教師が成長する条件は何かを再確認できた研修(長文)

毎年1講座を任されている、市主催の研修会の講師を務めました。今回は「若手が伸びる、若手を伸ばす」をテーマにして、模擬授業と解説、そして座談会(インタビュー?)という構成でおこないました。対象はこの市の初任者全員と、希望者です。若手を指導する立場の方にもたくさん出席していただけました。

模擬授業は成長著しい10年目の英語の先生にお願いしました。比較的年齢の近い教師の素晴らしい授業を見ることで、初任者や経験の浅い先生に具体的な目標を持ってもらいたいと思ったからです。また、「子どもが活躍する授業」ということはよく言われますが、実際には一部の子どもだけが活躍しているということほとんどです。今回の模擬授業を通じて、「子どもが活躍する」授業とはどういうものかを知ってもらいたいというのがもう一つのねらいです。

中学1年生の三人称単数現在の ”s” の学習です。教師の説明はほとんどなく、子どもの活動を中心に進めています。まず、”Dose … ?” に対する答え方を練習します。スクリーンに左上に男性を表示し、○か×を表示します。○を映したときは、”Yes, he does.” と、×を映したときは ”No, he doesn’t.” と授業者が発声します。それを子ども役に繰り返させます。何度か繰り返した後は、授業者は発声せずに○×を表示して、子ども役だけで発声させます。この時、授業者はとてもよく子ども役を見ています。全員が確実にできているかを見ているのです。続いて人物を切り替えます。女性に変え、今度は “she” になることに気づかせます。人物と○×を切り替えながら練習をします。単純な ”Yes” ”No” ですが、”situation” を理解しないと答えることができません。単なるリピートと違って、頭を使った活動です。ICTをうまく活用しながらテンポよく進めるので、とても密度の濃いものになります。この活動に続いて、有名なスポーツ選手の写真とスポーツを表わすアイコンを画面に表示します。この組み合わせで、”Does ○○ play ××?” とたずね、子ども役に答えさせます。人物とスポーツの組み合わせを変えながら全体で練習します。子ども役が慣れてくれば、指名して答えさせます。それを受けて全員で繰り返します。こうすることで、友だちの答をしっかり聞く必然性が生まれます。注目すべきは、スクリーンの情報に文字がないことです。確かに紙での試験対策を考えれば絵の代わりに単語を書いておきたいところなのですが、それでは子どもは文字を読んでしまいます。”situation” を英語で表現する練習にはなりません。文字を読む練習と言語を習得することは別ものです。まずは言語を習得させることに重点を置いているのです。

続いて、スクリーンにスポーツのアイコンとスポーツ選手の写真の一覧を表示し、2列を立たせ向かい合わせます。ここでも何をするか説明はしません。ちょうど座席がずれていたので、授業者と先頭の子ども役で会話をします。どの子ども役も真剣にやり取りを見ています。見ていないと何をすればいいかわからないからです。授業者がスポーツ選手とスポーツの組み合わせを選んで、ペアとなる子ども役に質問します。子ども役がそれに答えると、今度はペアの相手に質問をするように促します。子ども役はこれで何をすればよいかわかります。スクリーンに映されている物が意味することも理解します。一組ずつ活動させます。スクリーンを見ながら質問をする子ども役もいますが、授業者は話すときはペアの相手を見るように促します。続くペアはしっかりと互いを見あって話します。面白かったのが他の子ども役の様子です。何をすればよいかは理解したので、少し集中力が落ちたのです。これは優秀な子どもに見られる傾向です。不安がある子どもたちであれば、しっかり様子を見ています。もし学級全体の集中力がなくなるようであれば、他の子どもにも質問に答えさせるといったことが必要でしょう。

ペアで練習した後、今度は学級の中の3人とこの会話をするように指示します。ただし、いきなり質問するのではなく、まず英語で簡単な挨拶をしてからです。一人の子ども役と実際にやって見せます。こうすることで何をすればよいかがよくわかります。子ども役の様子は実際の子どもと大差ありません。とても楽しそうに取り組みます。最初は硬かった表情も笑顔あふれるものになっています。決められた言葉をしゃべるのと違い、自分の言葉が相手に伝わった、相手の言葉を理解できたということが自己評価できます。うまくできれば達成感が味わえます。本当のコミュニケーションになっているから、楽しいのです。
時々、スクリーンを見ている子どもがいます。この場面の本質でないスポーツ選手とスポーツの組み合わせをどうするかに困った時は、スクリーンの情報が助けてくれます。しゃべるのに困らないように、事前にワークシートに書かせておく授業によく出会いますが、これでは、子どもはワークシートを見ながら読むか、覚えておいて臨みます。コミュニケーションとは言い難いものです。このことを授業者はよく理解しているのです。
ここで授業者に、なぜ3人なのか訊ねました。数が多いとだんだんテンションが上がってきたり、関係のない話をしたりしだすからということです。テンションが上がる怖さをよく知っています。また、子どもたちが活動している時に、子どもの中には入らずに離れた場所から一人ひとりが活動できているかどうか、全体を見ています。もし困っている子どもがいたらどうするかを聞いてみました。即答しません。実際の授業場面を想像して考えているのでしょう。でてきた答えは、「自分が対応するか友だちにつなげる」でした。そうです。一律の対応ではなく、子どもの状況によって異なるのです。これ以外の対応があるのかもしれません。一人ひとりを見ているということは、子どもによって対応を変えるということなのです。

続いて、スクリーンの左上にスポーツ選手、その下に好きを表わすアイコンとその横にスポーツのアイコンを表示します。英語の語順を意識しています。”○○ likes ××.” と授業者が発声します。特に ”likes” の “s” を意識させるように発音します。何度も子どもたちに繰り返させます。主語を ”he” や “she” に置き換えて練習します。次は主語を ”I” や “you”、”we”、”you and I” に変えて練習します。主語を変えて練習をしながら、動詞に ”s” がつく時とつかない時があること、それはどんな場合か子ども自身に気づかせます。子どもが自分で気づけるように活動を組み立てているのです。
スクリーンに教科のアイコンを表示して、一人ずつ “Do you like ○○ ?” とたずねます。その答を黒板に○×で小さくメモしておきます。1列終わった段階で、全体に対して先ほどの子ども役について質問をします。”Does he(she) like ○○ ?” それ対して答えた後、”He(she) likes ○○ .” “He(she) doesn’t like ○○.” とどちらかで答えます。一列で練習した後、一人ずつ“Do you like ○○ ?” とたずねては、子どもに授業者の視点に立たせて(授業者と一緒に指をさす)”You like ○○.”、続いて “He(she) likes ○○ .” と発声させます。ただおうむ返しに繰り返すのではなく、”situation” に応じて頭を使う必要があります。これをテンポよく続けて定着させます。
最初からこの場面まで、子ども役が受け身になる時間はほとんどありません。一人ひとりの活動量が半端なく多いのです。しかも、ただ活動しているだけでなく、頭をフルに使っているのです。

最後にワークシートでこの日学習したことを確認します。ここで、初めて英文を書くことをします。わからない子どもは、教師が板書するのを待っていて、板書をするとすぐ写しはじめます。ワークシートの空欄は正解で埋めておかなければいけないという強迫観念があるのです。そこで、ペアで確認させます。ワークシートの空欄が埋まっていれば、安心して説明を聞くことができるからです。細かいところまでよく考えられています。

とても素晴らしい授業でした。メモを取るのも忘れて見入ってしまいました。メモも資料も手元にない状態でこれだけ時間(3日)が経っていても、ここまで思い出せるということはそれだけ印象に残っているということです(メモが全く取れていないので、一部間違いがあるかもしれませんがお許しください)。非常に緻密に計算されています。一つひとつの活動がスモールステップとなっていて、力のない子どもでも無理なくついてこられるように工夫されています。
ICTの活用もあまりに自然で、その存在を意識させません。しかし、この授業はICTなくては全く成り立たないのです。ICT活用の実践としてもお手本となるようなものです。
座談会(インタビュー?)の冒頭で、この授業者の成長するきっかけをつくった教頭がその成長に「嫉妬する」と言ったのもうなずけます。
私も、解説などしないでそのまま見ていたかったのですが、参加者の多くが少経験者であったので、途中で何度か止めて、言わずもがなの解説をさせていただきました。

後半の冒頭に「子どもが活躍する授業づくり」と題して、少し一般的な話をさせてもらいました。子どもが活躍する授業の大切な要素は、「子どもを受け身させないこと」「子どもの活動量の確保」「考える必然性のある課題」ですが、先ほどの模擬授業はこの条件をすべて満たしたものでした。これ以外にもいくつかの具体例をもとに話をしました。

この日のもう一つの目玉は、この授業者が成長するきっかけを作った教頭と授業者との座談会です。座談会とは言いながら、結局私は席につかずにお二人にインタビューするような形になりました。教頭からは、教師が伸びる条件とは、素直な人であることを具体的に話していただけました。また、もう一方で若者を育てるためにどのようなことをしてきたかも話していただけます。授業のDVDを渡したり、冊子を渡したりする。折に触れ啓発資料を配布する。授業をいつでも公開する。他校の先生や外部講師に指導をしてもらう機会をつくり、あらかじめその教師のいいところや改善してほしいこと、現在のやる気などの情報を伝え、指導後の変化をほめるなど、本当にいろいろなことをされています。この学校では、この授業者だけでなく何人もの若い(中には中堅もいましたが)教師が驚くほどの成長を見せてくれました。本人の努力もありますが、その陰で管理職のこのような働きかけがあったこともその大きな要因です。当時先生方に手渡したものを、資料として何枚も配ってくださいました。育てる側にはとても参考になるものです。

一方、授業者からはどのようにして学んできたかを教えてもらいました。小さな学校なので学ぶべき先輩もいなかったので、本を読んだり、ネットで参考になる情報を集めたりして工夫してきたそうです。この教頭に出会うまでは、子どもが楽しく英語の授業に参加してくれることを目指していたようです。しかし、教頭から「あなたの授業では、子どもの学力はつかない」と厳しく言われたことが変わるきっかけになったようです。言われたことに対してどう思ったのかと質問したところ「自分でもそのことは気にはなっていたので、何とか変えていこう」と思ったそうです。頑固なところもあると評されていましたが、やはり素直であることがよくわかります。
彼の授業に対して私も何度かアドバイスしましたが、積極的に受け入れてくれました。教科の専門家でもない者の意見をどうして聞く気になったのか聞いてみました。自分自身が課題と感じていたことなので、専門家とかそういうことではなく、前向きに参考にしたそうです。成長するために必要なことが何かがわかる言葉です。「他者に見てもらわなければ成長しない」とも言っています。自分の殻に閉じこもってはいけないということです。
今回の模擬授業に先立って7月の第1週に授業を見せていただきました(「子どもたちの活動量が多い英語授業から学ぶ(長文)」参照)。その際に指摘したこと、アドバイスしたことをほぼクリアした模擬授業でした。授業者の市は全中(全国中学校体育大会)の会場だったため、とても慌ただしい夏休みだったはずです。しかし、今回の模擬授業は今までの授業の焼き直しでないことは明らかです。一体いつ考えたのか不思議です。このことも聞いてみました。私の授業アドバイスから夏休みまでの1週間余りは、毎回何かしらの工夫をしながら授業に臨んだようです。夏休みの間も常に頭の片隅では授業のことを考えていて、思いついたことを少しずつ付け加えながら形にしていったそうです。授業と真剣に向き合っていることがよくわかります。
最後に今回の授業に何点をつけるか聞いてみました。「50点」ということでした。ワークシートの使い方などが自分では納得できていないようです。この授業が50点だということは、まだまだ高いものを目指しているということです。どこまで伸びるか本当に楽しみです。できることなら、彼と一緒に授業の課題について考える機会を持てたらと思っています。

今回の研修から、参加された方はどのようなことを学んでくださったでしょうか。皆さんの真剣な表情から、それぞれきっと多くのことを学び取ったに違いないと思います。私もお二人から、皆さんと同じようにたくさんのことを学べたと思っています。素晴らしい先生方と出会えたことの幸せを改めて感じました。この日が夏休み最後の講演でしたが、とてもよい経験をすることができました。このような機会をいただけたことに感謝です。
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