課題や発問の言葉を子どもの視点で見直す

昨日は中学校で授業アドバイスをしてきました。前回訪問時に気になった学年の子どもたちは、授業への集中力を取り戻しつつありました。先生方がチームワークよく対応しているのだと思います。

今回たまたま2つの社会科の授業で課題の言葉が問題になりました。一つは、3審制の「意義」、もう一つは中国の「課題」です。ともに、グループでの話し合いの課題ですが、子どもたちはうまく活動できませんでした。
3審制では、「意義」の意味がわからない子がいたのです。教師があらためて「意義」を説明することで活動は無事に活性化しました。
一方の中国の「課題」ですが、子どもたちは「課題」を考えるという活動の経験がありませんでした。最初は資料集や教科書を調べているのですが、「課題ってどこに書いてあるの」という言葉が出てきました。「課題」を考えるのではなく、資料から「課題」と書いてある言葉を探そうとしていたのでした。授業者は、中国の少子高齢化の問題に気づいてほしかったようです。そうであれば、「中国は30年(?)後は繁栄しているだろうか」というようなより具体的なものにして、気づかせる。人口問題を考えるきっかけとなる資料をあらかじめ用意してから、何年後かの中国のようすを想像させる。といったアプローチを考えた方がよかったと思います。子どもが少子高齢化に気づいたら、「君たちは中国の課題を見つけたね」と評価することで、「課題」を考えるということはどういうことか教えていくのです。

教師は、「意義」「課題」などの抽象的な言葉を無意識に使ってしまいます。教師にとってはぴったりくる言葉であっても、子どもには具体的にどうとらえればいいのか、何を考えればいいのかわからないことがよくあるのです。発問や課題の言葉を子どもの視点で見直すことが大切です。このことをあらためて実感することができました。よい勉強をさせてもらいました。
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