素直さの大切さをあらためて実感した授業(長文)

中学校の授業研究に参加してきました。

授業研究の前に、全体の授業の様子を参観しました。この学校のアドバイスを始めて3年目です。最初のころは先生が一方的にしゃべる声が廊下に響いていましたが、そのような声はほとんど聞かれなくなってきました。子どもを受け止め、子どもの発言を大切にしようという雰囲気が生まれてきています。3年生は落ち着いて授業に参加しています。2年生は子ども同士の関係がとてもよくなっていました。先生方にうかがったところ、秋の行事をきっかけに急激によくなったということです。とはいえ、行事だけでは授業での子ども同士の関係はつくられません。授業でも子ども同士のかかわりが意識されている結果だと思います。
1年生は、教室の人間関係が今一つよくないように思えました。どの学級にも気になる生徒がいるのですが、先生方がその子たちにかかわりすぎているように思います。子どもたち全体が、一部の子どものせいで、教師からネガティブな評価を受けているのではないでしょうか。普通の子どもたちと教師との関係をつくることから始め、続いて、子ども同士の関係をつくることが原則です。苦しい子どもへの指導はその後です。その最初の部分ができていないために、子ども同士の関係もうまくいっていないように思います。子ども同士がかかわる場面をつくり、ポジティブに評価する場面を意図的につくることからやり直す必要があるでしょう。

研究授業は、2年目の先生の理科の授業です。2年生の静電気の導入でした。授業者が担任している学級でしたが、他の時間に見た様子がとても印象に残っていました。子ども同士の関係が特によく、子どもたちが安心して授業に参加していた学級なのです。教科によらずそのような様子であるということは、学級づくりが上手くいっているということです。担任の授業でどのような姿を見せてくれるか、期待が高まります。
導入は、ビニルテープを髪の毛にした人形をバンデグラフの上に置いて、髪の毛を逆立てます。静電気で起こる現象をわかりやすく見せることで興味をひきます。授業者は、この実験を見せるまでの過程を上手に演出しました。なかなかの役者です。子どもたちがとてもよい反応をします。ここで見事だったのは、この導入を引っぱらずにすぐに本題に入っていたことです。5分も経っていませんでした。子どもたちにうけるとついつい調子に乗ってしまうことが多いのですが、切り替えが見事でした。

子どもたちから静電気という言葉を引き出した後、静電気について知っていることをワークシートに書かせます。指示をした後、子どもたちはすぐに動きます。まわりの子どもと自然に相談しています。とてもよい姿です。
子どもを指名して発表させます。ワークシートには経験があれば書くようにと指示があったので、子どもたちは「下敷きで髪の毛をこすると毛がくっつく」といった自分の経験を話します。授業者は、必ず「同じことを書いた人?」と、子どもをつなぐことを意識しています。服を脱ぐときにパチパチすることを発表してくれた子どもがいました。同じことを書いた子どもはいません。授業者はすかさず、「同じ経験をしたことある人?」と問い直しました。今度は、たくさん手が挙がります。なかなかの対応です。子ども同士をつなげようという意識があるから「経験」と言い直したのです。

ここで、どうやったら静電気が発生するか子どもたちに問いかけます。「こする」という言葉を受けて授業者が、静電気は2種類の物質をこすった時に発生する電気だと説明します。ここで注意しなければいけないのは、「2種類」「電気」という言葉です。子どもからは「2種類」という言葉は出ていません。このタイミングで示す必要があるのなら、子どもから引き出したいところです。また、「電気」はまだきちんと定義ができていません。理科のカリキュラムでは「静電気」から出発して電気全般を学習するはずです。ここでは、「電気」の正体はまだわかっていないのですから、「電気」はまだ使うべきではないのです。「こすれば発生するの?」と問いかけながら、「発生しやすいものとそうでないものがある」「同じものをこすってもダメ」ということを確認したいところです。その上で、「2種類の物質をこすると発生しそう」とまとめる程度でよいでしょう。

実験の説明をします。子どもの顔が全員上がるまで待つことができます。ペアでおこなう実験です。そこで、子どもを1人前に出して手伝ってもらいながら説明します。授業者が1人で説明するよりも、はるかにわかりやすい方法です。ここで、2人を前に出すというやり方もあります。授業者が説明して子どもたちにやってもらうのです。子どもだけでやるので、戸惑ったり、間違えたりします。他の子どもはそれを同じように考えながら見るので、よく理解できるのです。今回の実験は自由に回転できるようにしたストローともう1本のストローを用意し、それぞれをティッシュでこすり、回転できるストローにもう1本のストローとティッシュを近づけて動きを見るというものです。授業者は、ストローが動く直前で説明を止めました。うっかりすると結論を見せてしまうところですが、きちんと手前で止めました。事前にきちんと試しているから、どこで止めたらいいかもわかっているのです。細かいところまできちんと準備をしています。途中で止めるということを考えると、前に出す子どもは1人でよかったのでしょう。

子どもたちは、しっかりと協力し合います。男女の関係もとても良好です。3分で実験は終わりました。だらだらしないのもよいことです。
結果を確認します。2つのグループにティッシュの場合を聞きます。ストローがティッシュに「近づいた」と「引きつけられた」と微妙に違う表現でした。授業者は一つにまとめずに、それぞれを板書します。子どもの言葉を大切にしていることがよくわかります。ストローにストローを近づけた場合について、指名された子どもは「離れた」と表現しました。
「近づいた」「引きつけられた」は理科の表現では「引き合った」と、ストローとストローの場合は「反発した」と言うことを教えました。用語をきちんと説明することはとても大切です。ここで、「近づいた」と「引きつけられた」という言葉の違いを子どもたちに聞いてもよかったかもしれません。単に事実を示していることと、力が働いている表現との違いを引き出すことで、力を意識させることができます。どちらが引っぱっているのかと問いかけることで「作用反作用」の布石にもなります。細かく説明することは必要ないと思いますが、「引き合う」という言葉の裏にはこういうことが隠されていることは意識しておきたいところです。
子どもたちは、板書を写しますが、書けたらすぐに前を向きます。指示しなくても自然にできています。授業規律がしっかりと確立しています。

この日の課題は「どうして、ストローとティッシュは引き合って、ストローとストローは反発したのだろうか」です。
物質の単位は原子で、プラスの電気を持つ原子核と、マイナスの電気を持つ電子からなっていることを確認します。「引き合う」と「反発」に関連して磁石の例を思い出させます。その上で、ストローとティッシュの上に原子のモデルがいくつか書かれた図を提示します。同じ図が描かれた上に磁石でつくった自由に動く電子がくっついたホワイトボードを、各グループに渡します。電子が自由に動くところがちょっと誘導しすぎのようにも思いますが、ここがポイントです。このツールをもとにグループごとに説明を考えます。
なかなか手がつかないグループが目立ちますが、だれかがボードに手を伸ばすと言葉が出てきます。言葉が飛び交う状態ではありませんが、一生懸命に考えていることがわかります。授業者は、グループの支援に向かいます。子どもの言葉や気づきを大いに評価することで、子どもたちの活動を後押しします。しかし、1つのグループにかかわる時間が長すぎたようです。いくつかのグループが止まったままになってしまいました。すべてのグループが何らかの考えを持てるようになるのにかなりの時間を使いました、その一方でそれなりの結論が出たグループは、することがなくなっています。しだいテンションが上がり始めましたが、ちょうどその時に予定した時間になりました。なかなか見事な時間設定でした。結論が出たグループに対して、他にも納得のできる説明はないかと追加の指示をするといった方法もあったかもしれません。

各グループの発表です。「ストローのマイナスがティッシュに移動して、ストローが+になるから、ストロー同士は反発する」という説明が出ます。「なるほど」と受容して、他のグループの子どもに納得したか聞き、発表を続けます。今度は、「前のグループと同じで」と言いかけて、「あれ?」と違いに気づきます。「ストローの−がティッシュに移動した」と考えたのです。また、「納得した?」と他の子どもに問いかけて、「共通していることがある」と子どもたちに投げかけます。「電子が動く」という言葉を引き出します。ここで、「あれ?」という言葉を拾って、どういうことか聞いてもよかったかもしれません。教師が「共通」というヒントを使わなくても子どもから共通なことが引き出せた可能性があります。
大事なポイントは電子が動くということだと言って、「2通りに分かれると思うけれど、どちらだったか手を挙げて」と指示します。ここで、電子が動くことはまだ仮説です。ちょっと強引な進め方でした。どちらにも手を挙げないグループが2つありました。このような進め方ですと、もうこの2つしか答えがないように思います。個人での活動であれば、無理やりどちらかに手を挙げてしまうところですが、グループなので手を挙げません。この2つのグループを無視することもできます。授業者がどう対応するのかが見どころです。
授業者は、素直に2つのグループに聞きました。1つのグループは、「ストロー同士は説明できないけれど」と断って、ストローとティッシュについて説明しました。「電子は移動しないけれど、ストローの原子核に+があって、ティシュに−があるから反応した」というのです。授業者は「なるほど」と受容します。もう1つのグループは、ストローの−が反対側の端に移動して集まり、ティシュの−がバランスを取ろうとして、ストローの方に移動するというのです。往々にして、時間内にまとめようと、教師がこの2つの考えを否定して終わるところですが、授業者は無理やりまとめずに次の時間に持ち越しました。よい判断でした。
大事なことは、ここでの議論はあくまでもモデルでの説明でしかないということです。科学におけるモデルの妥当性は、実験で確かめる以外に方法はありません。モデルをもとに理論を組み立て、現実と矛盾なく上手く説明がつけば正しいと判断するのです。科学と数学の違いがここにあります。このことを子どもたち伝える格好の場面です。どの考えが正しいかを知るために、どのような実験をすればよいのか子どもたちと考え、実験によって妥当性を判断すればいいのです。授業者にこのことを確認しました。次の時間が待ち遠しそうでした。

とてもよく準備されている授業でした。事前に何度も検討したことがよくわかります。多くの先生が研究授業を支える体制ができています。若い先生が伸びる環境がつくられつつあります。

授業検討会は、この授業のよいところがたくさん発表されました。各グループの様子もしっかりと発表されます。子どもたちの事実をもとにした発言が続きます。この学校に初めて訪問した時とは、先生方の様子がまるで違います。授業を見る視点が先生方に育っていることがわかります。この学校で、男女市松模様の座席にしているのはこの授業者の学級だけだそうです。そのことと合わせて、男女の関係のよさを指摘する意見もあります。授業者の子どもたちへの働きかけについても意見がたくさん出てきます。他教科であることは関係ありません。途切れることなく意見が続きました。今回のモデルについて、子どもの視点でどのように考えればいいのかという疑問や意見もたくさん出てきました。
私の方からは、この学級の授業規律のよさが教師の受容とポジティブな評価によってつくられていることと、理科におけるモデルと実験の関係についてお話ししました。

懇親会の席で、授業者はとても素敵な話を聞かせてくれました。授業者の「直○」という名前の「直」は素直の「直」だと、いつも母親に言われて育ったと言うのです。アドバイスされたことを素直にやり続けたからこそ、2年目の教師の学級とは思えないほど、子どもが育っていたのです。その素直さの理由がよくわかりました。特に、いつも「笑顔」を忘れない。教師がまとめるのではなく「子どもの言葉でまとめる」。この2点を大切にしてきたそうです。だから、最後の2つのグループの意見も、自分がまとめずに、子どもたちでなんとかまとめさせたかったのだそうです。
検討会で、自分が意識してやっていることを評価してもらえたことがとてもうれしかったと話してくれました。これは、先生同士で視点が共有できているということの現れです。学校全体がよい方向へ進んでいくための大切な条件です。来年度から3年間の研究指定を受けることになりそうだという話もうかがいました。この学校が大きく飛躍するよい機会だと思います。これからどのように変化していくかとても楽しみです。
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