道徳授業を答探しにしない

小学校で授業アドバイスを行いました。今回は、5、6年生の授業でした。
前回の訪問時に私がお話したことを、皆さんが意識しているのを感じられたことをうれしく思いました。

5年生の一つ目の学級は道徳の授業でした。
この日の教材は副読本の「給食の時間」でした。何ページかを伝えて開くように指示をすると、子どもたちは一生懸命に副読本をめくります。素早くページを開く子どももいますが、何ページかを聞き洩らしたのか、なかなか見つけられない子どももいます。授業者は大体の子どもが開いたのを確認して、範読を始めました。しかし、まだ副読本をぱらぱらめくっている子どもも目に付きます。隣の子どもがページを見つけられないのを気にしている子どもが何人かいたのですが、範読が始まっているためか、教えることはしませんでした。「わからない人は、隣の子に聞いて」と子ども同士が助け合うことをうながし、全員の準備ができるまで待つとよかったでしょう。
また、副読本を手に持って読んでいる子どもと、机の上に置いている子どもとに分かれていることが気になります。昨年度までの担任の指導が違ったのでしょうか。授業者は歩きながら、一文ごとに顔を上げて子どもを見ていますが、特にそのことを気にしている様子はありませんでした。
副読本を忘れて隣を覗き込んでいる子どもがいますが、隣の子どもは本を自分の前に立てて見せようとはしていません。子ども同士の関係がちょっと気になる光景です。授業者がそのことに気づいて「見せてもらって」と指示をすると、副読本を間に置きました。
面白いのは、最初はかなりの数の子どもが教科書を立てていたのですが、時間が経つにつれだんだん倒れていったことです。何となく聞いていても、手元の副読本を見ればわかるので、集中力を失くしていくのです。副読本を持たせずに範読するか、途中で子どもに問いかけるといったことが必要だったようです。

範読が終わると、「いつものように」と言って、印象に残ったところ、心に強く残ったところを発表させます。すぐに5、6名の子どもの手が挙がりますが、多くの子どもはまだ副読本のページをめくっていました。授業者がすぐに指名するとページをめくっていた子どもの動きが止まります。
授業者は子どもが発言している途中でも板書を始めます。ちょっと進めることを焦っています。まず子どもたちがじっくりと考えたり、友だちの話を理解したりすることが大切です。
子どもたちがだれも発言者を見ないことも気になります。授業者の方を向くでもなく、視線の定まらない子どもが目立ちます。授業者は発言が終わった後も板書に専念しているので、子どもたちの様子が見えません。すぐに発表したくて手を挙げ続けている子どももいます。板書中も子どもたちの様子を見ようとすることが大切です。板書を終ってから、「なるほど、性格を言ってくれたね」と発言を評価しますが、あまりに時間が経ちすぎていました。

子どもが発言するたびに、授業者が一言、整理してまとめることが続きます。そうではなく、似たような意見の子どもを何人もつないでいき、色々な視点を共有させることが必要です。
授業者は自分がねらっている発言が出てくると、「その理由は?」と発言者に聞いて深めようとします。しかし、他の子どもは他人事なので反応しません。子どもたちが聞きたいと思う必要があります。「○○さんがそう思う理由わかる?」といったつなぎ方もするとよいでしょう。
表情豊かに、子どもの発言を受容することができるのですが、立ち止まって子どもに考えさせる場面がありません。それでも、子どもたちの手がだんだん挙がってきますが、自分の思ったことを話すばかりで、なかなか焦点化されていきませんでした。15分ほどこの状態が続きました。次第に子どもたちの集中力が落ちてきます。他の子どもの発言中に机に伏せる姿も目につきました。

授業者はここでいったん止めて、主人公の性格について子どもから出た「完璧な人」を別の言葉で置き換えるように問いかけます。子どもの顔が上がります。「違う言葉があると思うんだけど、わかる人いるかな?」と聞くのですが、「わかる人」という表現には注意が必要です。授業者の求める答があることになるからです。子どもたちの考えを深めるのであれば、広く受けることのできる聞き方を意識することが必要です。「完璧な人という意見があったけれど、みんなはどう思う?」といった聞き方もあると思います。同じという意見やちょっと違うという意見をもとに、焦点化するのです。
子どもたちは授業者の求めるところとはちょっとずれた発言をします。「○○な人」という答ではなく、このような人だと詳しく説明します。授業者は「そうそう」と受容して「そういう人のことを、なんか言えることない?」と返します。何とか求める答を引き出そうとしていますが、ちょっと強引です。子どもは、「言えること」を長々と発表します。そこで、いったん話を止めて、「自分は主人公と同じタイプだという人?」と問いかけます。主人公を「完璧な人」「みんなに信頼されていないからそこまで完璧ではない」といった人物評がでている中で手を挙げる子どもはなかなかいないでしょう。そのことに気づいたのか、授業者はちょっと間を置き、他の登場人物も含めて、どのタイプかを考えるように指示しました。子どもたちのほとんどは、ちょっと失敗をした男のたちに手を挙げますが、手を挙げない子どももいます。手を挙げていない子どもを確認して、自分はどんなタイプなのかを聞きます。授業者が選択肢に挙げなかった登場人物と同じだと答えてくれました。全員参加を意識したよい対応だと思います。

主人公のタイプがほとんどいない中で、主人公に望むことは何かを聞きます。子どもたちとってリアリティがない話です。「怒りっぽい性格を直した方がいい」といった、第三者的な視点になってしまいます。これでは、自分に引き寄せて考えることはできません。他者に対する無責任な批判になり、子ども自身の変容にはつながりません。
ここで先ほどの主人公の性格をどう表現するかに戻ります。授業者は「何々の強い人という言い方ができると思う」と、その何々を考えるように指示します。どうしても、自分の求める答を子どもから出せたいようです。
すぐに挙手した子どもを指名します。「言い方の強い人」「意志の強い人」と続きます。授業者はその答をちゃんと受容しますが、次に「責任感の強い人」という答が出ると、すぐに板書して、説明をし始めます。「これが授業者の求める答だったのか」と子どもたちは思うでしょう。こういうことが続くと、子どもたちは授業者の求める答探しをするようになってしまいます。
授業者は「責任感」という言葉をキーワードにしたいのですが、言葉そのものよりも、その意味することを押さえることが大切です。主人公がそのように思った、そのように行動したのはなぜかを問いかけることで、それが「責任感」であることに気づかせるのです。「責任感」という言葉がでなくても、そのような気持ちからの発言、行動であることが焦点化できれば、授業者が「それを責任感というんだよ」と定義してもよいのです。大切なのは、その中身だと思います。
授業者は「先生は責任感が強いと思いますが、どういう責任感が強いと思います?」とたずねます。これはもう授業者の気持ちを理解する授業です。子ども自身の気持ちとはずれていってしまいます。
子どもたちが何人か発言した後、「主人公は仕事を頑張ってやっていたけれど、ちょっと言い方がきつかったり、こわかったりして友だちが縮こまっちゃった」と主人公の言動を授業者がまとめました。子どもたちはここまでたくさん発言しましたが、授業者の言葉でまとめてしまいました。

続いて、主人公ともう一人の登場人物の性格の違いを問いかけます。客観的な人物評価をしているだけで、子どもたちにとっては他人事です。
主人公を「怒りの人」というように、相対的に悪く言う言葉が出てきます。授業者は、「主人公は悪役ではないからね」とフォローしますが、人物を比較する発問をすればどうしても無責任に他方の欠点を強調する意見が出やすくなります。単純なよい、悪いの二極構造になっていきました。ちょっと注意が必要です。
この話では、主人公は悪いことをした子どもがそのことを忘れたように遊びに行ったことを怒りました。最後に、そのことに対して「悪いことをしたからといって、給食が終わった後、遊びに行っていけないことはない」という意見が出ました。授業者は自分の望む意見がでたので、「そうそう」と強い同意を示し、「そのことを何と言うのか教えてほしい」と返します。手を大きく広げて、「手の動きからわかってほしいな」と「広い心」を引き出そうとします。子どもが深く考えて出てきたのではなく、たまたま出てきた意見をもとに授業者の求める結論に誘導しているのです。

授業者は「ありがとう」という言葉をよく使います。このことが明るい雰囲気の学級につながっていると思います。子どもを一生懸命受容しようとしていますが、授業者の視線はどうしても発言者ばかりに向いています。発言を聞いている子どもの反応もよく見る必要があります。その反応を次の展開につなげるのです。また、自分のねらう言葉を引き出そうと誘導して、そこにつながらない答は受容だけしてスルーすることが多いことも気になります。確かにこれはよく使われる授業技術なのですが、道徳では「意外な答」「思いもしなかった考え」を「どういうこと?」と聞きたいと思うことが大切です。一人ひとりの子どもの考えや気持ちをしっかりと聞き、全体で共有することが必要なのです。自分に引き寄せ、自分のこととして考えることが、子どもたちの変容につながります。答探しの道徳にならないようにしてほしいと思います。

この続きは次回の日記で。
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