名したりと、子どもたちとの人間関係をつくることも大切にしていることがよくわかります。
子どもたちは友だちの発言をよく聞いていますが、中には一生懸命メモを取っている子どもがいます。板書をしないので、メモを取っておこうというのです。この行動自体は悪いことではないのですが、ずっとノートを見続けているのが気になります。発言者の方も見てほしいと思うのですが、悩ましいところです。「基本は発言者を見る、メモを取る時は素早くとって発言者に視線を移す」と、メモを禁止するよりも、よりレベルの高いところを目指すようにできるとよいと思いました。

ブロック経済をとられると、ドイツやイタリア、日本はどうなるかを考えさせ、このことが第2次世界大戦につながっていくことを子どもの言葉から押さえて、最後に、黒板の空いたところにそれぞれの国のとった政策を指名して書かせました。自分たちでまとめるようにすることで、子どもたちは受け身になりません。多くの子どもが、友だちの板書をそのまま写すのではなく、自分で言葉を足したりしてまとめていました。
政策を書かせるだけでなく、何を意識した政策なのか、上手くいったのかどうか、その結果どうなったのかも簡単に付け加えさせればよかったと思います。子どもの言葉でこの日のまとめを発表させて終わりました。

社会科の授業としては、子どもたちの活動をもとに組み立てるために思い切って引き算をしていることが印象的でした。たくさんのことを説明するのではなく、何を理解すればこの時代を理解できるかをよく考えた授業構成でした。ただ、経済については子どもたちに知識がないため自分たちで考えるのは難しいだろうと考えたため、どうしても授業者の説明が多くなってしまいました。「単純化できないか」「どのような知識が必要か」「どのくらいスモールステップにできるか」といった視点で教材研究をすることで、難しい内容も子どもたち自身である程度考えさせることができるようになると思います。

社会科の授業としても見どころが多かったのですが、何より感じたのは「教務主任の授業」だということでした。この時期に教務主任としてみんなに意識してほしいことを伝えるための授業だったのです。子どもたちのどんな姿を目指すのか。どのような授業規律を確立したいのか。そのために具体的にどのようにすればいいのか。そういうメッセージがいたるところから伝わってきました。表情や言葉かけ、指名の仕方や受容の仕方に、子どもたちが安心して参加できる、子どもたちの言葉でつくられていく授業を目指していることがよく表れていました。どの教科の先生にも学ぶことの多い授業だったと思います。
教務主任として2年目の先生ですが、忙しいこの時期に自ら意図的な提案授業をおこなったことに感心しました。教務主任だからこそ、何より授業を大切にしたい。そんな思いも伝わってきました。この学校の先生方もきっとこの思いを受け止めてくれたことと思います。この学校に授業を大切にする空気がますます強くなっていくのを感じます。
若い先生方の成長も楽しみですが、こういうミドルリーダーの成長を見ることもとても楽しみです。この学校がこれからどのように進化していくのか、今まで以上に楽しみになってきました。
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