理科の公開授業から学ぶ(長文)

前回の日記の続きです。

理科の先生方は、日ごろから科目に応じていろいろな工夫をされています。今回公開された授業はアクティブ・ラーイングを意識したものでした。

高校1年生の物理(基礎)は、力のつり合いの問題の解説の場面でした。
授業者はポイントを確認し、指名した子どもとやりとりしながら解答を進めていきます。最初に指名した子どもは、基本がよく理解できていないのか、力の向きや作用点が混乱しています。授業者は、「○○?」と子どもの発言を復唱しながら修正させています。上手い対応です。ちょっとおかしな答にはまわりの子どもが声をかけて修正してくれます。よい雰囲気なのですなのですが、それ以外の子どもは他人事です。他の子どもにも、「ちょっと○○さん困っているね。どこに着目するといいかな?助けてくれる?」とつないでみるとよいでしょう。
授業者はポイントを整理するのですが、言葉だけでのやり取りになっています。もちろん演習前にきちんと押さえているはずですが、問題を解く前や解説する時に「物体が静止⇔物体にかかる力(合力)が0」と板書したりして、困った時に戻れるようにしておくとよいでしょう。
注意をしなければいけないのが作用点です。物理のベクトルは数学のように始点がずれていても平行で大きさが同じであれば等しいというわけにはいきません。大きさが同じで向きが反対でも、作用点が同一直線上になければ、釣り合わず、回転モーメントが生じます。ただ、回転についてはまだ扱っていませんので、このあたりを上手に押さえておかないと混乱します。力がかかっているところが点の場合はよいのですが、机の上に平たい物が置かれている場合、抗力の作用点がどこかを考えるのは、実は難しいのです。正解を書ける子どもでも、なぜそうなるかをきちんと説明するのは難しいと思います。また重力のように遠隔力の場合は接触面がありません。そのために重心という概念が必要になってくるわけです。接触力と遠隔力を意識しないと作用点は混乱するのです。場合に分けて、きちんと理解させる必要があります。混乱している子どもがいるようであれば、一度全体できちんと確認をするとよいでしょう。
また、子どもの中で力と力の大きさが混乱している場面がありました。授業者も正しくは力の大きさというべきところを、単に力と言っていることがありました。わかる人にはそれで通じるのですが、子どもによっては混乱の原因になってしまいます。意識することが必要でしょう。
授業者は子どもを指名して対話的に進めようとしています。子どもが期待とずれた答をしても認めて受け止めることができ、その考えを活かそうとしています。とてもよいと思います。しかし、どうしても指名した子どもと2人だけの世界になりがちです。他の子どもたちをどう参加させるかを意識するとよいでしょう。
一問一答の連続で進むのですが、答を聞くことが主となっています。問題を前にしてまずに何を考えるの、どこから手を付けるのかといった見通しを全体で共有するとよいでしょう。「この問題は何を求められているの?」「何がわかる必要があるの?」といった問いかけから始めるのです。
板書も問題の答だけしか残っていません。どうやって考えたのかといった問題を解く過程は、「授業者と指名された子どものやり取り」と「授業者の説明」なので、メモを取れる子どもならよいのですが、そうでなければ消えていってしまいます。問題を解くための見通しと合わせて、どこかに残すようにするとよいでしょう。
授業者は子どもとの対話を意識しています。ちょっとずれた子どもの発言も受容して、キャッチボールをしながら正解に導こうとしています。とてもよい姿勢だと思います。次は、そこから出発してどのようにして全員参加にするのかを工夫してほしいと思います。

2年生の化学(基礎)は、molを使った計算問題の演習場面でした。
子どもたちがグループの形で問題に取り組んでいます。とてもよい表情です。学級の雰囲気のよさを感じました。授業者は机間指導の途中で子どもたちに呼び止められると、その質問に答えます。授業者が個別に教えていても、まわりの子どもは一緒に聞こうとはしません。せっかくのグループですので、「他にも困っている人いない」「わからなかったら聞いてごらん」と、自分で教えずに他の子どもにつなぐようにするとよいでしょう。
グループでの問題演習は前時から始めたので、まだ2回目だそうです。しかし、子どもたちは他の授業でグループの形に慣れているので、抵抗なく進みます。多くの先生がグループ学習を取り入れているので壁は低くなっているのです。この先生も、これからグループ活動のポイントを自然に身につけられると思います。
この授業でとても面白い出来事がありました。ある子どもが、一緒に授業を参観していた校長に「先生、何の(教科の)先生?」と声をかけてきました。「この問題教えて」と聞くのです。校長は「自分でできるよ。やってごらん」と優しく返します。ここで教えないのはさすがです。校長が用事でその場を離れると、今度は私に聞いてきます。もちろん自分でやるようにうながしました。その子どもは、その後も問題に取り組んでいましたが。答え合わせが終わった後、ワークシートひらひらさせて「できたよー!」「○○(コース名)もやればできるんだから」とうれしそうに声をかけてきました。「ほら、自分でできたじゃない。すごいね」と声をかけると、、向き合っている子どもを指して「いっしょにやった」とちょっと照れたように答えてくれました。そして、「先生は私たちをチェックしているの?」と聞きます。そうではなく、授業をしている先生にアドバイスをするためだと伝えると、授業者の評価をするのだと勘違いしたのか、「○○先生は、とってもいい先生だよ」と授業者のよさを私にアピールし出します。私が「わかっているよ」と言っても止まりません。「とても面倒見がよく、私たちのことを真剣に考えてくれる……」と、話し続けてくれました。とても幸せな気分で教室を後にしました。実はこの子どもは、化学の成績は一番下の方だそうです。その子どもからこのような姿が見られたことをとてもうれしく思いました。
この学校では、中学生のころの成績が真ん中あたりの子どもたちが入学してきます。中学校時代はあまり先生方にかかわってもらえなかった層です。だから、先生が子どもたちとかかわることで、意欲的になるのです。子どもたちのよい姿を見ることができるようになったのは、この学校の先生方が子どもたちとしっかりかかわっているからだと思います。このことをこれからも大切にし続けてほしいと思います。

高校3年生の化学の授業は、ベンゼンの学習でした。
教科書が大事だということで、時間を取って子どもたちに教科書を黙読させます。子どもたちは集中して読んでいます。
読み終わった後、授業者が「大事なのはベンゼンの形……」と、この時間のポイントを説明しますが、今一つ子どもたちが集中していません。授業者が椅子を手にして、「脚が4つあるけど、これが3つになるとどうなるの?」と問いかけると、子どもたちが一気に集中します。物を使うよさがよくわかる場面でした。椅子の脚が3本になると座れないことから、形が大事だと確認します。私たちの世界が3次元であることから、立体構造が大切なことを説明しまが、すぐにスルホン化の話になりました。化学の授業ですので、分子の構造が変わると化学的な性質が変わることも押さえてほしいところでした。
ここで、授業者はどうして水素とスルホン基が入れ替わるのか、模型を使って確かめようとつなげましたが、立体構造を考えることと、水素とスルホン基が置換することの関係がよくわかりませんでした。
ここまで、5分ほど授業者が一方的に話します。柔らかい口調でとても聞きやすいのですが、子どもたちとやりとりする場面がほしいところです。続いて、ベンゼンに関連して豊洲市場の汚染問題について話をします。子どもたちに有機化学の学習が現実世界と結びついていることを教えようとするのはとてもよいことですが、ここまでで子どもたちの集中力が切れています。残念ながら子どもたちの顔は上がってきませんでした。
グループに分かれて、ベンゼンの分子模型を組み立てます。準備ができてから、授業者が追加で説明を始めますが、物を前にするとどうしても触りたくなります。この状態で話をしておあずけ状態にすると、せっかくのやる気をそいでしまう可能性があります。説明はグループにする前に終わっておきたいところです。
ベンゼン環の二重結合と単結合が局所化していないことを説明します。高速で二重結合が切り替わっていると説明しますが、どうしてそうなのか、どうやってわかったのかは説明されません。二重結合の2つの結合が等価でなく、一方のπ結合が弱いことを学習していないため、π結合が特定の結合に寄与していないことを説明できないのかもしれませんが、どういうことか疑問に思う子どももいると思います。そもそも、模型をつくると言っても、あくまでもモデルです。炭素間の間隔が一定であることから、何が言えるのかといったことを子どもたちに考えさせなければ、構造は見えません。同じ距離でも平面上に六角形をつくることも、上下に交互にねじれた形にもできます。構造を決定するに至る情報を与えなければ、考えることはできません。
授業者は二重結合の方が強いことを子どもたちと確認して、距離が短いので短い方の棒でつなぐように指示します。こういった説明のために手元に模型を持たせたかったのかもしれませんが、ICT機器を活用すれば手元に模型が無くても説明できたと思います。
この考え方であれば、炭素間の距離は高速で切り替わっていることになりますが、子どもたちは疑問に思わないのでしょうか。また、炭素の混成軌道による結合角度をきちんと確認しておかなければ、どのような形になるのかはわかりませんし、分子模型の結合部分の角度がどうしてそうなっているのかも理解できません。組み立てて考えるといっても、単にパズルを解いているだけになってしまうのです。
子どもたちは、何を手掛かりに、どうやって進めればいいのかよくわかっていません。そのため、なかなか動き始めません。答から組み立てようというのでしょうか、教科書をめくる子どももいます。子どもたちは、何となく模型を組み立てますが、感動は感じられません。そこから何がわかるかよくわからないのです。
全体で、ベンゼンが正六角形になっていることを確認します。いびつになるはずだと指摘があれば面白かったのですが、正六角形に見えるので子どもたちは疑問に思いません。結局、答を受け入れるだけです。ベンゼン環が平面になることも、模型から説明しますが本末転倒です。せめて、混成軌道なら結合角度はこうなるはずだということを押さえてあれば、そこを根拠に納得できるのですが、論理の流れがおかしくなっています。
物を使うことで、子どもたちに意欲を持たせようとしたことはとてもよいことだと思います。ただ、課題の意味が子どもたちによくわからないため、子どもたちの活動が低調なまま終わり、深く考えることにつながらなかったことが残念でした。子どもたちが疑問を持つことや、考えるための手掛かりをきちんと与えることが必要です。化学的に何が根拠でこの結論が出てきたのかを意識して授業を組み立てる必要があります。そうでなければ、化学はただ覚えるだけの教科になってしまいます。そのことに気づいていただければ、今後授業が大きく進歩すると思います。

どの授業も今後への課題がよく見えるものでした。自分の課題を意識して授業に取り組み、改善することを続けていってほしいと思います。理科は分野によって様々な工夫が求められます。互いに見合うことで学べることの多い教科だと思います。理科がチームとして授業改善に取り組んでいただけること期待したいと思います。

この続きは次回の日記で。
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