授業者の進歩が見えると、課題もよく見える

前回の日記の続きです。

5年生のもう一つの学級の授業は国語の同じ読みを持つ漢字の意味の違いを考えるものでした。
授業者が子どもを認めたりほめたりすることを以前より意識していることを感じました。子どもたちとの関係もよくなっているように思います。
授業の始めに、机上に必要な授業道具を出すことを徹底していました。その上で、今日は使わないのでしまうように指示します。子どもたちからは「意地悪」といったブーイングが出ますが、決して険悪な雰囲気ではありません。子どもたちが授業者に対してネガティブな感情を持っているわけでないと思います。ただ、授業者が、子どもたちのそういう言葉に対してそうではないと否定するような言葉を返すことが気になりました。子どもたちが軽く言っているのに先生の方が真剣になっているように見えてしまいます。笑顔で「そう?」と受け流せばいいのです。

ワークシートを配って番号と名前を書かせます。書き終って待っている子どものよい姿勢を固有名詞でほめます。こういった場面でほめるべきことを意識できています。できれば、続いてよい姿勢を取った子どもをもう2、3人ほめるとよかったでしょう。こうすることでよい行動を増やすことができます。
ワークシートのタイトルは「カンジー博士からの挑戦状」です。子どもたちから、「ネーミングがダサイ」「本当にいるの?」「どこに住んでいるの?」といった声が上がります。授業者がそれに反応するので、子どもたちの反応がエスカレートしていきます。最後に、「本当です、日本のどこかに住んでいます」とちょっと強い言葉で断言しました。こういう時は、笑顔で「どうかなあ」と軽く受け流して、「さあ、今日の課題は……」と次に進めばいいのです。これ以外でも子どものつぶやきに過剰に反応するように感じる場面がありました。授業に直接関係のないつぶやきは無視するか、笑顔で受け流せばよいのです。

子どもたちに例題を見ているようにと指示をして、その間に板書をしますが、先ほどのやり取りのあときちんと一度集中させていないので、ざわつきがおさまりません。板書を終えてから、前を向くように指示をしますが、なかなか全員の顔が上がりませんでした。その状態で指示をするので、集中できない子どもが何人もいます。
スクリーンに例題を写し、全体で解きます。せっかくスクリーンに映すのですが、手元のワークシートに同じ問題があるので、それを見ていて顔が上がらない子どもがかなりいます。ここまでワークシートが必要な場面は特にないので、まず例題を全体で解いてからワークシートを配ればよかったと思います。
例題には○、△、□の穴が空いた文が書かれています。これを全体で読むのですが、授業者はそこに何が入るかわかる人は入れて読むように指示をします。子どもたちは想像で読むのですが、根拠はありません。多くの子どもが適切なものを入れて読むことができるところとそうでないところがあります。中にはみんなが入れることができているところでも、よくわからない子どももいるようで、「えっ」という声が聞こえます。授業者は根拠を示さずに、多くの子どもが入れることができた読みを正解として書き入れるように指示します。これでは、よくわからない子どもは、できるようにはなりません。
授業者が主導して正解を導きますが、どうやればそれに気づけるかはよくわかりません。

この問題を解くには、まず○、△、□には、それぞれの記号ごとに同じ読みの漢字が入るというルールを押さえておくことが大切です。漢字は違うが同じ読みであるということが解答するための手掛かりだからです。その上で、2つのステップを意識することが必要です。まず記号にどのような読みの漢字を入れると意味が通じるかを考えることです。子どもたちに、いくつかの候補を上げさせて、その読みを他の文の同じ記号に当てはめた時に、意味の通じる言葉になるかを考えさせるのです。わざとおかしなものを入れて、「こんな言葉あるかな?」「ひょっとしてみんなが知らないだけで、あるかもしれないよ」と揺さぶるとよいでしょう。「絶対ない」という子どもに対して、どうすればそれが言えるかを聞くことで、辞書で確認することの必要性に気づかせることができます。当てはまる読みが一つとは限らないことを意識させることで、とりあえず一つ見つけたからいいやとならないようにすることもできます。
うまくいきそうな読みが見つかれば、次に正しい漢字を書くことです。ここでも、わからなければどうするかを問うことで、漢字の意味を考えることや辞書の必要性に気づかせることができます。
解決するためのステップや手段を、例題を通して気づかせて、見通しを持たせることが大切なのです。

子どもたちに問題を解かせますが、「お隣さんに聞くのはなし」と注意をします。例題で見通しを持てていない子どもは、手詰まりになった時に動けなくなります。言葉を知らなければ、考えてもできるわけではありません。授業者は集中力を失くしている子どもに頑張るように声をかけますが、頑張ればできるというものではありません。「困っている人、まわりと相談してもいいよ」と声をかけてあげればよいのです。ちょっとしたきっかけをもらえれば、自分で見つけることもできるはずです。知識を問うテストではないのですから、わからなければ相談することを許してもよいでしょう。日ごろから、答ではなく、過程を共有する活動をしておけば、ただ友だちに答を聞いて写すのではなく、「どうして?」「なぜ?」と根拠を聞くようになるはずです。こういったことを意識するとよいでしょう。
時間が経つにつれ、子どもたちは自然にまわりと相談し始めます。そのことを授業者は止めません。そうであれば、最初から許してもよかったと思います。
子どもたちの声が次第に大きくなっています。授業者が相談してもよいと指示しているのであれば、問題に関連したことから外れてしゃべることはあまりありませんが、指示を無視してもそれを止められていないので、勝手に雑談をしてもよいと思う可能性があります。こういった点にも気をつけるとよいでしょう。

挙手で指名した子どもに、用意した小形のホワイトボードに答を書かせます。「一発勝負だよ。後で書き直すことはできません」とプレッシャーをかけますが、その意味がよくわかりません。「間違えてもいい」「気がつけば直せばいい」という安心感を大切にする方がよいと思います。
指名された子どもがホワイトボードに書いている間、他の子どもはすることがありません。待っている間にすることの指示が必要だと思います。時間がもったいないので、ワークシートの不要な部分を紙で隠して、実物投影機を使えばよいように思いました(子どもの書く字は薄いので上手く映らないのかもしれませんが……)。

正解かどうかを授業者が判断します。子どもたちが迷っていたものも、授業者が、「これが大正解」と説明しますが、根拠ははっきりしません。漢字の持つ意味をきちんと確認して、子どもに納得させることが必要です。ただこれが正解だと熟語を覚えさせるのではなく、漢字の意味とつなげて身につけさせなければ、この活動の意味はありません。それぞれの漢字と言葉の意味を確認して、それでよいことを全員が納得するようにしたいところです。
「放課後」を「放火後」でもよいのではないかという子どもがいます。一般的にはそういう状況はないでしょうが、ありえないことではありません。その意味をわかってその状況を説明できるのなら、それも認めてよいと思います。子どもは一生懸命、「放火した後に……」と説明をつぶやいています。しかし、授業者はそれを無視して先に進んでしまいました。こういった子どものつぶやきこそしっかりと受け止めたいところです。
「3問とも正解の人」と挙手をさせて、「いいですね」とほめて、拍手をさせますが、今一つ盛り上がりません。続けて2問正解についても同様に対応して終わります。できた子どもだけが評価されます。正解することに価値をあまり求めないようにしたいところです。

続いてまた個人で問題を解いて、全体で確認しますが、問題を解く過程や漢字と読みの関係について考える場面がありませんでした。答がわからない子どもは、答を聞いて覚えるしかありません。漢字は覚える要素は強いのですが、漢字の意味を知ることで、知らない言葉でもその意味することを類推することもできます。明治以降、それまで日本語にない外国の言葉を、漢字を使うことで新たな日本語として付け加えてきたという歴史もあります。漢字の持ついろいろな特性に気づかせることを意識して、授業を組み立ててほしいと思いました。

授業者は子どもたちのよい授業規律をほめることができるようになりました。子どもとの関係もよくなっているように感じます。授業者の持つよさが、だんだん子どもたち伝わってきているように思います。ほめるという点では、次は、子どもたちの発言を価値付けすることを意識することが課題だと思います。発言を価値付けするためには、教科で大切にするべき見方・考え方を意識することが必要です。この点を意識することで教材研究も深くなると思います。前向きに取り組むことで、きっと大きく進歩することと思います。

この続きは、次回の日記で。
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31