授業検討で考える(その2)(長文)

昨日の日記の続きです。

2つ目の模擬授業は、社会科の日本の海洋を考えるものでした。授業者は前回のフォーラムでも模擬授業をおこなった社会科の達人です。この夏も各地で模擬授業をおこなっておられます。一部では「模擬授業職人」と呼ばれているそうです(私はこの言葉を初めて耳にしました)。
何度も模擬授業を見せていただいていますが、いつもスキのない授業をされます。スキがないと同時に構成は基本的にいつも同じです。ワンパターンかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、実際の授業ではこれは大切なことです。子どもたちは次に何が起こるか安心して授業に参加できるからです。パターンは同じでも課題は異なります。扱う資料も異なります。ワンパターンだからといって、飽きたりだれたりすることなどないのです。

いつものようにICT機器を使い、最初はテンポよく知識の確認をします。今回は日本のまわりの海の名前を、日本地図を見ながら言わせます。続いてこの時間のゴールを示します。ゴールが明確であると、子どもは安心して授業に取り組めます。ゴールが「○○についてわかる」といったものでは、結局どうなればいいのかわかりません。この授業では、「日本のまわりの海洋はどのようになっているのか」を「ノートに説明を書くことができる」と具体的に示しています。

最初の課題が提示されます。知識を調べる、確認するものです。日本地図を与えて「海洋についてどのようになっているか気づいたこと、思ったことノートに書きなさい。時間は1分です」と指示をします。時間を明確に切ることで、子ども役の活動をスピードアップさせます。ここで、少し気になることがありました。日本地図をもとに考えることを強調しなかったことです。「海洋について」は言われたのですが、「日本地図から」は言わなかったのです。このことが影響するのでしょうか。
発表の場面では、いくつ書いたか子ども役に確認して少ない者から発表させます。一人ひとりの活躍の場を保障しようという授業者の姿勢がわかります。子ども役が発表したことに対して、必ず「どこでわかる?」と確認をします。こういう基本は外しません。また、子ども役に同じ考えだったら同じだと反応を返すように促します。こういう場面は模擬授業ならではの場面です。別の言い方をすると授業技術を教える、伝える場面です。というのは、通常の公開授業ではまず見ることができない場面だからです。こういう場面は4月のころにしか見ることができません。子どもたちが育てばわざわざそんなことを指導しなくても、自然にできるようになっているからです。こういう場面をさり気なく入れるところが「模擬授業職人」と呼ばれる所以でしょう。
「海はつながっているのに名前が違う」という子どもの役の言葉に、「思ったことを言っているんだ」と評価します。この対応も面白いと思いました。おそらくこの部分については扱いたくないのでしょう。しかし、この気づきに焦点を当てて何らかの評価をすると、「なぜ?」と思ってそこに意識がいってしまう子どもが出てくるかもしれません。そこで、このような評価をしたのではないかと推察します。
地図の色が違うという情報を発表する子ども役がいます。こういう発言を活かして、色の違いに意味があるのか、色が何を表わしているかと返します。地図を見る時のポイントを活動前に確認しておけば、「海に深い部分がある」「海溝がある」といった言葉が最初からでてきたでしょう。先ほどの「日本地図」を強調しなかったことにも関連するのですが、模擬授業だから起こる場面、スキなのかもしれません。自分の学級であれば、地図をよく見て考えることは当たり前だし、地図を見るポイントは言われなくても子どもはよくわかっています。おそらく、20分という時間の制約の中でカットされた部分なのでしょう。
授業者は子どもの発言に対して、より明確にするように物わかりの悪い教師を演じます。地図を「下から上へ」といった発言に対しては、「下から上?地図ではどう言う?」とプレッシャーをかけ「南から北へ」と修正させます。子ども役の言葉を借りれば「発言すれば終わりではなく、気を抜くことができない」ということです。子どもに集中を切らす余裕を与えません。
ここでは子どもたちから海岸線に関する気づきは発表されませんでした。海洋について強く意識付けされているので、海岸線には目が向かなかったのかもしれません。授業者は、「囲まれている線は何だろう」海岸線に意識を向ける発問をしました。しかし、「海岸線」という用語を出しただけで次に進みました。なぜでしょう。ここにも疑問が残りました。授業後に授業者と話をして氷解しました。
最初の課題で地図を強調しなかったことについては、指導案では「日本地図から気づいたこと、思ったことをノートに書きなさい」という予定だったようです。そこを言わなかった。そのことも要因としてあったのか、「海岸線」について子どもたちの反応が悪かった。そこで、「海岸線」については捨てたというのです。「日本の海岸線は面積が日本の25倍もあるアメリカ合衆国の海岸線よりも長い」といった子どもの興味を引く情報も用意していたそうです。こういう資料や情報を準備していると無理しても説明したくなるものです。それをあっさり捨てるというのはなかなかできないことです。

子ども役から考えを聞きますが、その間板書をしません。発表が終わったあとで、「みんなが気づいてくれたこと」と整理をします。ここで、見事にフィルターがかかっています。このあとの主課題につながるものだけを板書するのです。一つひとつの発表をきちんと受容しているので、自分の発表が書かれなくても子どもたち不満に思わないでしょう。子どもたちが考えやすいように情報をうまく整理しています。
このあと、排他的経済水域の図を示し、領海と排他的経済水域の説明をします。日本の国土の面積は世界の60位と狭いが排他的経済水域は6位と海洋大国であることを、第何位かというクイズを交えて教えます。自分たちが考えたことや気づいてことに関連する説明なので興味を持って聞きます。海底地形図を使って、南海トラフや海の体積が大きいことなども話します。
これらの知識は、子どもにでは簡単に調べたり気づけたりしないものです。ここにムダな時間は使いません。この区別はとても大切です。ともするとすべて子どもに調べさせようとしたり、すべて教師が教えてしまったりします。「調べさせる知識」「教えるべき知識」をどのように分けるかは授業の組み立ての大切な要素です。
こうして、この時間の主となる課題「こういった海洋の特徴から言える日本のよさは何か」を考えさせます。根拠となる知識が明確にあるので、子どもの考えを引き出しやすくなります。最初の課題で知識を得る。考えるために必要な知識で不足しているものを教師が教える。これらの知識をもとに考える課題を与える。こういうテンプレートを持つことで授業づくりは非常に明確になっていきます。ワンパターンだからこそわかりやすく、また基本があるから変形も容易なのです。
もちろんよさだけでなく、問題点も考えさせます。ここでも、考えるための情報を与えます。日本と韓国の排他的経済水域の地図をひっくり返して見せます。ひっくり返すことで、見慣れた地図も新鮮なものになります。また、日本という視点から韓国という視点に切り替えることがしやすくなります。「韓国の人はどう思うだろう」という発問で、立場が変われば見方が変わることを意識させます。漁場が豊富、海底資源が豊富というよさとあわせて、領土問題と経済問題の関連に気づかせていきます。

流れが見えている授業だからこそ、一つひとつの場面の持つ意味、授業技術の素晴らしさに気づくことができます。子ども役を体験する、参観することで授業力をアップさせる模擬授業でした。
この模擬授業を元にグループを活用した「3+1授業検討法」で授業検討をおこないました。わずか20分の授業ですが、よいところは数えきれないほどあります。たくさんよいところが発表されると期待しました。ところが、各グループの発表は「ゴールが明確」「資料の使い方」「テンポのよさ」など同じものが何度も出てきます。授業者からこれだけ重なるのなら「2+1」でいいのではと、意見が出ました。今回は口頭での発表なのでグル―ごとに同じものが繰り返し発表されてしまいました。各グループで模造紙にまとめたものを前に貼って、共通のものを線で引くなど整理してから発表に入れば、ムダな説明はかなり減らせると思います。また、印象に強く残るよいところがあることも、3つに絞ると同じものが何度も出てきた要因でしょう。実際には授業検討の対象は達人の授業ばかりではありません。ごく普通の授業であれば、また違った様子になるのだと思います。また、3つに絞る過程ではたくさのよいところが取り上げられていると思います。あくまでもグループで学び合うことがねらいです。ただ今回は、時間がないこともあり一部のグループでは各自の発表が最初からよいところ3つに絞られていました。数に制限をつけずに、たくさんよいところを共有してほしかったと思います。

3つ目の模擬授業は理科の磁石の実験です。小学校3年生対象のものです。理科的な活動を大切にする授業者です。20分と短い時間ですが、子ども役の活動時間をたくさん取ることを意識していました。
子どもに磁石に関して知っていることを言わせ、黒板の横に書き留めます。これが後で考えるためのヒントになります。課題は磁石の実験でどんなことがわかるか、「気づいたこと」を説明することです。スクリーンに手元を拡大して実験を見せます。2本の針をぴったりくっつけて手でしっかり押さえます。磁石で一方向にこすり、手を放すと針が離れていくというものです。子どもにとっては不思議に思えることです。何度か実演してみせて、道具を全員に配ります。
実験中にほしいものがあったり、試したいことを思いついたりしたら申し出るように伝えます。子どもの発想をできるだけ生かそうという姿勢です。
授業者は実験中も子ども役をずっと笑顔で見ています。子どもたちが安心して実験をするためにはとても大切なことです。子ども役は2つの針が離れことを確認した後、思い思いにいろいろなことを試し始めました。

ここで、発表の時間を取りました。子ども役に気づいてことを発表させます。子ども役の説明を笑顔でしっかりと受け止めます。磁石でこすったといった説明に対しては「向き」や「極」を確認します。はっきりしない子どもに対しては、強くは追及しません。「なるほど」と受け止めて進みます。子どもが安心して自分の考えを言える雰囲気をつくります。ここで、思った以上に多様な意見が出てきました。中には、他の子どもの実験と矛盾するようなものもあります。時間がないので1回の実験でまとめられたらと考えていたようですが、ここで課題を焦点化して、子どもに再度実験をさせることにしました。本来ならば、子どもから出てきた気づきを整理して、子どもから出てきたものから課題を絞って実験をさせたいところですが、それでは時間が足りそうにもありません。せっかくいろいろな気づきがあったのですが、「針が離れるわけを説明する」ことに課題を絞りました。
針の磁極を調べようとしている子どもには、あらかじめ用意していた方位磁石を与えました。他の子ども役も欲しがるかと思ったのですが、その様子はありません。自分の実験に夢中で、他の子ども役の様子は目に入らなかったようです。先ほど矛盾した実験結果が出た子ども役はそれにこだわり続けていたようでした。
全体でのまとめは、「磁石になっていること」と「それをどうやって確かめたか」をしっかりと笑顔で問い返します。理科の授業で大切な「仮説」と「検証」を意識した進め方です。残念ながら時間切れて、磁石が針から離れた場所に、針と接していた側の極と反対の極ができるということまでは明らかにできませんでした。
授業者は20分という時間の制約の中、実験を1回にするということを考えていました。しかし、自由に実験をさせていろいろな気づきを引き出した時は、共有して再度実験することが必須のようです。この模擬授業を通じて、「実験での子どもの気づきをたくさん拾い、それを整理する。再度確認のための実験をおこない、子どもの気づきをもとにまとめていく」という理科の実験の授業の流れの意味がよくわかりました。実験をおこなうには時間の制約が思いのほか厳しかったため、路線変更を余儀なくさせられましたが、逆に言えば、臨機応変に対応できるということです。若手の模擬授業で想定外のことが起こると凍り付いてしまうのと対照的です。
この授業が本当に優れていることは、研究会が終了後にわかりました。子ども役が何人も授業者のところにいって、まだ実験を続けているのです。疑問を持ち解決したいという気持ちになっているのです。私の理想とする授業は子どもたちが「わかった」と言って終わる授業ではありません。「もう少しやればわかりそうだ」ともっと学びたいと思うような授業です。そういう意味では、とても素晴らしい授業だったということです。

この模擬授業では、開発中のICTを活用した授業検討を試してみました、詳しいことはまだオープンにできませんが、いろいろな可能性が会員からがあがってきました。手間がかからずに、授業検討を充実させる。今までとは違った視点で授業検討がおこなえる。そのようなものになっていくのではないかと期待しています。

充実した研究会でのあとは、懇親会で皆さんと楽しく歓談。会場を提供してくださった企業会員の皆さんがバーベキューに流しソーメンと大活躍してくれました。おいしい料理とお酒に大満足。とても素敵な時間を過ごすことができました。みなさんに感謝の1日でした。
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